Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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やぁやぁお待たせ皆。前回の最後に思いっきりギルVSアルフェリアみたいなフラグぶちたてたけどチート合戦がくっそ書きにくくて今回は切嗣・言峰回になってしまった金髪だよ。

・・・うん、まぁ、期待の声が大きかったのはわかってるけど、書きにくくてね。平行作業で書いていたこちらの方が早く終わってしまった。と言うわけで投下します。期待していた人、ゴメンネ(テヘペロミ☆

今回はやっぱり一度はやらなきゃだめだよね「衛宮切嗣VS言峰綺礼」。それでは、どうぞ!


第二十五話・死闘

 一分一秒ごとに体力が削られていくのを衛宮切嗣は感じる。

 瞼を開けば、後ろへと流れていく新都の景色が見え、隣には助手である久宇舞弥の姿。いつも通りの無表情で舞弥はメルセデス・ベンツ300SLクーペを運転していた。古雅を匂わす流麗なボディーは貴婦人を彷彿とさせながらも、搭載された直列六気筒SOHエンジンの咆哮はまさに猛獣の雄叫び。

 

 その高級クラシックカーは現在新都の道路を遠慮なく高速で疾走している。とはいえ、流石に時速100キロも出していないが。それでも傍目から見れば一般公道を走るにはやや早すぎるように感じる。何かを急いでいるような。

 

「……大丈夫ですか、切嗣」

「ああ、大丈夫だ。少し意識が朦朧になっているだけだよ」

「無理しないでね、切嗣。…………アヴェンジャーは、大丈夫かしら」

 

 本来ならば二人乗りのはずのメルセデスを今回の移動のために無理やり改造し、二つの座席の中間に作られた座席に座するアイリスフィールは不安そうに呟いた。切嗣は水入らずの鎮痛剤を服用しながら、自身の妻を安心させる様に比較的優しい声音で彼女を宥める。

 

「大丈夫さ、アイリ。きっと上手くやってくれる。いざとなれば令呪を使えばいい」

「でも、流石に囮役は……」

「こうするしかない。こうすることでしか、僕たちは切り抜けられない。選ばなければ僕らが真っ先にこの戦争から脱落してしまう。……それだけは、何としても避けねばならない」

「……切嗣」

 

 不安を宥めるどころか逆に加速させてしまったと、切嗣は頭を抱えた。疲労の蓄積からか少し思考がネガティブ寄りになっているのを自覚し、彼は「拠点についたら少し仮眠取るか」と汗だくの顔を服の袖で拭きながら思考した。

 

 切嗣が確保した拠点は純和風建築でかなり広大な面積をもつ元武家屋敷だ。曰く付きだったそれを切嗣は名義を借りて買い取り、予備の拠点として利用することにしたのだ。最初は保険としての物であったが、まさかこんな早いうちに利用する、否、利用しなければならない事態になるとは想定外も想定外だ。

 拠点は看破され、結界を易々とぶち抜かれた挙句、終いには討伐令。狙ったようにこちらを集中攻撃してくれる。狩る方だったはずの此方が一瞬にして狩られる側に反転したのは、何とも気の利いた皮肉だ。そう切嗣は自嘲する。

 

 無事拠点に到着できればしばらくは安全だ。足がつかない様に何度も確認している。アインツベルン城よりは数段霊地の質が落ちるが、それでも戦いを続けるには十分だ。無事今夜を凌げたならば、そこで一度深い休息を――――そう思っていた切嗣だったが、正面に現れた『ソレ』を見て一瞬だけ思考がフリーズする。

 

 車道のど真ん中に立っていたソレは、神父だった。神父服を着こみ、その両手の指の間に赤色の柄の様な物を挟んだ異風の神父。

 

 忘れるはずもない、その顔を。

 

 この聖杯戦争で一番警戒を払っていた要注意人物の顔を――――

 

「言峰、綺礼――――ッ!!?」

「衛宮、切嗣…………ッ!!!」

 

 狂喜にも似た表情を浮かばせた綺礼を見て、切嗣は思わず体を大きく震わせた。生物的な本能があの男を嫌悪している。その全てを否定している。アレは駄目だ。今すぐ殺さねば――――こちらが殺される!!

 

「舞弥! アクセル全開だ! 言峰綺礼を撥ね飛ばせ!」

「了解……!」

「ふん、そのまま突っ込んでくるか。それもいい。――――が、相手がそれを許すほど甘い相手では無いことは、貴様も良く知っているはずだろう?」

 

 舞弥がメルセデスのアクセルを全力で踏みつけ時速100キロオーバーを叩き出す。普通の人間ならば

ぶつかれば死ぬのは確実な速度だ。言ってしまえば質量攻撃。一トンを超える鉄の塊が、言峰綺礼を磨り潰さんと迫っていく。勿論、服に防護効果を付けていようが正面衝突すれば綺礼もただでは済まない。

 

 しかし綺礼は避ける予備動作すら見せず、公共の面前で黒鍵の刃を実体化させる。計四本。それを綺麗は投げた。ブーメランのように弧を描くそれは吸い込まれるようにしてメルセデスのタイヤを的確に貫く。

 

「な――――」

 

 タイヤに内包された圧縮空気が一気に放出され、生じた破裂音が切嗣の聴覚を乱した。脳を直接刺したような痛みをこらえながら、切嗣は座席下部に収納していたキャリコM950を即座に抜銃。即座にその照準を言峰綺礼へ合わせて引き金を引いた。

 

 幾度も響き渡る銃声。キャリコから排出された銃弾がフロントガラスを貫き破砕する音。それが銃声と理解し狂騒の声を上げる一般市民たち。それらが不協和音を紡ぐ様を見て、言峰綺礼は笑みを浮かべた。

 

 綺礼は即座にケブラー防弾繊維と防護呪符により守られた両腕で弾丸の雨を防ぐ。容赦なく叩き込まれる9㎜弾の雨を凌ぎ、静かに構える(・・・)綺礼。

 彼我の距離差はわずか20m。四輪全てが破裂(バースト)して減速中のメルセデスだが未だその速度は時速80キロを下回らない。そしてそんな距離は数秒もあればなくなるようなモノであり、既に言峰綺礼の回避は意味を成さない物となった。

 だがその顔からは笑みが消えない。だからこそだろう、切嗣がこの後に起こった超人絶技に思考を凍らせずにいられたのは。

 

 

 ――――たった一歩だけで言峰綺礼はその距離を『無』にした。

 

 

 彼が繰り出したのは何の足捌きも見せず地面を滑走してのける『活歩』の歩法。八極拳の秘門たる離れ業であった。直後に綺礼は足元のアスファルトを大きく凹ませ、震脚。それに合わせて自身に迫る鉄塊へと――――その鋼の様な拳を叩き込んだ。

 

 手榴弾が爆ぜた様な爆発音が木霊する。

 

 その一撃はメルセデスのバンパーに直撃。まるで巨大鉄球にでも殴りつけられたように、衝撃緩和装置は粘土細工のようにぐにゃりと凹む。これぞ金剛八式、衝捶(しょうすい)の一撃。幾年も鍛え抜いた肉体を以て、言峰綺礼は一トンを超える鉄塊の質量攻撃を相殺しきって見せた。人間業では無い。

 

 更にメルセデスが人智外の一撃を前面に叩き込まれたことにより、車体の後部が宙へ放り出される。そのまま車体全体が空へと引っ張られ、空中で何回も回転。最終的には三回転もした後に――――ルーフ部分から地面に着地した。

 その衝撃で車体に存在するすべてのガラスが砕け散る。

 

 煙を上げるエンジン。けたたましく鳴り響くブザー。それだけが混乱と恐怖の満ちるこの場で最も印象的なモノだった。

 

 綺礼は一度吸った空気を吐いた後に後ろを振り返り、自身が起こした惨状を眺めた。視線の先にはボロボロのクラシックカー。そしてそこから這い出てくる黒いコートに身を包む男。酷くやつれた彼を見て、言峰綺礼はもう一度不気味な笑みを浮かべる。一体何が彼をそうさせているのか。

 

「ほう。アレで生きていたか、衛宮切嗣」

「言峰綺礼……! まさか、待ち伏せしていたのか……!?」

「アサシンの諜報力をあまり舐めぬ方がいい。あの英霊の腕ならば、貴様の進行ルートを割り出す程度造作もない事だ」

「……何故アサシンを使って僕たちを襲わなかった?」

「衛宮切嗣よ、貴様に聞きたいことがある」

 

 切嗣の問いを完全無視し、綺礼は懐から新たな黒鍵六本を指に挟んで刃を実体化させながら彼に問いを投げかけた。あちらの言い分を聞く気は皆無という事だろう。

 

「……聞きたいこと、だと?」

「貴様の得た『答え』とは何だ」

「…………何を言っている?」

「……ふむ、少し言い方を変えてみよう。貴様は何のために戦っている。何を望み、その先に何を見ている?」

「? そんな事を聞いてどうするつもりだ」

「御託はいい。答えろ、衛宮切嗣」

 

 淡々と、しかし期待を隠せぬ声音で綺礼は言った。その意図が不明瞭すぎて思わず呆けてしまう切嗣ではあったが、コートの内側にあるホルスターに存在する愛銃、トンプソン・コンテンダーに手をかけながら彼は『時間稼ぎ』で彼の問いに答えた。

 

 自身の渇望を。――――言峰綺礼という存在が最も望まぬ答えを。

 

 

「――――僕の望みは、恒久的世界平和。それだけだ」

「―――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 

 綺礼の顔から表情が消える。切嗣の表情をこれでもかというほど探り、ただ一欠片の虚偽が無いかを探し続け――――そんな物は終ぞ見つけられず、絶句する。

 恒久的世界平和。それこそが衛宮切嗣という男が唯一望んだもの。そして、綺礼の予想とは最も異なるソレ。

 

「……クッ、ハッハッハッハ! ――――嘘をつくな衛宮切嗣! 貴様が抱く望みがそんなふざけた物である筈がない!!」

「嘘じゃない」

「ありえない! お前は、私と同じ虚無なる人間であるべきで……ッ! ――――お前は、お前はッ! お前はそんなふざけたことのために今まで戦場を渡り歩いてきたというのか!? そんな戯言のような望みを叶えるために全てを捨てるというのか!?」

「そうだ」

「……………………莫迦な」

 

 同胞だと、宿敵だと思っていた者が、自分の得られなかった全てを持っているにも関わらず『捨てる』と言った。いや、大前提すら異なっていた。衛宮切嗣(あの男)言峰綺礼(破綻者)と同じでは無かった。むしろあの男は――――言峰綺礼という男と対極に位置する、絶対に相容れぬ存在だったのだ。

 

 それを理解した瞬間、失望の笑みを綺礼は浮かべる。

 既に言葉など不要になった。アレはもう自身の求めていた物では無い。むしろ――――同じ世界に存在しているという事実そのものに生理的嫌悪を覚える天敵。

 

 ならば――――殺すのみ。

 

「貴様はもう目障りだ……。死ぬがいい、衛宮切嗣ッ!!」

「ッ――――!」

 

 六本の黒鍵が切嗣へと投擲される。投じられたそれは高速回転しながら、切嗣を囲むように切迫。が、それをよく敷いていた切嗣はすぐさま反応。回避行動へと移る。

 

 

time alter(固有時制御)――――double accel(二倍速)!」

 

 

 呪言により体内時間が二倍速となった切嗣は常人では不可能な挙動で六本の黒鍵を回避。そして流れる様にコンテンダーを抜き放ち、発砲。30-06スプリングフィールド弾が音速を越えて言峰綺礼へと直進していく。

 

 ――――しかし、あっさりと避けられてしまった。

 

「な――――!?」

 

 無理も無い。弾丸を避ける――――映画ではよく見るそれは、実現するには余りにも難易度が高すぎる。飛来する弾丸は普通目で捉えることは不可能であり、見れていてもそれを避けられるかどうかは別問題だ。それこそ人の限界点にでも立っていなければ。そして言峰綺礼はそれを実現した。

 

 驚愕に顔を染めながら切嗣は固有時制御を解除。世界からの修正力により全身が苦痛の悲鳴を上げる。

 

「私が銃弾を避けたことがそこまで不思議か? 銃口の角度から軌道を読み、発砲のタイミングに合わせて避ければそこまで難しいことでもあるまいに」

「……化け物め」

 

 悪態をつく切嗣。素の身体能力で銃弾を避けて「難しいか?」と平然と言いのける奴を見ればそう言いたくもなるだろう。

 

 綺礼が拳を構える。一撃必殺の八極拳を切嗣へと叩き込むために。

 速攻で距離を取ろうとする切嗣だったが――――急激に足から力が抜けていくのを感じて「しまった」という顔をした。重度なる疲労の蓄積に今の固有時制御による反動。それが重なり合ってこのような事故を起こしてしまった。これが戦闘時以外ならば「休まなければ」と考えるだけだが――――この場では致命的な隙以外の何物でもない――――ッ!!!

 

「獲ったぞ、衛宮切嗣!!」

「クッ――――!」

 

 固有時制御は不可能。コンテンダーは再装填が必須。キャリコはどこかへ紛失。ナイフを取り出す暇はない。体勢を立て直す暇も同様。もし切嗣の体内に『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を埋め込んでいたのならば可能性はあっただろうが、生憎それはアイリの体内。それに綺礼の拳は真っ直ぐ切嗣の頭部へと進んでいる。

 

 詰み。完全なる詰みが出来上がっていた。

 

 

 ――――切嗣が一人だったなら、の話だが。

 

 

「切嗣!」

 

 助手の舞弥の声と共に9㎜弾の雨が綺礼へと襲い掛かる。不意打ち同然のそれに一発だけ頭に掠らせながらも、そのほとんどを両腕でガードしながら綺礼は後退。その隙に切嗣は懐から手榴弾を二つ取り出し、ピンを抜いて放った。

 

 爆発。黒煙とアスファルトの欠片が舞い散る。

 

「…………やったか?」

 

 黒煙が爆ぜる様に晴れる。やはり生きていた。体中傷だらけではあったが、手榴弾の近距離爆発を喰らっても尚言峰綺礼は健在。流石の切嗣もこれには苦笑いしか浮かべられない。こいつ、本当に人間か、と。

 

「邪魔をするな、女!」

 

 綺礼は震脚でアスファルトを大きく凹ませ、拳大の塊を宙に浮かせた。そしてそれを蹴り飛ばし――――遠方に居た舞弥の鳩尾に寸分の狂い無く叩き込む。

 

 グシャリと、生々しい音が響き渡る。

 

「がっ……!?」

 

 予想だにしなかった攻撃方法に虚を突かれ防御すらできず、舞弥はキャリコを落としてそのまま吹き飛ばされる。

 その間に切嗣はコンテンダーを再装填。舞弥の落としたキャリコを拾い、綺礼へと射撃しながらコンテンダーを発砲した。ボロボロの体で、更に9㎜弾の雨を受けながらでは回避もできない。

 

 ならば――――受け流す(・・・・)

 

 迫り来る30-06スプリングフィールド弾を綺礼は右手で絡め取る。勿論弾丸は触れた個所の肉を抉りながらそのまま直進。手の肉が抉られているのに言峰綺礼は眉一つ動かさず、腕に走る激痛に耐えながら身体を動かし――――弾丸を流した(・・・)。右腕にトンネルを作る痛みなど常人には耐えられないだろうが、何年も自身を虐め続けてきた男にとっては既に不可能も可能となっている。

 

 弾道を捻じ曲げられ、あらぬ方向に飛んでいったコンテンダーの第二射を見て切嗣は背筋を凍らせる。もはや人の域を越えている。怪物としか形容できないその光景。一体彼の中にある何がそこまでの執念を掻き出すのか、切嗣には全く理解できなかった。

 

「切嗣! 此処は任せて!」

「アイリ!?」

 

 いつの間にか起き上がったアイリスフィール。彼女はその手に貴金属の針金の束を持ち、その針金に魔力を通している。すると針金は束から解け、まるで生命を持っているかのように彼女の指の間を流動し始めた。

 

Shape ist leben(形骸よ、生命を宿せ)!」

 

 二小節の詠唱で、魔術を一気に紡ぎあげる。貴金属の形態操作はアインツベルンの真骨頂。その秘跡は他の追随を許さない。

 銀の針金が縦横に輪を描き、複雑な輪郭を形成する。互いに絡まり、結束し、編み上げる様に立体物は作られていく。

 

 出現したのは猛々しい翼と嘴、そして鋭利な鉤爪を持つ巨大な鷹。

 そしてそれはただ形を模しただけの針金細工では無く――――

 

『Kyeeeeeee!!』

 

 金属の刃が軋るかの様な甲高い叫びを立てて、他かはアイリスフィールの手から飛び立った。それは金属で出来た、アイリスフィールが錬金術で作り上げた即席ホムンクルス。弾丸もかくやという速度で言峰綺礼へと飛んでいく。

 

「小細工を――――!」

 

 即座に迎撃。綺礼の右拳が鷹の腹に叩き込まれた。

 

「――――ぬッ!?」

 

 が、驚きの声は綺礼から上がる。鷹は拳に打たれると同時にぐにゃりと変形し、針金へと戻って蔦の様に綺礼の手に絡まったのである。咄嗟に左手でかきむしろうとしたが、逆に針金はその左手をも巻き込んだ。

 これで針金の手錠の完成だ。

 

「だからどうした!」

 

 だが綺礼とて過去に幾多も魔術師と戦ってきた古兵。両手を封じられた程度で撤退するはずがない。彼は猛然と術者であるアイリスフィールへと猛進する。

 

「甘いわよ!」

 

 叱咤して、アイリスフィールは更に針金へと魔力を注ぎ込んだ。途端、綺礼の腕に纏わりついた針金の一房が蛇のように虚空を走り、間近にあった信号機へと絡みつく。直後巻きついたそれは綺礼を引き寄せ、信号機の鉄柱部分へと叩き付け、縛り上げてしまった。

 

「切嗣、今よ!」

「っ、無茶はしないでくれ、アイリ! でも、助かった!」

 

 そう言ってコンテンダーの再装填に取り掛かる切嗣。

 

 ――――が、嫌な予感が背筋を駆ける。

 

 本能に従い切嗣はその場でしゃがみこんだ。瞬間、彼の頭上を何かが過ぎ去る。見れば――――それは信号機の鉄柱だった。そう、綺礼は信号機をその怪力で引きちぎり、剰えそれを武器にして振るったのだ。

 

「え――――」

 

 無力化したと信じてしまっていたアイリスフィールは回避もできず、脇腹に鉄柱のスイングを叩き込まれた。抵抗できるはずもなく、アイリスフィールはそのまま吹き飛んでアルファルトの上へと打ちつけられる結果となってしまった。

 

「アイリ!!」

「この様な拘束が、本当に私に効くとでも思っていたのか?」

 

 アイリスフィールが倒れたことにより拘束が弱まった針金を力任せに引きちぎりながら、綺礼は黒い笑みを浮かべて切嗣と対峙する。

 

 もはや味方もいなくなった。相手は重傷だが、此方も似たような状態。傷こそ外見上あまり見られないが、既に切嗣の体内はボロボロ。歩くだけで精一杯な状態だ。令呪も、使わせてくれる暇を相手が与えるはずもない。

 このままでは負ける。かと言ってまともに対処もできやしない。今度こそ、詰んだ。

 

「さらばだ、衛宮切嗣!」

 

 綺礼の拳が放たれる。避けられない。防げない。これで、終わり――――

 

 

「少々、待ってもらおうか」

「!?」

 

 

 拳が切嗣へと触れる直前、綺礼の喉元へと黒い槍の穂先が突き付けられる。そちらもまた、触れる寸前で止まっていた。唐突過ぎる現象に綺礼は目を丸くしながら、自身に凶器を突きつけている男の方に視線を移す。

 

 立っていたのは初老の男性。感情を感じさせないその顔は、何処か自身に似た物を感じる。そう、この世に何の価値も見いだせていないような果てしない虚無を――――

 

「貴様は、一体」

「その男に用がある。少し引いてもらおう」

「……? 僕に、何を――――」

 

 ドジュッ、と。切嗣が言葉を言い切る前に、そんな異音が静寂の広がるこの場に響いた。

 切嗣が唖然とした顔で自分の右腕を見る。

 

 ――――右手が無くなっていた、自分の右腕を。

 

「な、ぁ、あ……!?」

「用は済んだ。後は好きにしろ」

 

 その手に持った黒い槍で切嗣本人に知覚させる暇すら与えず切断してのけた老人は、自身が切り飛ばした右手を拾いながら踵を返す。切嗣には既に興味も何もないようで、その意識から既に切嗣という存在は消えていた。

 

 だが、この場に彼を呼び止める者が居たことに誰が予測できただろうか。

 

「待て!」

「……何の用だ、信心深い信徒よ。懺悔か? 祈りか?」

「違う。……貴様の、貴様の戦う理由を教えろ! その望みを! 理念を! 渇望をッ!」

「何故聞く」

「答えろッ!」

 

 怒りすら入り混じった声で、綺礼は己と同じ虚無なる瞳を持つ者へと問う。

 今度こそ、自身の望む答えが帰ってくるかもしれないと期待して。

 

 

「――――人類史の破壊と再生。地上を一度地獄に変え、その後楽園へと変えてゆく。それが私の望みだ」

 

 

 その望みを聞いた瞬間、綺礼の胸の奥底から様々な物が湧き出てきた。

 この世のありとあらゆる負の感情を混ぜた様などす黒い感情。この世全ての悪と言い換えてもいいソレは、見事綺礼の顔に滲み出てくる。

 

 地上を一度地獄に変える。それはつまり、全人類の虐殺。これ以上ないほどの惨状を想像して、綺礼はもう自分でも自分の感情を抑えられなくなったのだ。これこそ、『自分が望んだ光景』なのだと確信を、得てしまった。

 

「は、ハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!! クハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!! ――――素晴らしい、ああ、とても素晴らしいぞ! そこの御方、頼みがある。私もそれに協力させてくれないか」

「……何?」

「貴方の願望に興味があると言ったのですよ。邪魔はしないと保証しましょう」

「…………望む見返りは何だ」

「地上を焼き尽くす地獄の光景――――それだけだ」

「………………フン、いいだろう。好きにせよ」

 

 老人はそう返しながら地に伏せるアイリスフィールへと歩み寄る。そして手を貫手の形にして――――その腹に刺し込んだ。

 

「がっ、ぁああ、あ」

 

 体中に広がる異質な感触に、気絶して居るはずのアイリスフィールが苦し気な声を上げる。

 しかし血は出ていない。刺し込んだ手の周りに波紋の様な物が見られ、恐らく直接体内に刺し込んでいるわけでは無く概念的な干渉か何かだろうと思われる。そして老人は何かを見つけたのか眉をピクリと動かし、刺し込んだ手を引き抜いた。

 

 その手にあったのは――――黄金に輝く杯と、黄金の鞘。

 

 紛れも無くそれはアイリの体内に溶けているはずの聖杯の器と、埋め込まれていた『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。老人はそれを短時間で的確に抜き出して見せた。母体には一つの傷すらつけずに。

 

「妖精郷の宝物か。……大層な物を持ち歩くのだな、貴様らは」

「うっ、あ」

 

 鞘と杯を手にした後に、老人と綺礼の足元に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。恐らく空間転移系。既に用済みのこの場所に留まる理由は無いという事だ。

 

「待、て……その聖杯を……!」

「まだ抗うか、衛宮切嗣よ。無様だな。――――そこで大人しく待っているがいい。すぐに貴様が成そうとする『世界平和』とやらを、私が叩き壊して見せよう。その時、貴様はどんな顔をするのだろうな?」

「言峰、綺礼ッ!」

「さらばだ、魔術師殺し(メイガス・マーダー)。また会ったときには、それが貴様と私の最後の決着の時だ――――」

 

 光が消失すると――――言峰綺礼と謎の老人は姿を消していた。

 

 残ったものは、人の消えた公道。あの老人が人避けの結界でもこの場に張ったのか、不自然なまでに人影が存在しない。が、今この状況では好都合だ。人目につかずここから立ち去れるのだから。

 

「切、嗣。ご無事ですか……?」

「舞弥……すまない。アイリを起こしてくれ、今すぐ、止血をしなければならない……」

「切嗣……? ――――ッ、右手が!」

「ああ、持って行かれた……令呪ごと、ね。――――僕の、負けだ」

 

 令呪の在った右手が消えた。それはこの戦争での敗退を意味し、聖杯への道が断たれたことを意味する。その上、アイリスフィールの中に存在した『器』すら奪われてしまった。

 完璧なまでの敗北。笑いすら込み上げてくる結果に打ちのめされながら、切嗣は膝をついた。

 

 終わったのか、と。

 

「っ、私、は……?」

「マダム、あまり動かないでください。肋骨が折れています。肺に刺さる可能性があるので、ゆっくりと」

「舞弥さん……? ッ、切嗣は!?」

「生きています。しかし、右手が……」

 

 目覚めたアイリスフィールは折れた肋骨が体内を傷つけない様に、慎重にしかし素早く己が夫の傍に駆け寄る。そしてドバドバと際限なく血を垂れ流す右手のあった断面へと止血を行っていく。が、アイリスフィールの治癒術は錬金術を利用した代物故に大きな改善はもたらさなかった。

 彼女の治癒術は錬金術であるため、『体組織の代用品を錬成する』という方法で治癒を行っている。簡単に言えば臓器移植のそれだ。故に被験者への負担が大きく、生身の人間の治療には向いていない。

 

 それでもどうにか全力を振り絞り、アイリスフィールは無事切嗣の止血を完了した。たださえ少ない体力を振り絞ったのでもうへとへとであったが、それでもその顔は笑顔だった。自らの夫を助けることができたのだから、嬉しいに違いない。

 

「切嗣! 止血は出来たわ。とりあえず、急いでこの場を…………切嗣?」

「……アイリ、僕は、負けた。負けてしまった。もう、どうしていいか、わからない」

 

 切嗣の瞳には、感情が無かった。

 世界平和という望みに全てを賭けていた彼は、負けたことで文字通り空っぽになったのだ。ようやく叶うと信じていて、終ぞそれは、叶わなかった。

 

 己のエゴで世界を救おうとした者は、今ようやく、折れた。

 

「僕は……僕は何のために、何のために今まで生きてきた!? 戦いを無くすために、何人殺してきた……!? 罪なき人々を! 救いを求めた人々を! 一体どれほど見捨ててきたんだ!? 自分のエゴで、何人、切り捨ててきた……!?」

「切嗣、貴方は……」

「アイリ……僕は、全ての犠牲を、無駄にした。もう僕に、生きる資格なんて、ない……!」

「――――イリヤは、どうするの」

「ッ…………」

 

 ――――自分の愛娘の名前を聞いて、切嗣の頬に暖かい物が伝う。

 

「イリ、ヤ」

「そうよ、私たちの娘。……世界で何よりも大事な、私たちの子供」

 

 餅の様に柔らかく、雪のように白い小さな手。

 

 笑顔が眩しい、太陽みたいに暖かくて可愛い顔。

 

 宝石のように綺麗な赤い瞳。

 

 幸福を許さない自分が、唯一「良かった」と思えた娘の誕生。それがはっきりと、今蘇る。

 

「……約束、したんだ。すぐに、帰るって……! また一緒に、クルミの芽を探すって……!」

「ええ、そうよ。あの子の父親は、貴方以外に務まらない。だから、帰りましょう。一緒に」

「僕はッ……僕はッ…………最低の、男だ…………! 自分のエゴのために何人もの犠牲を重ねておきながら、全ての犠牲を無駄にした……ッ! 僕に、あの子を抱く資格はない……!」

「確かに、貴方の積み重ねてきたモノは、無駄になったのかもしれない。だけど――――貴方は、イリヤにとっては最高のお父さんなの。この世に二つとない存在。そして、私にとっての最高の夫。…………一緒に生きましょう、切嗣。あの子の幸せためにも」

「う、ぁぁあぁぁあぁぁっ! あぁぁあああぁああぁぁぁ!!」

 

 悲痛な叫びが聞こえる。

 

 理想を目指した男は折れた。だが――――彼は今ようやく、『人間』になった。

 自身の妻と娘のために生きる、父親に。

 

 

 

 

 




麻婆が化物過ぎると思ったそこの貴方、間違ってません(白目)
切嗣が疲弊しているとはいえ三人がかり(内二人は原作でも二人がかりでボッコボコにされていたが)でこの結果・・・流石型月のSEISYOKUSYAにしてKENPOUKA。チートだぜ。

でも最後の最後にケリィの右手と麻婆神父をテイクアウトしたアダムさん。やったねジジイども!仲間が増えるよ!

麻婆神父が 仲間に 加わった。

・・・やべぇな(遠い目

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