Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

7 / 54
沢山の感想とお気に入りありがとうございます! 感無量です!
正直「適当に暇つぶしで見てくれればいいか」という感覚で乗せていたので「え?」って顔で困惑していました。そして圧し掛かる期待感。
ヤメテー! 私の心豆腐メンタルー! と胃がキリキリ絞まっていますが、何とか頑張ります。
最後に皆さん、評価ありがとうございました!


第六話・竜狩り

 風の魔術で私は自分の周りに空気の『膜』を作る。

 そして湖に近付くと、その膜が透明な壁の様に水を押しのけるのが分かる。長時間の潜水にはもってこいの魔術だ。泳げないわけでは無いが、万が一という事もありうる。できる限り生存率は高くした方がいい。

 

 準備が終わり、私はランスロットを連れて湖の中へと入っていく。

 夜という事もあり、水中はまるで水に墨汁を溶かしたかの様に黒い。月光で照らされているのでそこまで見えないというわけでは無いが、これでは探し物もしにくいだろう。

 

「これでは前が見えませんね」

「問題ないよ」

 

 指を鳴らして宙に明りとして鬼火を作る。これにより先程よりは周りが鮮明に見えてきた。

 幻想的な光景が広がる。月明りで照らされた水の中。銀色の魚や海藻が揺れ動き、微かに見える水面は絶えず変化する。何一つとして同じ光景がない。

 此処でずっとその光景を眺めているのもいいだろうが、そんなわけにもいかない。

 時間を無駄にせず、私たちは洞窟への入り口らしき物を探す。

 

 が、東京ドーム一個分以上はありそうな湖だ。そう簡単に見つかるわけも無く、数分以上歩き続けてもそれらしきものはまだ見つからない。

 

「……ニミュエに案内させればよかったかも」

「確かに盲点でした。……あの人がそう簡単に案内するとは思えませんが」

「だよねぇ」

 

 たとえ案内させようとしてもあまりいい結末になるとは思えない。

 こちらに害は与えないだろうが、それでもニミュエは人間では無く精霊なのだ。人間と同じ価値観を持っている筈がなく、こちらにとっての大があちらにとっての小かもしれない以上安易に頼み事はしない方がいい。

 いや、もうしたけどさ。

 

 根気よく探し続けていると、かなり深い空洞が見つかる。

 不自然なまでに濃い魔力が漂っているので、ニミュエの言う洞窟で間違いないだろう。成程、案内せずともこれならば確かにそのうち見つけられる。こちらの思い違いだったというわけか。

 

「いくよ、ランスロット」

「仰せの通りに」

 

 そんなやり取りをしながら質量軽減、重力半減、気流操作の魔術を使いながら洞窟をゆっくりと降りていく。

 ランスロットは初めての体験なのか驚きながらもそれを楽しんでいるようだった。洞窟の底が見えて直ぐに終わってしまうことを察すると、何故か寂しそうな顔をする。やめろよ。なんか私が悪いことしたみたいじゃないか。

 

 などと下らない茶番を繰り広げながら、洞窟の底にある砂を足で踏む。

 正面にあるのは巨大な鉄扉。きめ細かい装飾が隅々まで掘られた、芸術とでもいえるような扉がそこにはあった。しかも、全く錆びていない。何らかの魔術を施されているのか。

 推測しながら軽く鉄扉に触れてみる。

 

「…………これは」

 

 なんとなく直感でその仕組みを理解し、私は取っ手を握りそこに魔力を流し込む。

 一定量に達すると、鉄扉が自動的に開いて行く。

 やはり魔力を流されれば自律的に開閉する魔導具の類だったか。誰がそんな凝った代物を作ったのだろうか。

 

 ……まぁ、あの精霊しか心当たりがないのだが。

 

 仮にも精霊だ。こんな簡単な仕掛けを施す程度何の苦労も無いだろう。

 鉄扉が完全に開く。

 

 

 

 ――――瞬間、凄まじい殺気と圧力、そして濃密な魔力が身体を包み込んだ。

 

 

 

「ッ…………!?」

「なんという覇気――――気を付けてください、恐らくニミュエの言っていた門番という奴でしょう」

「そうみたい。しかもこれ、竜種並だよ。……気を抜くと死ぬね、これは」

 

 最強の幻想種、竜種並の威圧。

 あまり朗報では無かった。何せ人間を一方的に殺戮できる幻想種の頂点と呼べる存在。高ランクの宝具でもない限り倒すのは到底無理な話だろう。

 ランスロットの持つ『無毀なる湖光(アロンダイト)』が竜特効の性質を持つので傷一つ付けられないという事は無いだろうが。

 

 しかし何事も無く勝利するというのは、今の私にはかなり無理難題だった。

 むしろ単独で無事に勝利を収められる奴は人間やめていると言っても過言ではないのだが。

 

「ランスロット君、帰るなら今の内だけど」

「ご冗談を。我が身、一時なれど貴女様に捧げた身。喜んで共に死地へと向かいましょう」

「言ってくれるよ。全く」

 

 天性の女たらしめ。とは続けない。どうせ自覚がないのだから言っても仕方がない。

 

 一歩ずつ私たちは奥へと歩いていく。

 気分は怪獣に飲み込まれようとしているような言葉にしがたい何か。確実なのは死の可能性が徐々に大きくなってきているということ。体験したことのない圧倒的存在感は間違いなく奥にある。

 

 おそらく、戦闘は避けられまい。相手が理性のある怪物だったとしても幻想種からみて人間というのはただの餌だ。わざわざ自分の巣穴に潜り込んできたビーフジャーキーの言葉何ぞに耳を貸すだろうか。しないだろう。つまりそういうことだ。平和的解決は見込めない。

 

 進み続けるうちに、果てが見えてくる。

 光が差す広い空間。上方に向かって大きくくり抜かれたそこは、さながら天然のアクアリウム。人の手に侵されず自然だけが作り上げた場所はまさに秘境と言える場所であった。

 

 重力軽減と気流操作の魔術を使い、慎重に上昇する。

 綺麗な場所だ。だがそれ以上に恐怖が色濃く残っている。怪物の胃の中に自分から入っていくなどという自殺行為の真っ最中。一々景色に見とれていたら命がいくつあっても足りやしない。

 

 いつの間にか鞘に収めていた黄金剣を抜き放っている。

 本能が「死ぬぞ」と告げている証拠であった。正直逃げたい。けど此処で逃げれば、大事な何かを失ってしまう。そう理解した。

 命よりも大切な、何かを。

 

 

 水中から上がる。空気の膜を解除し、重力軽減と気流操作の魔術を解き、石造りの床に足を触れさせる。

 此処は『神殿』であった。神気が満ちる神秘の空間。現代のブリテンさえも凌駕する高濃度のエーテルが充満したこの世に二つとないであろう神代の残滓。

 成程、これならば竜種も快適だろう。

 何せ普通なら人が入ってこれない上に魔術結界で外界からほぼ隔絶されている空間。更に竜の威圧で入ってこれるのもよほど気の狂った阿保しかいないと来た。

 

 どれだけ重要な物を保管したいのならばここまで徹底的に人の目を隠すのだろうか。

 確かなのは、さぞかし危険な物に違いないということ。

 

 神造兵装。人々の願いが形となった唯一無二の超級兵器。

 悪用されれば世界が傾きかねない代物。悪用できるような奴が握れるわけがないのだが、万が一という事もある。内包した魔力を爆発させるだけで十分危険な武器なのだ。それを守りたいのならば幾重もの金庫の中に閉じ込めるか。それとも深海の底に放り投げるか。

 

 答えは否。否、否、否。

 

 絶対的強者に守らせればいい。さすれば永劫誰かの手に渡ることはなくなる。

 理論上は、だが。

 

 しかしながらその手段には決定的な欠陥がある。

 言わずともわかるだろう。

 

 

 ――――世界に『絶対』という概念は存在しない。

 

 

 あの朱い月のブリュンスタッドでさえも人間――――と言えるかどうかは怪しい所だが――――キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグによって討たれた。幻想種の頂点と言える竜種となった卑王悪竜ヴォーティガーンもいずれアーサー王に討たれることになる。

 強者こそ存在しても、何者にも敗北しない絶対的な生命体というのは元来存在しない。してはならない。

 それは世の中の摂理に根本から反しているし、そもそもそんな物があれば即座に抑止力が排除するだろう。

 

 故にこの胸に抱くのは絶望では無く恐怖。

 生き物が持って当たり前の生存維持機能の一つ。

 恐れるからこそ、生きたいと思うからこそ戦う。追い詰められてからが人間という生物の本領発揮所だ。生物、極限まで追い詰められれば何を仕出かすかわかったものではないのだから。

 

 今から行うのは竜殺し(ドラゴンスレイ)――――面白い。

 

 人間としての限界点に挑んでみようじゃないか。

 何事も挑戦。最初から成功が約束された事柄なぞありはしない。

 

 たった一つ――――星光を放つ聖剣を除いては。

 

 辺りを警戒する。それらしき影は見当たらず、しかし威圧は未だ健在。規則的に立てられた石柱に幾つものツメ跡が残っている以上居ないわけではあるまい。ましてや逃げるという事も。

 右、居ない。

 左、居ない。

 前後、論外。

 ならば――――

 

「―――――――――!?」

 

 直感的に上を見上げてしまう。

 その直後に感じる強大な恐怖。たった一度だけ目に入れただけでわかってしまう格の違い。

 蒼に光る鱗は、最上の武器で無ければ傷付けることさえ敵わない。

 人間のそれとは比べ物にならない肉体は、生物的限界をはるかに超えた超常的な動きを実現し。

 双眸は睨みつける者遍く全てに動くことを許さない眼光を秘めている。

 

 幻想種にして最強の種族、竜種。世界に存在する生きた神秘。

 

 それがゆっくりと息を吸い、喉を鳴らした。

 

 

 

 

『グォォォォォオオオオオオァァァアァァァァァアアァァァァアアアァァァアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 

 

 

 神殿を揺るがす、大砲の轟音の様な咆哮。

 聞くだけで頭を揺さぶり、立っていることすらままならなくなる挑戦者への試練。

 これを耐えられないのならば、挑むことなど許さない。倒れるならばそこで果てるが定め。

 

「ぐぅぅぅううぅぅっ…………!!」

「ぉおおぉおおっっ…………!!」

 

 私とランスロットは耳をふさぎ、必死で振動に耐える。

 今ここで気を失ってはならない。それ即ち死と同義なのだから。こんな所で果てるなど、死んでも死にきれない。

 

 約五秒間の咆哮。今はそれがとても長く感じられた。

 だが、耐えた。耐え抜いた。決死の覚悟と不屈の意思で、私たちは立ったままであった。

 それを見て蒼い竜はより一層眼光を鋭くして、張り付いていた天井から落ちてくる。

 

 極めて滑らかな落下。水が流れる様に蒼い竜は速やかに私たちの前に降り立つ。

 響く地鳴り。床に広がる罅。

 それがこの竜の巨大さを物語っているかのように思える。

 

『グルルルルルル…………』

 

 低い唸り声を上げ乍ら、蒼い竜はその牙を剥き出しにした。

 しかし直ぐには襲わない。様子見、と言った所だろうか。

 

 これは僥倖。チャンスが与えられたのならば、喜んで使ってやろうではないか。

 

「ランスロット! 私が動きを止めるからその隙に『無毀なる湖光(アロンダイト)』であいつを!」

「っ――――御意! このランスロットめにお任せを!」

 

 黄金剣を握りしめ、魔力放出で身体能力をブーストしながら蒼い竜へと駆ける。

 幾ら竜といえど巨体である以上動く際にその兆候が見られるはず。それを見極めれば、攻撃をかわすことは可能。受ければ瀕死は確実。極限まで回避を選択――――

 

 

『ガァァァアアアッ!!!』

 

 

 巨体が旋回して、その雄々しい尾が薙ぎ払われる。

 攻撃範囲内に存在していた石柱がことごとく砕かれ、それでもなお勢いは止まらない。まるで極太の鉄柱が薙ぎ払われているような圧倒的破壊力。

 

 迎撃――――無理。

 防御――――論外。

 回避――――一択。

 

 その場を跳躍して尻尾の薙ぎ払いを回避。衝撃波に叩き付けられたが、逆方向に魔力を放出することで慣性を相殺し耐える。

 此処で吹き飛ばされるわけにはいかない。そうなったら最後ランスロットがやられる。

 それだけは何としても回避せねば。もし倒れられたりでもしたら、ニミュエに会わせる顔が無い。

 

「――――フッ!!」

 

 近くの石柱を蹴っての急加速。弾丸のような速度で竜の懐へと突っ込む。

 

『オオオオオォォォオオッ!!』

 

 竜もただで見過ごすわけがなく、容赦なく桁外れの膂力から放たれる即死級の拳で迎撃。

 

 私の繰り出した黄金剣の一撃と竜の拳がぶつかり合う。

 衝撃波と爆音が響き、両者ともに弾かれる。互いに痛み分けになったような形であるが、傍から見れば成人していない少女が怪物の攻撃と競り合い並んだという結果だ。たった一メートル数十センチ程度の剣が、五メートル級の化物の拳と対等の威力を発揮したのだ。

 

 普通ならばありえない結果だろう。しかし私の魔力放出と事前に使っておいた身体能力向上の魔術が功を奏した。もし一つでも欠けていればこの結果はあり得なかった。

 

(私からしてみればこれだけやって『ようやく』って感じなんだけど……!)

 

 はっきり言ってしまえば私は少し魔力回路が多いだけの少女に過ぎない。こうして竜と渡り合えているのは幾多もの戦闘経験と技術、そして鋭い直感にある程度扱いに長けている魔術の助けがあってこそ。

 英雄になるため世界と契約を結んだわけでもないのに経験の蓄積だけで英雄譚に出る様な活躍をしている。確かに異常だが――――足りない。まだ足りない。圧倒的な、それこそ竜を片手間で屠れるような強さを目指す私にとってこの結果は酷く不満な物であった。

 

 だからこそか。恐怖すら忘れて、殺気の籠った視線で竜を睨みつけたのは。

 

 

「邪魔だ爬虫類が。――――退けェッ!」

 

 

 ひと時の感情が消える。

 弾き飛ばされた私は着地して、慣性を床を削りながら殺して間もなく疾駆。

 石床を大きく凹ませながら高速移動し、同じく弾き飛ばされ体勢を立て直していた竜の懐へと飛び込んだ。

 巨体だからこその鈍足。力は強かれど、俊敏さに関してはこちらが上だ。

 

 間髪入れずに黄金剣を一閃。

 表皮の硬さが凄まじく、深さは数センチ程度に留まってしまう。が、十分。時間稼ぎとしては上出来だ。

 さぁ、出番だぞ私の騎士。

 

 私は力一杯に、その名を叫んだ。

 

「ランスロット――――ッ!!」

 

 名を呼ばれ、竜の背後からランスロットが現れる。

 その手には白き聖剣。幻想種をも殺すことのできる業物が、蒼き竜へと振り下ろされる。

 

 

「『無毀なる湖光(アロンダイト)』――――!!!!」

 

 

 聖剣で己の能力を増幅させ、自身の限界を越えたランスロットが繰り出す渾身の一撃。

 竜は咄嗟に反応し、真横へと弾ける様に回避行動をとる。それでも驚速の白き刃は、無慈悲に竜の片腕を切り飛ばした。傷の断面からは噴水の様に血が噴き出し、石床を赤で汚していく。

 

 仕留め損なった。その事実にランスロットは歯噛みする。

 脳天をたたき割るつもりで出した攻撃が腕を切り飛ばせたとはいえ回避されたのだ。最強の幻想種の名は伊達ではないという事か。

 

『グガァァァアアァァアアアアアアアアアッ!!!』

 

 痛みで絶叫しながら、竜は湧き上がる怒りの籠った視線をこちらに向けながら息を吸う。

 不味い。直感がそう告げる。

 更に今ランスロットは滞空状態。身動きが取れない。次に訪れるであろう『大技』に対処できない。待っているのは紛れも無く死。

 

 そう確信したと同時に私は駆ける。

 死なせるものか。死なせてなるものか。

 

 私がここに居る限り――――絶対に守り通して見せる。

 

 床を蹴り、ランスロットを回収。脇に抱える形で彼の体を抱え、魔力放出で急降下。

 着地時に床を凹ませながらも無事に行動終了。

 

『オオォォオォオオォォォオオオオ!!!』

 

 狙ったように放たれる巨大な火炎。

 竜の息吹。ドラゴンブレス。普通の自然現象とは比べ物にならない超高温の炎が竜の口から吹き荒れ、小さな人間二人を包み込むように襲い掛かる。

 受ければただでは済まない。生きていても全身大火傷は免れまい。

 

 ――――受ければ、の話だけど。

 

 私は向かってくる炎を睨みながら腰にある黄金の鞘を握る。

 目を閉じ、心の無駄をそぎ落とす。

 そして、告げる。

 

 

 

 

「『忘却されし幻想郷(ミラージュ・アヴァロン)』!!!!」

 

 

 

 

 紛い物なれど、不老不死の恩恵を与え絶対の護りを司る黄金の鞘。

 見た目だけの劣化品になどなる筈も無く、その存在もまた所有者を守護するもの。

 

 握りしめていた鞘が粒子となって散っていく。だが消えてしまったわけでもなく、私とランスロットを包むように黄金の外殻が形成された。その強度、数千度以上の業火を防いでもなお変わらず。

 これを授けてくれたニミュエには感謝の限りだ。

 

「……ランスロット、奥の手を使う。一分、持ちこたえられる?」

「ご命令とあらば」

「ははっ。…………死なないでね」

「御意」

 

 炎が晴れると同時に黄金の外殻が消え、ランスロットが飛び出す。

 広がる炎の庭を駆け、ランスロットは遥か向こうの竜に単身で立ち向かった。

 

 当初こそ敵う道理など無かった。

 だが片腕を失った手負いの今ならば、彼でも十分対等に渡り合える。

 鋭い竜の爪と白き聖剣が切り結ばれる度、花火が散る。

 

 それを見届けながら、私は黄金剣を両手で握り頭上へ構えた。

 

「感謝するよニミュエ。あなたからの贈り物――――存分に振るわせてもらう!」

 

 大量の魔力が剣へと流れる。

 瞬間、鍔が変形し左右に分かれる。そして開いた隙間から膨大な魔力が溢れ、巨大な光の剣を模った。

 

「っっぅぅううっっっぉぉおおぉおおぉおっ…………!!!」

 

 強烈な頭痛と神経をかき乱されるような感覚が訪れる。

 魔力が暴走寸前に至り、集中せねば爆発しかねない勢いだ。それほど無茶苦茶な改造を施したのだろう。ゴムホースでウォーターカッターを作ったようなモノ。そう考えればこの扱いにくさも頷ける。

 が、失敗は許されない。初使用とはいえここでそんな言い訳は許されない。

 

 一歩踏み出す。床が割れるほどの力で地を踏みしめ、震える腕を押さえつける。

 

「溢れよ星の息吹、輝け黄金の剣。この一撃、人々の願いと知れ――――ッ!」

 

 口から、鼻から、目から血がこぼれ出てくる。体に負荷がかかり過ぎて全身の毛細血管が弾け出しているのか。その傷は鞘の効果で治癒される。しかし負担の原因が取り除かれない以上、損傷と治癒の繰り返しは止まらない。

 

 頭が痛い。体が痛い。全身が凄く痛い。

 

 けど――――それでも、これだけは――――今この時だけは、譲れない。

 

 ランスロットの命を背負っているのだ。

 

 ならばこの程度の苦痛、耐えずしてどうする――――!

 

 

「避けて、ランスロット!!!」

「ッ――――オオオオォォォオオッ!!」

 

 合図と同時に、ランスロットは竜の攻撃を全力で弾き飛ばし大きな隙を作り出す。そして即座に射線から離脱。上出来だ。百点満点過ぎて涙が出てくる。

 

 感覚が無くなるほどの強さで剣を握りしめる。

 

 真名、解放。

 

 

 

「『偽造された(コールブランド)――――」

 

 

 

 両腕の血管が弾け跳んだ。

 だが不思議と、痛みはなかった。

 

 舞い散る光に、見とれていたから。

 

 

 

「――――黄金の剣(イマーシュ)』――――――――ッッ!!!」

 

 

 

 黄金の剣が振り下ろされた。

 

 放たれる星の息吹。命の輝き。偽りの剣でありながらも、輝きは本物。

 重度なる苦痛を代償に放たれた星光の一撃は、射線上に存在するすべてのものを消し飛ばす。石の床は蒸発し、石柱は悉くが破壊され、その中心に居た蒼き竜は悲鳴すら上げられずその身を焼き尽され、灰塵と消える。

 

 刹那の輝き。光の奔流。

 それが収まり、後に訪れたのは静寂のみであった。

 

「…………ごふっ」

 

 その静寂を打ち破り、私は口から血を吐き膝をつく。

 

「アルフェリア!」

 

 それを見てランスロットが血相を変えて、倒れそうになる私の体を支えてくれた。

 大丈夫、とも言えない状態だ。

 何せ魔力が枯渇してしまったのだから、傷を治したくとも魔力が無ければ何もできない。いくら豪華なスポーツカーだろうが、燃料が無ければただのデカい鉄屑でしかなくなるのと同義だ。

 

「がはっ、げほっ…………あぁ、これはちょっと、不味いかも」

「どうすればいいのですか。私にできることは――――!?」

 

 あると言えば、ある。

 けど、抵抗が――――いや、こんな場合で今更言ってられないのだが。

 

「できれば魔力を、供給してくれるかな」

「……? どうやって、ですか?」

 

 ああ、知らないのか。仕方ない、今は最低限の魔力だけでいい。

 決死の状態なので妥協に妥協を重ねて、私は耳打ちする。

 

「……キス」

「へ?」

「だから、キス。接吻っていえば――――ああもういいから、早く」

「い、いえしかし、そういうのはまだ早い――――むごっ!?」

 

 有無を言わせず、最後の力を振り絞ってランスロットの唇に自らの唇を重ねる。

 しかしロマンなど欠片も意識できるような状況ではないので、早急に彼の唾液を吸い取った。魔術師ではないのでかなり非効率だが、それでも『無毀なる湖光(アロンダイト)』を扱える程度には膨大な魔力を有しているのだ。質も量も十分。

 十秒ほどそれを行うと、黄金の鞘に魔力が供給され始め体の修復が始まる。

 それを確認して、うなだれる様に唇を離した。

 

「…………ランスロット?」

「――――ッッ!?」

 

 ランスロットが赤らめた顔を背ける。

 なんだよ童貞みたいな反応しやがって。…………いや、まさか本当に?

 

「もしかして、初めてなの?」

「っ……はい、その。……未熟ながら」

 

 あー、つまりファーストキッスということか。

 だが安心してくれたまえ。私もだから。いや、そういう問題じゃないけどさ。

 

 初チュー体験を済ませ、どうにか峠を通り越せた私はランスロットに肩を貸される形で奥へと進んで行く。

 守護者である竜が倒れたおかげでとても静かで、空間に満ちていた威圧も殺気も消えていた。

 他に脅威と思われる生物も無く、私たちは何のアクシデントも無く最奥部へたどり着く。

 

 そこには、台座があった。

 緑鮮やかな芝生と白い花に囲まれ、真っ黒な台座に一本の剣が突き刺されている。まるで選定の剣が刺さっていたあの場所の様だった。違うのは剣が黄金色では無く白銀色、ということか。

 しかも、壁に繋がれた禍々しい鎖で幾重にも巻かれて固定されている。

 まるで抜かれるのを拒否しているように。

 

「アルフェリア、ここから先は」

「私一人で大丈夫だよ、ランスロット。よくここまで付き合ってくれたよ、ありがとう」

「……はい、有り難きお言葉です。どうかご武運を」

 

 ランスロットに見送られる形で、私はおぼつかない足取りながらも一歩ずつ前に進み――――剣の突き刺さった台座の前にたどり着く。

 

「白銀の、剣」

 

 こぼれ出る言葉は、自分も信じられないほど震えていた。

 見えずともわかる。この剣が纏う神の如きオーラが。触れずとも、本能がそれを理解する。

 同時に理解した。

 

 これは人が握っていいものではない。

 

 破壊をもたらすから? 気に呑まれてしまうから? そうではない。

 

 これは、人々から忘れ去られた神霊の集合体。

 忘却の彼方にて、最期の力を振り絞り数多くの神々が残した一振りの遺産。その悲しみが、孤独が、願いが、この剣には詰まっていた。

 故に、半端な気持ちで手を出そうものなら死よりも辛い物が待っている。

 

 虚偽の栄光を胸に、神々が残した願いを振るうという現実が。

 

 だからこそ、私は震える手で剣の柄を握りしめる。

 

 半端な覚悟では無い。

 いい加減な願いでもない。

 

 ただ純粋に――――私は大切な者達を護りたいからこそ、力を振るいたいと願う。

 

 だからどうか、力を貸してほしい。

 私にあの子を守らせて。

 

 

 仄かに白銀の光が剣から漏れ出る。

 パキンと小さな音がして、鎖が何の力もかけられていないにもかかわらず、粉となって宙に散っていく。

 

「これ、は」

 

 感情に従い、私は白銀の剣を引き抜いた。

 まるで最初から枷など無かったかのように、鮮やかに台座から剣が引き抜かれる。

 

 担い手として、今この瞬間を以て私が選ばれた。

 その事実を許容するまで、一体何秒かかったのだろうか。

 

 白銀の剣を、たった一度だけ振り抜く。

 小さな風切り音が響く。それだけで、私は天上の福音を聞き届けたかのように心が躍っていた。

 

 ああ――――凄まじいな、これは。

 

 そう思わざるを得ないほど、見事な剣であった。

 これが自分に相応しいのかすら、疑ってしまうほどに。

 

「おめでとうございます、アルフェリア」

「ふふっ、ありがとう。そう言われると、凄く嬉しい」

 

 柄にもなく、私は素直に笑顔を浮かべた。

 

 

 

 目的を無事達成した私は、その後何事も無くニミュエの元へと帰還した。

 そしてそれからニミュエ――――湖の乙女から新たな『神剣の担い手』として認められた私は、ひそかに精霊の間で噂を集めることとなる。

 忘れ去られた神々の思いを担う人間として。

 

 

 森羅万象、遍く全てを断ち切る最後の神造兵装は現世へ解き放たれた。

 

 

 

 




令呪を以て命ずる、爆ぜよランスロット。そして恋愛観皆無の主人公。ファーストキスが魔力供給目的って、ロマンもへったくれも無いね。

追記・ミスを修正しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。