ナリタ戦役。後の歴史にそう刻まれることとなるブリタ二ア軍、日本解放戦線、黒の騎士団の三つ巴の戦い。
戦いは開戦直後こそ機体性能と指揮系統で日本解放戦線を上回っていたブリタニア軍が優勢だった。だが突如の大地震により引き起こされた土砂崩れと黒の騎士団の奇襲により形成は逆転。さらに藤堂と彼が率いる四聖剣もこの戦場に参加すると膠着状態に陥った。
ブリタ二ア軍の新型ナイトメア・ランスロットの活躍もあって何とかブリタ二ア軍は黒の騎士団の猛攻を防ぎきる。
黒の騎士団のリーダーであるゼロは消耗戦を嫌い、速やかに撤退の指示を全軍に飛ばしたのだが。
その時、ライは一人近くで戦っている日本解放戦線の面々が危機に陥っている事に気づく。すぐにゼロに報告し救援を呼びかけるもののゼロは強く反発した。
『日本解放戦線には構うな! 今不用意にブリタ二ア軍を刺激すれば、敵の意識は黒の騎士団に向いてしまう。物量ではブリタニアが勝るのだ。こちらが全滅する危険性もある。全軍、速やかにナリタ連山から撤退せよ!』
「……それが君の答えなのか。ならば」
まるで友軍である日本解放戦線を見捨てるかのような方針を取るゼロ。
部下であるライはそんな彼の方針に素直に従うことが出来なかった。
友軍の日本解放戦線を無視する事はできない。そうでなくても彼は先の土砂崩れという無茶苦茶な戦法を取るリーダーに疑問を懐いていたのだから。
「全員、速やかに撤退せよ。僕は敵の包囲を受けている日本解放戦線の救援に向かう」
「おい! ゼロの命令は撤退だぞ! 逆らうつもりか!?」
『命令に従え。お前の一存で味方を危険に晒す覚悟があるというのか!』
「すでに今目の前で友軍が危機に陥っている。今救えるかもしれない危機と起こるかわからない危機だ。僕は前者を取る」
ゼロの発言に到底納得がいかなかったライは部下を先に撤収させると自分は制止の声を無視して進軍を続行。ブリタニア軍に包囲網を敷かれてしまった藤堂達日本解放戦線の救出を敢行する。
結果、ライの突撃を契機として無事に窮地を脱した藤堂は四聖剣と共にナリタ連山を脱出。
ライも彼らとの再会を約束すると先に撤退した騎士団を追って戦場を後にした。
「ライ。命令違反により君を拘束する」
「……ああ。好きにしてくれ」
だが命令違反を犯したライをゼロが見逃すわけがない。
合流した彼を待っていたのは非情な宣告。
独房に拘束されたライはゼロと短く、激しい問答を交わした。
民間人や日本解放戦線までをも巻き込んだ作戦を実行したゼロ。彼を信用できなくなってしまったライはゼロの責める言葉に怯む事無く批判を返し、彼の怒りを買う事になった。
結果、ライは黒の騎士団を脱走することを決意する。これ以上ゼロのやり方についていくことはできない。彼の命令に従うことはできない。そう判断したのだ。
自分を慕ってくれた部下や共に戦ってくれた戦友には申し訳ない。しかし今ここで足を止めてしまえばきっと後悔する。
ライの決心は固かった。彼は独房を抜けて、ナリタの戦いで搭乗した一機の無頼にひっそりと乗り込んだ。
幸いにも機動キーは挿したままだった。
悠長にしている時間はない。早々にナイトメアを起動するとライは全速力でアジトを脱走。
荒野と化したゲットーへと走り出した。
「黒の騎士団各員に告げる。脱走者が現れた。繰り返す。脱走者が現れた! すぐに追い、脱走者を捉えよ!」
ゼロの命令を受けた黒の騎士団員が追撃に移る。
突如の出来事である為か始動が遅い。加えて数もそう多くなかった。
加えて今はあの大戦の直後だ。気の緩みもあったのだろう。無頼の動きは遅い。
これならば簡単に逃げ切れる。
そうでなくてもライのナイトメア操縦技術は黒の騎士団の中でも随一だ。彼を上回る技量を持つパイロットなどそうそういない。
ライはゲットーの入り組んだ地形を逆手に取って追っ手を振り切る。
郊外に出て、しばし黒の騎士団員達の出方を窺うために架橋下に身を潜めた。
どうやら先ほど背中を追っていた無頼は近くにいない。
無事に追撃を振り切ったと安堵した瞬間、突如目の前に紅色のナイトメアが重い音を立てて着地。鋭い刃をこちらに向けて制止した。
「紅蓮弐式。――カレンか」
たしかに騎士団内でもライの技量は随一だ。だが彼に並ぶものが一人だけいる。
黒の騎士団のエース、カレン。ライを黒の騎士団に誘った彼女が、いる。
唯一追ってきたパイロットを理解するとライはコクピットを開く。カレンも彼に呼応してコクピットを開いた。
「ライ! お願い、戻って!」
「それはできない相談だ」
「どうして!? ようやくブリタニアとも渡り合えるようになったというのに。ゼロには私からも掛け合うから!」
「僕はゼロのやり方に疑心を持っている。彼をリーダーとして見る事はできない。かけあったところで無駄なんだよカレン」
「ライ。……どうしても、駄目って、言うの?」
ゆっくりと紡がれた問いかけに、ライは静かに頷いた。
――望まない否定の答えだ。彼女は悲しそうに目を細めた。
この表情をライが見るのは二度目である。かつてカレンがライを黒の騎士団に勧誘して、ゼロの誘いを断ろうとした時のことだ。あの時もカレンは同じ表情を浮かべていた。
思えばあの頃からライはゼロに対して半信半疑だったのかもしれない。リーダーの能力は優秀だとしても、彼の取る方針を認めることは中々難しかった。
カレンがいたからこそ、彼女の思いを無下には出来ないと騎士団に加入した。
だがゼロのやり方をハッキリと理解し、彼の戦いを目にした今。もうライは彼のあり方に賛同することはできないのだ。
たとえ、今ここでカレンの手を振り払う事になろうとも。
「そう。……なら!」
カレンはゆっくりと紅蓮の右腕をライへと向ける。
鋼鉄の爪は必殺の一撃を放つ紅蓮の切札だ。その威力はナリタの戦いで嫌と言うほど知らしめた。
その武器をカレンはライに向けている。
「……カレン。僕を殺すか? ゼロに逆らう僕を」
「私は……私は、ゼロの為に!」
そのためならばどんな指示にも従う。どんな無茶な戦いにも望んでいく。
カレンの意志がヒシヒシと伝わってくる緊張が篭った声。
だがそんな声に反して、紅蓮の右腕はゆっくりと下がっていった。
「……今はまだ。でも、もしもあなたがゼロを害する敵として現れたなら。その時は!」
きっと、彼女が迷うことはないのだろう。
カレンはその時こそきっとライの息の根を止める。
彼女の自慢の武器である、紅蓮弐式で。彼女が誘った大切な相棒とも呼べた存在を。
学園や生徒会でも何度も長い時間、同じ時間を共有した彼を。
きっとカレンはそういう人物なのだ。
「カレン。……また、会えるさ」
「……ッ」
生きてさえいればきっと何度でも会うことができる。たとえ良い出会いであろうとも、悪い出会いであろうとも。
ライの呟きにカレンは何も答えることが出来ない。
呆然と立ち尽くす彼女のすぐ横を、ライは通り抜ける。
すれ違う際に、寂しげに表情を歪める彼女の顔を忘れないようにと、何度も脳裏に刻みながら。
彼は黒の騎士団との決別を果たしたのだった。