黒の騎士団を抜けた後、ライは日本解放戦線の末席に加わった。
ギアスという絶対の力も使って指揮官・片瀬に取り入った彼だが、そのもてなしは非常に厚かった。
元々彼が持つナイトメア操縦の腕に加え、藤堂や四聖剣を救ったという実績。高齢化が進む軍部に新たに加わる若い戦士。さらには彼が日本に古くから伝わる貴族の血筋であるということが判明すると、片瀬は歓喜に溢れた。
こうして日本解放戦線に無事に入隊できたライは少尉に任命される。
散り散りになっていた四聖剣や藤堂を無事に合流させるという功績を上げ、己の力を示していった。
その後は貴族の血筋という家系から支援を受けているキョウトとの繋ぎ役を任されることも多くなり。
訪れた先のキョウト、富士プラントで同じくキョウトから手厚い支援を受けている黒の騎士団と遭遇する機会が増え。
その中には、カレンと出会うことも少なくなかった。
「久しぶりだねカレン」
「あら。久しぶりね。そっちも元気そうで何よりだわ」
「うん。カレンこそ」
脱走後、幾度か顔を会わせ話をしている為にライが少尉に昇進したということはカレンもよく知っている。
変わらぬ働きぶりはライもカレンも同じだ。ブリタ二ア軍を相手に奮戦している。
その争いの中にはライが余計にゼロを信じられなくなるところもあったのだが。
何はともあれ二人の関係はそう険悪なものではなくこうして再会すればいつもの口調で話しかけるのだった。
「そういえば。日本解放戦線もそれなりに情報網を持っているわよね?」
「ナリタ連山を本拠地に敷いていたときほどではないけどね。でも今でも各地のレジスタンスグループと連絡を取り合っているし、情報は入っているよ」
「なら一つ聞きたいことがあるのだけど」
いいかしら、と首を傾げるカレン。
お願い事とは珍しいなと考えつつ、ライは首を縦に振った。
「ありがと。今人を探しているのだけど、あなたマオという男を知らない?」
「マオ?」
「ええそう。中華連邦からこの国に来ているみたいなんだけど……」
カレンの口からは聞き覚えのない名前が飛び出した。
中華連邦といえばすぐ近くのアジアが誇る大国。ブリタニアに屈していないというだけでもどれだけの力を誇るかは想像できるだろう。
生憎ライにはそのような国との接点はない。
この時の彼は知る由もないのだが、後に中華連邦のある人物達と交流を持つ事になるのだが、まさか想像できるはずもなかった。
「いや、初めて聞く名前だ」
「そっか……」
「その男は何者なんだ? ブリタニア軍の関係者ではなさそうだけど」
中華連邦から来たということはブリタニアに関与しているとは考えにくい。
しかしそれならばカレンがその人物を探す理由も見つからない。
何故だと問い返すとカレンも返答に困ってしまう。彼女自身、完全に事情を把握し切れていないようだった。
「私も詳しくはわからない。でも、どうやらその男はゼロをつけ狙っているみたいなの」
「ゼロを?」
「うん。一度襲撃を受けたみたいで。それでゼロから騎士団にそのマオという男の行方を探るように指令が出されたのよ」
それを聞いてしばしライは黙り込んだ。
首元に手を当てて、真剣に何かを考えている様子。
その熱意に当てられてカレンも口を挟む事はせず、彼の考えがまとまるまでは静かにしていようと彼の顔を覗き込む。軍服を着ているためか非常に様になっていた。
思考時間は10秒ほどで済んだ。ライは手の力を緩めると、ポツリと考えを呟いた。
「……ゼロは中華連邦にいた頃があったのか?」
「え?」
「考えてみなよ。中華連邦にとってゼロの存在は決して悪いものではない。ブリタニア、EUと三つどもえの世界を展開している」
「そうね。ブリタニアが一歩リードしている状態で対ブリタニア勢力は少しでも欲しい」
「そうだ。騎士団の存在はブリタニアの勢力に対抗する、中華連邦にとっては願ってもない存在だ。ならば手を組むあるいは利用することは考えても、少なくとも中華連邦が国の命令でゼロを害そうとは考えないはずだ」
「じゃあ、マオという男は個人の理由で? それで中華連邦でゼロと合っていたかもしれないってこと?」
「この日本に来てからの可能性もあるけれどね。でも、味方でさえ行方を掴めないゼロと接触するとは考えにくい」
「確かにそうね」
つい可笑しくて笑みがこぼれてしまう。
親衛隊隊長であるカレンでさえゼロの騎士団以外での生活は全く知らないのだ。
素顔さえ明かさない仮面の男。謎に満ちている彼の本性を、別の国の人間が知っているとは到底考えられない。
ならば以前から知っている人物か。
そう考えるライの意見は的を得ているものだった。
「でも一体何のために……」
「彼の活躍を妬んでいるか、あるいは何かゼロが個人的に恨まれるような事をしたのか……」
「可能性は色々ありそうね」
理由についてはこれ以上語っても推論の域を出ない。
だがマオがゼロと関係している人物かもしれないという情報は非常に重要だ。ゼロに聞いてみればマオという人物の行動パターンも読めるかもしれない。中華連邦と繋がるカードになる可能性もある。
進展が起こらない状況下で、ライの意見を聞けたのはカレンにとって非常に大きなものだった。
「ありがとう。こちらもその線も考慮して探してみるわ」
「……カレン」
「なに?」
「無線の波長は、僕がいた頃とは変わっているよな?」
「え?」
カレンは間の抜けた声を零した。当然の反応だ。今ライにこのような発言をされて、即座に答えられるような人間が果たしているだろうか。
言葉の真意を理解できず、カレンは態度を一転。視線を厳しくし語気を強めてライに問いかける。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「警戒しなくていい。こちらでも何か分かり次第伝えようと思ったんだ。ゼロの事はまだ信じられないが、君達が不利になるようなことは避けたい。僕達は日本の解放を願う同志だからね」
心からの本心だった。
ゼロを信じられなくなったとは言っても、黒の騎士団員のことを信じられなくなったというわけではない。
相手がカレンであるというのならば尚更だ。
ライにとってカレンが大切な存在であるということは不変の事実なのだから。
「……残念ね。もう変わっているわ。当たり前でしょ?」
「じゃあ」
「そして貴方に変わったものを教えるつもりもない。仲間ではない人に情報を漏らして、騎士団に害が及ばないとは限らない。貴方ならそれくらいわかるでしょ?」
そんなライに対し、カレンの答えは冷たいものだった。
もはや二人は違う組織に所属しているのだ。
そう再認識させるような、突き放すような態度。分かっていることとはいえ、ライは寂しげな笑みを浮かべた。
「うん。そうだね、その通りだ」
「ッ……」
そんな様子を見て、カレンも表情が暗くなる。
違う。本当はこんなことは言いたくないはずなのに。本音を打ち明けるには現実がかけ離れすぎていた。
気まずい空気が場を支配する。
いつもよりもずっと長く感じる時が流れる中、沈黙を破ったのはカレンの方だった。
「……私の携帯の番号やアドレスはそのままよ」
「え?」
「黒の騎士団の紅月カレンとして貴方と連絡をとるわけにはいかない。でもただの紅月カレンなら、あるいはカレンシュタットフェルトとしてなら、私は貴方と話をしてもいいって思う」
これがカレンにできる最大限の譲歩だった。
ゼロに知られれば『甘いな』と一言で斬り捨てられるかもしれない。あるいは『裏切り者と内通しているのか』と批判されるかもしれない。
だが、それでも。それでも、ライと言う人物は。カレンにとっても大切な人だから。
このまま別れることは嫌だった。だから言葉遊びだとしても確固たるつながりが欲しかった。
「……ありがとう」
カレンの意図を理解して、ライはいつもの人懐こい綺麗な笑みを浮かべる。
思わずカレンの頬が緩みかけて、恥ずかしげに目を逸らした。
「それじゃあ、私はそろそろ行くわね。さようなら、少尉さん」
別れ際にもう一度お互いの立ち位置を確認するようにあえてそう呼んで。
「また会えるさ。カレン」
ライは変わらぬ優しい声色で彼女に再会を約束する。
窺う事はできないが、カレンもきっと笑っている。
そう思ってライも反対側の通路を通って富士プラントを後にした。
それからしばし月日は流れて。
ライは己の出自に関する重大な結果を知ることとなった。
以前少しでも記憶を探る頼りになればと行った血液検査。検査はキョウトの支援もあってかなり詳しい分析が行われていたのだが、その結果は驚きの内容であった。
ライは日本人とブリタニア人のハーフ。しかも貴族の血筋であり、皇家とも遠い親戚にあたるとのことだった。
名家の血を引く若い戦士が日本の開放の為にと戦いに馳せ参じた。これは軍にとっては非常に意味のあることだ。日本解放戦線の面々の士気は大いに高まった。
当然ライ本人にとっても嬉しい事である。今まで信じていた思いが、戦いが無駄ではなかった。何よりもそう信じて疑わなかった彼女の声が正しかったのだ。
血筋を知ったライは、彼女にも話をしようと決意し、久々にアッシュフォード学園に登校。
携帯端末で連絡を取ると休み時間に無人の屋上へと赴き。そして、カレンと対面することとなった。
「あら。学校で会うなんて久しぶりね」
「そうだね。カレンではないけれど、こうして登校するなんて懐かしい気分だよ」
「私は病気がちだから、よ? 誰かさん達みたいにサボって休んだりはしないわ」
「……ああ。その通りだ」
どうやら今でも学園で演じている姿は変わらないらしい。
病弱で大人しいお嬢様。気が弱そうな雰囲気からは、戦場で紅蓮を操縦してリタ二ア軍を蹴散らしているとは到底想像できない。
世間体の良い性格を完全に演じている姿には笑みを零してしまいそうだが、ライは何とか踏ん張った。
下手に彼女の気分を害するのは良くない。今日は彼女と大切な話をする為に来たのだから。
「それで? 話があるということだけれど、どうしたの?」
「……君にだけは話したいと思ったんだ。重要な話だ。真面目に聞いて欲しい」
「何かしら。あなたが戻ってきてくれるというのなら、これ以上嬉しい事はないのだけれど」
「残念ながら違う。だけど」
だけどある意味では君が嬉しいと感じてくれることなのかもしれない。
一つ間を置いてライは続けた。
「かつて君が僕に言っていたことを覚えているかい?」
「私があなたに言った事?」
「僕はきっと日本人だと。そう言ってくれただろう」
カレンは小さく寂しげに頷いた。
大きな決断となった日のことだ。忘れるはずもない。
彼女が覚えてくれていると再確認し、ライは本題へと移る。
「こちらで、日本解放戦線で調べていた結果が出たんだ。僕は、日本人とブリタ二ア人のハーフだった」
「……えっ」
「詳しくはわかっていないけれど、皇家とも遠い親戚にあたるそうだよ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。それじゃあつまり」
信じられないのだろうか。
困惑しながら問いかけてくるカレンに対し、ライは大きく頷いた。
つまりライもカレンと同じ存在なのであると。二人は同じ立場だったと打ち明けた。
肯定を得て、彼女は動揺しているようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そう、だったんだ。ハーフ、だったのね。私と同じ」
「そうだよ。カレンと同じだ。君の言うとおりだった」
ライは本当に嬉しそうに語る。
元々はカレンが日本人であると信じたからこそ始まった記憶探し。そこから全てが始まった。
その思いは正しく実をむすんだ。
だからこそこの事実を誰よりも早く彼女に伝えたかった。
だが、ライの表情に反してカレンの笑みは暗い。
「ごめんなさい。普通なら喜ぶべきなんだろうし、私だって前から望んでいたことなんだけれど」
「うん」
「本当よ。この思いに偽りなんてない。そう、望んでいたの。望んでいたはずなのよ」
「わかっている。わかっているよ」
「でも、今は素直にあなたの出生のことを喜べない。同じ服を身に纏ってあなたの傍にいたならば、きっと違っていたはずなのに。どうしてかしら」
羽織る服が変わってしまっただけなのに、懐く感情はこうも違ってしまう。
二人が目指すものは変わっていない。変わったのは立場だけだ。その立場が、彼女を惑わせる。
喜ぶべきことなのに。喜ばなければいけないはずなのに。
二人とも同じ境遇であると知って、何故か寂しさの方が勝ってしまう。
どうしてもっと早くに知ることが出来なかったのだろうか。あの時無理やりにでもライを引きとめることができなかったのか。後悔せずにはいられなかったのだ。
そう困惑するカレンの様子を見て、ライはクスリと笑った。
「それが普通の反応だよ」
「ライ……」
「僕がただ君に知らせたかっただけだ。カレンの言っていたことが本当だったんだって。
『あなたはきっと日本人よ』って。そう言って僕を黒の騎士団への加入を推薦してくれたカレンにだけは、知らせておきたかったんだ」
ライは優しくカレンを諭す。これ以上彼女が負担に感じないように。
「だから、ありがとう。僕を日本人だと信じてくれて」
「ライ……」
苦しそうに顔を俯けるカレンを、ライはそっと抱き寄せた。
涙が零れないようにと、かすれた声を出さないようにと必死に耐える彼女の動きには気がつかないフリをして。彼女の震える体を静かに支え続けた。