四聖剣、藤堂の合流。新型ナイトメア・月下の配備。
ようやく日本解放戦線が戦力の再集結、再編成を済ませた頃に、それは訪れた。
イシカワ戦役。戦力を立て直し再編成させたのはブリタ二ア軍も同じであった。イシカワゲットーの日本解放戦線本拠地にコーネリア率いる精鋭部隊が押し寄せてきたのである。
戦いは藤堂が展開する防衛計画により日本解放戦線が前線レベルで優位に立っていた。
しかし本陣が攻撃を受けると片瀬が早々に総退却の指示を出してしまう。本陣が逸早く戦線を離脱した事により戦線は崩壊。日本解放戦線は総崩れとなり、イシカワから撤退することとなる。
ブリタ二ア軍に大打撃を与えた事から『厳島の奇跡の再来』と呼ばれているそうだが、軍内の空気は非常に重苦しい。
相手をあと一歩のところまで追い詰めておきながら指揮官の指示で一転壊滅の危機に陥ってしまったのだ。指揮官である片瀬への風当たりは厳しいものだ。
軍は片瀬の海外逃亡論、藤堂の国内抵抗論に別れることとなる。
ライは黒の騎士団を例に出して藤堂を指示した。すると片瀬はこの態度に激怒し、意見に逆らう藤堂と四聖剣、ライの六名を無視して西進。中華連邦に亡命中の澤崎達との合流を選択する。
追放される形となった六人はライの提案の元、キョウトへと訪れる。
キョウトの支援を受ければまだ立ち上がれる。キョウトとて藤堂達をそう易々と見捨てるようなことはしないだろう。
そう考えての行動だったのだが。
そこでライたちは予想もしない再会を果たす事となったのである。
「待ちかねたよ」
富士プラントで藤堂達を待っていたのはゼロだった。
「ゼロ……」
「何故、ここに」
「ゼロ様とは黒の騎士団の支援態勢のことでお話していたのです。藤堂様方も時期いらっしゃるとお話したところ、ぜひとも皆様に合いたいと」
疑問に答えたのはゼロの傍に立つ神楽耶だった。
決して悪気はないのだろう。そもそも、ライが辞めた理由をよく知らなければ黒の騎士団と藤堂達を会わせることに躊躇うものはいない。お互いが日本の開放に尽力し、ブリタニアと戦い続けている組織だ。
その実力者同士の邂逅。おそらく神楽耶はただより仲を深め、力を合わせて欲しい。そう考えたのだろう。
「話は聞かせてもらったよ。国外に逃亡する片瀬は君たちの意見を受け入れなかった。いよいよ君たちの居場所はなくなったというわけだ」
「ッ……」
「あの時の言葉、こんなに早く実現するとは思わなかったが」
「『互いの力が必要ならば』、か?」
かつて、藤堂達とゼロがかわした会話が思い起こされる。
前にもゼロが黒の騎士団に藤堂達を勧誘した時があった。
あの時は立場もあって誘いに答えることはできないと答えていた。そしてこの先、互いの力が必要となったならば、目指すものが同じであるならば、その時は協力も惜しまないと。
「そう。もともと私は君達の力を欲している。あとは、君達次第ということだ!」
「うむ……」
「ライ。君にも異論はなかろう? 我々黒の騎士団に合流することに」
藤堂は迷っているようだ。
あと一押しすれば条件は達成される。そう考えたのだろうゼロはライへと話を振った。
日本解放戦線でも尽力し、あらゆる功績を上げてきたライだ。血筋のこともあって発言力は大きなもの。
黒の騎士団に所属していた彼が応じれば、あとは障害となるものは何もない。
「ライ、お願い。私、貴方となら……」
護衛についてきているのであろう、カレンもまたライに懇願する。
彼女の寂しげな表情に一瞬心が揺れる。甘えても許されるかと決意が鈍る。
だがもはや今のライは軍人だ。自分の気を一挙に引き締めて断固とした意志を固めた。
ゼロの期待、カレンの希望を受けて。最後の一手にと選ばれたライは――
「悪いがゼロ、君を信用することはとても出来ない」
黒の騎士団の提案を即座に否定する。
「ほう。意外と執念深い男だな」
「ライ……!」
「僕自身の事じゃない」
「なんだと?」
「ゼロ、君にひとつ質問をしたい。このことだけには、嘘偽り無く答えてほしい」
「……いいだろう」
事の重大さを察したのだろう。もとよりライを説得できなければ藤堂達を招き入れることは出来ないと考えていたのだ。迷いつつもゼロはライの問答を受け入れることとした。
「あの時、前にも片瀬少将が国外脱出を図ったとき」
ライが話しながら脳裏に思い描いたのは、突然目の前で爆発が起きた光景だ。彼が撃破を狙ったポートマンの大破とは別のものから生じた強烈な爆発。
あれを見てライは一つの確信を持っていた。そしてそれが事実なら、ゼロを信用できるはずもないと。
「タンカーを爆破しようとしたのはゼロ、君じゃないのか?」
「ッ………」
「え!?」
「タンカー? まさか、あの時の爆発が……!?」
ゼロは何も答えない。カレンは驚愕に目を見開き、ライとゼロに視線を行き来させている。少なくとも彼女には知らされていなかったようだ。lゼロの独断だったのとも考えられる。
四聖剣の中、唯一ライと共に戦いに参加していた千葉は何事かを藤堂に耳打ちする。千葉も気付いたのだろう。あの時の、タンカーを狙った爆発について。
「あの時、解放戦線のタンカーの進路上には爆弾が仕掛けられていた。僕がちょうど同じ方向にいたポートマンを破壊しなければ、僕も片瀬少将も――いや違うな。解放戦線はあの場で終わっていた」
厳しい指摘を前にゼロは反論することさえない。
口を挟まないのはこれ以上の事態の悪化を防ごうといているのだろうか。
ライは返答がない事を察し、さらに己の分析を展開する。
「国外脱出を図った解放戦線に爆弾を仕掛ける理由はない。ブリタニア軍も同じだ。そんなことするくらいなら、最初から空爆で終わりだからな。そうなると、あの爆弾は第三者の介入によるものと考えるのが無難だ。そして、あの爆弾の爆発と同時に、ブリタニア軍本陣に攻め入った黒の騎士団。非常にタイミングが良かった。頃合を見計らっていたような動きだったよ。随分出来すぎた話だとは思わないか?」
そう、普通ならありえない。黒の騎士団が――いや、ゼロが爆弾を仕掛けない限りは。ゼロが解放戦線を囮としてブリタニア軍を攻めようとしない限りは。
言外にゼロを強く批判するライ。彼の後方に立っている藤堂達の視線が一段と厳しくなるのを感じられた。
「ゼロ、君に聞きたい。君の目的は日本の解放ではないな?」
そしてライはゼロの本質を突く。
「君が求めるのはあくまで自軍、黒の騎士団の勝利。だからこそ一般人を、味方をも巻き込むような作戦さえも実行できるんじゃないのか!?」
逃げる事は許さない。今度こそ考えを明らかにさせてみせると、強く問い詰めた。
「僕はそれを許せない! どうなんだ、ゼロ? 答えろ!」
「……答える必要はないな」
ようやくゼロが言葉を発したのは、肯定を意味する曖昧なものだった。
ライは息を一つ零した。落胆がこもったものだった。
これでゼロが自分を納得させるよう話をしてくれれば、あるいはもう一度手を取り合えたかもしれないというのに。やはり可能性は殆どなかったのだ。そう自分に言い聞かせるしかなかった。
「そうか。残念だよ」
「ゼ、ゼロ。それじゃあ本当に……」
カレンも言葉を震わせてゼロを見た。だが彼女を満足させる答えをゼロは持っていない。
ライはそんな二人から藤堂達へと視線を戻し、彼らに頭を下げた。
「中佐、そして四聖剣の方々。私などが勝手に話を進めてしまい、申し訳ありません。ですが自分はゼロを信用できません。もし中佐方が騎士団に合流すると仰るならば。申し訳ありませんが、私は中佐達と道を同じくすることはできません」
「……いや、少尉。むしろよくぞ言ってくれた」
藤堂はライの肩をポンと叩き、彼の前に出てゼロに告げる。
「ゼロ、今回も君の申し出に応えてやることはできないようだ」
「ッ……!」
「まあ。力を合わせてはもらえないので? 残念ですわ」
「……申し訳ありません、神楽耶様」
善意から心底協力を祈ってくれた神楽耶に今一度ライは頭を下げる。
信頼を置いてくれた彼女には申し訳なかったが、どうしてもこれだけは譲れない。
頭を上げて神楽耶と挨拶を済ませると今度はゼロからライに名前を呼ばれた。
「ライ……」
「何だ?」
「次に会うときは、恐らく」
「そうだな。覚悟はしておくよ」
最悪の展開を迎えさせたのだ。ゼロの怒りは計り知れない。
短い決別の会話を終えて、そして今度は迷いが見えるカレンへと視線を向けた。
「カレン……」
「ら、ライ。私、私は」
「君は君が信じる道を進め。僕も僕が信じる道を進む」
その進み道が重なってくれればその時は迷わずに君の手を取ろう。そう続けたかったけれど、ライは己の行く末を察してしまったが為に先の言葉を飲み込んだ。
「だから。……さようなら。カレン」
今度はまた会えると言う事はできなかった。
「ライ……!」
『もう二度と君達と会うことない』。
言葉の真意を感じ取ったのだろう。名前を呼ぶカレンの声は、涙で掠れてしまっていた。
本当は今すぐに涙をふき取って声をかけたいというのに。
ライは表情一つ変えずに、振り返ることもせずに、富士プラントを後にした。
「…………さようなら」
声が届かない廊下に入って、ライはもう一度心を込めて愛する者へ別れを告げた。
富士プラントを後にすると、藤堂達は西進。先に中華連邦に渡った片瀬達との合流を図った。
騎士団との合流も果たせずキョウトの支援も得られない以上はこうするほかない。苦汁の選択だった。
途中で休憩と補給もかねながら九州を目指していたのだが。道中でライは千葉に呼び出されていた。
「少尉、本当にあれでよかったのか?」
「何がですか?」
「……好いていたのではないのか? あの女のことを」
「あの女?」
「フジプラントにゼロと共にいた女のことだ。以前、私がお前と一緒に会った事もあっただろう」
「カレンのことですか」
千葉が小さく頷いた。彼女にしては珍しく覇気が感じられない。おそらくは純粋にライを心配してのことなのだろう。
問われたライはすぐに答えることができず、しばし頭を悩ませた。
「……わかりません。好きになるとか僕はそういう経験が少ないので」
「そうか」
「はい。ですが」
「ですが何だ?」
意味深に言葉を区切るライ。まだ振り切れていないのだろう。彼の心中を感じ取った千葉はそれ以上深く問い詰めることはせず、次の言葉を待った。
「僕が騎士団に入ったのは彼女のことを信じたからです。誰よりも彼女のことは信じようと思い、共に同じ道を進もうと思い。そして……どんなことが起ころうとも彼女だけは守りたいと、そう思いました。」
「……それを好いているというのだ。馬鹿者」
そういわれてしまえば、ライも「そうかもしれません」と同調した。
苦笑を浮かべてしまうのは仕方がないことだろう。自分の気持ちにこれほどまで鈍感であるとは笑ってしまう。
だが千葉の表情は暗いままだ。申し訳ないという気持ちが顔に出ているようだった。
おそらく、ライのように元来から解放戦線に所属しているわけでもない学生がこのような結果がわかっている戦いに巻き込まれるのを悔しく思っているのだろう。
「少尉。今からでも遅くはない。お前はまだ若い。黒の騎士団に」
「それ以上は言わないで下さい」
千葉の声を遮って、ライは立ち上がって言う。
「中尉。僕は、もうゼロと決別しました。彼とわかりあうことはもうないでしょう。そして彼が黒の騎士団を率いている以上、そのエースであるカレンとも袂を分かつことは必然です」
「少尉。お前」
「僕とて日本解放戦線に所属する軍人です。軍人が一時の感情に流されて軍隊を裏切るわけにはいきません」
ライの心は既に決まっている。あのナリタの戦いで彼は決意したのだから。
そして今ここにいるのは少尉を与えられた軍人。今さら組織を、仲間を見捨てることなど出来ない。
「……そうだな。お前も立派な軍人だ」
「ありがとうございます」
本当に今日は珍しい日だ。
千葉に褒められて、場違いにもそう思うライであった。
「ただ、先ほどの言葉、一つ間違いが有るので訂正しておきます」
「何だ?」
「中尉は僕を若いと仰いましたが、中尉も僕を若いと仰るような方ではないでしょう? まだ若く美しい。そのように仰らないで下さい」
「なっ。か、からかうなばか者!」
「からかってなんていませんよ」
羞恥心からようやくいつもの調子を取り戻した千葉。
軽く小突くかれて、しかしライも彼女に呼応して笑みを浮かべている。
こんな時間が何時までも続いてくれればいいのに。
そう願っても、戦いの時は刻一刻と迫っていく。
そしてどうやらカレンとの関係を気にしていたのは千葉だけではなかったらしい。
千葉との会話の翌日、今度は卜部から同じような切り出しを受けた。
「ライ。あの時いた赤髪のパイロットは少尉の女だろう?」
しかもこちらにいたっては断定であった。
本人でさえ自覚できていなかったというのに、初めてみた卜部がこう語るのだから他の周囲の人間はそう認識していたのかもしれない。
「付き合ってはいませんよ。たしかに、彼女とはかなり仲はよかったと思いますが」
「なんだそうなのか。随分と親しげな感じに見えたぞ」
「僕を黒の騎士団に誘ってくれた人でもありますから」
「ほう。なるほど、それじゃあ尚更大切な存在というわけだ」
そう言った直後、卜部の表情が曇り始めた。冷やかしはここまで、ということだろう。
「……本当ならばお前には、ここから離れておけって言いたいんだけどな。だが正直な話、今の日本解放戦線は深刻な人手不足だ。優秀な士官は一人でもいるに越した事はない」
「はい。イシカワでの敗戦もあって余計に人材の確保は急務になっております」
「その通りだ。そしてお前さんは紛れもなく優秀な逸材だ。抜けてもらうのは不味い」
日本解放戦線はナリタの戦いで多くの人材を失った。藤堂や日本解放戦線といった主力は何とか生き延びているものの、イシカワでの敗戦によって再び戦力は半減している。
そんな中、ライの存在は非常に大きなものだ。
藤堂を含む月下を配備された士官の中で唯一の蒼い専用機を操り、多くの戦功を上げてきたパイロット。しかも貴族の血筋を組むという実力以外の面でも大きな役割を担っている。
彼がいなくなれば組織の戦力ならびに求心力は大きく低下する。組織の士気も大きく下がることが容易に想像できた。
「……どうか、最後まで戦ってくれと命令する俺達を許して欲しい」
上官らしくない懇願だ。
卜部とて若者には可能な限り好きなものと共にいてほしいと思っている。しかし現状ライにはいなくなっては困るのだ。日本解放戦線に彼はかかせない存在。だから彼は許しを乞う。
「ありがとうございます。卜部中尉」
「おいおい。何で礼を言うんだ? お前話を聞いていたか? 俺はお前に戦いを強要したんだぞ」
「もしもここで中尉が『ここから離れろ』と命令されるならば、僕は命令に逆らわなければなりませんでした」
想像に反して礼を言うライに卜部は思わず苦笑した。だが続いた返答から卜部が予想もしていなかった彼の覚悟が溢れるほど伝わってくる。
「さすがに上官の命令に背くのは、あまりやりたくないことですから」
「少尉」
「だからありがとうございます。僕を共に戦わせていただいて」
「……ああ。こっちこそありがとよ」
幾分か気が晴れた気がした。
そしてこの戦いが終わった後、どうかこの少年にも平穏が訪れるようにと卜部は願った。