「アキ君。『ジャンル』を漢字の熟語に直すと何になる?」
「……それ、前にも聞いた気がするんだけど」
「どうせ忘れてるでしょ?」
「失敬な! さすがの僕でも一度言われたことぐらい覚えてるよ!」
「じゃあ答えて」
「えーっと確か……『分野』に『種類』にそれから…………『類推』だよね?」
「『類推』以外は正解。最後の一つは『部門』ね。ちなみに『類推』はアナロジーの意味だよ」
「あれ? そうだっけ?」
「じゃあ、第2ポエニ戦争で活躍したカルタゴの将軍は?」
「ハンニバル」
「正解。それじゃあ前7世紀に初めてオリエントを統一した国は?」
「アリシア!」
「……自信満々に答えてるけど正解は『アッシリア』ね。このままじゃFクラス確定だけど大丈夫なの? 振り分け試験まであと一週間もないんだよ?」
「大丈夫だよ。これでも参考書の一冊や二冊は読んでるから」
「へぇ――最後に読んだのはいつ?」
「三日前」
「…………ご愁傷さま」
文月学園に入学してから二度目の春を迎えた。
道の両脇で今にも桜吹雪が舞いそうなほど咲き乱れる桜がとても綺麗だ。できるならこういう桜の下でお花見をしてみたいと思う。
そんなことを考えながら……私は脇目も振らずにひたすら全力疾走していた。
「なんですぐに起きてくれなかったのさ!」
そんな私と並走しながら叫ぶ一人の男子に目をやる。
薄めの茶髪に170程度の身長、そして悪くはないが間抜けそうな顔立ち。
初めて会ったときからあんまり変わらない幼馴染み……吉井明久に、私は一言だけ述べる。
「アキ君が悪い」
「擦りつけたっ! 自分で寝坊しといて僕にその罪を擦りつけたよこの子!」
これでよし。アキ君が何かいろいろ言ってるけど今は走り続けよう。
それに学校も見えてきた。もしかしたら遅刻したことがバレないかも――
「遅いぞ吉井、水瀬」
――と思ったら校門前で待ち構えるように立っている筋骨隆々の男性に引き留められた。
誰かと思ったら皆に『チンパンジーみたいな容姿』と噂の鉄人――西村先生じゃありませんか。
フルネームは西村宗一。趣味はトライアスロン。……私的にはこの人の外見、チンパンジーというよりキングコングかなぁ。あ、でも顔はチンパンジーかもしれない。
「鉄人――西村先生、おはようございます」
「おはようございます、鉄人先生」
アキ君よりも丁寧に挨拶する。相手は教師だからね。ちゃんと礼儀正しくしないと。
「吉井。今、鉄人って言わなかったか? それと水瀬。礼儀正しいのはいいが、当たり前のように鉄人と呼ぶのはやめろ」
「き、気のせいですよ」
「失礼しました、村人先生」
「村人でもない、西村先生と呼べ」
西村の『村』と鉄人の『人』と合わせてみたのだがどうやらダメみたいだ。
うーん……率直にチンパンジー先生とか? いやいや、先生を動物扱いするのは失礼極まりない。なら鉄村先生はどうだろうか?
「というかお前たち、普通に『おはようございます』じゃないだろう」
「あ、すいません――いつもより肌が黒いですね」
「日焼けでもしたんですか?」
「…………ほら、受け取れ」
先生は珍しくスルーすると、足下に置いてあった箱から封筒を取り出し、アキ君、私の順に差し出してきた。
……なんだろうこれ。まさか退学届けとかそういう類いのやつ?
「何ですこれは?」
「振り分け試験の結果が書かれている。一言で言えばクラス発表だ」
ああ、それなら心配はいらないかな。
封筒は頑丈にのりづけされているせいかあまり開かなかったので、少し強引に封を切る。
『
やはりと言うべきか、私はFクラスだった。
「お前は振り分け試験を欠席していたからな。悪いが再試験もないぞ」
「構いませんよ」
仮に再試験があったとしてもまた休んじゃいそうだから。
さて、お次はアキ君だ。先生が懐かしむような目になりながら去年のアキ君について振り返る中、そのアキ君は封筒がうまく開かなかったのか上の部分を破っていた。
「吉井。お前は――」
先生が何か言う前に、アキ君は折り畳まれた紙を開いてクラスを確認する。そこには……
『吉井明久……Fクラス』
「――疑いようのない正真正銘のバカだ」
私と同じ、Fクラスと書かれていた。これはちょっと嬉しいな。アキ君と一緒にいると退屈しないし、何より楽しい。
こうして私の学校生活が幕を開けた。……今年も賑やかになりそうね。