バカと私と召喚獣   作:勇忌煉

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第九問

 

「随分と大胆な行動に出たのう」

「ま、それがアキ君の取り柄だから」

 

 終戦後。まず私は秀吉と共に壁をぶち壊したアキ君に称賛の言葉を送っていた。

 当のアキ君は召喚獣との感覚の共有によるダメージでちょっと悶絶している。フィードバックって言うんだっけ、これ。

 秀吉はアキ君らしい作戦と言ったが、実際その通りすぎて何にも言えない。

 ……この場合、遠回しにバカとも言えるけど。

 

「さて、戦後対談といこうか。負け組代表?」

 

 負けたショックのあまりか、さっきまでの強気な態度が嘘のように大人しく床に座り込んでいる根本。あれだけ威張っといて負けたんだから当然の結果だね。

 もちろん対談の内容は、Dクラスの時と同じく条件を呑めば設備の入れ替えを免除するというもの。とってもわかりやすい。

 

「……条件はなんだ?」

「それはお前だよ」

「俺?」

 

 ここで私は思い出す。ブチギレたアキ君が最初に要求した物を。

 根本の制服……なるほど。雄二は彼の制服を何らかの形で脱がすつもりだ。なんせズボンのポケットに瑞希の手紙――多分ラブレターが入っているのだから。

 好き勝手やってきただの目障りだのと雄二に散々言われる根本。だが、そんな彼をフォローする者はいない。人望の無さがモロに表れてるね。

 

「Aクラスに準備が出来ていると宣言してこい。ただし、宣戦布告はするな。その意思と準備があるとだけ伝えるんだ」

「……それだけか?」

「ああ。Bクラス代表であるお前がコレを着て、言った通りに行動したらの話だがな」

 

 雄二が取り出したのはさっき秀吉が変装のために着ていた女子の制服だった。

 根本恭二は今回、敗北と共に女装という未知の体験をすることになったわけだ。

 

「ふ、ふざけたことを言うな! この俺がそんなことするわけ――」

『Bクラス全員で実行する!』

『任せろ! 全力で着せてみせる!』

『そんなことで教室を守れるならやるに越したことはないな!』

 

 これほど手のひら返しという言葉を体現したものを、私は見たことがない。

 

「寄るな変たぐふぅっ!」

「黙らせました」

「お、おう。ありがとう」

 

 一瞬で代表を見限ったうちの一人が、根本の腹部に拳を打ち込んだ。これにはさすがの雄二も少し引いているように見える。

 ぐったりとした根本にアキ君が近づき、彼の制服を脱がせていく。

 いくら目的の物がそこにあるとはいえ、もう少しマシな方法はなかったのだろうか。

 

「うぅ……」

「ていっ!」

「がふっ!」

 

 根本は呻き声を出すことすら許されなかった。

 

「これ、どうやって着せたらいいのかな?」

 

 女子の制服を持って困り果てるアキ君。ま、いつも着てる男子の制服とは違ってやり方がわからないんだな。仕方のないことだ。

 するとBクラス女子の一人が代わりにやってくれることになった。良かったねアキ君。

 

「どうせなら可愛くしてあげてよ」

「それは無理。最初から土台が腐ってるから」

 

 それには同意するが、堂々と言う辺り何かしらの恨みでも持ってそうだね。

 アキ君はさりげなく根本の制服をかっさらうと、ズボンのポケットから手紙を取り出して用済みになった制服をゴミ箱へダストシュートした。

 さて、暇になったので秀吉にでも話しかけるとしましょうか。

 

「秀吉。私達はどうする?」

「ひとまず教室に戻るかのう」

「そだね。早く寝たいし」

 

 やることがなさすぎる。あるとしたら卓袱台で睡眠を取るくらいか。

 

 

 ★

 

 

「さすがは瞬間接着剤。あっという間に修理完了!」

「貸し一つだから。それを忘れないで」

 

 翌日。私が持参した瞬間接着剤でアキ君は壊れていた卓袱台の脚を修理していた。

 DクラスとBクラスに苦労して勝ったというのに支給品のレベルアップすらないと嘆き始めたアキ君を見かね、瞬間接着剤をあげたのだ。

 これくらい自分で買えと言いたいが、彼の生活面を考えると無理な話だろう。

 

「なんだお前、修理するほど卓袱台が好きだったのか?」

「そんなわけないじゃないか。それはむしろ楓の方だよ!」

 

 そう言ってアキ君が左手で卓袱台を叩くと、その上に置いてあった瞬間接着剤が秀吉の元へと吹っ飛んだ。

 なんてことを……あれ高かったのに! 絶対に弁償させてやるからね、アキ君。

 

「ん? あれ? ……左手が卓袱台にくっ付いてるぅぅぅぅ!?」

 

 ああ……卓袱台を叩いた際に瞬間接着剤も一緒に叩いてしまったのか。

 卓袱台と一心同体になってしまったアキ君は、どうやっても取れない卓袱台に一人立ち往生し始めた。見ていて面白い。

 

「明久は放っといて、今日も屋上で食うか」

 

 昼休みということもあって今回も屋上で昼飯を食べることになった。

 念のために確認するとメンバーは私、雄二、秀吉、ムッツリーニ、島田さん、そして未だに立ち往生しているアキ君の六人。要は瑞希がいないことを除けばいつものメンバーだ。

 瑞希は勉強に集中しているようでとても話しかけられる雰囲気じゃない。

 

「ほらアキ君。身体の一部と立ち往生してないで、さっさと屋上に行くわよ」

「身体の一部じゃない! 瞬間接着剤でくっ付いてるからそう見えるだけなんだ!」

 

 訳のわからないことを叫ぶアキ君の首根っこを掴み、引きずりながら雄二達の後を追って屋上へ到着する。今日もいい天気ね。

 

「遅かったな水瀬」

「ちょっと人型の卓袱台を持ってくるのに苦戦してね」

「さらっと僕を卓袱台として扱わないでよ」

 

 卓袱台もといアキ君がなんか言ってくるけど気にしない。

 アキ君の左手にくっ付いた卓袱台を遠慮なく使うことになった。これはいいわね。

 

「あ、そうだ秀吉」

 

 昨日、作戦を見事成功させた秀吉に約束通り手作り弁当を差し出す。

 最初はとても嬉しそうに受け取ろうとしていたのだが、隣に座っていた雄二にニヤニヤされ珍しく動揺しながら受け取った。

 これで貸し借りはなしだ。私も弁当を食べるとしますか。

 

「そう言えば、Aクラス代表の霧島翔子には妙な噂があるのじゃ」

 

 いきなり秀吉が口を開いたかと思えば翔子の名前を出してきた。

 

「噂?」

「うむ。成績優秀、才色兼備。かなりの美人なのに周りには男子が一人もおらんという話じゃ」

「そうなの? モテそうなのに」

「噂では、男子には興味がないらしい」

 

 やはりそれか。霧島翔子は男子には興味がなく、それ故に同性愛者ではないかという噂。

 その考えにたどり着いたのか、アキ君とムッツリーニは否定しながらもカメラの準備を始めた。ムッツリーニに至っては望遠鏡並みに長いカメラを用意している。どこに隠していたのかな?

 

「そ、それって変だよ。そんなことがこんな身近にあるわけないじゃない。ねえ、島田さん」

「……ある。そんな変な子、身近にい――」

「見つけました! お姉様!」

 

 突然縦ロールをツインテールにした女子生徒が現れて島田さんに飛び付いたんだけど。

 

「あ、あの子はDクラスの――」

「み、美春!?」

「酷いですお姉様! 美春を捨てて、汚らわしい豚共とお食事だなんてー!」

 

 なんか百合の気配がしてならない。さすがにこれは近づきたくないなぁ。

 それにしてもあの子……誰? アキ君がDクラスの子だと言いかけたからDクラスとの試召戦争の際にいたんだろうけど……

 

「ムッツリーニ。あの子誰?」

「…………二年Dクラス、清水美春」

 

 そうか、あの子は清水美春というのか。どっかで見たことがある気がしないでもない。試召戦争の時には会わなかったけど。

 島田さんは必死に彼女を引き離そうとするが、磁石でも貼ってあるのか全く離れない。

 

「ウチは普通に男子の方が好きなのにー! 吉井! お願いだから何とか言ってやって!」

「そうだよ清水さん。女同士なんて間違ってる」

 

 アキ君。左手に卓袱台をくっ付けた状態で真面目に語っても説得力に欠けるよ。

 

「確かに島田さんは、見た目も性格も、胸のサイズも男と区別が付かないくらいに四の字固めが決まってるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「ウチはどう見ても女子でしょ!?」

「そうです! 美春はお姉様を女性として愛してるんですぅーっ!」

「…………見え、見え、見え……!」

 

 一瞬にして屋上がカオスな空間と化した。

 口が滑ったアキ君に島田さんと清水さんが関節技を極め、ムッツリーニが清水さんのスカートの中を堂々と覗こうとしているのだ。

 助けを求めるあまり、アキ君は島田さんに何でも言うことを聞くと言ってしまった。

 

「ほんとに!? それじゃあ今度の休み、駅前の『ラ・ペディス』でクレープ食べたいな~」

「え? そんな、僕の食費――」

「あぁ?」

「ぐあぁぁぁーっ!? い、いえ、奢らせていただきますーっ!」

 

 アキ君の食費がさらにピンチになった瞬間であった。……今日の晩飯はパエリアね。

 

「それと今度からウチのことを『美波様』って呼びなさい! ウチはアンタのことを『アキ』って呼ぶから!」

「はい! み、美波様!」

 

 さりげなくアキ君との距離を縮めようとする島田さん。それを普通にやればいいのに。

 まあ、ツンデレな彼女だからこそこういうやり方になってしまうんだね。

 まだアキ君に要求があるらしい島田さんは、頬を赤く染めながら意を決したように口を開く。

 

「う、ウチのことを、あ、愛してるって言ってみて!」

 

 遠回しに告白しろ、と言ってるようなものだった。ちょっと大胆だね。

 助かれば何でもいいと思ったのか、アキ君は何の躊躇いもなく言おうとする。

 

「させませんっ!」

「うぐおぁっ!?」

「…………見え、見え、見え……!」

 

 それを阻止するため、さらに強く関節技を極める清水さん。

 もうやめてあげて。そろそろアキ君の身体がメキメキと悲鳴を上げるどころか、関節が増えて未知の骨格になってしまいそうだから。

 ムッツリーニはスカートの中を覗く暇があるなら止めるべきだと思う。

 

「さあっ、ウチのことを愛してるって言いなさい!」

「は、はいっ! ウチのことを愛してるって言いなさい!」

 

 これは酷い。私と雄二と秀吉は呆れたような視線をアキ君に向けた。ムッツリーニは未だに島田さんのスカートの中を覗こうとしているが。

 ……後で応急処置でもしてあげよう。島田さんもだけど、アキ君も不憫だ。

 

「こんの、バカァァァァーッ!!」

「アーッ!! も、もうダメアーッ!!」

 

 怒った島田さんはフルパワーで関節技を極めたのだった。

 

 

 ★

 

 

「死ぬかと思った……」

「アキ君。集中して」

 

 私は関節技から解放されたアキ君の左手にくっ付いた卓袱台を破壊することになった。

 ちなみに清水さんは満足でもしたのか悠々と立ち去っていった。

 しかし、これはこれで危ない。下手をすれば彼の左腕が大変なことになる。

 

「た、頼むよ? 本当に頼むよ?」

 

 アキ君の怯えるような呟きを無視するように構え、腰と両脚に力を入れて――

 

「――アタァッ!」

 

 ちょっとした掛け声を出して彼が突き出していた卓袱台をハイキックで破壊した。

 粉々になる卓袱台(の破片)を見て複雑な気持ちになってしまう。寝心地良いのに……。

 

「見事なものじゃのう」

「まったくだ」

「…………流麗」

「今度教えてもらおうかな……?」

 

 四人からそれぞれコメントが送られる。悪いけど島田さん、教えるのは無理だから。

 唯一コメントがなかったアキ君は左手を押さえて涙目になっていた。……そんなに痛い?

 

「ふぅ……教室に戻ろうか」

 

 私のその一言に、皆は頷いてくれた。今日もまた無駄に疲れたなぁ……眠い。

 その日は酷い目に遭いすぎたアキ君のためにパエリアを作ってあげたのだった。

 

 

 

 




 バカテスト 生物

 問 以下の問いに答えなさい。
『人が生きていく上で必要となる五大栄養素を全て書きなさい』



 姫路瑞希の答え
『①脂質 ②炭水化物 ③タンパク質 ④ビタミン ⑤ミネラル』

 教師のコメント
 さすがは姫路さん。優秀ですね。


 吉井明久の答え
『①砂糖 ②塩 ③水道水 ④雨水 ⑤湧き水』

 教師のコメント
 それで生きていけるのは君だけです。


 土屋康太の答え
『初潮年齢が十歳未満の時は早発月経という。また、十五歳になっても初潮がない時を遅発月経、さらに十八歳になっても初潮がない時を原発性無月経といい……』

 教師のコメント
 保健体育のテストは一時間前に終わりました。


 水瀬楓の答え
『①脂質 ②炭水化物 ③タンパク質 ④ビタミン ⑤ミネラル
 この中でも炭水化物は最も多く必要とされる栄養素であり、それ以外がほとんど含まれていない砂糖の摂取量は全エネルギーの10%未満にすべきだと言われている。また、脂質に該当される肉や魚などに含まれるコレステロールの摂取目標量の上限は成人男性で1日当たり750㎎、成人女性で600㎎であり、摂取目標量の下限はない』

 教師のコメント
 一瞬土屋君が二人いるのかと錯覚してしまいました。



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