「両名とも準備は大丈夫ですか?」
「ああ」
「……問題ありません」
学年主任の高橋先生が立会人を務める中、とても広いAクラスを会場にそのAクラスとの試召戦争が始まった。
Aクラスの一番手は木下優子のようだ。対するこっちの一番手は秀吉。
姉弟対決か……互いに弱点を知り尽くしている以上、実力の差が出ちゃいそうな気がする。
「ところで秀吉。Cクラスの小山さんって知ってる?」
「はて? 誰のことかわからんぞい」
あ、これはヤバイかもしれない。木下さんが言っているのは前に秀吉が彼女に変装して散々罵倒しまくった小山友香のことだ。
秀吉は木下さんの殺気に気づかず、言われるがままに廊下へ連行されてしまった。
『姉上っ! 待つっ……! その関節はそっちに曲がらなっ……!』
どうも廊下で秀吉が木下さんに関節技を極められているような気がしてならない。
「ふぅ……秀吉は用事ができたから帰るらしいわよ。で、代わりの人は?」
「い、いや――」
「私がいくよ」
すかさず彼女と対峙する。ハンカチで返り血を拭う酷い姉を成敗してやるんだ。
木下さんはにこやかな笑顔から一変。強敵と対峙したかのように真剣な顔になった。
「科目は――」
「数学でお願いします!」
私の無気力な声を阻み、木下さんが焦るように科目を選択する。不味い。これは本気で不味い。
雄二とアキ君もしてやられた、という顔になっている。本当にしてやられたよ。
「では、始めてください」
「
「……チッ、
今ほど焦ったことはない。なんせ――
『Aクラス 木下優子 VS Fクラス 水瀬楓
数学 376点 VS 100点 』
――数学は私の唯一の苦手科目なのだから。
「代表はあなたに言ったはずよ。絶対に勝たせないって」
あの言葉はそういう意味だったのか。多分Aクラスは私を最大の脅威として認識している。だからこそ、こうして最優先で排除しに来たのだ。
西洋鎧とランスを装備した木下さんの召喚獣に対し、私の召喚獣の装備は黒のロングコートにガリアンソード。防具に差があるわね。
一気に決着をつけたいのか、彼女の召喚獣はランスを構え突撃してきた。私はそれが掠りもしないように召喚獣をジャンプして避けさせ、着地するまでにガリアンソードを鞭状に変形させて何度か振り回す。
「……ッ!」
振り回された剣は木下さんの召喚獣を斬りつけていくも、点数に差がありすぎてダメージがほとんど通らない。
木下さんの――敵召喚獣は立ち止まってこちらを捕捉し、再び突撃してくる。今度は召喚獣を右へ動かし、敵召喚獣が隙だらけになったところで何度も斬って殴らせた。
猪みたいに突撃しかさせない辺り、彼女も例に漏れず、召喚獣の操作には慣れていないようだ。
「この……っ!」
突撃しかしてこない召喚獣など怖くはない。全部避けて全部当てるだけよ。
お次は左に動かして少し距離を取らせ、再び鞭状に変形させたガリアンソードを振るわせる。
それからも攻撃が当たらないように召喚獣を動かし、避けさせると同時に攻撃させるという緻密な無限ループが続いた。
「しぶといわね……っ!」
『Aクラス 木下優子 VS Fクラス 水瀬楓
数学 105点 VS 100点 』
攻撃が全く当たらないせいか、木下さんは苦々しい表情になっている。しかし、精神的疲労の大きい私にとってはどうでもよかった。点数で負けている以上、操作技術で対抗するしかないのだ。
少し慣れたのか、敵召喚獣はフェイントを入れながら突撃してきた。私の召喚獣はそれをバックステップで回避しガリアンソードを振るうも、無理に攻撃したために体勢を崩してしまう。
「っ!? しま――」
「そこっ!」
その隙を木下さんは見逃さず、全てを掛けているかのような一撃を彼女の召喚獣は放ってきた。
私の召喚獣はなす術もなくこれを食らってしまい、胸元をランスを貫かれて倒れる。
「……ま、まず、Aクラスが一勝ですね」
私と木下さんの勝負に見入っていたのか、ハッと我に返った高橋先生がノートパソコンを操作する。そして、近くにあった大きなディスプレイに勝負の結果が表示された。
『Aクラス 木下優子 VS Fクラス 水瀬楓
数学 WIN DEAD』
勝手に殺さないでほしい。
「疲れた……」
悔しいことに変わりはないが、それ以上に疲れたので力なくFクラス陣へと戻る。
途中でAクラス陣の方へ振り向くと、プライドの高そうな木下さんがガッツポーズしているのが見え、さらに小声で『やった……!』とか言ったのを私は聞き逃さなかった。
「ごめん。見ての通りだよ」
「……いや、あの点数差でよく互角に渡り合えたな」
「楓。まだ百点の域を越えられないの?」
「お黙り」
雄二は呆気に取られながらもしっかりとした声で返事し、アキ君は私の数学の点数を見て変わってないと軽く非難してきた。
後で秀吉に謝らなければ……良いところまでいったのに敵、取れなかったし。
「楓ちゃん。お疲れ様でした」
「ん~」
「……なんでウチにもたれ掛かってんのよ」
だって今、島田さんにできることと言えばこれくらいよね? 一騎討ちのメンバーは事前に決まってたんだから。
島田さんにもたれながら次の勝負を観戦する。向こうの二番手は佐藤美穂という女子生徒のようだ。理系かな?
こちらの二番手は皆ご存じ、アキ君こと吉井明久。雄二は一体何を考えているんだ。
「俺はお前を信じている」
「私も信じてるよ、アキ君」
パッと頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。嘘は言ってないから大丈夫のはず。
アキ君は佐藤さんと対峙すると、科目選択で比較的得意な世界史を選んでたった一言だが、自信満々にこう告げた。
「実は僕――左利きなんだ」
『Aクラス 佐藤美穂 VS Fクラス 吉井明久
世界史 289点 VS 90点 』
得意科目なのに瞬殺されている。なぜだ。
「よし。水瀬が負けたのは想定外だったが勝負はここからだ!」
「そだね。なんか申し訳ないけど頑張ってー」
「待つんだ雄二、楓! アンタら僕を全然信頼してなかったな!?」
「信頼? 何それ食えんの?」
「別に勝つ方に信じてたわけじゃないから」
そう、嘘は言っていない。信じてるとは言ったが勝敗云々を言った覚えはないんだよ。
さっきから思っていたのだが、全然寝心地が良くない。コンクリートの上で寝てる感じだわ。
「島田さん」
「な、何よ?」
この際だから正直に言ってしまおう。
「――真っ平らでペッタンコにも程があるよ」
「アンタ、この戦争が終わったら覚えてなさい」
やだ。
「三人目の方、どうぞ」
ここで負けたらFクラスの敗北が決定するという絶望的な状況の中、立ち上がったのは保健体育の帝王ムッツリーニだった。
ようやく科目選択権が活かされる。アキ君のアレはなかったことにしての話だが。
Aクラスからは見覚えのないライトグリーンのショートヘア女子が出てきた。体型が島田さんに近い分、ボーイッシュだね。
「一年の終わりに転入してきた工藤愛子です」
転入してあんまり日が経っていないのか。どうりで見覚えがないわけだ。
科目はもちろん、ムッツリーニの唯一にして最強の武器である保健体育が選ばれた。しかし、工藤さんは工藤さんで自信があるらしく余裕の態度を取っている。
「ボクも保健体育はかなり得意なんだよ。それもキミと違って……実技でね」
直後、ムッツリーニが噴水のように鼻血を出した。もうあの量は失血死してもいいレベルだ。
工藤さんの言葉にときめいていたアキ君も、彼女の実技で教えます発言で噴水のように鼻血を出した。二人揃ってウブだね。
「アキにはそんな機会、永遠に必要ないわよ!」
「吉井君には金輪際必要ありません!」
「……明久が死ぬほど哀しそうなんだが」
「その機会がなくなれば君達の将来にも大きく影響するんだけど。ついでに言えば、その役目も私が担ってるから」
最後に嘘を混ぜておいたが大丈夫だろう。
「あ、アキ……アンタ、またそういうことを水瀬さんにやらせてるの……? いくら幼馴染みだからって、して良いことと悪いことの区別ぐらいはつけなさいよ……!?」
「そんなわけないじゃないか! 少し考えたら楓の嘘だって普通気づくでしょ!?」
「楓ちゃん――その役目、私と代わってくださいっ!」
「姫路さぁん!?」
ごめん、全然大丈夫じゃなかったね。
「…………そろそろ始めてください」
さすがにこのカオス空間には耐えられなかったのか、高橋先生は頭を抱えながらそう言った。
互いに召喚獣を喚び出すムッツリーニと工藤さん。彼女の武器は巨大な斧、ムッツリーニは小太刀の二刀流。共通点は腕輪をしていることだ。
工藤さんの召喚獣は見るからに強そうだが、世の中には見かけ倒しという言葉もある。実際に対決しないと強さはわからない。
「実践派と理論派、どっちが強いか見せてあげるよ」
腕輪の力で大斧に電撃をまとわせ、なかなかのスピードでムッツリーニの召喚獣に突撃する工藤さんの召喚獣。普通なら避けられないが――
「…………加速」
ムッツリーニは違った。彼もまた腕輪を使用し、召喚獣がブレるほどの速度で工藤さんの召喚獣を一閃したのだ。
加速か……元々スピードのあるムッツリーニの召喚獣にはお似合いの能力ね。
『Aクラス 工藤愛子 VS Fクラス 土屋康太
保健体育 446点 VS 572点 』
この勝負はムッツリーニに軍配が上がった。さすがは保健体育の帝王。
工藤さんは相当ショックだったのか、その場で膝をついている。自信満々だったもんね。
これで二対一。後は瑞希と雄二だけど……なるようになる、ってとこかな。