バカと私と召喚獣   作:勇忌煉

14 / 53
閑話1.5
バカと私と謎の恋文


 

「まさかアキ君ともあろう者が、珍しく早起きするなんてね」

「君の中じゃ僕の評価はどうなってるの?」

 

 何てことのない朝。私とアキ君は青空の下を爽やかな気分で通学路を歩いている。

 しかし……早起きは三文の得。そんなことわざが頭に思い浮かんでくるほど、今日のアキ君は早起きだった。災害でも起きそうで怖いわ。

 あまりにも早く登校してしまったので口笛を吹きながら何しようかと考えていると、校門付近にキングコング――もとい、鉄人が立っていた。

 

「おはようございまーす」

「おう、おはよう! 今朝早くから部活の練習とは感心だ――すまん。間違えた」

 

 心外だ。

 

「吉井、水瀬。今度は何を企んでいる?」

「失敬な。私はボーッとしていただけで企んでいるのはアキ君の方です」

「そうやって僕に濡れ衣を着せるのやめてほしいんだけど」

 

 アキ君にジト目で注意されたが気にしない。

 どうも鉄人は早朝に問題児のアキ君と私が登校してきたことに驚き、警戒しているようだ。

 

「そもそも、女子生徒の私を警戒する時点で間違ってると思いますが」

「お前はその女子生徒の中じゃ問題児筆頭なんだが?」

「はっ、何を言い出すかと思えば……私ほどの優等生が問題児なわけないじゃないですか」

「とりあえず優等生という言葉の意味を調べてこい。話はそれからだ」

 

 なぜ優等生として通らないんだ。私はアキ君と違って成績はすこぶる良い方なのに。

 私との会話を終えると、鉄人は《観察処分者》としての仕事をアキ君に命じた。

 ……ちょうど良い。私もちょこっと参加させてもらおう。

 

「頼んだぞ」

「了解です――試獣召喚(サ  モ  ン)

 

 アキ君が召喚獣を喚び出している隙に、私も召喚フィールドの隅っこで召喚獣を喚び出す。

 当然バレてはいるのだが、鉄人や他の教師は諦めているのか注意してこない。最初は普通に注意されてたんだけどなぁ……。

 私はアキ君の召喚獣が仕事をしている間に、喚び出した召喚獣を精密に動かす。これはアキ君が《観察処分者》になってから、彼が雑用を教師に命じられている際に欠かさずやってきたことだ。

 

「……水瀬」

「何です?」

 

 後ろから野太い声が聞こえたと思ったら、鉄人が頭を抱えながら立っていた。

 

「努力するのは良いことだが……もう少し違うやり方はないのか?」

「これに関してはやり方が限られています。私は最善の策を取ったまでです」

 

 何ならいっそ私を《観察処分者》にでもすればいい。譲るつもりはないからね。

 例え注意しようにも、私は召喚獣をフィールドの隅で動かしているだけで問題自体は起こしていない。濡れ衣を着せるなんてそれこそ論外だ。

 鉄人もその事はわかっているのか、それ以上は言及してこなかった。

 そろそろアキ君が雑用を終えそうなので、私は一足先に召喚フィールドから出て教室へ行くことにする。イチイチ待つ必要はない。

 

「ん? 何かな?」

 

 自分の靴箱前に到着し、上履きを取り出そうと開けたら中に手紙が置かれていた。とりあえず痕跡が残らないように中身を確認してみる。

 えーっと何々……なんだ、私じゃなくてアキ君宛てか。入れ間違えたんだね。

 

「楓?」

 

 手紙をアキ君の靴箱に入れようとしたら本人が現れた。思ったより早かったな。

 

「はいこれ。君の靴箱から落ちてきたよ」

「……何これ?」

「さあ?」

 

 本当は私の靴箱に間違えて入っていたのだが、アキ君のためにも秘密にしておこう。

 アキ君に誰かのラブレターを渡したところで、彼の背後から雄二が接近してくるのをさりげなく確認して教室へ向かった。

 

 

 ★

 

 

『殺せぇぇぇっ!!』

 

 眠気にやられそうな私をよそに、鉄人が出席を取っている最中なのにこの始末である。

 原因は雄二が小声で『明久がラブレターをもらったようだ』と呟いたことだ。

 最初の怒号を皮切りに、腐りかけのパンとか食べかけのパンとか未開封のパンとか、とにかくパン絡みの声が上がっている。このクラスはご飯よりもパン派なのかもしれない。

 

「貴様らっ! 静かにしろ!」

 

 鉄人の一喝により一応黙り込むクラスメイト。私としてもありがたい。

 ……みかん箱も悪くないわね。でも寝心地は卓袱台の方が良かったわ。それにこのみかん箱、卓袱台よりも脆いところがある。

 そんな脆いところをどうしようかと画策していると、私に出欠確認が回ってきた。

 

「水瀬」

「お休みなさい」

「ふむ、遅刻欠席はなしか。今日も一日、真面目に勉強するように」

 

 私の返事を聞くと同時に出席簿を閉じ、教室から出ようとする鉄人。スルーですかそうですか。

 さっきからクラスメイトの殺気が凄いのだが、鉄人はそれを指摘しようとしない。教育者としてそれはどうなのか。

 その殺気を全て向けられているアキ君が、必死に助けを求めるあまり鉄人を呼び止めていた。

 

「吉井――お前は不細工だ」

 

 せめて話だけでも聞いてあげてください。

 アキ君の叫びを無視するように、鉄人は今度こそ教室を出ていった。

 それを好機と見たクラスメイトが次々と動き出していく。もちろんその中には――

 

「アキ……説明、してくれる?」

「私にもお願いします……」

 

 ――島田さんと瑞希も含まれている。アキ君が本当にラブレターをもらったのか確認しようとしているはずなのだが、二人の言動から察するに暴行を加えることが決定していた。

 まあ、己の肉体だけでやるならいいけど……さすがに凶器は使わないよね?

 

「……水瀬は気にならんのか?」

 

 そう聞いてきたのは動かなかったクラスメイト、木下秀吉。一言で言うと男の娘だ。

 

「なんで気にする必要があるの?」

「明久がラブレターをもらったのじゃぞ? 普通なら気になるものじゃと……」

「……私とアキ君が幼馴染みだから?」

「……う、うむ」

 

 あー……そういうことか。でも私は事前に知ってたからね。ラブレターはどうでもいいよ。

 チラッとアキ君の方を見ると、雄二が一旦皆を止めて指揮を執るようにこう告げていた。

 

「手紙を見ることよりも、明久をどうグロテスクに殺すかの方が問題だ」

 

 どっちにしても問題しかない。

 

「今日は一段と賑やかになりそうじゃのう」

 

 いや、どう考えても賑やかなんてレベルじゃない。小規模戦争だと言った方がしっくり来る。

 アキ君は荷物を引っ掴むと、猛ダッシュで教室から逃走した。クラスメイトのほぼ全員がその後を追いかけ、教室には私と秀吉だけが残った。

 

「…………一緒に寝る?」

「い、一緒にかの!? じゃが、それは――」

 

 いきなりブツブツと呟きながら考え込んでしまった。男ならはっきりしてよ。

 

 

 ★

 

 

「派手にやったなぁ……」

 

 少し時間が経ったのでアキ君を探すことにした私は、彼とクラスメイト達が戦ったであろう空き教室、古書保管庫、島田さんが隅っこでロッカーで作られたバリケードに閉じ込められていた別の空き教室、の順にあちこちを転々としていた。

 ここまでやらかしといてよく教師が出しゃばらないものだ。というか、これだけいろんな場所で派手にやっているのだから誰にも邪魔されず手紙を読める場所など確実に絞り込めるのだが。

 私は彼がそのうちの一ヶ所へ絶対に向かうと確信し、早足で階段を上がる。まあおそらく敵が待ち構えているはずだ。アキ君にとっての。

 

「雄二に姫路さん……!」

 

 目的の場所に近づくと、アキ君の苦しげな声が聞こえた。

 その場所――屋上へと続く階段の前に雄二と瑞希が立っている。やはりアキ君の頭にトイレへ行くという選択肢はなかったようだ。

 雄二は上着を脱ぐと、それを瑞希に預ける。一方のアキ君も彼と同じく脱いだ上着を瑞希に預けていた。どうやらやる気らしい……よし。

 

「アキ君」

「楓!」

 

 私が来るとは思っていなかったのか、まるで救世主が来たという視線を向けられた。

 逆に雄二は苦虫を噛み潰したような顔になり、瑞希は単純に驚いている。

 

「面白いことをしようとしているね、雄二」

「しまった……! まだコイツがいた……!」

 

 とりあえず……邪魔なアキ君と瑞希をどっかにやってしまおう。

 

「アキ君に瑞希。邪魔だから離れて」

 

 私は軽くシャドーをしていた雄二のように拳と蹴りを素振りで放ち、型の入った構えを取る。

 あいにく体格差で負けてはいるが、それ以外で負けるつもりはない。

 雄二はケンカの玄人であるのに対し、私は格闘技の玄人でもある。

 

「こうして雄二とケンカをするのは実に何年ぶりかなぁ?」

「なんでお前が明久に代わって出張ったのかは知らんが……やるしかないようだな」

 

 冷や汗を流しながらも覚悟を決めたらしい雄二が構えを取り、私と向き合う。

 下半身に力を入れ、いざ彼の顔面目掛けてハイキックを繰り出そうと――

 

「姫路! その手紙を細切れにするんだ!」

 

 ――一歩踏み出したところで雄二が叫んだ。彼の視線を追ってみると、例の手紙を持って戸惑っている瑞希と首を傾げるアキ君がいた。

 あれ? もしかしなくてもこれ詰んだ?

 

「わかりましたっ!」

「え? ちょっと!? 何してるの姫路さぁぁぁん!?」

 

 瑞希は何の迷いもなく持っていた手紙を原型がなくなるほどに破り、紙クズへと仕立て上げてしまった。……瑞希もやるときはやるのね。

 

「……まさか本当に破るとはな」

「そんなことより私の努力を返してよ」

「お前……本気でやるつもりだったろ?」

「当たり前じゃん」

 

 でなきゃ本格的に構えたりしないよ。

 

「その紙クズを貸して」

「う、うん。この紙クズを繋ぎ合わせて」

「――せめてもの詫びだ、明久」

 

 さすがに罪悪感が湧いたのでアキ君が集めた紙クズを繋ごうとしたら、雄二がそれを容赦なく燃やすという暴挙に出た。

 燃やされる紙クズを何とかしようとアキ君は消火活動に励むが、健闘むなしく紙クズは灰となってしまった。うわぁ……。

 アキ君の幸せが嫌いだと当たり前のように宣言した雄二をよそに、私はアキ君に話しかける。

 

「……アキ君」

「……何?」

「……ごめん」

 

 せめてもの謝罪である。こうでもしないと私を救世主として見ていた彼に申し訳ない。

 非常に丁寧な文字、そしてあの内容。それだけで手紙の主が誰なのかは大体検討がつく。

 しかし、今はもう消え去った手紙が記憶から霞むほどの問題が起きていた。それは……

 

『ア~キ~!』

『吉井ぃっ! 血祭りに挙げてやる!』

『ブチ殺! ブチ殺!』

 

 復活した暴徒達だ。これはもう参加するしかないでしょ。

 

「アキ君。お詫びに助けてあげる」

「楓……ありがとう。おかげで無事明日の太陽が拝めそうだよ」

 

 ……うん、これ私が明日の太陽を拝めなくなるかもしれないわ。

 

 

 

 




 バカテスト 日本史

 以下の( )に当てはまる歴史上の人物を答えなさい。
 楽市楽座や関所の撤廃を行い、商工業や経済の発展を促したのは( )である。



 姫路瑞希の答え
『織田信長』

 教師のコメント
 正解です。


 島田美波の答え
『ちょんまげ』

 教師のコメント
 この解答を見て、島田さんは日本にまだ慣れていないのかと先生は不安になりました。


 吉井明久の答え
『ノブ』

 教師のコメント
 ちょっと馴れ馴れしいと思います。


 水瀬楓の答え
『ノブちゃん』

 教師のコメント
 ちゃん付けしてもダメです。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。