バカと私と召喚獣   作:勇忌煉

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試験召喚戦争編
第一問


 

「ねえ楓。ここって高級ホテルのロビーかな?」

「奇遇ねアキ君。私も全く同じことを考えてたわ」

 

 三階に来てまず目に入ったのはとても大きな教室だった。というか、教室というより本当に高級ホテルのロビーである。

 階段を上がってすぐ左にある教室……そうか、これがAクラスね。この設備はちょっとやり過ぎではなかろうか。

 窓から中を覗いてみると、眼鏡を掛けた知的女性が挨拶していた。確かあの人は高橋洋子先生だ。一年の時に何度か会っている。生徒からは『高橋女史』って呼ばれてたはずだ。

 

「ノートパソコン、個人エアコン、冷蔵庫、リクライニングシート、その他の設備に不備のある人はいますか?」

 

 とりあえずその人をダメにしてしまいかねない設備がアウトかと。特に個人エアコン。私なんかいつ壊れてもおかしくないオンボロエアコンで夏や冬を過ごしているというのに……妬ましい。

 高橋先生は「他に必要なものがあれば遠慮なく言ってください」と言い終えると、一人の女子生徒を指名した。

 それに反応して席を立ったのは日本人形のような外見の女子だった。

 

「……霧島翔子です」

 

 霧島翔子。比較的仲の良かった去年のクラスメイト。だからこそ知っているのだが、彼女には想い人がいる。

 よく見ると翔子の視線は全員というより、女子生徒にばかり向けられている。全く、そんなんだから君が実は同性愛者ではないかという噂が流れちゃうんだよ。

 ……そろそろ自分のクラスへ行こう。結構時間を食った気がするから。

 

 

 ★

 

 

「酷い格差社会を見た」

 

 Fクラスの教室前まで来たのはいいが、いかんせんAクラスとの差が酷すぎる。中に入らずともわかってしまうほどだ。二年F組と書かれたプレートに至っては素材が腐っていたらしく、真っ二つに割れて地面に落ちていた。

 アキ君はそんな現状に気づいていないのか、もしくは現実逃避でもしているのかちょっとポジティブになっている。クラスメイトについて考えていたのかもしれない。

 正直、クラスメイト自体はどうでもいい。どんなクラスメイトだろうとアキ君がいれば退屈することはないからね。

 そんなことを考えながら、私はさっさと自分の席を確認するべくドアを開けた。

 

「すみません、ちょっと遅れました」

「早く座れこのウジ虫野郎ッ!」

 

 今ほど人を殺したいと思ったことはない。

 

「……って、雄二?」

「ん? 水瀬じゃないか。明久はどうした?」

 

 第一声で私に罵倒を浴びせやがった赤の短髪は坂本雄二。アキ君の悪友だ。小学校時代は『神童』、中学校時代は『悪鬼羅刹』の名で有名だった赤ゴリラ(アキ君命名)である。

 しかし彼の反応を見る限り、今の罵倒はアキ君に浴びせるつもりだったらしい。

 ……だからといって女子を罵倒したことに変わりはないんだけど。

 

「僕はここだよ。雄二こそ何してんのさ」

「先生の代わりに教壇に上がってみた」

「なんで? というか先生は?」

「俺がこのクラスの最高成績者だからな。あと先生は遅れてくるらしい」

 

 なるほど。つまり代表である雄二を通せばこのクラスを掌握で――動かせるわけね。これは良いことを聞いたわ。

 ふと教室の中を見てみると、椅子がないのかクラスメイトは皆床に座っていた。しかも机の代わりに卓袱台が置いてある。

 いくらここが旧校舎だからってこの設備の悪さはあまりにも酷い。とてもじゃないが勉強ができるような環境ではない。

 

「私の席は?」

「決まってないから好きなところに座るといい」

 

 これまた良いことを聞いたわ。

 私は迷うことなく窓側の一番後ろの席(?)に座る。隣とその隣が空いてるけどおそらく雄二とアキ君の席だろう。ちなみに私のところには先客がいたけど強引に頼んだら譲ってくれた。優しいクラスメイトだよ。

 教壇の方に視線を向けると、たった今入ってきたであろう老いぼれ――もといおじさんがいた。

 どうやら担任の先生らしく、アキ君と雄二が席に着くと同時に口を開いた。

 

「おはようございます。二年F組担任の……福原慎です」

 

 先生は挨拶しながら黒板に名前を書こうとしたが、チョークがなかったようで書くのを断念している。それくらい用意しとこうよ……。

 

「卓袱台と座布団は支給されていますか? 何か不備があれば申し出てください」

 

 設備そのものが不備です、なんてさすがに言えない。

 それでも一つだけ不備があったので、一応申し出ることにした。

 

「先生、私の座布団が使い物になりません」

「我慢してください」

 

 不備があるのに対応してくれない件について。

 

「必要なものがあればできるだけ自分で調達してください」

 

 とりあえず座布団を買いに行こう。皆の分はあるのに私の分だけないなんて不公平だ。

 室内は蜘蛛の巣やひび割れが多く、さらには落書きまである。衛生的な意味でも酷い。

 

「では自己紹介でも始めましょうか。廊下側の人からお願いします」

 

 自己紹介ね……名前を言うだけの簡単なお仕事だし、面白そうな人がいるかどうかだけ確認しとこうかな。順番的に私は最後の方だし。

 

「木下秀吉じゃ。演劇部に所属しておる」

 

 妙に聞き覚えのある爺言葉だと思ったら秀吉だった。

 見た目こそ美少女だが、性別は男という稀有な存在である。いわゆる男の娘というやつだ。二卵性双生児の双子の姉がいるらしい。

 

「…………土屋康太」

 

 お次は口数の少ない土屋康太ことムッツリーニだった。……あれ、ムッツリーニこと土屋康太だっけ? まっ、どっちでもいいか。

 ただ、女子がいないせいかやけに大人しい。私の存在には気づいているはずだけど……。

 にしても、このクラスには私以外に女子はいないのかな? 一人でもいいからいてほしいわね。

 

「――趣味は吉井明久を殴ることです☆」

 

 女子の声がしたと思いきや、ピンポイントで危険な趣味を言い放ったのは…………え? 誰?

 胸以外はモデル体型で、ポニーテールを揺らすその人は怯むアキ君に笑顔で手を振っている。一体どういう関係なんだろう。

 

「アキ君。誰あの人?」

「彼女は――」

「島田美波。明久の天敵だ」

 

 アキ君の台詞を遮って雄二が答えてくれた。天敵か。どうりでアキ君は怯んだわけだ。

 去年、彼女と一度も会わなかったのはおそらくすれ違いが何度も生じていたからに違いない。でなきゃ私が知らないなんてあり得ないもん。

 ボーッとしているうちにも自己紹介は進んでいき、いよいよアキ君の番が来た。

 

「吉井明久です。気軽に『ダーリン』って呼んでくださいね♪」

 

『ダァァァァーーリィーーン!!』

 

 なんてことをしてくれたんだウチの幼馴染みは。不愉快なうえに吐きそうだ。

 

「――すみません、忘れてください」

 

 それはアキ君も同じだったようで、口を押さえながら席に着いた。

 ノリが良いにも程があるでしょFクラス。最近の小学生でもここまでは乗らないよ普通。

 その後も流れ作業のごとく自己紹介は続き、やっと私に回ってきた。

 

「水瀬楓。さっき『ダーリン』とほざいたバカの教育係です」

「楓、もしかしてさっきの根に持ってる?」

 

 さっきのは地味に腹が立ったので教育係と嘘をついておく。私とアキ君が幼馴染みって知ったら皆がどんな反応をするか楽しみだし。

 

「あの、遅れて、すいません……」

 

 声がした方を見ると、ドアからピンク髪の女子生徒が息を切らしながら現れた。

 小柄な身体なのに胸はたわわに成熟しており、兎の髪飾りをつけている。確か名前は……

 

「あの、姫路瑞希といいます」

 

 やっぱり瑞希だった。彼女も私の幼馴染み……というより、小学校時代の同級生かな。中学校に入学してからは疎遠になってたし。

 なぜ彼女がFクラスにいるのかクラスメイトの一人が聞いたところ、どうも振り分け試験の最中に高熱を出してしまったらしく、そのせいで途中退席して無得点扱いにされたとのことだ。

 

『そういえば俺も熱(の問題)が出たせいでFクラスになって』

『ああ、確か化学だよな? あれは難しかったな』

『俺は妹が事故に遭ったと聞いて実力を』

『黙れ一人っ子』

『試験の前の日、彼女が寝かせてくれなくて』

『今年一番の大嘘をありがとう』

 

 さすがにあの連中と同列に扱われるのはごめんだね。

 瑞希は逃げるようにアキ君と雄二の隣の空いている卓袱台に着いた。比較的近いけど向こうが気づくまで待つとしよう。

 

「試験召喚戦争、ね……」

 

 暇なので試験召喚戦争について考える。

 通称『試召戦争』。化学とオカルトと偶然で完成した試験召喚獣によって行われる戦争だ。下位クラスが上位クラスに勝てば教室設備を入れ替えることができ、逆に下位クラスが上位クラスに負けたら前者の設備が一段階下がってしまう。

 召喚獣に関しては……うん、外見は一言で言えばカワイイ。でも――

 

「か、楓ちゃん!?」

 

 いきなり名前を呼ばれたので振り向くと、なんでここにいるの、という顔で瑞希がこっちを見ていた。そこまで驚く必要あるの?

 ていうか、さっきまでいたアキ君と雄二がいない。だから私の存在に気づけたのか。

 

「久しぶりだね。いつ以来かな?」

「小学校以来です。元気にしてました?」

「元気だよ私は。中学校も一緒だったはずだけど?」

「そ、それはその……」

 

 中学校も一緒、という言葉を聞いた途端に気まずそうな表情になる瑞希。別にこれといった事情はないから問題ない……わよね?

 

「ところでその前髪……長すぎませんか? 目が見えませんよ?」

「ん? これ? 私のアイデンティティだよ」

 

 話を逸らすように前髪のことを聞いてきたので適当にはぐらかす。

 これは私の生命線だ。これがなくなれば私はお嫁に行けなくなる(ほど恥ずかしい目に遭う)。

 

「今度私が切ってあげます!」

「やめて! お願いだからやめて!」

 

 なんてことを言い出すんだこの子は。

 

「で、でも――」

「ダメなものはダメ!」

 

 瑞希は「……わ、わかりました」と苦笑いで納得してくれた。彼女にはごり押しが一番である。

 ……危なかった。もう少しで公開処刑されてしまうところだったわ。

 この前髪は小さい頃からずっと維持してきたんだ。絶対に守ってみせる。

 そのあともアキ君と雄二が戻ってくるまで話し込んだが、大体がアキ君に関する話題だった。本当にアキ君のこと好きなんだねぇ。

 

 

 

 

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