バカと私と召喚獣   作:勇忌煉

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第五問

「こ、この上ない屈辱だ……!」

 

 一人で出店を回るのはさすがに寂しいので秀吉にくっついてきたが、そこでなかなか面白いものを見ることができた。

 私の幼馴染みである吉井明久が間抜け面から美人顔に変身してしまったのだ。

 彼の女装自体は幼い頃から見てきた。しかし秀吉が着付けとメイクを行ったとはいえ、これほどの美少女になったのは今回が初だろう。

 とまあ良いものを見せてもらったわけだが、その程度で私の怒りが収まるはずもなく……

 

「ぐあぁああぁっ! お、俺が一体何をしたというんだああぁっ!」

「自分の胸に聞いてごらんなさい」

 

 秀吉を呼び出した張本人である坂本雄二にアイアンクローをかましている。

 く、苦渋の決断までして決行した秀吉とのデートを邪魔しやがってぇ……! もう少しで注文した料理が来てあーんができたというのに……!

 

「や、やめるのじゃ水瀬!」

「離して秀吉。私はこのゴリラを再起不能にする必要があるのよ!」

 

 と言いつつも、秀吉が後ろから羽交い締めにしてきたので仕方なく雄二を解放する。

 本当なら人間ミンチにしているところだが、さすがに秀吉の前でそんなことはできない。

 雄二の頭を掴んでいた右手をブラブラさせながら男子トイレを出たところで秀吉と渋々別れ、雄二と女装したアキ君の後に続く。

 ていうか女子である私が男性トイレに入っていることに誰も突っ込まないのは……寂しいものね。昔はちゃんとリアクションがあったのに。

 

「ねえ楓」

「何?」

「秀吉についていかなくていいの?」

「…………………………だ、大丈夫」

「結構間が空いたな」

 

 ち、違うっ! 決して秀吉と回りたかったとかそんなんじゃないのよ! 刺激を求める自分の性に勝てなかっただけなのよ!

 

「よし、俺らはここで待機だ」

 

 Aクラスの出し物である喫茶店に入り、雄二と共にカウンター席へ座る。元が高級ホテルみたいな成りのせいか、本格的な仕様になっているわね。

 メイド服を着こなしたアキ君を目で追っていると、まるでクレーマーのように汚い声で騒ぐ見覚えのあるハゲとモヒカンが視界に入った。

 というか例の常夏コンビじゃない。相変わらずFクラスのありもしない――とは言い切れない噂を後先考えずに言いふらしているらしい。

 どうやら彼の屈辱的な女装、あの二人をもう一度沈めるために行ったみたいだ。

 

「お客様」

 

 しずしずと汚い二人組の元へ歩み寄り、ウェイトレスのように声を掛けるアキ君。私は彼の裏声を聞いて笑いを堪えるのに必死だ。

 常夏はできるだけ女性っぽく振る舞うアキ君の全身を、気持ち悪く舐め回すように観察し始めた。あそこまでやるとバレないか心配である。

 すると何を言われたのかはわからないが、常夏の二人が立ち上がった。そしてアキ君がハゲの胴にしっかり抱き着くと、

 

「くたばれぇぇっ!」

「ごばぁっ!?」

 

 見事なバックドロップを繰り出した。

 脳天をモロに痛打し、完全に沈んだハゲ。口から白いものが出たり入ったりしているが、すぐに起きることはなさそうだから大丈夫でしょ。

 ここで隣に座っている雄二へ視線を向けると、『いくぞ』と簡単にアイコンタクトで伝えてきたので、彼の後に続く形で立ち上がり、アキ君の元へ向かう。

 

「キャー、この人私の胸を触りましたー!」

 

 こんなに棒読みな悲鳴は初めてよ。

 

「ちょっと待て! 先に当ててきたのはそっちだろ――ごぶるべぱぁっ!?」

「公衆の面前で痴漢とはいい度胸だな、このゲス野郎が!」

「まさか最初からそれが目的だったとはね……!」

 

 痴漢退治という大義名分を得て、私と雄二は現場に乱入した。その際に雄二と息を合わせ、拳とミドルキックのコンビネーションをかましたけど問題はないだろう。

 

「いやいや、被害者は明らかにこっちだろ!?」

「黙れ! 俺の目はこのウェイトレスの胸を揉みしだいていたお前の手をしっかりと見ていたぞ!」

 

 雄二は千里眼でも使えるのだろうか?

 

「それとそっちの前髪女! 俺らがセクハラ目的で来店したみたいに言うのやめろよ!?」

「だまらっしゃい! その見た目、言動、仕草、ゲスな声、気持ち悪い顔、服装、モヒカン……全てにおいて痴漢のそれでしょうが!」

「モヒカンと服装は関係ないだろ!?」

 

 それ以外は認めるのね。

 

「そっちの倒れている男は任せたぞ、ウェイトレス」

「あ、はい、わかりました」

 

 雄二に促され、今にも起きそうなハゲをどうしようかと考え込むアキ君。

 角度的によく見えないが、なんか自分の胸元を探っているようにも見える。

 一方で雄二は拳を鳴らしながら、一応先輩であるモヒカン変態にゆっくりと詰め寄る。その姿は正義の処刑人に見えなくもない。

 

「キャー、この人変態ですぅー!」

 

 再度アキ君の棒読みな悲鳴が聞こえてきたので振り向いてみると、意識を取り戻したハゲの頭に紫のブラジャーが付けられていた。

 ……え? ブラジャー?

 

「な、なんだこれ!? 全然外れ――」

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 何よコイツ!? なんで頭にブラジャー付けてるのよ!? もしかして頭に髪がないからそれ付けたの!? バカじゃないの!?

 

「形勢が悪い! 行くぞ夏川!」

「待て常村! 頼むから誤解だけは――ああくそっ! 覚えてろよ変態!」

 

 常村ことモヒカンは変態ことハゲを引き摺りながら立ち去っていく。その後を、雄二とアキちゃんもといアキ君が追いかけていった。

 だが、私は恐怖のあまりその場で踞っていた。鋼鉄のメンタルを持つこの私が。

 

(確かに刺激が欲しいとは思ったよ! だけどあんな変態が欲しいと言った覚えはないわよ! 神様がいるならマジでなに考えてるのよ神様!)

 

 何とか冷静になろうと女装時のアキ君はアキたんと呼ぼう、なんてことを考えていると、心配そうな顔をした瑞希が声を掛けてきた。

 

「楓ちゃん、楓ちゃん。もう大丈夫ですよ。あの人達は行っちゃいましたから、もう大丈夫ですよ」

 

 そう言いながら蹲る私の頭を、泣き喚く子供をあやすように撫でる瑞希。

 どうしよう、瑞希が天使に見えてきた。いや、もしかしたら本当に天使かもしれない。アキ君がときめくのも納得だ。

 でも……しばらく眠れそうにない。もしも眠れたら瑞希に感謝しよう。

 

 

 

「不戦勝?」

「ああ、食中毒だとよ」

 

 ようやく私が落ち着いたところで、三回戦を終えたアキ君と雄二が戻ってきた。

 二人の様子からして勝ったようだが、たった今雄二がその理由は食中毒による不戦勝だと教えてくれた。また瑞希がやらかしたのかしら?

 アキ君と秀吉も似たような会話をしている。が、秀吉は申し訳なさそうに表情を曇らせた。

 というのも、この店は客を失っている。さっきも秀吉とそれについて話し合っていたのだ。私がへこんでたせいで会話にもならなかったが。

 悪評の元は断っても、悪評自体が消えてくれるわけじゃない。あれを払拭しない限り、お客さんは来ないだろう。

 

「何か良い案は?」

「安直過ぎる発想ならあるぞ。中華にコレを組み合わせるという発想がな」

 

 そう言って雄二が取り出したのは、水色と白のチャイナドレスだった。ていうかどこから取り出したのかしら? 手品でも使った?

 まあ、そのチャイナ服を瑞希か島田さんが着用すればインパクトが生じる。注目の的になるだろう。秀吉が着るのも個人的にはアリだけどね。

 

「コレを――明久が着る」

 

 さすがにそれは――いえ、女装の似合うアキ君なら案外イケるのではないだろうか?

 

「お願い待って! メイド服でもギリギリなのに、チャイナまで着たら僕は生粋の女装男子だと認識されてしまう!」

「アキ君。手遅れって言葉、知ってる?」

「待つんだ楓。僕はメイド服を着ただけで、まだ一線は超えていない!」

 

 幼馴染みの基準がおかしい件について。

 

「冗談に決まってるだろ。こんなときに着せ替えゲームをするほど、俺はヤワじゃない」

「なんだ、冗談か……良かっ――」

「ただいま~! ってあれ? アキってばメイド服脱いじゃったんだ」

 

 アキ君がホッとため息をついたところで、ちょうどタイミングよく(?)島田さん、瑞希、葉月ちゃんの三人組が帰宅。

 そんな彼女達の呑気な発言にイラッときたのか、アキ君はにこやかな笑顔で、雄二は悪役のような笑みを浮かべて女子高生二人を包囲した。

 ……どうやら私は女子として認知されていないようだ。何がイケなかったのかな?

 

「やれ、明久!」

「りょーかい! へっへっへ、抵抗せずにこのチャイナ服を着てあだぁっ! すんません自分チョーシくれてました!」

 

 片手にチャイナ服を持ち、ゲスな笑い声を上げながら跳び掛かったアキ君を、島田さんがエルボードロップで簡単に沈めてしまった。

 というか島田さん、アキ君が悪いとはいえそこにエルボーを叩き込むのは危ないと思うの。そしてアキ君は三下感が拭えないわね。

 島田さんが瑞希の代弁も含めているのか渋い顔をしながら疑問を投げ掛けると、

 

「店の宣伝のためと、明久の趣味だ。お前はチャイナドレスが好きなんだよな?」

 

 雄二がアキ君に話を振り出した。ていうか、アキ君がチャイナ萌えっていうの初耳なんだけど。

 もしかして……自分が着せられそうになった反動で目覚めちゃったの?

 

「大好――愛してる」

「お前は本当に嘘をつけない奴だな」

 

 ホントに目覚めていたようだ。

 

「し、仕方ないわね! そういうことなら着てあげるわ!」

「お、お店のためですしね!」

 

 世間では彼女達のような人間をチョロインという。いや厳密には違うけども。

 とまあこんな調子で、この二人以外にも葉月ちゃんと秀吉がチャイナ服を着ることになった。

 ……それを聞いた際、思わずガッツポーズをしてしまったのは絶対に秘密にしておこう。

 

 

 

 


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