「遅いわねぇアキ君」
「あのバカ、茶葉を取りに行くだけでここまで時間を掛けるか普通」
秀吉(と女子二名)のチャイナドレス姿をこれでもかと言うほどに堪能し、少々強引にツーショット写真を撮る約束をした私は、茶葉を取りに行ったアキ君を雄二と共に迎えに行っていた。
Fクラスから茶葉のある空き教室まではそう遠くない。アキ君がその場で考え込んでいるか、彼の身に何かあったと考えるのが妥当だろう。
「おい明久。ムッツリーニが茶葉の他に餡子も急いで持ってきてくれと」
「……何してんのアキ君」
空き教室の前に来たところで雄二が扉を開けると、年の近そうな男三人組を相手にするアキ君の姿が目の前にあった。近いわねコイツ。
「雄二に楓。丁度よかった。この三人、雄二たちと喧嘩がしたいみたいなんだ。だからあとは宜しく」
「いやいや、何を言って――」
さらなるバカへと進化してしまったのか。そう思ったところで雄二と共に教室へと引き入れられた。人の話はちゃんと聞こうよ。
全く、こんなチンピラみたいな連中を女の私にどうしろと――
「「――ああ、そうか。そういうことか」」
雄二と台詞が丸被りしてしまったが、そんなことはどうでもいい。
アキ君には貸し一つとして、とりあえず――
「コイツらどうする?」
「面倒だし、まとめてやっちまうか」
――この三人を処してしまおう。
「お、覚えてろちきしょー!」
最初に右目に痣のできた男。
「夜道に気をつけろよ!」
次に歯が抜けて頬が腫れた男。
「その面ぜってーに忘れねぇからな!」
そして最後に服も顔もボロボロの男。
ご覧の通り、一分足らずで負け犬が出来上がった。同じくケンカの強い雄二もいたとはいえ、いくら何でも弱すぎである。
大方、向こうの目的はこちらの妨害、もしくは誰かの差し金辺りかな。ただのチンピラにしてはちょっと賢いやり方だったしね。
前者ならどこのクラスか特定すればすぐにでも叩き潰せるが、後者となれば危険かもしれない。
こういうのってお偉いさんが絡んでいる可能性も、ゼロではないからね。特にチンピラを雇っている下りがそれを臭わせている。
「……もしそうだとすれば……早いうちに手を打つべきか――」
「おい水瀬。考えているところ悪いが、急いで戻るぞ」
「ムッツリーニが待ってるからね」
「ん? あ、そうね」
アキ君と雄二の呼びかけで現実へと引き戻され、アキ君に茶葉と餡子を持たされる。
……何故に私までこんなことしなくちゃいけないのよ。
「アキ君。そろそろ四回戦の時間よ」
「あれ? もうそんな時間?」
雑魚共をボコってから二時間後。厨房の隅っこでボーッとし、たまに手伝う形で料理を作っていた私は、わざわざ厨房から出て、喫茶店に夢中になっていたアキ君に声を掛ける。
続いてそれに反応したのか、瑞希と島田さんも準備するかのように持っていたトレイを机の上に置き始める。今度はFクラス同士の対決かしら?
「バカなお兄ちゃん、葉月を置いてどこか行っちゃうの?」
アキ君が自分の知らない遠い所へ行ってしまうとでも思ったのか、葉月ちゃんはアキ君を引き止めるように、彼のズボンの裾を握った。
小学校の時からそうだけど、ホント色んな人にモテるわね君。大勢いたわけじゃないけど、中学の時も隠れファンなる者がいたし。
しょんぼりする葉月ちゃんを前に困り果てていたアキ君だったが、颯爽と彼を迎えに来た雄二が説得を始めていた。
「バカなお兄ちゃんは今から大事な用があるんだ。だから大人しく待っていないとダメだぞ、チビッ子」
……雄二って子煩悩なのかな?
今、彼は葉月ちゃんの頭を撫でているのだが、その動作が妙に手馴れているのだ。もしかすると、彼にもまた『バカなお兄ちゃん』としての素質があるのかもしれない。
そんな雄二の説得を聞いても不満げに頬を膨らめる葉月ちゃんだったが、
「その代わり、大人しく待っていたら――バカなお兄ちゃんがオトナのデートに連れていってくれるからな?」
「葉月お手伝いしてくるですっ!」
何気なく投下された超弩級の爆弾発言に目を輝かせ、物凄い勢いで厨房へ駆け込んでいった。
「あぁ……僕の財布がどんどん軽くなっていく……」
「アキ、ちょっと話があるから校舎裏まで来て?」
自分の身ではなく、財布の中身を心配するアキ君の肩を、今にも粉々にしそうな勢いで掴む葉月ちゃんのお姉さんこと島田美波さん。
妹思いなのは良いことだが、彼女の場合は近いうちにやらかしそうで洒落にならない。
とりあえずアキ君の肩を助けようと一歩踏み出した瞬間、島田さんと一緒にいた瑞希が名案です、と言わんばかりに口を開いた。
「待ってください美波ちゃん。どうも吉井君たちが次の対戦相手のようですから、召喚獣でお仕置きした方が遠慮なくできると思いますよ?」
「バカなの? ねぇバカなの?」
皆知ってる? この子、意味のわかる人に限ればなかなか物騒な発言をしてるけど、れっきとした優等生なんだよ? 信じられる?
「待って姫路さん! 僕の召喚獣はダメージのフィードバックが付いているんだよ!? 点数の高い姫路さんの召喚獣に攻撃されたら僕の身が持たな――」
「フン、望むところだ」
「それは私としても楽しみね」
「雄二! お願いだからそんな簡単に僕の生命を左右しないで! それと楓! 自分が傍観者だからって僕の不幸から刺激を得ようとするのやめてよ!」
違うんだよアキ君。傍観者だからこそ、こういうことしかできないのよ。あの老いぼれから直々に出禁食らわされてるわけだし。
「上等よ。そうと決まれば早く会場に向かいましょ。アキがどんな声で啼くのか楽しみだし」
「いいだろう。明久にどこまで大きな悲鳴を上げさせられるのか、じっくりと見せてもらおうか」
「助けて楓! 今頼れるのは君だけなんだ!」
味方が誰一人としていない中、アキ君はいつかの試召戦争の時みたく、私に助けを求めてきた。
本来なら貸し一つで助けるところだが……
「ダメだよアキ君。こんな刺激的なこと、私が見逃すわけ――自分で蒔いた種は自分で刈らなきゃ。まぁ、ご愁傷さま」
「今さらっと本音が出たよね!? 僕を刺激の糧にする気満々だよね!?」
あらイケない。さらっと本音の部分が出てしまったわ。
「時間がない。早く行くぞ、明久」
しかし、こうしてるうちにも時間は過ぎていく。さすがにヤバいと判断したのか、楽しそうに笑っていた雄二の顔がマジになった。
「放して雄二! 僕はこのバカ馴染みの頭をかち割らなければならないんだ!」
「失礼なこと言うわねぇ」
誰がバカ馴染みよ。
裏切られたアキ君の叫びも空しく、彼は雄二によって強制的に連れていかれてしまった。ホントに時間がないから仕方ないね。
「……さて、私も行きましょうか」
アキ君の悲鳴がどんなものか、幼馴染みとして聞いておきたいし、何より刺激に満ち溢れてそうだからね。ていうかきっと満ち溢れてる。
「……アキ君」
「……何?」
Fクラス同士の対決になった四回戦はアキ君と雄二のペア――ではなく、味方もろとも敵を葬った雄二の一人勝ちとなった。
私は観客席で彼らの会話の内容を、ムッツリーニからもらった盗聴器で聞いていたのだが、それはそれは面白いものだったよ。
雄二の口車に乗せられ、召喚獣に召喚獣をぶつけるというを正攻法で倒そうとする瑞希と、本体のアキ君を直接倒そうとする島田さん。
審判の先生も何をどう見たのか『反則はない』と真顔で言ってのける始末だったが、一番酷かったのはアキ君の召喚獣に反映された点数だ。
――9点って何よ。9点って。
ちなみに島田さんはさらに下の6点だったけど、彼女は漢字に慣れていない帰国子女だから仕方がない。でもアキ君は違う。
アキ君は日本で生まれ、日本で育った。それに加え、老いぼれ学園長に太鼓判を押されるほどの学力を誇る私が、小学校時代から今に至るまで彼に勉強のイロハを叩き込んだ。
それなのに……それなのにあの点数ってどうなのよ!? こっちは怒りを通り越して目頭が熱くなったわ!
まぁ、過ぎたことは仕方がない。でも私はこれを差し引いてもまだ怒っている。というのも――
「――あの悲鳴は何よ!? 『ダンプっ!』ってふざけてるの!? 交通事故にでも遭ったつもり!?」
「僕はいつでも本気だよ! 楓にはわからないだろうけど、アレはそれぐらい痛かったからね!?」
彼の上げた悲鳴があまりにもつまらなかったのだ。文字通り、アキ君の本心がそのまま言葉になったかのような悲鳴だった。
刺激になるなんてものじゃない。むしろ刺激を得ようとした私が謎の罪悪感を感じてしまうほど、その悲鳴が酷く心に響いたのだ。
「どうして観客の私が罪悪感を感じなきゃならないのよ……」
わけがわからない。あの現状を楽しんで刺激を得たかっただけだ。なのに、アキ君の変な悲鳴のせいで興が冷めてしまった。もうちょっとマシな悲鳴上げなさいよ全く。
「まぁいいわ。次はちゃんと悲鳴上げてよね。できればじわじわと心と全身に響く感じのやつを頼むわ」
「絶対に嫌だ! そんなに刺激を得たいなら雄二の悲鳴にしてよ!」
「それこそお断りだわ。こんなゴリラの悲鳴なんて」
「さりげなく俺を巻き込むなバカ共」
こっちだって巻き込みたくて巻き込んだわけじゃないわよ。まぁ、ぶっちゃけ雄二の悲鳴を聞きたくないというのは半分ほど嘘だ。翔子絡みの悲鳴に関しては是非とも聞きたい。
「まさか、僕のことが嫌いなの……!?」
ついに私の冷たい扱いに耐えられなくなったらしく、アキ君は涙目で私を睨んできた。それ、女の子みたいでカワイイわ。
でもねアキ君。島田さんと瑞希、ついでに雄二がいる中でその言い方はマズイと思うの。
アキ君は気づいていないが、彼の背後で二人がスタンバっており、雄二も非常に楽しそうな顔で聞き耳を立てている。
……なら、今の私が言えることは一つね。
「……いいえ、別に嫌いじゃないわ」
「そ、そうなんだ。良――」
「大好きよ」
「――くなーい!! その言い方は良くないよ楓!」
そうそう、そういう反応も見たかったのよ私は。ちょっとした冗談で慌てちゃってさ。
私の爆弾発言に瑞希はやはりという感じで驚きの表情を見せ、島田さんも驚きと怒りが混じったような、複雑な表情になった。
ちなみに雄二は私の真意がわかっているのか、面白そうにニヤニヤしている。
……アキ君が大好きというのは別に嘘じゃない。でも、それは瑞希と島田さんが思ってるような恋愛的な意味じゃなくて、幼馴染みや刺激の避雷針的な存在としては大好きって意味だ。
「か、楓ちゃんっ! それは本当なんですか!?」
「う、嘘だと言って! お願いだから嘘だと言ってっ!」
「あ、あれ? なんで私に問い詰めてくるの?」
今度はまるで人生の崖っぷちに立たされたかのような表情になり、目に涙を滲ませながら必死に問い詰めてくる二人の恋する乙女。
これは予想外だった。というのも、こういう時は理不尽に怒り狂ってアキ君に問い詰めるものだと思っていたからだ。
……いやまぁ、冷静に考えたら私が問い詰められるのは当たり前だけどね。
「う~ん……アキ君が大好きってのは本当に嘘じゃないわ。でも、二人が思っているようなことにはならないからそこは安心していいよ」
ちょっとまだ誤解されそうな言い方だが、これで伝わってくれたら助かる。
「よ、良かった……! 本当に良かった……!」
「もう、もうダメかと思いました……!」
「えぇ!? 二人ともどうしたの!?」
二人とも相当な絶望感に浸されていたらしく、私の言い分を聞くなり膝をつき、心底安心したかのように胸を撫で下ろした。
そんな二人を見て、一体何事だと慌てるアキ君。話の内容を聞いておいてその反応はないでしょ。状況把握は基本中の基本だよ?
「なんでこうなったのかしらねぇ」
「そりゃ姫路と島田からすれば、明久の幼馴染みであるお前は最大の試練だからな。こういう反応をするのは当然だろう」
「さすがに大袈裟過ぎない?」
その見方だと私が二人のラスボスになってしまうんだけど。私はどっちかというと中ボスだ。本当のラスボスはまた別にいる。
「そもそも、私にだって四人の敵がいるのよ? 瑞希達を試す暇なんてないわ」
「ほう? それは良いことを聞いたな」
やってもうた。
自分の弱点。その一つを、よりにもよって悪知恵の働く雄二に教えてしまった。
「これが自爆ってやつか……!」
「お前にしては珍しいミスだな」
ま、まぁいいわ。四人の敵といっても、それが誰なのかはわかるまい。
それにしても――
「ウチ、たぶん今までで一番ホッとしてるかもしれない……」
「楓ちゃんは後でお説教です! 今の冗談は度が過ぎますっ!」
「ひ、姫路さん落ち着いて……」
――こんな調子で、本当に瑞希の転校を阻止できるのだろうか?
バカテスト
問 以下の問いに答えなさい。
マザーグースの歌の中で
『スパイスと素敵なもので出来ている』と
表現されているのは何でしょう。
姫路瑞希の答え
『女の子』
教師のコメント
正解です。さすがですね、姫路さん。
女の子の材料は、砂糖とスパイスと素敵なもので、男の子の材料はカエルとカタツムリと仔犬のしっぽと歌われています。
吉井明久の答え
『カレーライス』
教師のコメント
女の子は食べ物ではありません。
水瀬楓の答え
『木下秀吉』
教師のコメント
木下くんも食べ物ではありません。