バカと私と召喚獣   作:勇忌煉

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第七問

「――というわけで、何度でも言いますが物事には限度があるんです」

「へぇ~」

 

 恋する乙女二人を弄んでから数分後。教室に戻った私はその片割れである昔馴染み――姫路瑞希のお説教を渋々受けている。

 確かにさっき、彼女は私に説教すると言っていたが、まさか本当にされるとは思いもしなかった。この展開は小学校以来かな。

 

「わかりましたか? 楓ちゃん」

「わかりませんっ」

 

 瑞希が聞いているかどうかを確認し、私が元気よく拒否の返答をする。

 だって、こういうのはわかっちゃったら負けってことになるじゃん。普通に考えて、わざわざ自分から負けに行くバカはいないよ。

 

「……わかりましたか?」

「わかりませんっ!」

 

 怒りで声を震わせながらも、冷静を装ってもう一度問いかけてくる瑞希。そしてそれを間髪入れず、さらに元気よく拒否する私。

 

「――どうしてわかってくれないんですか!?」

「わかって何になるのさ!? わかったところで何も楽しくないんだよ!」

 

 瑞希は再び目元に涙を溜めると、三度目にしてついに大声を出した。ガチ泣きでないのは確かね。どっちかというとツッコミかしら。

 当時もこんな感じだったなぁ。オイタが過ぎる私をアキ君が止め、一対一で瑞希に説教される。ホント、昔と何にも変わらない。

 

「楓ちゃんは昔からそうです! あの時だって、吉井君が止めなかったら――」

 

 何か淡々と語り始めたんだけど。しかも今、私が思い返していたこととほぼ同じ内容を。

 ……逃げよう。この手の説教は一度語り出したら止まらない。瑞希の場合は特にそれが顕著だ。

 

「――だから私は怒っているんです。いい加減わか――あ、あれ? 楓ちゃんは?」

「水瀬ならたった今、コソコソと出て行ったぞ」

「か、楓ちゃん!」

 

 おのれ雄二! 私の逃走計画を台無しにしやがって……あぁもう、あと少しでバレることなく逃げることができたのに!

 

「楓ちゃん! まだ話は終わっていませんよ!?」

「私の中じゃとっくの昔に終わってるのよ!」

 

 勝ち誇るように叫びつつ、教室前で私を呼び止める瑞希からどんどん距離を取っていく。

 こうなると私の勝ちは確定だ。病弱の瑞希が、運動のできる私に追いつけるわけがない。

 

「……そういえば、次の相手は翔子と木下さんだったわね」

 

 ある程度逃げたところで足を止め、次のアキ君と雄二の対戦相手のことを思い出す。

 今度はまともにやり合うと絶対に勝てない相手だ。雄二辺りが何かしらの作戦を立てるだろう。

 

 ――高確率で、私を巻き込むような作戦を。

 

 

 

「どうして……どうしてこんなことに……!」

 

 いくら何でも酷いよ。こんなの間違ってる。私が神様だったら絶対に許さない。

 

「み、水瀬よ。何もそこまで落ち込まんでもよかろう……?」

 

 ボロボロになりながらも、私を気遣ってくれるマイエンジェル――木下秀吉。

 でもね秀吉。今回だけは、心の広い私でも許すことができないの。

 

「落ち込むに決まってるじゃないっ! だって、だって――」

 

 己を奮い立たせるように全身を震わせ、四つん這いの状態から立ち上がって両拳を握り込む。

 許すわけにはいかない。この暴挙を、この残酷な仕打ちを……!

 

 

「――私だって君を縛りたかったんだよ!?」

 

「さっきからお主は何を言っておるのじゃ!?」

 

 

 ただいま準決勝の最中。案の定、私は雄二の作戦に組み込まれてしまった。

 しかしその作戦が翔子にあっさりと見破られたせいで、秀吉が双子の姉の木下優子さんに拘束されてしまったのだ。

 それだけなら別にどうということはなかったが、今の秀吉はチャイナドレスを着ている。つまり人によっては物凄く目に悪い。

 

 ――私にとっては最高だけどね!

 

 何せあの秀吉が、見た目は美少女なのに性別は男の秀吉が、チャイナドレスを着た状態のまま縛られているんだよ!? 理性を抑えるこっちの身にもなってほしいわ!

 さっき暴挙とか仕打ちとか許されないとかいったのは、木下さんが秀吉を拘束したことである。

 ていうか木下さんズルイ。私も秀吉を卑猥な感じに縛りたいって思ったことはあるのに、まさか先に実行しちゃうなんてさ。これは控えめに言っても有罪もの――ギルディだよ。

 

 ……ま、まぁとにかく、秀吉がドジを踏んで拘束された。ここに来て、雄二の作戦が初めて失敗したのだ。アキ君大ピンチである。

 それにしても幼馴染みという立場を活かし、策略家である雄二の考えを見破った翔子はさすがという他ないが、木下さんによれば匿名の情報提供とやらもあったらしい。

 

「いよいよ本格的に仕掛けてきたね……」

 

 無論、私はチャイナドレスの秀吉――じゃなくてそっちの方が気になった。

 老いぼれ長の景品回収という頼み事、アキ君が別の教室で一人になったところを奇襲した雑魚共、そして今回のタイミング良く提供された匿名からの情報……。

 肝心の犯人はまだわからないが、その犯人の目的は大体わかった。後は全てを裏付けるほどの決定的な証拠が必要だ。

 ライン的にはギリギリアウトだけど、まだ嫌がらせの域を出ていないし、何より私の中で浮かび上がった犯人候補が意外と多い。その中から絞り出すにしても手掛かりが足りないわ。

 

「ムッツリーニ」

「…………何だ」

 

 とりあえず新たな目的ができたので、拘束されていた秀吉を解放し終えたムッツリーニを呼ぶ。プリントアウトはまだのはず。

 

「さっき撮った秀吉の写真、その中でも最高のやつをお願い。報酬はできるだけ弾むわ」

「…………いいだろう」

「ワシが良くないのじゃが!?」

 

 気にしたら負けだ。

 

「まぁまぁ、落ち着いて秀吉。お返しに私の写真でもあげるから。服脱いだやつ」

「い、いら………………いらんぞっ! せめて普通の写真にしてくれんか!?」

「…………!!(ボタボタボタ)」

 

 私のあられもない姿を想像したのか、秀吉は顔をこれでもかと言わんばかりに赤く染め、ムッツリーニはいつものように鼻血を出しながらも幸せそうな顔になった。

 正直、ちょっと安心したわ。最近アキ君と雄二があまりにも慣れた感じだったから、異性としては認識されていないと思ってたもん。

 

「んじゃ、そういうことだからよろしく。ほら、アキ君が呼んでるよ?」

「むぅ……し、仕方ないのう……」

 

 渋々――というかツンデレ気味に納得し、アキ君のジェスチャーに従う秀吉。

 彼を呼んだアキ君は真剣な顔で雄二とコソコソ話をしていたが、やることが決まったようで雄二の後ろに身を隠した。

 

「翔子、俺の話を聞いてくれ」

 

 アキ君が言ったであろう台詞を、違和感がないよう真剣な表情で復唱する雄二。

 間違いなく、これはアキ君が考えた作戦だろう。雄二が自分の意思で、自分を犠牲にするようなことをやるわけがない。

 

「お前の気持ちは嬉しいが、俺には俺の考えがあるんだ」

「……雄二の考え?」

 

 翔子が反応したのを確認すると、アキ君はこっそりと拳に力を入れて作戦を続ける。

 

「俺は自分の力でペアチケットを手に入れたい。そして、胸を張ってお前と幸せになりたい――って、ちょっと待て!」

 

 今の台詞には異議があったようで、慌てて後ろにいるアキ君の方へ振り向こうとするも、頭を後ろから強引に押さえつけられているみたいで首が全く動いていない。

 そんな雄二を見ても一切動じることなく、うっとりとした表情で彼を見つめる翔子。恋は盲目というが、翔子の場合はまさにその通りだ。

 

「だっ、誰がそんなことを言うかくぺっ!?」

 

 動けないのにその場から逃げようとする雄二だが、それを見越していたアキ君は後ろから優しく彼の頸動脈を押さえ、意識を刈り取る。

 一方、攻略相手の翔子は続きの言葉を待ちかねていた。大丈夫よ、君の期待には嫌でもちゃんと応えてくれるから。

 

「だからここは譲ってくれ。そして俺が優勝したら結婚しよう。愛してる、翔子」

 

 秀吉による本人と何ら遜色のない声真似で、最後であろう台詞が紡がれる。私も秀吉に、本人の声色で今のような熱い告白をされたいわ。

 感涙しそうになるほど静かに喜ぶ翔子に対し、雄二は素直になれないのか瀕死の状態であるにも関わらず、苦し紛れに反論しようとしていた。

 

「ま、待て……! 俺は、愛してなど」

「それ以上いけない」

「こぺっ!?」

 

 雄二の背後に回り込み、余計なこと――もとい翔子をしょんぼりさせるような発言はさせまいと、彼の首を捻って再び意識を刈り取り、力尽きた彼の身体が倒れないように後ろから支える。

 これで翔子は戦意を喪失したも同然。残るは秀吉のお姉さん、木下優子さんだけだ。

 

「ひ、卑怯な……でも、アタシ一人でもあなた達には負けないはず――試獣召喚(サ  モ  ン)!」

「それはどうかな? この勝負の科目が保健体育だったことを恨むんだね!」

 

 そう言うと、アキ君はムッツリーニと私、そして秀吉に目配せをする。

 アキ君の作戦は無事に成功した。ここからは元々雄二が考えていた作戦の出番だ。

 

「いくぞ雄二っ! 新巻鮭(サ ー モ ン)!」

「おうよ明久っ! 新巻鮭(サ ー モ ン)!(※秀吉)」

「「…………試獣召喚」」

 

 二人の喚び声に応え、出現する二体の召喚獣。それはAクラスの木下さんや学年主席の翔子でも太刀打ちできない強さを持った――

 

「えっ!? それ、土屋君と水瀬さんの……!」

 

 私とムッツリーニの召喚獣だ。これぞ秘策、『代理召喚(バレない反則は高等技術)』である。普通にバレてるとか言っちゃダメよ?

 

「「…………加速(増強)」」

「ほ、本当に卑怯――きゃぁっ!」

 

 ムッツリーニと共に初撃から腕輪の力を発動させ、一瞬で勝負を決める。私はともかく、保健体育ならムッツリーニは無敵だ。

 

『Aクラス 木下優子 & Aクラス 霧島翔子

 保健体育 321点 & UNKNOWN  』

 

          VS

 

『Fクラス 土屋康太 & Fクラス 水瀬楓

 保健体育 511点 & 600点     』

 

 よっしゃ、今回は私の勝ちだ。ついでにリベンジも完了した。

 ちなみに腕輪の能力だが、種明かしすると単なる戦闘力の倍増である。具体的に言うと攻撃力、スピード、防御力が通常の二倍になるのだ。点数が400点なら800点分の戦闘力になる、といった感じにね。

 もちろんリスクもいくつか存在するけど、それについてはまたの機会にしよう。

 

『……ただいまの勝負ですが――』

「霧島さん、僕らの勝ちで良いよね?」

 

 そして当然、審判の先生から物言いが付きそうになった。むしろ公衆の面前でこれだけやらかしといて、何もない方がおかしいのだ。

 もしも私が同じ立場だったら、迷うことなくアキ君を反則負けと見なしていたに違いない。

 

「……それは」

「翔子、愛してる(※秀吉)」

「……私たちの負け」

 

 まぁ、たった今翔子が敗北を認めてくれたので何の問題もなくなったんだけど。

 

『……わかりました。坂本・吉井ペアの勝利です!』

「それじゃ、僕らはこれで!」

 

 ペコっと一礼し、観客から非難の声が聞こえてくる前に教室へと引き返すアキ君と、雄二の身体を背負いながら彼についていく私。

 隣を歩く秀吉が着崩れたチャイナドレスを直しながら、ムッツリーニと共にアキ君へ称賛の言葉を送る。せっかくの秀吉の乱れ姿が……。

 

「ありがとう。三人の協力があってこそだよ」

 

 いよいよ次は決勝、ファイナルだ。あと一勝すればアキ君と雄二――に協力を要請した老いぼれ長の目的が達成される。

 

 ……そろそろ良いかしら。

 

「待ちなさい翔子! 雄二にクスリを盛るにしてもまずは私を解放して! この体勢、結構キツイから! 腰が潰れちゃうから!」

「き、霧島さん! 雄二には決勝もあるからクスリは許してあげて! 楓の腰も危ないから!」

 

 私の腰が、絶体絶命の危機を迎えている……!

 

 

 

 




 バカテスト 家庭科

 問 次の問題に答えなさい。

 ごまに含まれている、強力な抗酸化作用を持つ栄養成分の一種とは何でしょう。



 姫路瑞希の答え
『セサミン』

 教師のコメント
 正解です。セサミンは「ゴマリグナン」という成分の一つで、細胞の老化防止、動脈硬化の予防などに効果があるといわれています。


 土屋康太の答え
『メラミン』

 教師のコメント
 名前はそれっぽいですが、それは樹脂の原料です。


 吉井明久の答え
『カナブン』

 教師のコメント
 名前もそれっぽくないですし、それは昆虫です。


 水瀬楓の答え
『セサミンC』

 教師のコメント
 どうして最後の文字を付けたんですか。



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