バカと私と如月ハイランド
「――水瀬。なんだその格好は」
『水瀬? 違うよお兄さん。今の私はアインちゃんだよっ』
如月ハイランドにて、私はアキ君に頼まれ目の前にいる雄二と翔子を、如月グループによる強制結婚の計画に参加させるべく奮闘している。
どうもこの計画、かなりの規模で行っているらしく、私とアキ君の他にも瑞希、島田さん、秀吉、ムッツリーニといつものメンバーが集結しており、バックには学園長の影もある。
アキ君達の狙いはもちろん、今回の計画に沿ってこの二人をカップルにさせることだ。私個人の狙いは報酬の方だけどね。
……なお、当のアキ君は私のようにキツネの着ぐるみ――マスコットキャラのノインとして嫌がる雄二の前に立ちはだかったのだが、頭部を前後逆に付けるという大失態を犯してしまい、
『この大事な作戦の最中に、他の女の人と何をしていたんですか?』
『え? 女の人? なんのこと?』
今は同じく着ぐるみに入った瑞希によって、少し離れた場所で事情聴取されている。ちなみに彼女はキツネのフィーだ。
雄二の嘘に完全に騙され、取り出した携帯電話で誰かを呼び出す瑞希。すると、どこからともなくスタッフ姿の島田さんが現れ、アキ君にドロップキックをかましたのだった。
「……その様子じゃ、他のヤツらと違って隠す気はないんだな」
『隠すって何のことかなっ? ――当たり前じゃん。猫かぶりも楽じゃないんだよ?』
「さっそく素が出てるぞ」
イケない。あまりの苦しさについ本音が出てしまった。気を付けないと。
それにしても熱い。今の季節は春で、まだ夏にはなっていない。にも拘らず、着ぐるみの中は物凄く熱い。汗もヤバイ。予想以上に窮屈だ。熱中症にならないか心配である。
そんな灼熱地獄の中、私はキツネのアインとして雄二と翔子を、巧みな会話でさりげなくお化け屋敷の方へと誘導していく。
『――そしたらね、その二人はスタッフさんの指示に従って本当にアイアンクローをかましちゃったんだよっ。凄いでしょ?』
「なんか、デジャヴを感じるんだが……」
口元を引きつらせ、呆れる雄二。まぁ、実際に同じことがあったからね。
一回目は雄二がお前の下着に興味はないといって翔子を怒らせ、アイアンクローをかまされた瞬間だ。しかも何をトチ狂ったのか、その瞬間を撮影して写真を加工。どう見ても幸せが訪れそうにない記念写真ができあがってしまった。
そして、それを見たリーゼントのチンピラとギャルみたいなブス女が、自分達も撮影しろとしつこくスタッフに迫った結果、女が男にアイアンクローをかましたのが二回目だ。
もちろんその瞬間も撮影され、一回目と同じ加工をされた記念写真ができあがった。私がすぐに処分したけど。飾ってたまるかあんな写真。
『はいっ。ここが本園オススメのお化け屋敷でーすっ!』
「そうか。ここが――何ぃっ!?」
「……いつの間に」
雄二が嫌がっていたお化け屋敷の前に来たところで立ち止まり、二人の反応を確認する。
翔子は静かに驚いていたが、雄二はやられたと言わんばかりに驚くという、なかなか良い反応をくれた。騙した甲斐があったわ。
「い、いかねぇぞ! 俺には俺の人生が――」
『お化け屋敷にはパートナーに抱き着き放題という、カップル限定かつ本日限りの特典があるよっ』
「……お化け屋敷に行く」
「ぐぁあああっ!? お、落ち着け翔子! 水瀬の言葉に惑わされるなぁっ!」
「……抱き着き放題……」
逃げようとした雄二に肘関節を極め、嬉しそうに笑う翔子。君は本当に一途だねぇ。……後でちゃんとした腕の組み方を教えないと。
『それでは入場も決まったようなので、こちらにサインをお願いしますっ』
「……なんだコレは?」
『見ての通り、誓約書だよっ。お二人もご存じの通り、本アトラクションは廃病院を改造して造られているため、仕掛けではなく本物が出る可能性が無きにしも非ずっ。なので、今はこうして入る前にお客様のサインを書いてもらってるのっ』
「……一理ある」
「確かに、霊感の強いヤツは危ないかもな」
ようやくサブミッションから解放された雄二に誓約書(自作)を渡し、翔子が実印を出すのを見越して朱肉を取り出す。
雄二は少し楽しそうな顔で誓約書に目を通していくも、それがすぐにアトラクションに関する誓約ではなく、自分達の結婚に関する誓約だと気づくなり叫び出した。
「俺だけか!? この状況をおかしいと思っているのは、俺だけなのか!?」
安心して雄二。陥れる側になっている私でも、この状況はおかしいと思ってるから。
「……はい雄二。実印」
『ペンと朱肉はこちらだよっ』
「……気が利いてる」
「利いてねぇぇーっ!」
あぁっ! 私の手作り誓約書がぁーっ!
『……じょ、冗談だよ。だから入ろう、ねっ? ねっ?』
「アレを作ったのはお前か……!」
手作り誓約書が雄二の手によって空の彼方へと消え去ってしまうも、結果的に二人をお化け屋敷へブチ込むことに成功した。
……さてと、私も制御室に行きますか。放っておくとアキ君が何かやらかしそうだし。
「アキ君。二人の様子は?」
「順調に進んでるよ。そろそろ楓の用意した仕掛けがあるところかな」
制御室に着いた私は窮屈で堪らなかった着ぐるみをやや乱暴に脱ぎ捨て、アキ君の隣に座る。学園長の仕業だろうけど、ただの学生にこんなことを任せていいのだろうか。
アキ君の見ているモニターには、さっきまで外にいた雄二と翔子が映っている。監視カメラに気づかない辺り、単なる好奇心と仕掛けへの警戒心を強めているようだ。
『……ちょっと怖い』
『珍しいな、お前が怖がるなんて』
そろそろかな。仕掛けを作動させるべく、手元にあるボタンの一つを押した。すると、
【あ”、あ”、あ”、あ”、あ”……】
という、独自の奇声のような音が、屋敷の廊下中に響き渡る。こっちでは小音量だが、向こうでは大音量で聞こえているはず。
『……雄二……』
『こりゃ本格的だな……』
さすがの二人も今の音響効果にはビビったらしく、翔子は雄二の腕にしがみつき、雄二も少々冷や汗を掻いている。
……良いね、良いね。楽しくてしょうがない。わざわざアキ君に録音を頼み、喉を痛めるまで奇声を発した甲斐があったものよ。
「ごめん楓。僕ちょっと用事が――」
「やめなさい」
だというのに、こっちのバカは嫉妬のあまり雄二を亡き者にしようと武器を取り出した。私の楽しみを奪わないでほしい。
さーて、次の仕掛けね。これも音響効果だけど、最初のやつであれだけ怖がった二人なら期待通りの反応をしてくれそうだ。
人間は姿の見えない者に強い恐怖を抱く。今回の作戦は、それを利用したものだ。
『……???』
『今度は耳障りなだけだな。びっくりはしたがそれだけだ』
今のをそう捉えるか。確かに耳障りな音だが、私が流したのは霊が出る前に電話から聞こえる一種の警告音だ。これがダメとなると……
「……猫の声でも流そうか」
「やめなさい」
今朝録画した野良猫の声を流そうとするも、呆れた表情のアキ君に止められた。
……まぁ、仕方がないか。この音響効果は二人の耳元で流さないと効果は薄くなるし、一歩間違えればただの癒しになってしまうからね。
「よしっ、次は僕の番だ」
アキ君は自分の手元にあったボタンの一つを、壊しそうな勢いで思いっきり押す。ちょっと楽しみだった私は、獲物に食らいつくようにモニター画面へと視線を向ける。何が起こるかな――
【姫路の方が翔子よりも好みだな。胸も大きいし】
なんてものを流しやがるこのバカ馴染み。
「なんで瑞希をスケープゴートにしてんのさ!? この屋敷を殺人現場にでも仕立て上げるつもり!?」
「だ、大丈夫だよ! 被害を被るのは雄二だけだし、姫路さんにはバレてないし!」
違う、そういう問題じゃない。
『……雄二。覚悟……!』
モニター画面にはアキ君のせいでブチギレた翔子が、仕掛けが作動したことでいきなり出てきた釘バットを手に取る様子が映されていた。
このままじゃ雄二が屍となり、皆で練り上げた計画が台無しになってしまう。
日頃の恨みからザマァ見ろと思いつつも、計画のために一方的な虐殺を阻止するべく、すぐさま手元にあった別のボタンを押す。
『うおっ!? 今度はなんだ――ふ、フライパン?』
『……雄二。逃がさない』
『そういうことかっ。恩に着るぞ、水瀬!』
釘バットと同じ演出で現れたフライパンを手に取り、翔子の攻撃を防ぎつつ出口を目指す雄二。良かった、私の意図を理解してくれたようだ。
残念ながら翔子の嫉妬による蹂躙は見られなくなったが、その代わりモニター画面には微笑ましい夫婦喧嘩の様子が映っていた。
「なんてことをしてくれるんだこのバカエデ! 日頃の恨みを返すチャンスだったのに!」
「なら翔子を巻き込むな! やるなら雄二が一人のときにやれ! そんなんだから君はバカ久なんだよ!」
「バカ久言うなバカエデ!」
「バカエデ言うなバカ久!」
このあとアキ君と十分ほど揉めていたが、こちらの様子を見に来た似非外国人のスタッフによって止められたのだった。
《――題して、【如月ハイランドウェディング体験】プレゼントクイズ~!》
この日のために用意されたという、クイズ会場のようなレストランにて、私は再びキツネのアインちゃんとなり、今度は司会としてお客様の前に立つこととなった。
狙いはもちろん、この広間に誘い込まれた雄二と翔子だ。……すぐにでも追い出したいクソカップルがいるのは想定外だが。
クイズは計五問。全問正解したらウェディング体験、一問でも外したらそこで終了。地味にハードだ。アキ君なら最初の一問で落ちるだろう。
企画の内容を説明していき、雄二と翔子がステージに上がったところでプレゼントクイズを始める。確か、最初の問題は――
《――坂本雄二さんと翔子さんの結婚記念日はいつでしょうかっ?》
「…………」
ごめん雄二。そんな『おかしい、問題がわからない』みたいな顔でこっち見ないで。私もこれがどういう意味か全くわからないから。
こんなの、どうあがいても間違えることができない。何故ならこの問題に明確な解答は存在しない。つまりどんな解答が来てもこっちが正解と言えばその通りになるのだ。
――ピンポーン!
ありのまま今起こったことを話しそうな顔の雄二をよそに、いつものクールな表情で手元のボタンを押す翔子。さぁ、どう来る……?
「……毎日が記念日」
《正解ですっ!》
「やめろ翔子! 恥ずかしさのあまり死んでしまいそうだ!」
私も雄二と同じ立場だったら同じことを言っていたに違いない。
《では第二問! お二人の結婚式はどちらで挙げられるのでしょうかっ?》
――ピンポーン!
今度は雄二がボタンを押した。大方、間違った答えを言えば終わるとでも思っているのだろう。だが、そうは問屋が卸さない。
「鯖の味噌煮!」
《はいっ! これまた正解ですっ!》
「何ぃっ!?」
それはこっちの台詞だよ。何よ鯖の味噌煮って。こんな、誰もがおかしいと思う珍解答に正解と言わなければならない、司会である私の身にもなってみなさいよ。
《お二人の挙式は当園にある如月グランドホテル・鳳凰の間で行われる予定です。なお、この鳳凰の間にはお客様の好みで別名を付けることができ、坂本雄二さんは【鯖の味噌煮】と命名した模様です!》
「待ていっ! その設定、絶対にこの場で決めただろ!」
当たり前じゃん。
《第三問! お二人の出会いはどこでしょうかっ?》
これはちゃんとした解答のある答えだ。答えは小学校。大体の幼馴染みはよほど特殊なケースでない限り、ここで出会うだろう。
「もらったぁっー!」
ブスッ
「ぬおぉぉぉっ!? 目が、目がぁっ!」
――ピンポーン!
「……小学校」
《大正解っ! お二人の関係は小学校時代の出会いから始まったのですっ!》
お見事。というか直接雄二の目を潰した辺り、さすがの翔子もこの問題は譲れなかったようだ。まぁ、二人にとっての原点だしね。
本当ならここで仲睦まじいとでも言えば良いのだろうが、雄二が目を突かれた後なので口に出すのはやめておくことにした。
よし、この調子で全問正解へと導いてあげましょう。翔子のためにも、報酬のためにも。
《それでは第四問!》
――ピンポーン!
今度はこちらが問題を読み上げる前にボタンを押した雄二。なるほど、さっきの翔子みたいに妨害が入る前に【わかりません】とでも言うつもりか。私もナメられたものね。
「――わかり」
《正解です! 問題の内容は【当園のマスコットキャラ、フィーとノインとアインが生まれた時刻はいつ?】というものでしたが、この問題には明確な解答が存在しません。坂本雄二さんはそれを見越して正解して見せましたっ!》
私の説明を聞いた途端、コイツには正攻法じゃ勝てないと言わんばかりに力尽きたような状態になり、安らかな笑顔を浮かべる雄二。
そんな雄二を放置して次の問題はどうしようか考えていると、例のクソカップルがついに懸念通りの動きを見せた。
『ねぇおかしくな~い? どうしてそんなコーコーセイだけがトクベツ扱いなワケ~?』
凄いわこのブス女。私の隠された殺意を極限まで高めてしまうなんて。バイト中でなければ問答無用で殴っていたところだよ。
チンピラの方は特に何も言わなかったが、頭でも狂ったのかそのブス女と共にこちらへと歩み寄ってきた。見れば見るほどムカつくわね。
……あぁ、なるほど。相手にすればするほど面倒になっていくタイプか。ならここは運頼りだ。コイツらを利用させてもらおう。
『アタシらもウェディング体験ってヤツ、やってみたいんだけど~?』
『こ、困りますお客様! これはあくまで――』
『ふ~む……ではこうしましょう。お客様が向こうのお二人に問題を出し、それに正解したらお二人の勝ち、間違えたらお客様の勝ち、ということでどうです?』
『えっ? ちょっと!?』
私の隣で待機していたキツネのノイン――アキ君が慌てふためくも、私は意に介さず持っていたマイクをチンピラに手渡す。
チンピラはこちらの出した条件を承諾し、ズカズカと壇上に上がってマイクを構える。そして、自信に満ち溢れた表情で口を開いた。
『――ヨーロッパの首都はどこか答えろっ!』
『『…………』』
ヨーロッパ。欧羅巴とも書く。
北半球にある地球上で最も大きい、ユーラシア大陸の西部の呼称名。欧州とも言うため、カテゴリーとしては州に該当される。
『オラ、答えろよ。わかんねぇのか?』
首都。首府とも言う。
一国の中央政府のある都市。その国の立法,行政,司法,経済,文化などの中心をなす場合が多い。首都があるのは国であり、州にはない。
つまり――国ではなく州であるヨーロッパに、首都なんてものは存在しない。
《……坂本雄二さんと翔子さん、おめでとうございます。この対決を制したお二人には当初の予定通り、【如月ハイランドウェディング体験】をプレゼントいたしまーす!》
こんな連中に任せた私がバカだった。これならアキ君に任せた方が良かったかもしれない。
『ふざけんな! どう見てもオレたちの勝ちだろコルァ!』
『この司会バカじゃないの!?』
『黙れクソカップル! 何がヨーロッパの首都はどこだゴラ! お前らいっぺん前世の幼稚園からやり直してこいや!』
『み、皆さん落ち着いてくださいっ!』
『楓はこっちに来て! 一旦落ち着くんだ!』
屁理屈を付けてくるクソカップルに対し、とうとう我慢の限界が来た私は周囲を気にせずブチギレるも、着ぐるみに入った瑞希が割って入り、その隙にアキ君にステージ裏へと連行された。
「次、さっきみたいに怒ったらお仕置きです。わかりましたか?」
「はい……」
舞台裏にて。やらかしてしまった私はお怒りの瑞希に長時間説教され、熱くなっていた頭を強制的に冷やされていた。
それにしても、お仕置きって何をされるのだろうか。仕事自体はほとんど終わったし、えげつないことはされないと思うけど……。
「まさか、こんなに短気だったなんて……」
「お主にとって接客は鬼門じゃったか……」
その場で正座をしている私を見下ろし、呆れた顔で頭を抱える島田さんと秀吉。
窮屈で蒸し暑い着ぐるみから今度こそ解放されたのはいいが、これはこれで辛い。二人の言うことに否定もできないし。
今、舞台には新郎姿の雄二とウェディングドレスを着て、一段と綺麗になった翔子がいる。
「……綺麗だね」
お洒落とか美容とか、そういうのに興味がない私でも自然と思ったことを口に出してしまうほど、今の翔子は綺麗なものだった。
念入りに製作された純白のドレスを身に纏い、胸元に小さなブースを掲げたその姿はまさに花嫁そのもの。ヴェールの下に素顔を隠しているが、それを含んでも完成度は凄まじいものだろう。
完全に見惚れている雄二に対し、翔子は幼い頃から抱いていた夢を、言葉にして懸命に紡いでいく。観客席から鼻を啜る音が聞こえる辺り、もらい泣きをしている人もいるようだ。
翔子の夢が、あと一歩で叶う。本当に叶うのはもう少し先だが、高校生の年齢でも結婚が可能な国へ行くなら話は別である。
「……翔子。俺は……」
雰囲気も最高のところで、翔子に何か言おうとした雄二だったが、
『あーあ、つまんなーい!』
それを遮る形で、観客席から大きな声が上がった。せっかくの雰囲気もブチ壊しである。元凶はさっき私を怒らせた、例のクソカップルだ。
『オマエいくつだよ? お嫁さんが夢とかキモいんだよ!』
『マジでイカれてるんじゃないの?』
「…………ッ!!」
「落ち着くのじゃ水瀬!」
「今ここで出て行ったら全部台無しになるわよっ!」
今度は怒鳴る暇もなく静かにブチギレ、血が出るほど拳を握り込んで観客席へ突撃しようとする私を、二人掛かりで止める島田さんと秀吉。
そのすぐ近くには私と同じようにブチギレ、同じように突撃しようとしたところを瑞希に止められる、バカな幼馴染みの姿があった。
《花嫁さん? 花嫁さんはどちらに行かれたのですかっ!?》
アナウンスの声で我に返り、壇上へと視線を向けると、さっきまで立っていた翔子が忽然と姿を消していた。……ブーケとヴェールを残して。
こうなるとイベントは中止、計画も失敗。当然、その分の報酬も全て水の泡。経営側としても大ダメージ確定だろう。
しかし、今となってはもうどうでもいいことだ。そんなものよりも、まずは消えてしまった翔子を見つけるのが先決である。
「散々キレまくった私が言うのもアレだけど……世話が焼けるわね」
「やっぱり、ここだったね」
「……楓?」
翔子は予想よりも早く見つかった。ドレスやメイクなどの作業をしたであろう部屋に入ってみたところ、その隅っこで蹲っていたのだ。
まぁ、言ってしまうと偶然である。ここ以外にもいくつかアテはあったけど、まさか一発目で見つかるとは思わなかったよ。
目線的に話しにくいので腰を下ろし、彼女の隣に座り込む。目元が潤っているのを見るに、まだ泣き止んではいないらしい。
「……楓」
「ん~?」
「……やっぱり、私の夢って――」
「悪いけど、その質問には答えられないよ」
これは嘘だ。答えようと思えば答えられる。でも、今それに答えるべきなのは私じゃない。
「…………」
「ごめんね。勝手に見つけといて、なのに質問の一つにも答えられなくて」
「……ううん。楓は悪くない」
相変わらず、この子は口数が少ないわね。それもあってか、大きな声を出すのも苦手らしい。
翔子は悪くないと言ったが、私としては若干の罪悪感が残っている。付き合いが長いのに、彼女にしてやれることが何もないから。
……けどまぁ、この調子なら大丈夫でしょう。後は――
「とりあえず、着替えよう?」
「……うん」
――アイツに委ねましょうか。翔子が七年間想い続けた、不器用だけど優しいバカに。
「おい水瀬」
「……んあ? どしたの雄二」
週明けの学校にて。登校してすぐに居眠りをしていた私は、ついさっき登校してきた雄二の声で目を覚ました。朝から何なのよ一体。
「如月ハイランドでは随分とやってくれたな」
「しょうがないじゃん。仕事だったんだから」
でなきゃあんなこと、アキ君や雄二が相手でもしたくないよ。……多分。
とりあえず用件を聞こうと思って口を開いた途端、雄二が先にポケットから何かを取り出した。紙切れのように見えなくもないけど……。
「映画のペアチケットだ。明久にも渡したが、気になる相手がいれば一緒に行くといい」
「あぁ、そういうことなら……ありがたく貰っておくわ」
そんな相手、今の私には一人しかいない。
雄二が自分の席に戻ったのを確認し、その相手の元へ向かう。
「む? どうしたのじゃ? 水瀬」
「おはよう秀吉。実はたった今、映画のペアチケットが手に入ってさ。次の休み、一緒に行かない?」
「わ、ワシは別に……構わんぞ……」
やった。少し先だけど秀吉とのデートが決まった。清涼祭のときは雄二のせいで散々だったからね。今度は楽しんで見せるわ。
その日を楽しみにしつつ、鉄人が来る前に自分の席へと戻る。
……何故か隣のアキ君が真っ白になって力尽きているけど、気にしないでおこう。