バカと私と召喚獣   作:勇忌煉

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バカと私と貸切プール

「はい。雄二の注文通りに買ってきたよ」

「おう、助かる」

 

 先週、アキ君を主催に行われた『雄二&霧島さん結婚大作戦』も無事に――いや半分ほど失敗に終わり、いつも通りの退屈な週末の夜。

 私と雄二はアキ君の家に遊びに来ていた。雄二がどれくらいの頻度で来ているのかはわからないが、私は暇があれば大体来ていたりする。

 ちなみに半分というのは、あれから翔子が雄二のおかげで立ち直ったと、人づてに聞いたからだ。そのあと本人に確認を取ったけど。

 

「何があるの?」

「えーっと……」

 

 テーブルの上に置いたビニール袋をガサゴソと開け、中身を確認する。

 

 

・コーラ

・アイスコーヒー

・麦茶

・カップラーメン

・カップ焼きそば

・親子丼

 

 

 ここに来る途中、雄二に頼まれて買ってきたやつと、自分で選んで買ってきた飲食物が入っている。私の分は麦茶と親子丼だ。

 上着を脱ぐ雄二にアキ君がどれを取るのか問いかけると、雄二はさも当たり前のように、

 

「俺は――コーラとコーヒーとラーメンと焼きそばだ」

「雄二キサマ! 楓には割り箸しか食べさせない気だな!?」

 

 ちょっと待って。

 

「なんで私の分がないことを前提にしているの!? 私は麦茶と親子丼だよ!」

「お前は女子に割り箸を食べさせる趣味でもあるのか……?」

 

 その趣味は普通にドン引きである。まぁ、一部の女子は教えたら本当に実践してしまいそうだが。自分達の想い人に対して。

 

「じゃあ僕が割り箸を食べるの!?」

「焼けば美味しくなるかもしれないよ?」

 

 大体の生ものは火を通せば食えると聞く。そう考えると、木材も火を通せば噛みやすくなる可能性が少しはあるかもしれない。

 

「待て待て。割り箸はやらん。というか、それだと俺が素手でラーメンを食う羽目になるだろ」

 

 呆れながらも、雄二は一つ目の袋の下敷きになっていたもう一つの袋を取り出し、その中身をアキ君に見せる。あれ? それって確か……

 

 

・こんにゃくゼリー

・ダイエットコーラ

・ところてん

 

 

 どれもカロリーオフという、糖分と脂肪で飢えを凌いでいるアキ君にとっては地獄のメニュー。当然、アキ君は吠えた。

 

「全部カロリーオフじゃないかぁっ! なんで買ったのさ楓!」

「雄二の注文書(メール)に書いてあったから」

 

 アキ君の体調を気遣ったこのメニューには、私も感心せずにはいられなかった。だから雄二の嫌がらせと知りながらも、私は素直に注文通りのものを買ってきたのだ。

 とはいえ、アキ君の反応でわかるように、カロリー摂取という部分に対しては全然配慮していない。もちろん私ではなく、雄二が。

 その雄二は感謝の気持ちを込めて選んだと言うも、アキ君はカロリーが摂取できないという事実は変わらないと怒り、袋からダイエットコーラを取り出して構えた。

 

「なんだ? やる気か?」

「あぁ、いずれ決着をつける必要があると思っていたところさ」

「いいだろう、望むところだ」

 

 雄二もそれに応え、袋からコーラを取り出してアキ君と同じように構える。

 互いに相手を睨みつけ、牽制し合うという一触即発の状況の中、キッチンから水が一滴落ちる音が響いてきたことで、その均衡は崩れた。

 

 ――ピチョン

 

「「――っ!!」」

 

 

 シャカシャカシャカ(アキ君と雄二がペットボトルを振る音)

 

 ブシャアアァァァァ(二人が同時にコーラを射出する音)

 

 バタバタバタバタ(お互いに目を押さえてのたうち回る音)

 

 

「「目が、目がぁぁぁああっ!」」

 

 私は今、何を見せられているのだろうか。新しいスポーツとかそういう類だろうか。

 

「やるじゃねぇか、明久……!」

「雄二こそ……!」

 

 二人のしょうもないバトルに巻き込まれないよう、自分の分である麦茶と親子丼を持って距離を取り、それを武器として使われる前に食べることにした。うん、まだあったかいわね。

 麦茶を一口飲んで二人の方へ視線を向けると、アキ君はところてんを、雄二はコーヒーを武器として使おうとしていた。

 

 

――しばらくお待ちください――

 

「……終わった?」

「うん。一時休戦になったよ……」

「冷静になって考えてみると、あまりにも不毛な戦いだったしな……」

 

 全身をゼリーやところてんやコーラでベタベタにし、無駄に疲れた顔になっているアキ君と雄二。なんて気持ち悪い光景なんだ。

 シャワーを借りるとアキ君に告げ、脱衣所の方へと向かう雄二。景気良く衣服を脱ぎ捨てる音が聞こえてきたところで、アキ君が何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「あ、そうだ雄二――」

『ほわぁぁっ――っ!?』

「――今ガス止められてるから水しか出ないよ」

 

 アキ君の報告を遮るように、雄二の悲鳴が響いてくる。どうやら手遅れだったらしい。

 出てきた雄二は腰にタオルを巻き、ガタイの良い身体を寒さで震わせていた。これが秀吉なら最高だったけど、残念ながら私の目の前にいるのはお怒りの雄二だ。

 冷水シャワーの浴び方を丁寧に教えるアキ君だが、雄二がそんなことに納得するはずもなく、ある提案を切り出した。

 

「明久、水瀬。外に行くぞ」

「外? 雄二の家とか?」

「いや、どうせならシャワーだけじゃなくてプールもあるところに行こうぜ」

「……あぁ。なるほど。確かにあそこなら近いし、お金も掛からない。名案だね」

 

 アキ君は雄二の真意に気づいていなかったが、私の言い分を聞いた瞬間にピンときたようで、手早く準備を済ませる。

 

「水着はどうするの?」

「ボクサーパンツで充分だな」

「今から取ってくるわ」

 

 男子であるこの二人は下着でも問題ないが、女子である私はそうもいかない。

 私も手短に準備を済ませ、彼らと共に目的地である文月学園へと向かった。

 

 

 ……これ一応不法侵入になるんだけど、大丈夫だろうか?

 

 

 

「……で、何か言い訳はあるか?」

「「「コイツらが悪いんです」」」

 

 うん、私知ってた。大丈夫なわけがないって知ってた。世の中そんなに甘くないもんね。

 

「明らかに悪いのはお前らだろ! 雄二がまともな差し入れを頼んで、楓がそれを買ってきたらこんなことにはならなかったのに!」

「ふざけるな! お前がガス代を払っておけばこうなることはなかったんだよ!」

「それは違うでしょ! 君らがあそこで不毛な戦いを止めとけば、こんな事態には陥らなかったと思うんだけど!?」

 

 あれから二時間後。私達はプールではしゃいでいたところを、見回りをしていた鉄人に発見され、散り散りになって逃げるもあっさりと確保されてしまい、宿直室へと連行されていた。

 そして今、私達三人はそれぞれ罪を擦りつけ合い、自分だけは悪くないと主張しているのだ。そうよ、私は何も悪くないわ。どう考えてもこの二人が責任を取るべきである。

 西村先生こと鉄人は私の言い分をわりと真剣に聞いていたが、もういいと言わんばかりに頭に手を当てて溜息をついた。

 

「…………もういい。お前たちの言い分はよくわかった」

 

 どうやらわかってもらえたようだ。そうと決まれば帰るのみよ。さっさとこんなところからはおさらばしたいしね。

 

「ははは、それは良かったです」

「いい加減時間も遅いし、そろそろ帰るか」

「では西人先生。私達はこれで――あの先生。どうして私の頭を鷲掴みにしているんですか?」

「西村先生と呼べ」

 

 頭を下げ、反省文でも書かされるであろうアキ君と雄二を置いて出ていこうとしたら、鉄人の大きな手が私の頭を掴んでいた。

 しかもアキ君と雄二に至っては鉄人の太い腕に首を抱え込まれており、息ができないのか苦しそうな表情になっていた。というか私も私で、このままじゃ頭蓋骨が粉々にされてしまう……!

 

「そう急ぐこともないだろう。帰るのは恒例のヤツをやってからでも遅くはないぞ?」

 

 グイグイと凄い力で二人の首が絞めつけられ、メキメキと私の頭から悲鳴が上がる。ヤバイ。下手に動くと頭蓋骨にヒビが入ってしまう!

 

「や、やります。やりますから放してください……!」

 

 自分の命が大事な私達は仕方なく白旗を上げ、鉄人が取り出した紙とペンを受け取る。どうやら鉄人が今から言うことを英訳すればいいらしい。なんて温い罰なんだろう。

 週に二回は書かされていることもあり、スラスラと言われたことを英語に直して紙に書いていくアキ君と雄二。私はもう書き終えた。

 

「よし、できたなら見せてみろ」

「はーい」

 

 書き上げた英文を鉄人に渡す。私と雄二のやつを読んで感心するように頷いていたが、アキ君のやつを読んだ途端、何故か溜息をついた。

 どうも中学校で習うような単語を書き間違えたらしく、奴隷商人のような文章になっていた。たった一言間違えるだけでこうなるとは。

 

「さて、次に行くぞ。『私は反省しているので、来週末にプールの掃除を行います』」

「頑張って下さい」

「(ボゴッ)英訳しろ」

「鉄人に見つかったのが運の尽きだったか……」

「(ボゴッ)西村先生と呼べ」

「今度はもっと計画的に行こう。捕まりたくないし」

「(ボゴッ)いい加減に反省したらどうだ」

 

 こんな感じで、私達は朝まで鉄拳付きの補習を受けたのだった。そう……朝まで。

 

 

 

「おかげで散々な週末だったよ」

「だから、それはアキ君が悪いと何度言えば」

「いやいや、楓も悪いでしょアレは」

「どっちもどっちだ」

 

 週明けの教室。余裕を持って登校した私達は、いつものメンバーで卓袱台を囲んでいた。朝のHRが始まるまで時間があるしね。

 気遣うように柔らかな表情を浮かべる秀吉、ボソリと呟くムッツリーニ、気が滅入るアキ君、それを読んでいたかのように口を開く雄二。うん、いつも通りの光景だ。

 口を開いた雄二が言うには、プール掃除をすればその日だけプールが貸切状態になるらしい。これは秀吉を誘うしかないでしょ。

 

「秀吉。掃除もあるけどプールに来ない? 自由に泳げるよ」

「うむ。そういうことなら相伴させてもらおう、かの……」

 

 快諾はしてくれた秀吉だが、その際に私を見ていたのは気のせいじゃないだろう。嬉しいと言っちゃ嬉しいけど、ちょっと複雑だ。

 ムッツリーニは掃除を手伝わされると聞いたところですぐさま渋ったが、島田さんと瑞希も呼ぶという条件で承諾した。果たして彼の身体は持つのだろうか。血液量的な意味で。

 そしてその島田さんと瑞希も行くことになった。ただ二人とも体型にコンプレックス(島田さんは胸部、瑞希は腹部)があったようで、秀吉がアキ君に水着姿を見せに行くという嘘にまんまと引っ掛かるまでは渋っていたが。

 

「それじゃ後は翔子に声を掛ければ、終わりだな」

「へぇー、珍しいじゃん。雄二も大人になったね」

 

 翔子の水着姿も見たかったようで少なからず感心していたアキ君だったが、雄二は哀愁を漂わせながらアキ君の肩を掴んだ。

 

「――明久。もしもこの事が翔子にバレたら、俺の命はどうなると思う?」

「……ごめん」

 

 あまりにも説得力のある言葉に、さすがのアキ君も謝るしかなかった。

 

 

 

「前髪のお姉ちゃん、胸おっきいです~」

「そ、そう?」

 

 ついに迎えた週末。晴天という最高の天気の下、待ち合わせ場所の校門前から更衣室へ向かう途中で男子と別れた私達女子は、更衣室に入ってすぐに着替え始めていた。

 まぁ、気合いの入った秀吉が今回の水着はトランクスタイプだと胸を張って言ったり、同じく気合いの入っていたムッツリーニが最初から鼻血の予防を諦め、大量の輸血パックを鞄に入れていたり、島田さんが妹の葉月ちゃんを連れてきたりと、ここに来るまで色んなことがあったけどね。

 

「み、水瀬さん……む、胸の大きさが間違ってるわよ?」

 

 なんて失礼な。

 

「……私よりも大きい」

「楓ちゃんは着痩せしますから……」

 

 自分の胸に手を当て、表情を一切変えることなくジッと私の胸を見つめる翔子と、自分の腹部に手を当て、しょんぼりする瑞希。

 胸はともかく、腰や腹部に関しては格闘技をやっているうちにこうなった、としか言いようがない。腹筋も結構付いたし。

 ……そろそろ島田さんの視線がウザく――もとい痛くなってきたわね。

 

「あの、人の胸を親の仇のように睨みつけるのやめてくれない?」

「だって、だって……アンタだけは仲間だと思っていたのに……!」

 

 それはそれで勘弁願いたい。

 

 葉月ちゃんを含む全員の視線が向けられる中、私は事前に買っておいた青のビキニに着替え、その上から水着用のレディースパーカーを羽織る。本当はトランクスタイプが良かった。

 

「それじゃ、先に行ってるわね」

 

 ようやく着替えを再開した他のメンバーを待たずに、更衣室から出て行く。……さて、秀吉はどういう反応をしてくれるのやら。

 

 

――それから数分後――

 

「……雄二。他の子を見ないように」

「ぐああああっ!」

 

 モデルのように優雅に歩き、そのまま流れるような動きで雄二に歩み寄って彼の目を潰す翔子。動きが綺麗すぎて注意に困る。

 男子とプールサイドで合流したところまでは良かったが、肝心の秀吉がまだ来ない。まぁ、ここから一番遠い校舎で着替えているから仕方ないと言えば仕方ないんだけど。

 男子は全員トランクスタイプの水着で、胸パッドで強引に胸を盛ろうとした島田さんはスポーツタイプのセパレート、彼女の胸パッドを使って本当に胸を盛った葉月ちゃんはスクール水着、そして今やってきた翔子は白のビキニと水着用のミニスカートを着ている。

 ちなみに島田さんの胸パッドは葉月ちゃんのせいでアキ君達にバレたため、お蔵入りすることになった。使う機会は一生訪れないだろう。

 

「島田さんって本当に細いよね」

「……どこ見て言ってんのよ」

「胸とバストとボイン」

「その口を潰すわよ。二度と開けないようにね」

 

 酷い。アキ君が島田さんの胸を二回褒めたから私は三回褒めたのに。実際、彼女のモデルみたいにスレンダーな体型は、スポーツ選手にとっては理想の体型と言える。スポーツ選手にとっては。

 といった感じで島田さんと戯れていると、ムッツリーニの後ろから薄ピンクのビキニとゆったりとしたパレオを着用した、瑞希がぎこちない動きで走ってくるのが見えた。

 

 ――生物兵器とも言える、凶悪なパーツを二つぶら下げながら。

 

「…………すまない、先に逝く……」

「む、ムッツリーニ!? 誰がムッツリーニをこんな目に――危ない僕っ!(ブスッ)」

 

 そのパーツを直視してしまったムッツリーニは大量の鼻血を出しながら崩れ落ちるも、アキ君はギリギリのところで自分の目を自分で潰し、直視を免れた。あっ、島田さんも戦慄してる。

 島田さんは相当混乱しているのか、ドイツ語でベラベラと喋り出した。少し小声のせいで詳細は不明だが、とりあえず嫉妬しているのはわかった。瑞希の胸をガン見してるし。

 

「皆さんは何をしているのでしょうか……?」

「大変なものを見たから視界を遮断してるのよ」

 

 派手に逝ってしまったムッツリーニ、自分の目を潰したアキ君、混乱してしまった島田さんに代わり、瑞希の疑問に答える。

 それでも首を傾げる瑞希だったが、身体は正直なアキ君が物凄い勢いで鼻血を出しながらも、彼女の水着姿を褒めたことでカオスな空間と化したその場を収めることができた。

 ……すぐそばで視界が回復しかけていた雄二の目を再び翔子が潰し、瑞希の胸を見て声を震わせていたが気にしたら負けだろう。

 

「残るは秀吉ね……」

 

 遅い。遅すぎる。こっちは君の水着姿を見たくて堪らない。さっきからカオスな光景ばかり見せられている今こそ、癒しが必要なんだ。

 

「すまぬ、待たせたの」

 

 そんな私の願いが通じたのか、ついに秀吉がやってきた。

 

 ――女物の、トランクスタイプを着て。

 

「「☆●◆▽□♪◎×(ううん。そんなに待ってないよ秀吉)」」

「落ち着けお前ら。ここは地球だぞ」

 

 未だに目の見えない雄二からツッコまれたが、これはしょうがないと思う。だって、今私の目に映っているのは癒しを越えた何かだもん!

 

「…………鼻血ももう出ない」

「うん」

 

 秀吉の水着姿があまりにも最高だったのか、鼻血すら出なくなったアキ君とムッツリーニ。

 

「……最っ高!(ブババババッ)」

「どうしたのじゃ水瀬!? 何故ワシを見ながら鼻血を出しておるのじゃ!?」

 

 しかし、私は今まで色々と我慢していたこともあり、身体が正直になっていた。

 いや、でもこれは普通に正しい反応だよ。秀吉は男、私は女。異性の水着姿に興奮して何が悪いか。そう、これこそ当たり前の反応なのよ。

 

「いやーごめんごめん。つい嬉しくて(ブシャァァァアア)」

「鼻血の勢いが増しておるぞ!?」

 

 イケない。このままじゃ『口では誤魔化せても、ここでは誤魔化せないようだな』ってツッコまれてしまう。アキ君の二の舞はごめんだ。

 葉月ちゃんが持っていたティッシュでどうにか血を止め、もう一度秀吉の水着姿と向き合う。

 

「ど、どうじゃ? これでワシも男らしく見えるかの……?」

 

 私達に自分の水着姿を見せ付ける様に、それでいて恥ずかしそうに問いかけてくる秀吉。

 正直に言おう、全然男らしくない。むしろ実は女の子説が強くなってしまった感がある。外見の時点でもギリギリだったのに、上がある女物の水着ときた。フォローのしようがない。

 それでも、私は彼のために嘘をつくことにする。いつか男としては見てもらえなくなるであろう、この男の娘のために。

 

「大丈夫だよ秀吉。私は――」

「お姉ちゃん、とっても可愛いですっ」

 

 オイ小娘。

 

「落ち着くんだ楓! 相手は小学生だよ!?」

「放してアキ君! その子には教えることがたくさんあるのよ!」

「???」

「葉月。ちょっとこっちに来て」

 

 私がアキ君に羽交い締めされている隙に、葉月ちゃんは島田さんによって避難されられた。

 ま、まぁ、秀吉の水着姿に免じて今回は見逃してあげるわ。私もそこまで鬼じゃないし。

 

「……雄二。目、大丈夫?」

「あ、あぁ。大丈夫だ。だいぶ見えてきて――」

 

 ブスッ

 

「またか!? またなのか!? お前は俺に何か恨みでもあるのか!?」

「……ここには雄二に見せられないものが多すぎる」

 

 早くプールを堪能した方が良さそうだ。雄二が病院へ運ばれる前に。

 

 

 

「あれ? 代表?」

「……愛子?」

 

 アキ君と雄二と翔子が(男二人の)命を賭けた水中鬼という葉月ちゃん考案の危険な遊びをやっていると、Aクラスの工藤愛子さんが現れた。どうやら水泳部に所属しているらしい。

 私は持参した水鉄砲で秀吉と遊んでいたが、彼女の出現と共にその手を止めた。というか、島田さん以外のメンバー全員がこっちに向かっている。見かけ通り、工藤さんは人気者だね。

 

『お姉さまっ! どうして美春に声を掛けてくれなかったんですか!?』

『美春!? どうしてアンタがここにいるのよ!?』

 

 なんかさらに一人増えている。あのスキンシップの激しい女子は……あぁ、清水美春さんだったわね。直接会うのは屋上以来か。

 工藤さんと清水さんも成り行きで参加することになり、工藤さんがスポーツバッグを掲げて更衣室の方へ向かおうとしたところで、

 

「覗くなら、バレないようにね?」

 

 と言い残していった。つまり本人公認の覗きができるようになったわけだ。

 

「明久君。余計な動きを見せたら、大変なことになりますよ?」

「生きて帰れると思わないでよ? アキ」

 

 島田さんと瑞希の放つ強烈な殺気に気圧され、動きを止めるアキ君。あれはさすがの私でも動かないと思う。命が惜しいし。

 

「ぐああぁっ……!」

 

 なお、雄二は顔を赤くした瞬間に目を潰されてしまった。後で翔子に注意しないと。

 そして、最後の希望である我らが土屋康太ことムッツリーニは――

 

「…………無念……!」

 

 出血多量でカメラを構える余裕もなく、必死に血液パックを付け替えていた。

 

「……秀吉」

「なんじゃ水瀬?」

「私の着替えを覗いてもいいって言われたら、覗きに来てくれる?」

「い、行くわけなかろう!?」

 

 泣きたい。

 

「男なのに? 男なのに女子の着替えを覗こうとしないの?」

「…………ワシは健全でありたいのじゃ」

 

 何を想像したのか頬を真っ赤に染め、私から目を逸らす秀吉。こういう反応をする辺り、彼がれっきとした男子なのは明白である。

 

 

 

「あの、皆さんっ」

 

 あれからしばらく遊びまくり、アキ君から譲り受けたらしい映画のペアチケットを賭けた島田さんと瑞希主催の水中バレーもドローに終わって、掃除をする前に昼食にしようとしたところで、瑞希が何か思い出したかのように声を掛けてきた。

 えーっと……今からご飯を食べるんだよね? そんな時に思い出したことと言えば……

 

「人数分用意できなかったから黙っていたんですけど、実は――」

 

 この瞬間、私と男子四人は目まぐるしくアイコンタクトでやり取りする。これから訪れるであろう、命の危機から回避するために。

 

「――今朝作ったワッフルが四つ」

「第一回!」(雄二の声)

「最速王者決定戦!」(アキ君の声)

「ガチンコ水泳対決――っ!!」(私の声)

「「イェーッ!」」(秀吉とムッツリーニの合いの手)

 

 ごめん。自分で便乗しておいて何だけど、ちょっと恥ずかしい。女として恥ずかしい。

 

「ルールは至ってシンプル! このプールを往復して、最初にゴールした人が勝ち! 泳法は個人種目と同じ、自由形としますっ!」

 

 タネも仕掛けもない、単なる水泳競争。だが、一つだけ普通の競争とは異なる点がある。

 それは私達の命が掛かっていることだ。瑞希特製の殺人ワッフルは四つ。私達は五人。つまり、生き残ることができるのは一位――トップだけ。二位以降は何があろうと地獄行きだ。

 

「よくわかんないけど、誰が一番速いのかは興味あるわね」

「体力なら坂本君が一番に見えますけど……」

「……動きの速さなら吉井や土屋も引けを取らない」

 

 雄二より下とか心外である。

 

「……でも、楓なら雄二と良い勝負ができる」

 

 ありがとう翔子。今度デートで使えそうなものをいくつかあげるわ。

 

「そういうことなら、ボクが判定してあげるよ」

 

 工藤さんが審判となり、私達はスタート位置につく。右隣は雄二、左隣はアキ君か。

 審判のコールが響くと同時に、飛び込みの構えを取る。秀吉はともかく、多量の出血で弱っているムッツリーニはその秀吉以上に敵じゃない。となると、問題はアキ君と雄二だ。

 一番厄介なのは体格が良くて体力もある雄二だが、アキ君もなかなか手強い。アキ君は幼馴染みというアドバンテージを活かせば勝てるけど、雄二とは純粋に体力勝負になるだろう。

 

「よーい――」

 

 文字通り、生き残ることができるのは一人だけ。純粋な水泳勝負なら、アキ君と雄二に気を付けてさえいれば勝てる。だけど、この二人のことだ。何かしら仕掛けてくるだろう。

 

「――スタートっ!」

「「くたばれぇぇっ!!」」

 

 審判である工藤さんの合図と同時に、雄二とアキ君が私目掛けて全力の跳び蹴りを放ってきた。やはり直接潰しに来たか――!

 

「甘いわぁっ!」

 

 その場で上半身を後ろへ大きく反らし、二人の跳び蹴りをかわ――

 

 

 ズルッ(私が足を滑らす音)

 

 ゴンッ(私の後頭部がコンクリートとキスする音)

 

 

「あだぁぁぁぁっ!?」

 

 痛い! 頭が痛い! 後頭部がてっぺんから割れたように痛いぃぃぃっ!

 

「最強の敵は封じた! 次はキサマだ雄二!」

「上等だ! この恥知らずが!」

 

 後頭部を打って悶絶する私をよそに、その場で取っ組み合いを始めるアキ君と雄二。

 私は二人にバレないよう、後頭部の痛みに耐えながらプールへ飛び込む。ちゃんと飛び込んだ秀吉とムッツリーニがちょうど折り返そうとしているが、未だに飛び込んでいない二人のバカに妨害されるのがオチだろう。つまり……まだ勝算はある!

 

「勝つ……生きて明日を迎えるために!」

 

 クロール――は無理だからバタフライで折り返し地点まで辿り着き、本当にムッツリーニと秀吉がバカ二人に妨害されている隙に、火事場の馬鹿力で開いていた距離を縮めていく。

 

 ――その時だった。

 

「んむ? そういえば胸元が涼しいのう」

 

 私は泳ぐのをやめてしまった。いや、こればっかりは仕方がないと思う。だってさ……

 

「…………死して尚、一生の悔い無し……!!」

「コレ秀吉の水着!? ごめんなさいっ! 僕は何も見ていません!」

 

 秀吉の水着が取れちゃってるんだよ!? しかも上の方! 私の目の前で!

 

「………もうダメ(ブシャァァァアア)」

「か、楓ちゃん!?」

 

 数秒ほど堪えていたが、上半身を曝け出した秀吉の男らしい姿を直視したこともあり、すぐさまムッツリーニの後を追ってしまった。

 

「き、木下! 早く上を隠しなさい!」

「ワシは、ワシは男なのじゃ! 胸を隠す必要はないのじゃ!」

「我儘言っちゃダメです! 二人とも死んじゃいます! それに土屋君と違って、楓ちゃんは女の子なんですよ!?」

「むうぅぅっ……!!」

 

 私が女子だと言われた途端、それまで嫌がっていた秀吉が一気に大人しくなった。

 ……私はダメなのか。他の女子に見られても平然としていたのに。

 

「……愛子。至急、救急車の手配」

「はーい!」

「いつも楽しそうで羨ましいですっ」

「お姉さま、愛してます……」

 

 その後、私とムッツリーニは何度も峠を迎え、越えながらも、皆の懸命な延命措置でどうにか一命を取り留めたのだった。

 

 

 

「……吉井、坂本、水瀬。話がある」

 

 週明けの朝。鉄人がいきなり現れるなり、珍しく朝の挨拶もなく低い声で私達を呼び出した。朝っぱらから何事だろうか。

 

「断る」

「拒否します」

「お引き取り下さい」

 

 私達が拒否の構えを取ると、鉄人はプール掃除の件で教室全体を揺るがすほどの大音量で怒鳴り出した。何でも掃除を命じたはずなのに、逆に血で汚れたことについて聞きたいようだ。

 まぁ、その原因はどうあがいても私とムッツリーニの大量出血なんだけどね。

 

「説教なんて冗談じゃねぇ!」

「危うく死人が出るところだったんですよ!?」

「私もその一人だったんですからね!?」

「黙れ! お前らの日本語はさっぱりわからん! やはり拳で語り合った方が早い!」

 

 マジかこの人。拳で語り合うって、どこの不良だよアンタは。

 もちろん私達は逃げたが、必死の抵抗も空しくあっさりと捕まってしまい、鉄拳をもらってしまった。それでも事情を説明すると、

 

「……今度の強化合宿、木下だけは風呂を別にする必要があるな」

 

 などと呟いていた。そっか、秀吉だけ男女の枠から外れて別の風呂になるのか。強化合宿の楽しみがまた一つ増えたわね。

 

 

 

 




《吉水コンビの幼馴染み相談所》

「水瀬楓と」
「よ、吉井明久の」
「「幼馴染み相談所っ!」」
「えっと……何コレ?」
「はい。これは生まれた時から幼馴染みである私とアキ君が、異性の幼馴染みがいる人の悩みをサクッと解決していくコーナーです」
「僕の話を聞いてぇっ!」
「ではさっそく、ハガキの紹介といきましょう!」
「だから僕の話を聞いてぇっ!」
「『突然ですが、お二人に相談です』」
「本当に始めたよこの子……」
「『私には許嫁の幼馴染みがいるのですが、彼が性別に関係なく周りの人間に浮気しないか心配です。どう対処すれば良いでしょうか?』」
「性別に関係なく!? まるで楓じゃないかっ!」
「おいバカ馴染み。……失礼。まぁ、気持ちはわかります。その人がいつ新しい性癖に目覚めるか、わかりませんからね」
「確かに。それは一理あるね」
「アキ君が『一理ある』なんて難しい言葉を使えるとは驚きだよ」
「当たり前のように僕をバカにするのはやめるんだ」
「ごめんごめん。あー、サクッと解決するコーナーなので結論だけ言います」
「過程は教えないんだね……」
「――その人の心身に自分の存在を深く刻み込んでください。そうすればその人はあなたに病みつきとなり、浮気なんて真似はできなくなるでしょう」
「怖いっ! 過程を聞くのがすごく怖いっ!」
「以上、『雄二のお嫁さん(十七歳)』さんからのおハガキでしたー」
「それ大丈夫!? 許嫁の名前をペンネームにしちゃってるけど大丈夫なの!?」


「……ところで楓」
「何?」
「僕はこのコーナーがあと一回で終わる気がしてならないんだけど……気のせいかな?」
「気のせいでしょ。あと正確には二回ね」
「二回?」
「そっ、二回」
「へぇ~…………あと二回もやるのか、これ」




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