第一問
「…………」
「…………」
新学年になって二ヶ月が経過し、日没の時刻にも変化が生じ始める時期。強化合宿を明日に控えた私は、真剣な表情のムッツリーニと、卓袱台一つを挟んだ状態で向かい合っていた。
「…………合言葉は?」
「性欲を持て余す」
「…………よし」
警戒するように周囲へ気を配りつつ、懐から三枚の写真を取り出すムッツリーニ。その写真に写っているのは、私が好きで止まない秀吉だ。
ふ~む……メイド服にチャイナドレス、そしてどこかの店の制服であろうウェイトレスか。どの写真もクオリティが非常に高いな。
「…………どれにする?」
「そうだね――全部で」
「…………例の物は?」
私も周りに悟られないよう素早く鞄から一冊の本を取り出し、三枚の写真を受け取ると同時にそれをムッツリーニに差し出す。
やったぜ。これで秀吉の女装写真が持っている分も合わせて五枚になったわ。普通の写真なら十枚もあるけど、こういうのはなかなか手に入らないからね。現物を撮影しない限りは。
ムッツリーニは嬉しそうにその本を自分の鞄に入れるも、すぐにいつものクールな表情に戻って人差し指と中指を立てた。
「…………あと二冊」
「一冊じゃダメ?」
「…………写真一枚につき、エロ――体育の参考書一冊。もしくは現金と引き換え」
「そういうことなら、前者で頼むわ」
念のために持ってきた分のうちの二冊を取り出し、違和感のないようムッツリーニに渡す。今度こそ取引は成立だ。後は自分の席に戻るだけ。
鉄人が来るまでまだ時間はあるし、朝のHRが始まるまで居眠りでもしようと思った瞬間、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……朝っぱらから何をしているんだお前らは」
誰かと思ったら雄二だった。気のせいか、彼のツンツン頭が少し萎れているように見える。翔子と何らかのやり取りでもしたのかな?
「…………ただの談話」
「明日の合宿について話し合ってただけよ?」
「平然と嘘をつくな」
さすがは雄二。私達が咄嗟に考えた完璧な嘘をいとも容易く見抜くなんて。かつて神童と言われただけのことはあるわね。
雄二は私とムッツリーニを交互に見ると、妙に深刻な顔付きで腰を下ろした。
「まぁいい。お前らに相談がある」
「相談?」
私はともかく、ムッツリーニにも相談があるってことは諜報絡みだろう。
まぁ、乗り掛かった船ということで相談には乗ってあげようかな。どうせ寝ることしかやることはないし、何より暇だしね。
「――というわけで、その犯人を突き止めてもらいたい」
「…………なるほど」
「実行犯ねぇ……」
雄二の話によるとこうだ。
今朝、機械オンチの翔子が持つはずのないMP3プレーヤーを隠し持っており、それを雄二が没収して再生したところ、この前の清涼祭で捏造された彼のプロポーズが録音されていた。
しかもその録音された台詞を、翔子は自分の父親に婚約の証拠として聞かせるつもりだったという。私としては、まず証拠以前に法律の壁があることに気づくべきだと思うけどね。
まぁ結論を言うと、その台詞を録画したのは翔子ではなく別の誰か。もう一度言うが翔子は機械オンチ。そんなことができるとは思えない。
「あの子は本当に気が早いわね……」
MP3プレーヤーは未だに雄二が没収したままだが、中身がオリジナルではなくコピーなのが一番の問題だろう。元を消さない限り、同じことの繰り返しになるのは目に見えてる。
つまり雄二からの依頼は、例の台詞を録音し、そのコピーを翔子に渡した人物の特定。盗聴の実行犯を突き止めることだ。
「……手掛かりはないの?」
「残念なことに、一つもない」
「…………心当たりは?」
「それもないな」
困ったわね。犯人へと繋がるものが何一つとしてない。これじゃ八方塞がりだ。
「助けてムッツリーニ! 僕の名誉が危機なんだ!」
三人で考え込んでいると、雄二の後ろから嫌というほど聞き慣れた声が聞こえ、その主であろう少年の行く手を雄二が身体を張って遮った。
「後にしろ。今は俺が先約だ」
「雄二? ムッツリーニ、何かあったの?」
雄二の元気のなさに気づいたのか、間抜け面の少年――アキ君こと吉井明久は目的の相手であるムッツリーニに問いかける。口数の少ないムッツリーニは表情を変えることなく、簡潔に答えた。
「…………雄二の結婚が近いらしい」
誰もそんなことは聞いていない。
「雄二と霧島さんの結婚? そんな決定事項より、僕が女装趣味の変態として認識されそうってことの方が重要だよ!」
「待て! お前が変態だなんて、それこそ決定事項だろうが!」
「ふざけるなこの妻帯者! キサマだけ人生の墓場へ還れ!」
「黙れこの変態! さっさとメイド喫茶へ出勤しやがれ!」
今まで色んな口論を聞いてきた私だが、ここまで酷い口論は生まれて初めて聞いたよ。しかもこの二人、言い争っているうちに泣き出してるし。なんて脆いメンタルの持ち主なんだ。
「…………」
「…………」
「…………傷つくならお互い黙っていればいいのに」
ごもっともである。そしてアキ君はそろそろ私の存在に気づいてほしい。
泣いてるのを誤魔化しつつ、結婚の話程度で済んで良かったと言うアキ君。彼が言うにはペース的な問題で、二人の間にはもう子供ができているものだと思っていたとのこと。
「……明久。笑えない冗談はよせ」
どうやら雄二にとってはこれっぽっちも笑えないらしい。私もその意見には半分ほど同意させてもらう。翔子の味方として。
一応話を聞く気にはなったようで、雄二の隣に腰を下ろすアキ君。雄二はさっきまで私達に話したことを、彼にわかるよう簡潔に説明した。
彼の盗聴被害には思うところがあったのか、罪悪感に押し潰されそうな顔になるアキ君。まぁ実際に加担してたしね。
「…………明久は?」
雄二のターンが終わり、今度はアキ君のターンになった。はてさて、未だに私の存在に気づかない彼の事情は如何なるものか。
「実は――僕のメイド服パンチラ写真が全世界にWEB配信されそうなんだ」
「…………何があったの?」
ムッツリーニの疑問は尤もである。彼の幼馴染み歴十七年の私ですら知らなかった衝撃の事実が、たった今簡潔に明かされたのだから。
さすがに端折り過ぎたと反省したアキ君は、私達にも一からわかるように説明を始めた。
「――そんなわけで、その盗撮犯を突き止めてほしいんだ」
アキ君の話はこうだ。
今朝、登校したアキ君がロッカーを開けると、中に手紙が入っていた。恋文の類だと思った彼は慎重に屋上へと向かって中身を確認したところ、ラブレターではなく脅迫状であることが判明。
教室に戻ったところ、屋上で叫び声を上げたことが仇となって島田さんを筆頭にクラスメイト全員からカッターを向けられたらしい。いくら嫉妬でも限度があると気づいてほしい。
ちなみに連中の嫉妬心はアキ君が自分の隠しているものが、ラブレターではなく脅迫文だと正直に言ったところで収まったらしい。前例があるとはいえ、手のひら返しが凄すぎる。
そして登校してきた瑞希に、最初から話に加わっていた秀吉がアキ君のメイド服写真があったらどうするかと質問したのだが、何をトチ狂ったのか瑞希はスキャナーを買ってその写真を――アキ君の魅力を全世界にWEBで発信すると言い出したとのこと。それが決定打となり、今に至る。
「盗聴の次は盗撮と来たか……」
アキ君の要望も雄二のそれとほぼ同じ、犯人を突き止めること。しかも盗聴と盗撮は同じ諜報の手段だ。もしかすると共通犯の可能性もある。
「俺と同じような境遇だな」
「…………脅迫の被害者同士」
「こんなことで仲間ができても嬉しくないよ……。あと、楓はいつからいたの?」
最初からいたよ。
「――HRを始めるから席についてくれ」
彼らの説明を聞き終えたところで、ガラガラと教室の扉を開けて担任の鉄人がやってきた。どうやら時間を掛けすぎたみたいね。
「…………とにかく、調べておく」
「すまんな。今度お前の気に入りそうな本を、報酬として持ってくる」
「僕も最近仕入れた秘蔵コレクション、その2を持ってくるよ」
「…………必ず調べておく」
その秘蔵コレクションがついさっきムッツリーニの手に渡ったと知ったら、彼はどんな顔をするのだろうか。凄く楽しみである。
「私も、一応調べておくわ。雄二の分だけ」
「そこで僕の分も調べようとは思わないのかい?」
思わない。
「頼む。報酬として今度どら焼きを三つ買ってくる」
「できるだけ調べ上げてやるわ」
利益があることの素晴らしさに改めて感謝しつつ、鉄人に睨まれる前に自分の席につく。その鉄人は全員座ったことを確認すると、明日から始まる強化合宿の説明を始めた。
鉄人が配った冊子が前の席から順番に回されてきたのでそれを受け取り、パラパラと捲って内容を確認していく。……集合場所は卯月高原という少し洒落た避暑地みたいね。
そこへ行くには電車とバスの乗り継ぎでも五時間は掛かるというのに、鉄人は私達にとどめを指すかのように無慈悲な一言を告げる。
「我々Fクラスは他のクラスと違って――現地集合だ」
『『『案内すらないのかよっ!?』』』
あまりにも酷い扱いに、クラスメイトのほぼ全員が涙した。
「う~ん……」
その日の夜。私はアキ君のマンションとは天と地の差もある、オンボロアパートの我が家で調べ物をしていた。もちろんパソコンを使って。電気が通っているのは幸いと言えよう。
調べるとは言っても、普通にネットを開いているわけではない。今朝、雄二から借りた例のMP3プレーヤーをパソコンに繋ぎ、再生したそれを何度も、ヘッドホンを通じて聴いているのだ。
こういうのは録音からそのままコピーされているか、ご丁寧に編集してからコピーの二択だ。無論、私は前者であることに賭けている。編集されたものを弄るのは至難の業だからね。
「全く、どうしてこんなに散らかっているのさ……」
そんな私の努力を知らずに、勝手に人の家を掃除しまくっているアキ君。いやありがたいんだけど、この時間に掃除機はやめてほしいわ。
アキ君は手慣れた感じで掃除機を止めると、生・プラスチック・資源と丁寧に分別した大きなゴミ袋のうちの一つを持ち、玄関から出ていく。別にそこまでしなくてもいいのに……。
「…………ん?」
一瞬、棒読みな台詞の中に違和感のある音が聞こえた。違和感を感じるのはおそらく編集されているせいだろうが、これは間違いなく歓声だろう。編集ミスでもしたのかな?
プロポーズを録音した盗聴器の正確な場所は特定できた。盗聴器自体はあの騒ぎの際に回収された可能性が高いが、その周辺で不審者――犯人を目撃している人がいるかもしれない。
となると、一番手っ取り早いのは情報収集だ。清涼祭の準備期間から当日までの間、会場周辺にいた女子に聞くとしよう。明日の合宿のせいで男子にまでは手が回らないしね。
「どう? 何かわかった?」
ヘッドホンを外したところで、ゴミを捨てに行っていたアキ君が戻ってきた。
長々と説明しても彼には伝わらないだろうし、アキ君お得意の要約で済ませよう。
「とりあえず、犯人が召喚大会の会場付近で動いていたことはわかったわ」
「そんなの僕でもわかるよ」
しまった。これじゃ私がアキ君よりもバカだと思われてしまう。
「……言い方を変えるわ。今回の犯人が、会場のどこでどう動いていたかを把握したよ」
「そっか……ところで、僕の件は?」
「アキ君の件? 何それ美味しいの?」
引き受けた覚えはない。
「…………」
「……冗談よ。だから無言で土下座をするのはやめて」
本当に引き受けた覚えはないし、引き受けるつもりもなかったが、ここまで本気の姿勢を見せられると嫌でも断れない。
アキ君が土下座をやめたのを確認し、彼が掃除ついでに作ったパエリアを食べる。
「それで、引き受けるにしても私は何をすればいいの?」
「……あっ」
口元を引きつらせ、目を泳がせるアキ君。その様子からして、何も考えていなかったのは間違いないだろう。さすがはバカである。
「はぁ……まぁいいわ。例の写真、全部貸して」
「へっ? ……別に良いけど、こんなものどうするの?」
「何か写ってないか調べるわ」
アキ君から例の女装写真を全部受け取り、虫眼鏡を使って細かく調べていく。学校中にマイ監視カメラとマイ盗聴器を仕掛けているムッツリーニと違って、私にできることは限られているからね。
「……それにしてもさ」
「ん?」
「良いアングルで撮れているよね、この写真」
「待て! キサマ何をする気だ!?」
身の危険を感じたのか、私が持っていた写真を取り上げようとするアキ君。いや、別に何かしようとは思ってないんだけど……今は。
そんなアキ君を華麗にかわしつつ、私は写真を調べる。とはいっても、どれもアングル的に設置型のカメラで撮影されたかのように上手く撮られているから犯人まで辿り着くのは厳しいわね。
……世の中、知識だけじゃどうにもならないことがあるんだなぁ。私ゃ悔しいよ。
「別にどうもしないから落ち着きなよ。あと、これだけじゃ無理かも」
「む、無理って?」
「最初はこの女装写真に、もしかしたら犯人へ繋がるようなものが写っているかもしれないと思ったのよ。だけど……そう上手くいくものじゃないね」
雄二の件はどうすればいいか決まったが、アキ君の件は全面的にムッツリーニに任せるしかない。これはもうお手上げだ。
脅迫状の文に関しても、パソコンで打ち込んだもので直筆じゃないから特定は不可能。こんなの、やり方がわかれば誰にでもできる。
「そういうことだから、君の件はムッツリーニに託すしかないね」
「そんなぁ……」
よほど私を頼りにしていたのか、涙目になってしょんぼりするアキ君。同性愛者には見せたらいけない光景かもしれない。
写真を全てアキ君に返し、虫眼鏡を小道具入れに仕舞う。彼には申し訳ないが、私は神のように万能な存在ではないのだ。
「さてと、この話は終わりよ。アキ君、明日の準備は終わったの?」
「全然終わってない」
ドヤ顔で言うんじゃない。
「とりあえず、こっちの準備を手伝って。アキ君の分も後でやってあげるから」
「わかったよ」
ボストンバッグに着替えを入れていき、衣類以外で必要なものをアキ君に持って来させる。
チラッとアキ君の方へ視線を向けると、彼の動きがピタリと止まっていた。何かあったのかな?
「どうかした?」
「……ねぇ、楓」
「何?」
「これは本当に必要なものなのかい?」
そう言ってアキ君が私に見せてきたのは、彼の女装に必要な化粧入れだった。
「もちろんよ。いつ、どのタイミングで君を女装させる機会が来るかわからないからね」
「来ないよ! いや来させないから!」
アキ君はそう言うと化粧入れを没収してしまった。どこに隠すつもりなのだろうか。まぁ、どこだろうと絶対に見つけてやるけどね。
そんなこんなで準備の方は着々と進んでいき、後は遊び道具を残すのみとなった。
「さてアキ君。ここからが大事なところだよ」
「そうだね。どれが良いかな……」
トランプ、すごろく、携帯ゲーム機、危機一髪ゲーム。全部持っていきたいが、向こうでの予定を考えると一つくらいしか遊べない。だからこうして厳選しなければならないのだ。
私的には携帯ゲーム機だが、これについては充電器も必要になるのが玉に瑕だ。それほどデメリットになっていない気はするが。
アキ君も同じことを考えていたようで、真っ先に携帯ゲーム機を手に取った。
「遊び道具と言えばこれでしょ」
「あー、そうなんだけど……」
正直言って不安がある。アキ君は去年、袖の中に携帯ゲーム機を隠していたのが鉄人にバレ、没収されたことがある。私もアキ君の二の舞にならないよう、できるだけ気を付けないと。
私が悩んでいることに気づいたらしく、携帯ゲーム機を置くと同時に、近くにあったトランプを手に取る。
「じゃあ、トランプにする?」
「アキ君がやり方わからないでしょ」
「物凄く失礼なこと言わないでくれる!? さすがの僕でもトランプの使い方は知ってるよ!」
「……一応冗談よ」
実は八割ほど本気だったとか言ったら間違いなく怒られる。
「全く……人生ゲームにする?」
「よく考えたらデカすぎるしダメだね」
「……だよね。なら危機一髪ゲームは?」
「アキ君が樽の中に入ってくれるなら良いよ」
「どうして僕が入らなきゃならないのさ!?」
こんな調子で私とアキ君の準備会議は彼の分も含め、それなりに進んだが、その会議が終わる頃には一日が終わっていたのだった。
そして、結局持っていくのはいつもお世話になっている携帯ゲーム機に決まった。そうと決まれば充電器のコンセント探さないと。
バカテスト 国語
傍線部『私』が何故このような痛みを感じたのか答えなさい。
父が沈痛の面持ちで私に告げた。
『彼は今朝早くに出て行った。もう忘れなさい』
その話を聞いた時、私は身を引き裂かれるような痛みを感じた。彼のことは何とも思っていなかった。彼がどうなろうとも知ったことではなかった。私と彼は何の関係もない。そう思っていたはずなのに、どうしてこんなにも気持ちが揺れるのだろう。
姫路瑞希の答え
『私にとって彼は自分の半身のように大切な存在であったから』
教師のコメント
そうですね。自分の半身のように大切な存在であった為、いなくなったことで『私』はまさに身を引き裂かれたかのような痛みを感じたということです。
吉井明久の答え
『私にとって彼は自分の下半身のように大切な存在だったから』
教師のコメント
どうして下半身に限定するのですか。
土屋康太の答え
『私にとって彼は下半身の存在だったから』
教師のコメント
その認識はあんまりだと思います。
水瀬楓の答え
『私にとって彼は下半身だったから』
教師のコメント
後で職員室へ来るように。