バカと私と召喚獣   作:勇忌煉

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第二問

「坂本君。キミが最後の一人ですよ」

 

 アキ君と雄二が戻ってくると自己紹介が再開された。というか、ついさっきまで先生も教卓の替えを用意しに行ってたらしい。何があったの。

 雄二は教壇に上がると、自信に満ちた表情で口を開いた。

 

「代表の坂本雄二だ。坂本でも代表でも、好きなように呼んでくれ」

 

 赤ゴリラと呼んでも良いのかな?

 

「さて……お前らに一つ聞きたい」

 

 相応の貫禄を身に纏っていそうな雄二は、教室内の各所に視線を移す。

 

 かび臭い教室。

 

 古く汚れた座布団。

 

 薄汚れた卓袱台。

 

 彼が眺めていたのはこの教室の酷さがよくわかる要素ばかりだった。

 クラス全員がそれを眺め終えると、雄二は静かに告げる。

 

「Aクラスは冷暖房完備で、座席はリクライニングシートだが――不満はないか?」

 

『大ありじゃぁーっ!!』

 

 直後、Fクラス生徒の魂のこもった叫びが室内に響き渡った。

 学費だの改善だの不満の声が次々と上がっていくが、私としては冷暖房を除けばさほど不満はなかったりする。

 クラスメイトの反応が良かったのか、雄二は不敵な笑みを浮かべて、

 

「そこで皆に提案だが――Aクラスに『試召戦争』を仕掛けようと思う」

 

 戦争の引き金を引いた。

 

『勝てるわけがない』

『これ以上設備を落とされるなんてごめんだ』

『姫路さんがいれば何もいらない』

 

 すぐさま教室内の至るところから乗り気じゃない人から悲鳴が上がる。最後の一つは悲鳴というよりただのラブコールだけど。

 確かに、最頂点のAクラスと最底辺のFクラスとでは戦力差がありすぎる。乗り気になれないのは仕方がない。

 それにしても、相変わらず雄二は面白いことを考えるわね。のほほんと平和に過ごすよりも刺激がありそうだ。

 

「そんなことはない。俺が必ず勝たせてみせる」

 

 よほどの自信があるのか、絶望的な戦力差を知っているにも関わらず雄二は宣言した。

 

『できるわけがないだろ』

『なら根拠を見せてくれ』

『水瀬さん愛してます』

 

 勝手に愛されても困る。

 

「それを今から見せてやる。……おい康太。畳に顔をつけて姫路と水瀬のスカートを覗いてないでこっちに来い」

「…………!!(ブンブン)」

「え? は、はわっ!?」

 

 十八番の不敵な笑みを浮かべ、必死に顔と手を左右に振り否定する男子生徒を指名する雄二。

 瑞希はスカートの裾を押さえているが、私はもうこうなっては手遅れだということがわかっているので特に何もしない。……後でちょっぴりお話はするけどね。

 覗き犯の彼は顔にはっきりとついた畳の跡を隠しながら雄二の横に立つ。あんなに堂々とスカートの中を覗き込むなんてアキ君にもできない。こういうのを別格と言えばいいのだろうか。

 

「こいつがあの有名な寡黙なる性識者(ム ッ ツ リ ー ニ)だ」

「…………!!(ブンブン)」

 

 彼の本名である土屋康太という名はあんまり有名じゃないが、今挙げられたムッツリーニという名はそうでもない。

 男子生徒からは畏怖と尊敬の意を、女子生徒からは軽蔑の意を込めて挙げられる。

 名の由来は大方ムッツリスケベとムッソリーニでも掛けたのだろう。

 

『ムッツリーニだと……!?』

『ヤツがそうだと言うのか?』

『見ろ。あんなにはっきりとしている覗きの証拠をまだ隠そうとしているぞ』

『ムッツリの名に恥じない姿だ……!』

 

 とりあえずムッツリーニという名は恥じるべきだと思う。

 本人は未だにシラを切ろうとしているが、顔についた畳の跡がそれを許してくれない。それでも自分の意思を貫くのはある意味凄いわね。

 瑞希はムッツリーニという名前の由来がわからないのか、可愛らしく首を傾げている。知らない方が幸せだろう。

 

「姫路と水瀬のことは説明する必要もないだろう。皆もその実力は知ってるはずだ」

「わ、私と楓ちゃんですか?」

「ああ、二人ともウチの主戦力だ」

 

 瑞希が主戦力なのはわかるけど、なんで私が主戦力になるのかな?

 まあ確かに勉強はできる方だ。でも瑞希のように万能じゃない。私にだって苦手な科目の一つや二つはあるのだから。

 

『そうだ。俺達には姫路さんと水瀬さんがいるんだ』

『二人ならAクラスにも引けをとらない』

『姫路さんがいるし何もいらない』

『水瀬さん付き合ってください』

 

 そろそろ私と瑞希に気持ち悪いほど熱烈なラブコールを送る間抜けを特定する必要があるわね。

 

「木下秀吉もいる」

 

 秀吉は演劇部のホープであること、成績の良い木下優子の双子の弟であることでは有名だったりする。学力は高いとは言えないが、おそらくアキ君よりはマシだろう。

 そういえばAクラスには誰がいるのか?

 まず翔子は確実だ。実際に見たし。後は……久保利光と木下優子かな。知っている人では。この三人はなかなかの難敵だよ。

 

「当然、俺も全力を尽くそう」

 

 今度は雄二自ら名乗り出た。学力こそ落ちてはいるだろうが、かつて神童と呼ばれたその頭脳は勉学以外でも活かされるだろう。それに加え、他の人にはないカリスマ性も持っている。それだけでも充分役に立つはずだ。

 気づけばクラスの士気は鯉のぼりのごとく確実に上がっていた。このままいけば皆がフィーバーでもしちゃうかもしれない。

 

「それに吉井明久だっている」

 

 

 ……シン――

 

 

 上げて落とすとはまさにこの事ね。

 

「どうしてそこで僕の名前を言うのさ! そんな必要なかったよね!?」

『誰だ吉井明久って』

『そんなヤツ見たことも聞いたこともないぞ』

『あ、もしかして水瀬さんが教育してるって言ってたバカのことじゃないか?』

「ホラ! 折角盛り上がりつつあった士気が下がってるし! それと楓は僕の教育係じゃなくて幼馴――って、なんで僕を睨むの? 士気が下がったのは僕のせいじゃないよね?」

 

 なんかよくわからないけど、アキ君と私が幼馴染みという事実はしばらく伏せておいた方が良さそうだ。アキ君のためにも。

 

「知らないようなら教えてやる。こいつの肩書きは《観察処分者》だ!」

 

 観察処分者。いわゆるバカの代名詞である。

 わかりやすく言えば教師の雑用係であり、力仕事などの類いを物に触ることのできる特別な召喚獣でこなすというものだ。

 本来、試験召喚獣は他の召喚獣にしか触ることができない。実体がないと言ってもいい。でもアキ君のそれは物に触れちゃう特別製。しかも召喚獣は最低でもゴリラ並みのパワーはあるとされる。つまりそれが物理的に再現されるんだよ。

 

『ちょっと待て。《観察処分者》ってことは召喚獣がやられると本人も苦しいってことじゃないか』

『つまりおいそれと召喚できないヤツが一人いるってことになるぞ』

 

 当然だが、《観察処分者》にはメリットとデメリットが存在する。

 前者は雑用をこなすために召喚獣を使う分、その操作技術が他よりも優れているという点だ。

 後者は召喚獣の受ける負担が召喚者にも返ってくるという点、簡単に言うと感覚の共有である。

 

「気にするな。いてもいなくても変わらない雑魚だ」

「そこは僕をフォローするところだよね?」

「とにかく、俺達の力の証明としてまずはDクラスに仕掛けようと思う」

 

 あ、スルーされた。

 

「この境遇は大いに不満だろう?」

『当然だ!!』

「ならば全員ペンを執って出陣の準備だ!」

『おおーーっ!!』

「最頂点のAクラスに、俺達Fクラスの真の実力を見せてやろうぜ!」

『うおおおーーっ!!』

「お、おー……!」

 

 下がっていたクラスの士気は一気に有頂天となった。瑞希も瑞希なりに有頂天だったりして。

 どうしてEクラスではなくDクラスなのかは少し気になるが、後で雄二に聞けばいい。

 

「まずは明久にDクラスへ宣戦布告をしてもらう。開戦予定時刻は今日の午後だ。大役を果たせ、明久!」

「…………下位クラスの宣戦布告の使者って大抵酷い目に遭うよね?」

「ふふっ、ご愁傷さま」

「縁起悪いこと言わないでよ楓……」

 

 ほらほら、もっと私に刺激という名のスパイスをくださいなアキ君。

 結局、雄二に諭された(騙された)アキ君は宣戦布告のためDクラスへと向かっていった。

 

「ねえ雄二」

「なんだ水瀬」

「さっき言ってた危害を加えられない件、どこまでが本当のことなの?」

「最初から最後まで嘘だ」

 

 嘘つき。

 

 

 ★

 

 

「騙されたぁっ!」

 

 数分後、アキ君がボロボロになって教室に転がり込んできた。どうやら見事なまでにリンチされてしまったようだ。

 私が行ってもこうなるのかな? そこんとこは大丈夫だと思いたいけど……。

 

「やはりそうきたか……」

「やはりってなんだよ! やっぱり僕がこうなることのは予想通りだったのか!」

「だから言ったじゃん、ご愁傷さまって」

「だから縁起悪いからやめてよそれ!」

 

 アキ君に非難の視線を向けられたがスルーしておこう。

 

「ていうか、そうなるのは水瀬の言葉で予想できたはずだが?」

「『ご愁傷さま』は楓の口癖だからそんな簡単に予想できないんだよ! 少しは悪びれろよ!」

「どうでもいい。今からミーティングを行うぞ。ついてこい」

 

 雄二はアキ君を軽くあしはらうと、扉を開けて外に出て行った。少しくらい労いの言葉でも掛けてやればいいのに。

 どうやらミーティングは教室ではなく別のどこかで行われるようだ。

 

「あ、あのさ……」

「ん?」

 

 声を掛けられて振り向くと、アキ君の天敵らしい島田美波さんがいた。

 彼女は少し息を吸い込み、しっかりとこちらを見ながら意を決したように口を開く。

 

「ウチは島田美波。あんたが……その……吉井の幼馴染み?」

「あ、どうも。アキ君の幼馴染みの水瀬楓です」

 

 一人称が『ウチ』ということは関西人だろうか? いや、にしては普通の口調だし……まあいいか。とりあえず雄二を追いかけよう。

 瑞希と島田さんにボロクズ状態のアキ君を任せ、秀吉とムッツリーニと共に教室を後にした。

 

 

 

 


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