問 以下の問いに答えなさい。
団体が政策に影響を与えようと、政治家に働きかける事を何と言うでしょう。
姫路瑞希の答え
『ロビー活動』
教師のコメント
正解です。さすがですね、姫路さん。
議員が外部の人間と面会できる控室『ロビー』で活動していた事から、そう呼ばれています。
島田美波の答え
『合コン?』
教師のコメント
王様だーれだ?
水瀬楓の答え
『追い出しコンパ』
教師のコメント
誰を追い出すんですか?
「…………今朝よりも状況が悪化している」
私が雄二や秀吉もいるアキ君の席に座ったところで、ムッツリーニはもう一度そう言いながらお得意の小型録音機を取り出した。
そして再生ボタンを押す。そのスピーカーからは雑音交じりの会話が聞こえてきた。この声は……瑞希?
『つ、土屋君っ。明久君のセーラー服姿の写真を持っているって噂は本当ですかっ?』
『……一枚一〇〇円。二次配布は禁止』
『二次配布は禁止ですか……。残念です……。でも、私個人で楽しむだけでも充分に』
――ブツッ
なんだ今の会話内容は。
「…………再生するファイルを間違えた」
どうやら間違いだったらしい。もしも今のが本物だったら内容を複製してもらっていたところだよ。ていうか後でしてもらおう。
アキ君が今のを聞いてガタガタと喚くも、雄二がつまらんことだと言って彼を落ち着かせる。いやまぁ、面白い内容ではあったけどね?
「どうして僕の女装写真が秀吉の写真と同じように裏で取引されてるの!?」
「ちょっと待つのじゃ明久――」
「あれ裏取引だったの!? てっきり普通の商売かと思ってたのに! 私はそう思って普通に取引に応じていたよ!」
「待つのじゃ水瀬! お主も今の件に一枚噛んでおるのか!?」
騙された。ムッツリーニが隠すことなく写真を売ってくるものだから通常販売だと思っていたのに、まさか裏での取引だったとは。
「…………本物はこっち」
そう言ってポケットから同型の機械を取り出すムッツリーニ。一体いくつ録音機を持っているのだろうか。
『えーっと、アキ君のセーラー服姿の写真と、秀吉の半裸の写真を三枚ずつ』
『…………例の物は?』
『はい、今回も巨乳とポニーテール物だけど』
『…………一冊足りない』
『また? んーと……あったあった。万が一に備えてアキ君の部屋から』
――ブツッ
「…………また間違えた」
さすがに今の会話は聞き覚えがあるぞ。コイツわざとやってないか?
「バカエデ貴様ぁーっ! どうりで僕の部屋からエロ――体育の参考書が減ってると思ったよ!」
「ワシのは、半裸じゃと……。一体いつ撮られたのじゃ……!?」
撮られた覚えがない秀吉は意味もなく胸元を隠しながら赤面し、
「もう怒った! ここでキサマとの決着をつけてやる!」
アキ君は憤怒の表情で私に掴み掛かってきた。これのどこが良いのか、島田さんと瑞希に三十分ほど問い掛けたいところである。
「後にしなさいよそんなこと! どうせ私が勝つんだから!」
「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃないか!」
「やらなくてもわかるわよ! 君が私に勝てる要素は一つもないんだよ!?」
今日はやけにバカと取っ組み合いになるなぁ。これで三、四回くらいは同じことしてるよ。
私とアキ君が喧嘩してる間にも、ムッツリーニは三度目の正直と言わんばかりに本物の方を流し始めた。いやいやこの状況を何とかしてからにしてよ。私が聞けないじゃん。
ちなみに聞こえてきた会話の内容は、試召戦争の準備を進めているものだった。Dクラスはさっき大人しくなったことが確認されている。だからこれはそれ以外のクラス。それも男子が会話しているとなると……。
「……今のBクラス?」
「…………正解」
やはりか。Bクラスの代表は一応男子である根本だ。全体的な状況から考えると、これが他のクラスだったら発言力の勝る女子が会話しているはずだからね。
全く、本当に姑息なことしか考えないわね、あのキノコ野郎も。まさか仕返し以外の目的でこっちに仕掛けるなんて。それもこのタイミングで。
雄二も同じことを考えていたようで、私と共に納得するように頷きながら呟いている。こういうことに関してはマジで頭が回るのねコイツ。
「いや、根元の狙いは恐らく仕返しだけじゃない」
「え? 違うの?」
私との取っ組み合いをやめ、雄二の言うことに首を傾げるアキ君。秀吉も同じくわかっていないようで、可愛らしく首を傾げていた。まぁ、雄二の言うことは本当にまどろっこしいから無理もないけどね。
秀吉がアキ君に代わって問い掛けると、雄二は少し険しい表情で答えた。
「アイツの目的は俺たちへの仕返しと――自分への非難を抑えることだ」
クラス代表でありながら、元から人望のなかった根本。しかも私達Fクラスとの試召戦争では卑怯な手を使ったにも関わらず、勝つことができなかった。そして合宿での覗き騒動。アレにも参加したことで、今の奴はBクラス内での居場所をなくしているはず。クラスメイトからの信頼がどうなったかなんて言うまでもない。
「ここで問題だが、国情の不安が顕著になった場合、為政者はどういった対応をすると手っ取り早く大衆の不満を抑えられると思う?」
「? え、えっと……」
この問題の答えは『外部に共通の敵を作ること』だ。そうすれば自分へ向けられた怒りや不満をその敵に肩代わりさせることができるし、恨みがあった場合は晴らすこともできる。
普通に考えると難しいかもしれないが、『大衆の不満を抑える為にはどういった行動が適切か』に視点を向ければ、問題の難易度はグッと下がる。まぁ、Fクラスの彼らには難題だろうけど。
雄二に今挙げた点を言われると、考え込むどころか思考が追い付いていなかったアキ君は、それなら簡単だと言わんばかりに答えた。
「香水をつける」
「恐ろしいほど奇抜な解答だな」
「…………度肝を抜かれた」
「どっから香水が出てきたの?」
いやマジでどっから出てきたのよ香水。まさかとは思うけど、『大衆』を『体臭』と聞き間違えたとかじゃないよね?
「えっ、違うの!? だって、前にTVで『体臭を抑える為に香水をつける』ってヨーロッパの人たちが言ってたよ!?」
よく覚えてたなそんなこと。ていうか本当に聞き間違えていたとは思わなかった。
度肝を抜く解答をしたアキ君に代わり、秀吉が『恐怖で抑えつける』と答えた。なるほど、恐怖政治か。答えとしては惜しいかな。まず行うだけの力がいるし、何より手っ取り早くない。
雄二も手段の一つしてそれを知っていたが、答えとしては不正解なので首を縦に振ることはなかった。さて、次は私が答えるか。
「答えは『外部に共通の敵を作ること』よ。だよね?」
「そうだ。俺たちの日常生活でもそうだが、同じ敵を持つ人間というものは若干の不和があったところで結束し易い」
さっきも言ったがこれが今回の問題における正解だ。別に驚くことでもなければ、不思議なことでもない。歴史上の人物にだってその手のやり方を実行した奴は意外といるからね。
まぁ、簡潔に言えば根本の目的は『汚名返上と発言力の向上』である。現在進行形で起きているこの状況、奴にとっては相当美味しかったみたいね。
しかも普段ならともかく、女子以外点数の補充ができていない今のFクラスじゃ、どんなに効率の良い作戦を立てても勝ち目はない。まだDクラスに攻め込まれる方がマシである。
ここは焼け石に水でしかないが、最後のあがきとしてバカ共に点数補充をさせるしかない。そう思ったところで、雄二は口を開いた。
「……いや、余計なことはしない方がいい」
「え?」
「は?」
なんで却下したんだコイツ。私でもここは可能な限りの備えをさせるべきだと思っているのに。まさかここに来て良い考えがあるとか言うんじゃないだろうな?
私の予想は当たっていたようで、雄二は考えるまでもないと言うように、次から次へと作戦の内容を明かしていく。さすがの私でもついていけるか怪しいので、脳内で簡単にまとめることにする。
えーっと……『Bクラスに宣戦布告されるまでの時間を稼ぎ、その間にBクラスが戦争を出来ない状況――つまり私達が他のクラスと戦うという状況を作り上げる』で良いかな?
長すぎるでしょこれ。まとめたは良いが長すぎるでしょこれ。だけどこれだけの内容を思いつく雄二には舌を巻かざるを得ないわね。私じゃ無理だわ。
ちなみに他のクラスという枠にはDクラスが選ばれた。最初の一件を煽れば、こちらの思惑に乗ってくれる可能性はあるかもしれない。というか選ばれた理由がそれだし。
そのため向こうから宣戦布告をさせる必要があるけど、それさえできればBクラスから宣戦布告をされることはなくなるだろう。こちらがDクラス相手に負けないように粘り続け、その間に点数補充を済ませる。そうして私達が万全な状態になれば、さすがのBクラスも攻めてこないだろう。
「Dクラスが相手なら勝算はないけど、負けないことはできる。そう言いたいのね?」
「そうだ。つまり引き分けの為に戦う。さっきはそれが面倒でやりたくなかったが、今は状況が状況だからな……」
「でもさっきの話だと、やっぱり戦争はするんだよね? だったら午後を点数補充に使えばいいと思うんだけど」
「アキ君、さっきのムッツリーニの情報を思い出して」
雄二にその耳は飾り物だと言われながらも、嫌な顔一つせずに考え込むアキ君。
「ムッツリーニ! 一枚一〇〇円は安過ぎるよ! 秀吉は五〇〇円なのに!」
そして物凄くどうでもいいことを思い出しやがった。いやどうでもよくはないが、今求めているものは間違ってもそれじゃない。
彼の発言に思うところがあったのか、秀吉は圧を掛けるように二人を問い詰めていく。あの勢いで私に壁ドンしてくれないだろうか。
「そういえばムッツリーニ、私の写真はあるの? あるとしていくらなの?」
ここまで来ると気になったので聞いちゃうことにした。女子に目がないムッツリーニのことだ。売っていない女子の写真はないはず。
私のそれはまだ売り出していなかったのか、ムッツリーニは少し考えてから一言だけ呟く。
「…………三〇〇円」
勝った。
「僕は楓よりも安いの!?」
「むぅ、三〇〇円か……」
私よりも値段が安かったことを嘆くアキ君と、自分の財布の中身を確認する秀吉。どうしてこうも同じ男子で反応が違うのか。
「お前ら全然危機感抱いてないだろ」
うん。だっていざとなれば私一人でどうにかできるし。数学さえなければ。
さっき根本は『こちらの動きを気取られたら即座に宣戦布告を行う』と言っていた。これは私達に勘付かれるまで点数補充を続けるという意味だが、これは逆に言えば連中の準備が整うか私達に勘付かれるまでは宣戦布告をしてこないという意味でもある。
念には念を入れよというが、それが仇になるとは根本も思わないだろう。
しかも今、試験召喚システムはメンテナンス中のため、メンテナンスが終わるであろう明日までは試召戦争ができない状態にある。つまり私達には明日まで猶予があるのだ。
「さて、これからDクラスからの宣戦布告を受ける為に工作を始める。期限は今日一杯だ」
「また清水さんを煽るの? しかも今度は演技で」
「あぁ。今朝の一件を利用する」
今度は逆にアキ君と島田さんをくっつけるのか。アキ君はともかく、島田さんはまだお怒りのはず。演技とはいえ、そう簡単にはいかないわよ、これ。
アキ君もそれがわかっているので無理だと抗議するも、雄二は『それでもなんとかするんだ』とたった一言で彼を抑え込んだ。
「演技に関しては秀吉に任せる。ムッツリーニは情報収集及び操作、俺は作戦が成功した時の為に対Dクラス戦の用意を始める。水瀬は明久の補佐を頼む」
「了解じゃ」
「…………わかった」
「あいさー!」
「な、なんてことに……」
全くよ。アキ君のせいで大変なことになりそうだわ。刺激的で良いけど。
「それで、ウチにどうしろって?」
「アキ君と付き合ってほしいのよ。周りが羨ましがって、アキ君を殺しそうなほどの殺気を湧かせるレベルでベタベタしてちょうだい。もちろん演技だからその辺は安心していいよ」
教室に戻ってきた女子二人に事情を話したのだが、案の定島田さんはまだ怒っていた。さっさと水に流しなさいよ。めんどくさいわねぇ。
「絶対にイヤ」
「つべこべ言わずにやれよ」
「えっ」
なんだ今のは。そう言いたげに、島田さんはアキ君に向けていた視線を私に向けた。
うーむ、ちょっと昔の自分を出してみたんだけど失敗だったかな? やっぱり我が儘を言う子供を宥める感じにするべきだったか……。
「ごめん美波。楓は短気だからたまに口が悪くなるんだよ」
待て。その情報初耳なんだけど。
「ち、ちなみに瑞希には二人の仲を妬む役を頼みたいんだけど」
「ね、妬む役ですか?」
「うむ。明久と島田の演技だけでは現実感に欠けるからの」
ナイス秀吉。それでこそ私の天使だ。これで気まずさからも解放される。
瑞希はアキ君が好きだということもあり、酷く葛藤し始めた。一方の島田さんは……。
「ウチはなんと言われてもイヤ。こんなバカと恋人同士だなんて……」
グチグチと渋っていた。どんだけ引き摺れば気が済むのよこの子は。相手がアキ君だったんだから結果オーライでしょうに。
こうなったら魔法の一言を使うしかないわね。ゴリ押しにはこれがちょうど良いわ。
「じゃあ私がアキ君を食べても大丈夫だよね?」
「冗談じゃ……え?」
またしても固まり、私を凝視する島田さん。魔法の一言を言ったつもりなんだけど、何かおかしいところでもあったのかな?
よく見ると島田さんだけでなく、アキ君や雄二も呆れるように固まっている。秀吉と瑞希も顔を真っ赤にし、ムッツリーニに至っては溢れ出る鼻血に抗っていた。
「……水瀬。今のもう一度言ってみろ」
「えっ? だから私がアキ君を食べても大丈夫――」
「だ、ダメですっ! そんなことしちゃダメですよ楓ちゃんっ!」
「そうじゃ水瀬! 今はそんなことをしておる場合ではないぞ!」
雄二に言われた通りにもう一度言おうとしたところで、我に返ったかの如く秀吉と瑞希が怒り出した。この二人には刺激が強すぎたのかな?
島田さんは言葉の意味がわからなかったようで、首を傾げながら考え込んでいた。アキ君と雄二はまたかと言いたそうにやれやれと呆れている。さすがのアキ君も慣れたみたいね。
「まぁ、あれよ島田さん。この状況をどうにかしないと、また瑞希が転校の危機に陥る……なんてことになりかねないのよ。さすがにこの意味はわかるよね?」
嘘は言っていない。清涼祭のときもそうだったけど、瑞希はクラスの設備の悪さとクラスメイト達のバカっぷり、そして室内の環境の悪さで親に心配され、転校させられそうになったことがある。
さすがの島田さんもアキ君ならともかく、同じ女子で友達である瑞希を見捨てることはないだろう。ていうかできないだろう。
「うっ」
ほら、食いついた。
「あのさ、これって相手が僕じゃなければいいんじゃないかな?」
チッ、アキ君の癖に痛いところを突いてきやがった。確かに彼の言う通り、島田さんの相手は男子であれば別に誰でも良いのだ。
瑞希もそれは良い考えだと賛同する。まぁ、自分の好きな人が演技とはいえ他の女の子と一緒にいるところを見るのは心が痛むもんね。
「雄二とかどうかな?」
「ほほぅ。お前は俺に死ねというのか」
雄二はダメだろう。間違いなく翔子がすっ飛んでくる。そうなれば彼の人生は終わりを告げてしまう。
「それじゃ、ムッツリーニは?」
「…………盗聴器の操作がある」
ムッツリーニもダメだろう。彼はここにいるメンバーの中じゃ唯一の諜報係であるため、様々な場面で重宝する。それに彼は初心だ。島田さんと接触しただけで鼻血を大噴射するだろう。
「う~ん……他には……あっ、楓とか!?」
「待ちなさいバカ」
なんでそこで私の名前が出てくるのよ。私は君達と違って女子なんだけど。島田さんとは同性なんだけど。
まぁ、私的には何の問題もないが、島田さんはその限りじゃない。何を言っているんだ、といった感じの目付きでアキ君を見つめている。
「アンタ本当にバカね……」
「ところで明久よ。ワシの名前が飛ばされた気がするのじゃが、他意はないのじゃろう?」
他意しかないと思う。というかそうだった。何か違和感があると思えばれっきとした男子である、木下秀吉の名前が出されていないではないか。
でもまぁ、よく考えると代役は無理があるかな。今朝のことが誤解だと知っているのは一部の連中だけ。それ以外の生徒はまず信じないだろう。下手すると教師も信じ込んでいるかもしれない。
雄二もそう思っていたようで、全く同じことをアキ君に言っている。生徒全員に誤解だと思わせるのは至難の業だからね。仕方ないね。
このあと瑞希がアキ君と島田さんに頭を下げてまで協力を申し出たことで、アキ君はもちろん島田さんもついに折れた。