バカと私と召喚獣   作:勇忌煉

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 バカテスト

 問 以下の問いに答えなさい。
 味噌に足りない栄養素と、それを補うために味噌汁に入れると良い具材の例を挙げなさい。



 吉井明久の答え
『ネギ』

 教師のコメント
 正解です。
 他にもタマネギや春菊などのビタミンCが含まれる野菜が良いでしょう。味噌はビタミンB群が豊富で、大豆蛋白質も含まれるのでとても健康に良いです。反面、塩分が多めですので、塩分の取りすぎに注意しましょう。


 姫路瑞希の答え
『ビタミンC オレンジ 塩酸』

 教師のコメント
 それは料理ですか?


 水瀬楓の答え
『トマト』

 教師のコメント
 それは味噌汁に入れてはいけない具材です。





第五問

『あのね、ウチは、アキのことが――』

 

 しおらしく、弱々しく言葉を紡ぐ島田さん。録音機で二人の会話を聞いているので、音声以外の状況がどうなっているかはわからないが、アキ君もアキ君で顔を赤くしているに違いない。

 私と秀吉と雄二とムッツリーニが録音機に耳を傾ける中、島田さんはついに私達が聞きたかった言葉を――

 

『アキのことが――嫌いなのっ!』

 

 最悪だバカ野郎。

 

『初めて会った時からずっとアキのことが嫌い! あれから友達として傍にいるのがずっと辛かった! 本当は友達でいるなんて、我慢できなかったのに!』

 

 おかしい。好きと嫌いが逆になっている。好きが嫌いになっているせいでアキ君がボロクソ言われている。こんなに斬新で、ふざけるのも大概にしろと言いたくなる告白は初めてだ。

 現実どころか漫画や小説、アニメの世界ですら聞いたことのない告白をされたアキ君は、彼女を宥めるかのように告白の返事をした。

 

『僕もずっと、同じ気持ちだった』

 

 そしてこちらまで響いてくる、打撃音。おそらくアキ君が島田さんに顔面パンチをお見舞いされた音だろう。なんでここまで聞こえてくるのか謎だが、さすがにこれは理不尽だと思う。

 

「……ねぇ、何コレ?」

「俺に聞くな」

「…………玉砕」

「むぅ……酷い失態じゃのう」

 

 録音機から聞こえる音声のみで向こうの詳しい状況はわかっていないが、言っておくとこれは例の演技である。たった今大失敗したけど。

 

 

 

 

 

 

 

「まったくお主らは、なんという失態を……」

「島田さんはまず謝ろう? 悪いことをしたら謝るってお母さんに教わったでしょ?」

「ちょ、それさっき僕が言った台詞――」

 

 大失敗をしたアキ君と島田さんがFクラスに戻ってきた。この調子だとコイツらに恋人の演技は無理じゃなかろうか。

 島田さんはアキ君に頭を下げて一言謝ると、アキ君と共にそれとこれとは別だと言わんばかりに私と秀吉に抗議してきた。

 

「だ、だってあんな台詞言えるわけないもの! もしかしたら録音されているかもしれないのよ!?」

「そ、そうだよっ! それに美波があんなに可愛い台詞を言えるわけがあれ? 右手の感覚がなくなってきたような?」

 

 さっそくこれである。アキ君の右肘が酷いことになっていた。

 

「だよね! 島田さんにあんなに可愛い台詞を言えるわけがないもんねっ!」

「わ、わざわざ僕の言いたかったことを代弁するなバカエデ……っ!」

 

 もう一度言ったのは私なのに、アキ君に右肘がさらに悲惨なことになった。どうも島田さんの表情を見る限り、『アキ君が二人いてどっちを攻撃すればいいかわからない』という感じだろう。

 とりあえず島田さんをアキ君から引き剥がし、お尻を引っ叩いて落ち着かせる。セクハラでしかないが問題ないだろう。

 

「な、なんでそこを叩くのよ!?」

「あれ? もしかして胸の方が良かった? その水平線のような胸の方が――おっと」

 

 顔面に拳が飛んできたので、少し右に逸れてかわす。アキ君なら綺麗に当たっていたに違いないが、私はそんなに甘くないよ。

 

「ごめんごめん。お詫びに秀吉がお手本を見せてくれるから許してね」

「んむ? 別に良いが……」

 

 そう言って秀吉は島田さんの台本を手に取ると、少しの間それをじっと見つめていた。

 私としては秀吉に矛先を向けさせて煙に巻きたかっただけだが、これはこれで良いだろう。

 台本の内容を暗記し終えたらしい秀吉は、アキ君の手を取ると弱々しく握り締めると、頬を染めた状態で顔を上げた。

 

「わざわざこんなところに呼び出してごめんね、アキ……。あのね、ウチは……アキのことが好きなのっ!」

「「!?」」

 

 いきなり秀吉が島田さんの声で、島田さんの口調でアキ君に告白した。どうしてだろう、演技だとわかっているのに胸が痛む。

 言葉に言い表せないほど可愛らしくなった秀吉は、まるで周りの視線なんぞ知ったことかと言うように言葉を紡いでいく。

 

「初めて会った時からずっとアキのことが好き! あれからただの友達として傍にいるだけなのがずっと辛かった! 本当はただの友達でいるなんて、我慢できなかったのに!」

 

 羨望と嫉妬から来る衝動を必死に抑えつつ、秀吉の言葉に耳を傾ける。本当に演技なのかわからなくなってきた。これが秀吉の口調と声だったらどうなっていたことやら。

 

「アキ……。あんなことしちゃった後で今更だけど、改めて……貴方のことが好きです。ウチと、付き合って下さい」

「母さん……。今僕は、初めて貴女に心から感謝します……」

「――とまぁ、こんな具合じゃ」

 

 やっと終わった。そう思いながら皆に見えないよう胸元を押さえ、壁に額を当てる。本当に、本当に演技で良かった……。

 瑞希と島田さんが秀吉の演技をべた褒めしていたが、私はそんな気になれない。演技と現実の区別がつかない自分を情けなく思ったからだ。

 

「か、楓ちゃん……?」

「っ! な、何?」

 

 心配そうな顔で瑞希が覗き込んできたので、悟られないよう平静を装う。

 

「大丈夫ですか? 凄く苦しそうな顔をしていましたよ?」

「大丈夫、大丈夫だから……。瑞希は自分のことに集中してなよ」

 

 心配してくれるのは嬉しいが、この場合は別だ。できることならそっとしておいて欲しかった。

 ……うわ、汗びっしょりじゃん。いつの間に掻いてたのかな? これじゃ勘の良い秀吉と、幼馴染みのアキ君には気づかれちゃうよ。

 ポケットからハンカチを取り出し、瑞希の後ろに隠れて汗を拭き取っていく。ちょ、瑞希の背が低いせいで隠れにくいんだけど……。

 

「大丈夫? 水瀬さん……」

「大丈夫だって。大袈裟なんだから」

 

 私を心配してくれる瑞希と島田さんを強引にごまかし、何でもないよというアピールのため、ムッツリーニに話しかける。秀吉にまでこっちに来られると困るからね。

 

「ムッツリーニ、屋上での会話は清水さんに伝わったの?」

「…………微妙」

 

 微妙だったようだ。それでも一応、接触不良を装っておいたとのこと。この辺りはさすがムッツリーニというべきか。

 今度こそ恋人同士を演じてもらうと秀吉に釘を刺され、言葉を詰まらせるアキ君と島田さん。あんな迫真の演技を見せられた後じゃ断れるわけがないのだ。断ったらシバいてたけどね。

 午後の授業は自習で、他のクラスでは生徒のほとんどが点数補充という目的でテストを受けているため、教師陣もそっちに手を回している。つまり教室を抜け出しても見つかる確率が低いのだ。

 それを利用することにした秀吉は、逢引の演技をさせるべくアキ君と島田さんに腕を組むという要求をした。もちろん関節技のそれではなく、恋人同士がイチャついているときにやるものを。

 

「き、木下君。べ、別に腕を組む必要はないんじゃ……?」

 

 思うところがあったようで、瑞希は秀吉に異議を申し立てた。いくら演技でも限度があると思ったようだ。

 しかし、演劇部のホープである秀吉がそれを許してくれるはずもなく、瑞希の言い分はスルーされてしまった。

 結局、アキ君と島田さんは演技のために腕を組むことになり、舞台も屋上に決まった。

 

「じゃあ、行こうか美波」

「……一応腕は組むけど、他のところに触ったりしたら殺すからね」

「触れるほどのものはないでしょうに」

「ちょっと待っててアキ。ウチは水瀬さんと大事な話があるから」

「落ち着くんだ美波。バカエデ相手に無駄な時間を使う必要はないよ」

 

 酷い言われようである。二人の緊張をほぐそうと少しからかっただけなのに。

 それでも少しは緊張が解けたようで、二人は腕を組みながら教室を後にした。

 

 

 

 

 ……島田さんの腕の組み方、如月ハイランドで翔子が雄二にやっていたものと同じものだった。アキ君は大丈夫だろうか?

 

 

 

 

 

 

「失敗もいいところだカス野郎」

 

 またしても大失敗だった。

 

「坂本君、失敗ってどういうことですか?」

 

 あの後、一体何があったのか右腕を押さえているアキ君と上機嫌の瑞希、そして大激怒の島田さんが戻ってきたのだ。

 いや、何があったのかはわかる。あのまま間違った腕組みを続けたことでアキ君の右腕が限界に達し、演技そっちのけで島田さんを置き去りにする形で、演技で出て行った瑞希の後を追う形で、保健室に向かうべく屋上から離脱したのだろう。

 まさか本当に拗れてしまうとは思わなかった。いくら私でもこれを修復するのは無理があるよ。

 

「どうもこうもあるか。このバカが最後に逃げ出したせいで、やってきたこと全てが台無しだ」

「まぁ、今の二人を見て付き合っていると思う奴はいないわね。私が目撃者だったら喧嘩して別れた直後だと言われた方がしっくり来るわ」

 

 アキ君は事の重大さに気づいていないのか、どれだけダメなことを仕出かしたのかわかっていないようだ。あの後、気持ちを落ち着かせるために教室で待機していたせいで、見ても聞いてもいなかった私ですらわかるのに。

 秀吉は『せめてもの救いは島田が明久に好意があるという様子を見せたこと』だと言うが、私としては救いどころか焼け石に水でしかないと思っている。島田さんがあの状態じゃ、生徒達に見せられたものが演技だとバレるのは時間の問題だからだ。

 

「オマケにもう一度トライしようにも、島田はあの調子で明久と姫路は一緒に仲良く戻ってくるときたもんだ」

「全く、このバカ久ときたらすぐにこれよ。ただでさえ修羅場だったものを、君自身が悪化させてどうすんのよ」

「うっ……返す言葉もございません……」

 

 私と雄二に言いたいように言われてしょんぼりするアキ君だったが、雄二に島田さんには謝っておいた方が良いと言われて、すぐに島田さんの席に向かった。

 

 ……まず許してはもらえないだろう。それどころか火に油を注ぐ結果にしかならない。そんな気がする。

 

 私の予想は当たっていたようで、島田さんに拒絶されたらしいアキ君が再びしょんぼりしながら戻ってきた。まさにやっちまったとしか言いようがない。

 

「完全に怒らせちゃったよ……」

「そのようじゃな」

「そりゃそうなるわよ」

 

 あれで仲直りできていたら私は島田さんをぶん殴りに行っていたと思う。お前の怒りは所詮その程度なのかと伝えるために。

 

「とりあえず島田さんは放っておきなさい。ああなってしまった以上、ほとぼりが冷めるまで使い物にならないわ。時間が経ってからのフォローもしなくていい」

「そんな! 美波を物みたいに――」

 

 アキ君が何か異議を唱えてきたが、それを言い切る前に雄二と秀吉に止められた。二人も私ほどではないが、近しい考えに行きついたのかもしれない。

 今の島田さんには何をしても逆効果だ。時間が経過した後でも同じ結果にしかならない可能性がある。仮に何かできるとしても、その相手がアキ君や瑞希だとなお逆効果だろう。

 ……それに、本当にこれで二人の関係がおしまいなら、彼女の想いはその程度だったということ。そんな奴に肩入れする理由はない。

 

「まぁ、その話は置いといてだ。とにかく、このままだといつまで待ってもDクラスからの宣戦布告はないだろう。こっちから状況を動かす必要がある」

 

 話題を切り替える雄二だが、その表情はいつになく硬い。それだけ私達Fクラスの状況は拙いのだろう。

 ムッツリーニによると、Bクラスは全体の七割程度の補充を完了。一部では開戦の用意を始めているらしい。休み時間も補充に回す辺り、これはかなり本気で来てるね。

 これを聞いた雄二はまず、Dクラスに仕掛ける前に時間を稼ぐ必要があると判断した。そのために『DクラスがBクラス打倒を狙って試召戦争の準備を始めている』という偽情報を、ムッツリーニとクラスメイト達に流させることにしたみたいだ。

 確かにこれなら、Dクラスに狙われていると知ったBクラスは連戦を避けたいと考え、私達への宣戦布告を躊躇うだろう。こんなに良い作戦なのに、目的が時間稼ぎというのだから驚きである。

 

「本当はCクラスが狙っているという話にしたいところだけどな」

「CクラスはAクラスに負けてるからねぇ」

 

 そう、Cクラスもまた私達Fクラスのように、試召戦争に負けて自分達から戦争を申し込む権利を失っている。なので使えない。

 ムッツリーニには他のこともやってもらいたいと、今やっていることを須川達に一任させるよう指示を出し、秀吉には清水さんを交渉のテーブルに引っ張り出す役を担当させる雄二。さすがはクラス代表と言うべきか。

 なお、交渉のテーブルには島田さんも連れて行くことが決まった。あんな怒り心頭を連れて行くことに何の意味があるのだろうか……まぁ、あるにはあるんだろうけどさ……。

 

「ところで明久」

「うん?」

「今朝は何を食べた?」

 

 いきなり何を言い出すんだコイツは。アキ君は今朝、私が作ったフレンチトーストをたらふく食べている。そんなことを知ってどうするんだ?

 どうも雄二にとっては大事な話らしく、アキ君の疑問を押し切って再度問い掛けた。

 

「いつも通り水と楓が作った――」

「水だけ? それはいけないな明久! お前は今回の作戦の要だ」

 

 飾り物の間違いだと思いたい。

 

「しっかり食べて力をつけてもらわないと! なぁ姫路?」

「いやだから、今朝は楓が――」

「え? そうですね。確かに明久君は楓ちゃんにご飯を作ってもらっているそうですけど、それでもきちんと食べているか心配です」

「そこで、だ。姫路」

「はい」

 

 アキ君の食生活を心配するこの会話、結構裏があり過ぎるぞ。いや、裏があるのは雄二だけか。瑞希からは悪気というものが欠片も感じられない。それはそれで質が悪いけどさ。

 どうして唐突にこんな会話を始めたのか。私は疑問に思っていたが、雄二が口元を歪めながら言った一言で納得がいった。

 

「何か食べ物を――」

 

 コイツは、アキ君を殺す気なんだと。

 

「だから今朝は楓が作ったフレンチトーストを食べたって言ってるじゃないか! いやぁ、誰かに作ってもらうご飯は格別の味だねっ!」

「明久君。後でその話を詳しく聞かせて下さい」

「えっ? う、うん。別に良いけど」

 

 瑞希が何かに立ち向かうような真剣な表情で、アキ君に迫る。何か気になるところでもあったのかな?

 本当のことを言っているアキ君に対し、無理をすることはないと正直な気持ちを言わせようとする雄二。多分アキ君は死にたくないと思ってるよ、きっと。

 しかし、瑞希はお昼以外何も持ってきていなかったようで、申し訳なさそうにアキ君へ視線を向ける。だけどまぁ、そこは策略に定評のある雄二だからね……。

 

「そうか。無いのか。それなら悪いんだが……明久の為に何か簡単な食い物を作ってもらえないか?」

 

 そこまでしてアキ君を殺したいのか。

 

「…………」

「おいおい明久。どうして俺や水瀬にしか聞こえないくらいの小さな声で『ギブ、ギブ』なんて連呼してくるんだ? おかしなヤツだなぁ」

 

 相当参っているアキ君だが、そんなことは関係ないと言わんばかりに彼を徹底的に追い詰めていく雄二。しかも材料もあるようで、おまけに調理室の鍵まで(勝手に)借りてきていた。用意周到過ぎる。

 

「明久君、何が食べたいですか?」

「そうだね。それじゃあ」

「ゼリーがいいだろう」

 

 

 ゼリー→(材料:不特定多数)

 

 

 おそらく材料を限定できて、予期しない毒物が混入されないような料理……目玉焼き(材料:卵のみ)を希望していたであろうアキ君にとって、これほどパンドラの箱という言葉が似合うものはないね。

 

「…………」

「なんだ明久。そんなに潤んだ瞳で俺と水瀬を見るな」

「まるで捨てられたチワワね、今のアキ君」

「捨てないで! 捨てないで二人とも!」

 

 めちゃくちゃ捨てたい。

 

「ゼリーですか。わかりました。頑張ってみます!」

 

 瑞希は張り切った様子でそう言うと、雄二に鍵を渡されながら、容器はドリンクゼリーに使われるパックを使用してほしいと頼まれ、それを了承して教室を出て行った。

 

「……楓」

「何?」

「僕が死んだら、立派なお墓を立ててくれるかい……?」

「昆虫と同列のお墓しか作ってやれないわ」

 

 昆虫のお墓と言ってもその手の埋葬ではなく小さな子供が作るような、死体が埋まっているところに名前が書かれた木の棒を突き刺すという簡単なやつである。

 ちなみに雄二が瑞希にゼリーを作らせようとしたのはアキ君を殺すためではないらしい。瑞希の料理は劇物が絶対に入っているからね。それを利用して暗殺用の武器にでもするのかな?

 

「まぁ、ああまで言った以上、姫路はお前に食べさせようとするだろうがな」

「少しは食べてあげなよ、アキ君」

 

 私達がそう言うと、アキ君は「こうしちゃいられないっ!」と急いで立ち上がり、瑞希の後を追い始めた。私と雄二もそれに続く。

 

「俺も行くとするか。姫路の料理を一度見てみたい」

「私も。ちょっと怖いもの見たさだけど見てみたいわ」

 

 

 

 瑞希の料理が、いかにカオスなものであるかを。

 

 

 

 


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