バカと私と召喚獣   作:勇忌煉

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 バカテスト 化学

 以下の文章の(  )に入る正しい単語を答えなさい。
『分子で構成された固体や液体の状態にある物質において、分子を集結させている力のことを(         )力という』



 姫路瑞希の答え
『(ファンデルワールス)力』

 教師のコメント
 正解です。別名、分子間力ともいいます。ファンデルワールス力は、イオン結合の間に発生するクーロン力と間違え易いので注意して下さい。


 土屋康太の答え
『(ワンダーフォーゲル)力』

 教師のコメント
 なんとなく語感で憶えていたのだということは伝わってきました。
 惜しむらくは、その答えが分子の間ではなく登山家の間で働く力だったということです。


 吉井明久の答え
『(    努    )力』


 水瀬楓の答え
『(    努    )力』


 教師のコメント
 先生この解答は嫌いじゃありません。






第六問

「あはは。遠慮すること無いよ。…………マジで」

「ははは。遠慮しておこう。…………マジで」

 

 ゼリー(であってほしい)を作りに行った瑞希の様子を見に行く最中、彼女が作った料理を食うか否かで争うアキ君と雄二。

 私も食べるのはごめん被りたいが、この二人が悲惨な目に遭っているところは割と本気で見たいと思う。そんなに見てる気がしないし。

 そんな二人の微笑ましい光景を見ながら、程なくして調理室に到着した。

 

「それじゃ、開けるよ」

「ああ」

「うん」

 

 瑞希に気配を悟られないよう、コッソリと扉を開けて中の様子を窺うアキ君。

 肝心の瑞希はまだ準備中だったようで、まだおかしな点は一つもなかった。

 ま、まぁ、準備の時点でおかしかったらもうダメだよね。料理以前の問題だよねそれは。今のところ、棚から取り出した二つのボウルに、それぞれゼラチンと砂糖を入れている。こうしてると普通に見えるわね……。

 

(驚くほど普通ね)

(そうだね。ゼリーくらいなら大丈夫なんだよ、きっと)

(普通じゃ困るんだがな……)

 

 何でやねん。料理は普通でナンボでしょうが。

 やっぱり瑞希お手製のゼリーを暗殺用の武器に仕立てあげるつもりなのだと確信していると、ふと瑞希が呟いた。

 

 

 

『まずは……ココアの粉末をコーンポタージュで溶いて――』

 

 

 

 初手からおかしいとか卑怯にも程がある。信じられる? これ初手なんだよ?

 

(ねぇ雄二! 楓! 彼女はゼリーを作ろうとしているんだよね!?)

(ココアとコーンポタージュのゼリーとか世界規模で探してもなさそうね……)

(静かにしろお前ら。姫路に見つかるぞ)

 

 私達の中にある、料理の概念がいきなり崩れ始めていく。もうこれ理論上可能とかそういう問題じゃない気がする。

 

 

 

『オレンジと長ネギ、明久君はどっちなら喜んでくれるでしょうか……?』

 

 

 

 飢え気味のアキ君ならどっちでも喜んでくれるわよ。ゼリーの材料という設定でなければね。

 

(迷いどころが私達の常識を越えてるわね……)

(迷わない! その二択は迷わないよ姫路さん!)

(最近飢え気味なアキ君のために、健康と栄養価に重点を置いた料理を作ろうとしているのよ)

(……味は度外視されてるがな)

(そんな!? これが特別仕様だとしても、僕は喜べないよ!)

 

 

 

『あとは、隠し味にタバ――』

 

 

 

(これ以上は食えなくなる。聞くな明久)

(待って! せめて最後に入れられたのが――)

 

 何を入れられたのか騒ぎそうになるほど気になるアキ君に代わり、私は何が入れられたのか考えることにする。

 

 ……うん、どっちなんだ。『タバコ』か『タバスコ』なのか、どっちなんだ瑞希。

 それともここから新たな選択肢を追加する必要があるのか? だとしたら入れられたのは『タバコシバンムシ』か? それとも『タバコモザイクウイルス』か?

 

 雄二に首根っこを掴まれてズルズルと引き摺られるアキ君を追いながら、そんなどうでもいいことを考える。でも結局何を入れたのだろうか。気になって仕方がないわ。

 

「よし、このまま新校舎の三階をうろつくぞ。暇そうにな」

「というか実際暇だしね」

 

 今回の私の役目はアキ君の補佐。なのでアキ君が動かない限り、私は暇人でしかないのだ。

 雄二の言っていることがわからなかったアキ君は、女子のような仕草で首を傾げて雄二に一言問い掛けると、雄二はアキ君にもわかりやすく説明してくれた。

 

「BクラスとDクラスに俺たちが何も知らないというアピールをする為だ。上手くいけばBクラスに対しては時間稼ぎになるし、Dクラスには開戦に踏み切る為の判断材料と思わせることができる」

 

 今私達がいる新校舎。その三階にはA~Dクラスの教室がある。わざわざ敵の陣地で暇そうにうろつくことで、DクラスとBクラスに対して私達Fクラスが戦争の準備をしていないというアピールをする。それが雄二の狙いだ。

 Bクラスは私達が自分達に気付いていないと思って点数補充の時間を延ばすかもしれないし、Dクラスはこちらが何もしていないと知って、戦い易いと判断して、あわよくば宣戦布告をしてくれるかもしれないのだ。

 どちらも私達にとってはありがたい状況であり、Dクラスがそのまま宣戦布告してくれたらなお良し、というわけである。

 さらにムッツリーニが流した『DクラスがBクラスに対して敵意を抱いている』という偽情報が伝わっていれば、BクラスはDクラス戦も想定して点数補充に様子見を兼ねる可能性がある。つまり時間も稼げて、向こうの動きも止めることができるのだ。

 

 後は現在の状況について。私達Fクラスは清水さんの挑発に失敗。そのせいでDクラスとの開戦の目途が立たずにいる。一方でBクラスは点数補充を進めており、近いうちに私達へ宣戦布告をしてくる。なのでBクラスの動きを止めるために『DクラスがBクラスを狙っている』という偽情報を流したのだが、それの効果がどこまで及んでいるのかは不明。こちらもできるだけ早くDクラスに宣戦布告をさせたいところだが、それに関してはまだ何もわからない。

 

 まぁ、こんなところか。要は時間稼ぎをしているだけで、私達は絶体絶命のピンチに陥っているってことだ。クラス別に状況を整理するとさらに長くなるが、それはアキ君のようなおバカのやることなので私はしない。

 

「ていうかさ、うろつくって言うけどこのまま何のアテもなく歩き続けるの? さすがに飽きるんだけど」

「言われてみればそうだね。雄二、このままフラフラ歩き回るだけでいいの?」

「確かにただフラつくだけってのもつまらんな。何かゲームでもするか?」

「賛成~」

「オッケー」

 

 雄二の提案で何か適当なゲームをすることになった。手ぶらでブラブラしているよりかはマシだろう。アキ君もそう考えてる感じだし。

 ゲームの内容は合宿のときと同じ、英単語クイズ。だけど形式は異なり、今回は片方が英単語を言い、もう片方がその意味を答えるというもの。五問のうち一問でも答えられなかったら負けなので、答える側になったアキ君には相当不利なゲームだ。

 

「ちなみに罰ゲームは『負けた方が勝った方の言うことを何でも聞く』だ。始めるぞ」

「えっ!? じゃ、じゃあ楓が僕の――」

「面白味がなくなるからダメよ」

 

 大方、私を補佐にして勝とうとでも思ったのだろうが、それじゃゲームが面白くない。私も面白くない。アキ君には一人で苦しみ、頑張ってもらおう。そして私に最高の刺激を頂戴。

 慌てて止めようとするアキ君だが、雄二は聞く耳を持たずに問題を出した。

 

 

「“astronaut”」

 

 

 astronaut。読みはアストロノート。“宇宙飛行士”という意味で、前に合宿でやった『『A』から始まる英単語』では有効な単語である。

 

 

 雄二にしては割と簡単な単語を選んだわね。と思っていたら、考え込んでいたアキ君が何か閃いたような顔になった。

 お互いに余裕の笑みを浮かべる中、それを崩さずに雄二が問いかけ、アキ君もそれを崩さずに答える。

 

「道路によく使われているアレだよね?」

「俺の勝ちだな」

「どうして最後まで聞かずにそんなことが言えるのさ!」

 

 いや、普通に考えても雄二の勝ちである。何せ道路に使われているアレの時点で色々と間違っているからだ。というかアキ君はアスファルトと言いたいのだろう。

 

 

 アスファルト。英語ではasphaltと書き(この時点で違う)、アストロノート同様『『A』から始まる英単語』では有効な単語の一つだが、意味は“宇宙飛行士”ではなく“道路舗装の材料などによく用いられる黒色の物体”である。ちなみに主成分は炭化水素。

 

 

「ほほぅ。お前は“宇宙飛行士”を道路のどこに使うつもりなんだ?」

「…………」

 

 

【astronaut】:アスファルト

 

 おそらくこれがアキ君の答え。

 

 

【astronaut】:宇宙飛行士

 

 そしてこれが実際の答え。

 

 

【astronaut】:アスファルト 宇宙飛行士

 

 

 つまりこうである。どう見ても間違いである。というか単語の綴りの時点で違う。読みや響きが似ているからってそのまま当て嵌めたなアキ君。

 

「…………ケアレスミスか……」

「ケアレスミス!?」

「どこに注意を損なう要素があったんだ!?」

 

 予想外過ぎる。瑞希の料理の常識もそうだけど、こっちもこっちで予想外過ぎる。昔から思ってるけど、コイツの頭の中はどうなってるんだ。

 だけど負けは負け。男らしく、というか仕方ないといった感じで負けを認めるアキ君。雄二も言ってるが、これで負けを認めないのは人としてどうかと思うからね。

 

「じゃあ次は楓かな?」

「いやいや、私がやったら誰も勝てないから」

「つまり俺でも勝てないと?」

 

 いや、たとえ翔子だろうと私には勝てない。私よりも優れた教師や、それこそ私の苦手科目である数学に関する問題でないと誰も勝てないだろう。アキ君や雄二など論外だ。

 だけど雄二が『やる前から勝敗を決めるな』と言わんばかりの、ちょっとムッとした顔になっているので少し相手してあげよう。

 

「じゃあ試しに相手してあげるよ。一問でも正解したら君達の勝ちで良いわ。試しだから罰ゲームはなしね」

「良いだろう」

「えっ? 僕も!?」

 

 何かアキ君が戸惑っているがそんなことはどうでもいい。さっさと負かしてあげないと。私は二人に、考え得る単語の中でも難しいと言われるものを挙げることにした。

 

 

「“inchoate”」

 

 

 inchoate。読みはインコォゥアトゥ。凄く言いにくいが、これがちゃんとした読みである。意味は“始まったばかりの”と“未完成な”の二つがある。どれくらいの難しさかと言うと、ニューヨークタイムズというアメリカの高級誌を好んで読む、インテリ層の読者ですら知らないという英単語である。

 

 

「「…………」」

 

 単語の意味がわからないようで、揃って絶句するアキ君と雄二。自信満々だった雄二の表情が面白いことになっているわね。

 これは二人とも素直に降参かと思いきや、アキ君はまたしても何か閃いたような顔になった。あの雄二ですらめちゃくちゃ考え込んでいるのに、世界一のバカであるアキ君にわかるわけがないんだけど……。

 

「そんなに深く考えることないよ雄二。多分引っ掛け問題だから」

「へぇ? アキ君にはわかったんだ?」

「まぁね」

 

 またしても余裕の笑みを浮かべるアキ君。雄二は未だに考え込んだまま動かない。いや、アキ君を見て呆れたような表情になってるわね。アキ君を哀れんでいるのだろうか。

 とりあえずアキ君の答えを聞こうか。アキ君に一言問い掛けると、アキ君は余裕であることを強調したいのか、こちらを焦らすように答えた。

 

「人の声を真似するアレだよね?」

「えーっ? アキ君は鳥のインコを“始まったばかりの”って言うんだ?」

「…………」

 

 アキ君の発言から察するに、多分セキセイインコ辺りを予想していたのだろうけど、おそらく問題の英単語を『インコ』までしか読めなかったに違いない。そもそも最後まで読めなかったのに答えを当てた気になるなんて生意気ね。

 

「“始まったばかりの”……なぁ水瀬、その英単語に“未完成の”って意味もなかったか?」

「なーんだ、雄二は知ってたのか」

 

 大方、翔子経由で知ったのだろう。でないとインテリアメリカ人ですら知らないと言われる単語を、一学生でしかない雄二が知っているのはあり得ないからだ。いくら神童と言われていたからって何もかも知っているわけじゃないのだ。

 というか去年、私は翔子にこの単語を教えた覚えがある。適当に本を読んでいたら翔子がわからないところがあるから教えてほしいとか言ってきたのだ。それがこの英単語だったはず。

 

「お前が意味を言うまでわからなかったけどな……」

「いやわかるだけでも凄いんだけど……ちなみにどうやって知ったの?」

「…………翔子がそれっぽいことを言ってた気がする」

 

 やっぱりか。でもまぁ、これで私がやると誰も勝てないってわかったでしょ。現に雄二も納得したような顔になってるし、アキ君も――

 

「…………またケアレスミスか……」

 

 嘘だろコイツ。

 

「俺もわからなかったとはいえ、さすがに見苦しいぞ明久」

「……わかったよ。負けを認めるよ。じゃあ今度は――」

 

 いやだから、これで負けを認めないのは人としてどうかと思うから、素直に認めようよアキ君。

 まぁ、それでも負けを認めてくれたので良しとしよう。さて次は――

 

「「――霧島さん(翔子)の番だね」」

 

「……頑張る」

 

 さっきからいたことに全く気づいていなかった雄二の後ろで、小さくコクンと頷く翔子。大人っぽい見た目でその子供っぽい仕草はたまらないわね。ギャップ萌えって言うんだっけ、これ。

 

「ぶっ!? しょ、翔子! いつの間に!?」

「いつの間にも何も、問題を出し始めたあたりからずっといたじゃないか」

「そうそう、自分の番は何時かって感じでずーっと待ってたわよ?」

「……雄二が『何でも言うことを聞く』って言ったのが聞こえたから」

 

 耳良すぎでしょ君。的確にその台詞だけを聞いてすっ飛んでくるなんて。

 

「それじゃ、霧島さんが出題者で雄二が解答者だね」

「……わかった」

「ま、待て! 翔子が参加するなんて聞いてないぞ!?」

 

 私だって聞いてないわ。だけど最初からいたから参加させないわけにはいかないでしょ。

 逃げる気満々の雄二だったが、アキ君のあからさまで理の適った挑発をされるや否や、

 

「上等じゃねぇか! きっちり答えてやらぁ!」

 

 あっさりと勝負に乗った。なんてチョロさだ。アキ君だってここまでチョロく――いえ、チョロいわねアキ君も。この中じゃ私だけか、チョロくないのは。

 

「では霧島さん、一問目をどうぞ」

「……うん。えっと――」

 

 何かを思い出すように、何を言おうかと考えているように、顎に手を当てる翔子。

 

 

「――“betrothed”」

 

 

 ダッ(身を翻す雄二)

 

 ガッ(その肩を掴むアキ君)

 

「雄二、どこに行こうとしているのかな?」

「明久、てめぇ……!」

 

 

 betrothed。読みはビィトゥロォゥズドゥ。あれ? こっちの方が言いにくいか? 意味は“婚約者”と“いいなずけ”の二つがある。

 

 

 さすがの雄二もこれはわからなかったようだ。でなきゃ逃げ出すなんてしないだろう。……相手が翔子だから、というのも確実にあるだろうが。

 まぁ、一問目から決着だとつまらなかったのか、アキ君は問題の変更を申し出た。翔子もそれを承諾し、次の問題を出した。

 

「……じゃあ、“prize”」

「“prize”……【賞品】か?」

 

 雄二の解答に満足したのか、翔子は正解と小声で告げて次の問題を出す。

 

「……“as”」

「【として】」

「……“engagement ring”」

「【婚約指輪】」

「……“get”」

「【手に入れる】」

「……“betrothed”」

 

 

 ダッ(身を翻す雄二)

 

 ガッ(その肩を掴むアキ君)

 

 

「だから雄二、どこに行こうとしているのかな?」

「放せ明久! 後生だから放してくれ! 大体、今の一連の単語を聞いたなら俺の恐怖がわかるだろ!?」

 

 今の一連の単語全てを繋げると【賞品】【として】【婚約指輪】【手に入れる】になるわね。どうやら翔子は自分が勝ったら、雄二に婚約指輪を買ってもらうつもりのようだ。

 アキ君は霧島さんの冗談だと言い切り、翔子の方へ振り向いて、

 

「……あっ」

 

「「…………」」

 

 翔子が取り落とした、宝石店の案内を見て黙り込んだ。かく言う私も思わず黙りんでいる。まさか翔子がここまで本気を出してくるなんて思いもしなかったからだ。

 

「……冗談」

 

 恥ずかしそうに冊子を拾っても無駄だ。君が本気なのは充分に伝わったから。

 

「…………」

「あはは。雄二ってば。そんな僕と楓にしか聞こえないような小声で『ヤバい。マジヤバい』なんて連呼されても困っちゃうよ」

「虚ろな目でこっちを見られても困るわ」

 

 目に関してはさっきのアキ君と良い勝負である。そのアキ君は目が死にそうな雄二に解答を求めると、すぐに生気の宿った目になった。

 

「“betrothed”か……。“betray”が【裏切る】だから、“betrothed”は【謀反】とかそんな感じか?」

「霧島さん、正解は?」

「……雄二のこと」

「死刑囚か!」

 

 

 死刑囚。英語だと“death row”と書き、発音的にはデスロウと読む英単語。雄二が出された問題の単語は“betrothed”という“婚約者”を意味する英単語なので、どうあがいても正解ではない。

 

 

「……【婚約者】」

 

 はい、というわけで雄二の負けである。表情がどんどん曇っていく雄二を見て、幸せそうな表情を浮かべるアキ君。これ立場が逆だったら雄二が幸せそうになるのか。

 雄二はさっきの婚約指輪が冗談であることを確認し、それを翔子が肯定したところでホッとし、本気の方は何なのかと翔子に問い掛ける。

 

 

「……それは――人前じゃ、恥ずかしくて言えない……」

 

「なんだ!? 俺は何をさせられるんだ!?」

 

 

 どう考えても【検問削除】である。少なくとも、私の知る人前じゃできない恥ずかしいことはそれしかない。男女的な意味で。

 アキ君もその答えに――いや、それに近しい答えに辿り着いたようで、

 

「死ね雄二ぃぃーっ!」

「なぜ俺が狙われるんだ!? 俺は何も言っていないだろ!?」

 

 凶暴化して、雄二に襲い掛かった。そりゃアキ君じゃ女子である翔子には手が出せないからね。男子である雄二を手に掛けるしかないのよ。

 

「黙れ! 今朝聞いた『寝ている霧島さんに無理矢理キスをした』って話も含めて納得のいく説明をしてもらおう!」

 

 まずその内容に事実が存在しないため、どうあがいてもアキ君が納得のいく説明はできないだろう。しかも明らかに一部捏造だし。

 

「待て! 話の内容が変わっているぞ!? 本当は――」

「……キスだけじゃ終わらなかった」

 

 最悪のタイミングで翔子が呟いた。しかもそのせいでアキ君の中にあるリミッターが解除された。

 

「嫉妬と怒りが可能にした、殺戮行為の極致を思い知れ……っ!」

「うぉっ!? 明久の動きがマジで見えねぇ!」

 

 あり得ない。武術を嗜むこの私の目を以てしても、アキ君の動きが見えないなんて。まるで高速移動や瞬間移動のそれである。

 

「……キスの後、一緒に寝た」

 

 またしても翔子による、火に油を注ぐような発言。アキ君の中にある第二のリミッターが解除され、今度は体格でアキ君に勝る、雄二をも凌駕するパワーを発揮した。

 

「ごふっ! バカな……! あ、明久に力で負けるなんて……!」

 

 アキ君に限った話じゃないが、そもそも人間がリミッターを解除した際の力ってその人の限界を超えてるわけだからね。格上が格下に負けるなんて割とよくあることである。

 

「……とても気持ち良かった」

 

 さらにアキ君という名の火に油を注ぐ翔子。本人は恥ずかしさのあまり両手で顔を隠しているが、アキ君は最後のリミッターを解除してしまったようだ。その証拠に――

 

「更に分身――いや、残像か!?」

 

 質量を持った残像を、無数に生み出し始めたのだから。これが人間の成せる技とはとても思えない。

 

「『殺したいほど羨ましい』という嫉妬心は、不可能を可能にする……!」

 

 それは違うよと物凄く大きな声で言いたいが、実際に覚醒してしまったアキ君を見ると言うほど違っていないので何とも言えない。

 覚醒アキ君を見て雄二も本気で相手をする気になったようで、アキ君とほぼ同時のタイミングで仕掛けた。これは面白そうだ……!

 

「翔子。アレを見てどう思う?」

「……浮気は許さない」

「違うからね? どう見ても浮気現場じゃなくて死闘現場だからね?」

 

 アキ君と雄二の死闘。そしてそれを観戦する私と翔子。そんな状況は途中で鉄人が現れるまで、摩擦で焦げた靴のラバーの臭いがこの空間に充満するまで続いた。

 

 

 

 

 




 はい、というわけで今年最初の投稿です。自分でも驚くほど展開が進んでませんねぇ……。まぁ、今年もよろしくしてくれると嬉しいです。



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