バカと私と召喚獣   作:勇忌煉

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第五問

 

『うぉぉーーっ!!』

 

 とある報せを聞いたFクラスの雄叫びとDクラスの悲鳴が混ざる中、私はそれを聞きながらボーッとしている。

 喜びよりも終わったか、という気持ちの方が強いからだ。

 

 

 Dクラス代表 平賀源二 討死

 

 

 その報せはFクラスの勝利を意味していた。

 

「凄えよ坂本! 本当にDクラスに勝てるなんて!」

「これで畳や卓袱台ともおさらばだ!」

「アレはDクラスの物になるからな」

「坂本雄二サマサマだな!」

「やっぱりアイツは凄い奴だった!」

「坂本代表万歳!」

「姫路さん愛してます!」

「水瀬さん最高!」

 

 代表の雄二が褒め称えられ、少し暴れただけの私と敵の大将を討ち取った瑞希にはラブコールが送られた。なんでラブコール?

 Dクラスの連中はうなだれており、雄二はFクラスの皆に囲まれている。……逆ハーレムか?

 当の雄二は珍しく照れており、正直言って気味が悪い。雄二らしくもないし。

 

「坂本! 握手してくれ!」

「俺も俺も!」

 

 たった一回勝った程度で英雄扱いである。ま、無理もないか。最底辺のFクラスが上位クラスに勝ったのだから。

 今日の晩飯どうしようかと考えていると、アキ君が雄二の元へ駆け寄っていくのが見えた。

 ――それはもう、とても眩しい笑顔で。

 

「雄二! 僕とも握手を!」

 

 アキ君は颯爽と駆け寄って握手しようと手を突き出し、

 

 

 ガシィッ

 

 

 雄二に手首を押さえられた。

 

「……雄二? なんで握手なのに手首を押さえるのかな?」

「押さえるに……決まっているだろうが! フンッ!」

「ぐあっ!?」

 

 さらに手首を捻り上げられたアキ君は悲鳴を上げ、隠し持っていたらしい包丁を落とした。

 ……復讐、まだ諦めてなかったんだね。それは私も同じだけど。

 

「雄二、皆で何かをやり遂げるって素晴らしいね」

「…………」

「僕さ、仲間との達成感がこんなにもいいものだなんて、今まで知らな関節が折れるように痛いぃぃっ!」

 

 聞くだけ聞いて手首を捻り上げている手の力を強める雄二。

 さらに雄二は何をトチ狂ったかペンチを要求したが、アキ君が慌てて謝罪したので舌打ちしながら彼を解放した。

 そもそもペンチを何に使うつもりだったんだろう? 爪を切り取るとか?

 

「……生爪……」

 

 まさかの生爪だった。

 ……さーて、私もやりたいことをやっちゃいますか。なんせ彼は知らない。自分だけ綺麗なままでいられると思ったら大間違いだと。

 

「雄二。握手して」

「ああ、別に構わないぞ」

 

 

 ガシィッ

 

 

「……お、おい水瀬、ちょっと力が強すぎないか?」

「ん? 何のことかな?」

 

 雄二の言ってることは間違っていない。だって本当に強めてるのだから。

 

 

 メキメキメキ!

 

 

「待て水瀬! それ以上は不味い! それ以上は俺の手が潰れぐあぁぁぁぁっ!」

「男なら我慢する! 女の子からの熱い握手だよ? もっと喜ぶべきだ!」

「熱いというより強すぎゃぁぁぁぁっ!」

 

 そろそろ本当に手が潰れちゃいそうだったので名残惜しく雄二を解放する。ちぇっ、あと少しで握り潰せたのに。

 

「お、俺に何か恨みでもあるのか……!?」

「校内放送」

「俺が悪かった」

「あれ? そこは楓じゃなくて僕に謝るべきだよね?」

 

 大丈夫だよアキ君。痛い目に遭うのは君だけじゃないから。一応敵は取ったよ。

 後ろではDクラス代表の平賀が、瑞希がAクラスではなくFクラスであることに驚いていた。

 瑞希も騙し討ちしたことを申し訳なさそうに謝罪している。もしも私があの立場だったら謝らないだろう。戦争に綺麗事はいらないのだから。

 

「ルールだからね。クラスは明け渡そう。けど、今日はこんな時間だから作業は明日で良いか?」

「いや、その必要はない」

 

 そんなルールに則った平賀の言葉を雄二はバッサリと断った。

 当然と言えば当然かな。なぜなら目的はあくまでもAクラス打倒。Dクラスの設備に現を抜かすことではない。

 そんなことを知らない一部のクラスメイトは抗議していた。……なんでアキ君まで?

 

「それならなんで標的をAクラスにしないのさ。おかしいじゃん」

 

 大方、回りくどいことをせずに一気に攻め込めばいいとでも思っているのだろう。

 そんなんだから君は『馬鹿なお兄ちゃん』って呼ばれたんでしょうが。

 

「とにかくだな。Dクラスの設備には手を出すつもりはない」

「それは俺達にはありがたいが……いいのか?」

「もちろん、条件はある」

 

 やはりただで解放はしないか。ま、仮にそうしたとしても拍子抜けだけど。

 雄二の言う条件はこうだ。Dクラスの窓の外にあるエアコンの室外機を、雄二の指示で停止させること。確かあれはBクラスの室外機だ。停止すればBクラスの教室は蒸し暑地獄と化すだろう。

 平賀がその提案をありがたく承諾し、社交辞令を交わして解散となった。

 

「行くよ楓」

「はーい」

 

 

 ★

 

 

「それにしてもさ、Dクラスとの勝負って本当に必要だったの? エアコンなら他の方法でも壊せると思うんだけど」

「なんだ、そのことか」

 

 帰り道。私とアキ君は雄二と家が同じ方向にあるからこうして一緒に帰ることがある。

 ……晩飯は味噌汁と野菜炒めでいいかな? いや、もしアキ君の分も作るとなればパエリアも追加すべきか。彼、自分で簡単に作れるほどパエリアが好きなんだよね。

 

「Aクラスに勝てるかな?」

「当然だ。俺に任せておけ」

「……ありがとう。僕のわがままの為に」

「別に、お前のわがままの為じゃないさ。試召戦争は俺がこの学校に来た目的そのものだからな」

 

 かつて雄二は神童と呼ばれるほどの頭脳を有していた。とはいっても考えれば必ず答えが導き出されるとかそこまで抜きん出ていたわけじゃない。同年代の中で多少優れていた程度だろう。

 しかし、それだけなら知識と学力は私の方が上だと自負できる。けど、頭の回転の早さや咄嗟のひらめき、そして策略的な面においてはどうしても舌を巻く。

 もしかしたら神童の本質はそこにあるのかもしれない。あくまでも私の推測だが。

 

「目的達成のためにも、お前らにはきっちりと協力してもらうからな。とりあえずは明日の補給テストだ」

「ぐぅ……」

 

 これは私も寝る前に本を読み込んだ方が良さそうね。暗記は書いて覚えるよりも得意だ。

 

「ゲームする暇があるなら少しでも勉強しておけよ」

「はいはい。教科書くらいは……ん? あ! 卓袱台の上に教科書置いたままだった!」

「アホか。さっさと取りに行ってこい」

「はぁ……二人とも先に帰っていいよ」

「それじゃご遠慮なく」

「当たり前だ。待ってるわけがないだろう」

「わかってたけど、二人とも薄情だよね」

 

 アキ君は捨て台詞のようなものを吐くと学校へと引き返していった。

 さてと、雄二と二人きりになったわけだが……あの子にバレたら大変なことになりそうだね。

 

「教科書なんかなくても、私が教えればどうとでもなるのにね」

「アイツの残念な頭にはその考えがなかったんじゃないか?」

「あっても意味がない、の間違いかな?」

 

 雄二とは気が合う方だと思っている。主にアキ君関連で。

 だからこそ、あの子が絡んだときの雄二の反応が楽しみで仕方がない。

 

「……今、ちょっと寒気がしたんだが」

「ちゃんとシャツは着てきたの?」

 

 最近はそんなに寒くないはずだけど。

 

「もしかしたら風邪かもしれないわよ?」

「いや、それとはまた違う感じの寒気だったぞ……」

「雄二は勉強よりも貞操を守った方がいいかもしれないね」

「……否定できないな」

 

 あれ? そこは冗談だと笑い飛ばすところだよね? 何もそこまで真に受けなくても良いと思うんだけど。

 それにしても、試召戦争を仕掛けた理由にアキ君のわがままが絡んでいたとはね。内容は大体わかるから深くは考えないけど。

 このあと他愛のない会話をして、買い物をするために雄二と別れた。さて……晩飯どうしよう。

 

 

 ★

 

 

「おはよー」

「遅刻だよアキ君」

「まだギリギリだよ!」

 

 翌朝。卓袱台に突っ伏しているとアキ君が時間ギリギリで登校してきた。

 てか卓袱台で寝るのも悪くないわね。ぶっちゃけ床に座る分、机で寝るよりも寝やすい。

 Dクラスの設備についてはさっき雄二が説明していたので大丈夫だと思う。

 

「お前はいいのか?」

「何が?」

「昨日の後始末だ」

 

 昨日? 私が粛清した須川のことかな? それとも私が軽く制裁した雄二とか?

 

「いくら僕でも、生爪を剥がされるとわかっていながら行動を起こすなんてあり得ないよ」

「いや、その件は水瀬が解決しただろ」

「……そういえばそうだったね。じゃあ一体何が言いたい――」

「吉井っ!」

「ごぶぁっ!」

 

 いきなり現れた島田さんがアキ君を殴り飛ばした。いやなんで?

 ……ああ、昨日の件か。それなら私が言ったやつで解決するはずなんだけど。

 島田さんは随分といきり立っているので気づいていないが、角度的にパンツを見れそうだ。もちろんアキ君が。

 

「ウチを見捨てただけじゃなく、消火器のいたずらと窓を割った件の犯人に仕立て上げたわね……!」

 

 改めて聞くと酷いわね。知っているとはいえ、いくら私でもこれは見過ごせない。

 

「彼女にしたくない女子ランキングがまた上がっちゃったじゃない!」

 

 前言撤回。やっぱりどうでもいい。

 

「ところで吉井。一時間目の数学のテストだけど」

「数学のテスト? それがどうかした――」

「監督の先生、船越先生だって」

 

 島田さんが心底楽しそうにそう告げると、アキ君はヤバイと言わんばかりに扉を開け、廊下を全力疾走していった。

 そしてこっちを見ながらサムズアップをしてきた。……考えたわね、島田さん。

 

 

 

 


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