「疲れたのう」
「そだね」
アキ君と船越先生のような一悶着があったわけでもないのに疲れた。
テストは四教科ほど終了している。でも教科の数を考えるとゾッとする。まだ半分も終わっていないのだから。
とりあえず昼飯の時間だ。今日は瑞希と島田さんが手作り弁当を持参しているはず。秀吉のポニーテールでも堪能しながら頂くとしよう。
「島田さん。手作り弁当は?」
「……ちゃんと作ってきたわ」
今気づいたが、島田さんの目にはクマができている。もしや一睡もしていないと言うのか。
後は瑞希だ。真面目な彼女なら大丈夫だとは思うが……不安ね。
「み、皆さん……」
その瑞希は昨日のことなどもう忘れた感じで食堂へ向かおうとしていた男子メンバーを引き留めていた。ていうか忘れちゃダメでしょ。
身体の後ろに隠していたバッグを出し、ちゃんと作ってきたとアピールする瑞希。
私も念のために作ってきた弁当を持っていくとしよう。万が一のことがあったら困る。
「島田さんも作ってきたらしいわよ」
「島田さんも!?」
「……なんでそんなに驚くのよ」
眠気のせいかとても話せる気力があるとは思えない島田さんを軽くフォローしておく。後は彼女次第だ。
アキ君達は二人の手作り弁当を頂くために場所を屋上へと変更した。
雄二と島田さんは飲み物を買うために教室を出ていった。……ちょっと眠くなってきたわね。島田さんの眠気でも移されたかな?
「僕らも行こうか」
「はい」
「へーい……」
「……秀吉。楓を起こして」
「心得た。起きるのじゃ水瀬」
身体が動かない。金縛りにでも遭ったのだろうか。このまま寝ようかな……と思ったが、ポニーテールの秀吉が起こしてくれた。
さすがに秀吉に悪いので立ち上がり、アキ君と瑞希に続く。
そして屋上に出ると、昨日と同じ青空が広がっていた。雨なんて降りそうにもない。
「シートもあるんですよ」
その場に瑞希が取り出したビニールシートを敷いた。準備がいいわね。
私はシートの上に何の躊躇いもなく寝転がり、日差しを浴びることで眠気を取ろうとする。
……すぐさまアキ君に注意されたのでやめざるを得なかったが。
「あんまり自信はないんですけど……」
『おおっ!』
瑞希が重箱の蓋を開けると、アキ君達が一斉に歓声を上げた。
確かに見た目は美味しそうだ。しかし気のせいだろうか。化学物質の臭いがするんだけど。
「雄二には悪いけど先に――」
「…………(ヒョイ)」
「あっ、こらムッツリーニ!」
それに全く気がついていないアキ君が食べようとしたエビフライをムッツリーニが横取りし、それを口に運んで――
バタン ガタガタガタガタ
顔面からぶっ倒れ、小刻みに震え出した。
……いやいやちょっと待って。なんでエビフライを食べただけなのにこうなるのさ。
思わず無言でアキ君と秀吉と顔を合わせる。これはヤバイ……!
「つ、土屋君!?」
「…………(ムクリ)」
何事もなかったかのようにムッツリーニは起き上がると、瑞希に向かって親指を立てた。
あのねムッツリーニ……美味しかったのならどうして足が震えているのかな?
私は適当な言い訳をして持参した弁当を食べようと思ったが、
「はむっ」
訳のわからない好奇心に負けてアスパラ巻きを食べてしまった。
アキ君と秀吉はそんな私を見て驚愕している。
そりゃそうだよね。自滅しに行ったんだからそりゃ驚くよね。
「むぐ……あれ? 意外といけゴぶぅっ!?」
いけるわけがなかった。
「な……何これぇ……」
まるで弱めの青酸カリが混ざったものを食べた感覚だ。……いや、もしかしたら青酸カリそのものかもしれない。
ムッツリーニほどではないが遅れて豪快にぶっ倒れてしまう。認めたくないが……少しずつ、でも確実に意識が遠退いていくのを感じる。
「水瀬! しっかりするのじゃ!」
アキ君ではなく秀吉が駆け寄ってきた。ああ、視界がボヤけてる。私はもうダメだ。
でも、逝ってしまう前にせめて彼らにメッセージを送らねば……!
「ひ、秀吉……」
「な、なんじゃ?」
最後の気力を振り絞り、必死に口を開く。
「ど、毒を食らわば……皿まで……」
言いたいことをなんとか言えた私は、秀吉の腕に抱かれながら力尽きた。
★
「死ぬかと思った……」
「大丈夫かのう……?」
死の昼食が終わり、なんとか復活した私は同じく一度は散ったらしい秀吉に介抱されている。
まだ軽い痙攣が止まらない。というか一瞬三途の川が見えたときはもうダメかと思った。まさかこんなに些細な形で死にかけるなんて……。
犠牲者は私と秀吉とムッツリーニの他にも雄二がいた。ケンカで身体を鍛えている雄二ですら玉砕してしまったのか。
「か、楓ちゃん。大丈夫ですか……?」
さすがの瑞希も私の異常事態に気づいたのか、申し訳なさそうに話しかけてきた。
これは素直に食えるものじゃないと言うべきか? いや、それだと実験台にされてさらに食わされる危険がある。よし……
「ごめんね瑞希。君の料理、美味しすぎて私の口には合わなかったよ」
「そ、そうですか……それはそれで残念です」
私としてはこれ以上にないほどホッとしているけどね。
「さて、水瀬も目を覚ましたところで話の続きだ」
一体何の話をしていたというんだ。生と死の狭間をさまよっていた私にはさっぱりわからない。
そんな私の心情を察してくれたのか、未だに介抱してくれる秀吉が口を開いた。
「試召戦争の話じゃ」
「うん、なんとなくわかった」
次はどうしてBクラスなのかを話していたのだろう。にしてもBクラスか……昨日、帰る前に確認したがあそこの代表は根本恭二だ。一言で言うならクソ外道である。
「正直に言おう。どんな作戦でも、うちの戦力じゃAクラスには勝てない」
らしくない降伏宣言。
まっ、無理もないね。Aクラスは五十人いる生徒のうち、十人が別格だ。代表の翔子に加え、男子生徒に限れば学年トップの久保利光。この二人は特にヤバイだろう。木下優子は教科次第だ。
簡単に言うなら、この二人にはFクラスお得意の数の暴力さえ通用しない。
それに何より、本当なら私と瑞希もこのヤバイ連中の一角に加えられていたのだ。そうなればヤバイなんてレベルじゃなくなる。
「Aクラスをやる」
「雄二、さっきと言ってることが違うじゃないか」
それでも雄二は打倒Aクラスを掲げた。彼はクラス単位じゃ勝ち目はないと見ているらしい。
「一騎討ちに持ち込む」
「どうやって?」
「Bクラスを使う」
なるほど。つまりAクラスと対談でもしている際にBクラスをけしかけると脅すわけか。
だが、それができるのはBクラスに勝ったらの話だ。負けたらそこで終わる。
雄二は下位クラスが負けた場合どうなるかをアキ君に問いかけていた。……後ろで瑞希がアキ君に教えてるな。
「せ、設備のランクが落とされるんだよ」
「……つまりBクラスならCクラスの設備に落とされるわけだ。では、反対に上位クラスが負けた場合は?」
「悔しい」
「ムッツリーニ、ペンチ」
「秀吉、ハサミ」
「僕を爪切り要らずの身体にする動きが!?」
「勝ったクラスと設備が入れ替えられちゃうんですよ」
私は違う。雄二がペンチでアキ君を爪切り要らずの身体にした後にハサミで雄二も同じ身体にしてやるつもりだ。
要するに二人仲良く爪切り要らずの身体になりなさいってわけよ。
未だに化学物質のダメージが残る私をよそに淡々と話は進められていき、今はアキ君がBクラスに宣戦布告するかどうかの話になっている。
「やれやれ。それならジャンケンで決めようぜ」
「ジャンケンか……乗った!」
「よし、負けた方が行く。それでいいな?」
それを聞いて頷くアキ君に、雄二は心理戦ありにしようと言い出した。
「いいよ。僕はグーを出す!」
「なら、俺は――お前がグーを出さなかったらブチ殺す」
心理戦というよりただの脅迫である。まあ、これも心理戦と言えば心理戦かな?
「ジャンケン」
「わぁぁっ!」
パー(雄二) グー(アキ君)
アキ君は脅しに屈してしまった。そこはブチ殺されてでも勝つべきだよ。君はどっちにしてもボコられる運命にあるんだから。
それでも行きたがらないアキ君。雄二は彼を巧みな話術で諭し始めた。
「Dクラスの時みたいにボコられることはない。確かBクラスには美少年好きが多いらしいしな」
「それなら確かに問題ないねっ!」
もしかしなくてもアキ君、自分が美少年だと思ってない?
「でもお前、不細工だしな……」
「失礼な! 365度どこから見ても美少年じゃないか!」
「5度多いぞ」
「実質5度じゃな」
「とりあえず美少年という言葉の意味を調べてきなさい。話はそれからだよ」
「三人なんて嫌いだっ!」
そう言うとアキ君は目に涙を浮かべながら走り去っていった。
果たして大丈夫だろうか。どうあがいてもボコられるんだろうけど。
「うぅ……私、明日は教室から動くのやめる。絶対に動かない……!」
「ワシらと違って水瀬は重症じゃのう……」
このあと私は空腹を満たすべく島田さんと自分の手作り弁当をたらふく食べ、体力回復のために屋上で寝ることにした。時間はなかったけど。
あ、それと自身もダメージを受けているのに私を終始介抱してくれた秀吉には近いうちに何かお礼をしようと思う。