バカと私と召喚獣   作:勇忌煉

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第八問

 

「昨日言った作戦を実行する」

 

 翌朝。登校した私達に雄二は開口一番でそう告げてきた。

 まあ、作戦の内容にもよるが私が加わっても問題はないだろう。ようやく全快したし。

 しかし、現在時刻は午前八時半。開戦まであと三十分もある。……ああ、Cクラスか。けど難は逃れている。ということは腹いせね。

 

「秀吉にコイツを着てもらう」

 

 雄二が鞄から取り出したのは女子の制服。つまり秀吉に女装させ、木下優子として活動させるわけか。秀吉の男の尊厳が失われつつあるわね。

 さらにそれを軽く了承する秀吉も秀吉である。少しは抵抗を示すべきだと思う。

 

「秀吉。用意してくれ」

「う、うむ……」

 

 良かった。そんな秀吉でも少しは抵抗があったようだ。

 しかし、何を思ったか彼はこの場で着替え始めた。あーあ、アキ君達が目を離せないと言わんばかりに秀吉を凝視し始めたじゃないか。ムッツリーニに至ってはカメラのシャッターを連写している。……後で買い取ろう。

 秀吉は無事に着替え終えたが、雄二以外の男子は全員複雑な表情になっている。私も男子だったら案外同じ顔になってそうで怖い。

 

「んじゃ、Cクラスに行くか」

「うむ」

 

 雄二が秀吉を連れて教室を出ていき、私とアキ君も慌てて後に続く。

 さてさて、秀吉の演技力というものを見せてもらいましょうか。

 Cクラスの教室の前に着き、立ち止まる私達。ここからは秀吉のターンね。

 

「頼むぞ、秀吉」

「気が進まんのう……」

 

 実の姉に変装して敵を欺く。そりゃ気が乗らないのは当然だろう。

 でもね秀吉。男にはやらなきゃならない時があるんだよ。

 

「そこを何とか頼む。あいつらを挑発して、Aクラスに敵意を抱くよう仕向けてくれ」

「むぅ……しかし――」

「明日お弁当でも作ってあげるから」

「任せるのじゃ」

 

 私の手作り弁当作ります宣言に一変して乗り気になる秀吉。

 ぶっちゃけ半分は適当に言ってみただけなのだが、ここまで効果があるとは思わなかった。

 

「どうせならそれ、僕にも作ってよ!」

 

 黙れアキ君。

 

「秀吉が教室に入るから静かにしろ」

 

 そう言って口に指を当てる雄二。心配ないと思うけどなぁ……念のためか。

 秀吉は目付きを変えると、ガラガラガラと扉を開けてCクラスの教室に入った。

 

 

『静かにしなさいこの汚ならしい豚ども!』

 

 

 そしてこの罵声である。いくら演劇魂が絡んでるからってここまでやる必要性は一体。

 

「さすがだな」

「完璧な挑発だね……」

 

 私達が感心しているうちにも、秀吉はCクラスを遠慮なく罵倒していく。

 もうここまで来ると個人的な事情が含まれてそうな気がする。

 

『私達にはFクラスがお似合いですって!?』

「ごめん二人とも。私あのクラスに用ができたわ」

「待つんだ楓。今ここで君が出たら作戦が台無しになってしまう」

「落ち着け水瀬」

 

 秀吉の罵倒の中には『貴女達には豚小屋がお似合い』というものもあったのだが、Cクラス代表の小山友香はそれをどう受け取ったのかFクラスに例えたのだ。

 あの寝心地の良い卓袱台があるFクラスが豚小屋と同列? 何を考えてるんだあのアマ。確かに環境は褒められたものじゃないが。

 それからも散々Cクラスを罵倒し、靴音を立てながら秀吉は教室から出てきた。

 

「これで良かったかのう?」

 

 確かに良かったけど、なぜ君はそんなにスッキリとした顔になっているのかな? 実の姉に恨みでもあるのだろうか。

 

『Aクラス戦の準備を始めるわよ! Fクラスなんて目じゃないわ!』

 

 無駄にヒステリックな叫びが聞こえてくる。煽りに耐性がないにしてもこれは酷い。

 気づけば開戦まであと十分だったので、私達はすぐに教室へと戻った。

 

 

 ★

 

 

「…………私はまたここで待機なの?」

「悪いな」

 

 今回も私は本陣であるFクラスの教室で待機だ。どうも雄二は私を護衛に置きたがっている。こっちの主武器が理系だったらいいのに……!

 というかこの扱い、首輪に繋がれた番犬を彷彿とさせるのは気のせいだろうか。

 雄二を恨めしく睨んでいると、アキ君が珍しくブチギレながら戻ってきた。

 

「どうした明久。脱走ならチョキでシバくぞ」

 

 いつものように軽い冗談でお出迎えの雄二に対し、ブチギレのアキ君は真剣な表情のままだ。

 アキ君は雄二に話があるらしく、すぐに察したのか雄二も真面目な顔になった。

 

「根本君の制服が欲しいんだ」

「……何があった?」

 

 自分の制服があるのにどうしてキノコの制服が欲しいのだろうか。もしかしてアキ君、そういう趣味に目覚めたとか言わないよね?

 

「勝利の暁にはそれくらい何とかしてやろう」

 

 雄二もそれをあっさりと受け入れた。まるでアキ君にはもうその手の趣味があると言った返答である。いやないけどさ。

 次にアキ君は瑞希を戦闘から外してほしいと言ってきた。理由は言えないようだ。

 ……これは二日前に見た瑞希の挙動不審が関係してるかな?

 

「頼む、雄二!」

 

 どうしても瑞希を外したいアキ君は雄二に頭を下げていた。

 この真っ直ぐさは詳しい事情のわからない私でもわかる、アキ君の良いところだ。

 雄二はこれを了承したが、条件として瑞希が担う予定だった役割をアキ君がやることになった。そこで私を投入すれば良いんじゃ、とも思ったがアキ君の事情を考えると出しゃばれない。

 

「やってやる。絶対に成功させるよ!」

「良い返事だ、明久」

「それで、僕は何をすればいいのかな?」

「タイミングを見計らって根本に奇襲を仕掛けろ。方法は何でもいい」

「皆のフォローは?」

「ない――いや、かなり暇になっていた水瀬を貸そう。だがBクラス教室の出入り口は今の状態のままだ」

「……難しいね」

 

 いやちょっと待ってよ君達。さらっと人を物扱いするのやめてくれない?

 

「楓。身勝手な話だけど、僕のわがままに協力してほしい」

 

 アキ君が真剣な表情のまま私の方に振り向き、雄二の時と同じく頭を下げる。

 こんなにマジなお願いを断ろうなど無下にもほどがある。答えなど決まっているのだ。

 

「……しくじったら引導を渡すからね?」

「上等!」

「それじゃ、上手くやれよお前ら」

 

 頭を上げてこれまた良い返事をするアキ君をよそに、雄二が教室から出ようとしていた。Dクラスに例の指示を送るようだ。

 雄二は珍しくアキ君への信頼を言い残すと、今度こそ教室を後にした。

 アキ君の秀でている部分か……私に言わせればさっきのバカ正直な真っ直ぐさかな。しかし、アキ君の考えは違っていたようだ。

 

「……痛そうだなぁ」

 

 そう言えば私の秀でている部分はなんだろうか。学力? 身体能力? 考えてみるとわからないものね。まあ、個人的にはこの異様に長い前髪を選ばせてもらおう。

 あの貞子ほど長くはないが、目元が完全に隠れるほどには長かったりする。そのせいで男子からの人気は微妙なものになっており、一部では素顔がどうなっているかで議論中らしい。

 

「――よっしゃ! あの外道に目に物見せてやる!」

 

 そんなことを考えているうちに、アキ君は何かを決心していた。

 

「楓。Dクラスの教室付近にいる敵を殲滅して」

「お任せあれ」

 

 アキ君の指示を受け、Dクラス付近をうろついていた敵を召喚獣で次々と戦死させていく。

 充分に点数を補給できていない私にできることはこれだけだ。後はアキ君次第。

 すると三分も経たないうちにアキ君が島田さんと男子二人を連れて戻ってきた。

 

「掃除は終わったよ。後はよろしく」

 

 

 ★

 

 

「お前らもいい加減に諦めろよ。昨日からずっと教室の出入り口に人を集めやがって。暑苦しいっての」

「軟弱なBクラス代表様もそろそろギブアップか?」

 

 あのあと、すぐに雄二と合流した私は正面にいるBクラス代表の根本恭二――正確には、彼のズボンのポケットを凝視していた。

 一瞬見えたのだが、ピンクの手紙のようなものを隠していたのだ。男子である根本があんなものを持つ理由がない。となれば、あれは多分瑞希が探していたもので間違いないだろう。大方、彼女が落としたところを奴が拾った。そしてあれを使って瑞希を無力化したんだ。だからアキ君は戦力としては使えなくなった彼女を外した。

 これでアキ君が珍しくブチギレていた理由がわかった。確かに作戦としては充分なものだが、人を怒らせるにも充分なものだったわけだ。

 

「はぁ? ギブアップするのはそっちだろ?」

「無用な心配だな」

 

 さっきから凄い音が隣のDクラスから聞こえてくるが、おそらくアキ君によるものね。

 音は小さくならずに少しずつ大きくなっており、気のせいか揺れも感じる。

 

「……さっきから壁がうるさいな」

 

 ここまで来るとさすがの根本も怪しみ始める。もう遅いけどね。

 雄二はキリのいいところで私と部隊を一旦下がらせ、

 

「あとは任せたぞ、明久!」

 

 と呟く。

 

 

「だぁぁーーっしゃぁぁーっ!!」

 

 

 それと同時に、アキ君が召喚獣で豪快な音を立てて壁を破壊。その姿を現した。

 これには根本どころか私も驚きざるを得ない。召喚獣を使ったとはいえ、本当に壁を破壊するバカがいるなんて。

 

「くたばれ根本恭二ぃーっ!」

 

 壁の向こうからアキ君達が根本を討つべく駆け寄るも、まだ残っていた近衛部隊に阻まれてしまった。しかし、作戦自体は成功と言える。

 完全に虚をついた形で、並外れた行動力を持つ保健体育の教師が、一人の生徒と共にロープを使って開け放たれた窓から入ってきたのだ。

 もちろんその生徒は――

 

「…………Fクラス、土屋康太」

 

 我らがムッツリーニだった。

 ムッツリーニは丸裸になった根本に保健体育で勝負を申し込む。退路は絶たれたのだ。

 

 

『Fクラス 土屋康太 VS Bクラス 根本恭二

 保健体育 441点 VS 203点     』

 

 

 彼の召喚獣は装備の小太刀で、根本の召喚獣を一撃で葬り去る。

 そして、二日間にも渡ったBクラスとの試召戦争は終結したのだった。

 

 

 

 




 バカテスト 保健体育

 問 以下の問いに答えなさい。
『女性は( )を迎えることで第二次性徴期になり、特有の体つきになり始める』



 姫路瑞希の答え
『初潮』

 教師のコメント
 正解です。


 吉井明久の答え
『明日』

 教師のコメント
 随分と急な話ですね。


 水瀬楓の答え
『死』

 教師のコメント
 遅すぎます。


 土屋康太の答え
『初潮と呼ばれる、生まれて初めての生理。医学用語では生理のことを月経、初潮のことを初経という。初潮年齢は体重と密接な関係があり、体重が43㎏に達する頃に初潮を見るものが多いため、その訪れる年齢には個人差がある。日本では平均十二歳。また、体重の他にも初潮年齢は人種、気候、社会的環境、栄養状態などに影響される』

 教師のコメント
 詳しすぎです。



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