闇のミス・ポッター 作:ガラス
僕の日常はまず騒々しい足音から始まる。
ダドリーの巨体から奏でられる階段の軋む音が僕の目覚まし時計で、扉を開けた瞬間に着付け覚ましに彼からビンタを一発喰らわされる。
「おはよう、ハリー。さぁ、早く朝飯の用意をするんだ」
危うく割れそうになった眼鏡を掛け直しながらリビングに向かうと、そこには新聞を広げてソファに座っているバーノン叔父さんが待ち構えていた。
彼は僕にさっさと朝食の準備をするように命じると、視線をキッチンに向けてせかした。すぐに僕は料理に取りかかり、厚切りのベーコンと卵を焼き、熱々のトーストと新鮮なサラダをこしらえる。すると横からペチュニア叔母さんが現れ、キーキーと小言を零して来た。
「朝食の準備は出来たのかい?全くお前はグズなんだから……早くおし!」
「はい、ペチュニア叔母さん……」
ペチュニア叔母さんにもせかされながら僕はようやく朝食を作り終え、ベーコンエッグを更にのせ、テーブルへと運んだ。すると料理の匂いに釣られてやって来たダドリーがつまみ食いをしようと手を伸ばした。その瞬間、その手は横から出て来た別の手に叩かれ、ダドリーは悲鳴を上げた。
「私よりも先に食事を取ろうなんて良い度胸ね?ダドリー」
「ひ、ひぃ! シェリー、違うんだ。僕はただ……ッ!」
ダドリーの手を叩いた張本人は怪しいを笑みを浮かべながらダドリーの事を見下ろしている。
騒ぎを聞きつけたバーノン叔父さんとペチュニア叔母さんが駆けつけると、何事かと大声を上げて僕達の事を睨みつけて来た。
「シェリー! 儂の可愛い息子に何をしている!?」
「あら嫌だ。叔父様、私はつまみ食いをしようとした意地汚いダドリーに躾をしていただけよ?」
バーノン叔父さんが睨みつけた相手、深い赤い色の髪を腰辺りまで伸ばし、綺麗な緑の瞳をした少女、シェリー・ポッター。
僕の双子の姉である彼女はバーノン叔父さんにどなられながらも優雅に髪を掻き上げ、言葉を返した。そして僕と同じその緑色の瞳でバーノン叔父さんの事を見ると、急に声色を変えた。
「それとも、私に口答えするつもり?」
「ひっ! や、やめろ! “それ”だけは止めろ……!」
その言葉を聞いた瞬間、バーノン叔父さんはもう何も言わなくなってしまった。
後ろで小言を呟いていたペチュニア叔母さんもシェリーが指を鳴らそうとすると悲鳴を上げて逃げ出してしまい、シェリーに逆らう者は居なくなってしまった。
この家でシェリーに逆らえる者は居ない。シェリーが指を鳴らす動作をした瞬間、誰もが一目散に逃げて行く。あれは恐ろしい事が起こる合図なのだ。
そして邪魔者が消えると、シェリーは椅子に座り、僕の方を見て来た。その瞳には軽蔑の念が込められている。
「さぁハリー、邪魔者は消えたから朝ご飯を食べましょ」
「……うん」
優しく笑みを浮かべながらそう言って来るシェリーに僕は恐れを感じながら頷いた。
双子のはずなのに、同じ血が通っているはずなのに、僕とシェリーの立場はこうも違う。
この数年の間でシェリーはこの家の女王として君臨し、対して僕は奴隷のような生活を強いられた。決して仲が悪い訳じゃない。だが、僕とシェリーの間には姉弟の絆など無かった。
◇
私の名前はシェリー・ポッター。
私はこの世界が優しく無い事を知っている。両親は既に故人、唯一の家族は双子の弟のハリーだけ。
だけど私はハリーの事が好きじゃない。弱虫でダーズリー家に逆らう事も出来ない意気地無し。あんな奴と血が繋がっているなんてとても信じられない。
私はダーズリー家との暮らしである事に気づかされた。
愛は決して与えられない……奪う物だと。
それに気づいてから私はダーズリー家に抗うようになった。ダドリーを下僕にし、バーノンをしつけ、ペチュニアを黙らせた。今では私はこの家の女王である。
私には不思議な力がある。触れないで物を浮かせられたり、何も無い所から炎を吹き出させたり、蛇とだって喋る事が出来る。私はこの力を使ってダーズリー家を支配する事に成功した。
「ごちそうさま。じゃぁシェリー、僕は後片付けをするから……」
「ええ、私の分もお願いね」
朝食を食べ終えたハリーは自分の皿を持ってそう言うので、私はナプキンで口を拭きながら私の分の皿をハリーに手渡した。
するとハリーは文句も何も言わず、黙って頷いた。そしてキッチンに向かうと黙々と皿洗いを始めた。
その姿を横目で見ながら私は小さく溜め息を吐いた。
相変わらず文句の一つも言わない……最初から抗うつもりなんて無いのだろう。ハリーはもう諦めているのだ。抵抗する事に。それだからダドリーに虐められるのだ、と私は呟きながらおもむろに彼の額を見た。
そこには稲妻の形をした傷跡がある。そして私にも同じく、額には稲妻の傷跡がある。
これが何なのかは分からない。バーノン達が言うには私達の両親が交通事故に遭った時に出来た物らしいが、こんな珍しい形の傷が同時に私とハリーに出来るとは思えない。恐らく私の不思議な力と何らかの関係はあると思うのだけど。
「ダドリー」
「はい! 何でしょうか?」
「肩が凝ったわ。揉んで」
私がダドリーにそう命令すると、彼はペコペコと頭を下げながら従った。
恐らく先程の一件で懲りているのだろう。私は優雅に紅茶を飲みながらダドリーに肩を揉んでもらった。こんな馬鹿でも力だけはあるから揉み具合は丁度良い。
ふと気がつくとハリーが皿洗いを終えて郵便ポストに手紙を取りに行っていた。
頼まれても居ないのに自分から取りに行くなんて……下働きが板に付いて来たな、と考えながらどうでも良い様に私は紅茶を飲んだ。すると戻って来たハリーの様子がおかしかった。彼はたくさんの封筒の仲から二通の手紙だけ取り出して私の方を見て来た。
「シェリー、僕達に手紙が来てる」
「……何ですって?」
ハリーは震える声でそう言うと、私に一通の手紙を差し出して来た。
私は一度ダドリーに肩揉みを止めさせると、座ったままハリーから手紙を受け取った。すると横からバーノンが現れ、怒った顔をして私達が手紙を持っているのを見ると、まずハリーの手紙から取り上げた。
「お前達に手紙が来ているだと?有り得ん! よこせ、燃やしてやる!!」
「あっ、返してよ! 僕のだ!!」
私達に手紙が来た事が気に入らなかったバーノンはそう言うと私の手紙も奪い取ろうと手を伸ばして来た。その瞬間、私は指を鳴らしてバーノンを壁際まで吹き飛ばした。
「次邪魔をしたら骨を砕くわ……消えなさい」
「ぐ、くぅ……魔女め!」
バーノンは痛そうに肩を抑えながらそう吐き捨てると、ハリーから取り上げた手紙を床に投げ捨て、逃げる様にリビングから出て行った。
バーノン事など気にせず私は封を切って手紙を開き、その内容を読んだ。
“親愛なるポッター殿、この度ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されました事、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封致します。新学期は九月一日に始まります。七月三十一日着で梟便にてお返事を御待ちしております。”
「……ホグワーツ?そんな学校聞いた事ないわ」
意味不明な内容の手紙に私は思わず首を傾げる。
普通ならこんな手紙、何かの悪戯だと思ってすぐに捨てるだろう。バーノンだったら絶対にそうする。ハリーも意味が分からないという顔をして反応に困っている。だが、私はすぐにこの手紙を捨てなかった。一つの言葉に目が離せなくなっていたのだ。
“魔法”。
もしもこの手紙の言っている事が本当だとすれば、私の不思議な力にも説明が付く。魔法という概念が存在し、それを扱う社会があるという事だ。これなら納得が行く。
「ホグワーツ魔法魔術学校……一体何なんだろ?この手紙は」
「さぁ……でも面白い事が起こりそうね」
まだ納得の行ってなさそうな顔をしているハリーに対して、私はワクワクとした心境で声を弾ませながら答えた。
もしかしたら存在するのかも知れない。魔法で満ちあふれた世界が。この愛の無いつまらない世界よりも素晴らしい世界が……もしそうだとすれば、私の“あの夢”を叶える事が出来るかも知れない。
珍しく子供のように目を輝かせながら、私はその手紙を大切にポケットにしまった。
それから私の予想通り、この家では不思議な事が起こるようになった。
ある日バーノンがこっそり私達の手紙を取り上げ、それを燃やしてしまったのだ。するとまた幾つもの手紙が届けられ、果ては扉から溢れるくらいの手紙が雪崩込んで来た。
日曜の時は何羽もの梟達が手紙を持って家の屋根に居たので、流石の私も驚いた。
何度も送られて来る手紙にとうとう我慢が出来なくなったバーノンは強行手段に出た。
家族を連れて皆で家を出たのだ。逃げた場所はまさに孤島と言える小さな小屋だけの島。更に夜には嵐が来るらしく、バーノンはこれで手紙が来ないと安心しているらしい。
「ダドリー、貴方は地面で寝てなさい。私はこのソファを使うから」
「はい! シェリー様!!」
「ダドリー! そんな奴の言う事を聞くな!」
小屋の中はとても寒く、立て付けが悪いのか柱がキィキィと音を立てていた。流石にこんな所では満足に寝れない。そう思った私はソファに座っていたダドリーをどかし、そこを寝床にする事にした。
ハリーはバーノンから毛布だけ受け取り、床で寝るように言われたらしい。相変わらず反抗しないところがだらしない。まぁ、助けるつもりなんて無いけれど。
そして夜になった。手紙では確か七月三十一日……あと数分後の日付。それ以内に手紙の返事を書くようにと記されていた。生憎返事を書く手段はどうしようも無いのだが、果たしてこの事件はこれで終わってしまうのだろうか?
あと三分……あと二分……あと一分……ボロボロの時計の針がだらしなく傾く。
「もうすぐ僕達の誕生日だね」
「そうね……」
床で横になっていたハリーがふと顔を上げて私にそう言って来た。
どうやらハリーも忘れていなかったらしい。そう、七月三十一日は双子の私達の誕生日……それは後一分もしない内にやって来る。まぁ、祝ってくれる人なんて誰も居ないのだけれども。
「シェリーはあの手紙が本当だと思う?魔法だなんて……」
「さぁね、どうでも良いわ。それに、ハリーはもう分かってるんじゃないの?」
「……え?」
「貴方だって身に覚えくらいはあるでしょう。自分の周りで起こる不思議な事に」
ハリーが手紙の事を聞いてくるので、私は面倒くさそうにソファに寝転んで天井を見上げながら答えた。
やはりハリーはまだ手紙に書いてあった魔法の事に関して信じられないらしい。だが彼だって感じた事はあるはずだ。自分の中にある普通とは違う力に。
私が初めて魔法を使えるようになった時、最初は無意識だった。だが段々とそれはコントロール出来るようになり。今では自由自在に操れるようになった。
ハリーにだって経験はあるはずだ。彼は一度動物園でガラスを消すという事を仕出かした。本人は無意識のうちだったようだが……あれは間違いなく魔法だった。ハリーにも私と同じ力があるのだ。
「…………」
「まぁ、気づいてないなら別に良いわ。それに、答えはもうすぐ自分からやって来るでしょうし」
「へ?それってどういう意味?」
段々と嵐が酷くなって来る。小屋の外からは轟々と雨粒がぶつかる音が聞こえて来る。それと同時に、何か巨大な者の足跡も。
まるで岩同士をぶつけてるような激しい音。嵐の中から、その異質な音が少しずつ近くなって来る。
ふと私は時計を見る。後十秒……もうすぐ私とハリーの誕生日。
時計の針が傾き、七月三十一日になった。おめでとう、これで今日から十一歳。
それと同時に、扉の向こうから強烈な爆発音が聞こえて来た。まるでつまらない現実を突き破って来るかのように、その向こう側からは明らかに異様な者が姿を現す。
「誕生日おめでとう。ハリー! シェリー!」
頭の天辺から顎の所まで毛むくじゃらで、天井にぶつかるくらい大きな体をした男は、先程扉を破壊したばかりなのにどうでも良いと言わんばかりにニッコリと微笑んで私達にそう話し掛けて来た。
何故私達の名前を知っているのかは分からない。隅っこで寝ていたダドリーは突然現れた不審者に驚き、声を上げてバーノン達を呼んでいる。
ハリーも警戒しているようで、隠れるようにソファの後ろで縮こまっていた。だがそんな中、私だけはその訪問者を快く歓迎していた。
そうよ、これよ。これが私の望んでいたもの。つまらない現実を突き破ってくれる物……魔法。
ありがちな設定ではあるけど、闇落ち系という事で一つ。