闇のミス・ポッター 作:ガラス
それは学期末の夏休みの後半頃、ある日突然起こった。
いつものようにハリーがダーズリー家の朝食の準備をしていると、突然荷物を持ったシェリーが降りて来たのだ。持っているバッグはかなり膨らんでおり、とても外出にしていくような格好では無かった。
「シェリー、そんな荷物を抱えて一体どうしたんだい?」
ハリーは焼いていたベーコンの事を忘れ、思わずそう尋ねてしまった。慌てて火を止めてからシェリーの方へと駆け寄る。すると彼女はなんて事は無いと言わんばかりに澄ました顔で答えてみせた。
「ちょっとマルフォイの所へ行ってくるのよ。夏休みの半分はあっちで過ごすつもりだから」
その回答はちゃんと理由も目的も答えていた。だがハリーには理解する事が出来ず、一瞬硬直してしまった。それからすぐにハッとした顔をしてもう一度シェリーの事を見た。相変わらず彼女はその美しい容姿を保ったまま、澄ました顔をしている。自分が今言った言葉に何ら疑問を抱かない表情であった。
「それじゃホグワーツで会いましょう。それまで元気でね」
「えっ!? いや、ちょ……待ってよシェリー! もう少し説明を……」
それだけ言い残すともう言う事は無いとした態度でシェリーは歩き出し、玄関へと向かって行った。まだ理解が追いついていないハリーはすぐにその後を追うが、彼女は外へ出て扉を閉めた後、ハリーが外に出た頃には彼女の姿は消えていた。
一人残されたダーズリー家に残されたハリーは残りの夏休みをどう切り抜けるか、そして夏休みが終わった頃にはシェリーはどのようになってしまっているのか……そんな不安を抱きながら、ハリーはその場で大きくため息を吐いた。
◇
「わざわざ出迎えてもらって悪いわね」
「ふん……まぁ君は客人だからな。もてなすのは当然だ」
ハリーと分かれた後、私は自分が言った通りマルフォイ家へと訪れていた。ご大層に大きな屋敷に、道に置かれた石像、マルフォイの無駄に上品な服装……まさに貴族のようだ。いや、実際の所貴族なのだろう。彼ら純血主義者からしたら。
屋敷の中に招かれると、私の荷物は屋敷僕の妖精が運んでくれた。妖精など見たのは初めてだが、何だかイメージしていたのと違って驚いた。魔法の世界は何でもかんでもファンタジーという訳では無いようだ。
しばらくそこで待たされると、奥の方から一人の男性が現れた。マルフォイと似た青白い肌に、長い白髪、杖を持っているその姿は紳士のようで、私は勝手にシルクハットが似合いそうだなと思ってしまった。
「ようこそ、ミス・ポッター。我が家に歓迎しよう」
「お招き頂き有り難う御座います。ルシウス・マルフォイさん」
マルフォイの父、ルシウスは仰々しくそう言いながら私の事を歓迎してくれた。私もお辞儀をして挨拶をし、彼が招いてくれた事を感謝した。
「ドラコ、彼女に部屋を案内してやりなさい」
ルシウスはマルフォイにそう指示を出すと、杖を持って去って行った。どうやら後の事はマルフォイに任せているらしい。マルフォイはちょっと面倒くさそうに顔を顰めたが、それでも紳士を貫く為か、私の方を振り向くとなるべく愛想笑いを浮かべながら付いて来るように言って来た。
私の部屋はダーズリー家とは比べ物にならないくらい綺麗に掃除された部屋だった。置いてある物全てが高価に見え、天井にはシャンデリアが、棚の上には金細工の置物が置かれていたりした。
思わずその光景に見惚れていると、マルフォイがつまらなそうに鼻を鳴らした。
「はぁ、全く。何で君がうちに来るんだ……」
「フフ、だって仕方が無いじゃない。“招待”されちゃったんだから」
露骨に嫌そうな顔をしているマルフォイに私は悪戯っこのように無邪気な笑みを零した。
そう、これは何も私が自ら望んだ事では無い。向こうから申し出て来たのだ。ルシウスが何を考えているのかは分からないが、彼は突然私に手紙を送り、夏休みはマルフォイ家で過ごさないかと尋ねて来た。もちろん断る理由は無いので、私はそれを受け入れる事にした。
だから私が遠慮する事は無いし、マルフォイも私を無下に扱う事は出来ないのだ。
「父上が何を考えてるのか分からない……言っては何だが、君はその……あー、アレだし」
「混血?別に遠慮しないで良いのよ。私も分かってるわ。その点は不思議よね。ルシウスさんが何を企んでるのかは知らないけど、穢れた血が交じってる私を屋敷に招待するなんて……」
マルフォイが濁して言おうとした言葉を私は躊躇せず言った。
混血……更に酷く言えば穢れた血が混ざった血。それが私。純血主義者として絶対の権力を振るうルシウスが何故そんな私を屋敷に招待したのにかは疑問が残る。元々クリスマスの時にプレゼントをくれたりと変な所はあったが……もしかしたら私の血の方では無く、ヴォルデモートとの繋がりの方を気にしているのかも知れない。まぁ何にせよ、今は判断する事が出来ないので様子見する事しか出来ないが。
「まぁ今は精々楽しませてもらうとするわ。此処でなら魔法の勉強は幾らでも出来るし、丁度良い練習相手も居るしね?」
「あー、えっと、僕は母上から頼まれていた事があって……」
「どうしたのマルフォイ?ああ、この呼び方じゃルシウスさんと被っちゃうか。ドラコ?」
今にも逃げ出そうとするドラコの肩を掴み、私はニコリと微笑んだ。すると彼は壊れた人形のようにギリギリと首を曲げ、顔を青くした。
こんな機会を無駄にする訳が無い。この最高の環境と、幾らでも好きに出来る状況。ダーズリー家とは比べ物にならない程素晴らしい。此処で吸収出来る物は全て吸収してやる。そう強く思いながら、私はニヤリと笑みを零した。
◇
「貴方、お話があるの……」
ナルシッサ・マルフォイは、夫であるルシウスの書斎を訪ね、彼に尋ね事をした。ルシウスは愛する妻の質問なのだから当然嫌な顔をせず、書き掛けだった書類の手を止めるとナルシッサの方へ顔を向けた。
「何だい?シシー」
「あのポッターの事よ……ドラコのお友達みたいだけど、何故あの子を屋敷へ招いたの?」
ナルシッサは恐る恐る質問し、今朝から疑問に思っていた事を口にした。
シェリー・ポッター。言わずとも知れた“生き残った双子”の片割れ。魔法界ではその名を知らぬ者など居る訳が無く、当然ナルシッサもその存在を認知していた。だからこそ、ルシウスが彼女を屋敷へ招いたのが理解出来なかった。
彼女は我らがかつての主であったヴォルデモートを何らかの方法で打ち破り、伝説として祭り上げられるようになった。そしてヴォルデモートは姿をくらまし、完全に消息を絶ってしまった。つまり、シェリーはヴォルデモートの仇なのである。そんな女を、ましてや穢れた血が流れている者を家に招くのが、ナルシッサ我慢ならなかった。
「ああ、それの事か……」
それに対して、ルシウスは落ち着いた態度を取った。別段問題視するような素振りを見せず、彼はゆっくり椅子から立ち上がるとナルシッサの方へ歩み寄った。愛おしい人を撫でるように彼女の肩に手を置き、安心させるように声を掛けた。
「シシーよ。心配する必要は無い。これは単なる社交辞令だ。ドラコの友人を家に招いた所でおかしな点はあるまい?」
「けれど……彼女は混血なのよ?」
ルシウスの説明に納得がいかず、ナルシッサは一番の疑問点を口にした。これには流石のルシウスも眉を潜め、少し言いにくそうな顔をした。けれど彼は覚悟を決め、打ち明ける事にする。
「シェリー・ポッター。学期末テストは全て高得点、授業態度も良く、友人関係も幅広い。何よりスリザリンでありながら他人を見下したりしない態度が好感を持たれる……との事だ」
突然のルシウスの説明にナルシッサは首を傾げた。
夫が今言った言葉がシェリー・ポッターの事を言っているのは分かるが、それが何を意味しているのかが理解出来なかったのだ。
「シェリーの周りからの評価だよ。彼女は優等生で、皆からも好かれている。教師達すら彼女には好感を持っているのだ」
「……それが、どうだって言うの?」
優等生だという事は分かった。周りからも好感を持たれており、友達が多い事も分かった。だがそれが何故屋敷に招く理由に繋がるのかがナルシッサには未だに理解出来なかった。
ルシウスはただ淡々と、それでいて何か企んでいるような怪しい瞳を輝かせた。
「考えてみたまえ。彼女のような優秀な人材がドラコと仲が良ければ、のちのち優位に立てる。何より彼女は“生き残った双子”の肩書きを持っている。利用出来るのだよ」
此処でようやくルシウスは自分の本音を話してみせた。
一時はヴォルデモートの件で立場が危うくなった彼は、何とか誤摩化す事でそれを凌いだ。だがそれがいつまでも続くとは限らない。そこで彼は自分の立場は絶対たる物とするべく、天敵であるシェリーを利用しようと考えたのだ。幸い、彼女は息子のドラコと仲が良かった。言い寄るのは簡単であった。
「つまり……死喰い人にするの?」
「いや、いやいや。そこまででは無い。彼女は“あの方”の仇だ。そのような事は出来ない……だが彼女はハリー・ポッターとは違う、何らかの目的を持っている。もしかしたら協力関係を結ぶ事が出来るかも知れない」
ナルシッサの質問に対してルシウスはすぐに否定して見せた。
シェリーを仲間にする訳では無い。そんな事をすれば今度こそルシウスは死喰い人達を敵に回す事になる。あくまで利用でき、仲間では無い一歩手前のギリギリの関係を貫く。だからこそ息子のドラコを使っての遠回しなアプローチを掛けているのだ。
だがルシウスはシェリーのもう一つの面を見抜いていた。彼女の瞳の奥底に隠れている闇。それに薄々と勘づいていたのだ。それが敵となるか味方となるかは分からないが、いずれ来るべきの為に、ルシウスは彼女に唾を付けておく事にした。それが危険な事だとは知らぬまま。
「へぇ……中々考えてるじゃない。貴方のお父さん」
その会話を、今の今まで聞いていたシェリーは面白そうに笑みを浮かべながら感想を零した。その手には造り物の耳が握られており、彼女はそれを耳に当てて会話を盗み聞きしていた。
「ん?どうかしたのか?シェリー」
「何でも無いわよ……でも、フフ。中々使えるわね。この試作品」
シェリーは笑いを零しながら耳を眺めた。
これはフレッドとジョージと共に作った試作品の悪戯道具で、会話を盗み聞きする事が出来るという優れ物なのである。とは言ってもまだまだ試作段階で、ノイズが酷かったり声が裏返って聞こえたりと色々と障害もある。ただ今回だけは、上手く機能したようだった。
「楽しみだわ。私の知らない所で色んな策が巡ってる……ダンブルドア、ヴォルデモート、ハリー……勝つのは一体誰かしらね?」
様々な人が柵を巡らせ、己が優位に立とうとしている。その状況に臆する事無くシェリーは心から楽しんだ。もしかしたら自分も巻き込まれて死ぬ可能性があるのにも関わらず、彼女は表情をゾクゾクとさせて頬を赤らめていた。
彼女の誰に問うたか分からない質問は、マルフォイには聞こえなかった。だが、彼女はハッキリと答えを得ていた。
勝つのはーー私だ。
※現在は私情により更新停止中。