闇のミス・ポッター 作:ガラス
「手を組むだと……?」
ヴォルデモートは眉を潜めた。
先程までこちらに強烈な敵意を向けていた少女が、今はうって変わって大人しく見える。腕を降ろし、完全に無防備な姿はいつでも殺せるくらい隙だらけだった。その変わりように、ヴォルデモートは納得がいかなかった。
「納得がいかんな。貴様はつい先程まで俺様に敵意を向けていたではないか」
「あれはただの様子見よ。手を組む相手が弱ければ話にならないでしょう?」
質問に対してシェリーは詫びる事なく率直に答えてみせた。そしてその言葉は理にかなっていた。
重要な目的を前に、手を組む相方の実力が疎かであれば話しにならない。自分であればそんな奴は殺してやる、ヴォルデモートはそう考えた。
そしてこの戦いには両者とも納得がいく答えが用意されていた。
シェリーはヴォルデモートの実力を伺う事ができ、己の今の力量を把握する事が出来た。ヴォルデモートもシェリーの力を知る事ができ、更にそれが今後伸びる事も薄々と勘づいていた。その実力は、明らかに並の死喰い人よりも強い。ヴォルデモートは密かにシェリーを仲間にしたいと思っていた。
(だが奴は予言にあった俺様を殺す子供……仲間には出来ん)
予言の事を思い出し、ヴォルデモートはすぐにその思いを振り払った。
かつて自分を殺す可能性がある子供が生まれる事を知り、その不穏因子を抹消しようと彼は動いた。だが結果は己は力を大半失い、形すら保つ事の出来ない程弱り果ててしまった。もう同じ様な過ちは犯したく無かった。しかし、ヴォルデモートの頭の中にある事が思い出された。
(確か、予言には片方が俺様と手を組むと旨趣された内容があった……まさかこれの事か?)
片方は帝王と契りを結び、もう片方を滅ぼそうとするであろう。その言葉でヴォルデモートは考え方を変えた。過去ではどちらかを判断出来ない為に両方共始末してしまおうと考えたが、ここまでの強力な魔法力を持った人材は是非とも欲しい。己の身の安全よりも、遥かなる高見の為に帝王は危険な賭けに出る事にした。
「良いだろう。して、具体的にどうするつもりだ?」
「ご、ご主人様!?」
「貴様は黙っていろ。クィレル」
ヴォルデモートはシェリーの提案を受け入れる事にした。まだ危険要素はあるが、そんな物いつでもどうとでも出来る。その油断と慢心から彼は判断を甘くしてしまった。
その決断にクィレルが驚いたように声を上げるが、ヴォルデモートは二の次を言わせず黙らせた。
「別にする事は簡単よ。仲間にはならないけど手を組むだけ……ただそれだけの関係」
別段シェリーが詳しく説明する必要は無かった。というよりもする事が出来なかった。
今のヴォルデモートは弱っているせいで力を振るう事が出来ない。シェリーもまた、まだ幼い為大人に対抗出来る程の力を持っていない。今の状態では世界を征服する事は愚か、ダンブルドアを殺す事すらままならないのだ。
だから今は約束をする事しか出来ない。お互い敵対せず、将来自分達の力を最大限までに引き出す為に必要以上に干渉せず、障害を取り除く利害が一致した関係。それを築く事しか出来なかった。
いずれダンブルドアを殺す為、二人は今はじっと待つのが最優先事項。それが分かっているからこそ、シェリーはこの時点でヴォルデモートと手を組もうと判断したのだ。
「ならば誓え。俺様が復活するまで貴様は俺様と敵対せず、復活した暁にはダンブルドアを殺す為に協力すると」
「誓うわ。貴方も誓いなさい。私とは敵対せず、私が成長して十分な力を付けたら、共にダンブルドアを殺すと」
魔法の誓いでは無く、口約束で二人は誓い合った。
この誓いには束縛性は無い。簡単に破る事が出来る薄っぺらい誓いであった。だがそれでも二人の瞳にはしっかりと炎が灯っており、それを成す為に執念と憎悪が籠っていた。
そして誓いが終わった後、シェリーは杖を拾った。もう此処には用が無い為、必要以上に留まる必要が無かった。それどころか余計な証拠を残さないようにする為、すぐにこの場から立ち去るべきだった。最後に、シェリーは立ち去る前にクィレルの方に振り向くと鏡越しにヴォルデモートの事を見た。
「じゃぁ私はこれで……ああ、それと。石が欲しいならハリーを利用しなさい」
それだけを言い残し、シェリーはその場から立ち去った。
彼女は気づいていた。部屋に設置された鏡が“みぞの鏡”である事を。そしてそこに賢者の石が隠されている事を。取り出し方もシェリーは気づいていた。しかしそれは己では出来ないと判断し、彼女はすぐにその場から立ち去ったのだった。
悪魔は爪痕を残し、帝王は強力な懐刀を手に入れた。闇の勢力は着々と成長していく。止められる者は、少ない。
◇
あれから、ヴォルデモートと分かれた数分後、自室へ戻ったと直後に私の額に強烈な痛みが走った。ハリーのうめき声と、ヴォルデモートの叫び声のような物が聞こえる。そんな幻聴と共に私はベッドに倒れ込み、痛みに悶え苦しんだ。
ようやく痛みが収まると、私は薄々と感じ取った。恐らくあの最新部でハリーはヴォルデモートに打ち勝ち、ヴォルデモートは逃げ出したのだろう。
「強く……ならないと」
己の小さな拳を握りしめながら、私はポツリとそう呟いた。
もう逃げる事は出来ない。私は闇と契約を成してしまった。この契約を最大限にまで活かせるようにする為、私は更なる力を付けなくてはならない。ハリーにも、ダンブルドアにも負ける訳にはいかない。この世界を奪うのは、私なのだから。
そう心の中で自分に言い聞かせながら、私は枕に顔を埋めて瞳を閉じた。
翌朝、広間はざわついていた。いつもあるはずのハリーの姿が無く、ハーマイオニーとウィーズリーは何やら慌てた様子で走っていた。
何事かと尋ねてみると、ハリーが倒れて発見されたらしい。今はマダム・ポンフリーの所で寝ているようだが、全然目を覚まさないようだ。
「ふーん……どうでも良いわね」
「どうでも良いって、一応君の弟だろう?」
ハリーの騒ぎに私はどうでも良いように顔を背け、朝食のスライスされた肉を一枚フォークで掬いながら口に運んだ。
そんな私のあまりにも横暴過ぎる態度にマルフォイが呆れたように顔を顰め、姉としての良心は無いのかと私を嗜めて来た。私は肉を噛みながら、ふっと視線を細めた。
「あらマルフォイ、貴方随分と優しくなったのね?」
「い、いや! そういう訳じゃないぞ。僕は君が姉としてもう少し思いやりと言うか……」
私が思った事を言うと、マルフォイは顔を真っ赤にして否定して来た。その分かり易過ぎる反応に思わず私は吹き出してしまい、クックッと笑ってしまった。
マルフォイも随分と変わったものだ。私が会ったばかりの頃はただただ生意気な小僧だったのに……何で変わったんだろう?私のせいか?
そんなこんなんで二日後、ようやくハリーが目を覚ましたので私は会いに行く事にした。
事情聴取とヴォルデモートと出会ってどんなだったと、彼がそれでどんな思いを抱いたかを知りたかったからだ。まぁ表向きは優しい姉が弟が心配だから会いに行く、という事になっている。そうしないとマダム・ポンフリーが許してくれないから。
「久しぶり、ハリー」
「シェリー……」
病室では、ハリーがベッドで横になって百味ビーンズの箱を開けたりして暇を潰していた。
青白くてただでさえ病弱そうな顔をした様子は少し弱々しく見えるが、ちょっとは顔色が良くなっている気がする。何より瞳に強い信念が籠っているような気がした。
「ダンブルドアから話しは聞いてるわ。“例のあの人”と会ったんでしょう?」
「うん……そうなんだ……」
私が話しを切り出すと、ハリーは弱々しい声で答えた。
ただでさえトラウマだったのか、それとも両親の仇と対峙した事が恐ろしかったのか、どこか恐れたように見える。けれどベッドのシーツを強く握っている姿からは確かに反抗心を感じた。
「どうだった?彼は?」
「凄い恐ろしかったよ。人間じゃないみたいな顔してて、蛇みたいで……あと、声に凄い威圧感があった。誰でも服従させるような、支配者のような雰囲気が」
ヴォルデモートの事を尋ねてみると、ハリーは事細かに説明してくれた。
よっぽど印象に残ったのか、前から人の特徴を述べるのが上手いハリーは丁寧にヴォルデモートの雰囲気を教えてくれた。そしてそれは完全に一致していた。私が戦った時に感じたのと同じ様に、ハリーは奴の事を完全に理解していた。
だが彼には私と違う捉え方をしている点があった。
それは完璧にヴォルデモートを悪として捉え、倒さなければならないという見方をしている点だった。奴が悪で、自分が正義。その思いだけはしっかりと抱いているようだ。
「あいつは絶対倒さないと駄目だ……僕達の両親の仇でもあるし、今回逃がしたからきっと戻って来る……今度はダンブルドアと協力しないと」
ハリーは拳を握りしめ、強いそう言った。私に対して話し掛けている訳では無い。己に言い聞かせ、覚悟を決めているのだ。だが私にはそれが理解出来なかった。
何故ダンブルドアと協力しようとする?何故わざわざヴォルデモートを倒そうとする?
私達には世界を支配するだけの力がある。そして愛は奪う物だと知っている。だからこそ、魔法界もマグルの世界も手に入れれば真の幸せが手に入るのだ。その過程でならヴォルデモートと敵対する必要は無い。目的は一致しているのだ。そしてそれを妨げようとしているのはダンブルドア。私達を抑制し、鎖で縛ろうとする。殺すべきなのはダンブルドアのはずだ。
双子であるのに何故ここまで考え方が違う?同じ環境で育ったのに何故ここまで違う思いを抱く?理解が出来ず、私は思わず立ちくらみがした。ハリーの事が、全然理解出来なかった。
「何故、そう考えるの……?」
「……え?」
思わず我慢出来ずに私はハリーに話し掛けてしまった。
何故そう考えるのか?何故ダンブルドアの肩を持とうとするのか理解出来ない。その謎を解明する為、尋ねずにはいられなかったのだ。
「ヴォルデモートは世界を支配しようとしている。それの何が悪いの?今の世界に愛は無い。私達が愛を手に入れる為には、自分達で奪うしか無いのよ」
私が突然ヴォルデモートという言葉を使ったのに驚き、ハリーは目を見開いた。続けて私が言った言葉に理解出来ないというように首を傾げ、目を細めて来る。
それでも私は言葉を止める事が出来なかった。理解出来ない事を相手に押し付けようと、ただ必死に喋り続ける。
「ハリー、私達には特別な力がある。ダンブルドアを凌げるくらいの才能がある。それを活かす事が出来るのよ?闇の世界でなら」
「な、何を言っているんだい?シェリー」
やはり、ハリーには理解して貰う事が出来なかった。
思えばこうやって腹を割って話すのは初めてだったかも知れない。双子の姉弟なのに不思議だ……いや、もしかしたら最初から分かっていたから話せなかったのかも知れない。根本的に違うのだ。私とハリーは。
私は顔を俯かせ、落ち込んだ。その様子を見てハリーは戸惑ったように慌て、私に蛙チョコレートを食べるかい?と尋ねて来た。しかしそんな言葉には耳を貸さず、懐から杖を取り出すと私はハリーに呪文を唱えた。
「オブリビエイト。忘れなさい……ハリー、やっぱり私と貴方は違う道を行くのね」
忘却術を掛け、ハリーに今の記憶を完全に忘れてもらった。余計な情報をダンブルドアに渡す訳にはいかない。何よりハリーには私が闇の側に居る事を知られる訳にはいかない。
私はハリーを眠らせると、最後にその寝顔を見てからそっとその場を離れた。
学年末、盛大なパーティーが行われながらその年を終える行事が行われていた。
何よりの重大なイベントは寮対抗杯の表彰を行う事であった。得点では四位がグリフィンドール、三位がハッフルパフ、二位がレイブンクロー、そして一位が我らがスリザリンであった。
マルフォイは満足そうに頬をにやつかせながらふんぞり返っており、クラップやゴイルも嬉しそうに料理を食べていた。だがそんな中、私は一人沈黙を貫いていた。まだ油断は出来ない。何故ならダンブルドアがハリー達のあの功績を見逃すはずが無いからだ。
「どうしたシェリー?そんな暗い顔しないで一位の勝利の美酒を味わおうよ」
「黙りなさい、マルフォイ。私は今忙しいの」
そんな事は知りもせず、マルフォイは完全に浮かれてジュースを飲みまくっていた。これでは貴族というよりもただの酔っぱらいである。そんなうざったらしいマルフォイの手を振りほどき、私は静かにダンブルドアが座る先生達の席の事を睨んだ。
その事を知ってか知らないでか、彼はニコリとこちらに微笑むと声を大きくして生徒達に得点の発表をした。
「さて、スリザリンは良くやった……だがつい最近の出来事も勘定に入れないとのぉ」
その言葉で先程までのスリザリンの喜び具合が嘘のように去って行った。皆も噂で聞いていたので薄々と感じていたのだ。グリフィンドールの功績に……その絶望感が今になって戻って来た。
ダンブルドアはそんな私達の心に突き刺すように次々とグリフィンドールの得点を上げて行った。ロン・ウィーズリーのチェス、ハーマイオニー・グレンジャーの機転の良さ、ハリーの精神力の強さ、そしてネビル・ロングボトムの勇敢さ、その得点だけでスリザリンと完全に並んでいた。
私があれだけ先生方に媚を売って上げた得点が……簡単に並ばれてしまった。
「そ、そんな……!? グリフィンドールと同点!?」
「…………」
先程まで浮かれていたマルフォイも事態の深刻さを理解し、引き攣った笑いをしながら現実を受け止められないように首を振った。
だがダンブルドア、此処からどうするつもりだ?まさかこのまま同点で仲良しこよしと幕を閉じるつもりか?そんな物は誰も納得しないし、むしろスリザリンとグリフィンドールのいがみ合いが酷くなるだけだ。一体どうする?
そんな私の疑問を見抜いているように、ダンブルドアは更に言葉を続けた。
「ああ、あと。スリザリンの方のも勘定に入れないとの。忘れておった」
その言葉にスリザリン一同だけで無く、全ての寮の生徒が驚いた。
私自身も驚いている。つい最近スリザリンの生徒が功績を残した噂なんて聞いた事も無い。あったのならマルフォイが自慢げに話しをしているはずだ。どういう事かと思ってダンブルドアの事を見ると、彼は私の事を見ていた。視線が合い、私はハッと顔を青くする。
「シェリー・ポッター。弟の為に強大な悪に対峙し、見事退けた……その功績は正に褒められるべき行為である。スリザリンに五十点与えよう!」
ダンブルドアは微笑みながらそう宣言した。しかし私にはその笑みが邪悪な笑みにしか見えなかった。
旗が書き換えられ、スリザリンの象徴の緑と蛇のマークが広がる。それと同時にスリザリン生から歓声が上がり、何人もの生徒達が私の肩を叩き、拍手を送って来た。あのマルフォイですら喜んだ顔をして私に抱きついて来る。
そんな中、私はただ呆然とダンブルドアの事を見る事しか出来なかった。周りからの賛辞の言葉など聞こえず、妙な機械音のような物が頭の中で響いていた。
ああ、そうか……全部お見通しという事か。流石はダンブルドア……認めるよ、私の負けだ。
きっと彼は気づいていたのだろう。私があの夜抜け出し、ヴォルデモートへ会いに行ったのを。そしてそれに気づいていながらも黙っていたのだ。私がどちら側なのかをはっきりと見極める為、そして私はまんまとダンブルドアの手の平の上で踊っていたという訳だ。
ああ、くそ……どうしようもならない。完全に私の不注意だった。もっと警戒すべきだった……相手は世界一の魔法使いなのだ。もっと綿密に計画を練るべきだった。
私は血が出るくらいに強く唇を噛み締め、ダンブルドアの事を睨んだ。
今は認めよう、私の負けだ。だが次こそは……私が成長して、十分な力を付けたその時こそは、その心臓に禁じられた呪文をプレゼントしてやろうでは無いか。
私はそう心に誓い、ゴブレッドに入った赤い液体を飲み干した。