更新に随分と時間がかかってしまいました
これからも少しずつ更新していきますので、楽しんでいただけたら幸いです
それではお楽しみください
2020/04/07:修正しました。
閉門時間に差し迫っている頃、禅十郎は再び生徒会室に訪れていた。
深雪は既に達也と一緒に下校しており、生徒会室には真由美、摩利、市原、克人の第一高校のトップ達が揃っている。
それほどの人達が集まっているが、今回は禅十郎と話をする為ではない。
今回の主役は別におり、禅十郎がここにいるのは今回の話を聞くためだ。
「まさか、達也君が『ブランシュ』を知っているとはな」
まだメンバーが揃っていないため、摩利はふと今日の昼の話題を思い出していた。
「まぁ、その気になれば調べられないことでもないことですからねぇ」
今日の昼、達也が先日の壬生先輩との会話の内容を話してくれた。その内容は風紀委員会の活動が生徒の反感を買っていると言うことだった。
風紀委員は点数を稼ぐために強引な摘発をしていると達也は言ったが、摩利と真由美はそれを否定した。
これで話が終わると思っていたが、達也が予想外にこの話の深くまで追求してきた。
風紀委員の良からぬ噂などを流し、印象操作をしている何者かがいるのではないかと聞いてきた時は、流石の真由美も驚きを隠せなかった。
真由美が動揺したためなのかは分からないが、その後達也が確信したように『ブランシュ』の名前を出してきたのである。
それも中条がいる目の前でだ。
その瞬間、後輩を巻き込みたくないと思っていた真由美の努力は完全に水の泡となってしまった。
「たく、あいつの所為で七草先輩の努力も水の泡になっちまいましたね」
「禅君、それくらいの覚悟は私にだってあったんだから」
(嘘つけ、昼にめっちゃ動揺してたじゃん)
流石にそこまで口にすることはしなかったが、真由美の努力が無駄になってしまったために、達也に対して禅十郎は若干腹を立てていた。
「それに、あいつのおかげでこんな集まりをしなきゃいけないわけですし」
達也が中条の目の前でブランシュの名前を出したことで、真由美は隠し通せないと判断し、第一高校の置かれている状況を説明することにしたのだ。
今回は生徒会の二年、服部と中条に第一高校が置かれている状況を詳しく説明するための集まりなのである。
「いつまでも過ぎた事を気にしていても仕方ありません。今回はブランシュの存在が予想以上に広まっていたことを考慮していなかった私達の落ち度です」
面倒くさそうな顔をして言う禅十郎に市原は注意した。
ここにいる全員が市原の言葉に納得する。
市原の言う通りだと禅十郎は思っていたが、禅十郎が面倒くさいと感じていた理由は他にあった。
(中条先輩はともかく、問題は服部先輩だよなぁ。副会長を差し置いて一年生の俺が関与していることを知ったら、あの人、どんな反応するんだろ)
実は服部が誰に思いを寄せているのか、先日の模擬戦での服部の反応を見て禅十郎は勘づいていた。
そんな服部が副会長の立場である自分を差し置いて、禅十郎が関与していることを知れば一体どんな反応をするのかと思うと面倒な気がした。
そんなことを考えていると、服部と中条がやって来た。
真由美達は二人に詳細を説明し、禅十郎はその光景をただ傍観する形となった。
話を聞いていた二人の反応は対照的だった。落ち着いて話を聞いている服部に対し、中条は顔が青ざめていた。服部はともかく、気の弱い中条にはこの話は荷が重かったのだろう。
話をしている真由美も本当は辛いのだろうが、覚悟を決めた以上、彼女は説明を続け、摩利達は時々その補佐をしていた。
そんな光景を見ながら、禅十郎はふと別のことを考えていた、
(それにしても、なんで達也の奴がブランシュについてあそこまで喰いつくんだ? あいつなら七草家と十文字家がこの状況を無視していないのは分かっている筈だし……。九重のおっさんが知り合いのよしみで注意を促したか?)
達也について色々と思うことがあり、真由美達の会話をそっちのけで考え事に没頭していた。
まず第一に奇妙なのは達也のブランシュへの関心が強いことにある。彼はごく一般的な家庭であり、二十八家の関係者ではないことはすでに調べがついている。精々、九重寺と関りがある程度で率先的にブランシュと敵対することに結びつかない。
シスコンを拗らせて例年でも稀に見るほどの優秀な妹にテロリストの魔の手が届かないようにするために情報を集めているという可能性も捨てきれないが、流石にふざけ過ぎている。
(いや、待て……)
ふざけて思いついた理由を頭から離そうとする直前、禅十郎はある違和感を覚えた。
(そもそも数字持ちですらないのに、一般家庭から十師族並みの魔法師が生まれるものなのか?)
あの二人のパーソナルデータは興味本位で覗いたことがある。その内容はあまりにも平凡過ぎた。家庭も彼等の家族も有り得ないほどに平凡であり、データを見ても深雪のような才能を持った魔法師が生まれるとは到底思えなかった。
あまりにも仮定に仮定を重ねた妄想であると理解しているのに、何故か頭の回転が止まらない。自分でも驚くほどに思考を停止するより、考えることを推奨していた。
そして禅十郎はあることを思い出した。
それは深雪には初めて会った時に一瞬だけ、気のせいと思えるほどに僅かな時間、彼女の顔を見て背筋が凍った。容姿を見たからというのもあるが、彼女から放たれる気配が嘗て禅十郎が一目見ただけで危険と判断した人物と極めて似ていたからだった。
そのことに気付いた禅十郎は嘗て出会ったその人物を思い出す。そして、その人物の容姿が鮮明になった瞬間、彼にはある仮説が思い浮かんだ。
(まさか……。いや、そもそもブランシュの目的はこの国の……。だとすれば……)
ただの偶然かもしれないが、これならば辻褄が合う。極めて不自然だったものが一気に矯正されていく。
(司波……『しば』か)
真由美達の話が終わり、神妙な雰囲気を漂わせている中、禅十郎はある仮説を立てていた。
そして考え事をしていた為に話を聞いていなかったことが摩利にバレ、制裁を喰らうのであるが、そこは割愛させてもらう。
時間は少し進む。
夕食を終えて少しして、達也と深雪は居間で達也の用意したケーキを味わっていた。
普通ならただの兄妹の団欒のように見えるだろうが、今回は少し異なっていた。
「キャビネット名『ブランシュ』、オープン」
達也の声に反応し、二人の近くにあるディスプレイ上にブランシュの調査ファイルが表示される。
深雪とは無関係では済まされないと判断した達也が情報共有の為、話をすることにしたのである。
ブランシュの掲げる差別とは何か。魔法科高校に通う生徒が何故、反魔法団体で活動しているのか。何故、人は『平等』と言う理念に縋りついてしまうのか。
達也との会話で深雪も少しずつそれらを理解していった。
「魔法による差別反対を叫び、魔法師とそれ以外の者の平等を叫ぶブランシュのような奴らの背後には、この国を、魔法が廃れた国にしたい勢力が見え隠れしている」
今までの話を踏まえ、達也はブランシュの目的について推測した。
「良くも悪くも魔法は力だ。財力や技術力、軍事力と言った力と同じようにね」
「では、魔法否定派は、この国で魔法を廃れさせることを目的にしており、その結果としてこの国の力を損なうことを目的にしていると言うのですか?」
「多分ね。それ故に、テロと言う非道も辞さない。では、この国の力が損なわれて、利益を得るのは……?」
達也がそう言うと深雪はブランシュの背後にいる存在を思い浮かべることが出来た。
「まさか……。では、彼らの背後には」
達也は頷いて肯定した。
「そう言うことだ。そして、そんな奴らを十師族が放置しておくはずがない。特に四葉家が、な」
四葉という言葉を聞いて、深雪の顔は青ざめていた。
今の達也と深雪は身分を偽って生活している。もし、二人が四葉家と関わりを持っていることが知られてしまえば、今のような生活に戻れなくなってしまう。
そんなことを危惧していると、達也がそっと深雪の肩に手を添えた。
「深雪、怯える必要はない。もし四葉が出てくるののなら、その前に俺が処理する。何人であろうと俺とお前の生活を壊させはしないよ」
その言葉を聞いて深雪は少しばかり気が楽になった。
「お兄様……。ありがとうございます」
深雪の顔から不安が取り除かれたことを確認した達也は話を続けた。
「とりあえず、今は深入りしない方が良いだろう。この件には既に他の十師族、七草家や十文字家が動きだしているだろう。もし、彼らが解決してくれるなら俺達にとっても伯母上にとっても都合が良いからな。それに……」
達也が何かを言いかけた。
「お兄様?」
それが気になった深雪は首を傾げた。
「深雪、少し聞きたいんだが、学校の禅はどんな感じなんだ?」
「篝君ですか?」
突然、禅十郎についての話題を振ってきた達也に深雪は困惑した。
一瞬だけ達也が『そんな性癖』を持っているのかと疑ってしまったが、すぐさまその考えを捨てた。
「篝君は今ではクラスの中でかなり中心的な存在になっています。先日の件もありましたが、今ではほとんどのクラスメイトが篝君と打ち解けているようです」
「そうか……」
何故そんな質問をしてくるのかと思っていると、達也が何か考え事をしていた。
禅十郎において何か思い当たることでもあるのだろうか。
深雪も少しばかり考えてみるが、禅十郎についてよく知らなかった為、答えなど思いつく筈が無かった。
「……そうだな。一応、これも伝えておいた方が良いかもしれないな」
達也はあることを深雪に話すことにした。同じ学校に通っている以上、もしかすれば必要となる情報だと判断したためだ。
「深雪、禅のことだが……」
次の日の昼休み、昼食を済ませた禅十郎は午前の実技棟での授業で無くしたものを探していた。
勿論、一度は職員室を訪ねたのだが、届けられていないことを知り、仕方なく足を運ぶことにしたのである。よってこの遭遇は全くの偶然だった。
「禅、ここで何してるの?」
「探しものだ。と言うか雫ちゃんよ、その質問、そっくりそのまま返すわ」
禅十郎は雫とほのか、そして深雪と目的の実習室の前で遭遇したのである。
「深雪の付き添い。達也さんに届け物があるからって」
「届け物?」
深雪の方を見ると首を縦に振って肯定した。
「ええ、お兄様に頼まれた物を届けに来たんです」
深雪がそう言うと、禅十郎は彼女の手にある物を見て納得した。
「あー、課題の居残りか。達也……なわけねぇか。とすると、達也が友達を待ってるってところか」
「当たり」
「えっ、どうして分かったんですか?」
禅十郎の言葉を聞いた雫とほのかの反応は対照的だった。慣れている雫はともかくほのかの反応は最もである。何せ、誰一人として課題の居残りをしていると口にしていないのであるから。
「ああ、そんなの簡単なは……」
「深雪、さっさと達也さんに届けた方が良いよ。時間もそれほどあるわけじゃないから」
ほのかの疑問を解消しようと禅十郎が言いかけたが、雫がそれを遮った。
「え、ええ、そうね」
強引に話を終わらせた雫に戸惑いながらも、実習室の扉を開け、深雪達は中に入っていく。
「あ、ちょっと待った。俺も」
深雪達と目的の場所が一緒であったため、禅十郎はすぐさま三人の後を追う。
実習室に入ると、そこにはエリカとレオが居残りをしており、達也と美月がそれを見守っていた。
「すまん、深雪。次で終わりだから、少し待ってくれ」
「いっ?」
「げっ……」
「分かりました。申し訳ございません、お兄様」
深雪が来たことに気付いた達也はさりげなくエリカとレオにプレッシャーを与えた。
(鬼だな、こいつ……)
状況を飲み込んでる禅十郎は達也の言葉の意図を理解していた。
「よし、二人とも、これで決めるぞ」
「応っ!」
「うん!これで決める!」
達也の言葉に二人は気合を漲らせて、CADのパネルへ向かった。
それから課題をなんとかクリアしたエリカとレオ、それに美月は達也の計らいで深雪達に届けてもらったサンドイッチを食べていた。
禅十郎も無くした物を見つけ、折角なので深雪達と一緒に達也達の輪に交ざっていた。
前の件で達也を通じて、エリカとレオ、美月と挨拶はしている為、三人とは普通に話せる仲になっている。
「皆さんのクラスでも実習が始まってるんですよね?どんなことをやってるんですか?」
美月はただの話題として言ったつもりなのだろうが、雫とほのかにとってそれは答えずらい質問だった。
二人の反応は当然と言えるだろう。一科生と二科生とでは実技の授業の内容が異なっている。その所為で二人は美月の質問をどう答えようが悩んでいたのである。
「実戦では大して役に立たん練習をしてるところだな」
「篝君の言う通りね、あんなものテスト以外では役に立ちそうもないもの」
そんな二人の悩みを完全に無視して禅十郎は遠慮なく言いきった。しかも深雪も同意しており、クラスメイトは揃って目を丸くする。
達也を除くE組メンバーも禅十郎と深雪の発言に驚愕した。
「先生に尋ねた奴もいたが、見た感じ杓子定規な答えしか返ってこねぇからつまらねぇしな」
おまけに教師にさえ文句を言う禅十郎。
「ふーん……、手取り足取りも良し悪しみたいね」
そんな会話を聞いていたエリカは一科生の授業の様子が想像できた。
「まぁ、良い環境なのは認めるわな。気を悪くしたらすまん」
「別に気にしてないわ。ウチの道場でも見込みのない奴は放っておくから。と言うか禅の道場でもそんな感じでしょ?」
エリカの質問に禅十郎は首を横に振った。
「さぁな、下の奴らがどんな状態なのか俺知らねぇんだよ。道場の運営って全部、爺ちゃんと親戚の叔父さんに任せっきりだからな」
「自分の家の道場も把握してないの?」
さすがにそれはどうかとエリカは呆れた。
特殊な事情を持っているエリカでも道場の様子ぐらい把握しているにも拘らず、そんな事情がないはずの禅十郎が全く知らないのはおかしな話である。
「俺は昔から上段者の中に交ざるか、爺さん達に個別で稽古してもらってたから、そこまで詳しくは知らねぇんだ。それに『師範代でもないお前は自分の修行をしてろ!』って爺さんが口酸っぱく言うもんでさ。あとは、あんまり下の奴らと稽古してこなかったのもあるな」
「ふーん」
一応納得しているエリカ。
「二人のお家って、道場をしているの?」
「副業だけど、古流剣術を少しね」
「俺んとこもそんな感じだ。体術を教えてる」
「あっ、それで……」
前の件での出来事を思い出して、美月は納得した。
エリカの動きを見れば、素人の美月でさえもかなりの実力者だと分かっていたが、そのエリカの動きを止めた禅十郎もかなりの腕前なのだと今になって気付いた。
「あっ、話は変わるけどよ、達也、さっきのアレ、お前の入れ知恵だろ」
「何の話だ?」
禅十郎の突然の話題転換にも顔色一つ変えない達也。
「とぼけんなよ、お前、レオに『裏技』を教えたり、エリカのパネルの置き方がおかしかったことだよ」
禅十郎の一言に、レオとエリカはそこまで見られているとは思わず、揃って驚愕していた。
「別に責めてるわけじゃないさ。ただ、裏技に関してはこれ知ってる奴がいるんだなぁって関心してただけの話だ。それに、俺も前に一度こっそりやったしな」
「えっ……」
「禅、馬鹿なの」
ほのかは驚き、雫は呆れているが禅十郎はどこ吹く風という態度である。
「昔、姉ちゃんが言ってたんだよ。ここのCAD、先に照準を設定してから起動式を読み込むとタイムが縮むってな。前に試してみたんだが、本当だったな」
「禅、因みにどれくらい短くなったの?」
「約100ms短くなった」
「うわー……」
「短くなりすぎだろ……」
エリカとレオに軽くひかれた。
「あと、エリカの手の置き方に関してだが……。あー、そうか、エリカが片手で握るCADのスタイルに慣れてるから両手を重ねたのか」
「正解だ」
自身のスタイルを二人が知っていることにエリカは驚いていた。だが、二人からしてみれば分かり切っているのは当然だった。
禅十郎はエリカが千葉家の人間であることを知っており、達也に関しては先日の件でエリカが伸縮警棒状のCADを使っているのを見ているのだから、そう考えつくのは当然であった。
「でもよ、それでタイムが縮んだのは技術的な理屈じゃねぇだろ?」
「そうだ。本来なら片手を置いても良かったんだが、両手を重ねるスタイルなら気合が入るんじゃないかと思ったんだ。要は気分の問題だ」
「なるほどね。アタシはまんまと達也君に乗せられたのね」
うつろな笑いをするエリカに禅十郎は軽くアドバイスした。
「みんな気を付けろよ。こいつの巧妙な話術に引っかかると、簡単に抜け出せねぇからな。おかげでこの間、一人、落とされそうになった人がいるしな」
「禅、人を詐欺師みたいに言うな」
「詐欺師じゃなければ、天然のタラシだな。中学もそんなんだとしたら、お前モテてただろ」
「ええ、お兄様は素晴らしい人ですから」
深雪が禅十郎を擁護するのは達也にとって意外だった。
也に関して悪く言えば、機嫌を損ねるはずなのだが、どうも深雪は禅十郎の軽口に関しては少しばかり寛容になるようである。
その話題の後、参考までに深雪のタイムを知りたいとエリカに言われると深雪は少し躊躇ったが、達也が了承した為、エリカの要望に応えることにした。
計測が終わると、クラスの違うエリカ達は揃って驚く。
計測器が出したのは数値は235ms。同じクラスの雫達でさえ、その数値に驚き、溜息をついた。
入試の成績上位の雫達が驚くほど深雪の処理速度は速いのである。
しかし普通ならかなり驚くべきタイムなのであるが、深雪にはどうも教育用のCADに不満があったらしい。
そんな深雪を宥めるように達也が頭を撫でて、ここぞとばかりに人前を気にせずにイチャついている。その光景を同級生達は温かい目で見ていた。もやはこの光景は見慣れた光景であった。
そしてこの時、禅十郎は別のことを考えていた。
(やっぱ、二人はあの家の者だろうな……)
本来の評価では二科生であるにも拘らず、実力は一科生以上という規格外さを持った達也。そして、一科生の中、いや既に上級生以上と言わざるを得ないずば抜けた才能と実力を持つ深雪。
魔法師として規格外な二人の家庭がただの一般的な家庭であるはずがない。
それ故に感じる違和感は禅十郎の立てた仮説を徐々に確信へと近づけていくのであった。
ブランシュのとあるアジトでは、司一が額に青筋を立てていた。
「馬鹿者っ!」
司一が苛立ちのあまり、机の上に拳を叩きつける。
その腕にかなり痛みが生じたはずだが、今はそんなことに意識を割いている余裕は無かった。
「貴様らは一体何をやっているんだ!」
「も、申し訳ありません!」
司一の前に立っている男がすぐさま謝罪する。
「謝って済まされると思ってるなら、さっさと篝禅十郎を始末しろっ! 餓鬼一人に何を手をこまねいているんだ!」
「そ、それがあまりにも警戒心が強く、全く隙を見せないため……」
「言い訳は結構だ! これ以上、あの方に失望される訳にはいかないのは貴様も分かっているだろう!」
「そ、それは……」
司一の言葉に男は言葉に詰まった。
ブランシュの日本支部リーダーの補佐を務めているこの男は、司一が言っていることをよく理解していた。
「で、ですが、これ以上余計な行動を起こせば、公安に介入される恐れが」
「そんなことは分かっている!」
「おや、どうやら間の悪いときにお邪魔してしまったようですね」
突然の第三者の声に、司一と男は心臓が止まるかと思った。
声のした方を見てみると、そこには一人の美麗の青年が立っていた。
いつの間に、と二人は言わなかった。彼が突然現れるのを知っていた故に、無駄な言葉を発しなかったのである。
「周殿、どうしてこちらに?」
その美麗の青年、周公瑾は異性であれば見惚れるほどのさわやかな笑顔を浮かべていた。
「いえ、何やら此度の作戦の用意が滞っていることを耳にしたもので、様子を見に来たのですよ」
笑みを浮かべる周に司一はムッとするが、すぐさま表情を戻した。
目の前にいる周には今回の作戦の為に数々の援助を受けている為に蔑ろにするわけにはいかない。
「いえいえ、大したことではありません。ただ、作戦を遂行するのに少々トラブルが発生してるだけですよ。それに我々の作戦には公安も足を掴んでおりませんし、周殿が心配されるようなことはありません」
「それは安心しました。五年前ように一人の高校生に振り回されているわけでは無いのですね」
周の言葉に司一は徐々に苛立ちを募らせていくが、ギリギリのところで耐えていた。
「資料で読ませてもらいましたが、あの時は仕方ないでしょう。何せ、あの時の相手は高校生の少女とはいえ、『鬼の眷属』の直系なのですから」
彼の挑発的な言い方に、司一は我慢の限界だった。
「そう言えば、今年もあの一族の三男が第一高校に入学されたようですが……」
「周殿」
司一はかなり低い声で周の名を呼ぶ。その声には怒りが込められていたが、周は全く気にしていなかった。
「……何か?」
彼は普段、芝居がかった挙措と言動でカリスマ性を発揮しているが、地は臆病なのである。そんな男が何を言い出すのか、周は面白がっていた。
「大変申し訳ないのですが、一つ、手を貸していただけないでしょうか」
司一は深々とお辞儀をして周に助力を請うことにした。
周の言葉に腹を立てているのは事実だが、今回の作戦は失敗するわけにはいかないという使命感によって、どうにか自分の怒りを抑え込んだ。
「司殿、それはどのようなことでしょうか?」
「我々では手に余る者がおり、その者の始末をしていただきたいのです」
「成程。で、その者は一体何者ですか?」
周は既にその人物を知っているがあえて口にしなかった。それは司一も同じであったが、頭を下げた以上、これ以上プライドを持つことは無意味だと判断した。
「篝家の三男、篝禅十郎と言う少年です」
悔しそうに言う司一に対し、周はにこりと笑みを浮かべた。
「ええ、勿論ですとも。あの方も今回の作戦の成功を望んでおります。その手伝いとなるのであれば、喜んでお力をお貸ししましょう」
「感謝いたします」
本当はこのような依頼をしたくなかったが、背に腹は代えられない司一は自分を押し殺して、周に禅十郎の暗殺を依頼するのであった。
いかがでしたか
原作で、ブランシュの蜂起に周公瑾が関わっているのを思い出して、そのシーンを書いてみました
次回は優等生ネタで行く予定です
それでは、今回はこれにて