魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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はいどうも

お待たせしました

時間が掛かりましたが、どうにか投稿できました

ではお楽しみください

2020/04/08:修正しました。


崩れ始める日常

 結局長居してしまったが、禅十郎はまっすぐ家に帰るために玄関前まで来ていた。

 雫だけでなく自宅から戻ってきたほのかも玄関まで一緒に来ていた。

 

「雫、今日はもう外に出るのは止めとけよ」

 

「分かった。禅も気をつけて」

 

「おう。じゃ、またな」

 

「うん」

 

「篝君、今日はありがとうございました」

 

「ああ。じゃ、また学校でな」

 

 別れの挨拶を済ませ、禅十郎は北山邸を後にした。

 二人の前から禅十郎が去った後、しばらく二人はその場にとどまった。

 

「ねぇ、雫。篝君と何かあった?」

 

「っ! ……何もなかったよ」

 

 珍しくビクッと肩が震え、目を逸らす雫にほのかは何かピーンっと来た。

 

「えー、本当かな?」

 

「本当にないよ。ただ、相談したいことがあっただけだし」

 

 目を逸らす雫に説得力はかなり無く、ほのかの推測は確信へと変わっていった。

 

「雫、私が戻ってくるまで一時間はあったよ?」

 

「……」

 

 そこを言われると雫は何も言い返せなかった。

 ほのかの言う通り、雫は禅十郎に寄り添って一時間以上眠ってしまったのだ。しかも自分の部屋で二人っきりであり、挙句の果てに禅十郎の服をずっと掴んだままでいたのだ。

 起きたばかりの時には何があったのか分からず寝ぼけ眼でぽやんとしていたが、禅十郎の横で寝顔を晒すという恥ずかしいことをしてしまったことに雫は顔から火が出そうだった。

 その数分後にほのかが雫の部屋にやって来た際には、雫は完全に目が覚め、その慌てぶりは相当愉快なものになっていた。

 雫の慌てぶりにほのかは面食らってしまうが、この時は禅十郎がいたこともあり、一旦保留としていた。

 彼が帰った後、二人っきりなら気兼ねなく色々聞くことが出来る為、寝る前のお楽しみにとっておいたのである。

 

「雫、何があったのか詳しく教えてもらうよー」

 

「ほのか、ちょっと怖い」

 

 珍しく自分が押し負けている状況に、雫は身の危険を感じた。

 その夜、雫達が何があったのか想像にお任せするとしよう。

 ただ、この時、雫達はこう思っていた。明日から普段通りの生活に戻るのだと。今日のような出来事に巻き込まれるのはこれ以降滅多にないと。禅十郎が何とかすると言ったのだから、もう大丈夫だと。

 だが、今回の事件がかなり深いものであることを彼女達は知らない。

 そして、少しずつ自分達の日常が崩れ始めていることに二人はまだ気付かないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 禅十郎は徒歩で家に帰っていた。

 ここから家まで徒歩で帰ると少し時間がかかるがそれでも軽くジョギングすれば一時間もしない。

 それに春とはいえ、夜はまだ寒く、考え事をするにはもってこいだ。それ故に禅十郎はこれからどう動くべきか歩きながら考えることにしたのである。

 今回の件でいくつか再確認しておかなければならないことがあり、一度『結社』で話し合う必要があった。

 

(さて、あいつら上手くやってくれてるかね……)

 

 勿論、『結社』の社員は優秀な人材であふれている為、直ぐに対応策を練っているところだろう。

 一度に戻ると言っていたくせに予定よりかなり遅れている為、十字路に差し掛かったところで連絡を取ろう端末を取り出した。

 その直後、背後から気配を感じた。

 

(何だ?)

 

 今まで何度か刺客を送られてきていたが、大抵隙を見せずにいたため、向こうから手を出してこようとはしなかった。

 しかし、今回はいつもと違う。

 これまでの奴らはそこそこ腕はたってもアマチュアレベルだったのに対して、近くにいるのは間違いなくその手のプロであるのは間違いない。

 その証拠として、背後にいると分かっていてもどれ程離れているのかが全く掴めない。

 禅十郎の警戒心は嘗てないほど高められた。

 ゆっくりと後ろを振り返るが、そこには誰もいなかった。

 

(いないだと……?)

 

 そう疑問に思った瞬間、禅十郎はあることに気が付いた。

 

(待て、何で今、背後じゃなく違う方を見……)

 

 突如、血肉を割く音が耳に入り、背中に激痛が走った。すぐに自分が刃物によって刺されたと理解する。

 

「くそっ!」

 

 激痛を堪え、即座に背後にいると思われる者に蹴りを入れた。

 だが、痛みの所為でいつものようなキレが無く、相手はギリギリのところで躱した。

 

「ほう、刺されてもそれほど動けるとはお見事です」

 

 自分を刺したと思われる人物は禅十郎の動きを称賛した。

 周りが暗い所為で相手の顔は良く見えないが、声からして禅十郎は男だと理解する。しかも無駄に美声である。

 

「何の用だ」

 

 何者だ、と聞くようなことはしない。聞いても無駄だと分かっている。

 

「申し訳ありませんが、お答えできません」

 

「だろうな!」

 

 その瞬間、禅十郎は自己加速術式を発動し、相手と距離を詰めて拳を相手に叩きつける。

 

「っ! ほう、これはこれは……」

 

 禅十郎の動きを見て男は感嘆の声を上げつつ、禅十郎の拳を手でいなして躱す。

 

(くそっ、上手く動けねぇ)

 

「その傷で良くそれほど動けますね。流石は若くして篝家の上段者になっただけはある」

 

 怪我を負っている者の動きとは思えないことに男は手放しで称賛した。

 

「ちぃっ!」

 

 刺された場所が悪い為に、踏ん張りがきかず、いつもの半分の力も出せないパンチに禅十郎は舌打ちする。

 何度も技を繰り出していくが、どれも決め手に欠けていた。

 禅十郎の回し蹴りを避けた後、男は禅十郎から距離を取った。

 しかし、禅十郎は追い打ちをかけることはせず、息を荒げてその場に膝をつく。

 

「おや? 流石にもう動けませんか?」

 

「ちっ……」

 

(……一気に決めるしかないか)

 

 舌打ちをしてわざと苛立っているように見せて、自己加速術式を発動させ一気に片を付けることを禅十郎は決意した。

 チャンスは一度きり。失敗は許されない。

 

「では、そろそろ終わらせましょう……っ!?」

 

 膝をついた状態から禅十郎が一気に詰め寄ってきたことに、男は驚きを隠せなかった。

 そして、一気に男の背後に回る。

 

「しまっ……」

 

「終わりだっ!!」

 

 左手に今込められる最大の力で殴り掛かる。

 だが、禅十郎は踏み込む瞬間に足がもつれ、男の手前で倒れ込むという失態を犯した。

 

(なっ……!?)

 

 禅十郎が倒れたのを見た男は深く息を吐いた。

 

「流石に今のはヒヤリとしましたよ。ですが、いくら強靭な肉体でも毒には弱いようですね」

 

(毒、だと……)

 

 男の言葉を聞いて自身の体に違和感を覚えた。

 

「かなり強い物を用意したのですが、いやはや肉体のスペックからして相当非常識なようで」

 

「て、めぇ……」

 

 上手く言葉を発することが出来ない禅十郎は刺された時に薬を盛られていたのだと理解した。手足が痺れ、口も動かすことが出来ず、少しずつ意識が遠のいていく。

 

「それでは、しばしの間だけ良い夢を」

 

(クソッタレが……)

 

 遠のいていく意識の中で、禅十郎は自分の不甲斐無さを憎むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の日、禅十郎は学校に姿を現すことは無かった。

 

 

 

 

 

 その日の昼休み、達也と深雪は、エリカ、レオ、美月と一緒に昼食をとっていた。

 先日のこともあり、雫とほのかも一緒にグループに加わっている。

 

「禅が無断欠席した?」

 

 達也は深雪の話を聞いて怪訝な顔をする。

 

「はい、どうやら学校にも連絡が来ていないようなんです」

 

「学校からご家族に連絡はしていないんですか?」

 

 美月の質問に深雪は首を横に振った。

 

「流石に分からないわ。でも、連絡が出来てるなら情報くらい来てると思うけど」

 

 深雪の言う通り、朝から禅十郎が来ていないことに担任も何も連絡が来ていないと言っていた。

 

「確かに無断欠席って言うのも妙だな。風邪とかで休むならちゃんと連絡するもんだしな」

 

「ただ無断欠席してみただけじゃないの? 無断欠席するって言うのも問題児の定番と言えば定番だしね」

 

 エリカに対して達也は首を横に振った。

 

「いや、流石にそこまでしないと思うが……」

 

「エリカ、流石に篝君も興味本位でそんなことしないと思うわ」

 

「えー、そうかなぁ? でも、可能性はゼロじゃ無いとアタシは思うけどなぁ」

 

 そう言われると否定できる者はここにはいなかった。禅十郎ならやりかねないのではないかと少しばかり思ってしまったからだ。

 

「一科生のクラスだといろんな噂が出てますよ。誰かに恨まれて闇討ちされたとか、ただ目立ちたいだけとか、何かの陰謀に巻き込まれたとか」

 

 今までの禅十郎の目立ちぶりから、彼を知らない人は第一高校の生徒にはいない。

 その為、禅十郎の無断欠席は早くも一科生では密かな話題となっているのである。

 

「まぁ、所詮噂だからな。ここで議論しても本当のことなんて分からないだろうし、エリカの言う通り、わざとやった可能性だってあるかもしれないからな」

 

 ここで達也があまり深く考えるのをやんわりと中断させた。

 余計な事を考えても仕方のないことだし、禅十郎の行動の真意が時折分からなくなるのは良くあることだと()()八雲も言っていたからだ。

 達也の言葉もあり、エリカ達もあまり深く考えるのを止め、他の話題を話し始めるのだった。

 そんな中、深雪は雫に目が移った。

 雫が表情に乏しいのは深雪も理解していたが、今日は何処か思い詰めている気がした。

 先程からあまり話に入ってこない雫の様子を見て深雪は心配するが、今は聞くべきではないと思い、口にしようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、克人は生徒会室にやってきていた。

 

「七草、先程の通達を見たか?」

 

 生徒会室には真由美を含め生徒会三年のメンバーが揃っていた。

 真由美は克人の質問に軽く頷くが、彼女の顔色はあまり良くは無かった。

 

「十文字君、これ、何かの……冗談よね?」

 

 真由美にとってその通達はかなりショックを受ける内容であったからだ。

 彼女がこれほどの狼狽するとは克人は思わなかった。本当なら気の利いた一言でもかけてあげたいところだが、それでも克人は真由美の問いに首を横に振って否定する。

 

「七草がそう言いたいのは分かるが、警察が虚偽の情報を流すことは無いだろう」

 

「でも!」

 

「会長、落ち着いてください。まだ最悪の事態になったと確定したわけではありません」

 

 真由美に落ち着くよう鈴音は促す。

 先程から話しているのは少し前に教員から連絡された内容のことであった。

 その内容は、今日未明、人気の少ない路地裏で大量の血にまみれた第一高校の制服が見つかったとのことだった。その血液を調べた結果、篝禅十郎のものであるとも書かれていた。

 

「市原の言う通りだ。制服に付着していた血液があいつと一致しただけだ。死んだと決まったわけでは無いだろう」

 

「そうだけど……」

 

 摩利の言う通りだと頭では分かっていても、今の真由美には最悪の事態に陥っているという考えから離れる事が出来なかった。

 彼の事情を真由美はこの中で一番良く知っている。その上、現在、彼が今回のブランシュの件に対して行動していることも分かり切っていた。だが、実際に彼の身に何かがあったと思うと平常心でいられなかった。

 

「あまり先入観に囚われ過ぎて誤った答えに行き付くこともある。とりあえず、今は落ち着いてことにあたるのが最善だ」

 

 克人が言う通り、見つかったのは血の付いた制服だけであり、他には何も見つかっていない。禅十郎が何に巻き込まれたのか、誰に襲撃されたのか、そして禅十郎の安否。それらがすべて分かっていない以上、勝手な思い込みをして誤った考えを持ってしまうのはあまり良くない。

 少々取り乱していた真由美も少しずつ心を落ち着かせていった。

 兎に角、今は警察からの連絡を待つのみであり、禅十郎に関しては体調不良による一時的な休学であると言うことになるだろうと後で職員室から連絡が来ている。

 これで余計な混乱は避けられるだろうが、妙な噂が立ってしまうことに関しては諦めるしかない。

 これ以上、余計な混乱を招かないことにするべきだと方針は決まったが、真由美の不安は最後まで拭い去ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、生徒会業務が通常通りに終了し、一人になった真由美はある人物に連絡を入れた。

 昼に挙がった話題で有力な手掛かりを持っている可能性がある人物に心当たりがあったからだ。

 

「私に連絡を入れてくれるなんて珍しいな、真由美」

 

 連絡を入れた相手はすぐに出てきてくれた。

 

「ご無沙汰しております、千景さん」

 

 電話の相手は禅十郎の姉、千景である。

 

「去年の九校戦以来か。で、今日はどうした、と言いたいところなんだが、大体は予想がついてる。私の愚弟についてだろう」

 

 自分の弟を愚弟と呼んでいるのは千景にとっていつものことだ。

 と言っても、彼女は本気で貶しているわけではないのを知っている為、真由美は今回はスルーした。

 

「はい、仰る通りです」

 

 千景の頭の回転の速さは真由美が知る中ではトップクラスだ。この程度の事を予想できても不思議ではない。

 

「真由美には悪いが、それに関しては私も詳しくは知らん。昨日は禅にケーキを買って来いと連絡した程度だからな。あいつの行動で私が分かっているのは夕方に一高近くの洋菓子店で注文したことぐらいだ。その後に何があったかまでは私も教えられていない」

 

「そう、ですか……」

 

 あまり期待はしていなかったが、本当に何も知らないと宣告されると今の真由美には少々辛かった。

 完全に手詰まりとなってしまい気を落としてしまう。

 

「あまり役に立てなくてすまないな」

 

「いえ、そんなことは……」

 

 謝罪する千景に対して真由美は恐縮してしまう。

 

「ま、あいつはお前のお気に入りだからな。いきなり消息不明になって気になるのは仕方ないか」

 

 突然の話題変換に真由美はフリーズした。

 だが、それもわずかであり、我に返った真由美は千景の言葉を理解して慌てて否定した。

 

「ち、違います! これは、その……生徒会長として」

 

「生徒会長が一人の生徒に対してここまでする必要はないだろう? あたしだって目を掛けた奴はいたが、それでも休んだところで連絡を取るようなことはしなかったぞ」

 

「うっ……」

 

 その反論に真由美は何も言い返せなかった。

 そんな真由美の反応に対して、千景の溜息をついた。

 

「確かに頭も悪くないし武術や魔法の実力は社会レベルから見ても申し分ない。ルックスの方も少々強面だが中学時代に告白されるくらいには良い方だ。ま、あの問題行動の所為で全部台無しだけどな」

 

 軽快な笑い声を千景はあげた。

 

(あなたがそれを言いますか!)

 

 咄嗟にそれを口にするのを真由美はぐっと耐えた。

 問題行動なら千景も負けておらず、彼女を知っている者なら確実に首を縦に振るだろう。

 

「まぁ、あの愚弟の手綱を握るのは家族以外だとかなり至難の技なんだが、真由美には随分懐いてるし心配することもないな」

 

 完全に先程のシリアスな空気は霧散し、完全に千景の後輩弄りになっていることに真由美は今になって気付いた。

 だが、それに気付くのはあまりにも遅く、完全に話の手綱は向こうに握られていた。

 

「千景さん、ですから別に禅君とそのような関係になりたい訳では……」

 

「でも真由美、克人と五輪家の坊ちゃんとの婚約は乗り気じゃないんだろう?」

 

「それは……そうなんですが」

 

「一年生の頃からライバルって感じだったからな。今更、色恋沙汰に持っていくのは無理だろう?」

 

 千景の言う通りであるため、反論のしようがなかった。家の力を使っていないのにこういう情報は一体何処から仕入れてくるのだろうかと真由美は疑問に思った。

 

「それに真由美の父さんが愚弟も候補にしようか考えているって前に家に来た時に父さんに話していたしな」

 

「え……」

 

 自分の知らないところで婚約の話が新たな展開を迎えていることを知り愕然とした。

 

「父さんも断らなかったことだし、一度付き合ってみたらどうだ?」

 

「えっ、ちょっと待ってください。その前にその話は本当なの……」

 

「ま、冗談はさておき」

 

「冗談なんですか!?」

 

 真由美は思わず声を上げてツッコんだ。

 彼女の反応に対して千景の笑い声が聞こえた。

 

「相変らず恋愛関係に関しては揶揄い甲斐があるな。聞いてるぞ、普段は恋愛経験のあるお姉さんを演じて色々と吹き込んでいるそうじゃないか」

 

(うう、もうやだ、この人。一体どこまで情報通なの……)

 

 このやり取りで真由美は精神的に疲れがどっと増した。先程までのシリアスな話はどこへやらである。

 因みに千景は人の弱みを書き記した通称『死神の手帳』なるものを作っており、真由美もその内容を少しだけ見たことがあった。弟や知人の恥部だけでなく、何処で手に入れたのかは知らないが大手企業の社長の弱みまで掴んでいた。

 昔、その手帳に書かれていたことが半年後に露見して、その社長が失脚すると言うニュースを見た真由美は直ぐに千景が情報をリークしたのではないかと疑ってしまった。

 結局、それは有耶無耶にされたのだが、今でもアレは千景がやったのではないかと疑っている。何せ、第一高校の学生が被害を被りそうになった案件であり、当時生徒会長であった彼女が何かしてもおかしくはないのだ。

 

「どうせ普段は余裕ぶっていても、いざ詰め寄られたら防御力ゼロになるんだ。見知らぬ誰かに詰め寄られて襲われるくらいなら、その前に愚弟にでも喰われとけ。あいつ、結構凄いの持ってるぞ」

 

 千景の言葉に真由美は思わず赤面した。

 

「な、何を言っているんですか!?」

 

 ここでふと、千景も恋愛経験がないはずではと思い出し、反撃をしようと企てた。

 

「ちなみにあたしは最近付き合い始めたから上げ足を取れないからな」

 

(読まれてた!?)

 

 まさか『あの』千景に彼氏が出来ていようとは思わなかった。

 一体どんな人が相手なのか物凄く気になったが、これ以上関わる気力はもう真由美には無かった。

 

「で、少しは落ち着いたか?」

 

「えっ?」

 

 彼女が何を言っているのか真由美は分からなかったが、直ぐにその意図に気付いた。彼女と話をしたお陰か、少しだけ気持ちが楽になった気がした。

 

「禅のことなら気にするな。どうせ父さんが一枚噛んでるだろうし、爺さんや兄さん達が自力でどうにか出来るまでしっかり鍛えてある。余程の相性が悪い魔法師でなければ、あいつに致命傷を与えるのも難しいだろうさ」

 

「はい」

 

「分かっていると思うが、今は愚弟のことより学校のことを優先するのが最善だ。生徒会長として、学生を束ねる者として、その使命を努々忘れるなよ」

 

「承知しております」

 

「それなら良い。じゃあな」

 

 そして千景との通話はこれで終わった。

 通話が終わると真由美はふと窓の外を見る。

 もうすでに日は沈みかけており、部活などで残っていた生徒が帰宅し始めていた。

 

(そう言えば、千景さんってああ見えてお節介なところがあったっけ)

 

 先程の通話で真由美は今になってそれを思い出した。

 様々な武勇伝を残してはいるものの、千景は生徒会長を務めていた時、多くの生徒達に気を配っていた。

 悩みを抱えている生徒を見つけたら何度も相談に乗ることもあったし、真由美もしてもらったことがある。

 そして今回の電話で真由美がショックを受けているのだと察した千景は彼女をひたすら揶揄いまくって、心を落ち着かせたのである。

 

「でも、もう少しだけ真面目にやって欲しいところなんだけど」

 

 だが、禅十郎と同様に千景も時折、真面目なのかふざけているのか、さっぱりわからない行動を起こしたり発言したりすることが悩みの種だった。

 その所為で、周りの者をかなり困らせてきた。

 それでもこの二人に対して反感を持つ者はあまりいない。

 現三年生においては多くの者が千景に振り回されたが、大抵最後には良い思い出だったと口にするし、禅十郎においてもほぼ同じだ。

 自身のやり方に一切の疑問を抱かず、己の信念をひたすら貫き通せる。それを実際に目の前で見せつけてきた二人は多くの者に信頼を置かれているのだ。

 第一高校の中で誰よりも身近でそれを感じてきた真由美の知る限り、禅十郎と千景は何も考えずに行動することはまずない。大抵の行動に何かしらの意味があると真由美は理解している。

 と言っても、頭では理解しても何をやっているのかさっぱり分からないことが多々あるのだが……。

 

(ま、禅君のことだから大丈夫よね)

 

 真由美は禅十郎を信じて自分が為すべきことを為す為に再び前を向くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、ブランシュのアジトにて。

 

「では、依頼を遂行できたと?」

 

 司一は周から先日依頼した件で進展があったと連絡を受けていた。

 

「ええ、少々手間がかかりましたが、滞りなく篝禅十郎を始末いたしました。遺体はこちらでまだ保管していますが、後で確認しますか?」

 

「いえ、報告だけいただければ充分です」

 

「左様ですか」

 

 今の司一には死体を見るような余裕など無かった。

 既に作戦は最終段階に移行しようとしているときに、余計な手間など掛けている暇は無い。何時でも作戦を開始できるよう事前に準備を進めておく必要があるのだ。

 

「では、また何かありましたらご連絡ください」

 

「ええ。ではこれにて」

 

 通話を切ると、司一はすぐに部下へ連絡を送った。

 

「では、手筈通りに用意を進めてくれ。数日後には第一高校の同士が動く。その後、校内が混乱が最高潮に達した段階で実行部隊を投入させる」

 

 懸念しておくべき人物を始末し、自身の目的を阻む者がいなくなり、司一の肩の荷は一気に落ちた。故に彼の機嫌は相当良くなり、いつも通りの芝居がかった口調に戻っているのであった。

 そして、それから数日後。

 司一の言う通り、『学内の差別撤廃を目指す有志同盟』と呼ばれる生徒が数名、放送室を乗っ取って生徒会と部活連との交渉を要求してくるのであった。




いかかでしたか?

さて、今後どのような展開になっていくのか、楽しみにしてください

それでは、今回はこれにて

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