今回から終盤に入っていきます
台風が近づいてきており、天気が最悪でやる気が失せます
では、お楽しみください
2020/04/08:修正しました。
公開討論会当日、講堂には全校生徒の半数が集まっていた。
予想以上に今回の討論に関心を持っている生徒がいたことに達也と摩利を含め生徒会メンバーも驚かされた。
「意外と集まりましたね」
「予想外、と言った方が良いだろうな」
そんなことを言うと鈴音がカリキュラムの強化を申請しようかと本気か冗談か分からないことを口にした。
現在、達也達は舞台袖で待機しているが、討論会に参加する真由美と服部は少し離れた場所で控えている。反対側の舞台袖には同盟の三年生が四名控えており、風紀委員から監視を受けていた。監視を受けているのは先日のことを考えれば当然と言えることだろう。
しかし、同盟のメンバーの中に壬生の姿は無かった。
「実力行使の部隊が別に控えているのかな?」
「同感です」
摩利の予想に達也も同意を示した。
会場をざっと見渡すと同盟メンバーと判明している生徒は十人前後であり、その中には放送室を占拠したメンバーはいなかった。だが、同盟が何をするつもりなのか分からない以上、こちらから手を出せないのが現状であり、受け身の姿勢にならざるを得ない。
「こうなるんだったら、あのバカが休学する前に色々聞き出しておけばよかったな」
「渡辺委員長、彼に問い詰めたとしても何も口にしないと思いますよ。ああ見えて、重要なことに関しては口が堅いですから」
禅十郎の姉である千景も現役の頃は掟破りというイメージが強かったが、卒業するまで彼女が規則を破ったことは一度もなく、その教育は兄弟姉妹全員に行き届いている。それを知っている鈴音にとって彼から情報を引き出すのであれば正攻法しかないと理解していた。
「なに、最悪ぶん殴るさ」
「本気になった彼から返り討ちに合いたいのであれば止めはしませんが」
「市原、私が負けるとでも?」
魔法における近接戦闘で同年代でもトップクラスの実力であり、その実力も努力も鈴音は理解している。だが、彼に勝てるとすれば、二年前のことであることも。
「渡辺委員長が彼の実力を最もご理解しているのでは?」
「……業腹だがな。正直、最後に会った頃とは別人とも言っても過言じゃない。あいつ、九州で何をしてきたんだ?」
「さぁ、私には分かりませんが、相当厳しい修行を積んだそうですよ。近々、師範代への試験を受けるとか」
「それはまたご苦労なことだ」
摩利と鈴音の会話を達也は黙って聞いており、そうこうしているうちに討論会が始まった。
討論会は同盟側の質問と要求に対し、真由美が生徒会を代表として反論する流れとなっていた。しかし、討論会が開かれることが決定したのは一昨日のことであり、同盟は具体的な要求を出すことが出来ていなかった。加えて具体的な事例と曲解の余地がない数字で同盟の主張を反論する真由美に、同盟はぐうの音も出せなかった。
「流石ですね」
「見直したか?」
「ええ」
これには達也も感心していた。
先日、論理的な論争には負けることは無いと真由美は自負しており、それを目の当たりにした達也は今の真由美が別人に見えた。蠱惑的な小悪魔スマイルではなく、凛々しい表情と堂々とした態度で熱弁をふるう姿はまさしく全校生徒を束ねる生徒会長に相応しいものだった。
同盟はそんな真由美に反論することは出来なくなり、討論会は真由美の演説会へと変わり始めた。
「生徒の間に、同盟の皆さんが指摘したような差別の意識が存在するのは否定しません。ブルームとウィード、学校も生徒会も風紀委員も禁止している言葉ですが、残念ながら、多くの生徒がこの言葉を使用しています」
真由美の言葉に会場中がざわついた。
生徒会長である真由美が禁止用語を口にしたことに達也は驚きを隠せなかった。深雪や摩利、市原でさえ唖然としている。
しかし、会場中がざわついても真由美は臆することなく話し続けた。
「しかし、一科生だけでなく、二科生の間にもウィードと蔑み、あきらめとともに受容する。そんな悲しむべき風潮が確かに存在します」
数名の二科生が野次を飛ばすが、表立った反論は無かった。
「この意識の壁こそが問題なのです」
真由美の演説は終わらない。
一科と二科の区別が全国的な教員不足を反映したものであること。
半数の生徒に十分な指導を与えることを第一高校では採用していること。
カリキュラムの内容など、講義や実習に一科と二科に違いはないこと。
課外活動も可能な限り施設の利用は平等になるように割り振っていること。
つまり指導教員以外の問題については合理的な根拠に基づくものであることを真由美はここにいるすべての生徒に向けて説明した。
「私は当校の生徒会長として、この意識の壁を何とか解消したいと考えてきました。ですがそれは、新たな差別を作り出すことによる解決であってはならないのです。一科生も二科生も、一人一人が当校の生徒であり、当校の生徒である期間はその生徒にとって唯一無二の三年間なのですから」
真由美が言い終わると会場中で拍手が湧いた。満場とは言わずとも、拍手をしている者に一科生と二科生の区別は無かった。
そして、真由美はこの機会に自分の希望を伝えた。それは一科生と二科生を差別する制度の撤廃のことだ。
生徒会長以外の役員は一科生の生徒から指名しなければならないこの制度を真由美は生徒会長改選時に開催される生徒総会で改定し、生徒会長としての最後の仕事にすることを会場の生徒に発表した。
「人の心を力づくで変えることは出来ないし、してはならない以上、それ以外のことで、出来る限りの改善策に取り組んでいくつもりです」
そう締め括ったあと、会場には満場の拍手が起こった。
真由美が訴えた差別意識の克服は、一科生だけでなく二科生にも支持していたのは明らかであった。そして、この討論会によって学内差別を無くしていく方向へ足を踏み出す良い切っ掛けとなるのであった。
これで綺麗に終わる筈だった。
今この瞬間までは……。
同時刻、討論会に参加していなかった生徒達は自分のやりたいことをしていた。
勉強、部活、自主練など己を研鑽することに熱中している者、または討論会に興味がなく友人と談話をしている者などが学校に残っていた。
そのうちの一人である男子生徒はふと校舎の外を見て何かに気付く。
「なぁ、あんなとこに箱なんてあったか?」
その生徒は反対側にある実技棟の近くに箱が数個、不自然に置かれているに気付き、友人に尋ねた。
「いや、無かったと思う。多分……」
「だよな」
その直後、彼らはそれらの箱が一斉に爆発するのを目の当たりにした。
突如として、轟音が第一高校を中心に響き渡った。
それを演習林で聞いた雫およびバイアスロン部の部員達は何事かと慌てふためいていた。
「実技棟から煙が!」
演習林からも実技棟で爆発が起こっていることがここからも見て取れた。
「皆、無闇に動いちゃダメ! 今、端末で情報を調べるからそれまで待機!」
バイアスロン部の部長の亜実が部員に指示を出し、情報を調べていると彼女の目が大きく見開く。
「おおおお、落ち着いて聞いてね」
「部長、まずはあなたから落ち着いてください」と茶化す者は誰もいなかった。
「当校は今、武装テロリストに襲われているわ!」
それを聞いた部員達がざわめきだした。
「マジですか!?」
「こんなこと冗談で言わないわよ!」
亜実の反応を見て事実なのだとここにいた全員は理解させられた。学校側から護身のために部活用のCADの使用の許可は出たものの、彼女達の殆どは実戦を知らない。魔法を使えることを除けば、彼女達も一般人と変わらないのである。
その為に、突然ナイフを持った男が現れた時、彼女達は悲鳴を上げた。男はそのまままっすぐほのかにナイフを突き刺そうとする。
(ナイフ……!)
ほのかはそれを見て先日の暴漢事件のことを思い出してしまった。
殺されるという恐怖が再び彼女の頭をよぎり、足がすくんでしまい、咄嗟の判断が出来ずその場に立ち尽くしてしまう。
ほのかにナイフが迫ろうしていたその時、襲撃してきた男は突然横に吹っ飛ばされた。
「ほのか、大丈夫?」
すぐにそれが雫の移動魔法によるものだと理解した。
「くそっ!」
雫によって吹っ飛ばされた男はまだ意識があり、再び立ち上がって彼女達を襲おうとしていた。だが、雫の行動もあり、既に一部の上級生は判断力が戻っていた為に直ぐに動いた。
「うちの部員に何するのよ!」
襲撃してきた男は部員に手を出したことを怒った亜実の移動魔法によって男は上空に飛ばされた上に急速に落下されされた。
雫よりも過激に撃退しているが、息はあるから正当防衛だと主張する亜実に部員一同は唖然としていた。
そんな中、ほのかは雫と亜実の行動を見て落ち込んでいた。
(私、何も出来なかったな)
雫や亜実もとっさの判断で動くことが出来ており、何も出来なかった自分を情けなく思っていた。暴漢事件の時はどうにか魔法を使っていたが、それは英美が動いたことに便乗する形であり自分の咄嗟の判断ではなかった。
ほのかは改めて理解させられた。
成績の良さは実践にさほど影響しないことを。
どれほど実技の成績が優秀であろうとも、あの事件の時の深雪のようにキャスト・ジャミングをものともしない事象干渉力や禅十郎のように大勢を相手に魔法を一切使わず大立ち回りをすることは出来ないことを実感させられた。
「ほのか」
すると、雫がほのかの肩に手を置いた。
「私もほのかと同じだよ」
「雫?」
ほのかは雫が何を言っているのか分からなかった。
あれ程、ちゃんと対応できた彼女が何故自分と同じなのだろうかと。
「私もあの時、何も出来なかった。でも、今回はほのかが危なかったから動けた。だから……」
ほのかは雫が自分を励まそうとしているのだと理解した。
「ありがとう、雫」
「うん」
雫に励まされたほのかは落ち込むことを止めた。
次は自分が雫を守れるように前を向くことを心に決める。
それから亜実の判断で安全な場所に避難するのと自分のCADを取りに行くために、雫達は校舎へと向かった。
時間は少し遡り、第一高校で討論会が開始する少し前のこと。
第一高校から然程遠くない場所で一台の黒いスポーツバイクが止まっていた。
そのバイクに乗っている人物の服装も真っ黒のライダースーツとヘルメットを纏っていた。
ヘルメットをかぶっている所為で顔は見えないが、体付きから男であることは明白であり、先程からずっと何かを待っているように見える。
時折、バイクの隣を通過するトラックがあると、何故かそのトラックを然程長くない時間だが、目で追っているような仕草をしていた。
それからしばらくして第一高校で爆発音が響き渡る。
煙が上がっている第一高校を見て、何が起こったのかと怖がる人もいれば、面白そうに端末で撮影している人など反応は様々だ。
当然、バイクに乗っている人物も同様にその煙を見上げていた。
しかしヘルメット越しでどんな反応をしているか分からないが、その人物だけは周りの人達と反応が全く違っていた。まるで爆発が起こることを予見していたかのように無反応だった。
普通なら違和感のある反応だろうが、その人物の周りにいる人達は誰一人としてそれに気付かない。
そして、その男が密かに会話をしているのも彼らには聞こえなかった。
「第一高校の状況は?」
ヘルメットに搭載された通信機で男は連絡を取り合っていた。
「ブランシュが実技棟を爆破した。第一高校の教諭は一流ばかりだと聞いているが、大方襲撃があるなど想定はしていても予想していなかったと見えるな。……ちょっと待て、どうやら爆弾の種類も分かった。炸裂焼夷弾だな」
電話の向こうにいる人物は第一高校の状況を教員へのぼやきを添えて説明する。
「焼夷弾って、燃やすのに特化しているヤツだったよな?」
「処理がしずらい武器を使うことで人員を割く作戦だろうな。奴らは実技棟と事務室の破壊工作と見せかけて、実際は図書館の文献を盗む諜報工作が狙いだ」
「チッ、ここまであいつの情報通りか」
バイクの男は忌々しく舌打ちをする。
「文句を言うな、馬鹿者。そもそもこれはお前がヘマした所為だろうが。だが、予定通り、第一高校を餌にブランシュを蜂起させ、これを機に奴らを一網打尽にする依頼主の要望に沿っている。それに社長は今回の件はすべて不問にすると言っているんだ。文句を言わず、さっさとお前の果たすべき任務を果たせ」
電話の相手の言っていることは事実であり、返す言葉もない。
「了解だ」
「後で社長が第一高校の校長に事情を説明しに行く。それまでには片を付けておけ」
「あっそ」
俺は掃除屋か、と愚痴を言おうと思ったが、あながち間違いではない為、思わず笑みを浮かべた。
「すまん、ひとつ言い忘れていたが、先日あった脱走兵の話は覚えているか?」
そろそろ行動を開始するため連絡を切ろうと思ったが、どうやら話はまだ終わっていないようである。
「ああ、横浜の件か。それは四葉家が解決したんだったな」
二人が話しているのは今年の三月二十五日に起こった横浜にある魔法教会関東支部が脱走した元防衛軍の魔法師に襲撃された事件のことであった。
その件は四葉家が対処したと言う情報は知っている。また、この事件の犯人の背後にはブランシュがいると言うことも掴んでいたが、それが一体何だと言うのか。
「いや、どうも脱走した魔法師はまだいたようでな」
「……全員捕まえてなかったのか」
何をやっているんだ防衛軍、と心の中で愚痴りながら黙って続きを聞いた。
「四葉家とて万能ではないし、居場所が分からない以上手の出しようもない」
「まぁな。で、残りがブランシュに匿われている可能性があるってか」
「そうだ。確認が取れているのは三人。全員、先日の事件の犯人と同じように戦闘に特化した能力しかなかったため、長時間飼い殺しにあった奴らだ。今回の襲撃に参加している可能性は充分にある」
「成程。で、そいつらをどうすればいい?」
流石に契約外の話であるため、どう動くべきか指示を待った。
「身柄は一度こちらで預かることになっている」
「戦闘不能にすればいいのか?」
「再起不能にしなければ問題はない。それ以外は予定通りに動け」
「了解だ」
「新たな情報が入り次第また連絡する」
通話を切った瞬間、男のバイクは第一高校へと走り出すのだった。
突如として爆発が起こった後、校内は乱戦状態であった。
ブランシュに先制を許してしまったが、実技棟と事務室の襲撃は割と短時間で収束していた。
実技棟の前では第一高校の総合カウンセラーを務めている小野遥が一人佇んていた。
この時、遥は思い詰めていた。自分のカウンセラーとしての未熟さを。その所為で何度も話をしていた壬生を助けることが出来なかったことを。
遥は先程までここにいた達也と話をしていた。
当初、彼にコンタクトを取ったのはブランシュの目的を伝えるのとあることを伝える為だった。彼女はある事情により、その手の情報を入手出来る立場であり、その情報をもとに達也と交渉しようと考えていた。
それは壬生を機会を与えてほしいという事だった。自身の力が足りなかったがゆえに、魔法と剣道の評価のギャップに対して彼女を立ち直せることが出来ず、ブランシュに付け入れさせてしまった。
それに後ろめたさを感じていた彼女は、達也に依頼することにした。
だが、達也はそれをバッサリと切り捨てた。止めに『余計な情けで怪我をするのは、自分だけじゃない』とまで言われ、遥は落ち込まざるを得なかった。
「小野遥だな」
自分の情けなさに打ちひしがれていると唐突に背後から声を掛けられ、遥は即座に後ろを振り向いて構えた。
(いつの間に!?)
別の事に気を取られていたとはいえ、まったく気配を感じ取れなかったことに驚愕しつつ、遥は相手の姿を捉える。
そこにいたのは全身真っ黒のライディングウェアを着ている男であった。顔はヘルメットを被っている所為でよく分からない。
「あなたは?」
そう尋ねるとその人物は手帳を取り出し、遥にその中を見せた。
手帳に書かれた名義と彼の役職を見た瞬間、遥は警戒を解いた。
「『結社』の方が私に何の用ですか?」
「特別な用はない。だが、音に聞きし『ミズ・ファントム』がどんな人物か気になっただけさ」
自身の二つ名を耳にした遥は顔を強張らせた。自分の情報をよりにもよって厄介な所に嗅ぎつけられ、彼女の警戒心はより一層高められた。
「そう睨むなよ。別にそれでどうこうしようなんざ思ってねぇよ。俺達もそっちとは仲良くやっていきたいからな」
飄々とした言い方に遥はムッとした。
「なら、お互いに領分と言うものがあるはずです。無闇に接触してくる必要はないかと」
遥の強気な言い方に、男はクククと笑いつつ相槌を打った。
「確かに。だが、今回はそうも言ってられないだろ? 今回の件はブランシュにまた付け入る隙を与えた公安の落ち度が少なからずあるんだからよ」
遥は男が言っていることは自分とは関係ないことだと言えなかった。
実際、自分の力不足で救えるはずの少女を救うことが出来ず、ブランシュ襲撃に加担させてしまった。
それ故に彼女も責任を追及されることは覚悟していた。
「当然、俺達にも奴らが動く情報はあったさ。だが、動く前に依頼を受けちまってな。奴等に対処出来なかった俺等にもそこそこ原因はある」
遥は男が何を言いたいのか理解した。そちらの非を追求しない代わりに手を貸せと言っているのだ。
「……そちらからの要望は?」
断りたいところだが、遥はこれを断れない。それに『結社』が直々に動いてくれるならこちらからしても願ってもないことだ。
「そっちで調べた司一の情報すべて。勿論、今奴がいる場所も含めてだ」
「……分かったわ。でもすぐには用意できないわ。少し私に時間をちょうだい」
男は頷いて了承した。
「ああ、それで構わねぇよ」
「ただし、学校の生徒には危害を加えないで。これが呑めないなら情報の提供はしないわ」
遥の後から出した条件に男は首を傾げた。
「それは公安としてか? それとも……」
「カウンセラーの小野遥としてよ」
男は遥をじっと見る。遥の目を見て、自身の仕事に対して誠実なのだと理解できた。
遥も本来ならこんな要求はしたくなかったが、今の自分に彼らを救えることが出来ないのを既に理解していた。それでも出来ることはしてあげたいと言う意地は彼女には残っていた。
男はヘルメットのこめかみ辺りをコツコツと指で叩いた。
「あんたの誠意に免じてその要求を呑んでやる。ただし、この件が終わった後の仕事はしっかりこなしてくれよ。あんたにカウンセラーとしての責任感って言うものがあるんだったらな」
そう言うと男は遥を残して図書館の方へと向かった。
そして、混戦の最中の第一高校にたった一人の理不尽の塊が降臨した。
はい、いかがでしたか?
入学編は後五話ぐらいで終われたらいいなと考えています
その後は普通に九校戦編になると思います
今後の展開をお楽しみに!
では、今回はこれにて