魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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はいどうもです

今回は書く余裕があったので、ちゃっちゃと更新しました

もう少しで入学編も終わりです

それまでもう少しお付き合いください

では、お楽しみください

2020/04/08:修正しました。


十師族の当主達に会います

 禅十郎が第一高校に戻ってから二週間が過ぎた。

 

「あー、終わったぁ」

 

 その日の放課後、禅十郎は貯めに貯めまくった補習課題をついさっきすべて片付け、気晴らしに学校の屋上に来ていた。

 日も沈み始めており、ここに来ている生徒はおらず、しばらく一人屋上からの景色を眺めていた。

 

「依頼も課題も終わったし、これでしばらくは普通の学生としてやっていけるわぁ。あー、ホントにしんどかった」

 

 思い返してみれば、第一高校に入学してすぐに波乱万丈の毎日だった。

 入学式の遅刻、入学初日に風紀委員任命、新入部員勧誘週間での騒ぎ、同級生の暴行事件、突然の襲撃と失踪、ブランシュの襲撃。一か月に起こったとは思えないほど濃い日々を送ったものだ。

 

「色々あったけど、やっぱ今月の中で一番重かったのは先週のアレかねぇ」

 

 今月の中でも特に濃い一日だったと思っている出来事があった。

 それは先週の末の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日、禅十郎は車に乗って魔法協会関東支部へと向かっていた。

 現在、禅十郎は制服ではなくスーツを着用して、車の後部座席に座っている。

 

「なぁ、やっぱ制服じゃダメか? 一応用意してるんだけど」

 

 未だにスーツを着ることに抵抗がある禅十郎はやはり普段着慣れている方を着ていきたかった。

 

「却下だ。今のお前は結社の一員としてここにいる。なら、それ相応の服装で行くべきだとさっきも言ったぞ」

 

 禅十郎の愚痴に反論したのは、禅十郎の隣に座っている和装の男だった。

 男の顔立ちは禅十郎以上の強面であり、年もいくらかとっているためか貫禄もある。間違いなく一度睨まれれば、子供は十中八九泣き出すほどの厳つい形相である。

 

「でもよー、これなら親父みたいに和装の方が良かったなぁ。そっちの方が似合ってるでしょ」

 

「お前にはまだ早い」

 

「えー」

 

 禅十郎の提案をバッサリと却下した。

 和装の男の名は篝隆禅(りゅうぜん)。禅十郎の実の父親であり、禅十郎が所属している『結社』の社長でもある。年齢は今年で五十七歳となっているが体付きは全く歳の衰えを感じさせないものであり、その歳でも現役の軍人を複数人軽くあしらえるほどである。

 

「ケチケチすんなよ。減るもんじゃねぇし」

 

 不貞腐れた顔で禅十郎は窓の外を見る。

 徐々に目的地に近づくにつれて、禅十郎のやる気は下がっていった。

 

「禅。社長と呼べと何度も言っているだろう」

 

 すると運転席にいる男が禅十郎に注意する。運転しているのは前回の襲撃事件で禅十郎に荻と呼ばれた男だ。

 

「結社内では社長って呼べって言うけどよ、車内には親族しかいないのに、親父を社長って呼べるかよ」

 

「俺は違う」

 

「何言ってんだよ、荻さんだって今じゃ俺の義兄じゃねぇか」

 

 ニヤリと笑みを浮かべると、荻はルームミラー越しで禅十郎を睨み付ける。

 

「それでも仕事とプライベートはちゃんと切り替えろ」

 

「へいへい。これでも結構やってるんだけどなぁ」

 

「「それでも足りん」」

 

 隆禅と荻が口を揃えた。

 

「みんな揃って辛口だねぇ。辛いのは料理だけでいいっての」

 

 苦笑を浮かべて、禅十郎は窓の外から見える横浜ベイヒルズタワーをじっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、ついに来ちまった」

 

 溜息をつくようにぽろっと禅十郎は呟いた。やる気のなさをアピールするかの如く、腰を曲げて、手はだらんとぶら下げていた。

 現在、彼等は横浜ベイヒルズタワーの入り口の前に立っていた。

 禅十郎は今すぐ回れ右して帰りたかった。

 これから会うのは十師族会議メンバー、つまり魔法師社会におけるトップ達だ。

 数名が通信回線であるらしいが、タイミングが悪いと言えばいいのか、半数以上がここに来ているという。

 流石の禅十郎も「十師族会議メンバーに会う? そんなの楽勝だ」と軽口をたたけるほどの気力は持ち合わせていなかった。流石に一人ならまだしも、全員は別なのだ。

 

「帰っていいか? 帰って良いよね? てか、帰らせてくれ」

 

「ダメに決まってるだろう」

 

「禅十郎、いつまでそこにいる。早く来い」

 

 先に歩いている荻が呆れて溜息をつき、隆禅が禅十郎の意志を無視して呼んだ。

 

「……へーい」

 

 肩をガックリと落としながら、禅十郎は隆禅の後に続いた。

 それから会議室に着くのにそれほど時間はかからなかった。時間はあっという間に過ぎると言うが、今それを実感したくなかった。

 扉の近くに来た時には禅十郎は完全に諦めて、せめて気持ちだけでも入れ替えようともう一度ネクタイを締め直し、軽い深呼吸をして扉の前に立った。

 

「禅十郎。お前は聞かれたことをそのまま答えるだけで良い。後は私がやる」

 

 部屋に入る寸前、隆禅は禅十郎だけに聞こえるように呟いた。

 これから禅十郎が対面するのは、大人の化かし合い。

 魔法師社会において他家の事情に首を突っ込まないのがルールだが、生憎、それでも聞いてこないという保証はない。

 残念ながらその手のことは禅十郎にとってまだ手付かずの領域だ。情けないことに、まだまだ子供だと言わざるを得なかった。だからこそ、この場で少しでも学べることは学んで行くつもりで気を引き締める。

 

「行くぞ」

 

 隆禅がそう言うと扉を開け、禅十郎はその後に続いた。

 部屋にいたのは六名の男女。

 まず禅十郎が目に入ったのは良く見知った二人だった。

 一人目は七草弘一。室内であるにも拘らず、薄い色のついた眼鏡をかけているのは昔からであり、その理由も禅十郎は知っていた。

 幼い頃から何度も会ってはいるものの、弘一が真由美の実の父親なのかと疑ったことがあった。しかしここだけの話だが、時折二人に対して何か共通するものを禅十郎はここ数年感じ始めていた。

 そして目についた二人目は十文字克人だ。ここ数年、現当主である父の十文字和樹の代わりとして師族会議に出席していると聞いていたが、学校で会った時と印象はあまり変わらない。普段のあれが素なのだと改めて感じた。

 次に目に留まったのは褐色の男性だ。彼は既に資料で見たことがあった。その男の名は一条剛毅。一条家の現当主であり、第三高校に入学した『クリムゾン・プリンス』の異名を持つ一条将輝の実の父親だ。

 剛毅とは直接の面識はないが、禅十郎の母の伝手で彼の奥さんとは何度が会ったことがあるが息子との直接的な面識は一度もなかった。

 その次は小柄でがっちりとした初老の男性、三矢元。資料で見た国際的な小型兵器ブローカーと、禅十郎と年が二つ下の娘がいる程度のことしか知らない。

 五番目に目が留まったのは五輪勇海。禅十郎は彼よりもその娘と息子の方をよく知っていた。娘は表向きは世界に十三人しかいないと言われている戦略級魔法『深淵(アビス)』の使い手、五輪澪。彼女の顔を資料で見た時は、少女のような顔をしていたことに驚いて調査ミスではないかと何度も疑ってしまった。

 彼の息子の五輪洋史は真由美の婚約者候補の一人である。しかしながら、以前真由美にそれとなく聞いてみるとお互いに乗り気ではないらしい。資料で顔を見たことはあるが、一目見て頼りないと思ってしまったほどであり、これならまだもう一人の婚約者候補である克人の方がもっとずっとマシに思えてくる。

 最後に目に留まったのは……いや、これは嘘だ。本当は一番最初に目に留まっていた。だが、禅十郎は本能ですぐに僅かに目をさらして、即座に見知った顔を探すことにしたのである。

 

(あれが……四葉の当主)

 

 彼女こそが四葉真夜。禅十郎が見た中で、彼女だけが何処か異質だった。年齢は四十六歳らしいがどう見ても外見は三十歳前後の美女だ。

 だが、禅十郎が異質だと感じたのはそこではない。

 禅十郎が異質だと感じたのは外見ではなく、四葉真夜の存在そのものを異質だと感じていた。人として何かが違うと本能でそれを感じ取り、冷や汗を掻く。

 

(この感覚は久方ぶりだな)

 

 この感覚は過去に一度味わっており、久方ぶりに背筋がヒヤリとする感覚を味わった。

 禅十郎はどうにか気持ちを落ち着かせ、隆禅の後に続いた。

 ここにいない当主、二木舞衣、六塚温子、八代雷蔵、九島真言の四名も既にオンライン回線で待機している。

 二人が席に着くと会議はすぐ開かれた。

 まず、最初に問われたのは今回のブランシュの件について、ある時期から情報を一切提供しなくなったことについて問われた。

 

「では、今回のあなた方、結社の行動は依頼に沿って動かれたものだと?」

 

 舞衣に質問に隆禅は淡々と答える。

 

「二木殿の仰る通りだ。我々が去年からブランシュの情報を提供を止めたのは、依頼主の要望に沿う為のこと。決して日本魔法界に不利益をもたらそうとしたわけでは無いことを皆様には理解していただきたい」

 

「しかし、依頼を受ける当初、その内容をあなたはよく理解していたはずだ。それがどのような結果になるか、そちらでも予想出来ていた。違いますか?」

 

 その説明では不十分だと剛毅がさらに追及する。

結社の情報収集能力は相当高いのはここにいる全員が承知していることであり、その実力も高く評価している。であれば、今回のテロ行為を事前に阻止することが出来ただろうと考えるのが普通である。

 

「一条殿の言う通り、今回の依頼の件ではいささか社内で混乱があったのは事実だ」

 

「では、何故その依頼を受諾したのでしょうか。死者は出てはいませんが、第一高校の生徒達に傷を負わせることはなかったでしょう。それほどのデメリットがあると分かりながら何故そのような事をなさったのか、教えていただきたい」

 

 真言の質問に隆禅はしばらく黙った。

 そして、隆禅がついに口を開いた

 

「……三鏡恭介(みかがみきょうすけ)の情報、それが今回の依頼の報酬だった」

 

 その言葉に何名かが眉を潜ませるが、この中で若手である克人と温子は名前を聞いてもピンとこなかった様子である。

 

「三鏡恭介……。随分と懐かしい名前ですわね」

 

 最初に反応したのは真夜だった。

 

「篝殿、その人物は既に亡くなっているはずでは? あなた自身がそれを証明したはずです。何故、今になってその者の名を……」

 

 舞衣の言葉に数名ほど頷いて同意する。

 

「いや、あの男は生きている」

 

 だが、隆禅は首を横に振ってそれを否定した。

 すると剛毅がとっさに立ち上がった。

 

「バカな! 奴の死亡は多くの者が確認しているんだぞ! 当時、私も遺体を確認している。戯言を口にするのも……」

 

「私が戯言を口にするとでもお思いか」

 

 声を荒げていないが、それでもこの部屋中に重く響き渡る声だった。

 隆禅の一言で、剛毅は一瞬で声を詰まらせた。

 

(うわっ、すげぇ……)

 

 ずっと傍観していた禅十郎は心の中でそんな感想を抱いた。

 十師族が偉いと言う訳ではないが、ここにいる者は全員トップとしての威厳があった。

 だが、それに負けず劣らず、声だけで剛毅を威圧した隆禅に禅十郎はただただ驚愕するしかなかった。

 

「篝殿、申し訳ないが私は三鏡という名に心当たりがない。よろしければ、その者について教えていただけないだろうか?」

 

 そんなことを思っていると先程から会話について来れていない克人が口を開いた。

 

「社長、十文字殿や六塚殿はその件を知らないかと……」

 

 克人の問いかけを聞いて、禅十郎はちらりと隆禅を見る。

 隆禅も視線だけ禅十郎を見たが、目が遭ったのはわずか一瞬であり、それから隆禅は視線を克人に向けて話を続けた。

 

「気付いていると思うが、今の数字持ち(ナンバーズ)に三鏡という名は既に存在しない。その名はある事件を境に消失し、政府の根回しによって始めから存在しない一族となった」

 

 克人と同様に三鏡という名に覚えがなかった温子も真剣に話を聞く。

 

「その事件の主犯が三鏡恭介という男だ。この事件は表沙汰にならずに解決している。そして、それを知っているのは当時の十師族と一部の師補十八家のみだ。まだ若い六塚殿と十文字殿が知らないのも無理はないことだろう」

 

「なるほど……。ですが、先程から話が見えません。二木殿や一条殿はその人物は既に亡くなっていると仰っている。それにも拘らず、篝殿は何故その人物が亡くなったことを否定するのですか?」

 

 克人の疑問は当然だと言えるだろう。

 死んだ男が生きている。いくら魔法が発達した現代でも、延命は出来るだろうが蘇生は不可能だ。瀕死の状態から回復することは出来ても、失った命までは元に戻せない。それが常識なのだ。

 

「確かに今から十数年前、事件の主犯格である三鏡恭介が死亡したことを多くの関係者が確認している。遺体も本人だと確定した為、私も真実だと思い続けてきた。何せ、私がその男をこの手で殺めたのだからな」

 

 隆禅の言葉に克人と温子は目を見開いた。

 裏の稼業で人を殺すことはよくあることだが、まさか結社の社長自らが手に掛けているとは思いもしなかった。

 

「奴が使用していたいくつもの研究室を差し押さえ、同時に研究員も一人残らず取り押さえた。これですべてが解決したと思われた。だがそれは奴が行っていた研究をより詳細に調査していればの話だった」

 

「篝殿、それはどのような研究だったのですか?」

 

「いえ、それ以上のことは」

 

 克人の質問に真言が待ったをかけた。

 

「よろしいのでは? 別に隠すようなことでもありませんし、もし篝殿の仰っていることが事実であれば、遅かれ早かれ六塚殿も十文字殿も関わることになるのですから」

 

 だが、それを真夜が遮った。

 

「確かに四葉殿の言う通りですね。それに彼らも当主としてこの話は知っておくべきかと思われます」

 

 雷蔵が真夜の意見に賛同する。

 

「私もそう思います」

 

「然り」

 

「私も八代殿と同意見です」

 

 舞衣、剛毅、勇海も賛同し、他の人も頷いて同意を示した。

 それを見て隆禅は頷いた。

 

「では話をする前に、六塚殿、十文字殿に一つ質問したい」

 

 だが、彼が口にしたのは研究の内容ではなかった。

 

「最強の魔法師としての条件とは何か、二人は考えたことがあるか?」

 

 突飛な質問に、二人は揃って首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「最強の魔法師……か」

 

 会議のことを思い出しながら禅十郎は呟いた。

 

「そう言えば、昔話したなぁ。最強の魔法師になるための必要な条件」

 

 今にして見ればとてもくだらないことであったが、とても楽しい話だった。

 

「さて答えは何だと思う、雫ちゃん?」

 

 唐突に後ろを振り向くと、目を開いて驚いた顔をしている雫がそこに立っていた。

 いきなりこちらに顔を向けられて質問されれば誰だってそうなるのは目に見えていた。

 

「よっ、部活はもう上がりか?」

 

「う……うん」

 

 歯切れの悪い回答をする雫に禅十郎は笑みを浮かべる。

 

「で、何だ? 補習課題で毎日残らされてる俺を笑いに来たか?」

 

「私がそんなことするとでも思ってる?」

 

 不満げな顔を浮かべる雫に禅十郎は肩をすくませる。

 

「冗談だって、冗談。少しは付き合ってくれよ」

 

「いや」

 

「即答かい……」

 

「だって碌なことにならないもの」

 

 前にも誰かに同じことを言われた気がするが、禅十郎は気にしないことにした。

 それから雫は禅十郎の隣に並んで、塀に背中を預けた。

 

「禅、少しお願いを聞いてもらってもいい?」

 

「内容によるわな。そう言えば、ジェラート奢ってなかったから、食事系は無しな」

 

「すっかり忘れてた。でも、それはまた今度にして」

 

 話をそらそうとしたが無駄だった。彼女がここに来た時点で、禅十郎はどんな質問が来るのか既に予想がついていた。

 

「禅、入学してから起こった本当の事を教えてほしい」

 

「……雫、俺にも守秘義務ってのがあるのを分かって言ってるんだよな?」

 

 ややドスの効いた強めの口調で言う禅十郎は雫を睨んだ。

 それは警告だった。余計な事に足を踏み入れるなという、禅十郎なりの気遣いだった。

 

「……うん」

 

 禅十郎が怒気を孕んだ覇気を放ち、雫は体の底から震えそうになった。まだ本気ではないのは分かっているが、手を抜いてこれほどとは思わなかった。それでも雫はどうしても聞きたかった。

 もともと禅十郎が裏で仕事をしていることは知っていた。だが、やっているという事だけで具体的に何をしているのかは全く知らない。父に聞いてもそれだけは一切口を割ってくれなかった。

 結局、今回の件に関して雫は何も知らずに終わりを迎えてしまった。何も知らないということが雫にとって最大の不安だった。

 断片的に知っているのは禅十郎と最後に会った直後に突然の失踪しているということ。そして北山家の力で集めることが出来た情報にあった、路地裏で発見された血まみれの第一高校の制服。その血が禅十郎のものだということ。

 千景と会うまで、雫は不安の日々を送っていた。禅十郎が消えたのは自分の所為ではないか。自分達が余計な事に首を突っ込んでしまったが故に、禅十郎が巻き込まれてしまったのではないか。そのことをほのかにも言うことも出来ず、ずっと悩み続けた。

 それなのに何事も無かったかのようにケロッとした顔で戻ってきた禅十郎に雫は言いたいことがたくさんあった。

 だからこそ、雫の決意は揺るがない。

 それを感じ取った禅十郎はやや諦めの溜息をついた。

 

「……話せることだけだからな」

 

「ありがとう」

 

 それから時間が許す限り雫の質問は続いた。

 唐突に禅十郎が消えた理由。

 血まみれの制服を用意して、どうして死んだように見せかけたのか。

 いくつもの質問を禅十郎は可能な限り答えた。

 

「禅、テロリストが襲撃したときに学校に来てたよね。真っ黒の服とヘルメットの姿で」

 

 この質問にはさすがの禅十郎も内心驚いた。

 

「……何でそう思った」

 

 感情を顔に出さずに尋ねる。

 

「その人の戦闘スタイルを見てなんとなく」

 

 意外な答えに禅十郎は眉をひそめた。

 

「何だそりゃ……」

 

 戦闘スタイルで分かると言われてもいまいちピンとこなかった。真由美にも言われたが、そんなに分かりやすいのだろうか。

 実際、襲撃時の体術は禅十郎は普段とは異なった動きをしていた。動きを数回見た程度ではヘルメットを被った男が禅十郎だと分かることはまずない。

 しかし、真由美や雫は禅十郎をよく知っていたから気付くことが出来たのだ。

 禅十郎という男は犯罪者が嫌いだ。特に主義主張のために何をしてもいいと考えているような犯罪者は絶対に容赦しない。相手がどんな事情を抱えていようと関係ない。尊厳も何もかも無視して叩き潰す。

 それ故に禅十郎は犯罪者と敵対した時、自身の心情をすべて無視する傾向があった。相手を見下すように手を抜いて戦い、圧倒的な力の差を見せつけて捻り潰す。

 テロリストが襲撃してきた時に現れた男の戦い方もまさにそれだった。魔法を使えない者は余程のことがない限り、体術だけで捌いていた。殆どを利き手とは反対の右手だけで相手をし、敵が魔法を使っても単純な魔法だけで軽々と対処してみせた。

 その戦い方は以前、雫達が暴漢に襲われた時と同じであった。

 あの時、雫以外は禅十郎の動きに目を奪われていたが、大切な事に気付いていなかった。

 それは禅十郎が体術の中で()()()()()()()投げ技で相手を倒したということだった。最後の蹴りは確実に彼の怒りが頂点に達した為に放った技だっただけだ。

 あの時、魔法師を否定するやり方に憤りを感じ、怒りを見せる禅十郎を見るのは辛かった。外見は禅十郎だと分かっているのに、中身が別人のようだった。

 あんな姿の禅十郎を雫は見たくなかった。また、()()()のようになってしまうのかと思うと怖くて仕方なかった。

 

「禅、もう無理はしないで」

 

 今の雫にはそれしか言えなかった。

 

「無理するなって言われてもな……。無茶な仕事もこせなければ、うちの信用はガタ落ちだ」

 

「でも、禅がやる必要は無い」

 

「家業を継ぐってのは俺が決めたことだ。誰に何言われようが、変えるつもりはない」

 

「……」

 

 禅十郎がそう断言すると雫は黙ってしまった。

 自分が何を言っても無駄なのは分かっていた。

 禅十郎は意志が強い。どんなことでさえ、一度決めたことは曲げるつもりは毛頭ない性格だ。

 今の雫に禅十郎を止める術は持っていない。

 もし持っているとすれば、雫が知る限り一人だけ心当たりがあった。彼女の言葉であれば、彼は確実に耳を傾けると雫は確信していた。

 自分と彼女とでは彼の中で立ち位置が違う。彼女は隣に立っても自分は後ろにいる。だから、こちらが何十回も声を大にしても聞いてはくれるが、彼の意志を曲げることは出来ない。

 

「結構遅くなったな。そろそろ帰るぞ」

 

 雫がこれ以上何も聞かないことと悟り、禅十郎は屋上を後にする為に歩き出した。

 雫は禅十郎の背中をしばらく眺めていることしか出来ず、その場に立ち尽くすしかなかった。




いかがでしたか?

禅十郎の父親がここで参上です

因みに次回は会議の続きです

あの後何があったのか?

今後の展開を楽しみにしてください!

では、今回はこれにて

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