好きな作品なので、割と話が書きやすいです
それでは、お楽しみください
2020/04/07:修正しました。
入学式の次の日、禅十郎はホームルーム開始時間にちゃんと間に合うように学校に来ていた。
「俺のクラスはAだったか」
とくに迷子になることなく禅十郎は自分の教室へと向かっていく。
何となく予想はしていたが、教室に向かっていると周りから視線を感じた。
(ま、入学式に色々あったからな。目立つのは仕方ないか……)
入学式で風紀委員長に目を付けられ、制裁を加えられたことが噂となって広がったらしく、周りから不審がられていた。
「なぁ、あいつ……」
「ああ、噂の問題児だろ……」
「知ってるか。アイツ昨日の入学式をボイコットして、それがバレて風紀委員長に連行されたって話だぜ」
「一科生としてどうなんだ、それ?」
「知ってる先輩から聞いたんだけど、ここの生徒会長にも目をつけられたらしいわよ」
「それヤバくない?」
ひそひそと周りの声が聞こえるが、その程度のことに禅十郎はやれやれと感じて心の中で溜息をついた。
噂など時間が経てば勝手に霧散するものであり、いちいち気にしていたらキリがないのだが、面倒なのも事実であり早く過ぎ去ってくれないものかと願った。
そんなことを考えていると、ひそひそと聞こえる声の中で禅十郎が無視できない言葉を耳にする。
「あれが篝、『鬼の眷属』……」
その瞬間、禅十郎は足を止めた。その言葉を知っている者は数少ない。しかも教師を除き同世代でその名を知っているとすれば、数は限られるが、禅十郎の知る限り今の声は全く聞き覚えのないものだった。
その言葉が聞こえた方を見てみると、先ほどまで誰かがいたように不自然な空間がそこには残っていた。
(……まぁ、今はいっか)
気にはなるが、今すぐ真相を知る必要がないと考え、禅十郎は再び教室に向かって歩き出そうとしていた。
すると、それとほぼ同時に先程とは違う空気が禅十郎の後方から廊下一体に漂い始めた。
「ねぇ、あれが」
「ええ、今年の総代を務めていらっしゃった」
「スゲー美人だよな」
「俺、第一高校に来てよかった」
先ほどの禅十郎に対するモノと全く異なった空気に、禅十郎は何事かと思った。
まるで有名人が来たような浮ついた空気に禅十郎は眉をひそめる。
(ここまで騒ぐほどの有名人なんていたか? 一条とか一色は第三高校に行ったんだし。他の十師族とか師補十八家に同い年なんていたっけ?)
持っている知識を照らし合わせても、どれもピンと来なかった。
そんなことを考えながら歩いていると何時の間にか目的のA組の教室の前に辿り着いていた。
扉を開けようとしたとき、禅十郎の視界の端に先ほどのざわめきの理由が入ってきた。
(へぇ、こいつは……)
禅十郎は視界の端にいた人物を確実に視界に捉える。
(なるほど。十師族の家系じゃなくてもこれなら皆騒ぐわな)
先程から周りがざわついているのは廊下に現れた一人の少女が原因だったようだ。
禅十郎の目に映った少女は十人中十人が認めるほどの美貌をもつ美少女であり、彼女を前にして話題に上げない方が無理な話だろう。
(これは流石に驚くわな。先輩以上の美人だわ)
ここまで顔が整った女性を見るのは禅十郎も初めてである。
禅十郎は入学式に出ていなかったために知らないが、彼女こそ新入生総代を務めた才色兼備の優等生、司波深雪であった。
そして、彼女を一目見ようとわざわざ教室から顔を覗かせて見に来る人が何人おり、男子が数名ほど深雪の美貌に見惚れて呆けた面をしていた。
(だらしねぇな、ありゃ)
では禅十郎はどうであるかと言うと、幼い頃から心身ともに鍛えられた身である為に、彼女の美貌に見とれて間抜け面を去らすことはしなかった。
禅十郎が深雪の姿を捉えた時には、彼女は既に禅十郎の近くまで来ていた。
(あー、もしかして同じクラスか?)
隣のB組の扉を通り過ぎており、禅十郎はそう予想する。
すると、深雪はこちらに気付いたのか、軽く会釈をして挨拶してきた。
「おはようございます」
それだけの挨拶でありながら、かなり気品を感じる仕草であったことに禅十郎は目を瞬かせる。
しかし、それが頭をよぎったのは一瞬だけであり、挨拶を返さないのは失礼だと感じて姿勢を正した。
「おはようございます。A組の方ですか?」
あまりにも丁寧に挨拶するため、自然とそれに合わせた挨拶をする禅十郎。
「はい、司波深雪と申します」
新入生総代の名前は知っていたため、直ぐにピンと来た。
「司波……。ああ、新入生総代を務めた。っと、失礼しました、自分は篝禅十郎です。三年間という短い期間ですが、よろしくお願いします、司波さん」
禅十郎がそう挨拶すると、深雪は少しだけ意外だという顔をしていた。
「どうかしましたか?」
深雪の反応に不審に思い、首を傾げる禅十郎。何か間違えたことでも言ったのだろうか。
「いえ、篝君の人と成りが先日お聞きした話と随分と違っていたことに少々驚いてしまって」
「はい?」
深雪の言葉に禅十郎は怪訝な顔をした。一体誰から自分の話を聞いたのだろうか。
見た所、何か格闘技をやっているようにも見えない。自分の名前を知るとすれば、武術かもしくは家業か父親の仕事関係ぐらいでしか出てこないはずである。
それとは無縁の少女が一体何処で自分の名を知ったのだろうかと、禅十郎は少しだけ彼女に対して警戒度を上げた。
しかし、彼の心配は杞憂に終わった。
「実は先日、七草先輩から篝君のお話は聞いていたんです。それで随分と豪快な人だと勝手に解釈してしまいまして」
(あの人か―――っ!!)
てへっとお茶目なポーズをしている真由美の姿を想像して、禅十郎は苦い顔を浮かべる。それがちょっと可愛いと思ってしまう自分に少し腹が立った。
「誤解です。あの人は勝手に話を盛り上げて面白がってるだけです」
「そうなんですか? とてもそのようなお人に見えなかったのですが」
「あの人は猫かぶ、あだっ!」
突然、禅十郎の後頭部に衝撃が走る。
何かで後頭部を殴られた感覚だが、そのような物体は一切見られない。
(今のはっ!)
魔法において学年首席の実力を持つ深雪は禅十郎の後頭部に走った衝撃が魔法による空気塊だと瞬時に理解し、周りを警戒した。
しかし、深雪の警戒は杞憂に終わってしまう。
「あー、今のは気にしなくていいよ。犯人は分かってるから」
後頭部をさすりながら、禅十郎はいつの間にか砕けた口調で深雪に言った。
こんなことをしでかす相手は限られており、その犯人は既に特定するのはたやすいことだった。
「ですが……」
学校内で魔法を使うことは原則として禁止されている。
それ故に廊下で魔法を使ったことに深雪は非常事態だと思わざるを得なかった。
「大丈夫。こいつは俺の知ってる愉快犯の仕業だから。後で俺から注意しておくよ。ま、兎に角、七草先輩の話は基本鵜呑みにしない方が良いって、あだっ!」
最後まで言いきる前に、再び後頭部に衝撃が走った。
これにも深雪は気付いていたが、禅十郎の言う通り、どうやら犯人は禅十郎を狙ってはいるが威力も大したことはない為、警戒する必要はないと確信する。
「いってぇ。たく、いいかげんにしろよ。この猫、あだだだだだっ!」
今度は小さい空気塊の雨が禅十郎を襲いかかる。
そんな禅十郎の姿に、流石の深雪も面白いと思ったのかクスリと笑ってしまう。
その笑顔を見て、周りがより一層ざわめきだすのだが、禅十郎はそれを気にする暇は無かった。
(こんのぉ、後で覚えてろよ……)
この時、禅十郎はこの後どうやって犯人に仕返ししようかと考えていた。
それから禅十郎と深雪は教室に入ってそれぞれの座席に向かうことにした。
自分の座席を見てみて、禅十郎は深雪と席が近いことに気付く。確かに名字とクラスの人数からしてそれほど離れた距離にはならないだろう。それほどまでに魔法師になろうとする学生は少ないのだ。
クラスの座席は男女別で名前順で並んでおり、禅十郎の座席は深雪の席の右斜め前だ。
禅十郎の席の隣には既に女子生徒が座っており、友人と楽しげに話している。
因みに、深雪と一緒に教室に入った時、先ほどの会話が聞かれていたのか、数名ほどの男子が禅十郎に嫉妬しているように見えた。
自分の席に着くと、隣で誰かが倒れる音が聞こえた。
何事かと思い見てみると、そこには盛大にこけている女子生徒がいた。
(盛大にずっこけたな……)
いくら名門校でも全員が名家の出ではない。
魔法師の卵と言っても、所詮は高校一年生、まだ精神的に未熟な人もいるのだ。
周りのクラスメイトがこけた女子生徒をバカにしているようだったが、深雪は違った。
女子生徒の身を案じる深雪の姿に禅十郎は感心した。
どうやら、こけた女子生徒は光井ほのかと言うらしい。
(光井か…。確かエレメンツの血統にそんな苗字がいたような)
そんなことを考えていると隣に一人の女子生徒が立っていた。
彼女を見て、禅十郎は不適な笑みを浮かべる。
「よう、北山嬢、元気そうだな」
「その呼び方は止めてって前にも言った」
そこに立っていたのは、少し小柄で表情が乏しい少女、北山雫である。
彼女とは真由美同様、家の付き合いで昔からの知り合いだ。
とはいっても雫とは初めて会ってから数年間、禅十郎は彼女を年下だと思い込んでおり、当時はこう呼んでいた。
「なら、昔みたいに『雫ちゃん』って呼ぼうか?」
「却下」
表情が乏しいが、雫が不機嫌であると何となく分かるのだが、あえて気付かないふりをしつつニヤニヤと笑みを浮かべる。
「じゃ、なんて呼べばいい?」
「普通に呼べばいい」
「それじゃあ、つまらんだろ」
その言葉に雫は更にムッとする。
「別に禅を楽しませる気はないけど」
「俺は知人や友人とは愛称で呼び合いたいんだよ。お前さんだって、俺のこと禅って呼ぶわけだしな」
「苗字だと禅の家族と区別できないし、フルネームだと言いずらいから呼んでるだけ」
「でも、愛称で呼んでることに変わりはないぜ?」
「むう……」
禅十郎の言葉に言い返せなくなった雫。
そんな雫の様子を見ていたほのかは驚いた顔をしていた。
彼女は雫の親友であり、入学式の前から知り合いが入学することを伝えられており、クラスも一緒だと聞かされていた。
こうも早く対面するとは思ってもみなかったが、それ以上に彼女が驚いているのは雫が容易く弄ばれていることだった。
これまで彼女が誰かに振り回されるところを見たことが無かった為に、雫の現状に驚きを隠せなかったのだ。
「篝君、あまり北山さんを困らせてはダメですよ」
そこへ注意を促したのは深雪だった。
「ん? 加減を忘れるのが俺の悪い癖でな。悪い、悪い」
自分の非を認めるも、どうやら雫は依然としてご機嫌斜めの様子である。
「分かった分かった。お詫びに今度の放課後、駅前のジェラート奢ってやるからよ」
「ほのかの分もよろしく」
「えっ……。でも雫、さすがにそれは」
初対面の人に奢ってもらうのに、ほのかは罪悪感を感じた。
「へいへい了解了解。十個でも百個でも奢ってやるよ」
しかし、禅十郎はそんなこと気にせずに雫の提案を呑んだ。
「そんなに要らない、というか出来るの?」
「その程度なら懐は痛まねぇよ。それに俺ならその量は余裕で食える」
「ふーん。分かった。じゃあ、今度ね」
「へーい」
「えっ、いいんですかっ!?」
いつの間にか自分まで巻き込まれていることに驚くほのか。
「かまわんよ」
そんな話をしていると、ホームルームの時刻を告げるチャイムが鳴るのだった。
今回は、前話の終盤での話まで行くまでの話の一部です
ヒロインがまだ決まっておりませんが、ご意見がございましたら、気楽に提案してください
皆さんの意見を吟味して、入学編終了後に決める予定です
優等生で最初の頃、雫ちゃんの前の席は空いていたはずだから、禅十郎の席は問題ないはず…
それでは、今回はこれにて!
(内容を一部修正しました。)