さぁ、今年も今日を含めて残り三日です
年越しそばが楽しみです!
それではお楽しみください!
2020/10/18:文章を修正しました。
禅十郎がオンラインで将棋を始めて一時間が経った。
「……王手」
その一言を聞くと、周りが「おおっ」とどよめいた。
将棋のプロでも一つの試合に何時間、下手をすれば数日は掛かると言われているが、それとは無縁に魔法に日々研鑽している彼らにとっては一時間の対局でも十分長く感じたことだろう。
端末の画面には勝利の二文字が映っており、それを見た禅十郎は大きく息を吐いた。紙一重の攻防であったためにいっきに疲れが出て、禅十郎は力を抜いて背もたれに寄りかかる。
(たく、腕前は爺さん譲りだな。マジで頑張んねぇと勝利数越されそうだな)
この対局はこれまでの中で最も冷や汗を掻くものだった。互いの手を読み、相手の策を潰し、相手の意表を突く手を考える。短時間で数手先を予測しなければならないのだが、相手はこちらの手の内を何度も見抜いていた。突飛な策で切り抜けたが、相手がそれに対応できなかっただけであり、慣れれば通じなくなる。
禅十郎はこれ以上ないほど対戦相手を称賛した。身体を動かしながら相手の動きを先読みすることは得意だが、将棋のような対戦において相手の思考を先読みする力はまだまだだと思い知らされる。
(たく、来年あいつが出てきたら、一波乱起きるんじゃねぇか? ま、それはそれで面白そうだけどな)
そんなことを考えて、思わず笑みをこぼしてしまう。
すると対戦相手からメッセージが送られてきた。
『今回は負けましたが、次は絶対勝ちます! それと九校戦頑張ってください。会場には行けませんが応援してます!!』
それを見た禅十郎はすぐさま返事を送った。
『おう、任せとけ! モノリス・コードで面白いもんを見せてやるよ!』
そう返事を書くと、向こうもすぐに返答してきた。
『あまり変なことはしないでくださいね。お爺様は禅さんの奇行を楽しんでいるようですけど、僕はいつも冷や冷やさせられるで心臓に悪いのです。無茶な事だけは本当に止めてくださいね』
『…………フリじゃないですよ?』
そんなことを返されて、禅十郎はムッとした。
(おい、何時俺が奇行なんて起こすんだよ)
もしそれを口にしていたら周りにいる全員が揃って「いつもだよ!」と口にするだろう。
禅十郎はまたいつか会おうと返事を書いて、端末の電源を落とした。
出発してから一時間が過ぎたが、到着までまだ時間が掛かるため、禅十郎はここいらでひと眠りすることに決め、目を瞑るのだった。
随分と懐かしい夢を見た。
『禅十郎、お前は何のために力を欲する?』
昔、修行中に兄にそう問われた。
『兄ちゃんみたいになりたいから』
今思えば、幼い子供に尋ねることではないだろう。興味を持ったことに熱中し、飽きたら止める。そんなことばかりしていた幼少の自分にとって、力を手に入れるというより強い自兄のような男になりたいから強くなろうとした。
子供の考える理由なんて単純明快なものばかりだ。
だが、残念なことに兄はそれを認めはしなかった。
『他者の模倣などに何の意味があるのか。そんな考えでは力を使いこなせるはずがない。己自身で考え、見つけ出せ』と言って否定した。
だが、そんなものが直ぐに思いつくはずもなく、修行中に聞かれれば『分からないっ!!』と馬鹿正直に答えて何度も容赦なく吹っ飛ばされたり、気を失ったり、死にかけたりした。
今にして思えば、自分の頑丈さは容赦ない兄の所為であり、少々腹が立つこともあった。だが、その原因が考えなしの自分にあるのだから仕方ないと言えば仕方のない話だ。
それが何年も経って、自分にとって転換期が訪れた。
『あの事件』以降、力を望む理由が出来た。
ただ我武者羅に鍛えてしまったことで引き起こし、挙句の果てに大惨事を引き起こしてしまった。
力を求める理由を得て、兄の問いに答えたところ『及第点だ』と言われて近くの河原に水切りをするがごとく吹っ飛ばし、数回水面を跳ねる体験を味わう羽目になった。
だが、これで容赦なく吹っ飛ばされることはないだろうと思ったら、『それはそれ、これはこれだ。手を抜いたところでお前のためにならん』と言い放ち、より容赦のない修行を行うようになった。
結局、容赦のない修行メニューを課され続け、当時から随分と強くなった。
それでも未だに兄には勝てたことがない。
むしろ何度も手合わせをしているというのに、兄は停滞するそぶりすら見せない。
一体いつになれば勝てるようになるのやらと思いながら、禅十郎は夢から覚めるのだった。
何気ない日常の中で事故や事件は思いもよらない時に起こると多くの者がこの時味わうことになる。
「危ない!」
窓の外を眺めていた花音がその異変に気付いて叫んだ。
彼女の視線の先には対向車線を走っていたオフロード車が火花を散らしている。
パンクか脱輪かは分からないが、それでも事故が起こったのは間違いない。
この時多くの生徒が事故における予期せぬ被害がこちらに向けられるとは思わなかった。
それはわずか一瞬の事であった。
事故を起こした車がガード壁に激突すると、そのまま宙返りをしてこちらの車線へと移り、生徒達が乗るバスに向かってきたのである。
何人かの生徒が悲鳴を上げた。
バスの運転手はとっさにブレーキを踏み、どうにか正面からの直撃は免れた。それでも脅威が去ったわけでは無い。車は炎を纏ってこちらに向かってくる。
それを見た魔法師を目指す雛鳥達の内数名ほどがパニックを起こさず、冷静に自分の出来る事をやろうとした。
「吹っ飛べ!」
「消えろ!」
「止まって!」
しかし、咄嗟に動けた彼らの行動は事態をかえって悪化させることとなった。行動するのは良いが、自分だけで解決しようと真っ先に彼等は考えてしまったのだ。
「バカ止めろ!」
「皆落ち着いて」
「魔法をキャンセルするんだ」
それに気付いた摩利と真由美が止めに入るがもう遅かった。
複数の生徒がCADを操作したことで、無秩序に魔法式が重ね掛けされる事態になってしまう。無数の魔法式が重ね掛けされた車はキャスト・ジャミングの影響を受けた兵器となっていた。
この状況を打開するには、あの無秩序の魔法式を吹き飛ばすほどの魔法力が必要となる
それが出来る可能性のある人物を摩利は知っていた。
「十文字!」
摩利の思った通り、克人は既に魔法発動の態勢をとっていた。だが、彼の顔には滅多に見せない焦りの色が浮かんでいる。
絶望的な状況だと摩利は悟った。
これからどう動けばいいのか、迷い始めたその瞬間だった。
「深雪ちゃん、あの火消せる?」
「可能です」
「了解、車は俺が止めるわ」
「分かりました」
その会話に誰もが耳を疑っただろう。この状況下でも冷静に対処をする者達がいたことに。その二人は十文字と同じように魔法発動の態勢を整えていた。
一人は目標をその目で捉えている深雪。
もう一人はいつの間にかバスの窓を開けて今にもそこから飛び出そうとしている禅十郎である。
「おい! 禅っ!」
摩利は禅十郎を呼び止めようとするが、彼女の呼びかけに応じずに禅十郎はバスから外へ出る。
何をするか分からないが、いくら実力があっても、一年生である彼らにどうこう出来るのかと疑うが、ここから禅十郎を連れ戻す余裕は摩利にはなかった。
それ以前に深雪が
そんな疑問を抱くが、その考えは一瞬にして吹き飛ばされる事態が起きる。
無秩序に発動していた魔法式が、一瞬にして掻き消されたのだ。
それが起こることを予期していたかのようなタイミングで深雪の魔法が発動する。
炎を纏った車を凍らせることなく、運転手を窒息死させる空気遮断を使うこともなく、常温に冷却することで火を消してみせた。
彼女の鮮やかな手際の良さに摩利は感嘆するが、それでもまだ脅威は去っていない。
車は止まることなくこちらに向かっくる。
だが、そんなことよりも目を向けるべき光景が彼女の目に映っていた。
車とバスの間には禅十郎が仁王立ちしているのだ。
その光景に誰もが目を疑い、彼の行動の真意に気付けた者はほとんどいなかった。
摩利はすぐに十文字に禅十郎の前に障壁魔法を展開するように言おうとするが、それを真由美が手で制した。
何故止めるのか問いただそうとするが、真由美が首を横に振ったことで摩利は口をつぐんだ。
しかし事態は何も変わっておらず、速度を持った鋼鉄の塊は容赦なく禅十郎に向かっている。その距離はもうすでに五メートルを切っていた。
誰かが悲鳴を上げる。
禅十郎が車と衝突する光景を見たくないためか多くの者が目を瞑った。
摩利もとっさに目を瞑ってしまった。
だがどういうことだろうか。あれから数秒は経っているにも拘らず、衝撃が起こらない
肉が潰れる音も、車が爆発する音も聞こえない。
目を瞑っていた生徒達は恐る恐る目を開けると、彼らの目には予想していた悲劇は起こっていなかった。
だが悲劇の代わりに起こっていた光景に誰もが息を吞むことになる。
「うそだろ……?」
誰が上げた声なのか誰も分からなかった。ただ彼等の目には両手で車を抑えている無傷の禅十郎の姿が映っていた。
車が完全に止まったことを確認すると禅十郎はその手を離し、気怠そうに欠伸をする。
その先程まで命の危機に瀕していたはずなのに、気の抜けた態度をとる禅十郎に多くの者が自身の目を疑うのだった。
「あー、ダメだな。完全に仏さんになってやがる」
事故の後、警察が来る前にドライバーの状況を確認していた禅十郎はそう呟いた。
対向車線からこちらの車線に入った時には死亡していたのだと推測できる。車が天辺から落ちたのだからそうなるのは当たり前だ。
少しドライバーの様子を見た後、三年の先輩達がドライバーを車から出し、その様子を達也が撮影する。
ドライバーを安全な場所へ移送すると禅十郎は死亡したドライバーについて可能な限り情報を集めることにした。
(男性、まぁ、外見はモンゴロイドであるのは間違いない。身分証明書らしきものは運転免許証のみ。写真は同じだけど、本人かどうかは調べてみないと分からねぇな。財布の中身は然して違和感のない程度の金額か)
一通り(先輩達にバレない様に)自身の端末に写真に収めると、これ以上有力な情報はないと思い、禅十郎は他の所に目を向けることにした。
キョロキョロと彼方此方を見ていると、禅十郎はある違和感に気付いた。
(あれは……)
車がぶつかったガード壁から対向車線を見ると、そこには一切ブレーキ痕がなかったのだ。あのようなことが起きて、とっさにブレーキを踏まなかったのかと禅十郎は疑問を抱いた。
本来であればあっても不思議ではないのだが、はっきりとそれが見えない。とすれば、禅十郎が思いついた答えは最悪の物だった。
(まさか、わざと一高のバスを狙ったのか? だとすれば合点がいくんだが、どうやってあのタイミングにパンクを起こした? 銃で狙撃はない。魔法発動者が遠くで待機……いや、それじゃあ何処でバスと車がすれ違うのか知らなきゃいけない。そもそも、車の跳び方が妙だ。あんな跳び方が出来るとは思えない。そんな面倒なことをするぐらいなら……ああ成程、そういうことか)
様々な仮定を元に脳内シミュレーションを行った禅十郎は一つの答えに辿り着いた。
(さすがシンジケート。手段は選ばねぇってことか)
目的の為なら、第一高校の生徒に直接手を出すつもりがあるのだと今回の件で禅十郎は再認識した。
「上等だ。止めてやるよ、お前らの企み」
隆禅に言われた通り、可能な限り妨害してやろうと禅十郎は決心し、ニヤリと笑みを浮かべた。
「禅、ちょっといいか?」
そんなことを考えていると、ふと後ろから達也が声を掛けた。
「ん、何かあったか」
「ちょっと気になることがあってな」
「車、遺体、それ以外?」
何処か気になるところでも探したのかと尋ねる。こういう所は達也の方が勘付きやすいと禅十郎は良く知っていた。
「車の方だ」
「奇遇だな。俺もそれが気になってた」
ニヤリと笑みを浮かべる禅十郎だが、タイミングが悪かった。パトカーのサイレンが聞こえてきたのである。
「残念なことに警察の御登場だ。話は向こうでだな」
「そうだな」
話は後ですることにし、禅十郎達は警察からの事情聴取を受けることにした。
因みに担当した警察官の一人が篝家の道場の門下生であったこともあり、割と簡単に事情聴取が終わった。
様々な時間ロスがあったが、第一高校のバスは昼過ぎに宿舎に到着した。
ホテルは軍の施設でドアマンなどはいない為、荷物は生徒だけで運ぶことになっている。
そんな機材を台車で運ぶ一年の技術スタッフに、手が足りない為駆り出された一年の男子新人戦メンバー、その隣を笑顔で談笑しながらついていく一年の女子新人戦メンバーを視界に捉え、服部は小さく溜息をついた。
「どうした服部?」
そんな服部に後ろから友人の桐原が声を掛けた。
「いや、別に」
「そうか? 少なくとも好調って顔はしてないぜ」
この時反論しなかったのは自覚があったからだと服部は気付いた。
「ちょっと、自信を無くしてな」
「おいおい、明後日から競技だぜ。こんな時に自信喪失かよ?」
服部は二年の中では才能も努力もトップクラスだ。才能と努力と実績が十分にある彼が自信を喪失しているとなれば、それはただ事ではない。
加えて服部は九校戦の主力メンバーであるために、彼の不調に流石の桐原も笑い事では済まされないことなのだ。
「さっきの事故の時……」
「あー、ありゃあ、危なかったな」
「あの時、俺は何も出来なかった」
「手出しをしないだけ、まともな判断力を残していたと思うぜ」
桐原の言い分は最もだ。あの時、下手に行動して事態を悪化させなかっただけでも十分な判断を下しているのは桐原と同意見だ。
だが、そんな桐原の言葉を聞いても服部の顔色は優れない。
「だが、あの二人は正しく対処してみせた。篝の行動は予想外だったが、それでも司波さんとコミュニケーションをとって行動した。司波さんが冷却魔法を得意としているのを把握して、あいつも自分が出来ることを正確に見定めて行動を起こしていた」
「確かにな。でも、あの時車に真っ正面から立ちふさがったのを見て、俺も正気の沙汰じゃねぇとは思ったな。ま、それが出来るって理解してのことだろうぜ。それでも一体どんな訓練を積んだらあんな判断が出来るんだって思うがな」
愉快そうに笑みを浮かべる桐原に、服部はそれが羨ましいと思った。
「多分、単純な力比べでは俺は司波さんに勝てないだろう。魔法を踏まえた近接戦闘に持ち込まれれば、体術だけであの沢木に勝ったあいつにも勝てる見込みはほぼない。加えてあの時車を止めた魔法に関してもそうだ。俺にはあんな真似は出来ないし、その度胸もない。だが、魔法師としての優劣は魔法力の強さで決まるものではない」
最後の言葉に桐原は意外そうな顔をしたが、服部はそれに気付かず話を続ける。
「しかし、魔法の資質だけでなく、魔法師のとしての資質まで後輩達に負けたとあっては、自信を失わずにはいられんよ」
さらに暗くなる服部に対し、桐原は仕方ないという顔をした。
「あー、そういうのは場数だからな。その点、あの三人は特別だと思うぜ」
「三人?」
二人ではなく、三人と言った桐原の言葉に服部は意外感を覚えた。
「兄貴の方は、ありゃ
「実戦経験がある、ということか?」
「雰囲気がな。四月の事件、覚えてるか?」
いきなりの話題変換に、服部は少々困惑するが頷いて肯定した。
「あの時、俺は現場にいた。司波の兄妹もだ」
「本当か!?」
事件の事と顛末は大雑把にしか知らなかった服部にとって、これは驚くべき情報だった。
「事実だぜ。兄貴の方、ありゃヤバいな。海軍にいた親父の戦友達と同じ、いや何倍にも濃密にした殺気を、まるでコートを着込むように身に纏ってやがった」
「年は誤魔化したりできないはずだが」
「経験イコール年齢じゃないってことさ。妹の方は直接見たわけじゃないが、あの兄貴が荒事の現場に連れていったんだ。ただの女の子のはずねぇよ」
桐原の言葉に服部は信じられないという顔をしていた。
「まぁ、あの兄妹もそうだが、篝も相当規格外すぎると思うがな」
だが、その言葉を聞いて、服部も先程浮かんでいた疑問を浮上させた。
「そう言えば、どうして桐原があいつのことを知ってるんだ? 初対面のはずだろう」
服部の疑問も最もだ。あの事故以外で、禅十郎の実力を知っている機会があったのだろうか。交流があるとすれば、クラウド・ボールの練習位しか思いつかない。
他に接点があるのだろうかと思い返すが、そもそも服部の知る限り禅十郎は公の試合では一度も顔を見せたことがない。あれほどの体術の技量であれば、非魔法競技の空手や柔道に出てもおかしくないのだが、禅十郎の名前は一度も聞いたことが無かった。
彼の名を聞いたのは真由美が新入生の一覧を見て、会話のネタとして話してくれたのが初めてなのである。
「あー、まぁな。あいつは俺と違って公式戦には殆ど出てねぇようだから、服部は知らないのも無理ないか。俺も二年になるまで忘れてたが、どうも篝の奴、軍や警察とかでは密かに有名人らしい」
「なっ……」
二度目の衝撃的事実に服部は言葉を失った。ふと先程の事故について事情聴取を取っていた警察官の一人が禅十郎を見て、やや腰が低くなっていたのを思い出す。
確かに禅十郎の家は道場を営んでおり、軍や警察にも門下生がいてもおかしくはない。とすれば彼の話を耳にすることもありえなくはないのだ。
「知ってると思うが、あいつの家は徒手空拳の道場も開いてるよな。当然、軍人や警察官の中にはそこの門下生もいるわけだが、親父の軍の友人にそこの門下生がいたんだ。で、高校に入る前に一度、その人から話を聞く機会があって言われたんだよ。『篝の三男は武術の申し子だ』ってな」
「それぐらいなら俺も会長から聞かされているが……」
「いや、問題はその続きだ。俺も当時は信じられなかったがな。その人、十年前に道場で上段者になって、初めて修行場を見て驚いたんだよ。そこに混ざって、ちっこい小僧が大人相手にして大立ち回りして勝つところをな」
まさか、とは服部は口にしなかった。そんなことする大馬鹿者など服部が知っている中でこの世に一人しかいない。
「どこまで馬鹿げてるんだ、あいつは」
ため息交じりに言う服部に、桐原は軽快に笑った。
「違いねぇが、マジックアーツの部員全員瞬殺した後に沢木に勝ったと聞けば実感も湧くわな。つーか体術以前にスタミナが異常だ」
「それには同感だ。だが、どうしてそれが司波兄弟と同じになる。あいつも実戦経験があるのか?」
問題はそこである。桐原の話を聞くに、禅十郎は体術の類稀なる才能を持っているだけで、実戦経験が豊富と言う訳ではない。
そこに気付いた服部に、桐原はバツが悪い顔をした。
「どうした?」
「あー……ここだけの話だ。前に沢木も似たようなこと言ってたんだが、その人が言うにはあいつの突出してるのは体術とかスタミナとか魔法の技量とかじゃないらしい」
急に声を潜める桐原に、服部は眉をひそめた
「あいつが突出してるのは―――――」
その一言に服部は禅十郎に対して一つ納得することになる。彼の異常なまでの強さの理由がまさかそんなところにあったとは思いもしなかった。
それから服部は真由美関連で桐原に揶揄われるのだった。
先輩達に話題にされているとは露知らず、例の三人はというと先程の事故について話していた。
「では、先程のあれは事故ではなかったと?」
「ああ。調べてみたら魔法の痕跡があった。小規模な魔法が最小の出力で瞬間的に行使されていた」
「やっぱりな。あの車の跳び方は不自然だったからな。妙だとは思ってた。そんでよ、俺の見立てでは行使された魔法は三つなんだが? お前の見解は?」
禅十郎の問いに達也は小さく頷いた。
「俺もそうだと思ってる」
「私には何も見えませんでしたが」
疑問を抱いたような言い方だが、達也の言葉に嘘はないと深雪は信じていた。
「大丈夫だって、俺も見えてないから」
魔法の資質であれば禅十郎は深雪に劣るため、何の慰めにもならないのだが、禅十郎はそんなこと気にはしない。
だが、見えてないのであれば、深雪はどうやってそれに気付いたのか気になった。深雪の知る限りでは、禅十郎は達也のような特別な目はない。一体どのようにして達也と同じ考えに至ったのか気になったのであるが、それに気付かない達也はそのまま話を続けた。
「あれは魔法式の残留
達也は禅十郎の答えに興味がありげに問いかける。
「まずはタイヤをパンクさせる魔法、その後に車体を回転させる魔法、止めはガード壁をジャンプ台代わりに跳び上がらせる魔法で今回の犯行は可能だと思ってる」
禅十郎の解答に満足げに頷く達也。
「同感だ」
「にしても、アレは勿体ねぇな。真っ当な職場ならどこの部署も欲しがる技量だったのに。アレならウチにも欲しいぐらいだ」
彼のその一言に深雪は気付いた。
「では、魔法を使ったのは……」
「運転手。つまり、自爆攻撃だ」
達也の言葉に禅十郎は黙って頷いた。
「卑劣な……!」
深雪は足を止めて俯いた。それは悲しみではなく、怒りによる言葉だった。彼女は自爆攻撃を命令した人物に憤りを感じているのである。
そんな深雪に達也は満足げに頷くと、彼女の肩をポンポンっと叩いた。
「元より犯罪者やテロリスト等という輩は卑劣なものだ。命じた側が命を懸ける事例は稀さ」
「そうそう。いちいち怒るとキリがないって。というか早く行こうぜ、これ意外と肩にくるし」
荷物持ちに駆り出された禅十郎が両肩に掛けている荷物を指して、早く行こうと催促した。
そんな禅十郎に二人は笑みを浮かべ、禅十郎の後に続くのであった。
いかがでしたか
結局、プレ開会式は次回です
今までで一番長くなりましたが、書きたいこと書くとこうなるんですよね
これまで、予定通りに書いた試しがない(バカだ)!
さて、今年の投稿はこれで最後になります
次回は来年の頭(だったら良いなぁ)
それでは今回はこれにて
良いお年を!