魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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はいどうも

まだまだ寒い日は続きます

実は自分も風邪を引いてヤバかったです

まぁ、インフルエンザじゃなかっただけまだいいのですが

皆さんも風邪などには気を付けてください

それでは、お楽しみください

2020/10/18:文章を修正しました。


九校戦前夜

 大会前日、時間は夜十時をまわっていた。

 試合を前日に控えた上級生達は明日に備えて英気を養うため眠る頃だろうが、そんな夜中にホテルの敷地内で体を鍛える禅十郎の姿があった

 右足による回し蹴りが風をきり、続けて左足による裏回し蹴りを放ち、続けて右拳を突きだす。止まることなく次々と技を繰り出す手と足が風をきる音を立てていた。

 彼の動きは一つ一つが洗練されており、一切のブレがない。軍人や警察官を目指す魔法科高校の生徒であれば、誰もが相当の修練を積んできたのだと理解できる程だ。

 だが、実際に軍や警察に所属している魔法師の中でも近接戦闘に秀でている者達が見れば、彼の努力だけでなく他のことにも気づくだろう。それは禅十郎がまるで『そこにはいないはずの誰か』と戦っているような動きをしている、ということだ。

 これまでの彼の動きは全て型の確認をする為ではなく、目に見えない相手を確実に仕留めるようと動いていたのである。それもまるで自分が一手でも間違えれば確実に死ぬ状況下であるかのように必死であった。

 右手で何かを捌いてから左拳を突きだした直後、禅十郎の動きはピタリと止まった。

 

「……ダメだ」

 

 小さく呟いた。あれほどの動きをしておきながら、物足りないという声色であった。

 

「勝てるイメージが浮かばねぇ。ったく、兄貴の奴、イメトレぐらい勝たせろよ」

 

 緊張が解け全身から滝の様に汗が流れ落ちる感覚が鮮明に伝わってきた。禅十郎は乾いた喉を潤そうと近くにおいてあるスポーツドリンクに手を伸ばして一気飲みする。

 先程から禅十郎がやっていたのは宗士郎との試合を想定したイメージトレーニングだった。手合わせする人がいない場合、仮想の対戦相手を決めて身体を動かしている。その中でも宗士郎が相手になると自分のイメージであるにも拘らず、一度も勝ったことが無いのだ。

 

「あーあ、一体いつになったら勝てるのやら……」

 

 額から滴り落ちる汗をぬぐいながら不満を口に漏らす。しかし、そんな簡単に超えられるような壁であったら禅十郎にとって困るのだが、その理由を理解できる者はここにはいなかった。

 

「さて、あと少し体を動かしたら帰……しっ!」

 

 あと少し体を動かしたら戻ろうと考えると、背後から何かが迫ってくることを察知した禅十郎は即座に左足で後ろへ蹴りを入れる。当たった感触はしたが、防がれたものだと瞬時に理解した。

 

(無頭竜か!?)

 

 第一高校に対する妨害工作を仕掛けるのに生徒を直接狙う可能性は充分にあると考えていたが、ここまで早く行動に移すとは思わなかった。しかし、襲撃に対しては予想の範囲内であった。

 即座に次の手に移ろうと襲撃してきた人物を視界に捉える。

 

「って、柳さん?」

 

 襲撃したのは無頭竜の構成員では無く、自分がよく知る人物であった為にその必要はなくなってしまった。

 

「ふむ、その様子だと鍛錬は怠っていないようだな」

 

 そこにいたのは国防陸軍の柳連(やなぎむらじ)だ。禅十郎が手合わせしてもらいたい魔法師の中でも上位に入っている男である。同じ対人戦闘魔法師として交流があり、これまで何度も手合わせをして親しくなっていた。

 

「そりゃあ、九校戦中でも怠ける気はさらさらないですからね。鍛えられる時は鍛えますよ」

 

「そうか。確かに今のは良い反応だったが、時には休息を入れることをお勧めする」

 

「確かに最近は忙しかったですから、九校戦が終わったらゆっくりしようと思います」

 

「ふむ……。それで、今回のイメトレの相手は宗士郎か?」

 

 どうやら先程の鍛錬を見られていたらしい。柳の問いに禅十郎は頷いて返した。

 

「何度もやっても勝てるビジョンが浮かばないんですよね。さっきも見事に喉元に手刀を叩きつけられて死にました」

 

 苦笑を浮かべる禅十郎に対して、柳は軽く相槌を打った。

 

「自分のイメージに負けると言うなら相手の力量を正確に捉えている証拠だ。目の前に彼がいるかと錯覚するほどだ。自信を持て」

 

「そいつはどうも」

 

「どれ、少しお前の成長を見てやろうか」

 

 少しだけ自信を取り戻した禅十郎に柳は指でかかって来いと挑発してきた

 それを見た禅十郎は嬉しそうに口元を緩ませるが、直ぐに真剣な顔つきになって禅十郎は構えた。

 その後、二人はすぐさま動かなかった。互いに相手を視界に捉え、じっとその場で構えている。相手の僅かな動きも見逃さず、常に自身が優勢になるように動けるように集中しているのである。

 どちらかが少しでも動けば、相手もそれに合わせて構えを少し変えている。

 先手を取るための睨み合いは続き、僅かに風が吹いたと同時に二人は動いた。

 

「っ!」

 

 二歩目を踏み出した次の瞬間、柳の視界から禅十郎の姿が消えた。

 並みの相手であれば、意表を突く動きであるが、柳は近接戦闘における腕前は折り紙付きである。視界から消えても、禅十郎の動きは予想出来ていた。

 即座に右斜め後方を振り向き、瞬時に背後に回った禅十郎の左足による回し蹴りを右手で防ぐ。しかし禅十郎は驚くこともせず、それが想定の範囲内であるかのように次の攻撃に移った。

 

「おらっ!」

 

 次々と拳や手刀、蹴りを繰り出し、柳はそれを躱したり払うことで防ぎ続ける。しかし勢いある禅十郎の攻撃に柳は攻撃に転じることが出来ないでいた。

 

(これで終わりだ!)

 

「しっ!」

 

 怒涛の勢いに乗せてとどめの回し蹴りを放とうとしたが、今まで躱すか払うかで攻撃を防いでいた柳がスッと掌を自分の足に向ける。

 

「っ!」

 

 その瞬間、禅十郎は足の動きを掌に当たるギリギリのところで止めて後方へと下がった。

 柳はその判断に内心感心していたが、相手の攻撃が止んだ機会を逃さずに反撃に出る。

 

「今度はこちらからだ」

 

「ちぃっ」

 

 柳の拳が禅十郎に襲い掛かるが、禅十郎は慌てず冷静に攻撃を防いでいく。隙があれば、即座にカウンターで攻撃に転じるが、柳はそれを躱して再び攻撃を仕掛けてくる。

 知ってはいたが、やはり柳の実力は折り紙付きだった。自他ともに認めている底無しのスタミナによって長期戦に向いてはいるものの、実戦経験の差で柳は禅十郎を圧倒していた。

 一進一退の攻防を繰り広げていくうちに少しずつ柳が優勢になっていく。

 

(やっぱり強え!)

 

 ギリギリの戦いを強いられているにも拘らず、禅十郎はこの状況を楽しんでいた。押され気味であっても、活路を見い出すことを諦めない。わずか一瞬でも攻撃する瞬間を冷静に見極める。それが楽しくて仕方が無かった。

 

(ここだ!)

 

 柳が攻撃した直後に僅かに左側の防御が薄くなったのを逃さず、即座に再び左拳で殴り掛かる。

 だが、この読み合い柳の勝ちだった。

 禅十郎の拳が放たれた瞬間を狙って、同じく柳の右拳が禅十郎を襲う。カウンターを狙うには絶好のタイミングであった。

 

(届け!)

 

 それでも禅十郎は躊躇わずに拳を前へと突き出す。

 互いの拳が交差して……。

 

「お二人共、こんな遅くに何をしてるんですか」

 

 突然の第三者の声が割って入り、禅十郎と柳の拳はお互いの顔にぶつかるスレスレのところで止まった。その声が一瞬でも遅れたら、どちらかが確実に相手の拳を喰らっていたほどの距離であった。

 

「藤林、折角の勝負に水を差すな」

 

 突如として現れた女性、藤林響子に柳は視線だけを向けつつ構えを解いた。

 禅十郎もそれにつられて構えを解く。

 

「響子さん、物凄く良いところだったんですけどー」

 

 邪魔しないで下さいとジト目で訴えるが、響子は肩をすくめるだけで取り合わなかった。

 

「お二人共、時間を考えた方が良いですよ。先ほど、近くを通りかかった三高の生徒達に不審な目で見られていましたから。まぁ、そちらは私の方で対処しておきましたけど」

 

「響子さん、そんな大げさな事じゃないですよ。魔法なしのただの組手ですよ」

 

 わざわざ近くに通りかかった生徒にそこまでする必要があるのかと疑問に感じる禅十郎に響子はやや呆れていた

 

「二人が手抜きでやっても常人からすれば本気と見分けがつかないわよ。あの子達、不審者が現れたんだじゃないかって口にしていたわ。それと柳大尉もいい歳をして高校生相手にムキにならないでください」

 

 響子の言葉に柳はムッとした。

 

「ムキになどなっていない。どれほど成長したのか見たかっただけだ」

 

「そうですか? 先ほど『(てん)』を使おうとしているように見えたのですが」

 

「……気のせいだ」

 

 そんな二人のやり取りに禅十郎は思わず笑みがこぼれた。

 あの組手の中で柳が『転』を使おうとしていたのは間違いなかった。使おうとしてなければ、あの攻撃を止めることなく別の展開となっていただろう。

 響子もやれやれという顔をして禅十郎に目を向けた。

 

「禅君もこんな遅くまで起きてないで部屋に戻っていた方が良いわよ。()()()()()()()()()()()

 

 最後の一言に禅十郎はその意味を理解し、苦笑を浮かべた。

 

(ま、向こうも気付いてるよな)

 

「軍の施設で事件なんて起きるもんなんですか?」

 

「禅君の家の中だって百パーセント安全と言う訳じゃないでしょ?」

 

 何かしらの危険は身近にあるモノだと言いたいのだろう。だが、そのまま話の流れに乗っていく気など禅十郎はさらさらなく、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「それ、うちの九州の実家のこと言ってます? 百パーセントの安全どころか、安全地帯があるのさえ怪しいですよ」

 

 そう返す禅十郎に響子は苦笑を浮かべ、柳が愉快そうに笑った。

 

「確かにあそこに安全な場所があるとは思えんな」

 

 そんな返しをされるとは思わなかった響子は呆れて溜息をついた。

 

「あの道場は例外に決まってるでしょ。あそこは本来……っとこれは言わない方が良いわね」

 

 それを聞いた禅十郎は苦笑を浮かべていた。

 

「ま、俺は軍人でも警察官でもないんで事件云々は本職に任せますよ。俺は大会で出来る事をするだけなんで」

 

 どの道、こちらから仕掛けようとも情報がない以上何も出来ない。今は九校戦に集中するべきだと禅十郎は考えていた。

 

「確か新人戦ではクラウド・ボールとモノリス・コードに出場するのよね。頑張ってね」

 

「響子さん、プレッシャー掛けるようなこと言わないでくださいよ」

 

「ほう、お前にもプレッシャーを感じることがあるとはな」

 

「ちょっと柳さん、それどういう意味ですか?」

 

「そうね、禅君の場合、プレッシャーよりもヤル気がありすぎてやりすぎちゃうんじゃないかしら」

 

 二人に一通り揶揄われた後、禅十郎は響子に言われた通り、ホテルへと戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルのフロントに入るとこの時間にいるには珍しい集団がいた。

 

「やっほー、禅」

 

 同じ新人戦メンバーの女子生徒達がほぼ揃っており、その中にいた英美から声を掛けられた。

 

「みんな揃って何してんの? トレーニング?」

 

「こんな時間にするわけない。禅じゃあるまいし」

 

 雫の言葉に禅十郎は確かにと思い、笑みを浮かべた。

 

「冗談だよ。となると……ここの温泉に行ってたのか?」

 

「あったりー」

 

 彼女達の手にしている物を見て推測すると英美は満面の笑みで返した。

 この施設の地下には人口の温泉があり、彼女達はそこを利用していたのだ。

 

「よく使えたな。軍の施設だから使えないだろうと思っていたんだが」

 

「エイミィが試しに頼んだら許可が下りた」

 

「成程。流石エイミィ、言ってみるもんだな」

 

「へっへーん! まーね!」

 

 エッヘンと胸を張る英美に誰もが笑みを浮かべた。

 ここでほのか並みに胸があったら良かったのになぁと知り合いにそんな考えをする輩がいるのだが、禅十郎はそんな無粋なことを考えもしなかった。

 

「禅君は今までトレーニングを?」

 

 深雪の質問に禅十郎は頷いた。

 

「ああ。最近新人戦の練習ばっかで体術の腕が鈍っちまいそうでな。ま、知り合いの軍人にさっきしごかれたから十分今日のトレーニングにはなったな。それに明日からしばらく達也との朝練で事足りるから、心配はなさそうだし」

 

 達也は技術スタッフであるが、彼もこの九校戦期間中に鍛錬を怠るわけにはいかないと考えていた。

 だが、ここから九重寺に通う訳にもいかない為、しばらくの間、禅十郎と毎朝組手をすることになったのである。

 

「他の奴も一緒にやろうって誘ったんだけど、誰も一緒にやってくれなくってさ。いやぁ、達也がいてくれて助かったわ、ホント」

 

 禅十郎のトレーニングについてこれるのが、達也しかいないのだと知った深雪は少しだけ嬉しそうだった。

 

「それって禅の朝練のメニューについて来れるのが達也さんだけだからじゃないの?」

 

「いや。ホテルの敷地五周と筋トレ、そんで組手だけの軽いメニューだ」

 

 軽いメニューと言われて、深雪以外の女子は揃って『軽い』って一体どんなものだったかと感覚が麻痺し始めていた。

 

「ホテルの敷地一周でも随分距離がありますよね」

 

「それ、どこが軽いメニューなのかな?」

 

 英美の言葉に賛同する皆の反応を見て首をかしげる禅十郎。

 

「そうか? 達也もこれで問題ないって言ってたけどな」

 

 その一言に誰もが驚いて深雪の方に目を向けた。

 

「深雪、達也さんもあのメニューについていけるの?」

 

 ほのかから急に話題を振られた深雪だが、彼女は躊躇いなく頷いた。

 

「ええ、お兄様ならこれくらいのメニューはこなしてるわ」

 

 淀みないその言葉に誰もが反応に困るが、禅十郎は深雪に賛同するように首を縦に振った。

 

「篝君のスタミナも相当だけど、もしかしてお兄さんも結構凄いのかな?」

 

「風紀委員もやってるから実力はあるとは思ってたけど……」

 

「体力お化けは篝君の専売特許だと思ってた」

 

 周りにいた女子も驚いていたが、そんな皆の反応に深雪と禅十郎は首を傾げた。

 

「「そう(か)? お二人(俺達)ならこれぐらい普通よ(だろ)」」

 

 ブラコンと問題児が意外な所で共鳴するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、同じくエントランスにて、第一高校の生徒達の会話を遠くから聞いている三人組がいた。

 

「成程ね。何処かで見たと思っていたけど、昨日の懇親会で九島閣下の魔法を打ち破った一高生だったのね」

 

「みたいじゃのう。それにしても先程の手合わせは見事であったな。他の者達にも見せてやりたかったの」

 

「沓子の言う通りだけど、正直、アレはやりすぎだと思うわ」

 

 彼らの会話を聞いていたのは第三高校の新人戦メンバーである一色愛梨、十七夜栞、四十九院沓子の三人であった。

 

「そうかのう? わしの直感じゃが、あの二人は然程本気でやっていなかったと思うぞ。腕試し程度の軽い気持ちでやっておったんじゃろ」

 

「アレで?」

 

 栞が疑問を浮かべるのは尤もであった。禅十郎と柳の戦闘は到底腕試し程度には見えなかった。一糸乱れぬ猛攻で戦っていたというのにまだ先があるのかと彼女は内心驚いていた。

 そんな彼女の疑問に沓子は頷いた。

 

「うむ、アレでじゃ。確か、あの者の名前は……」

 

「篝禅十郎よ」

 

 その名を口にしたのは愛梨であった。

 

「珍しいわね。愛梨が男子に興味を持つなんて」

 

 意外そうな顔をする栞に対し、沓子は悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 

「なんじゃなんじゃ。ついに愛梨にも春が来たのか?」

 

「そんなんじゃないわ。ただ噂に聞いていただけよ。対人戦闘魔法師の中でも体術を扱っている篝家の道場に私達と同じ年で師範代になった男がいるってことをね。その男の名が篝禅十郎だった。偶々その話を覚えていただけよ」

 

「なんと、アレはデマではなかったのか!? 名前までは知らなかったが、てっきり先輩達の冗談だと思っておったぞ」

 

 驚きを露わにする沓子に対し、栞はあることを思い出す。

 

「そう言えば、彼も口にしてたわね。ほら、モノリス・コードのメンバーにいる……」

 

「おお、そう言えばおったの。出場権を巡って三人目の候補から正式な試合で勝ち取ったのじゃったな」

 

 第三高校では今回のモノリス・コードの出場メンバーについてひと悶着あり、正式に決まった三人目のメンバーが禅十郎の名を口にしていたことを彼女達は思い出した。

 

「そうね。確かに彼の言う通りになったけど、それでも第一高校に脅威となる一年生は彼以外いないわ。何人か名の知れた人はいるようだけど、それでも新人戦は私達の方が有利よ」

 

 そう言うと、第一高校の生徒を背にして愛梨は歩き出した。

 その後ろに二人は後を追うようについていく。

 

「さぁ、今年の九校戦は私達三高の最強伝説の始まりよ」

 

 そして次の日、九校戦の幕は開かれるのだった。




いかかでしたか

さて、次回から本格的に九校戦に入ります

禅十郎がどのような活躍を見せるのか、楽しみにしてください!

それでは、今回はこれにて!

でもこの章、一体何話で終われるかな……


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