魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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はい、どうもです

もうすぐ二月ですか

年が明けたばかりだと思えば、もうそんな時期に……

時間が経つのは早いなとつくづく思う今日この頃です

それではお楽しみください

2020/10/18:文章を修正しました。


九校戦初日

 八月三日、九校戦は開幕した。

 初日は本戦スピード・シューティングの予選から決勝戦までとバトル・ボードの予選が行われる。

 禅十郎は真由美が出場するスピード・シューティングの第一試技を見るために会場に来ていた。

 ただし、今回は達也達と共に行動していない。かと言って他のクラスメイトや先輩達と一緒に見ているわけでもない。今回の九校戦は既に一緒に回ると以前から約束している人達がおり、禅十郎は観客席で待ち合わせをしているところであった。

 

「えっと、確かここら辺にいるって……」

 

「禅、こっちだ」

 

 辺りをキョロキョロ見渡しているとこちらに手を振る千景の姿が見えた。

 直ぐに彼女のもとに向かい千景の隣に目を向けると、そこにはよく知った顔触れが座っていた。

 

「よう、泉美(いずみ)ちゃん、香澄(かすみ)ちゃん、ご無沙汰」

 

 千景の隣にいたのは真由美の双子の妹、泉美と香澄であった。双子でありながらお淑やかな雰囲気のある泉美に対し、香澄は活発なイメージが強く、とても見分けがつきやすい姉妹である。

 

「ご無沙汰しております、禅さん」

 

「げっ、本当に来ちゃったよ」

 

「もう香澄ちゃん、その言い方はないでしょう」

 

 丁寧に挨拶する泉美に対し、香澄は嫌そうな顔をする。それを見た泉美が香澄を窘めるが、香澄は謝ろうとはしなかった。

 悪態をつく香澄に禅十郎は特に怒ることもなく仕方のない子だなと苦笑を浮かべた。香澄の禅十郎に対する態度は数年前から始まったことであり、幼少の頃からの長い付き合いも相まって反抗期の妹のような感覚で禅十郎は彼女の相手をしているのだ。

 一方、香澄にとってはそれが子供扱いされている気がして余計に腹が立ち、禅十郎に対する態度がより悪くなっているのだが、当の本人はそれに気づいていないのである。

 

「二人は今年の九校戦はどこまで見る予定なんだ?」

 

「今年は最終日までいるつもりです。本当は新人戦までのつもりでしたが、千景さんがこちらで勉強を見てくれると仰ってくれたので、お言葉に甘えさせていただきました」

 

 千景の方に目を向けると、彼女は頷いて肯定する。第一高校の生徒会長を務めた上、成績上位である千景は教えるのも上手いため良い人選と言えるだろう。

 

「へぇ、ま、姉ちゃんなら心配ねぇわな。で、話は変わるが、今年の九校戦で気になる選手はいるのか?」

 

 突然の質問に泉美は悩んでしまうが、それほど時間は掛からなかった

 

「そうですね。やはり新人戦に出場する第一高校の司波深雪さんでしょうか。お姉さまは実力を高く評価していらっしゃったようですし、新人戦でどのような活躍をされるのか楽しみです」

 

 それを聞いた禅十郎は泉美らしい答えだと思った。魔法師としての潜在能力が高い深雪は第一高校で誰もがその実力を高く評価している。彼女をよく知っている真由美がその話を妹に話すことは何ら不思議ではなかった。

 

「じゃあ、香澄ちゃんは?」

 

「誰かって言う訳じゃないけど、やっぱり第三高校の一条将輝とか一色愛梨とかかな? あんたの代の中では二人はかなり有名だからね」

 

「香澄ちゃん」

 

 香澄の口調に泉美は再度注意するが、それを注意する前に選手入場のアナウンスが聞こえたため、泉美は口をつぐんだ。

 

「真由美が出てきたな」

 

 千景の言う通り会場に真由美の姿が見え、それに気付いた観客(主に最前列に集中している)は揃って騒ぎ始める。

 

「相変わらず人気だなぁ、先輩」

 

「あーあ、やだやだ、バカな男共が揃いも揃って下心丸出しで観戦するなんて」

 

「香澄ちゃん、その言い方は失礼ですよ」

 

「去年もそんな感じだったよな。ま、才色兼備のお嬢様だ。この間の懇親会でもお近づきになろうとした奴がちらほらいたんだ。こうなるのは当然だな」

 

「実際にいたのか?」

 

 千景の問いに禅十郎は首を横に振った。

 

「いや、やっぱ会頭と姐さんがいたからかねぇ。威厳というか強者の風格というか、誰一人として近づこうとしなかったわ」

 

 その回答を聞いた泉美は首を傾げて禅十郎を見ていた。禅十郎自身もその原因の一人ではないだろうかと彼女は思っていたが、当の本人は彼女の視線に気付かずに会場に目を向けているのだった。

 

「まぁ、野郎だけから人気ってわけじゃないみたいなんだが……」

 

 前の客席から「お姉さまー!」と黄色い声が聞こえてくるのだが、そこらへんは聞こえなかったことにした。

 

「真由美に女子達が羨望の眼差しを向けるのも無理はないな。エルフィン・スナイパーなんてニックネームを付けられるくらいだからな」

 

「妖精の狙撃手か……。ま、本人は嫌がってるけどな」

 

 ここだけの話、禅十郎はそのニックネームは合っていないと思っている。容姿だけならピッタリなのであるが、性格をよく知っている禅十郎からしてみれば、あまり相応しいとは思えなかったのだ。

 

(性格も含めれば、妖精って言うより小悪魔だよな。リトルデビル……は言いにくいなぁ。悪戯好きの妖精ってならピクシー・スナイパーってところかね?)

 

 流石にこれを口にすれば、制裁を喰らうのは間違いないので本人の前でそれを口にする勇気は流石の禅十郎も持ち合わせていなかった。

 なのだが、真由美がステージに上がろうとする直前、背後に目を向けた。

 探すそぶりも見せずに一発で禅十郎達がいる所に目を向けると、微笑を浮かべてから再びステージに上がる。ただし、普段の優しい笑みではなく彼女の本来の性格が見えたような何かを企んでいる笑顔だった。

 それを見た禅十郎は心臓がドキリとした。

 流石に今のは口にしていなかったので気付かれることはないのだが、タイミングはほぼピッタリである。

 

(偶然、だよな?)

 

 そう信じつつ、禅十郎はこれ以上余計なことは考えないようにしようと心に決め、試合を見ることにした。

 観客が静まり返り真由美の競技が開始された。

 標的となるクレーが射出され、真由美は魔法によるドライアイスの亜音速弾でそれを確実に撃ち落としていく。

 

「魔法の発動が早いな」

 

「だな。去年より上がってる。それにマルチスコープの練度も高い。先輩、まったく動かねぇな」

 

 千景の呟きに禅十郎は同意すると同時に、彼女が使用している魔法の腕前にも注目していた。

 真由美が使用している遠隔視系の知覚魔法『マルチスコープ』は実物体をマルチアングルで知覚するものであり、CADにスコープなしで競技に臨んでいるのはその為であった。このスタイルによって、真由美は本来の銃とは異なり、まっすぐの姿勢を保ったまま射出され続けるクレーを一つも漏らさずに撃ち落とすことが可能なのである。

 その光景を誰もがじっと見ること約五分。

 最後の一つを打ち落とし、終了のブザーが鳴り響き、観客席から拍手喝采が起こった。

 周りが騒いでいる中、ここの二人は今の試合を冷静に分析していた。

 

「パーフェクトか。流石は真由美。一年生と比べて劇的に成長したな」

 

「個々で撃ち落として百発百中か。確か、ドライ・ブリザードのバリエーションでやってるんだよな」

 

「ああ。と言っても、あの精度が維持できるのも真由美の実力あってのものだがな」

 

 絶賛する二人に対して、会話を聞いていた泉美はその内容に目を丸くした。

 

「禅さん、すべて見えてたんですか?」

 

 真由美が全弾一つも打ち漏らさなかったことではなく、それを禅十郎はすべて素の眼で見ていたことにだ。

 

「ああ」

 

 当然のように答える禅十郎に泉美は目を何度も開閉して驚いていた。

 当たり前のような態度を取る禅十郎だが、亜音速にまで達していたドライアイスの弾丸を動体視力だけで百発すべて見ぬくのは常人ではほぼ不可能だ。

 

「ああって、禅さん反応が薄すぎです」

 

「だって見えるんだし」

 

「いえ、それはそうなんですけど……」

 

 そんなことを呆気なくやってみせる禅十郎の驚異的な動体視力に泉美はただただ驚くしかなかった。

 

「にしてもなぁ、ドライアイスの亜音速弾を一つも外さずにクレーを撃ち落とすなんて真似はそうそう出来るもんじゃねぇな」

 

「ま、お姉ちゃんなら当然だね」

 

 自分のことのように姉の成績を自慢する香澄の姿は実に微笑ましい光景だった。

 しかしそんな彼女を見ていた泉美は禅十郎の方がどれほど規格外のことをしてみせたのか、理解しているのだろうかとやや香澄のことが心配になっていた。

 

「次はバトルボードの予選だな。さっさと会場に行って席でも確保するか」

 

 それから禅十郎達は次の競技場へと移動を始めた。

 移動中、泉美は禅十郎の隣を歩き、千景と香澄はその後ろをついていくような形で会場を目指した。

 香澄は幼少の頃から千景に懐いており、久しぶりに会ったことで話したいことが多くあるらしく、禅十郎達の後ろで楽しそうに話をしていた。

 

「禅さん、千香さんは今年の九校戦にくるんですか?」

 

 泉美の質問に禅十郎は頷いた。

 

「ああ、新人戦初日に来るらしい。悪いんだがあいつが来たら一緒に九校戦を廻ってやってくれ。俺は新人戦で忙しいからな」

 

「新人戦の総括役を任されたようですね」

 

 泉美の口からその言葉を聞いて禅十郎は苦い顔を浮かべた。

 

「また色々話しやがったな。ったく、あの人は……」

 

「役割決めで困ったら、禅さんに頼めば丸く収まるとお姉さまは仰っていましたよ」

 

「ほう……。面倒になったら俺に丸投げする気満々かよ」

 

 悪態をつく禅十郎に対して泉美はクスリと微笑んだ。

 

「お姉さまからそこまで信頼されている殿方は少ないのですから、そこはもっと誇っていいのでは?」

 

「そうかぁ? もっといるだろ。うちの服部先輩とか十文字先輩とか、俺より信頼してると思うけどな」

 

「あら、本当にそうお思いですか?」

 

「ん?」

 

 泉美はチラッと後ろを見て、香澄がこちらの話を聞いていないか確認する。それから、泉美は禅十郎にじっと目を向けた。

 

「禅さん、自分に嘘をつくのは良くないと思いますよ」

 

「何のことだ?」

 

 白々しい反応をする禅十郎に泉美は仕方のない人ですねと言いたげに笑みを浮かべる。

 

「禅さんはお姉さまに誰よりも認められたいと思っているじゃないですか」

 

「女性の前で見栄を張るのは思春期男子特有の行動じゃないか? 実際に俺の知り合いの先輩にも似たような行動をしている人がいるしな」

 

 どこぞの大昔の忍と同じような名前の先輩がそんな感じである。

 

「ええ。ですが禅さんがお姉さまに向ける思いは羨望や色欲にまみれたものではなく、幼いころから抱いていた純粋なる恋心です」

 

「え……」

 

 唐突に純粋な恋心と現実では出てこないような言葉を平然と口にする泉美に禅十郎の表情は固まった。

 

「幼い頃からお姉さまを思い続け、禅さんはお姉さまに相応しい人間になろうと努力してきました。どんな苦行にも耐え続け、そして遂には若くして師範代にまで上り詰めるほど……。恋心はどんな苦難でも乗り越える源であることを私は禅さんを見て実感いたしました」

 

 泉美はそんな禅十郎の言葉を無視して色々と語り始める。割と恥ずかしいことを口にしているのだが、せめてもの救いは彼女の声が周りの騒音に消され、禅十郎にしかまともに聞こえていないことだ。

 

「禅さんはもう少し自分の心に素直になってお姉さまに接した方が良いと思います。己が心に秘めた熱いハートを解き放って、意中の方へその思いを伝えましょう! 誠心誠意を込めた告白であれば、お姉さまなら絶対に……」

 

 禅十郎は泉美が成長するにつれて少女漫画のようなロマンチック思想になっていることに気付いていた。恐らく千鶴が昔読んでいた紙媒体の恋愛小説や漫画を貸したのが原因だと思われるが、他人の趣味にどうこう言うのは筋違いだと禅十郎は見てみぬふりをしていた。

 しかし、やや暴走気味の今の泉美はどうにかしないといけないのは間違いない。少し考えるが、一旦暴走した泉美を口で止めることは不可能だと断定し、物理的に止めることにした。

 

「泉美ちゃーん、いったん落ち着けっ!」

 

「あう!」

 

 泉美の額に軽くデコピンを喰らわせた。案の定、泉美は可愛らしい声を上げて暴走した一人語りを止めた。

 

「うう……痛いです」

 

 額を両手で抑えて涙目になりそうな目をして泉美は訴える。

 

「自業自得だ。暴走した泉美ちゃんが悪い」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる禅十郎に対し、泉美はやや頬を膨らませる。

 

「お姉さまにもそれぐらいのスキンシップを取れるようになればよろしいのに……」

 

「子供の頃みたいなことが出来るような年齢じゃなくなったからな」

 

「一緒に寝たり、抱き着いたり、膝の上に座ったり、膝枕してもらったり、あーんしてもらったり。禅さん、お姉さまに色々やってもらいましたね」

 

 幼少の頃に覚えていることを泉美は淡々と並べていくと、禅十郎は少々気恥しい気分になった。

 

「ハハハ、そう考えると昔の俺スゲェな。しかも会長のファンクラブの会員達が知ったら間違いなく背中から刺される案件だわな」

 

 真由美のファンクラブが出来ているのは入学当初から知っており、部活の勧誘が終わってから実は何度か絡まれたことがあった。

 真由美と何度も親しくお喋りするだけでなく、時折だが一緒に帰ることもしている。実際、真由美はあまり誰かと一緒に帰ることはしない為、それが最も彼らの癇に障ったらしく、しつこく絡まれるようになったのである。

 

「そのような集まりが出来ているのは存じていますが、お姉さまを偶像崇拝するというのはいかがかと思います。何やら良からぬ同人誌があるとかないとか」

 

「泉美ちゃん、その情報何処から入手してんだ?」

 

「ふふ、内緒です」

 

 人差し指を口元にあてて可愛らしい仕草をする泉美を見て、禅十郎はやっぱり真由美の妹なんだなと思った。

 

「……そうかい。じゃ、これ以上は踏み込まないことにしておくよ」

 

 お淑やかさで言うならば双子の中で泉美は真由美に最も近い。香澄の方は元気があって良いのだが、やや大雑把な所がある。間違いなく二人の性格を足して二で割ると真由美になるだろう。

 だが、一度弱みを見つけたら、それを上手く搦めとることに関しては真由美よりも上だと禅十郎は口にする気はないが思っていた。

 

「にしても泉美ちゃん、なんでそんなに俺の後押ししようとしてるのさ。こういっちゃなんだが、俺より良い男なんて他にもいるだろ? 会頭とかどう見たって俺より出来る男だろうが」

 

「禅さんだから良いんですよ。他の婚約者候補の方よりもお姉さまの幸せを願っていると感じたからこそ、お二人にはちゃんと交際していただきたいんです」

 

(ふーん、本当にそれだけかねぇ?)

 

 そういう性格であることを知っている為に、泉美は本心を語っているように見えて時折大事な何かを隠しているところがあるのだ。確信はないが、長年の付き合いによる勘と言って良い。

 

「ま、もう少しだけこのままでいさせてくれや」

 

 空を見上げながらそう口にする禅十郎に、泉美はやれやれと言う顔をしていた

 

「そんなことを仰っていますと、他の婚約者候補に取られてしまいますよ」

 

「どうだろうな。五輪家の長男とはお互い交際する気がねえし。十文字先輩に関しては色恋沙汰に関して無頓着だし、見た感じあの人も会長を交際相手として見てないな、多分」

 

「……はぁ」

 

 呆れたと言わんばかりに泉美は溜息をついた。

 

「どうして他人の恋愛感情には鋭くて、自分のことになるとここまでいい加減になるんでしょうか?」

 

「これでも色々考えてんだぜ。これでもな」

 

「……分かりました。今回はそう言うことで納得しておきます」

 

「おう、納得しとけ納得しとけ」

 

 この話題は終了だと禅十郎が言っていると理解した泉美はそれ以上聞くことはしなかった。

 

(それにしても、お姉さまもどうしてご自分の気持ちに素直になれないのでしょうか? 他の殿方と比べれば、禅さんとは随分と打ち解けているはずですのに……)

 

 そんなことを考えつつ、泉美は禅十郎を目を向ける。

 

(ですが……)

 

 そして、心の中でうっすらと笑みを浮かべた。

 

(お互いに意識しているのは確実ですから、あとは切っ掛けがあれば……ふふふ……)

 

 泉美が何故禅十郎と真由美をくっつけたがっているのかを知る者は誰一人としていなかった。

 それから禅十郎達は次の会場に辿り着き、摩利の試合を観戦し、彼女が圧勝する姿を目に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 禅十郎と別行動をしている達也達も真由美の試技の観戦後、バトル・ボードの会場へと移動していた。今いるメンバーは達也、深雪、雫、ほのか、レオ、エリカ、美月に加え、達也のクラスメイトである吉田幹比古である。

 

「禅じゃない、あれ?」

 

 エリカがふと人ごみの中で禅十郎を見つけると、そこに指をさした。

 

「あ、本当ですね。お姉さんもいるみたいですし、今日はご家族で観戦してるんですね」

 

「ほのかは禅君のご家族と会ったことがあるの?」

 

「前に一度だけ私と一緒に会ったことがある」

 

 深雪の問いに雫が答えると達也は納得して、その女性に目を向けた。

 

「とすると彼女が先々代の一高の生徒会長か。一昨年の九校戦では選手とエンジニアを両立した上で、当時一年生だった会長達をまとめ上げて九校戦の連覇の始まりを作った第一人者だったな」

 

「マジかよ。あいつの姉ちゃんってそんなにスゲェのかよ」

 

 禅十郎の姉がどれほど優秀だったのかを知り、多くがその実力に驚かされた。

 

「その代わり、体術に関しては全く興味がなかったみたいだ。確か護身術程度しか習わなかったらしい」

 

「ふーん、道場の家に生まれたからって体術を習う必要はないってことか」

 

 納得するレオに達也は頷いて肯定する。

 

「そう言うことだ。それにあの家の指導方針はなかなかハードだからな。そういえば、やる気があるならレオを門下生にしたいと言っていたな」

 

「そいつは勘弁だ。鍛えるのは悪くねぇが、達也でもハードっていうくらいなら俺でもきつそうだぜ」

 

「それは英断。あれは大の大人が泣いて逃げ出すから」

 

 レオがそう言うと雫は直ぐにその判断が正しいと本気の声色で言い切った。禅との付き合いが最も長い雫がそう言い切り、篝家の道場の指導方針が冗談抜きで辛いものだと理解して戦慄する。そんな指導方針に何の苦も無くしていられる禅十郎は一体どんな人生を歩んできたのだろうかと誰もが気になったが、しばらくの間、誰も聞くことが出来ずにいることになる。

 達也達も禅十郎達と同じように、バトル・ボードの試合を観戦する為に競技場へと向かう。

 向かっている途中、ほのかはふとあることを思い出す。

 

(そう言えば、篝君の妹は一人だって聞いてたけど、だとしたらあの子達って一体誰なんだろ? 従妹かな。でも誰かに似てるような……うーん)

 

 禅十郎が一緒にいるのは千景だけでなく、年下であろう双子の少女もいた。

 間違っていなければ、禅十郎には年下の兄弟は妹一人だけのはずであり、双子の妹はいないはずである。であれば、あの二人は誰なのだろうかと考え込むが、結局答えが出ないまま、ほのかは達也達の後を追うのであった。

 そして九校戦初日、真由美はスピード・シューティングを見事優勝し、摩利も三日目に行われるバトル・ボードの準決勝へと進み、初日は幸先の良いものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、禅十郎は達也の部屋に来ていた。理由は単なる暇潰しである。

 一緒の部屋にいる井上や新人戦メンバーと交友を温めるのも良かったのだが、本戦の試合を見た達也の解説を聞きたくなったのである。

 真由美の配慮で達也は一人部屋を使用しているため、達也にだけ気を遣えばいいので行きたいときに連絡を入れるだけで済んだ。

 一度連絡を入れてから部屋を訪れると達也が作業をしていたのだが、いても問題ないと言われた。

 

「達也、そいつは武装一体型CADのプログラムか?」

 

「正解。と言っても大した物ではないけどな。武器と言うより玩具に近い」

 

「ふーん、どれどれ……」

 

 CADプログラムについては姉に嫌と言う程叩き込まれており、ここの技術スタッフほどではないが、達也が何をしているのか大まかに理解できた。

 

「成程、持ち手と刃が分離するって仕組みか。使用するのは移動魔法か?」

 

「いや、硬化魔法だ。今日の渡辺先輩の試合を見て、使用していた硬化魔法を応用してみた」

 

「確か自分とボードの位置を固定して、一つの物体として移動魔法をかけてるんだったな」

 

「そうだ。硬化魔法の定義内容は相対位置の固定だからな。固定概念を取っ払ってやれば、接触する必要は無いんだ」

 

 達也の解説を聞いて禅十郎は感心したように頷いた。硬化魔法の定義を明確に掴んだからこそ、こんな面白い発想を浮かぶことが出来たのだろう。しかも直ぐに形に出来るとなると、自分の技術スタッフに任命しておけばよかったと禅十郎は後悔した。

 

「となるとよ、硬化魔法って名前は的確じゃないよな。今後は固定魔法にした方が良いんじゃないか?」

 

 禅十郎の指摘は的を射ていると達也は思った。

 

「確かに間違いじゃないが、硬化魔法は戦闘で使用する場合、盾の硬度を上げる防御面で使われることが多かったからな。そう言うのも理由の一つなんだろう」

 

「かもな。まぁ、つまりそのデバイスは『飛ばす』というより『伸ばす』に近いってことか。なぁ、今からでもそのデバイス、棒の形にしちまえば?」

 

「デバイス名は『如意棒』か」

 

「当たり」

 

 愉快に笑う禅十郎に達也もつられて笑みをこぼした。

 

「残念だが、今から棒状にするのは難しいな。プログラムもほとんど出来上がっている。もう一日あれば近い形状の物が作れなくもないが……」

 

「まぁいいさ。じゃあ、そいつが出来たらちょっと使わせてくれ。もしかしたら何かの役に立つかもしれないからな」

 

「構わないが、武器としての実用性はかなり低いぞ。大方、相手を驚かせる程度の効果しかないと思うが」

 

 達也がそう言うと、禅十郎はわざとらしく舌を鳴らし音と同じタイミングで人差し指を横に振る。

 

「そういう些細な道具が、意外な所で道を開くかもしれないからな。試しといて損はねぇよ」

 

 禅十郎の言葉を聞いて、達也は納得しつつも少し呆れてしまう。

 

「使えそうなものは何でも試す癖は相変わらず抜けていないな」

 

「手数を増やして戦術を増やすのも戦い方の一つだろ?」

 

「それを全部使いこなそうとしてる奴なんてお前ぐらいなもんだ。俺が言うのもなんだが、もう少し一つのことに特化してみたらどうだ?」

 

「嫌だね」

 

 満面の笑みを浮かべて禅十郎は拒否した。

 

「満面の笑顔で言うなよ」

 

「スペシャリストも悪くねぇが、俺はオールラウンダーになりたいんだよ。様々な状況下で対応できた方がいろいろ役に立つしな」

 

「確かにお前は魔法に関して無駄に器用だからな。本当に超万能のオールラウンダーになりかねん」

 

「そいつは誉め言葉として受け取っておくぜ」

 

「一応、褒めたつもりだが?」

 

 真顔で言う達也に禅十郎は思わず笑ってしまう。

 

「まぁ、いいか。さて時間も時間だしな。俺は部屋に戻るよ。じゃ、新人戦はお互い頑張っていこうか」

 

 禅十郎は右拳を達也に突き出した。

 

「ああ。だが、お前の場合頑張りすぎてやりすぎる気がするがな」

 

「酷いこと言ってくれるな、この野郎」

 

 達也も同じように右拳を突き出し、禅十郎の拳に当て、互いに全力を尽くそうと約束するのであった。

 そしてこの時、ここにいる二人が新人戦に波乱を巻き起こすことになるとは九校戦に参加している誰もが知る由もなかった。




いかがでしたか?

今回は七草の双子ちゃんを登場させました

真由美と知り合いですし、昔から会っていたという設定で登場です

今後も二年生から出てくる登場人物も少しずつ使っていきます

それでは、今回はこれにて

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