魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

37 / 86
どうもです

なんか忙しくなるって言ってた割に、休憩がてら書いていたらまた出来上がりました

それではお楽しみください

2020/10/18:文章を修正しました。


禅十郎、姉と語る

 九校戦もついに三日目に入った。

 この日はバトル・ボード男女の準決勝、決勝およびアイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグが行われる。

 この中でも特に注目するべきは午前に行われる女子バトル・ボード準決勝一高対七高のレースだ。摩利が出場するこのレースは去年の決勝カードであり、今年も準決勝でそれが見れるとなれば、行かない方がおかしいだろう。

 

「まさか、去年の決勝カードが見れるとはな」

 

「うん。これは今日の競技の中で最も見ごたえのあるレースになると思う」

 

 摩利の試合を禅十郎は達也達と見に来ていた。

 隣には雫が座り、雫の隣にはほのかと深雪、それに達也が続き、エリカ、レオ、美月、幹比古は前の席を陣取っている。

 

「海の七高はこの競技ではかなり力を入れてくるからな。それに姐さんの魔法技能に対してボード捌きなら向こうが断然上だ。去年もそうだがこの試合どっちが勝ってもおかしくない。勿論、ここまで勝ち上がってきた三高の選手も無視できないがな」

 

「何が起こるか分からないから九校戦は面白い」

 

「同感だ」

 

 試合が始まる前から禅十郎と雫の会話が止まらない。

 正確には禅十郎が興奮している雫に付き合っていると言うのが正しいだろう。だが、雫の九校戦好きと禅十郎の勝負好きがちょうどマッチしている為、二人の話が止まることはなかった。

 そんな二人の様子を達也達は隣で眺めていた。

 

「雫ったら楽しそうね」

 

「九校戦の観戦が好きだから一度熱が入るといつもああなるんだよね。私だとあんまり会話についていけなくて……」

 

 ほのかは普段の十倍以上熱くなっている友人にちょっとだけ恥ずかしそうにしている。

 

「禅の場合、九校戦の試合よりも選手の持っている魔法と身体技能に注目するからな。それがいい方向でマッチしたと言うところか」

 

 達也の言葉を聞いていた前の列の何人かが納得したように頷いた。

 女子の方は雫が禅十郎と観戦できていることがうれしくてより拍車をかけているのではないかと思っている。

 この姿を見て雫が禅十郎を好きじゃないと言うのは難しいとほのかは強く思った。

 それから間もなく、準決勝の試合が開始された。

 先頭に躍り出たのは摩利だが、七高の選手は背後にぴったりとついてきている。

 

「やはり手強い……」

 

「海の七高は伊達じゃないな。姐さんの魔法を見事に対処してやがる」

 

 禅十郎の言った通り、七高の選手は魔法の不利を巧みなボード捌きで補っていた。

 そのまま差は大きくなることなく、鋭角のコーナーに差し掛かった。

 

「ん?」

 

 だが、この時大型ディスプレイを見ていた禅十郎は違和感を覚えた。

 突然、七高の選手が大きく態勢を崩したのだ。まるで予想外の動きになりバランスを崩したように。

 

「オーバースピード!?」

 

 前に座っていたエリカが立ち上がって驚く。

 さらに加速した七高のボードは水面を離れ、飛ぶようにフェンスへ突っ込もうとしていた。あのままフェンスへと行けば、七高の選手は怪我だけではすまない。

 偶然というべきか彼女が突っ込むその先にはカーブで減速をし終えて、加速に入ろうとした摩利がいた。

 彼女は振り返ると七高の選手の異常を察知する。

 その後の行動は禅十郎の目を見張るものだった。

 前方への加速をキャンセルした摩利は暴走している七高の選手を受け止める態勢を整える。彼女が発動した魔法は七高のボードを弾き飛ばす移動魔法と、相手を受け止めた時に自分がフェンスに飛ばされないようにする為の加重系・慣性中和魔法であった。

 このままうまくいけば、最悪の事態は免れる。

 不意に水面が沈みこんだりしなければ、そうなるはずだった。

 

(なっ……)

 

 突然のことに禅十郎は声も出なかった。

 水面が沈没したせいで、摩利の慣性中和魔法だけ発動が遅れ、七高の選手と衝突したのである。

 二人はそのまま、フェンスへと飛ばされた。

 突然の悲劇に多くの悲鳴が聞こえ、その後すぐにレース中断の旗が上げられる。

 その瞬間の禅十郎の行動は早かった。

 禅十郎はレースが中断されるとすぐに立ち上がり、摩利の所へ駆けつけようと動きだした。応急処置なら知り合いの医者に毎年叩き込まれており、当の本人からも他人に行っても問題ないと言われている。

 

「お兄様!」

 

 声のした方を見ると、深雪が蒼褪めた顔で達也を見ていた。

 

「行ってくる。お前達はここで待っていてくれ」

 

 深雪は達也に頷いて見せた。

 

「行くぞ!」

 

 達也にも技術があるかどうか知らないが、行くなら早くした方が良い為、議論せずに禅十郎は達也と共に走り出した。

 二人は人の密集する通路を鮮やかにすり抜けながら駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 事故現場に辿り着いた達也は摩利の手当てを、禅十郎は七高の選手を手当てを施し、そのまま二人は病院へと運び込まれた。

 禅十郎と達也はそのまま摩利達と共に病院へと向かうことになった。

 病院へと運び込まれた後、二人の状態が安定するまで、禅十郎と達也はあまり会話を交わすことはしなかった。話したとすれば、あの事故が偶発的だったのか意図的だったのかだが、情報が少ない為、この話は直ぐに中断せざるを得なかった。

 禅十郎は深雪達に状況を説明する為に達也を競技場へ戻らせ、一人病院に残ることにした。

 後で聞いた話だが、担当医が言うには摩利は肋骨が折れており、全治一週間少なくとも十日は激しい運動を控えるようにとのことだった。つまり摩利は本戦のミラージ・バットには出場できないということになる。

 話を聞いた禅十郎は病院の待合室の椅子に腰かけていた。

 ちょっと前にチームメイトから連絡を貰い、他の競技はすべて無事決勝進出が確定したことを知り、少しばかり安堵した。

 女子バトル・ボード以外は予定通りに行きそうだと思えば気休め程度にはなった。

 

(それにしても、あのオーバースピードは妙だったな)

 

 先輩達が来るまで禅十郎はあの事故で起きたことを思い出すことにした。

 七高の突然のオーバースピード、摩利が受け止めようとしたのに発動のタイミングがずれていた。摩利の実力は一高でもトップクラスであるために、あのようなミスをするはずがない。

 特に気掛かりなのは七高の選手が起こしたオーバースピードだ。

 選手の顔は明らかに予想外の魔法が発動したことに驚いていたようだった。アレが演技であることを除けば、あの加速魔法は本人の意思によるものではないと言うことになる。

 CADの誤作動という可能性もあるが、減速を加速にして置くような調整をする生徒が技術スタッフに選ばれるはずがない。

 勿論、たらればの話をすれば多くの仮定が生まれるが、それは今考えることではない。

 一番の懸念すべきことは、この事故が第三者によるものであり、それが無頭竜によるものではないかと言うことだ。

 摩利の九校戦出場停止は第一高校にとって痛手であり、優勝の可能性がぐっと下がる結果となるのは明白だ。その分だけ他校が優勝する確率が上がっていくことになる。

 勿論、他の選手の結果と新人戦の結果によっては十分に優勝できる範囲内だろう。

 だが、もし禅十郎の思った通り無頭竜による妨害だとすれば、これで終わりとは思えない。あくまでもまだ優勝できる範囲内であり、確実に優勝出来ない状況ではない。まだ何か仕掛けてくる可能性も十分にあり得るのだ。

 しかし、どのようにして仕掛けてくるか予想がつかないのが最大の問題であった。

 

(ああ、くそっ! 考えがまとまらん!)

 

 禅十郎はガシガシと頭を掻いて重く溜息をついた。

 奴らの妨害を邪魔してやると意気込んではいたが、その結果がこれでは話にならない。

 

「どうすりゃいいんだか……」

 

「何がどうすればいいって?」

 

 突然背後から女性の声が聞こえたが、禅十郎は驚きもせず、後ろを見ることもしなかった。

 

「なんだ、姉ちゃんか」

 

 背後に立っていたのは千景であった。

 

「なんだとは失礼な弟だな。だが、お前が私に背後を取られるほど考え事をしているとは珍しいな」

 

「気付いていたよ。姉ちゃんの気配の消し方は下手過ぎだからな。もう少し鍛錬しろよ」

 

「断る。私は体術に興味がない。護身術程度まで習えればそれで十分だ」

 

「あっそ。んで、姉ちゃんは後輩の見舞いか?」

 

「ま、そんなところだ。で、禅は何に悩んでるんだ」

 

 千景の問いかけに禅十郎はどう口にするべきか悩んでいた。無頭竜の件は千景は知らないし、教えるわけにはいかない。どう言えばいいのか少し考えをまとめていたのである。

 

「なぁ、あのレースについて姉ちゃんはどう感じた?」

 

「随分と大雑把な質問をしてくるな」

 

 千景の言う通りだと禅十郎は苦笑を浮かべる。

 

「じゃあ、言い方を変えるわ。あのレースに第三者からの妨害があったと思うか?」

 

「あるな。確実に」

 

「即答かよ」

 

「明らかに不自然だろう。あの時の七高の選手のオーバースピードはおかしい。去年ならあのカーブで減速するはずだったんだぞ。なのに加速していた。あれが調整ミスによる誤作動だっていうなら、九校戦に三流スタッフを入れた七高に殴り込むぞ」

 

 千景の過激な発言に思わず吹いてしまう禅十郎。いつもながらこういう所は彼女らしい。

 その所為で彼氏の一人も出来ていな……いや、いるのだが、正直、アレを好きになる男は余程の物好きだと思っている。

 

「調べてみたが、摩利のボードの底に不自然な陥没が起こっていた。まだ詳しい結果は出ていないが、アレは自然に発生するとは考えにくいとのことだ。あの一連の事故は偶然起こったものではなく、第三者の悪質な妨害があったと考えていいだろう」

 

 そんな話を聞いていると、禅十郎はあることが気になった。

 

「姉ちゃんさ、それ誰に調べてもらったのさ?」

 

「大学の先輩の研究室に資料を送って調べてもらっただけだが?」

 

「その人さ、研究室にいたの? 今、大学って夏休みじゃねぇの?」

 

「休みだが、施設自体は開いてるからな。それに魔法大学が近いからさっさと調べてくれと急かした」

 

「人使い荒っ! ってか、先輩に対する態度じゃねぇな!!」

 

「それに研究室に配属されれば学生に夏休みなんてあってないようなものだ」

 

 暴君と言っても過言ではない性格だが、物事を分析する能力であれば千景はかなり突出している。彼女が自信をもってそう言い切れるのであれば、間違いないことなのだと禅十郎は確信した。

 

「もしそうだとして、問題はどうやって妨害したかだな。水中に人が入っていたと言うのは論外だし、遅延発動魔法も不可能。かといって会場の外から魔法を発動すれば、監視装置に引っかかる。とすれば残る可能性は……」

 

「精霊魔法があるだろう」

 

「ん?」

 

 あまり聞かない単語が出てきて、禅十郎は眉を顰めた。その反応に千景は少々驚いた顔を浮かべる。

 

「知らないのか? 古式魔法の一つなんだが」

 

「いや、古式魔法はあまり手を出してなかったからな」

 

「まぁ、古式魔法は秘匿されている技術が多いからな。で、その精霊魔法だが、言葉通り霊子(プシオン)の集合体である精霊を用いる魔法だ。精霊は霊子の塊で活性化されてなければ現代魔法師が知覚するのは困難だろう。もし水中に精霊が配置されていたなら大会委員の監視をすり抜けられる可能性は十分にあるな」

 

 魔法の知識を豊富に持つ千景にもたらされた情報は禅十郎の停止し始めていた思考を再起動させるには十分だった。

 

「精霊魔法による遅延発動魔法も可能なのか?」

 

「条件を設定すれば可能な筈だ。だが、直ぐにとはいかないはずだな。少しばかり入念に下準備をする必要があるはずだ。会場の構造や地形を調べつくせば、まず設置は可能になる」

 

 犯行がどのようにして行われたか仮説としては十分な情報だった。だがまだ足りない。まだ七高の選手がオーバースピードを出したのかその方法が分からない。

 

「ああ、そうだ。言い忘れてたが、もしCADを調整した後に手を加えられるとすれば、一か所だけ可能な場所があるぞ」

 

 最後のピースが揃わないことにもどかしさを感じていると、千景の言葉に禅十郎は耳を傾けた。

 

「競技用のCADは調整後、一度大会委員に引き渡され、レギュレーションチェックを受ける」

 

「……成程。そう言うことか」

 

 この言葉で禅十郎の考えはまとまった。他にも気になることがあるが、それは後で考えれば十分である。

 

「ま、後は好きにやれ。私やあの子達に飛び火しなければ文句は言わん。あとこれ、真由美達に差し入れだ。後で持って行ってやれ」

 

 そう言うと千景は禅十郎の隣に袋を置いた。

 

「皆揃って人使いが荒いな」

 

「皆頼りにしてるんだよ。お前をな」

 

 千景は摩利のいる部屋に向かった。

 その後、禅十郎は摩利の容体を見に来た真由美に詳しい事情を話すが、今回の事故における仮説は一切口にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の競技がすべて終了した後、ミーティングルームにいた作戦スタッフは少々重い空気が漂っていた。摩利の出場停止が決まり、加えて第三高校との点数が一気に近づいてしまったのが主な理由だ。

 加えて、予定していた残り六競技の内、四競技を優勝しなければならないのに対し、既に二つの競技の優勝を逃している。残りの本戦はミラージ・バットとモノリス・コードであり、優勝確実と思われた摩利の出場停止により、事態は昨日よりさらに悪化していた。

 

「これはマズいですね」

 

「ええ、予想以上に三高が追い上げてきてます。まだ余裕があるとはいえ、新人戦の結果によっては総合優勝を逃す可能性もありえるかもしれません」

 

 苦い顔をする作戦スタッフに鈴音も同意見だった。今日のピラーズ・ブレイクとバトル・ボードの成績によって三高との差が一気に縮まってしまったのである。

 

「まさか渡辺さんがあんな事故に遭われるなんて想定外です」

 

「ええ、ですが獲得した点数は予想通りの結果となりました。ピラーズ・ブレイクで優勝してくれた千代田さんにはよくやってくれました」

 

 確かに想定外だが、現在の点数は予定通りの点数を獲得しているのも事実である。あまり悪い方に考えるのは良くないのだが、、明日からの新人戦は予想がつかないのが現状である。

 特に三高のメンバーが鈴音から見ても少々チートではないかと感じていた。

 一年生でありながらも本戦メンバーに入っている一色愛梨は厄介だと彼女の中で予想していた。本戦に出場すると言っても、それは上級生より適性があるという打算的な考えではなく優勝が確実だと確定しているから三高は彼女を出していることになる。

 そんな人物が出てくるとなれば、一高で彼女を打倒できるのは間違いなく摩利しかいない。

 

(さてどうしたものでしょう……。後で会長にでも相談してみましょうか)

 

 なかなか妙案が浮かばないまま、明日の新人戦をむかえても良いのか悩んでいた。

 すると誰かが部屋の扉をノックした。

 ここにいた生徒達はてっきり真由美や克人が来たと予想した。

 

「ちわーす! 姉ちゃんからの差し入れ持ってきましたー!」

 

 そんな予想を裏切ってやって来たのは重い空気を一蹴するほど明るい声を上げる第一高校で最高峰の問題児、禅十郎だった。そしてその手には言葉通り、差し入れと思われる紙袋があった。

 

「千景さんからですか。それはわざわざありがとうございます」

 

「作戦スタッフは頭を使う仕事だからって、甘い物色々寄越してきたんですよ。夕食にはまだ時間がありますから、良かったら皆さんでどうぞ」

 

「ではお言葉に甘えて」

 

 作戦スタッフの中心人物である鈴音が了承したことで、作戦スタッフは少々休憩を入れることにした。

 禅十郎は全員にお茶とお菓子を配り終え、自分自身のお茶を淹れると作戦スタッフがまとめた結果を覗いていた。

 

「予想以上に三高が点数を伸ばしてますね」

 

「ええ。新人戦の結果によっては優勝を逃してしまう可能性があります」

 

「加えて渡辺先輩の出場停止が痛手ですね。ミラージ・バットとモノリス・コードを優勝すれば、十分に優勝できると思っていましたけど……」

 

 禅十郎の予想も鈴音達と同じだった。

 

「参考程度に篝君から見て、新人戦はどうなると予想しますか?」

 

 ここで本戦の話をしても終わらないと思った鈴音は話題を変える為、新人戦の話を禅十郎に振ってみた。

 

「そうですね。三高のメンバーが予想以上に実力者が多いですからねぇ。クリムゾン・プリンスとか、カーディナル・ジョージとか、エクレール・アイリとか。他にも全国大会で名をはせた選手多数。知名度って面では一高は三高より弱いのは間違いないですね」

 

 禅十郎の言う通りであるが、体術という点であれば彼の知名度も三高の新人戦メンバーと同等か下手すればそれ以上である。

 

「正直、俺は男子ピラーズ・ブレイクと女子クラウド・ボールの優勝は投げて良いかなと……。ぶっちゃけ、三高のエースの得意分野なんで勝てるかどうか怪しいですし」

 

 優勝を捨てるとあっさりと口にしたことに呆気にとられ誰も何も言えなかった。

 

「物体を破壊することにおいては一条将輝に勝てる奴は一高どころか魔法科高校の一年生にいませんしねぇ。女子も含めれば深雪ちゃんならいけると思いますけど。男子に関して言えば、良くても上位三位には残って欲しい所ですかねぇ」

 

 かなり後ろ向きな考え方をしている禅十郎に一部のスタッフが眉間にしわを寄せているが、鈴音は黙って話を聞いていた。本当なら会話の肴程度に振ったつもりだったが、真面目に考えている為、意見を聞きたくなったのである。

 

「一色愛梨はリーブル・エペーの大会で優勝を果たしていますから、その身体能力は高いのは明白。以前試合の様子を見ましたけど、間違いなく優勝候補に名乗りを上げるのにふさわしい実力です。ぶっちゃけ俺が対戦したい」

 

 先程から三高の実力を称賛する禅十郎に呆れて溜息をつく者さえ出始めた。いや、溜息の半数が禅十郎の本音を聞いたからだろう。

 

「じゃあ、このまま新人戦はボロ負けすると言いたいのか?」

 

 そんなことを口にする作戦スタッフに禅十郎は首を傾げた。何を言ってるんだアンタ、と言う反応である。

 

「いえ、この二つ以外なら一高が優勝する可能性は十分ありますよ?」

 

 あっさりと言い切る禅十郎に誰もが目を見開いた。つまりこの男、半分以上は優勝可能と豪語しているのである。

 

「特に確実なのは女子ピラーズ・ブレイクですね。深雪ちゃんと雫の干渉能力があれば十分に優勝は出来ますね。ミラージ・バットも深雪ちゃんの実力であれば新人戦の優勝は硬いです。というか、本戦なら兎も角、エクレールがいない新人戦であの子に勝てる女子っていますかね?」

 

 三高が二つほど優勝確実に対して、こちらも二つ優勝確実のものがあると判断した禅十郎に鈴音は納得するように頷いた。

加えて、言い方は雑だが選手への評価はかなり的確なのである。

 

「後は五分五分でしょうね。スピード・シューティングには吉祥寺真紅郎もいますから、森崎には頑張ってもらいたいですし、バトル・ボードも普段通りにやれば、勝てると思いますよ。でも……」

 

 何か言いかけたが、禅十郎は口を閉ざす。

 

「どうしました?」

 

 怪訝な顔をする鈴音に対し、禅十郎は首を横に振った。

 

「何でもありません。あんまり大したことではないので。それにしてもどうしますかねぇ。本戦のミラージ・バットって予備の選手がいないんですよね。対策がないまま明日を迎えると三年連続優勝を気にして、無駄に緊張しちまって腕を鈍らせる人もいますから」

 

「いえ、篝君の場合は力を抜き過ぎている気もしますが。寧ろもっと緊張感を持ってください」

 

 鈴音のツッコミに禅十郎は眉を顰めるが、スタッフは揃ってその通りだと笑った。

 禅十郎は極めて遺憾だったが、形勢最悪なので渋々受け入れることにした。

 

「そんでミラージ・バッドですけど、いっそ深雪ちゃんを本戦に入れてみます? ほら、新人戦のポイントって本戦の二分の一じゃないですか。新人戦優勝確実なら、本戦に出れば二位ぐらい取れるかなぁって。それなら少しポイント稼げますし……」

 

 先輩達に笑われたことにやや不機嫌になった禅十郎は、頭を掻きながらやる気のない口調でそう言った。

 それを聞いた鈴音は「なるほど」と呟いて考え始める。

 

「いやいや、冗談ですよ」

 

 流石に悪ふざけで言ったので真面目に捉えないで下さいと禅十郎は笑ったが、その冗談が鈴音に新たな策を浮かばせる切っ掛けとなった。

 

「いえ、悪くないかもしれません」

 

「えっ……」

 

 彼女の本気とも冗談ともとれる言葉に禅十郎は絶句した挙句、目を何度も瞬かせた。先程までの禅十郎の分析が選手の魔法技能だけによるものだと鈴音は気付いていた。

 新人戦総括と言えども、全競技の戦術を知っているわけでは無いため、あくまでも選手個人の技能だけに目を向けた分析であるのは明白だった。つまり、技術スタッフの技量をあえて計算に入れていないのである。

 

「ありがとうございます。先ほどの意見大変参考になりました」

 

「えっ、マジで言ってます? 軽い冗談のつもりだったんですけど」

 

 その為、禅十郎の何気ない提案は新人戦メンバーの戦術を知っている鈴音にあることを決心させるきっかけとなった。

 そんな鈴音の思惑を知らない禅十郎はただただ困惑するだけだった。

 そして、その日の夜、深雪をミラージ・バットの本戦に出場させるとの連絡が入り、禅十郎はしばらくの間開いた口が塞がらなくなるのだった。




いかがでしたか?

次回から新人戦に入ります

禅十郎達の活躍をお楽しみに!

それでは今回はこれにて

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。