さて、二月も今日で終わりです。
もう一年の六分の一が終了したと思うと、来年なんてあっという間に来ちゃうんじゃないかって思います。
それではお楽しみください。
2020/10/19:文章を修正しました。
女子スピード・シューティングの予選が終了し、第一高校は選手全員が決勝トーナメント出場となった。ここから個人による試技ではなく対戦形式に変更され、選手は自分が破壊する色のクレーを狙い、その破壊したクレーの数で勝敗を決める。
禅十郎達は雫の予選を見た後、千景と別れ、本部の天幕の大画面の多段階分割モニターで試合の様子を見ることにした。
「市原先輩、バトル・ボードの結果はどうなっていますか?」
女子スピード・シューティングの予選を見ていた禅十郎はバトル・ボードの試合を市原に尋ねた。
「男子は二レースを終了していずれも予選落ち、女子は一レースに出場して予選突破です」
「うーん……マジですかぁ」
男子の結果があまり良くなかったことに禅十郎は苦い顔を浮かべる。
「男子はあと一人か。女子の方では最終レースの光井さんが予選突破確実でしょうから、あーちゃんにはまだまだ頑張ってもらわないと」
「残りの一人って確か五十嵐でしたよね? 大丈夫かなぁ……。追い詰められるとかなり無謀な行動に走りそうなんだよな、あいつ。もっと実戦形式の訓練を積んで判断力を鍛えれば優勝確実と言えるんだが……。まぁ、そこは仕方ないか」
難しい顔をして禅十郎は頭を掻いた。
バトル・ボードに選ばれた五十嵐は元々前線に赴くような性格ではないのは薄々感じてはいた。実技試験の結果を元に殆どの選手を選んでいる為、性格面や精神面などデータで測れない部分で選ばれるとすれば、生徒会や部活連がその人物をしっかりと把握していなければ出来ない。
もっとも今更になって選手の選抜にミスがあっても、仕方ないと諦めるしかない。
因みに禅十郎は知らないことだが、克人は禅十郎の成績が余程酷くなければ、有無を言わさず選手にすると決めていた。当然、真由美も鈴音も了承している。つまり禅十郎はどうやっても今年の九校戦に出るのは確定していたのである。
「後は残りの奴らに期待するしかないか。今の所、女子スピード・シューティングの成績が良すぎて森崎達は闘志燃やしてるし。ま、変な空回りしなければ問題ないか」
これ以上先のことを考えても後は選手と技術スタッフの技量次第である。
今後の結果は本人達に任せることにして、禅十郎は雫の試合が映っているモニターに意識を向けた。
試合が始まり、雫は紅いクレーを破壊する。最初に出てきた三つの紅いクレーが軌道を曲げて有効エリアの中央に集まって、衝突し砕け散った。
「移動系……いえ、違うわね。収束系?」
「ご名答です」
次に出たクレーは有効エリアの奥を飛び去ろうとするところをエリアの中央に吸い寄せられ砕け散った。
「今のは予選で使っていた魔法よね」
クレーを破壊するのに用いている魔法は予選と同じ振動系魔法であった。
「収束系魔法と振動系魔法の連続発動ですね」
「へぇ、収束系と振動系の連続……ん?」
この試合を見ていた禅十郎はその一言に疑問を覚えた。
「市原先輩、今、何て言いました?」
「収束系魔法と振動系魔法と言いましたが」
少し人の悪い笑みを浮かべる市原に禅十郎は真面目な顔で返した。
「その後ですよ」
「禅君、どうしたの?」
禅十郎が珍しく真面目な声色に真由美は何事かとこちらを見てくる。
「収束系魔法と振動系魔法の『連続発動』って言いましたけど、雫ちゃんの使用しているのは特化型CADじゃないんですか?」
「そこに気付くとは流石ですね」
感心する市原を見て、真由美は二人の会話の内容を理解した。
「待って!? 連続発動をさせるなんて特化型CADには無理よ! それに照準補助装置が付くのは特化型に合わせて作られたサブシステムじゃない。連続発動出来る汎用型に付けるのは不可能じゃないの?」
驚く真由美の語勢は徐々に落ち着いていったが、まだ興奮が収まっていなかった。
「お二人のお疑いは最もですが、あれは照準補助装置と汎用型CADを一体化させたデバイスです。一年前にドイツで発表されたもので、汎用型に照準補助装置を付ける事は技術的に可能です」
市原の言葉に真由美は驚いて目を見開いた。最新技術をレギュレーション違反にならないデバイスで再現してみせた腕前は最早高校生のレベルではないと真由美はあまりの衝撃に声も出なかった。
一方、禅十郎はあまりの衝撃に左手で両目を覆って大声で笑っていた。ありえないと思っていた技術を再現してみせた規格外の才能があまりにも愉快で、笑いを止めることが出来なかったのだ。
「この程度で驚かない方が良いですよ。彼には口止めされていますが、もっとすごい最新技術を司波君は用意してますから」
「……指名した私が言うのもなんだけど、達也君って何者なのかしら?」
再びモニターに視線を戻して、試合の様子を見る二人。
画面には雫が見事パーフェクトを叩きだし、準決勝進出が確定した。
「よっ。二人共。応援しに来てやったぜ」
本部の天幕で試合を見た後、禅十郎は準決勝前に達也と雫のもとに足を運んでいた。
「禅、来たんだ」
「おうよ。それにしても達也、お前とんでもないもの見せつけてくれたじゃねぇか。衝撃的過ぎて腹筋が痛むほど笑っちまったよ」
それを聞いた達也は不敵に笑みを浮かべた。
「お前をそこまでさせるなら、こっちも用意した甲斐があるな」
「まぁな。雫ちゃん、次は準決勝だな。頑張れよ」
禅十郎は拳を雫に向けた。
「うん、任せて」
それが禅十郎なりの応援だと知っている雫はそっと自分の拳を禅十郎に当てた。短くとも自信満々だと分かるその一言を聞いて、禅十郎は次の試合も大丈夫そうだと満足そうに頷いた。
「準決勝の相手は三高だな。確か名前は……」
「北山さん」
背後から少女の声が耳に入り、チラッと後ろを見るとそこには噂の第三高校の選手が立っていた。
(確か名前は十七夜栞だったな)
雫に用があるのは第一声で分かっていた為、即座に二人を遮らないように身を引いた。
「準決勝よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
二人の様子から何処かで会っていたらしい。
「宣言通り上がってくきた。流石だね」
(へぇ、随分と自信家なんだな)
栞が準決勝に上がると宣言していたことに禅十郎は彼女を面白い娘だと興味を抱いた。
「準々決勝見たよ」
「私も北山さんの試合、十分に検討しました」
「どちらも準備は万端だね」
「ええ。お互いベストを尽くしましょう」
会話を聞いているだけで雫と栞がお互いをライバルだと認めているのはよく分かった。
(いいねぇ、こういうの)
青春を感じる光景を見て、禅十郎は満足げな笑みを浮かべる。
「じゃあ、二人とも行ってくるね」
「ああ、頑張れ」
「おう、いってらー」
挨拶をした雫は試合を行うために会場へと向かった。
栞は達也ではなく禅十郎を一瞥するとぽつりと何かを口ずさんで雫の後を追った。
雫を見送った後、禅十郎と達也は試合の様子を見る為に観客席へと足を向けた。
「互いをライバルと認め合い、競い合う。うーん、青春だねぇ」
「禅、おっさん臭いぞ」
「ひでぇな」
「事実を言ったまでだ」
真顔で返してくる達也に禅十郎は苦笑を浮かべた。
「で、あの十七夜って子を相手にして勝算はあるのか?」
禅十郎は一高にとって大一番ともいえる場面にいる雫を応援しに来たのだが、新人戦の統括役として今回の試合について達也から詳しく聞く為でもあった。
この試合の結果は後の女子スピード・シューティングの得点において重要となる。
現在、第一高校は女子スピード・シューティングで英美と滝川が準決勝に上がっている為、二位以上は確定している。この準決勝で雫が勝利すれば、第一高校がこの競技で一位を一位と二位を独占することになる。少しでも第三高校と得点の差を広げるにはこの試合は重要な意味を持っており、どう転ぶかによって今後の展開が大きく変わるのである。
「当然だ。彼女の
「へぇー。布石……ねぇ」
禅十郎は意味ありげに相槌を打った。
「成程。雫ちゃんに汎用型を使わせてたくせに、使用する魔法がやたらと少ないのはそれが狙いか」
達也の戦術がどういうものか禅十郎は大まかに予想がついた。
「ああ。十七夜選手が勝ち上がってくるのは予選を見て予想していた。雫の相手となるなら真っ向勝負するには荷が重い」
「だから心理戦へと持ち込んだって訳か。雫ちゃんが特化型で出ていると向こうに信じ込ませる為にな」
達也は頷き、禅十郎の推察を肯定する。
「第三高校にはカーディナル・ジョージがいる。念には念を入れておいて損はないだろう?」
「確かにな。だがこいつはなかなか酷い。レベルは同じでもあの子は飛車角金銀抜いて将棋をするようなもんだ。よくもまぁ、こんな奇策をポンポン思いつく」
「どうかな。奇策を用意しているのは禅の方じゃないか?」
「さて、何の事だか?」
禅十郎は白々しい笑みを浮かべる。
常人なら思いつかない戦術を考えることにおいてはこの二人はかなり似通っていた。
「ま、明日の試合、ほんの少し位は達也を驚かしてやるよ」
「ほんの少しと言うことは本命はモノリス・コードか」
「おいおいどうしてそうなんだよ」
「禅が九校戦の準備期間中に行っていたことも俺はそれなりに把握している」
「それを言ったら、お前もミラージ・バッドで秘策を用意してるって聞いたぜ?」
互いに人の悪い顔を浮かべて腹の探り合いを始めつつ、観客席へと向かった。
この時、達也は深く追求しなかったが、実は栞が禅十郎とすれ違った時に彼女の言葉を聞いてしまっていた。
栞が禅十郎とすれ違う直前、彼女が囁くように呟いたその言葉を達也は一文字も聞き逃さなかった。
―――――随分と恨まれているのね、あなた。
その言葉の真意を達也はわざわざ問うことはしなかった。
その理由の内に、余計な事に巻き込まれたくないと言う気持ちがほんの少しだけあることも当然口にしなかった。
新人戦初日、女子スピード・シューティングの結果は第一高校が上位三位を独占すると言う快挙を果たした。雫の準決勝はかなりギリギリの戦いだったが達也の作戦勝ちで見事勝利を勝ち取った。三位決定戦でも栞が不調となったことで滝川が勝利し、例年稀に見る快挙となった。
女子バトル・ボードもほのかを含め二人が予選を通過し、新人戦初日は幸先のいいスタートを切れた。
「ま、女子の方はですけどねぇ……」
今日の試合が終了し、ミーティングルームに集まっていた三年生幹部および新人戦統括である禅十郎は男子の結果を見て、そろって溜息をついた。
「森崎が決勝トーナメントに出場して準優勝を取ってくれましたけど、女子の結果がこれだとかなり見劣りしますね」
男子スピード・シューティングは三人のうち森崎だけが決勝トーナメントに出場し、優勝を吉祥寺にとられてしまった。
バトル・ボードでも五十嵐だけが予選を通過し、残りは予選敗退。
全体から見ればやや幸先が良い程度である。
「このままズルズルと不振が続くようでは、今年は良くとも来年以降に差し障りがあるかもしれん」
「それは負け癖が付くと言うことか?」
「その恐れがあるだろう」
克人の指摘に摩利は苦い顔をして黙り込んだ。
「ねぇ禅君、男子の様子はどうだった?」
摩利と同様に苦い顔をしていた真由美は禅十郎に尋ねると、禅十郎は眉間に皺を寄せた。
「酷いもんですよ。二種目出る奴は何とかなってるようですけど、今日の競技だけの奴はかなり落ち込んでました」
「そいつらにフォローはしなかったのか?」
摩利の問いに禅十郎は首を横に振った。
「しても無駄だと思ったんで放置しました」
あっけらかんと言う禅十郎に、真由美と摩利は絶句した。
二人の反応を見て、あまりにも適当過ぎることを口にしたと気付き、禅十郎は弁明を始めた。
「男子メンバーの中に技術スタッフに達也がいる事を未だに気に食わないと思ってる奴らがいるんですよ。そいつら、達也が担当した選手が全員快勝したことへの嫉妬と自分が負けたショックのダブルパンチで完全に打ちひしがれてました。アレはもう手の施しようがありません」
「成程、そう言うことか」
割り切れないとは情けないと言わんばかりに摩利は溜息をついた。摩利ほどではないが真由美も同じ気持ちであるらしく、苦い顔をしていた。
「男子の方は梃入れが必要かもしれんな」
「梃入れと言っても、今更何が出来る?」
克人の意見に摩利は反論する。
確かに今更だと言わざるを得ない。もう競技は始まっているし、今から選手もスタッフも入れ替えることは出来ないのは分かり切っていた。
「確かに渡辺先輩の言う通りですけど、梃入れは出来なくても士気ぐらいなら上げることは出来ますよ」
「篝、やれるのか?」
克人は禅十郎に目を向けた。
「どの道誰かがやらなきゃいけませんし、出来るとか出来ないとか言ってられませんよ。これでも統括役を任された身ですから、その責務ぐらいは果たしてみせます」
いつも真面目なのか不真面目なのか分かりずらい禅十郎だが、克人は自身に課せられた責務を十二分に果たす禅十郎を高く評価していた。責務を果たす為なら持てるすべての手札を使うことも火中の栗を拾うことを躊躇わない覚悟も持っている。
それは九校戦が始まる前から見せつけられていた。
会場に向かう時に禅十郎が突っ込んでくる車に特攻した理由も今なら分かる。
本来であれば、禅十郎があそこまで車両を傷を少なくして綺麗に確保するような面倒なことをするはずがないのだ。事故を防ぐだけであれば、本来の禅十郎なら車両を粉微塵にする。彼はそう言う人間なのだ。
あの事故が第三者からの妨害の可能性があると禅十郎は考えたから、情報を集めるためにあの行動をとったのだと克人は推察していた。そもそも情報収集に長けている結社が事前に九校戦に関して何か掴んでいるのに禅十郎に知らせないはずがない。
知らせなくとも、九校戦に関わることになれば禅十郎は事前に何かを調べているはずだ。
そして何かを知ったからこそ、らしくない方法で事故を防いだとすればあの行動に合点がいくのである。
事情はどうあれ目的の為であれば、禅十郎は最善の手法で成し遂げようとする。だからこそ、禅十郎の言葉は信頼に足るのである。
「……そうか。では任せる」
「はい」
短くとも力強い返事をする禅十郎に対して、不安を抱いている者は克人を含めてここにいなかった。
新人戦二日目。
クラウド・ボールの試合まで禅十郎は控室でスタッフと最終確認を取っていた。
禅十郎の一回戦は第三試合であり、やや時間に余裕がある為、入念にストレッチをしながら担当者である三年生の平河小春と最後の確認を取っていた。
サブとして五十里が入っているのだが、今のところ彼がサポートする必要は無い為に他の選手に手を貸しに行っていた。
「篝君、本当にそれで行くの?」
心配そうな顔で彼女は尋ねてきた。
小春は誰に対しても優しく、包容力のある人柄であり、今回の禅十郎のリスクだらけのプランにやや消極的であった。
(なんか今の千鶴姉みたいだよな、この人。まぁ、あっちの方がずっと過保護だけど)
思っていることを口にせず、禅十郎は彼女の心配事に対して答えることにした。
「大丈夫ですよ。この為に先輩達には色々お膳立てしてもらいましたし、特に七草先輩には色々付き合ってもらいましたからね」
「それはそうだけど……。でもこの作戦、かなりハード過ぎない? 今からでも作戦変更は出来るんだし」
「問題ないですって。俺はスタミナに自信がありますから、明後日のモノリス・コードに支障はありませんよ。それに市原先輩も許可出しましたし」
軽くストレッチをしながら、彼女の不安を拭い去るような笑みを浮かべる禅十郎。
何度も問題ないと言っている彼に対して小春もこれ以上説得するのを諦めた。
(流石あの人の弟というべきなのかしら? でも、この戦術プランは……)
説得は諦めてはいるものの、やや不安をぬぐえないまま彼女は禅十郎と共に会場に移動するのだった。
服部や桐原などの本戦男子メンバーは男子クラウド・ボールの試合の観戦に来ていた。
すでに第二試合が終了し、次は禅十郎の試合だ。
「そろそろ篝の試合か」
「ああ。ま、心配するこたねぇさ。あいつなら十分に勝ち残れるさ」
「彼の体力はそこが知れないからな。あれだけでも十分脅威になるのは間違いない」
服部の呟きを返したのは桐原と観戦に来ていた沢木である。
「問題があるとすれば、あいつ以外のメンバーだな。服部も見てただろ」
「確かに昨日の結果から立ち直れていない一年が数人いたな。次の競技に支障をきたさなければいいが……」
真由美達が懸念していたことと同じことを服部達は考えていた。
全体的に見れば幸先のいいスタートであるのだが、男女に分けると結果は女子の方が圧倒的に良すぎた。
「ま、俺らがどうこう言っても仕方ないさ。とにかく、今はあいつの試合を見守ろうじゃねえか」
「そうだな! それに彼は新人戦の実質的なリーダーだ。彼の勝利が必ず一年生の士気を高めてくれるさ!」
かなりあっさりと割り切る桐原に沢木も頷いた。
そんな彼らを服部は羨ましいと感じた。
そうこうしているとついに禅十郎と小春が競技場に現れた。
「あれは……?」
禅十郎の姿を見た服部はあることに気付き、首を傾げる。
「おいおい。あいつ、本当にやるつもりだったのかよ」
それを見ていた桐原は面白そうに笑っていた。
一方、沢木は意外なものを見て目を丸くしていた。
「これは予想外だ。魔法オンリーの戦術とは」
沢木の言う通り、禅十郎の手にはラケットではなく特化型CADが握られていた。
観戦に来ていた第一高校の生徒達は、沢木と同じように禅十郎がラケットを使わないことに驚き、困惑するのであった。。
如何でしたか?
次回はついに禅十郎が実力を見せつけます。
一体どんな試合をするのでしょうか?
そして、次回から色んな人が動き始めます。(多分……)
それでは今回はこれにて。