三月になりましたが、まだ寒い所はありますね。
体調不良には気を付けたいです。
では、お楽しみください。
2020/10/19:文章を修正しました。
クラウド・ボール三回戦は失点したものの、禅十郎のトリプルスコアで三セットストレート勝ちにより準決勝に勝ち上がった。
次の試合の準備はもう済ませているので、少しだけ空いた時間を利用して禅十郎は自動販売機で飲み物を買い、外の椅子に座ってまったりすることにした。
「ここまで残ったのは俺だけか」
他の男子メンバーは一回戦、三回戦で敗退しており、全体的にあまり成績が良い方ではない。一方で女子の方は二人決勝トーナメントに出場しており、どちらも禅十郎と同じく準決勝進出となっており、これでは昨日と状況が同じであった。
今日出場したチームメイトは昨日の女子の結果を見てやる気を出してはいたのだが、一部見ていて空回りしそうな危なげな様子だった。それとなくフォローは入れているのだが、禅十郎の言葉の意味を理解した者はおらず、現在に至るのだ。
「もうちっと頑張ってくれよなぁ、ほんと」
今更そんなことに愚痴をこぼしてもどうしようもないのだが、今回ばかりは愚痴をこぼしても仕方のない結果である。
飲み物を一気に飲んで大きく溜息をつくと、ふと視界の端に一高の制服が映った。
「やぁ、篝君」
禅十郎に声を掛けたのは五十里だった。
五十里とは家同士の付き合いはなかったが、九校戦の準備で色々と相談することが多く、今では頼れる先輩として慕っていた。
「先輩、お疲れ様です。千代田先輩は一緒じゃないんですか?」
ニヤリといやらしい笑みを浮かべる禅十郎に五十里は苦笑を浮かべた。
「流石に四六時中一緒にいないよ」
「いやぁ、俺の相談に乗ってもらう時、途中からほぼ百パーセント一緒にいたもんで」
「あのことがあればね……。まさか人生初の拉致が校内、しかも後輩にされるなんて思わなかったよ」
「ハハハっ! あのことは謝ったじゃないですか」
五十里の記憶に残る禅十郎との出来事は九校戦の準備期間中に起こった。花音とピラーズブレイクの打合せをして大まかな戦術が決まり、二人で一緒に休もうとした時にこの問題児がさっそうと現れたのである。
『五十里先輩、ちょっと相談があるんで一緒に来てください。時間は取らせないんで』
『えっ?』
五十里の反応を待たずに、花音を前にして一瞬で五十里を肩に担いだ。唐突の事に担がれた本人は目を丸くして固まっていた。
『千代田先輩、旦那さんお借りしまーす!』
『へっ……?』
唐突に五十里を旦那さんと呼ばれて、フリーズした花音はダッシュでその場を後にする禅十郎を止めることが出来ず、その場に呆然と立ち尽くしていた。
これを皮切りに、練習の休憩の時間にさっそうと現れては技術スタッフを片っ端から攫って行く出来事が立て続けに起こり、多くの者からは『堂々たる人攫い事件』と呼ばれるようになる。
なお、一番の被害者は五十里であり、花音はフィアンセである彼と共にいる時間を減らされてしまうことになった。その所為で禅十郎に対して今後の扱いが最悪になるのだが、それは彼の自業自得である。
因みにこの人攫い事件に終止符を打ったのは真由美や上級生ではなく意外にも達也であり、準備期間中に禅十郎は頻繁に達也の手伝いをすることになるのだった。
「まぁ、僕としても色々とやりごたえのある仕事をさせてもらえたから良いんだけどね」
「一高内でも先輩じゃないと出来ませんからね。お陰で戦術が一気に増えましたよ」
「そう言ってくれると僕も頑張った甲斐があったよ」
談笑をしていると、近くにあるモニターに今日行われた競技のこれまでの試合結果が掲載されていた。
「女子の方はかなり成績が良いみたいだね」
「三高の一色愛梨が残るのは予想通りですね。春日さんには悪いですけど、間違いなく次の試合は彼女が勝ちます」
禅十郎がそう断言することに五十里は不機嫌にはならなかった。寧ろ彼の能力分析はかなり信頼を置いており、彼がそうだろうと予想した場合、余程頓珍漢なことを口にしない限りは彼の言葉に疑いを持たなくなっていた。
「里美さんだったら決勝に行けるだろうけど、もし二人が試合をしたらどっちが勝つと思う?」
「彼女の技能には一目を置いてますけど、勝てるかどうかは微妙ですね。一色の反応の速さはどんなに体を鍛えても出来るもんじゃないです。大方、彼女の固有魔法によるところが大きいと思います」
「その根拠は?」
「身贔屓かもしれないですけど、俺が知ってる中で最速の魔法師は兄貴です。アレを基準にしても彼女は結構速いんですよ。自己加速術式だけじゃあの動きは不可能です。常人じゃ不可能の領域に片足を突っ込んでますね。里美さんの技能はボールには効かないですから、そこを突かれたらかなりマズいです。うーん、女子の試合に乱入して俺が勝負したい」
「篝君、本音が漏れてるよ」
話しながら無意識に笑みを浮かべている禅十郎に五十里はやや呆れていた。
「彼女は新入生でも珍しく本戦に出てくるからその実力は本物だね」
「ま、後は本人達に任せますよ。さーて、残りの試合も頑張りますか」
「うん、頑張ってね」
「うす!」
それから二人は別れて、各々の役割を果たすために気持ちを入れ替えるのだった。
九校戦のどの競技においても、使用するCADは試合が始まる前に大会委員会のレギュレーションチェックと共に申告する必要がある。つまり、前回使用したCADと違うタイプを使用しても、申告すれば一切問題ないのだ。
だが、一つの競技でこれを行うのはかなり珍しい。
九校戦の競技種目は七月の頭に発表される為、何処も練習期間はそれほど長くない。それ故に立てられる作戦もあまり多く出来ない為、使用する魔法や作戦が類似していない限り、手数の多さか、魔法の発動を速くするかを選択するぐらいしかCAD変更のメリットはないのだ。
女子スピード・シューティングでさえ、達也は雫に競技で使うCADを変更させても、魔法の系統は収束系を追加するぐらいでそれほど大きな変化はなかった。
使用する魔法が類似していなければ、練習量は通常の選手の倍以上になるのは自明の理だ。そんなリスクをわざわざ背負うもの好きは普通に考えればいない。
そう、普通に考えれば……の話である。
「今更だけど、新人戦男子の試合ってちゃんと見るのはこれが初めてよね」
「うん。ほとんど北山さん達の試合を見てたし、達也が担当する競技には目が離せなかったからね」
「ま、俺らの知り合いの中に選手として出場してるの男子は禅しかいないからなぁ」
「言われてみればそうですね」
深雪の試合はまだ先であり、エリカ、レオ、幹比古、美月は禅十郎の試合を観戦しに来ていた。
「それにしても意外だったな。あいつが魔法オンリーの戦術で来るなんてよ」
「うん。僕も驚いたよ。てっきり自慢の身体能力を活かした策を練ってくると思ったんだけど、魔法だけでもあれだけやれるなんて思わなかった」
レオの驚きは幹比古も同じ思いだった。
「達也が禅なら何でも熟せるって言ってたけど本当みたいだ」
幹比古は九校戦が始まるまで禅十郎との面識は一度もなかったが、彼の噂は良く耳にしていた。『武術の申し子』、『第一高校の歴史に残る問題児』、『日常破壊装置』など様々な話を耳にしており、一体どんな人物なのだろうかと興味があった。
九校戦の初めで達也の紹介で出会ったが、面と向かって個性がなさそうと言われて変なあだ名をつけられそうになった。それは扱いに慣れた達也達によってどうにか回避できた。
かなり気さくな性格なこともあり、上手くやっていけると思っていたのだが、その矢先に達也からこっそり「今後、苦労するから頑張って慣れろ」と謎のエールを送られた。
「おっ、出てきたようだぜ」
レオの言う通り、会場に禅十郎が姿を現した。
その姿を見た瞬間、彼らは揃って首を傾げる。
「アレってラケットですよね?」
「うん、ラケットだ」
「ラケットだよな」
「ラケットだね」
美月の疑問文に、エリカ、レオ、幹比古が続く。
周りの一高の生徒達も同じように会場に出てきた禅十郎の姿を見てざわついていた。
「まさか、スタイル自体を変更してくるなんて」
「二種類のスタイルを使う場合、練習量は通常の倍以上になりますから、本戦でもそんなことをする選手は一人もいなかったはずですよね」
「そんなリスクをわざわざ負うって、禅の奴、何考えてるんだ?」
幹比古達は目の前の光景に衝撃を受けていた。
美月の言う通り、スタイル自体を変更するのは愚策にも程がある。
魔法オンリーとラケットでは方向性が全く違うのは明白であり、使い分けるなど短い練習期間で習得するのは困難であると考えられている。実際、これまでの禅十郎の戦法は明らかにラケットで応用できる代物ではないのだ。
だが、目の前にいる禅十郎はそんな考えなんぞ知ったことかと嘲笑うかのようにスタイルを変える戦術を選んできている。
「ま、あいつにそんな常識なんて通じないでしょ」
そんな禅十郎の戦術に驚く三人とは反対にエリカの反応は薄かった。
「スタイル変更を選ぶってことは、それが出来るって自信があるからでしょ。自分は特別だって言ってる気がしてアレにはちょっと腹が立つわね」
エリカが随分と辛辣な言葉をかけることに三人は少々驚いた。
「エリカちゃん、何もそこまで言わなくても……。篝君はわざとそんなことするような人じゃないと思うけど」
「それはそうなんだけど……。なんかねぇ、話し相手としては嫌いではないんだけど、試合とか勝負事に関しては別っていうか、なんていうか……うーん」
普段であれば禅十郎と和気藹々と会話しているのに、本人がいない所でここまで悪態をつくエリカに三人はらしくないと感じていた。
「エリカ、昔、禅と何かあったのかい?」
「あいつ個人とはいざこざはないけど、ちょっとね……」
幹比古の問いにエリカはそう答えるだけで、それ以上は何も話そうとしなかった。難しい顔をするエリカに三人はこれ以上何も聞こうとはしなかった。
軽い準備運動をしてながら禅十郎は試合開始を待っていた。
「いやぁ、ここまで予定通りに事が運ぶとは思わなかったですね。平河先輩、ありがとうございました」
「篝君、まだ勝負は決まってないんだから、気を抜くような……ううん、そんな言葉を掛けたら失礼よね。ここまでギリギリの状態で勝ち上がってきたんだから」
「平河先輩も市原先輩もそこんところ黙ってくれて助かりましたわ。今回の策の目的を他の幹部連中が聞いたら……」
「間違いなく怒られるわね」
「ですよねー」
軽快に笑ってはいるが、CADを調整した小春は禅十郎の今回の作戦がどれほどリスクのあるものかをよく知っていた。
禅十郎がクラウド・ボールの為に用意した策は一つでも条件がダメになれば、一気に勝率が下がる正気の沙汰とは思えないものであったのだ。最初に市原と一緒に禅十郎からその作戦を聞かされた時は反対したが、最後は禅十郎の意志を尊重することにしたのだ。
何を言おうとも決してその意志を曲げない男だと理解した小春は最終的にはその賭けに乗っても良いかと考え、彼の調整を受けたのである。
勿論、幹部が知れば、止められるのは目に見えている為、この件は市原を含め三人しか知らない。
そして禅十郎はただ勝つ為に全力を出して今に至る。
ここまで来たことで、市原も小春も今後の試合に不安はなくなっていた。
「じゃ、頑張ってね」
「うす、行ってきます!」
そして禅十郎はコートに入り、試合開始の合図を待つのだった。
対戦相手である第四高校の選手は目の前の男に圧倒されていた。
遠くからでも分かる見事に鍛えられた肉体。緊張とは程遠い落ち着いた様子。そして、勝利を掴むと言わんばかりにピリピリと伝わってくる闘志を感じ、相手がどれほど本気でクラウド・ボールに臨んでいるのか理解させられた。
だが、自分も勝つ為に努力を重ねてきた。ここで弱気になるほど落ちぶれてはいない。自分は今日まで出来る限りのことをしたと自負しており、背中を押してくれた先輩達やチームメイトの為にも負けられない。
目の前の男に必ず勝ってみせる。
そのつもりでいた。
試合開始のブザーが鳴り、ボールは禅十郎の方へと転がる。
禅十郎がラケットを引いた瞬間、四高の選手は魔法オンリーのスタイルである特化型CADをやや強く握る。移動系統を得意としており、ボールがネットを通り過ぎた瞬間に即座に前へと落とす気でいた。
(さぁ、来いっ!)
そう思った直後、自分の横を高速のボールが通り過ぎていた。
(はっ……?)
ボールが自分の横を過ぎたはずなのに、そのことに頭が追い付かなかった。
しかし視界の端に映っているスコアボードに禅十郎に得点が入ったことを認識して、四高の選手は直ぐに移動魔法をボールにかけ、相手コートに打ち返す。
狙った場所は禅十郎がいない空間、次のボール射出まであと十秒を切っている。
試合はまだ始まったばかりであり、先制点を取られたくらいで長く焦りはしなかった。
あの剛速球は初回で力が入って打っただけだと考えた。あの速度は驚異的だが、ボールの数が増えれば、あんな球を何度も何度も打てるはずがないと四高の選手は読んでいた。
だが、彼は知らない。常識で禅十郎の力量を測ることなどナンセンスであることを。
一セット目の後半に差し掛かり、九個目のボールが射出された時、四高の選手は絶望感を味わうことになった。
(ボールの速さが変わらない……)
初回で禅十郎の見せた剛速球は二分近く動き回っているというのに一度も衰えるどころかさらに高速で打ち返してきていた。
その上、これまでの試合の中でもトップクラスの速さで彼は動き続けていながら、息が上がる様子はない。
最初は拮抗していたはずなのに今ではこちらが得点を取ることができなくなっていた。
(何だよ、これ。俺は一体、何と戦ってるんだ!)
目の前の相手に戦慄し、一セット目は禅十郎の勝利で終わった。
「あんなの人間が出して良い動きじゃない……」
インターバル中、禅十郎の驚異的な強さに四高の選手は唖然としていた。
四高の技術スタッフも禅十郎の実力に驚かされてはいるものの、あんな動きが何度も出来るはずがないと選手に言い聞かせる。ようやく気持ちを入れ替えさせると彼は再度試合に臨むのだった。
モニターから試合終了の合図が聞こえた。
「圧倒的ですね」
女子アイス・ピラーズ・ブレイクの担当で忙しかった達也は偶々そこに居合わせており、丁度終わった禅十郎の試合結果を見て思ったことを口にした。同じく本部で試合を眺めていた摩利も首を縦に振って頷いた。
「やはりあいつは体を動かしてる方が性に合ってるな。最初からあれで行けば良かっただろうに」
試合の結果を見て、達也も同じ気持ちだった。
三回戦まで魔法オンリーのスタイルで行わずとも、すべてラケットスタイルでも勝ち上がれたのではないかと思えて仕方がない。
今回の禅十郎の試合運びはかなりシンプルだった。
得意とする移動魔法による超高速移動でコートを縦横無尽に駆け回り、打ったボールは速度にかなりの緩急をつけて相手を翻弄してみせた。
それだけでも十分に決勝戦まで残るには十分であるのは明白である。
達也からしても禅十郎の取った戦術はリスクが高すぎると考えていた。
「この試合まで出せなかった理由があったのでは?」
「例えば何があると思う?」
摩利は達也に丸投げし、考えることを放棄した。
「体力を温存する為でしょうか?」
「その可能性もあるか……。だが、二つのスタイルを使い分けるとすれば、通常の倍以上の練習が必要だ。あんな無茶を市原はよく許可したな」
魔法オンリーとラケットスタイルにおいて使用する魔法や戦術に類似する点はまずない。
鈴音がそれを許可したことに達也も摩利も疑問に感じていた。
「確かに市原先輩であれば異を唱えてもおかしくないはずですが、どうしてあんな戦術を許可したのか……」
何か個人的な理由があるのかもしれないが、その明確な答えを達也は出せなかった。ふと、彼の人となりを踏まえるとある可能性が頭をよぎったが、それには情報が少ない為に決めつけることは出来なかった。
もし本当にそれであったら禅十郎らしい考え方だと言えるが、達也からしてみれば愚策にも程がある。その上、上級生に知られれば間違いなく怒られる内容なのだ。
(いや、そこが俺とあいつの違いか)
有り得ないと思ったが、禅十郎と自身の違いを再確認したことで、その可能性を無視することが出来なかった。
「ま、禅の奴が市原に無理矢理頼んだと言うのも否定できんか」
それも有り得ないことでもないかと思いつつ、これ以上考えることを放棄した。
再び、モニターを見るとそこには準決勝の第一高校対第四高校の試合結果が掲載されていた。
第一セット、56-20
第二セット、80-11
第三セット、119-2
試合が進むにつれ、点差が広がる試合結果に誰もが圧倒的勝利と言う感想しか抱けなかった。
そして奇しくも今年の九校戦のクラウド・ボール新人戦決勝は男女共に第一高校対第三高校となった。
自分が知らない所でそんなことを話されているとは露知らず、控室で禅十郎はぐったりとしていた。
「うへぇ、やっぱしんどい」
控室の長椅子に禅十郎は横になってぐったりと休んでいた。
全身汗だくであり着ているシャツやズボンも汗でびっしょりと濡れていた。
「ですから少しは自重した戦術を組むようにと言ったのです。今回はそれを無視した篝君が全面的に悪いです」
控室に来ていた鈴音はだらしない姿をしている禅十郎に辛辣な言葉を投げかける。
「分かってますよ。でも、こうでもしなかったらここまで勝ち上がれませんよ。俺は燃費が悪いですからね」
「それはただ体力の配分ミスだと思いますが」
「それは否定できませんけど、こうでもしないと俺は満足に試合に臨めませんでしたよ。……で、女子の方はやっぱり一色が上がりましたか?」
確かに自身の配慮が足りないというのも否めないが、今回は自身の望む試合をする為に進んで無茶をした。それに後悔は無い為、禅十郎は話題を切り替えることにした。
「ええ、ミラージ・バッドの本戦を出場するだけあって実力は折り紙付きです。春日さんは残念でしたが、里見さんが決勝に上がってくれましたので、結果は上々だと言えます」
鈴音から情報端末を借りて、先程の一色の試合を見て、禅十郎は眉間に皺を寄せた。
「このまま勝ってくれた方が良いんですが、やっぱり一色に『認識阻害』が通じるかは微妙みたいですね。春日さんの戦術に即座に対応してます。三高屈指の判断能力の高さと稲妻に恥じない素早さ、それに加えて勝利に対する熱意もある。彼女と互角に戦える一年生は深雪ちゃんぐらいでしょうね」
「おや、、随分と彼女を評価しているようですね」
普通なら決勝を前に一高の選手が負けるかもしれないと言われれば気分を悪くするものである。しかし、禅十郎の分析は絶対に贔屓することが無い公平なものであることを知っている市原は機嫌を悪くすることなく、愛梨に対して高く評価している禅十郎に興味を抱いた。
「彼女の試合に対する態度に好感と言うか親近感を感じたからですかね。五十里先輩にも言ったんですけど、彼女と戦える里美さんが羨ましい。あー、マジで変わってくれねぇかなぁ!! めっちゃ戦いたいっ!!」
試合に懸ける思いが自分と似ていると思ったから、あそこまで高く評価していたようである。ただいただけないのは最後の最後で本音が漏れている事だろう。
「相変らずの勝負好きですね。そこは千景さん以上だと思います」
「いやぁ、それほどで……」
「褒めてません。それにしてもあなたがそこまで入れ込むとは、一色選手に惚れましたか?」
ここまであっさりと聞いてくるのはただ禅十郎をからかっているからである。すでに答えなど分かり切っているのだ。
「いやぁ、ライバルとしてならともかく恋愛対象としてなら絶対相性悪いと思いますよ、多分」
禅十郎はケラケラと陽気に笑った。
「そうですね。そもそも篝君は会長にぞっこんですから、ありえないですね」
「はは、市原先輩からそんな言葉が出るとは……」
「事実でしょう」
「まぁ、否定はしません」
真顔で言い切る市原の言葉に禅十郎の笑みは苦笑いへと変わった。
「取り敢えず、それは置いといて。ピラーズ・ブレイクはどうですか?」
「男子はまだ一人目ですが、今の所、こちらの選手は全員一回戦を突破しています。女子の方もこの後の司波さんの試合を残すだけです」
中々幸先のいいスタートを切れていることに少しだけ安堵した。
「今日は俺だけしか入賞してないですから、せめて二人以上は決勝トーナメントに出場してくれないと昨日の二の舞になりますね」
禅十郎の言っていることは間違っていないと市原は心の中で頷いた。正直に言うと、昨日の事で市原は達也が担当した選手の負ける姿を想像することが出来なくなっていた。
戦術もそうだが、魔法式に手を加えて選手に合わせた物を仕上げる技量も学生の域を超えている。次の試合で深雪が勝つのは目に見えており、このままだとスピード・シューティングのように選手三人共、決勝トーナメントに出場するのも夢ではないと市原は予想していた。
もし、このような快挙が二科生である達也の手によって引き起こされ続けるのであれば、目の前の問題児を除く男子メンバーの半数以上が今後の試合に支障を来すのではないかとさえ危ぶまれていた。だが、今の市原が気にしているのはそんなことではなかった。
(随分と他のことに気を取られ過ぎている気がしますが、私が言ったところで無意味でしょうね)
自分のことを疎かにしているわけでは無い為、市原はそのことをあえて口にすることはしなかった。
そして、クラウド・ボール決勝戦は女子の優勝は愛梨、男子の優勝は禅十郎で幕を閉じた。
如何でしたか?
「準決勝以降の試合、全く内容がないじゃん!」と言いたいでしょうが、それは次回以降お話しますのでしばしお待ちを。
次回からは新人戦は後半戦へ突入します。
禅十郎達の活躍をお楽しみに!
それでは、今回はこれにて。