魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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はい、どうもです。

少しずつ暖かくなっている気がします。

さて、そろそろ多くのアニメが最終回を迎えています。

今一番のショックは、オルフェンズでオルガが死んだことです。

あのシーンを見た瞬間、「オルガーーーーーーーーーーっ!!!!!」っと叫んでしまいました(笑)。

どのような最終回を迎えるのか、大人しく待つことにします。

それではお楽しみください。

2020/10/19:文章を修正しました。


二人の過去

 新人戦二日目が終わり、第一高校のメンバーは全員食堂に集まっていた。夕食はその日の戦績を喜びか悔しさを分かち合う時間となっている。

 その中で一際明るいのは女子の集団であり、その中には彼女達を担当した達也が混ざっていた。

 

「人気者になりましたねー。達也の奴」

 

「今では自分のCADを持ってきている選手もいるらしいぞ」

 

「あれだけ結果を出せば当然よね」

 

 禅十郎と上級生達はそんな光景を離れた所から眺めていた。

 

「それに比べて男子は……」

 

「……すみません。大口を叩いてこの有り様です」

 

 暗くなっている男子の集団を見ている摩利達に禅十郎は頭を下げた。

 士気を高める為に優勝をしてみせたのだが、勇気付けるどころか一人勝ちしたことでアウェーになってしまったのである。既に先程、女子の何気ない一言で森崎が立ち去っている。

 最早何を言っても後手に回りそうであるために、禅十郎は先輩達の配慮によって幹部と言う名目で真由美達に混ざっているのである。

 

「構わん。お前は選手として果たすべきことをした。ここから先は本人達の気持ち次第だ。余計な責任をお前が感じる必要は無い」

 

 だが克人はそれを咎めることはしなかった。

 

「勝ち星上げれば大丈夫かと思ったんですけど、なかなか上手くいきませんね」

 

「君みたいに全員が前向きに考えればそうなったかもしれんが、そこはまだまだだと言うことさ」

 

 摩利の指摘する通り、禅十郎は一度失敗した程度で立ち止まるほど軟な性格ではない。負け癖がついているわけじゃないが、失敗した後の対処法は熟知していた。

 

「小さい頃から負けまくってますからね。兄貴にはもう千三百七十八連敗してます。四桁超えてもうヤバいっすわ!」

 

 小さい頃から宗士郎と修行をしており、何度も組手をしてきたために嘘ではないのは分かるのだが、それほど戦ってなお勝ったことが無いのは単に禅十郎が弱いのかはたまた宗士郎が強すぎるのか上級生達には判断できなかった。

 

「うん……まぁ、頑張れ」

 

 摩利は歯切れの悪い口調でそう言った。

 

(それにしても昔とは言え、シュウはそんな化け物兄貴とどうやって引き分けたんだ?)

 

 正直、禅十郎の実力はそれなりに理解しているのだが、そんな彼を余裕で捻じ伏せる宗士郎の実力に摩利は疑問を抱いた。

 摩利の彼氏である千葉修次は魔法白兵戦技の使い手でかなりの有名人であり、半径三メートル以内であれば世界十指に入る達人である。そんな彼が数年前に宗士郎と魔法込みでの試合をしたのであるが、結果は暫定的に引き分けという結果に終わった。

 その理由を知る者は少なく、摩利も彼の口から聞いたのはたった一言だけだった。

 

『あの試合は引き分けにせざるを得なかった試合だったんだよ』

 

 それ以上詳しい事は知ることは出来なかった。ただ、それを話した時の彼の目は結果に納得していないのではなく、後悔しているように見えたのだ。

 宗士郎の話が出てそんなことを思い出してしまったが、今となっては知っても意味はないことである為に摩利はこれ以上考えないことにした。

 

「というか、お前は何時まで食べる気だ。ウェイターがドン引きしてるぞ」

 

 丁度話題を切り替えるのにぴったりな事をしている問題児が目の前におり、摩利はそれを指摘した。

 

「そうね。さっきから食べてばっかりだし。よそ見してると禅君の皿の料理が変わってるのよね。もう何回巡回してるの?」

 

 摩利と同じことを真由美は指摘し、上級生達は禅十郎の皿に視線を移し、揃って頷いた。

 

「食べ過ぎは体に毒なんだからね」

 

「何言ってんすか七草先輩、まだ腹八分目どころか半分まで行ってませんよ」

 

「篝、今まで食べてた倍以上食べるつもりか」

 

「はい! 全然足りないっす!」

 

 克人の問いに満面の笑みを浮かべる禅十郎に聞き耳を立てていた先輩や同級生達が揃って唖然としていた。

 確かに禅十郎は普段も食堂で二、三人前を平らげることはあったが、今回はそれ以上の量を食べており、驚かない方が無理な話である。

 

「それに今日はガッツリ動いたんで、腹一杯食べないとダメっすね」

 

「禅、武士は食わねど高楊枝と言う言葉を知ってるか?」

 

「俺はその言葉好きじゃないっすね。生きる上で食事は欠かせないです。食える時に食っとかないと」

 

 清々しいほど満面の笑みを浮かべる禅十郎に誰もがやれやれと呆れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、深雪が三高の一色愛梨と九校戦ではよくあるやり取りを経て、禅十郎達は食堂を後にしていた。

 

「あー、食った食ったー」

 

「相変わらず良く食べるな」

 

 禅十郎の大食いぶりにはもう慣れたが、今回はそれ以上食べたのではないかと誰もが思っていた。

 

「運動した後と優勝してテンション上がってたからかね、いつもより食欲が増したわ」

 

(俺には自棄食いしているようにしか見えなかったが……)

 

 禅十郎が食べている様子を見ていた達也はアレが優勝したからと言う理由には見えなかった。確信とは言えないのだが、表面上はいつも通りに見えるのだが、時折彼が苛立っているように見えたのである。

 だが、それをわざわざ口にする気は達也には無かった。それは禅十郎本人が片を付けるべきことだと思ったからである。

 

「禅、キッチンから悲鳴が聞こえた気がしたけど……」

 

「えー、気のせいじゃね?」

 

 惚けた様子の禅十郎に雫は呆れて溜息をついた。

 雫が耳にした悲鳴は幻聴ではなかった。バイキング形式とはいえ、短時間でいくつもの料理が空になるのを目にして、大急ぎで追加の料理を作らなければならず、厨房は大忙しであった。

 

「まぁ、禅は勝利の美酒より勝利の大食いの方がらしいけどね」

 

「雫ちゃん、それ褒めてる?」

 

「うん、褒めてる」

 

「……さいですか」

 

 真顔で言う雫に禅十郎は閉口した。

 

「にしても、三高の一色が深雪ちゃんにライバル宣言か……。良いねぇ、これぞ学生に許された青春ってやつだな」

 

「禅、おじさんみたい」

 

 雫の言葉に禅十郎は大きく溜息をついた。

 

「皆揃って同じこと言うのな。良いじゃねぇか、そう言う経験が出来るのは学生ぐらいだぜ? 俺なんて道場の年上連中に目の敵にされて何度も返り討ちにするばっかで飽きてんだ」

 

「禅が非常識なのが悪い」

 

「ヒデェ。俺は普通に特訓しただけだぞ」

 

「その特訓メニューが色々と問題なんだろう。師匠から聞いたが軍事訓練でもあそこまで頭のおかしい内容はしないだろう」

 

 達也の指摘に禅十郎は首を傾げた。

 

「えー、そんな変なことはしてねぇって。兄貴もやってるぞ」

 

「「何であんな内容をおかしいと思わないんだ(の)」」

 

 達也と雫が声をそろえて呆れているのを見て、深雪とほのかは苦笑を浮かべた。禅十郎の特訓メニューがどういうものか知りたいと思う反面、聞くのが怖いという思いもあり、尋ねようとする者は誰一人としていなかった。

 

「へぇへぇ、もう俺がおかしいで良いですよ。……ああ、そうだ。明日のピラーズ・ブレイクとバトル・ボード、三人共頑張れよ」

 

「うん、頑張る」

 

「ええ」

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

 ほのかが少々緊張気味であるが、今日の試合結果を見ても問題はないだろう。

 

「ま、気合入りすぎて空振りに……いや、三人は心配するほどでもないか。達也いるし」

 

「俺に丸投げか」

 

「ここまで快勝しといて不安なんざあるか。このままピラーズ・ブレイクの決勝リーグを一高で埋めてくれや」

 

 禅十郎は達也の背中を力強く叩いた。

 

「選手の力量次第だ。俺がどうこう出来る話じゃない」

 

「だが負ける見込みなんざこれっぽっちもないだろ? それにお前の担当した選手用の訓練のサポートを何度も手伝ってやったんだ。勝ってもらわにゃ、俺が困る」

 

「それには感謝している。その代わり、お前の体力トレーニングは全部省略されただろ」

 

「朝の自主トレで十分だって市原先輩も言ってくれたからな。まぁ、気のせいか省略された倍の時間働かされた気もしなくもないがな」

 

「安心しろ、気のせいだ」

 

 じっと睨む禅十郎に達也はニヒルな笑みを浮かべた。

 準備期間中の主に前半、時折達也に呼ばれては彼が担当している選手の訓練につき合わされることが何度もあった。そうなったのは禅十郎が人騒がせをした自業自得なのではあるが……。

 去年の新人戦で選手だった人に頼むことも出来たのではないかと思ったが、達也に対して好意的な人がいなかったために渋々了承し、体力トレーニングの時はほぼそっちに回っていたのである。

 

「ほーう……。ちょうどいい、あの件について今からじっくり話し合おうや。よくもあんな仕事押し付けてくれたな」

 

 だが、その中で碌でもない頼みがあり、そのことには今でも根に持っていた。

 

「了承したのはそっちだ。いつまでも昔のことを根に持つとは情けないな」

 

「んだと……。人を十得ナイフみたいにアホみたいに使いやがって。俺はそこまで万能じゃねえぞ!」

 

 達也と禅十郎はにらみ合い、二人の間に火花が散っているように見えた。

 

「そもそもアレはお前が色々面倒ごとを起こした結果だろう」

 

「それでも雑に扱い過ぎじゃねぇかって言ってんだよ」

 

 二人から発せられる険悪な空気に周りは圧倒される。

 

「ではお兄様、先に行っていますね」

 

「ああ、分かった。直ぐに追いつく」

 

 そんな空気を気にせず、深雪はほのかと雫と共に先に行くことにした。

 後ろから禅十郎が達也に対して文句を言っているのが聞こえているが、それを無視して彼女達は先へと進んだ。

 

「深雪、止めなくて良かったの?」

 

 深雪につられて禅十郎達から離れたほのかは心配そうにしていた。

 

「ええ、問題無いわ。それにあの程度で喧嘩にならないと思うし。それに偶にはお兄様にもああいうことがあってもいいと思うの」

 

 そんな彼女に対し、深雪は何故か嬉しそうに笑っており、ほのかは彼女がどうしてそんな顔をしているのか理由が分からなかった。

 

「それってどういうこと?」

 

 ほのかに代わって雫がその理由を尋ねた。

 

「私が知っている限り、今の禅君みたいにお兄様にあんな風に接してきた人は一人もいなかったわ。些細な事で言い合いになったり、一緒に笑ったり、互いの技を高め合ったり出来る。そんな友人とのやり取りに私が口を挿むのは無粋だと思うの」

 

 そうは言うものの、深雪は達也の事をよく知り始めたのは今から三年前の事であり、それが正しいかどうか分からない。もしかすると自分が知らない所でそんな友人がいたかもしれないが、当時の記憶している達也の様子からしてみれば、それほど仲の良い友人は居なかったと思っている。

 いや、そもそも当時の達也に友人を作る自由があったかさえも怪しかった。

 

「禅君みたいにお兄様と正面から向き合ってくれる友人が出来て本当に嬉しいの」

 

 第一高校に入学し、彼を理解してくれる友人達を持つことに深雪は喜びを感じていた。今では達也のクラスメイトだけでなく、自分の友人も大切な人のことをちゃんと理解してくれている。

 その中でも禅十郎は深雪でも珍しいくらいに好印象を抱く人物だった。それは彼が自分達の正体を知ってなお、普段と変わらずに接してくれたからというのもある。だが、一番の理由は達也という人間と真正面から向き合っていることにあった。身内でさえも達也の実力を認めてくれないのに、禅十郎は自分を除き、誰よりも達也を認めてくれた。

 そんな人物との出会いに深雪は心から感謝しているのだ。

 

「深雪、禅も達也さんと出会えて嬉しいんだと思う」

 

 雫の言葉に深雪は意外だと言いたそうな顔をしていた。

 

「禅は昔からああいう性格だったから面白半分で近づく人もいたけど、結局離れていく人が多かったんだ。お兄さん達や道場の人達がいたから別に寂しくなかったらしいけど、それでも何か一緒に競い合える同い年の友人が欲しかったんだと思う」

 

「雫は違うの?」

 

「私のライバルはほのかだったけど、禅は私をそう見てなかったと思う。昔から妹みたいに扱う傾向が強かったから」

 

 禅十郎と雫のやり取りを見ていて、今でも似たような扱いをされていることがあるのを思い出した二人は納得した。

 

「それに禅が一番欲しかったのは魔法よりも体術を競い合える相手だったんだと思う。禅の道場じゃ小さい子は殆ど来ないし、門下生は大人ばかりで同い年の人はほとんどいなかった。そんなこともあって一時期荒れてたこともあったの」

 

「篝君が荒れる?」

 

 ほのかにはそんな禅十郎の姿が想像できなかった。奇行はするが、それでも最低限の常識は兼ね備えていると言うのが彼女の認識だ。そもそも昔の彼を知らないのだから当然である。

 

「暴れ回る、と言うより組手で憂さ晴らしするようになったって言えばいいのかな? 誰であっても容赦しなくなって、訓練中も問答無用で怪我をさせてたってお姉さんが言ってた。偶に余所の道場で同い年の門下生と試合しても一瞬で終わらせるから、余計に鬱憤がたまって憂さ晴らしする回数が増えて当時は手をこまねいていたらしい」

 

 その姿は容易に想像出来た。

 禅十郎の体術の技量の一片でも見れば、とても高いレベルに至っているのだと素人であるほのかにも理解できる。それに彼の実力は学内でも屈指であり、近接戦闘で彼に勝てるのはいないのではないかとさえ言われているのだ。

 

「それを見兼ねた禅のお爺さんが知り合いに相談したら、しばらくその人の道場でお世話になることになって、夏休みの間はほぼ毎日そこに行ってたらしいよ」

 

「雫、もしかして……」

 

 話を聞いていた深雪はその場所に心当たりがあった。そんな深雪の反応に雫は頷いた。

 

「そこで出会ったのが達也さんだよ。夏休みが明けてから禅は落ち着いたんだって。達也さんが初めて負けた同い年の相手だったんだ」

 

「二人にそんなことがあったんだ」

 

「あの時、自分に勝てる同い年の相手は居ないんだって諦めてたから、達也さんに負けた時は泣いて喜んだらしいよ」

 

「負けて喜ぶ?」

 

 敗北したことに喜びを感じた禅十郎に対してほのかは疑問符を浮かべる。負けたことを悔しいと思うのは分かるが、当時の禅十郎が何故喜んだのか、ほのかには理解できなかった。

 

「同い年と競える環境に置かれていなかったことで禅君は孤独を感じたんだと思うわ。体術の才能が優れ過ぎた所為で自分と渡り合える人はずっと年の離れた人達しかいなかったんだもの。自分と同じ速さでついてこれる人が誰も居なかったら寂しいと感じるのも分かるわ」

 

「そっか……。私、一度も考えたこともなかったな」

 

「お母さんが言ってた。才能はあって困らないけど、突出すぎると不幸になることもあるんだって」

 

 雫の言葉に深雪は心の中で頷いた。飛び抜けた才能は必ずしもその人を幸福に導けるわけでは無いのだと深雪は知っている。身近にそんな人がいるからこそ、禅十郎の孤独を理解することが出来た。

 

「うん。だから達也さんとの出会いは禅を変える切っ掛けになった。そのことに禅は感謝してもし足りないって」

 

「そう。そんなことを……」

 

 深雪はそれを聞いて嬉しかった。

 自分の兄と出会えたことを良かったと口にしてくれる人が現れたことに。自分の兄をここまで肯定してくれる人がいたことに。

 三人がそんな話をしていると。

 

「だから、あの試合で使ったのはスゲー単純な術式なんだよ」

 

「成程。半回転返還の最終工程における物体を発射する威力を九段階に調整できるようにしてあったのか。確かに単純だが、使い方次第であれほど効果的な試合運びをしたのは流石の一言だ」

 

「まぁな。他にも色々と使い方があったんだが、全部が全部そう簡単に使えるものでもなかったな。ボールが三、四個だけなら大体は使えるんだが、九個になると用意した戦術の半分も使えやしない。練習じゃ、七草先輩相手に使えたのがミスディレクションだけだったしな」

 

「いや、先輩を相手に失点させただけでもすごいと思うが」

 

「そうだけどさぁ、せめて一セットは取りたかったなぁ」

 

 いつの間にか禅十郎と達也の会話は練習の出来事からクラウド・ボールの話にシフトしていた。

 

「本当に負けず嫌いだな、お前は」

 

「一度負けたくらいでクヨクヨする暇があったら、立ち上がった方が断然良い。だろ?」

 

「まぁ、確かに。そういう考えはお前らしい」

 

「褒めてんだよな?」

 

「ああ、当然だ」

 

 そんな会話をしながら、二人はこちらに向かってきていた。先程までの険悪なムードは何処へやらである。

 

「男の子って凄いね。喧嘩してすぐに元に戻るなんて」

 

 それを目にしたほのかは素直に驚いた。

 

「どうかな? 喧嘩してたって自覚はないと思うよ。特に禅の方は」

 

「そうね。お兄様に対して禅君も本気で怒ってたわけじゃなさそうだったもの」

 

 三人はこちらに向かってくる禅十郎と達也を待つことにした。当然、今の会話は三人の秘密である。

 

(本当に良い御友人に恵まれましたね、お兄様)

 

 そんなことを思いつつ、深雪は二人の姿を見て微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ日が変わりそうな時間、禅十郎は一人、外に出ていた。周りに人はおらず、静まり返った中で禅十郎は電話で荻原と連絡を取っていた。

 

「じゃあ、あの事故が人為的なものである証拠が無いから、大会委員会は梃子でも動かないってことか?」

 

「ああ。向こうは三日目の出来事を事故で済ませたいらしい」

 

「大会委員に不正を働く者がいる事を認めたくないってか? あの事故は下手をすれば、ドロップアウトしてたかもしれないってのに……」

 

 相手の態度に忌々しく禅十郎は舌打ちした。

 

「仮定の話だろう。二人共命に関わる怪我はしなかったんだ。後二、三件ぐらい事故が起きなければ向こうも動く気はないだろうな」

 

「クソっ。手遅れになってからじゃ遅いぞ」

 

「分かっている。こちらも可能な限り大会委員とその関係者の経歴を洗っている。怪しい人物がヒットしたらすぐに連絡する」

 

「急いでくれよ。今は何も起こっていないが、一高が優勢であることに変わりはない。例の裏カジノの主催者が推測通り他校に賭けてるなら、間違いなく三高だ。事故が起きる前に犯人の目星はつけておいてくれ」

 

「ああ。そっちも気を付けろよ。それとお前が一昨日呼んだあの人も明日の朝には到着する。少しは力になってくれるはずだが、無理はさせるなよ」

 

「了解。あー、でも兄貴怒ってるよな、絶対」

 

 溜息交じりに禅十郎はそう呟いた。

 

「いや、今回は仕方ない。俺達の身内でも目で精霊を見ることが出来ないからな。宗士郎も快くとはいかないが、次の世代が犯罪シンジケートのような輩に将来を奪われるのを黙って見ているような男ではないからな」

 

「もし怒ってたら明日変死体が上がってるだろうな。ハハハ」

 

 軽口をたたく禅十郎に今度は向こうが溜息をついた。

 

「他人事みたいに言うな。ああそうだ、明日の事は頼んだぞ。もし、なにかあったら―――」

 

 荻原が言い切る前に禅十郎は電話を切った。

 

「たく、どいつもこいつも……。家族に対して過保護すぎるっつうの」

 

 これ以上話すと、本当にどうでもいいことに頭を回すことになりそうだった為、さっさと話を切り上げることが最善であると判断した。

 

「さて、明日も何もなければいいが……」

 

 明日の競技は第一高校の生徒が多く出る。もし無頭竜が動くとすれば、明日以降の競技の可能性もないとは言い切れない。だが先日の話を聞けば、バトル・ボードでさえ無頭竜はかなり入念に準備をしていたことになる。これは達也の口から聞いたことと一致しているので間違いない。

 摩利の試合は、予めトーナメントの配置を意図的に去年の決勝カードとどこかで同じになるようにしたと考えられる。その上で、あの試合で水面に干渉する魔法を設置して、絶妙なタイミングで摩利が出場停止になるようにしてみせた。これだけでも大会委員のかなり奥深くまで奴らの手が回っていると考えるのが妥当である。

 だが、幸か不幸か実力が未知数の一年生に干渉するのは難しい。

 将輝や吉祥寺など、高校生になる前から名を挙げている選手であれば話は別だが、第一高校の選手の中にそのような人物は然程いない。

 推測通り、無頭竜が第三高校に賭けているのであれば、新人戦は向こうの方が有利だと考えているはずであり、新人戦に干渉する予定は元々無かったと考えられる。

 もし奴らの誤算があるとすれば、間違いなく達也の存在だろう。新人戦の女子の試合で前代未聞の結果を出しているのだ。当然と言えば当然である。

 

「さてこのまま諦めてくれれば、楽なんだが……」

 

 そんな希望を抱いていたが、どうせ叶う筈もないことだと禅十郎は諦めるのであった。




いかかでしたか?

今回は禅十郎と達也の過去について、少しばかり触れてみました。

何処かでもう少し詳しい話をするつもりです。

モノリス・コードは次の次辺りで触れられるように頑張ります。

では、今回はこれにて。

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