魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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どうもです。

今回は原作とさほど変わりが無い為、サクサク書かせていただきました。

では、お楽しみください。

2020/10/19:文章を修正しました。


決着

 試合が開始された瞬間、二人は同時に魔法を打ち出した。

 二人の戦術は今までと変わらない。

 深雪の氷炎地獄(インフェルノ)による熱波により相手の氷柱を崩しにかかるが、雫の情報強化が氷柱の温度改変を阻害する。そして雫の共振破壊は深雪の振動及び運動を抑えるエリア魔法により鎮圧される。

 この光景を見ていた観客は誰もが興奮していた。

 ここまで互角の攻防を繰り広げる二人の技量に誰もが称賛していた。

 しかし冷静に試合を視ている観客の僅かに確かにいた。

 

(やっぱこうなったか。あの様子だと雫も気付いてるな)

 

 その一人である禅十郎は一見拮抗している試合に対して的確に状況を分析していた。

 雫の顔色は相変わらずだが、自分が危ういことに気付いているだろう。

 情報強化は対象物の情報の書き換えを阻止するものであり、魔法による氷柱の温度改変を阻止できても、加熱された空気によっての融解は阻止することが出来ない。

 このまま長期戦になれば、十中八九雫の負けである。

 それを判断した雫は即座に行動に出る。

 隣の先輩方はそれを見て驚いたことだろう。

 何故なら雫が左手で右の袖口から拳銃形態の特化型CADを取り出したのだから。

 それを見た深雪も少なからず動揺していた。

 二つのCADの同時操作など高難度過ぎてほとんどの人がやろうとしないからだ。

 想子を完全にコントロール出来ていなければ、CADの複数同時操作を習得するのは難しく、それを可能としているのは達也しか深雪は知らない。それ故に雫がそれを会得したことに驚きを隠せなかった。

 その所為で魔法の継続が一時中断してしまう。

 そのわずかな瞬間、深雪の陣の最前列の氷柱が白い蒸気を発しながら溶けだした。

 

「『フォノン・メーザー』っ!?」

 

 真由美が驚き叫ぶのを横目に、達也と禅十郎は良く知ってるなと感心していた。

 だが、それでも禅十郎は表情を変えることなくこの試合の流れを眺めていた。

 

(ここまでは上手くいったな。だが、やっぱ無理かもな……)

 

 氷柱が溶けた後、深雪は即座に次の魔法を発動した。

 深雪の陣から白い霧が発生し、瞬く間に雫の陣まで覆いつくしていく。

 

「……ニブルヘイム、やっぱり出してきたか」

 

 やはり出してきたかと禅十郎は眉間にしわを寄せ、苦悶の表情を浮かべる。

 

「ニブルヘイムだと……。何処の魔界だ、ここは……」

 

 氷炎地獄に続いてニブルヘイムを出してきた深雪に摩利は息を呑んだ。

 

摩訶鉢特摩(まかはどま)ですかね」

 

「それは地獄だろ」

 

「……よく知ってるな」

 

 真面目な声で言う禅十郎に対し、達也が冷静にツッコむ。

 ボケとツッコミをしているにも拘らず、抑揚がない二人の真面目な口調に誰もその会話に交ざれない。

 そんなやり取りの間に、ステージでは新たな変化が起こっていた。

 広域冷却魔法であるニブルヘイムにより雫の陣の氷柱の下にびっしりと液体窒素の水溜りが出来ていた。

 

「それが狙いか……」

 

 それを見た禅十郎は深雪の狙いに即座に気付いた。

 水溜りが出来ると、深雪は即座にニブルヘイムを解除して氷炎地獄を発動させる。

 変化は一瞬だった。

 気化熱による急激な加熱によって、冷却された液体窒素は一気に気化し、蒸気爆発を起こした。

 轟音を立てて、雫の氷柱が蒸気を発しながら一斉に倒れる。

 一瞬の出来事であった為に誰もが息を呑む。

 

(やっぱりダメだったか……)

 

 左手で顔の半分を覆い、軽く溜息をつく。

 氷柱が一気に爆発したことで誰もが深雪の勝利を確信していた。禅十郎もこの光景を見ていたら、同じ思いを抱くだろう。

 

(あのままだったらの話だがな……)

 

 ニヤリと禅十郎が不敵な笑みを浮かべた瞬間、再び深雪の陣の氷柱が蒸気を発して溶けた。

 周りからざわめきが聞こえる。

 

「何だと……」

 

 思わず驚いた摩利の口から漏れる。

 彼らが驚くのも仕方ない。

 あの爆発を受けてなお、雫の陣には一本だけ無傷の氷柱があるのだから。

 

「そうだ、雫。まだお前は負けてない」

 

 禅十郎の眼にはまだ闘志を燃やしている雫の姿がはっきりと映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 雫の特訓に付き合い始めてから五日目。

 禅十郎の指示通り、しばらくの間、雫は篝家にお世話になることになった。

 雫の両親には九校戦に向けての合宿だと伝えると、あっさり了承してくれた。

 年頃の娘を年頃の男子の家に泊めていいのかと思ったが、禅十郎は問題児であることを除けば、そんな不埒な行動をする子ではないと彼女の両親達に信頼されていた。それ故に特に反対することなく、禅十郎の家にお世話になることになったのである。

 最初は戸惑っていたが、昔何度か泊まりに来たことがあるために、今ではそれほど抵抗無く過ごしている。

 正直、家が近いと帰路がほぼ同じになる為、他の新人戦メンバーと鉢合わせすることもなく気楽に帰れるのはありがたいことだった。

 帰宅すると敷地内にある練習場でCADの複数同時操作のレクチャーをマンツーマンで行っている。

 

「ま、流石に勘が良いな。五日でここまで来るとはな」

 

 フォノン・メーザーによって穴を開けられた分厚い鉄板を見て禅十郎は感心していた。

 

「うん。不本意だけど教え方は無駄に上手いから。本当に不本意だけど」

 

「マジで一言余計だな」

 

 CADの複数同時操作といってもいくつかやり方があり、雫に教えているのはその中でも比較的簡単な方法であるCADを順番に操作して魔法を発動させるものだった。

 といっても高難度の技能であるので、会得するのが困難であることに変わりはない。

 禅十郎はほぼ同時に操作できるまでに達しているが、ここまで行くにはかなり時間が掛かっていた。

 さて、二人がどんな練習をしているかというと、流石に敷地内で氷柱を作るわけにはいかない為、氷柱を模して程よく切った竹を十二本用意し、それに情報強化などの魔法をかけ、同時にフォノンメーザーを鉄板に向けて撃つ練習をしている。当然、アイス・ピラーズ・ブレイクに向けての練習である為、竹には禅十郎が魔法付きで素手で殴って攻撃している。

 最初の二日はどちらか片方に気を向け過ぎたが為に、上手く同時に発動できず、十二本すべて破壊されることが殆どだった。

 それでも高等魔法であるフォノン・メーザーをものにしているのは流石の一言であり、雫の才能があってこそだと改めて感じる二日間を禅十郎は過ごした。

 三日目に入るとコツをつかんだのか、少しずつ同時操作に慣れ、今では少数だが情報強化とフォノン・メーザーを同時に発動するまでに至っている。

 

「ま、このままいけば試合までに間に合うな」

 

「うん。でも……」

 

「でも?」

 

「なんだか、皆に申し訳ないなって。それに禅にも付き合ってもらってるし」

 

 達也と禅十郎のレクチャーを受けることで飛躍的にものにしている実感が雫にはあった。達也によってフォノン・メーザーを使用することができ、禅十郎のサポートによってより早く複数同時操作をものにできている。しかし、あまりにも破格の待遇ではないかと思うと雫は申し訳ない気がしてきたのである。

 

「……馬鹿か、お前」

 

 雫の本音を聞いた禅十郎は長い溜息をついて呆れていた。

 そんな態度をとる彼にに雫は呆けるより先にムッときてしまう。

 だが、禅十郎はそんな彼女の態度を気にしなかった。

 

「あのな、それを言うなら、深雪ちゃんなんて帰宅した後、毎日達也と練習してるんだぜ。向こうの方が破格の待遇だろうが。それに俺の準備は大体仕上がってんの。後は数をひたすら熟すだけだし、クラウド・ボールとモノリス・コードの練習なんて学校の設備じゃなきゃ出来ないだろうが。余計な罪悪感なんて持つんじゃねぇよ。今のお前はお前のやりたいようにすればいいんだよ」

 

 ワシャワシャと雫の頭を撫でる禅十郎。

 

「痛い……」

 

 だが言葉と裏腹に嫌がる表情は一切していなかった。

 

「そう言う訳だ。お前は気にせず、俺らを頼れ。それにそろそろ伝えておこうと思ってることがあったしな」

 

「伝えておきたいこと?」

 

 雫の頭から手をどかすと、禅十郎は真面目な顔になった。

 

「達也は何も言ってないけどよ、正直なところ、俺はフォノン・メーザーを追加した程度で深雪ちゃんに勝てるとは思ってない」

 

「……」

 

「その反応だと薄々気づいてはいたみたいだな」

 

 表情が希薄ではあるが、雫の瞳に動揺は見られなかった。高等魔法を一つ追加した程度でどうにかなるほど深雪は甘くないことを薄々感じていたようである。

 

「広域に干渉する魔法は深雪ちゃんの十八番だからな。まぁ、あんま相手の情報を与えるのは良くないんだが、深雪ちゃんの手札にかなりヤバいのがあってな。あれを見ちまうと、フォノン・メーザーでどうにかできるか怪しいところだな」

 

「……そう、なんだ」

 

 動揺していないように見えて、面と向かって自分の力では勝てないと言われるとかなり辛かった。

 禅十郎はそういうところはハッキリとするタイプであり、遠回しに言うよりずっと彼らしいのだが、少しくらいオブラートに言っても良いと思ってもいた。

 それでも雫が動揺しなかったのには訳があった。こういう事を口にした場合の禅十郎は必ず何か打開案を記してくれるのである。

 

「でだ。このままだと負けるの分かって挑むような形になるのは俺は好きじゃないから、いくつかアドバイスをしておこうと思ってな。流石に達也の立てた作戦自体を変えるのは無理だが、いくつか改良を加えることが出来るはずだ」

 

「アドバイス?」

 

 作戦を変更しないのであれば、一体どんなアドバイスをしてくれるのか、雫は興味があった。

 

「ああ、まずはな……」

 

 

 

 

 

 

 

 周りが驚く中、雫は最後の氷柱を残して試合を続行する。

 雫は再びフォノン・メーザーで深雪の氷柱を壊しにかかる。

 深雪も氷炎地獄で最後の一本を崩しにかかるが、今までと状況が違っていた。

 

「『領域干渉』か。禅、アレはお前の入れ知恵か?」

 

 雫が使用している魔法を視てみると先程まで情報強化を掛けていたはずの氷柱には領域干渉が張られていた。

 

「まぁな。CADの複数同時操作は上手くいったが、ニブルヘイムを使われたら、フォノン・メーザーでも勝てる見込みなかったからなぁ。だからちょいと知恵を貸した」

 

「禅君、何を吹き込んだの?」

 

 二人の会話を聞いていた真由美と摩利は興味を抱いていた。

 

「雫が使用する魔法の弱点とそこを突かれた時の対処法ですよ。試合で使う魔法と使い方を聞いて、相手の魔法に対してどう対処するかを可能な限り列挙しました」

 

「情報強化から領域干渉に変更することもその一つなの?」

 

 真由美の問いかけに禅十郎は頷いて答える。

 

「情報強化はあくまでも魔法の干渉を受けなくなるだけで、他の外的要因の影響は受けますからね。ほら、あの一本だけ液体窒素が残ってますよね。雫ちゃんはニブルヘイムを解除した瞬間に液体窒素も含めてあの一本だけ領域干渉を掛けたんですよ」

 

「だから液体窒素が気化しなかったのか」

 

「即座に戦術を変えるなんて禅君らしいわね」

 

 禅十郎の話を聞いて先輩達は納得しているが、二人に対して達也の表情に変化はなかった。関心はあったが、それでも現状に関して特に大きな変化が起こっていないことと、これからも起こらないことを察したために、反応が乏しかった。

 

「だが、それでも雫は深雪に勝てない」

 

 淡々とそれを口にする達也に禅十郎はゆっくりと頷いた。

 

「まぁな。俺でもそこは変えられないわ。どう頑張ってもアレを破る策は思いつかねぇ。策を練っても勝てない、ジャイアントキリングすら許さない深雪ちゃんの実力には脱帽させられたよ。そもそもアレに勝てる奴いるの? 一条でも無理だろ」

 

 実は雫が領域干渉を使用してから大きな変化は起きていなかった。

 深雪の陣の三本目の氷柱が破壊された後、深雪は自陣にニブルヘイムを発動させていた。

 氷炎地獄より強力な冷却魔法でフォノン・メーザーを防ぎ、他の魔法で雫の氷柱を壊しにかかるが領域干渉を突破できずにいた。

 

「でもさ、負け方にも良し悪しがある。俺は完全敗北にならないようにしただけだ。雫ちゃんには悪いと思ってるけどな」

 

「負けは負けだ」

 

「ああ、そうだろうな。だが意志が折れない限りその敗北という結果は次の勝負に向けての過程となる。今試合に負けて打ちひしがれても、それから立ち上がれれば、そいつはまだ負けてない。自分にはまだ可能性がある負け方をさせてやることがアイツに出来る俺の最大の助力だ。最後の一本になるまで諦めないことにもちゃんと意味はある」

 

 禅十郎が言い終わった後、タイムアウトによる試合終了の合図が鳴った。

 雫と深雪の決勝戦は残っていた氷柱の差で深雪の勝利が決まる。

 結局、雫の敗北は免れなかった。

 それでも、最後まで勝負を諦めないと言う彼女の気持ちを具現化しているように、雫の陣には一本だけ氷柱が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 試合が終わってしばらくして、禅十郎は宗仁と一緒に雫のもとに来ていた。

 当分一人にしてあげようと思ったのだが、ほのかに宗仁と二人でぶらついている姿を見られると。

 

「何で雫と一緒にいないんですか!? 今すぐ雫のところに行ってください! ダッシュでっ!」

 

 と物凄い形相で大声を張るほのかの迫力にたじろいでしまい、そのまま雫のもとに馳せ参じたわけである。

 

「よっ、お疲れさん」

 

「……禅」

 

 控室に入ると雫はまだ制服に着替えてなかった。

 禅十郎が入ってくるまでずっと静かだったのではないかと思えるくらい部屋の中はシンとしてた。

 

「喉乾いてるだろ。これ」

 

「……ありがとう」

 

 先程買ったスポーツ飲料を雫に渡し、禅十郎は自分にも買ってあるコーラを口にした。

 

「くぅっ」

 

 よく冷えた炭酸飲料が喉を通る刺激に思わずそんな声を上げる。

 

「くぅ」

 

 宗仁も同じようにコーラを飲んで、禅十郎の真似をした。

 そんな姿がおかしかったのか、雫はクスリと笑みを浮かべた。

 雫が笑みを浮かべる余裕があるのを見て禅十郎は安心した。

 

「悪かったな。勝たせてやれなくて」

 

「ううん。禅は悪くないよ。それにアドバイスしてくれなかったら間違いなく、あそこで負けてた。最後まで頑張れたのは禅のおかげ」

 

「……そうか」

 

 今の禅十郎にはそれしか言えなかった。他にどんな言葉を掛けてやれば良いのか分からなかった。敗北と向き合うのは本人であり、他人がどうこう言うべきことではないのが禅十郎の持論である。たとえ、どんなに親しい人でもそれは変わらない。故に言葉が続かない。

 

「次は禅の番だね」

 

 それを知っていた雫は今度は自分から話しかけた。

 

「ああ、明日の結果で新人戦の結果が大きく決まる。ミラージ・バットも達也がいればどうとでもなるさ」

 

「そっちは?」

 

「井上はともかく、森崎の奴は自分でどうにかするだろ。それでもまだ引きずってるようなら引っ叩いてでも試合に集中させる」

 

「そういう所は相変わらずだね」

 

「腑抜けに背中を預ける気はない。ただそれだけだ。ほれ、さっさと着替えてバトル・ボードの決勝戦を見に行ってやろうや。行くぞー、小十郎」

 

「だからそうじだっていってんだろっ!」

 

 うがーっと禅十郎をぽかぽかと叩きながら、宗仁は禅十郎の後を追う。

 雫が着替えられるように禅十郎は部屋を出ようと扉を開けた。

 

「禅」

 

 部屋を出る直前、雫は禅十郎を呼び止める。

 

「ん?」

 

「……ありがとう」

 

 それを聞いた禅十郎は笑みを浮かべた。

 

「どういたしまして。ほれ行くぞ、小十郎」

 

「だからー、そうじだってばーっ!」

 

 禅十郎が部屋を出ると、雫は言すぐに制服に着替え、女子バトル・ボードの決勝戦を見に行くのであった。




如何でしたか?

試合結果は変わりませんでしたが、少しだけ内容を変更しました。

さて、予定より一話ずれましたが、次回からモノリス・コードに入ります。

どんな試合になるのかお楽しみに!

では、今回はこれにて。

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