魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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はい、どうもです。

今回は前回の話における疑問についてです。

では、お楽しみください。

2020/10/19:文章を修正しました。


事故

 モノリス・コードにおける第一高校対第七高校の試合は第一高校の勝利で決まった。

 しかし観客席では歓声を上げる人は誰一人としていなかった。

 それ以前にあの試合を見て、会場内外に問わず誰もがその内容に衝撃を受けた。

 京都で暮らす九島家の美少年は思わずベッドから転げ落ちるほどに驚いてしまい、会場の観客席に態々足を運んだ九島烈は声を押し殺すほど笑いかけた。

 禅十郎を良く知る結社の者達においては、一人は眉間に皺をよせ、一人は腹を抱えて大爆笑し、一人は笑みを浮かべつつ呆れていた。

 三者三葉の反応が彼方此方で起こっている中、場所は競技場の観客席に戻る。そこでは戸惑いと怒りの声が上がっていた。

 試合結果を見て、戸惑いの声が聞こえるのは第一高校の生徒達から。

 試合内容を見て、怒りの声が聞こえるのは第七高校の生徒達からだった。

 彼等の反応は当然と言えた。

 禅十郎の攻撃は明らかなルール違反をしたにも拘らず、審判はそれを指摘しないのだ。

 これまでのモノリス・コードでこのような誤審は起こらなかった。それが起こったとすれば、会場にいる生徒や観客の反応も当然である。

 ざわめきが大きくなり、禅十郎を非難する声が上がり始めた頃、大会委員会からのアナウンスが流れた。

 彼らの疑問に対する説明の為に観客席に設置されている大型モニターにある写真が映される。

 画面には三つの写真が掲載されており、どれも禅十郎が違反をしたと思われる攻撃の瞬間であった。

 

『ただいまの試合、映像解析の結果、篝選手の攻撃はすべて有効と判断されました』

 

 会場がざわつく中、アナウンスと共に三つのスローモーション映像が流れる。

 どの画面も禅十郎の拳、脚、掌が相手にゆっくりと近づいていく。

 すると、接触したと思われた場所に不自然なへこみが生じ始めていた。まるで四角い物体にぶつかった時に出来るへこみ方であり、三つとも禅十郎の手足が相手選手と接触する約五センチほど手前まで近づいた時に起こり始めている。

 その後、選手達はは禅十郎の手足と同じ速さでゆっくりと移動して飛ばされていた。

 どの映像においても禅十郎の体は相手に一切触れていない光景が彼らの目に映った。

 加えて、九校戦の試合はテレビで放送する為に魔法を映像で見えるように処理しており、禅十郎がルール違反をしていないと言う決定的な証拠がそこには映っていた。

 

『第一高校の篝選手は障壁魔法で相手を攻撃しており、相手に直接触れて攻撃してはならないというルールに抵触しておりません。よってすべての攻撃を有効と判定し、ただいまの試合は第七高校の選手全員が戦闘続行不能により、第一高校の勝利となります』

 

 大会委員会から禅十郎の攻撃は有効であることが証明された。

 そのアナウンスに会場内は一瞬にして静かになった。近年、このような事態は起こっておらず誰もが戸惑っていた。

 

「勝ったのか……」

 

 そんな静寂の中、第一高校の生徒である誰かがポツリと口にする。

 

「勝ったってことだろ?」

 

「ああ、勝ったんだ」

 

 その言葉が一人、二人と木霊する。徐々にそれを口にする者が増えていくと誰かが歓声を上げた。連鎖的に声を上げる者が続出し、無秩序な勝利への雄叫びへと変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 同じアナウンスを服部、桐原、沢木の三人は観客席で聞いていた。

 

「なぁ、服部は知ってたのか?」

 

 桐原は勝利に喜ぶよりも禅十郎の戦術に驚かされていた。

 障壁魔法で相手を吹き飛ばす方法はこれまで何度も使われている。しかし、それを自分の手足の周囲に展開することで格闘戦を仕掛けてくる人はこれまで誰一人としていなかった。

 禅十郎はそれを思いつき、見えない拳と足で相手を倒してみせたのである。

 実際、九校戦におけるモノリス・コードのルールにおいて、選手が相手に触れて直接攻撃することが禁止されているのであって、格闘戦が禁止されているわけでは無い。しかし格闘戦は相手に直接触れることが前提であると多くの者が思っていたために、誰もがそれを誤認していたのである。

 モノリス・コードにおける最初のミーティングで禅十郎はそこを突いた策を提案した。

 わざわざ大会委員会にまで問い合わせたという徹底ぶりと、彼の実力であれば実現可能だと証明することで、この策を使用する了承を得たのである。

 これは本戦モノリス・コードの出場メンバーも知っていることで服部も当然知っていた。因みに彼は練習試合でそれを喰らった第一号である。

 

「一応な。あの戦術を完成させる為に沢木の所の部員と五十里を巻き込んで色々大変だった」

 

 重々しい溜息を吐く服部を見て、桐原はご愁傷さまと心の中で合掌した。

 

「あー、そういえば、準備期間中だっていうのに沢木の所は随分と騒がしかった気がしたが、原因はそれか?」

 

 九校戦の準備期間中は、出場しない部活の部員達もサポートに回ってくれる。その中で、一際部員達の動きが活発だったのがマーシャルマジックアーツ部だったのだ。

 桐原は自分のこと(九校戦以外も含めて)で手一杯だった為に、どんなことを手伝っているのか知らなかった。そもそもたった一人の選手の為に部員が総出でサポートに回るなど誰が想像できようか。

 

「あの障壁魔法は脛当てや籠手に刻んだ刻印型術式によって発動しているんだ。僕らは想子の使用量を限界まで抑えるタイミングを彼に掴んでもらうために総出で継続時間を延ばす練習に付き合っていたのさ」

 

 楽しそうに語る沢木に桐原は頬杖をついて苦笑を浮かべる。

 

「よくもまぁ、一年生一人の為にお前のとこの部長が了承したもんだ」

 

「僕らにとってもあの篝流体術と真正面からやり合える機会などそうそうないからな。この機会を逃すなんて勿体ないと快く承諾してくれたんだ。いやー、アレはいい鍛錬になった」

 

 まるで玩具やゲームを貰って喜ぶ少年のように嬉しそうな声で話している沢木を見た桐原は、禅十郎と似た者同士だとふと思った。だが、一方でズタボロにされて数日間再起不能になった後輩や同期、先輩がいたなどと桐原はこの後一度も知ることは無かった。

 

「そいつは良かったな」

 

「沢木は楽しかったろうが、俺達の負担が尋常じゃなかったんだがな。面倒になるからメンバー全員には伝えておくべきだと進言しておいたのに、篝の奴は情報漏洩を懸念して一部の戦術スタッフと選手にしか伝えないと言う事を聞かなかったんだ」

 

「まぁ、手の内はギリギリの所まで出さないのが肝心だ。判断としては間違ってないだろうよ。特にアレはな」

 

「おかげで大会委員会からも余計な仕事をしてもらうことになったがな」

 

「違いねぇ。ま、あの攻撃が有効になったからには他校から更に警戒されるだろうな。何せ、体術の縛りがなくなったんだ。少しだけ枷が付いた『武術の申し子』と真正面からやり合えるとすれば、それこそ三高のクリムゾン・プリンスぐらいだろうぜ」

 

 桐原の推測通りだと服部は考えていた。接近戦が困難であったモノリス・コードでルールに則り、本来の持ち味を活かせるようになった禅十郎はほぼ全力で試合に臨めるようになったと言っても過言ではない。

 そんな彼を止められるのは、他校の一年生でも数名くらいだろう。特に物理攻撃への耐性が圧倒的である禅十郎に生半可な攻撃は通じない。物理攻撃だけで対抗できるのは間違いなく三高の一条将輝ぐらいだ。

 今まで何度も掟破りじみた事をしてきたのだから、他校から注目および危険視されるのは当然である。

 だが服部は何かが引っ掛かった。あそこまで目立つようなことをする必要性はあったのかと。

 正直に言えば、第七高校の選手は体術を使う程の相手ではない。あの移動魔法とCADの二つ同時操作を使うだけでも十分に倒せたはずだというのに彼はそうしなかったのだ。

 何か不都合な事でも起きたのだろうかと服部は疑念を抱いたが、結局その答えを見つけることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、モノリス・コードの結果に驚いている者だけでなく、焦っている者達がいた。

 場所は横浜中華街の某ホテルの最上階。そこで円卓を囲んでいる五人は苦虫を噛み潰した顔をしていた。

 

「何ということだ……」

 

「やはり実行するべきだ。あんな選手がいたのでは第一高校が有利になるのは必然だ」

 

「男子クラウド・ボールも第三高校が有利だったはずが、あの餓鬼にすべて台無しにされている。これ以上我々の計画の邪魔をさせるわけにはいかん。早急に始末するべきだ」

 

「分かっている。だが問題はあの餓鬼が『結社』の一員であることだ。尻尾を掴まれれば、どのような報復を受けるか分からんぞ」

 

「その件については心配いらないと言われているだろう。痕跡さえ残さなければ問題ない。問題なのは本部からの粛清だ」

 

 その言葉を聞いて誰もが顔を強張らせた。それだけは絶対に避けなければならないことなのである。

 

「……分かった。では協力者に連絡を取れ。第一高校には次の試合で棄権してもらう」

 

 男達はニヤリと笑みを浮かべるが、その顔から焦りは消えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 第三高校の本部では将輝と吉祥寺が例の試合の録画映像を見ていた。

 

「本当にやってくれる。ルールの裏を突いて体術を使ってくるなんて」

 

「これで篝が体術を使えないという条件が消えたことになるな。まったく今年の第一高校は何度も厄介なことをしてくれる」

 

「そうだね。でも一番厄介なのは体術が使える事だけじゃない。手数の多さとそれを臨機応変に使いこなせる技量はもう学生の域を超えている」

 

 クラウド・ボールを含め、これまでの試合の流れを見てきた吉祥寺が至った答えがそれだった。

 手数が多いというのは一見して有能に見えるだろうが、魔法を多く『使える』のと『使いこなせる』とではその差は大きく異なる。

 ただ『使える』とすれば、それは個々の魔法を点として使えるだけであり、相手はその魔法の対策だけすれば問題ない。一方、『使いこなせる』ということは個々の魔法を組み合わせ、魔法を線として繋げて大きな効果を生み出せるということであり、相手はそれを妨害するか、同等以上の対処法で捌くことが必要となる。

 高校生になったばかりで、それが出来ている禅十郎は達也と同じくらいのイレギュラーだと言える。

 

「それにあの戦闘スタイルは将輝に対する挑発も兼ねてると見てるよ。正反対のスタイルだからね、アレは」

 

「だろうな。相手の攻撃を高速移動ですべて躱し、攻撃が当たれば、例の魔法ですべて無効化した。中距離以上からの攻撃は恐れるに足らないと言わんばかりにな」

 

 口にはしていないが、『体術を使う前に俺を倒してみろ』と禅十郎が挑発しているようにも将輝は感じていた。

 禅十郎が近接戦闘および身体能力の上昇に特化していることも調べればすぐに分かった。互いの得意分野が正反対であるがために、どちらかの土俵に持っていけば間違いなく勝敗は決する。

 禅十郎の射程圏に将輝が入ってしまうか、その前に将輝が禅十郎を仕留めるか。

 新人戦の選手きっての中・遠距離最強と近距離最強。

 このまま一高と三高が勝ち続ければ、このモノリス・コードでその雌雄を決することになるだろう。

 

「あの魔法に関しては詳しい事はまだ分からないけど、物理攻撃を無効化するものだろうね。投擲も爆風も一切効いていなかったから衝撃を無効化するか、吸収するか……。それにあの戦法はどこかで見た気がするんだ。直ぐに調べてみよう」

 

「それに関してはジョージに任せる。ただ、物理攻撃以外に対して有効かどうかは分からないが、あいつがその対処を怠っているとは思えないな」

 

「そうだね。自分の得意分野を理解した上での戦術というなら、間違いなく苦手分野も把握しているはずだ。間違いなく選手として彼は強敵だろうけど、僕は将輝が勝つと確信してる。君なら彼に必ず勝てる」

 

 どれほど手数が多かろうが、将輝に勝てる者はいないと吉祥寺は信じている。友人としての身贔屓でもなく、純粋に魔法師という力において将輝に並ぶ者はいないと確信している。

 

「ああ、当然だ」

 

 親友の信頼に将輝はハッキリとそう言った。

 確かに禅十郎の実力はかなり突出しているが、それでも自分のスタイルに絶対の自信があった。予選では第一高校と当たることは無いが、間違いなく決勝トーナメントに出てくる。その時は必ず倒すと将輝は誓った。

 だが、それほど時間も立たずに彼らの決意は無駄になった。

 市街地ステージによる第一高校対第四高校の試合が開始した直後、第一高校の選手が廃ビルの中で『破城槌』を受け、その下敷きになった事を彼らは耳にした。

 

 

 

 

 

 

 

 ミラージ・バットの次の試合まで時間があり、軽く仮眠を取った後、達也は本部に来ていた。そこでは何かが起こりパニック一歩手前の空気が漂っているのをすぐに察知した。

 

「お兄様!」

 

 達也がやって来たことに気付いた深雪と雫がこちらに駆け寄ってきた。

 本来であれば、エリカ達と一緒に禅十郎の試合を見に行っていたはずなのに、彼女達がここにいることで達也は大まかに現状を理解した。

 

「何があったんだ? モノリス・コードで事故か?」

 

 二人の様子から察するにかなり深刻な事態だと達也は理解した。

 

「はい、事故と言いますか……」

 

「深雪、あれは事故じゃないよ。故意の過剰攻撃。明確なルール違反だよ」

 

 言い淀む深雪に対して雫は強く主張した。口調は抑えてあるが、彼女の眼から憤りが感じられた。

 

「雫、あまり滅多なことを言うものじゃないわ。まだ四高の故意によるものという確証はないんだから」

 

 本部にあるモニターを見てみると、崩落したビルが映っており、どうやら状況が相当酷いことになっているらしい。

 

「それで禅達は?」

 

 丁度こちらにやって来た真由美に達也は尋ねた。

 

「重傷よ。市街地ステージの試合だったんだけど、廃ビルの中で『破城槌』を受けてね。瓦礫の下敷きになっちゃったの」

 

 『破城槌』は屋内に人がいる状況で使用した場合、殺傷性ランクはAに引き上げられ、レギュレーション違反となるのは一目瞭然である。

 

「大事には至らなかったけど、三人共、魔法治療でも全治二週間。三日間はベットの上で絶対安静よ」

 

 それから達也は深雪達から詳しい状況を説明してもらい、話を聞いて抱いた大体の疑問は解決できた。あの事故によって競技を中止しろという声も上がったが、モノリス・コードはこのまま試合を続行している。

 現在、克人が今後の方針を大会委員会と相談するとのことだ。

 今回の件の内容によっては代理を立てることも可能かもしれないが、即席メンバーで勝てるほどモノリス・コードは甘くない為、このまま棄権するしか道はないと達也は考えていた。

 

「達也君、ちょっといい?」

 

 大体の話が終わったと思っていたが、どうやらまだ真由美は達也に用があるらしい。本当は断りたいところだが、顔色を見るに随分と深刻な話らしいので渋々達也は頷いた。

 それを見た深雪に睨まれつつも、達也は真由美の後に続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 本部の奥にある部屋で真由美は達也に今回の件について相談した。

 これは誰かの妨害工作ではないかということだ。

 真由美はブランシュの一件で、その報復をしてきているのではないかと恐れていた。

 しかし、達也がとある事情により入手した情報を伝え、その可能性を否定する。

 

「開幕日直前の真夜中に、ホテルに忍び込もうとした賊がいるんですよ。人数は三人、いずれも拳銃で武装していました」

 

「……初めて聞いたわ」

 

「口止めされていましたから。そいつらの素性も少しであれば知っています。香港系の犯罪シンジケートらしいですよ、今回の九校戦にちょっかいを出しているのは」

 

 全てを話すわけにはいかないが、そこはいつもの機転でどうとでもなった。

 

「……あんまり危ない真似はしないでね」

 

「その言葉は俺にではなく禅に言ってください。会長の言葉ならあいつも耳を貸すと聞いてますよ」

 

 禅十郎の名を口にした瞬間、真由美は一瞬だけ体が固まったように見えた。彼女の反応を達也は見逃さなかった。

 

「それで会長、禅の容体はどうなんですか?」

 

「えっ? さっきも言った通りよ。大事には至らなかったけど、全治二週間の怪我を……」

 

「嘘ですね」

 

 いつものようにしているが、達也は普段と何処か違うと違和感を覚えていた。

 問題なければ、少し心労を抱えたとしても禅十郎の名前を聞くだけでそこまで過剰に反応する必要はないからだ。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「何となくです」

 

「……達也君って結構勘が良いのね」

 

 何を言っても無駄であると判断した真由美は降参することにした。

 

「この事は他言無用でお願いするわね」

 

「分かっています」

 

 そもそもこの部屋には真由美が遮音障壁を掛けている為、外に漏れる心配も無い。それでも真由美はあのことはなるべく口にはしたくなかったが、達也が約束を反故にすることは無いと信頼し、話すことを決意した。

 

「達也君の予想通り、禅君は三人の中で最も重傷よ。多分、ニュースでは瓦礫の中から禅君達を救出したって言うだろうけど本当は違うの」

 

 うつむく真由美を見て達也はその場所で何があったのかを推測できたが、その内容に少しだけ動揺した。

 

「まさか……あいつは自分から出てきたって言うんですか? あの瓦礫の山から」

 

「瓦礫をどかす作業に入ってから少しして、禅君が他の二人を抱えて出てきたのを私と十文字君は見ていたわ」

 

 当時の状況を真由美は包み隠さずに話した。

 前代未聞の事故に大会委員が慌ただしく動き、救助作業が進んで禅十郎達がいた階層付近までに到達すると、突然瓦礫の山の一部が動いたのだ。ゆっくりと瓦礫が盛り上がって崩れ落ち、その中からボロボロの防護服を着た選手が一人這い出てきた。

 肌が見える所は傷だらけで、そこから流れた血は服までべったりとついていた。

 そして、極めつけに彼らの目に映ったのはずたずたに引き裂かれた背中だった。

 他の傷が掠り傷程度に見えてしまうほど深い傷跡に誰もが息を呑み、思わず手を休めるほどだった。

 

「後で聞いたんだけど、あの傷は事故が起こる直前に森崎君達を庇ったから出来たんじゃないかって救助の人が言ってたわ。恐らく彼は……」

 

「森崎達を瓦礫から守る為に禅十郎が彼らの上に覆いかぶさっていたと」

 

 達也の推測に真由美は頷いて肯定する。

 

「『破城槌』に気付いたことで咄嗟に動いたんでしょうね。試合開始直後、三人共近くにいたおかげで森崎君達は大事に至らなかったの」

 

「その分、禅が重傷になったと言う訳ですか」

 

「……ええ。彼の容体が一番酷いって言われたわ。外傷もだけど骨もいくつか折れてるみたいで」

 

 真由美は視線を落とした。

 重傷を負った禅十郎の姿を少しでも目にしたのだろうと達也は察した。真由美の顔色が悪くなっている為に間違いないだろう。

 

「そういう行動はあいつらしいですね。あまり適切な行動とは思いませんが」

 

「達也君、そんな言い方……」

 

「大方、禅は救助の人にこう言ったんじゃないですか? 『俺より二人の救助を優先してくれ。俺は後で大丈夫だ』って」

 

 真由美は目を丸くして驚いていた。

 予想通りの反応に達也は呆れたように溜息をついた。

 

「見返りが大きければ、あいつはリスクを無視して決断することを躊躇わない。俺はそれを許容できません。俺にとってリスクは避けるべきものであり無視するものではありませんから。それに無視した所為で犠牲が大きければ目も当てられないですね。現にあいつは森崎達を守るために自分を犠牲にしています。例え、それが取り返しのつくことだとしても、俺はそれを認める気も称賛する気もありません」

 

 辛辣な言葉を口にする達也に真由美は驚いた。

 

「達也君でも禅君を悪く言うこともあるのね」

 

「誰だって相手のすべてを認めることなんて出来ませんよ。友人として信頼しても許容できないことだってあります。禅も俺に対して気に入らない所はあるようですから」

 

「……そう」

 

 許容できなくても信頼している。真由美にとってそれは興味深い関係だった。

 

(そっか、禅君もちゃんとそういうことが言い合える友達が出来たのね)

 

 こんな所で不謹慎だが、禅十郎がそう言う関係を作れていたことが少しだけ嬉しかった。

 小さい頃の話だが、禅十郎は人望はあっても対等な友人はいなかった。破天荒でありながらも、誰よりも優秀であったが為に周りは禅十郎を自分達の上に立つ者として祀り上げて誰もが彼と距離をとっていたのである。

 そんな彼が親しい者と呼べる人の殆どが自分より年が離れている者達だけであった。例を挙げるとすれば、篝家が開いている道場の門下生、結社の社員、すでに引退された年配の魔法師や篝家と関わりある家の子などだった。例外として挙げるなら、真由美が知っているのは『彼女』ぐらいだ。

 そのおかげでもあるが、禅十郎は特に寂しいと思った幼少時代は過ごしていない。寧ろ、普通の子供よりもずっと濃い人生を歩んできたかもしれない。

 だが、禅十郎から学校で何かがあっても『友人と何かをした』という話にならなかったことに気付いた真由美は成長を重ねる毎に心苦しい思いだった。

 魔法科高校に入るまで、禅十郎がやってきたのは親の権力を振り回して好き勝手やっている年上の生徒達に制裁を加えたり、それを黙認した学校側と徹底抗戦して廃校寸前まで追い込んだり、道場でひたすら己を鍛えたりと、とてもではないが年相応の学生生活を送っていなかった。

 だからこそ、禅十郎が達也を友達と言った時は涙腺が崩壊しかけるほど嬉しかった。たったそれだけで嬉しくなるとは真由美自身も思いもしなかった。

 禅十郎が自分に初めて友だと言った達也と話したおかげが、真由美の心労は少しだけ軽くなった気がした。

 

「そういう会長は禅のどこが好きなんですか?」

 

 突然の達也の思いがけない返しに真由美は吹いてしまった。

 

「た、達也君、な……何を言ってるの? べ、別に私は禅君をそういう目で見たことなんて……」

 

 予想以上に真由美が慌てふためいていることに達也は驚いた。時折お茶目な所があっても、人の上に立つものとして毅然とした態度でいられる真由美が禅十郎のことになるとここまで慌てふためくとは思わなかった。

 

(ほう……これはまさか……)

 

 特に理由はないが今の真由美の反応に達也は少々嗜虐心をくすぐられ、うっすらと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「いえ、会長があいつを随分信頼しているようですから、禅のどこが良いのかとお聞きしたつもりだったのですが……」

 

「へ……?」

 

 達也の質問の意図が自分の考えていたことと全く異なることを知り、真由美は恥ずかしさがこみ上げ、顔が更に赤くなっていった。

 異性としての話だと思い込んだことにより、先日の禅十郎と話して想像したことがフラッシュバックし、真由美の感情抑制装置のタガが外れていた。その所為で、当時考えもしなかったアブナイ妄想まで考え始める。そして自身の頭では処理しきれなくなった真由美は頭を抱えて机に突っ伏した。

 

「会長、大丈夫ですか?」

 

「……」

 

 真由美は体を震えさせるだけで、ずっと黙ったままでいた。

 

(やりすぎたか……?)

 

 達也は真由美があまりにも過剰に反応したことに若干後ろめたさを感じた。

 それからしばらく突っ伏している真由美が少しだけ顔を上げて達也を見た。

 

「ねぇ、達也君って女性を苛めるのが好きなの?」

 

「そんな趣味はありませんよ」

 

 この時、達也は真由美と二人っきりになっていたことに不機嫌になった深雪の存在を完全に失念していた。

 しかも、目の前のことに集中していたこともあり、真由美が取り乱した時に遮音障壁までもが消失していたことに気付かず、今の会話が外に漏れていることに達也は気付かなかった。

 その会話が誰の耳に届いて、どのような反応をし、そして部屋を出た後に何が起こったかはご想像にお任せする。

 ただ、それを見ていた真由美は満面の笑みを浮かべていたとだけ記載しておく。




如何でしたか?

今回は禅が一度も登場しておりません。

それなのに脱落です……。

モノリス・コードはこれからどうなっていくのか?

では、今回はこれにて。
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