ゴールデンウィークも明日で終わりです。
皆さんはどのように過ごされましたか?
私は鎌倉に行って、シラスを食べてきました。
生のシラスは最高でした!
ではお楽しみください。
2020/10/19:文章を修正しました。
新人戦最終日。
これまでのモノリス・コードにおいて前例のない事態に九校戦関係者の多くが困惑していた。
まず本来ならば不可能である選手の変更。しかも代理選手が一つの競技しか出ていない選手ではなく、メンバー外の者が選ばれていること。そして代理の選手の一人が今年の九校戦で嘗てないほどの快挙を上げた技術スタッフである達也だと言うことだ。
極めつけは……。
「あの大馬鹿野郎の出場が注目されてるな」
試合が始まるのを待っている大神達は競技場の観客席を見ていた。既に客席は満員である為、彼らは揃って後ろの方で立って観戦することにしていた。
ここから見える画面には試合開始を待っている禅十郎と達也、幹比古の三人の姿が映っていた。
暇潰しに観客の会話に耳を傾けると、今回の異例騒動についての話題に触れており、その中には禅十郎について触れている人も少なくなかった。
「ま、しょうがないっすよ。大怪我してる筈の選手が出てくるとなれば誰だって驚きますって」
「大会委員会の方でもどうにか辻褄を合わせたからね。でも今回はやり過ぎだね。あいつの扱いが完全に化け物になってるよ」
「まったく……。余計な騒ぎを起こすことしか能がないのか」
苛立つように頭を掻く大神を見て葉知野は苦笑いする。
「でも、それを穴埋めするほど成果を出してるのも事実っすけどね」
「ああ、ムカつくことにな。そこだけは評価できる」
『だけ』という言葉がかなり強調されていた。
禅十郎は胃に穴が空くようなことばかりする為、大神のような真面目な性格の者にとっては悩みの種なのである。
「ま、あの子の場合、ウサギを二羽追ったら、三羽連れてくる上に毒蛇を持ってくるからね。凄いんだか馬鹿なんだか」
「ハハハ。運と実力を兼ね備えたうえで疫病神って笑えるっすね」
「馬鹿野郎、笑いごとで済むか! 俺は兎も角、他の社員は胃薬が手放せない日々を送っているんだぞ!」
「こっちは見てて楽しんでるけど?」
「慣れれば面白いっすよねー」
完全に耐性がついている二人はそんな軽口を言えるほどになっていた。
「それには一切同意出来ん!」
そんな二人に対して大神は眉間に皺をよせ、試合が始まるのを待つのだった。
同時刻、深雪、雫、ほのか、レオ、エリカ、美月は第一高校が集まっている席に座っていた。
「なんだか、男子の雰囲気が悪いですね」
美月が第一高校の男子の様子を見て、ひそひそと口にした。
「そりゃそうよ。代理に選ばれたのが選手メンバーからじゃない上に二科生だけなんだから、よく思われるわけないじゃない。でも昨日はえらく静かだったわね。男子くらいは抗議すると思ってたけど。何もなかったの?」
「それは……。えっと……」
口ごもるほのかを見て、昨日何があったのか予想するのは容易だった。
「禅が説得したから騒ぎにならなかっただけ。皆も一応納得してくれた」
「一応、ねぇ?」
意味ありげな笑みを浮かべるエリカに対し、雫の表情は変わらなかった。
一方で、深雪は困ったような笑みを浮かべているだけで、詳しいことはこれ以上聞けそうになかった。近くにいた女子選手達も話を聞いていたらしく同様に苦笑いを浮かべていた。
本当に一体何があったと言うのだろうかとエリカ達は疑問符を浮かべるが、それを知ることは出来なかった。
そんな会話をしている内に試合開始のブザーが会場に鳴り響いたからだった。
試合開始の合図が聞こえた。
「じゃ、達也、よろしく。幹比古も頼んだぜ」
「ああ」
「了解、そっちも任せたよ」
そう言うと二人は自陣から行動を開始した。
禅十郎達のフォーメーションはオフェンスに達也、遊撃に幹比古、ディフェンスに禅十郎となっている。これにより今までの試合でオフェンスだった禅十郎がディフェンスになったことで他校は警戒を緩めることが出来ないでいた。
加えて達也の戦闘スタイルも特化型CAD二丁と汎用型CADの計三つ持ち。
イレギュラーにイレギュラーを重ねれば、相手も慎重に出ざるを得ない。
そして現在、モノリスの近くに残っているのは禅十郎ただ一人。
「あー、やっぱりディフェンスって暇だなー」
そんなことを口に出来るのは余裕があるからではなく、本当に周りに敵がいないからである。
相手となる第八高校のモノリスまでの距離は約八百メートルであり、それほど近いわけでは無いが、その気になれば五分で到着することは可能だ。それ故に開始から数分は本当にすることがないのだ。
対戦相手である第八高校は魔法科高校の中で最も野外実習に力を入れている。その為、今回用意された森林ステージは彼らのホームグラウンドのようなものであり、彼らに軍配が上がる試合であると多くの観客が考えていた。
しかし、それは達也が八雲の教えを受けていることを知らなければの話である。
(八雲のおっさんを相手にしてるからなぁ。さてさてどうなることやら)
禅十郎は気だるげに欠伸をする。我慢する気も全くなかった。今の彼はこれぐらい気を緩めていた方が試合に集中できるのである。
そんなことを知らない者から見ればやる気がないのか、強者故の慢心なのか、どちらとも取れる光景であり、これから試合に当たる選手達は揃って禅十郎の態度に腹を立てていた。
そのままぼーっとしたまま試合が始まって数分が経過した。
「うーん、そろそろ敵さんも近づいてくる頃かね?」
経過時間を確認した禅十郎は不敵な笑みを浮かべて、敵の来訪を待っていた。
「欠伸って、あいつ緊張感無いわね」
そんな光景を見ていたエリカは呆れていた。
「まぁ、篝君ですから」
「禅のすることだし」
「諦めた方が良いわ」
ほのか、雫、深雪の順に口にする。禅十郎の態度に関しては半ば諦めていた。
「でも、何からしくない気がするのよね」
エリカの指摘に周りの誰もが首を傾げた。
「らしくないって、何がですか?」
「ん? いやさ、あいつって試合の途中で気を緩ませることなんてしたかなって」
「ディフェンスに回ったからじゃないかな? ほら、篝君って新人戦ではいっつも前線でフルに動いてばかりだったから」
「うーん、なんかそうじゃない気がするけど……。まー、有り得ないと言えなくもないかな」
ほのかの言い分にやや納得するエリカだが、どこか腑に落ちないと言いたげにモニターを見ていた。
それから間もなくして、第八高校のモノリス付近で戦端が開かれた。
開始からまだ五分も経っておらず、毎年試合を見に来ている雫は達也の移動スピードに驚きを隠せなかった。
達也が相手のディフェンスと鉢合わせするが、達也の動きに向こうはついていけない。それ故にあっさりと達也に抜かされた。
相手はすぐに背後を見せた達也に攻撃を仕掛ける。
しかし、達也はそれを
あっという間にモノリスの半径十メートル以内に入り、モノリスを開く。
「やった! モノリスが開いたわ!」
それを見たほのかは大喜びした。
「モノリスが開いたのに何故離脱するんだろう?」
雫の言う通り、達也は開いたモノリスに近づくことなく、再び樹々の中へと入っていった。
「いくらお兄様でも敵の妨害を前にして五百十二文字の打ち込みは難しいわ」
深雪の言う通り、達也は相手を無力化していない。今まで相手を無力化してからモノリスを開いていたのが当たり前だった雫はそのことに気付けず、少し恥ずかしかった。
「あれ?」
そんな中、美月は何かに気付いた。
「篝君は何処に行くんですか」
「えっ?」
雫は第一高校のモノリスが映っている画面を見てみると、そこには禅十郎がモノリスから離れている姿が映っていた。
達也が敵のモノリスを開いてから少しして、第八高校のオフェンスの一人が第一高校の陣に近づいていた。
今回取った作戦はオフェンス二人による左右からの挟撃である。ステージが自分達寄りであり、勝率は高いと考えていた。
(予定時刻通りなら、あと少しであいつも来るな)
この道程で幸運にも敵と会うことなく進行し、開けた場所が目に入り、近くの木に身を隠す。
そこから標的のモノリスを探すと、彼は自身の目を疑った。
(誰もいない……?)
罠かと一瞬訝しんだが、周りを見渡しても誰もいなかった。こちらより早く着いた味方が敵を誘い出したのだと思い、この好機を逃すまいとすぐさま行動に出た。
モノリスはがら空きであり、このまま距離を詰めれば確実に勝利できる。急遽代理選手を立てていたが、戦うこともなくこのまま快勝できると思った彼はモノリスだけを見てニヤリと笑みを浮かべた。
(あと少し!)
鍵の魔法式の射程範囲まであと数歩となり、彼は自分達の勝利だと思い込んでモノリスに意識を向ける。
その所為で普段であれば行っている周りへの警戒をこの選手はしておらず、背後からのゆっくり迫ってきていた存在に気付くこと出来なかった。
あと僅かの所で背後から強い衝撃が走る。
「がっ!」
体が言う事を聞かなくなり、足がもつれ、地面へと倒れ込む。あまりの衝撃の強さに意識が遠のいていく。
「気配消すの雑すぎだろうが」
最後にそんな言葉を最後に彼は意識を失った。
ぐったりと倒れている八高の選手を目にした禅十郎は何とも言えない微妙な顔を浮かべていた。
「うーん、マジかぁ。これ、烈爺もやってたのになぁ」
「やるわね」
エリカがモニターを見て素直な感想を口にした。
モニターには八高選手のヘルメットを手に持って樹々の中から出てきた禅十郎の姿が映っていた。彼はさも当然という態度であり、近くにヘルメットを置いて再びモノリスの前で仁王立ちしていた。
敵にヘルメットを取られた選手は競技行動が禁止されるルールであり、禅十郎に倒された八高の選手は試合続行不可能となってしまったのである。
「それにしてもよく相手の場所が分かったな。知覚系でも使ったのか?」
相手選手が第一高校の陣に辿り着く少し前、禅十郎は相手がやってくる方向を大きく迂回して、相手の背後に廻っていた。その後、相手がモノリスに意識を完全に向けた瞬間に一気に奇襲をかけ、昏倒させたのである。当然、『合法的な』体術を使ってだ。
「それもあるけど多分相手の気配を感じたんだと思う」
「気配って、どこの殺し屋よ、あいつ」
やや呆れ顔のエリカに何人かがクスリと笑った。
「でもよ、何で相手は背後からの存在に気付かなかったんだ? 見た感じ、あいつ普通に歩いてたよな」
レオの指摘した点には誰もが疑問に思ったことである。彼の言う通り、禅十郎は特に走ることもせず、森を散策するかのようにただ歩いていたのである。
音を出さないようにはしていたが、それでも相手に気付かれなかったのは奇妙なのだ。
「恐らくだけど九島閣下と同じことをしたんだと思うわ」
その疑問に答えたのは深雪だ。
「モノリスに意識を向けやすくする精神干渉魔法を使用していたんだと思うわ。程度の差はあっても大抵の魔法は使える禅君なら先日の九島閣下のような魔法も使えるはずよ」
禅十郎の魔法特性を知っている為、深雪の説明に納得して頷いた。
「とすると、ゆっくり歩いていたのは音を極力出さないことで相手がモノリスに集中しやすいようにする為ってところかな?」
エリカの予想に深雪は頷いて肯定する。
「わざと自陣から離れてモノリスが手薄になってるって相手に誤認させることで、モノリスに意識を向けやすくしたんだろうね。しかも近づけば更にモノリスに意識が向いて、魔法がより作用しやすくなる悪循環が起こることになるから相手選手は背後に禅がいる事に気付けなかったんだ」
何度も九校戦を見てきた雫の解説に彼の行動の理由に多くが納得した。
「ええ。それにしても実戦でここまで使えるのは流石としか言えないわ」
これまでの試合で禅十郎の魔法の使い方はかなりの工夫があった。
魔法技能と他の技能の組み合わせがこれほど効果的な成果を出していることは今年の九校戦の中で上位に入る程印象的なことだった。
『使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣る』
この試合を見ていた多くの選手達は魔法を道具と割り切った九島閣下の言葉を思い出した。その言葉を聞いていない者達も、禅十郎のやり方が自分達と何かが違うとうっすらと感じ始めていた。
それから数分後、相手選手を無力化した達也がコードを打ち込み、試合終了の合図が鳴り響き、決勝リーグ進出が決まった。
「さーて、飯だ飯だ!」
第二高校との試合にも勝利した後、休憩時間を利用して禅十郎は昼食を摂っていた。因みに支給された弁当では足りないので出店で更に買い足している。
達也も幹比古もそれぞれ自室で食事を摂っている頃だろう。
第三高校の試合はなんとしても見なければならない為、急ぎつつもしっかり休憩を取る為に出店の料理を味わう気でいた。因みに支給された弁当は冷めている為、魔法で温めている。禅十郎は魔法を道具と割り切っており、使い方にそれほど疑問を抱いていないのだ。
次々と目の前にある料理を味わっていると、視界の端に人影が見えた。
「相変わらずよく食べるね」
雫とほのかが昼食をもってここに来ていた。
「おう、二人共。昼飯か?」
「うん。良い?」
一緒に座っても良いかという意味だと理解した禅十郎は頷いた。
二人は向かい合うように座ると、昼食を取り始めた。
「それにしてもよく食べますね」
テーブルの上の料理の量を見てほのかは素直な気持ちを口にする。
「まぁな、日頃体を動かしてる所為か、しっかり食べないと調子が出なくてな。量は常人より多いがな」
「あっ、そこの自覚はあったんですね」
「それぐらいの違いは分かっているつもりだが?」
「非常識の塊なのに?」
「おい」
眉間に皺を寄せる禅十郎に対して雫は素知らぬ顔を浮かべてスルーした。
それから禅十郎はテーブルに並んでいた料理を苦も無く全部平らげた。
「ふー、食った食った。やっぱ体動かした後の飯は最高!」
禅十郎は満足げな顔を浮かべていた。
「篝君、その……本当に体は大丈夫なんですか?」
その様子を見ていたほのかは心配そうな顔をして尋ねた。
「その件に関しては言っただろ。ちょいと開発途中で公に出来ない治癒魔法を使用したって。その研究に俺の家が一枚噛んでてな。今回はちょいとそれを試させてもらっただけさ。治る確率は五分五分で俺はその治る五分を運良く引いただけだ」
禅十郎はそう言うが、ほのかはどうも腑に落ちない様子である。
「あの……前から聞きたかったんですけど、篝君はどうしてそこまで無理をするんですか?」
唐突なほのかの質問に禅十郎は怪訝な顔をした。
「どうしてって?」
禅十郎が不機嫌になったように見えた為、ほのかは慌てて首を横に振った。
「あの、別に悪い意味で言ってるんじゃないです!」
「分かってるよ」
彼女の慌てた反応が可笑しくてつい笑ってしまった。
ほのかも恥ずかしいのか少し顔が赤くなっていた。
「篝君がいつも一生懸命なのは分かるんですけど、今回はその……異常かなって。無理して試合に出なくても他の人に任せることは出来たと思うんです」
「昨日のアレを聞いてもそう思う?」
意地の悪い笑みを浮かべる禅十郎にほのかは戸惑った。昨日の代理選手に選ばれなかった新人戦の男子メンバーに対する達也の出場における説得で禅十郎が言った言葉を思い出し、ほのかは戸惑った。
「それは……」
「禅、ほのかを苛めたらダメだよ」
口ごもるほのかを見た雫が禅十郎を窘めると、彼は肩をすかして苦笑を浮かべた。
「ま、疑問に思うのも無理はねぇな。昨日も同じことを尋ねてきた奴もいたしな」
「誰?」
「三高の一色愛梨」
雫の質問に禅十郎はあっさりと答えた。
何故、三高の生徒とそんな話をしたのだろうかと二人は首を傾げた。
「ちょいと色々あってな。詳しいことは彼女の為に言わないでおく」
少々話が脱線してしまい、禅十郎は本題に入ることにした。
「周りからもよく言われるんだよ、それ。何でそこまで無理しようとするんだ、生き急ぐようなことをし続けるんだってな。酷い奴なんざ俺のことを狂ったマゾヒストなんて言いやがった。まぁ、アレには流石の俺も堪忍袋の緒が切れたな」
物凄くドス黒い笑みを浮かべる禅十郎にそんなことを口にした人物はどうなったのか想像に難くなかった。
「そんで本題の俺が時々無理する理由は、俺が納得できる選択をしたいからだな」
「納得できる選択……ですか?」
あまりにも単純な理由にほのかは首を傾げ、その反応に禅十郎は笑みを浮かべた。
「理由とか動機なんてのはな、単純な方が良いぞ」
「禅が単純すぎるだけじゃない?」
雫の辛辣な一言に禅十郎は軽快に笑った。
「今回はさ、俺の楽しみを事故程度で邪魔されてたまるかって思って出場しただけなんだ。だってよ、達也が出るんだぜ。絶対面白いことになるだろ? それに、来年も機会があるとは思えないしさ。折角面白いことが出来るチャンスなのにスルーするなんて勿体ない」
禅十郎は子供のように嬉しそうに話した。
自分の欲望に忠実なのは禅十郎らしいと二人は思った。
確かに達也のこれまでの功績を見てみれば、試合に出た時も何か驚くようなことをしてくれるのではないかという期待があり、彼の考えに二人は共感できた。
「後はそうだなぁ、後悔しても自分が納得する選択をするって言うのも大事だな」
「後悔してもですか? 後悔しない選択をするじゃなくて」
「後悔しない選択なんて存在しねぇよ。それは選んだ瞬間までだ。選んだ後には少なからず何処かで後悔する。いくら満足のいく選択をしても時間が経てば何でこんなことしたんだろうって思うだろ。例えば洋服の買い物とか」
「「うっ……」」
当時は買って満足していたが、今になってしてみれば何であんな買い物をしたんだろうかと思ってしまった経験は確かにあった。これだけでも十分説得力がある。
「ま、確かに後悔してない選択もあるだろうが、基本人間の選ぶ選択なんて全部が全部いい方向に行く訳じゃない。選んだ後に転落する可能性だってある。ならそうなっても自分が納得できる選択をした方が良いだろ? 自分は自分の信じたことを選択したって思えば、後で後悔しても立ち直れると思うんだ」
「……凄いですね。そこまで考えたことはなかったです」
「まぁ、ガキの頃から年寄り共と一緒に生活してると色んな話が聞けるんだよ。ま、基本的に戦争の話ばっかで血生臭いものばっかりだったが、物事を知ることは良いことなんじゃねぇの? 色んな話を聞けば嫌でも色々考えられることは増えるからな。ま、もうちょっと明るい話ぐらいあっても良いとは思ったけど……。今んとこ面白かったのは親戚の結婚騒動ぐらいだなぁ」
「うん。確かにあれは面白かった」
「雫も知ってるの?」
「昔、禅の叔父さんの婚約で一波乱あったんだけど、それがかなり面白かった」
「奇跡の連続だったもんな。そうそう起こるもんじゃないぜ、アレは」
「うん。凄くレアな事だと思う」
楽しそうに話している二人を見てほのかは少し羨ましそうな顔をしていた。
「まぁ、時間もあるし少しぐらい話しても……」
時計を見て三高の試合までまだ時間がある為、面白い話を聞かせようかと思ったが、禅十郎は口を閉じた。それから口を綻ばせ、不敵な笑みを浮かべて二人の背後に目を向けた。
「たくっ、漸く顔を見せやがったな」
禅十郎の視線が自分達の後ろに向けられているのに気づいたほのかと雫はそっと後ろを見た。
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです、お兄様」
そこに立っていたのは一人の少女だ。
「よう、そっちも元気そうじゃねぇか、千香」
軽い挨拶をしているはずなのに、何処か重苦しい雰囲気があった。
ほのかと雫がそれを感じたのにはある理由があった。
それは学校生活を送っているとほぼ毎日聞いている『お兄様』という言葉。
それを口にしているある少女は、兄をとても敬愛していた。
だが、目の前にいる千香という少女にはそれがない。
同じ『お兄様』でも何処か冷ややかで軽蔑しているような呼び方だと二人は感じたのであった。
如何でしたか?
やっと千香に会わせることが出来ました。
次回は第三高校との試合まで持っていけたら良いなと思っています。
更新は月に一話から二話ぐらいしか出来ないですが、頑張っていきます!
それでは今回はこれにて。