色々ありまして、更新に一か月以上間が空いてしまいました。
これから少しずつ更新を再開していく予定です。
ではお楽しみください。
2020/10/20:文章を修正しました。
競技場のモニターには禅十郎が倒れている姿が映っており、それを泉美と香澄は千景と千香と一緒に観客席で見ていた。
「そんな……」
泉美が画面に映る禅十郎を目にし、口に手を当てて驚愕する。
それは香澄も同じであり、第一高校でも屈指の近接戦闘の実力者である禅十郎が将輝の目の前で倒れていることに驚きを隠せずにいた。
「ドレッドノートの弱点に気付くとすればカーディナル・ジョージか。流石だな」
「千景さん、あれって弱点があるんですか?」
「当然だ……って、もう帰るのか?」
香澄の質問に答えようとしたが、千景は隣に座っていた男、宗士郎が立ち上がるのに気付いた。
「勝敗は決まった。最早見る価値はない」
興味が無くなったと顔に書いており、こんな試合を見るのは時間の無駄であると彼の態度が物語っていた。
「どうせすることがないんだから最後まで見ていけばいいじゃないか」
「先の展開が読める試合などこれ以上見たところで得る物はない。この先、余程のことがなければ目を見張るような展開にもならん」
「はいはい、分かった分かった。ネタバレすると白けるから静香さんの所にでも行けば」
誰からも止められることは無く、宗士郎は観客席から立ち去っていった。
千景は仕方ないなと困った顔をして彼を見送り、再びモニターに目を向ける。
「千景さん、あの人相変わらず何考えてるのか分からないんですけど」
「香澄ちゃん、そんなことを言ってはダメですよ」
「だってあの人、いっつも眉間にシワ寄せて、睨んだ眼をしてるから怖いんだもん」
確かに宗士郎は禅十郎以上の強面であり、泉美は香澄の言う事を反論できなかった。昔の話だが、初めて宗士郎と会った時、あまりの怖い顔に香澄が大泣きしたことがあった。その所為で数年間、所用で九州の篝家の本家に来ても宗士郎が彼女の前に顔を出すことはなかった。
「そこが良いんですよ。香澄ちゃんは分かってませんね」
そんな香澄の考えを真っ向から否定するのは千香だった。
「冷静に物事を見極めるあの眼差しと絶対的な強者足りえるあの風格はいつ見てもカッコいいじゃないですか」
「えー、なんでそうなるのさ」
まるで自分のことのように目を輝かせて自慢する千香の態度に香澄は若干引いた。
「千香も相変わらずだよね。あたしだったら宗士郎さんよりあいつの方がずっと接しやすいんだけど」
「あんないっつもへらへらしてるようなだらしない人の何処が良いんですか。そもそも、兄さまのように日々精進する態度も見せず、いつもちゃらんぽらんな態度ばかりして、師範代と言うならそれ相応の身の振り方というものがあるというのに……」
同じ兄でありながら、態度がここまで変わることに香澄はやれやれと溜息をついた。
「二人共、声が大きいですよ。まだ試合は終わってないんですから」
「でもさ宗士郎さんの言う通りでしょ。あいつがやられたらもう勝ち目ゼロだって」
泉美が二人を嗜めるが、香澄はもう一高の敗北は確定したと決めつけており、宗士郎の言う通りこれ以上見ても逆転するとは思っていなかった。
「それでも試合が終わるまで静かに見るのがマナーでしょう」
「それはそうなんだけどさぁ」
「ん? 二人は一体何の話をしてるんだ?」
千景が首を傾げて尋ねると、泉美と香澄は目を瞬かせて呆けた顔をする。
それとほぼ同じタイミングで、周りの観客たちがざわめきだした。
その所為で千景の言葉が聞こえなかったが、モニターよりも千景の言葉に意識を向けていた泉美は彼女の唇の動きで何を口にしたのかを大まかにに把握した。
『ぜんがあのていどでくたばるわけがないだろうが』
そう口にしているのだと分かると、すぐさま彼女もモニターに目を向けるのだった。
将輝は目の前の光景に目を疑った。
(何が……あった)
突然の事に彼は幻覚でも見ているのではないかと疑いたくなった。
彼の目に映っているのは、意識を失って倒れているチームメイトの坂田の姿だ。
禅十郎を倒した将輝は吉祥寺の援護に行くことにし、モノリスの防衛を坂田に任せていた。そのはずなのに、その彼が別れて数十秒もしない内に目の前で倒れている。
モノリスは将輝の後方にあるのに坂田が目の前にいる理由は単純だ。彼は吹き飛ばされたのだ。誰かの手によって将輝の目の前に。
そんなことが出来るのは位置的にたった一人しかいない。
それは有り得ないと将輝の頭が訴える。その人物はつい先程倒しているはずなのだ。
だが、彼の僅かな現実逃避は後方からモノリスが開かれる音によって呼び戻された。
(しまった!)
目の前の光景に意識を奪われてしまい、自分が今試合をしていることを忘れてしまっていた。
「あー、危なかった。もう少しで意識が飛ぶところだったぜ。あの野郎、こうなることを見越してるならもう少しまともなアドバイスを寄越せっての」
背後を振り向いた瞬間、将輝の視覚と聴覚に非常識が叩き込まれる。
(馬鹿なっ!?)
その驚きを口に出さないだけの冷静さが残っていたかは定かではないが、将輝が目にしたのは間違いなく試合中に最も驚愕する出来事であった。
あれだけの攻撃を受けて、平然と立っている彼の姿に将輝は気が動転してその場から動くことを忘れていた。
将輝が此方を見ている事に気付いた禅十郎は彼に目を向け、ニヤリと笑みを浮かべた。
「心配するな。こいつは保険だ。俺がお前に本当に負けた時のためのな」
競技中に対戦相手に話し掛けるという奇行をしてくる禅十郎に将輝は更に混乱する。自分達は試合をしているのではないかと指摘するべきか本気で悩んでしまった。
それを察したのか、禅十郎は呆れて溜息をついた。
「おいおい、まだ試合中だぜ? 良いのか、このままコードを打っちまうぞ?」
その一言で将輝は冷静さを完全に取り戻した。対戦相手に情けを掛けられた己の不甲斐なさに憤る代わりに、一気に闘志を再燃し、禅十郎にCADを付けた腕を向ける。
「そうだ。それでいい。さぁ、仕切り直しといこうぜ!」
ようやく相手が本気になったことに禅十郎は獰猛な笑みを浮かべるのだった。
来賓席にて、魔法社会の大物達がその試合を見ていた。
「あれはドレッドノートの『オリジナル』か。よく
試合開始直前に突如来賓席に現れた九島烈の隣には一人の老人が座っていた。
九島烈とは正反対に年不相応の屈強な肉体を持っており、筋肉達磨と表現しても差し支えないほどに筋骨隆々であった。彼こそ篝流近接格闘術の道場の師範であり、禅十郎の祖父でもある篝
「烈ちゃん、それは当然じゃわい。ワシらが直々に鍛えてやったんじゃ。一条の小僧なんぞの豆鉄砲程度でやられたりせんわ」
烈の言葉の意図を理解していたが、敢えて無視して自分の孫を自慢した。
ガハハと豪快に笑い声をあげる源十郎を目にし、二人の後ろで待機している大会委員の職員は困惑していた。
引退してもなお魔法社会への影響力が強い九島烈を気安くちゃん付けで呼ぶ源十郎が何者なのか知らないのである。軍や警察の関係者であれば、すぐさま分かるであろうが、残念ながら彼等はそのどちらとも縁が無かった。恐らく彼が現役時代の戦友だと言われても殆どの者が疑いの目を向けるだろう。
「にしても向こうも面白い対策を練ってきたの。まさかドレッドノートを知っとる学生がおった……いや、仁が三高の卒業生だったか。まぁ、勉強熱心な学生がいるのなら調べられるかの」
「優秀な若者が育っているのは嬉しいものだな。ただ、相変らず彼のあの悪癖だけは見過ごせん。あれ程奇襲を仕掛けるには最適なタイミングを態々見逃すとは……」
落第点だと教え子の愚行に不満げな顔でありながら、孫の慈しむような目をしている烈に源十郎は軽快に笑った。
「そこは諦めた方がええぞ。禅十郎にとって九校戦のどんな競技も所詮は試合じゃ。殺し合いではなくルールに則った試合になればああなるのは当然よ。とことん満足のいく戦いが出来る為なら、あいつはどんなことでもするわい」
「お前といい、孫達といい、揃いも揃って碌な性格をしておらんな」
「ガハハハッ! そう褒めても何も出やしないぞ」
バカでかい笑い声を上げる源十郎を横目に列は先程の試合の流れを思い出していた。
禅十郎と将輝との区切りがつく少し前まで二人は一進一退の勝負をしていたが、途中で流れが変わった。
将輝の波状攻撃にわずかな隙が生まれたのを見つけた禅十郎はそこから一気に加速して将輝の元へと駆け出した。
その距離わずか五十メートル。
将輝も再度迎撃するが、予測より速く縦横無尽に動く禅十郎に翻弄され、狙いが定まらなくなっていた。
「くっ!」
目標が自分だと分かっていても、魔法の発動する前に禅十郎が将輝に辿り着くのはあの速さを見れば明らかだった。
互いの距離が残り二十メートルを切った瞬間、将輝は後方にいる坂田に合図を送る。
その後わずか一瞬で残り数歩の所まで辿り着き、禅十郎は左手を構える。
彼の拳には障壁魔法が展開され、将輝へとその拳を叩き込もうとする。
だが、結果的にその拳が十分に届くことは無かった。
(なにっ!?)
違和感に気が付いたのは、拳を振るう直前に足を踏み込んだ時だった。唐突に足が地面に沈んだのである。まるで地面が一瞬で沼地になったように砂地が禅十郎の足を呑み込んだ。
禅十郎はこの魔法が将輝によるものではないと瞬時に理解する。彼の後方にいる坂田が汎用型CADを付けた手をこちらに向けているのがその証拠だ。
坂田が発動した地面の砂などの粒子状のものを水のように流動化する魔法『
「なろっ!」
それでも将輝との距離は拳が届く距離であることに変わりはなく、禅十郎は足が使えずとも腰を全力で捻って拳を突き出し、障壁魔法を纏った拳を将輝に叩きつけようとする。
その執念に驚いたが、将輝は禅十郎の足が地面に呑まれた直後に後方に下がっていた。当たることは無いと思っていたが、禅十郎の拳のリーチが予想以上に長く、その攻撃を腹部に受けてしまう。
(バカなっ!?)
幸い後方に移動したことが功を奏し、それほど大きなダメージを受けることは無かった。
「坂田!」
「分かってる!」
その瞬間、坂田は『粒子流動』の範囲を一気に広げ、禅十郎の両足を地面へと埋めた。
「このっ!」
禅十郎はすぐさま移動魔法で上空へ逃げようとしたが、両足が埋まった瞬間、坂田は『粒子流動』を解除した。
地面の流動性がなくなったことで、禅十郎は足が抜けなくなってしまい、上空に逃げることが出来なくなってしまう。
坂田の魔法はこれで終わらず、続けざまに坂田は埋まった禅十郎の脚ごと地面を移動魔法で高く持ち上げる。
同時に将輝は空中に持ち上げられた禅十郎に向けて全方位から圧縮空気弾を展開する。レギュレーションに違反しない程度の威力だが、その数は十六。一人に対して向けていい数ではないと誰もが思うだろう。
「悪いが手加減は無しだ」
過剰攻撃と思われるが、念には念を入れる。
「これで終わりだ」
坂田は禅十郎の脚が埋まっていた土を『粒子流動』で一気に払い落とすと同時に将輝の魔法が一斉に禅十郎に襲い掛かった。
圧縮された空気が一気に辺りに広がり、爆発音を響かせる。
空中で圧縮空気弾をもろに受けた禅十郎はどさりと地面に叩きつけられた。
動かなかった禅十郎を見た将輝と坂田は三高の勝利を確信した。
「坂田、後は任せる。残りは俺とジョージで十分だ」
「ああ、行ってこい」
坂田の短い返事を聞いた後、将輝は吉祥寺の元へと走り出す。
この僅かな時間、将輝と坂田は揃って禅十郎から目を離していた。それ故に二人はその変化に気付けなかった。
将輝が吉祥寺の元へと走っていくのを見送った坂田は、禅十郎の方に振り向いた瞬間、腹部に激痛が走った。
「かはっ!」
肺から空気が抜ける。
何が起こったか分からず、自分の脚が地面から離れ飛ばされる感覚だけが伝わる。
坂田は自分が空中に飛ばされているのだと気付いた。
強烈な衝撃で徐々に意識が遠のいていく。
坂田が最後に目にしたのは倒れながらも左手をこちらに向けている禅十郎の姿であった。
そして時は戻り、現在。
「さぁ、仕切り直しといこうぜ!」
過剰ともいえる攻撃を受けた禅十郎は何食わぬ顔で将輝の前に立ち塞がった。
それを見た瞬間、将輝は腕輪型のCADを操作して移動魔法による後退をしつつ、再度攻撃を開始した。
圧縮空気弾を連続で叩き込むが、それは無駄に終わった。
禅十郎の纏うドレッドノートがその攻撃をすべて防ぎ、掠り傷一つ与えることも許さない。
この時、将輝は焦った。
吉祥寺が禅十郎の使っている魔法がドレッドノートであることに気付いていた。その弱点である空中では衝撃を受け流せないという条件に持っていけば、確実に勝てると踏んでいた。
だが、それを禅十郎はやすやすと打ち砕いてみせた。
(どれほど手札を持っているんだこいつは!)
全方位からの攻撃を受けている禅十郎は全身にドレッドノートを展開しており、自己加速術式を発動できずにいたのがせめてもの救いだった。
しかし、このままでは埒が明かない。現に自己加速術式が使えないだけで、普通に動くことは可能なのだ。
どうすれば奴に勝てるという自問自答を将輝は繰り返す。物理攻撃が聞かないのであれば、放出系魔法で意識を奪うことも考えたが、既に一試合目で対応できることは確認済みである。兎に角、禅十郎の射程距離に入れば、こちらの敗北は濃厚である為に彼と距離を取ることを最優先に動いた。
坂田が意識を取り戻せば、彼の動きを止める方法がある為、こちらに勝機は出てくるが、目の前にいる男はそんな時間を与えるほど優しくはない。
鍛えた脚力だけで将輝との距離を縮めようと禅十郎は走る。
その姿を目にし、自分との距離が開いているを実感した将輝はいくら鍛えたとしても脚力だけの移動速度では移動魔法に勝つことは無いと当たり前の事に気付き、冷静さを取り戻していく。
(兎に角、アイツを吹き飛ばして態勢を立て直す!)
将輝は禅十郎をモノリスから遠ざけるように移動魔法で吹き飛ばした。これはあくまでも時間稼ぎだと理解している。あの程度吹き飛ばしたところで禅十郎ならばすぐに対応してくるだろう。
それ故に将輝は禅十郎が着地する周囲に圧縮空気による全方位型の空気爆弾を発生させる。
圧縮空気の攻撃が通らなくても、霧散した空気の流れまでは逆らえないことは先程のやり取りで確認しており、この特性で距離を稼ごうと動く。
案の定、爆風は効かないが、禅十郎との距離があと少し広がれば一気にこちらに軍配が上がる。全身にドレッドノートが掛かっている今ならば間髪入れずに全力集中砲火によって禅十郎を足止めできる。
ドレッドノートも無敵ではない。時間を掛ければ必ず想子切れを起こすはずだと将輝は自身の勝機を見出す。
そんなことを目論んでいるとあの爆発に晒されている中で、禅十郎は助走して飛び出し、唐突に急加速して草原を文字通り
(バカなっ!)
今までの自己加速術式とは異なり、まるでジェットエンジンでも積んでいるのかと言わんばかりの急加速だった。
折角広がった二人の距離が一気に短くなる。それも彼は一切に地面に足を突いておらず、地面を平行に飛んでいた。
その光景に将輝は驚愕する。
(まさか、飛行魔法!?)
それは一か月ほど前にFLTのトーラス・シルバーが発表した革新的な技術だと将輝は誤認した。禅十郎の移動はもっと単純なものだったが、彼の動きを見ればそう誤認する者も多いだろう。
将輝は咄嗟に自身に移動魔法を掛けて距離を取ろうとするが、無駄となった。
既に禅十郎は目と鼻の先まで急接近していた。
ならばと将輝は自身と禅十郎の間に圧縮空気爆弾を挟んだ。爆風で禅十郎の動きを阻み、自身は一気に後退しようと画策する。
だが、憶することもなく禅十郎は更に加速して爆風に突っ込んだ。
将輝は自分の目を疑った。どんな神経をしたら、爆発の中に突っ込もうという考えに至るというのか。
その問いに対する答えを求める暇などなく、禅十郎は爆風の中を突っ切ろうとする。
このままでは抜けてしまうと判断した将輝は即座に対物障壁を自身の前に発動させる。上手くいけば、勢い任せに飛んできた禅十郎の自滅を狙えると将輝はこの魔法を選択した。
案の定、爆風を破った禅十郎は殴る構えをしていた。
狙い通りだと思っていたが、禅十郎の拳の先に障壁魔法が無かったことに将輝は気付いた。素手で殴る気かと将輝は驚愕する。
やがて飛んできた禅十郎は将輝の数メートル手前で地面に足を着け、その勢いに任せて左拳を突き出す。
しかし、左拳を突き出した瞬間、禅十郎はその拳を開き、掌を将輝に見せつけて障壁魔法の数センチ手前で止まった。
僅か一瞬だけ、二人の間に静寂が訪れた。
禅十郎がニヤリと笑みを浮かべる。「耐えろよ?」とそんな言葉を発した気がした。
次の瞬間、禅十郎の掌から衝撃波が放たれた。衝撃波は将輝が展開した対物障壁に阻まれる。
近距離で高威力の攻撃に将輝はわずかに怯むが、自身の対物障壁がそれを阻んでおり、すぐさま無防備な禅十郎の背後に圧縮空気弾を叩き込もうとする。
だが、魔法を発動しようとした瞬間、将輝はあることに疑問を抱いた。それは禅十郎が放つ衝撃波の威力だ。障壁魔法で防いでいるが、かなりの威力であるのは間違いなく、これほどの魔法が放てるなら、何故不利になったときに使わなかったのか不思議に思った。
すると唐突に将輝は試合の前に吉祥寺から聞いた情報を思い出す。
―――――『ドレッドノート』は触れた物体の運動エネルギーを吸収して地面に受け流す魔法なんだ。
何故この時にこんな言葉を思い出すのだろうかと頭から消そうとする。
(いや、まさか……)
この時、将輝は気付いた。
自分の放った魔法による圧縮空気弾は間違いなく地面を凹ませるほどの威力だった。それほどの魔法をあの激しい攻防の中、どのタイミングで地面にエネルギーを流していたというのか。そして、将輝はこの二日間の試合映像で見てきたことを思い出したことと、坂田が吹き飛ばされた時期を思い出し、ある仮説を浮かび上げた。
もし運動エネルギーを流すのを時間差で行えるとしたら……。
もし地面以外にそのエネルギーを流すことが出来たとしたら……。
もし倒れた後から一度もドレッドノートを解除していなかったとしたら……。
この仮説が間違っていないとして、これまで何十発も叩き込んんだ圧縮空気弾の運動エネルギーの総合量は一体どれほどになるのだろうか。
それが頭をよぎった瞬間、将輝は目の前の禅十郎が浮かべている笑みが戦いを楽しんでいる者から腹の底で何かを画策し続けている者が浮かべている笑みに変わった気がした。
ゾクリと将輝の背中に冷たい汗が流れ、その仮説が間違っていないと確信する。
いくら将輝の対物障壁が強固でも圧縮空気弾、これまで叩き込んだ数十発分のエネルギーの塊を押さえきれるのかという懸念が彼の頭をよぎった。
(いや、凌いでみせる!)
だが、その恐れに将輝はすぐさま己を鼓舞して立ち向かう覚悟を決めた。
攻撃に転じることを止め、将輝は全力で禅十郎の衝撃波を防ぐことを決意する。
「うおぉぉぉああああっ!!!」
無意識に将輝は叫んだ。
この壁を崩してなるものかと。この勝負に負けるわけにはいかないという意地がそうさせる。
そして何より、この目の前の男に負けたくないという意地が将輝の闘志を増長させる。
「貫けぇぇぇぇぇぇっ!!!」
禅十郎も負けじと吠える。
久方ぶりに対峙した強者に勝利するために。
互いの勝利への執念が真っ向からぶつかり、二人の意思を乗せて魔法が互いの事象を打ち砕こうとする。
この拮抗した戦いの勝敗を分けるとするならば、魔法師としてどちらが優れているのかにかかっていた。
だが、魔法師としての実力として必要なことを挙げることは難しい。もし、ここで言えることがあるならば、二人の違いは魔法にどれだけ工夫がされているかだろう。
将輝はもう一つだけ『ドレッドノート』に対してある仮説を思いついていなかった。
『もし、吸収したエネルギー量を変化させることが出来るとしたら』
たったそれだけだった。それだけのことで、この勝敗は決したのである。
「なっ……」
将輝の対物障壁は禅十郎の一撃によって粉砕された。だが、対物障壁が破壊された後、衝撃波は将輝に襲い掛かることは無く、僅かな空気が彼の皮膚を撫でた。
ほぼ同時にドレッドノートで溜め込んだエネルギーが底をついたのだ。
将輝は反射的に直ぐに特化型CADを引き抜き、禅十郎へと向け圧縮空気弾で止めを刺そうと動いた。だが、魔法を発動しようとする直前、将輝の手からCADが消える。
刻印型術式で展開した障壁魔法による禅十郎の右拳が将輝のCADを叩き落したのである。
「しまっ……」
自身のCADが吹き飛ぶのを目で追いつつ、将輝は視界の端で禅十郎の左拳に障壁魔法が展開されるのを目にした。
「最高だった! またやろうぜ一条っ!!」
満面の笑みを浮かべ、障壁魔法を纏った拳による禅十郎の渾身の一撃が将輝の顔面に叩き込まれる。
一気に吹き飛ばされた将輝はそのまま意識を失った。
当たり所が良かったのか、将輝のヘルメットは吹き飛ばされている途中で脱げており、禅十郎は確実な勝利をもぎ取った。
そのまま達也に援護に回ろうと思っていると、唐突に足に力が入らなくなった。
(ああ、やっぱ無理しすぎたかぁ……)
成す術もなく禅十郎はそのまま地面に倒れ込んだ。
(でも、ま、アイツなら問題ないか)
後は任せようと禅十郎は仰向けになって空を見上げるのだった。
(将輝が負けた……)
将輝の敗北を目の当たりにし、吉祥寺は混乱していた。それは彼にとってそれは有り得ない光景だった。
禅十郎の対策は十分に取った筈だ。ドレッドノートを使っているのは初戦を見た後、過去の九校戦の試合映像の中に似たような魔法を使っている卒業生がいたことを思い出し、もう一度見直して、それが同じ魔法だと確信した。
当時、九校戦で三高の選手として出場していた荻原仁がディフェンスとして活躍しており、その圧倒的な防御力で誰一人として相手を近づけることは出来なかった。その中の手札の一つがドレッドノートであり、その弱点もインデックスや試合の過去データにも記載されていた。
だからこそ、坂田と将輝で当たらせれば確実に禅十郎を倒せると確信していた。
それが破られたことに驚きを隠しきれず、吉祥寺は達也の前で一瞬の隙を見せてしまう。
気付いた時には既に遅かった。
幹比古が『雷童子』を発動させ、吉祥寺に襲い掛かる。
それを『避雷針』で避けようとしたが、発動する直前に船酔いのような感覚を味わった。
それが何なのか吉祥寺は知っていた。達也の『共鳴』がそれを引き起こしているのだ。
今日の試合で同じ魔法を視ており、それほど強くはないと判断していた。
しかし、この絶妙な最悪のタイミングで使われたことで吉祥寺はなす術もなく、幹比古の『雷童子』を直撃し、第一高校の優勝が確定した。
観客席では、その瞬間を多くの人が目の当たりにした。
「勝った……のかな」
ほのかが自信がないように口にする。
「うん、勝ったよ」
それを雫は肯定し、第一高校の生徒達にとってそれが合図となり、勝利への歓声が一気に爆発した。
モノリス・コードの優勝に並び新人戦の優勝が決まった喜びは無秩序の叫びとなって会場一帯に響き渡る。
その優勝への立役者達が画面に映り込む。
今日の試合でチームとして多大な貢献を果たし、吉祥寺を撃破した達也と幹比古は互いの功績を称えるように握手をしていた。
一方、将輝を殴りつけた後、禅十郎は大の字になって空を見上げていた。それからゆっくりと立ち上がろうとするが、膝をついて下を向くだけでそれ以上は動かなかった。
完全回復していない状態であれ程の激戦を繰り広げていたことを唯一知っていた雫はどれだけ禅十郎が無茶をしていたのか理解していた。
雫が心配そうな顔を浮かべていることを目にした友人達は戸惑った。
ほぼ同じタイミングで。画面に映っても彼が立たないことに観客達の歓声が少しずつ小さくなっていく。
次第に戸惑いの声も上がり、禅十郎を心配する者も出てきた。
「禅……」
雫がそう呟くと深雪とほのか達はどんな言葉を掛ければいいのか戸惑った。
画面にも膝をついたままであることに気が付いた達也と幹比古は禅十郎の元へと駆けつける。
あと十メートルと言ったところで禅十郎が二人が近づいていることに気が付くと、二人に片手をかざして待ってくれと合図する。
困惑する幹比古を達也が制し、二人が立ち止まるのを確認すると禅十郎は膝に手を置いてゆっくりと立ち上がろうとする。
完全勝利を果たして、新人戦メンバーの統括役がこんな無様な姿で終わらせてなるものかという意地で禅十郎は体に力を込める。
ゆっくりと立ち上がった禅十郎は肩を上下に動かして、荒い深呼吸をする。
少し辺りを見渡し、カメラがどこにあるのかを確認すると、カメラの方へと体を向ける。
そして、禅十郎はゆっくりと高らかに拳を突き上げる。
その姿はまさしく勝者の姿そのものであった。
彼の威風堂々たる姿を目にした観客は再び勝利への歓声を上げ、惜しみない拍手が彼らの勝利を祝った。
流石に疲れた禅十郎は達也の肩を借りて、観客席まで歩いて行った。
拍手と激励の中に立たされた達也と幹比古は少々照れ臭い顔をしていた。
「達也、幹比古、なに照れてんだよ。勝者は堂々とするべきだろうが」
その中で照れるどころかそれが当たり前のように振る舞っている禅十郎は二人の背中をバンバン叩く。
「禅と比較すれば、今回の試合で俺と幹比古は大した活躍はしてないからな」
「それを言うんだったら、前の試合なんて暇すぎで立って寝てたぞ」
「寝てた!? しかも立ってだって!?」
驚くべき事実を聞いて幹比古は驚愕し、達也はやれやれと言った顔をしている。そんな気がしていたのだが、本当に試合中に寝ていたとはこの男の図太さには流石の達也も脱帽した。
「それにしても達也、何だよあのアドバイスは。最後の最後で気合でどうにかしろとか、お前らしくねぇぞ」
「挑発にしては随分と分かり易いと思ったから何かあるとは踏んでいたが、お前ならどうにか出来ると思った」
「滅茶苦茶大変だったぞ。お前、俺が『オリジナル』使ってなきゃ負け確定だったからな」
「正確には『オリジナル』の改良、いや改悪版だな。よくあんなものを使おうと考えたものだ。術式を改竄した人は相当良い性格をしているな」
「アレ、俺の二番目の兄貴がやったんだよ」
「ああ、篝の『狂人』か。噂は聞いている」
禅十郎は苦笑を浮かべて、溜息をついた。
「えー、達也にも知られてんの? 本当に何やってんだが、アイツは。それよか、やっぱりあのアドバイスは無いだろ。もう少し理屈を踏まえてのアドバイスをだな……」
「理屈をこねた策をやらせるよりも気合とか根性の方がお前の性に合ってると思っただけだ」
「俺はそこまで脳筋じゃね……いててて、やっばい治りきってない傷が開きそう……」
「だからもう少し加減をしておけと言ったんだ」
(『そこまで』ってことは自分が脳筋だって自覚してるんじゃ……。というかやっぱり治りきってなかったんだ)
禅十郎の非常識さをようやく実感した幹比古は達也が前に言っていた禅十郎と付き合うのは大変だという意味の真意を理解した。
あれ程動いて傷口が開きそうと軽い口調で言える彼の感覚は常人と一線を画すものなのだと思い、彼の非常識にどうやって慣れていくべきかとしばらくの間、頭を悩ませるのだった。
「ああ、そうだ。幹比古、アレ貸してくれ」
すると禅十郎は何かを思い出して、幹比古に何かを渡すようにジェスチャーする。幹比古は直ぐにそれが何なのかを理解し、ローブによって隠れていた物を禅十郎に手渡した。
それを受け取った禅十郎はそれを高らかに持ち上げる。
「レオー、借りといてなんだけど結局これ使わなかったわ、活躍させられなくてすまーん!」
その手にあったのは達也が暇潰しに作った『小通連』だ。
モノリス・コードが始まる前に、禅十郎は手数を増やす為にレオから『小通連』を借りていたのである。
幹比古がローブを使うのを見て、いざという時に相手の意表を突くという名目で『小通連』を預かっていてもらったのだが、結局、使うことは無かった
そこで禅十郎は面白半分に『小通連』を起動して持ち手と刃を分離させ、旗のようにぶんぶん振りまわす。
それを見ていた一高の生徒達は突然取り出した摩訶不思議なCADを見て、彼らから発せられた歓声が驚きの声へと変わる。達也の思惑通り、相手を驚かせることに成功するのだった。
如何でしたか?」
久しぶりに書いたので、こんな法則で大丈夫だっけと思いながら書きました。
今回出たドレッドノートの『オリジナル』については今後解説する予定です。
それでは今回はこれにて。