魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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どうもです。

年末までもうすぐ一週間を切ります。

さっさと大掃除するか……。

それではお楽しみください。

2020/10/21:文章を修正しました。


勘違いは更なる勘違いを生む

 九校戦も遂に十日目となり、モノリス・コード本戦が始まった。

 禅十郎もその試合を皆と観戦するつもりだったのだが、午前中に九島烈と会うことになり、そちらに顔を出していた。

 この場には祖父の源十郎も来ていた。

 

「呼び出してすまないな。君の事だから試合を直に見たいと思っていたのだろうが、引退したとはいえ私も時間を作れる余裕がまだ無いのだよ」

 

「老師からお茶に誘われて断れる人はそこの筋肉達磨ぐらいですよ。あ、饅頭頂きますね」

 

「ああ、好きなだけ食べていくと良い」

 

「うす! んー、うめぇ!」

 

 引退してなお魔法社会において高い影響力をもつ烈を目の前に呑気に茶菓子を口にする。そんなマイペース態度をとっている禅十郎の姿を見れば大抵の人は無礼な態度に卒倒するだろう。

 

「お前は少しは自重することを覚えたらどうなんじゃ」

 

 そんな光景を見た源十郎は呆れた顔をしている。

 

「だって、折角用意してくれたものを残す方が失礼じゃん」

 

「烈ちゃん相手に随分と図々しくなったもんじゃ。まったく誰に似たんじゃ」

 

 どう考えても源十郎だと烈は思ったが、わざわざ口にしなかった。

 

「実家に帰ったらその根性、崖から突き落として叩き直してやるわ」

 

「歳を考えろ。今のジジイじゃ、俺を持ち上げるのも無理だろうが。さっさと兄貴に師範の椅子を渡して隠居しろ」

 

「断る! わしゃあ死ぬまで現役じゃ!」

 

「じゃあ、地獄に落としてやるから墓の用意でもしてろ。大丈夫だ、年喰ってボケて崖から落ちて死んだことにしておくから」

 

「この孫、辛辣すぎるんじゃがっ!?」

 

「自業自得だ、クソ爺」

 

「何じゃと!」

 

 孫と祖父の口喧嘩を始めるが、九島老師はもう慣れている為にしばらくそれを静観することにした。

 というより、この二人の喧嘩は昔から見ていて飽きないのだ。喧しい家族の会話というものにあまり触れてこなかった九島老師には二人のやり取りが羨ましいものであった。

 

(私も彼のようにできるのだろうか……。まぁ、ここまでする気はないが)

 

 もう少しだけ彼らのように一番年下の孫と語らうのも悪くないかもしれない。『あの子』のことをきちんと理解してあげるように少しずつ話す機会を増やしていけば、彼のようにあの子も笑ってくれるかもしれない。烈はそんな淡い期待を抱いていた。

 

(いや、出来ないと思ってはいけないな……。挑戦することに年は関係ない、彼の言う通りであったな)

 

 目の前の家族喧嘩をしている二人を見ながら、烈は新たな試みをしてみようかと考えていた。

 

「大体、この間の『ドレッドノート』はなんじゃ! 前に見たヤツよりもひどくなっておるではないか。お前らまた好き勝手に改造しおったな!」

 

「より高い攻撃性に加えて新たに爆発的な加速も出来るように改造してもらったんだよ。文句あんのか、ジジイ。師範代なら好きにやって良いって言ったのそっちだろ」

 

「あんな危なっかしい移動が出来るように改造するなんて誰が思うか! 慣性制御の術式すら入れておらんじゃろう!」

 

「入れてるわけないじゃん。やってることはカウンター攻撃と同じだし、そもそもいらん」

 

「作り直せ馬鹿者! あんな危なっかしい方法で何も対策しておらんとは何事じゃ! 他の者が真似をしたらどうするんじゃ!」

 

「俺と兄貴用にチューンしてあるから問題ねぇよ。体がちょい軋むが、鍛えればどうにかなるだろ。大体、ドレッドノート自体欠陥品ってボロクソ言われてるじゃねぇか。使いたがる物好きなんてごく一部だっつうの」

 

「そういう問題ではないわ、この大たわけっ!」

 

 先程から怒ってばっかりいる源十郎に禅十郎はめんどくさいと言いたげな顔で適当にあしらっていた。

 

「別に使用方法が一つ増えただけだろ。見たろあの爆発的な加速をよ。初速の最高値は通常の自己加速術式より速いんだぞ」

 

「攻防一体の魔法がドレッドノートの売りなんじゃ! それ以外の使用方法なんぞ想定外じゃ!」

 

「移動も使える一石三鳥のお得魔法で良いじゃねぇか」

 

「せめて慣性制御できるようにせんかっ!」

 

「めんどくせぇよ。流石にヤバくなったら自分で折り合いつけてやるよ。流石にアホな調整はしてねぇよ」

 

「ああ言えばこう言いおって!」

 

「事実を言ったまでだ」

 

 ギャーギャーと言い合う二人を他所に烈は茶を口に含んだ。

 

(それにしてもこの兄弟たちはまた面白い発想をする)

 

 彼も魔法を道具であると懇親会にて披露したが、ここまで使用者を無視したピーキーな魔法を組むとは思いもしなかった。

 そもそも源十郎が良く口にする『オリジナル』のドレッドノートとは直接触れた物体の運動エネルギーを一瞬にしてゼロにして一時的に吸収し、その後、吸収したエネルギーを触れたものに付与する魔法だ。

 それはどこにいても作用することができ、空中に飛ばされたら使えないというデメリットすらない。精々キャパシティがある程度だが、最近の研究でかなりの容量を処理できるようになっている。

 但し、ほとんどが近接戦闘でないと効果を発揮しない為、使用条件は体術を使えると言う使用者が限定される代物ではある。

 それを誰でも使えるようにしたのが現在インデックスに記載されている『劣化版ドレッドノート』なのだ。

 そうさせた最たる理由は物体に直接触れるという行為そのものにあった。高速移動する物体に触れること自体危険なのだが、そもそもこの魔法はその身を挺して人間を守れという、魔法師を道具と認識していた時代に作り上げられた忌むべき魔法なのである。

 魔法師を道具であることを象徴しているこの魔法は現代魔法社会には不要なものであり、欠陥品として広めることで今では使用することを避けられるようになってきた。

 しかし、魔法師ではなく魔法を道具とするならばこの魔法を別の形にすることは出来ないだろうかと源十郎は考え、道場の師範代と一部の者達だけにオリジナルの術式を渡して新たな使用法を模索するようにしたのだ。

 その結果、三兄弟が暴走してオリジナルよりも別の意味で酷い魔法を作り上げてしまった。ついこの間まで、吸収したエネルギーを何倍にもしてより強力な攻撃を放てるように改造している程度だった。そこまでならまだいい。使用範囲が広がるのだから、真っ当な改造だろう。

 だが、目を離すと今度は倍増させたエネルギーを利用して、使用者に直接付与させて高速移動するという想定外の使い方をしてきたのである。

 普通に考えれば、一人の人間を外部の力だけで飛ばすにはそれなりの力が必要であり、それが地面と平行に滑空するほどの威力にした場合、慣性制御を一切していなければ体に掛かるGが大きすぎて、下手をすれば意識を失い、体が二度と使い物にならないほどに壊れてしまう恐れがあった。

 だが、この男達は最小限の魔法でカバーをするだけで後はほぼ肉体任せで使っているのである。

 これには流石の源十郎も頭を抱えた。

 下手をすれば体がバラバラになってもおかしくない危険な代物であり、一つでも間違えれば死にかねないのだ。

 しかし、この三兄弟がそんな馬鹿なことを考えたのはそもそも源十郎の所為であるのだが、当の本人は全く自覚がない。なんともはた迷惑な一族である。

 そんな危険な発想を抜きにしても彼らの工夫は面白いと烈は二人の喧嘩を無視してそう思った。

 魔法をどう使うか考えるよう促したが、あの三兄弟はとことん魔法を道具として認識してきたがために、予想以上に様々な用途を思いついていた。今回の禅十郎の試合でもそうだが、別の視点から切り込んだ使い方をしているだけで、冷静に考えれば思いつかなかった方がおかしいと思えるほどだった。

 この先、どのように新たな工夫を生み出すのか楽しみでありながら、これまでの成果を見てもう少し若ければ一緒に色々と無茶な事をしたり、長く彼等の発想を見れたのだろうと少々年老いた自分を少々恨んだ。

 

(さてさて、君達はこれからどんな道を歩んでいくのやら……)

 

「兎に角、アレを公表するんじゃないぞ! 絶対にだ! 良いな!」

 

「うっせ、俺の勝手だ。止めたきゃ力ずくで止めてみろ」

 

「なんじゃとぉぉぉっ!」

 

 しばらく戦友と教え子の喧嘩は治まることは無かったが、それでも有意義な時間は過ごすことが出来た烈であった。

 

 

 

 

 

 

 

 九島烈と時間ギリギリまで話していた禅十郎は達也達と合流して決勝トーナメントを観戦していた。

 これから始まるのは九高対一高の試合であり、対戦校からしてみれば新人戦の雪辱戦とも言えるだろう。随分と気合の入っている九高に対し、我らが一高の選手は普段と変わらない雰囲気で試合開始の合図を待っていた。

 

「俺達とは安心感と言うか……格が違うよな」

 

 その言葉には深雪が猛反発した。勝利に不安を感じることは無かったと堂々と口にする。

 

「でもまぁ、即席メンバーでよく勝てたよなぁってのが素直な感想だよな」

 

「九校との試合で立ち寝してたくせによく言うわよ」

 

 そんな禅十郎の呟きにエリカが突っ込みをいれる。

 

「なんだ、気付いてたのか?」

 

 他の者の顔を見てみると全員が知っているという反応だった。

 実際にはエリカが立ち寝していることに気付き、昨日達也に聞いて確認を取ったことで皆に広がったのである。

 

「あんた、そうやって余裕かましてると何時か痛い目を見るわよ」

 

 割とキツイ当たりをしてくるエリカにほのか達は困惑する中、禅十郎は軽く笑みを浮かべる。

 

「心配しなくても、それぐらい分かってるさ」

 

「どうだか? そうやって自己満足の戦い方してるからうちの兄貴にも勝てないのよ」

 

 ジト目でつっけんどんな態度を取るエリカに対し、禅十郎は飄々としていた。

 

「たとえ全力でも今の俺じゃ、あの人に勝てねぇよ。そもそもアニキを倒せなきゃ互角に渡り合う事も出来ないって」

 

「……あんた、自分の力を正確に捉えてないんじゃない?」

 

「道場の中で俺が十番代ってのは理解しているつもりだ。それに数回拳を交えたら、彼我の実力差も大体わかる」

 

 そう答える禅十郎にエリカはやや不満げな顔を浮かべる。

 

「そういうことを言ってるんじゃないわよ。ったく、なんでこんな奴に……」

 

 もう諦めたと言わんばかりに溜息をつくエリカに周りの友人達は首を傾げる。

 昔何かあったというわけではないはずなのに、何故彼女が禅十郎に対して厳しく当たるのかが分からないまま、試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 モノリス・コード決勝戦は一高対三高となり、開始まで時間に余裕があった禅十郎は飲み物を買いに行くことにした。

 

「先輩、何してるんですか?」

 

 その途中、真由美が一人でいるのを見つけると、禅十郎は声を掛ける。

 真由美は一瞬だけ何処か気まずい顔をしていたが、直ぐにいつもの顔になっていた。

 

「決勝戦の場所が決まったから十文字君に教えに行ってたの」

 

「それぐらい後輩に行かせりゃ良いの……。あー、成程、そういう事か」

 

 一人で納得する禅十郎に真由美はキョトンとする。

 

「先輩が会頭と二人だけで会うとしたら『それ』ぐらいですよね?」

 

 その一言に真由美は何か思い当たることがあり、彼女の顔は唐突に赤く染まった。年頃の少女が同世代の少年と二人っきりで会う理由として最も考えられるのは今の真由美には一つしか思いつかなかったからだ。

 

「禅君、それは誤解よ! 全然違うから!」

 

 慌てて訂正しようとする真由美に禅十郎は首を傾げる。

 

「誤解って何の事ですか?」

 

 禅十郎のこの発言は冷静さが抜けた真由美にはとぼけているようにしか見えなかった。

 

「だから本当に違うの!」

 

 真由美は禅十郎に詰め寄って、必死に解く必要のない誤解を解こうとする。

 

「先輩、まずは落ち着きましょ……」

 

「コラーっ! 何してんのよ、このヘンタイヤローっ!」

 

 禅十郎は両手を軽く上げて落ち着くようジェスチャーするが、まったく効果がなく、噛み合っているようで噛み合っていない会話をしていると、一人の少女の声が横から遮る。

 実は二人の今の状況を途中から見ると、禅十郎が真由美の肩を掴み、抱き寄せようとしているように見えるのである。

 その光景を目にして看過できない人物が彼等に接近していた。

 

「香澄ちゃんっ!?」

 

 真由美は妹の香澄が全速力でこちらに走ってきていることに驚いていた。

 このままだと彼女が自分に直撃すると予測した禅十郎はとっさに一歩後ろに後退する。

 その直後、香澄は禅十郎と真由美の間に割って入り、真由美を庇うように禅十郎の前に立った。

 

「お姉ちゃんに手を出すな、このヘンタイ!」

 

 今にでも唸り声を上げそうな顔である香澄に禅十郎は眉間に皺を寄せた。

 

「人聞きが悪いな。俺は何もしてないぞ」

 

「嘘だ! だって今さっきお姉ちゃんを抱きしめようとしてたじゃないか!」

 

「抱き……香澄ちゃん、それは誤解よっ!?」

 

 『抱きしめる』という言葉に何故か普段の三割増しに真由美は反応した。

 

「お姉ちゃん、何でこんな奴の肩を持つの! こんなケダモノに!」

 

 妹の勘違いを解こうとしたが、お姉ちゃん大好きのこの妹は聞く耳持たない。

 

「ったく、お前は昔っから狭い視野で見たものしか信じねぇから変な誤解をするんだ。こんな人通りの多い所でそんな事するかよ」

 

 確かに禅十郎達がいる場所は人通りが多いところであり、騒ぎを起こすと目立ってしまうのは明白だった。

 

「じゃあ人通りの少ない所ならやるんだろ。やっぱりケダモノだ!」

 

「ったく、お前は……」

 

 ああ言えばこう言う香澄に禅十郎は溜息をついた。

 一方、真由美は何故か『人通りの少ない所で』と小さく口にし、ほんのり顔を赤くしていた。何かあったのだろうかと思ったが、目の前の香澄がワーワー騒いでおり、彼女に尋ねるのは断念した。

 

「あのな、そうやって姉ちゃんを守ってるつもりでいるけどよ、もし先輩が誰かの事が好きになった時、本人の意思を無視して仲を裂いてもいいのか?」

 

「あんた以外なら別に良いわよ!!」

 

(いやいや、ないないない)

 

 心の底から自分以外は問題無しと言う訳がないと禅十郎は断言した。

 香澄は以前から姉に近づく異性に対して反抗的だった。その中でも禅十郎は特に当たりが強い。理由があるとすれば、それは親族を除いて最も真由美に近しい異性であると言う事だろう。幼少からの付き合いで、真由美からの信頼も厚い彼には対抗心を燃やしており、絶対に負けたくないのである。故に禅十郎と言い合いになると感情的になりやすいのだ。

 

「絶対あんたなんかにお姉ちゃんはやらないから!」

 

「先輩は香澄ちゃんの姉ちゃんであって、香澄ちゃんのモノじゃないだろ?」

 

「そんなの言われなくても分かってるよ! でも絶対あんたはダメ!! あんたみたいなガサツで、体力しか取り柄が無くて、大食いで、自分勝手な非常識の塊になんてお姉ちゃんに相応しくない!!」

 

「ふーん」

 

 本人を前にしてそこまで列挙する香澄だが、当の本人はあまり精神的ダメージは受けなかった。

 軽く受け流す禅十郎に香澄の神経が逆撫でされ、理性のタガが外れかけていた。

 

「で、本当の理由は?」

 

「それはあんだが……あっ……」

 

 香澄は自分が何を口にしようとしていたのかを気付いて口をつぐんだ。

 適当に流している態度を取って相手を怒らせ、感情的になったところで口を割らせようという禅十郎の手口は不発に終わった。

 

「と、兎に角、あんたみたいな女の敵のケダモノ野郎には絶対にお姉ちゃんは渡さないから!!」

 

「……めんどくせー。香澄ちゃんさぁ、そういうことしてると碌な目に合わねぇぞ」

 

「何言われようが、あんただけは絶対ダメったらダメ!」

 

「あー、はいはい」

 

 完全に適当にあしらう気満々になった禅十郎に香澄は更にムキになった。

 

「大体、あんたは……」

 

「香澄ちゃん、いい加減にしなさい!」

 

 先程まで赤面してフリーズしていた真由美は香澄が騒いだおかげで冷静さを取り戻し、彼女の頭に拳骨を落とした。

 真由美が人を殴るところを見るのは随分久しぶりだなぁ、と禅十郎は場違いな感想を抱いた。

 

「少しは落ち着いて人と話が出来ないの!?」

 

「だって、そのケダモノが……」

 

「だってじゃありません! それに人をこいつとかあんたとかケダモノ呼ばわりするなんてダメでしょ!」

 

「でも……」

 

「……」

 

 真由美の無言の圧力に香澄は圧倒され、これ以上反論することは出来なかった。

 

「……はい」

 

 真由美が本気で怒っているのを理解したのか、香澄は少しずつ縮こまっていく。

 

(やっぱなぁ、ちゃんとお姉ちゃんやってんだ)

 

 軽く相槌を打ってそんな感想を抱いていると、真由美はこちらに視線を向けてきた。それに対して禅十郎は眉を顰めるくらいで、真由美は一瞬だけ不機嫌な顔を浮かべて直ぐに怒った表情で香澄の方へと視線を戻す。

 

「禅君は年下の子だけには優しいから何言われても笑って済ませることが多いけど、だからと言って何でも言って良い訳ないでしょ」

 

 声を張り上げることはしなくとも、強い口調である真由美に香澄は顔を強張らせた。

 

「先輩、その言い方だと俺ってロリコンかショタコンになりません? 別に年下だけ優しい訳じゃないんですけど」

 

「禅君は少し黙ってなさい」

 

「……へーい」

 

 茶々を入れたことに真由美は不機嫌になり、禅十郎は余計な事はしばらく口にしないようにした。

 

「香澄ちゃん、どうして禅君にはそう酷いことばかり言うの? 彼が昔あなたに何かした?」

 

「……してない。けど……」

 

「けど?」

 

「……やっぱ言いたくない」

 

 そっぽを向く香澄に真由美はムッとした。

 

「香澄ちゃん、あなたね」

 

「まぁまぁ、そろそろ良いんじゃないですか、先輩。ここでそんな話をするもんじゃないですよ。それに怒られて流石に言い過ぎたことは反省してるようですから」

 

 問い詰めようとする真由美に禅十郎は待ったをかけた。

 

「俺は別に気にしてませんよ。ぶっちゃけ事実ですし」

 

「禅君……。分かったわ。でも、香澄ちゃん、ちゃんと禅君に謝りなさい。今日のところはそれで許してあげます」

 

 渋々納得した真由美だったが、最低でも今回の非礼は詫びるように香澄に言った。

 内心は禅十郎に助けられたことが少々屈辱なのであるが、香澄は禅十郎を罵倒したことを謝罪してこの場を立ち去った。

 香澄が見えなくなると残った真由美は禅十郎に頭を下げた。

 

「本当にごめんなさい、禅君。あの子、普段はあんなに誰かを悪く言わないんだけど……」

 

「気にしませんよ。そもそも周りから人外扱いされてれば、あの程度の罵倒なんて可愛いもんですよ。それに、このまま長引かせると泉美ちゃんをいつまでも待たせることになっちゃうんで」

 

「え、いたの?」

 

「ええ、物陰に隠れてこっちを見てましたよ」

 

 真由美が香澄の説教をしている光景を見ているうちに禅十郎は先程から泉美の姿が見えないことに違和感を覚えた。

 視線だけきょろきょろとしていると、物陰に隠れてこちらを見ている彼女を発見した。どうやら真由美が怒った所為で完全に出るタイミングを逃したようである。

 禅十郎が自分を見ていることに気付いた泉美は両手を合わせて、懇願するジェスチャーをした為、禅十郎は説教を中断させたのである。

 そう説明して真由美は納得すると、何かを思い出して不満げな顔を浮かべていた。

 

「そう言えば禅君、さっきすごく失礼な事を考えてたでしょ」

 

「ん? よく分かりましたね」

 

 禅十郎は隠す気もなく正直に答えると、真由美はかわいらしく頬を膨らます。

 

「ふーん、どうせ私は姉らしくありませんよー」

 

 そこまで的確に予想しているとなると流石の禅十郎も舌を巻いた。

 

「そうでもないですよ。久方ぶりに先輩がお姉さんなんだなぁって感じましたし」

 

「じゃあ、今までは?」

 

「……それよりも先輩、さっきは俺が何を誤解してるって思ったんですか?」

 

 肩をすかして唐突の話題変換に真由美はジト目でこちらを見つめる。

 

「禅くーん、今の間は何かな?」

 

 真由美が詰め寄ると形勢不利なはずの禅十郎がいやらしい笑みを浮かべていた。

 

「ははは、先輩が俺に何を誤解していると思っていたのか教えてくれれば答えますよ。そもそもあの原因を作ったのは先輩ですし。俺はただ十師族として二人で話すことがあるんだと納得してただけなんですが……」

 

「……えっ?」

 

 真由美はその言葉を聞いて、さっきまで自分が勝手に変な解釈をしていたことに気付かされた。

 

「もしかして禅君、気付いてる?」

 

 そう言うと禅十郎は今度こそとぼけた顔をして首を傾げる。

 

「えっ、何の事ですか?」

 

 真由美は自分がとんでもない勘違いをしており、どんなことを考えていたのか禅十郎が気付いていると確信した。自分が勝手に自爆したことに真由美は恥ずかしくて顔から湯気が出そうだった。

 

「で、先輩は何を勘違いしたんですか?」

 

「あ、アレは……ち、ちが……」

 

 あまりの恥ずかしさに上手く喋れない。間違いなくここ数年一番の失態だと言えることである為に動揺を隠しきれず、真由美は再び冷静さを失っていた。

 

「あー。そういえば、香澄がワーワー騒いでる時にも顔を赤くしてましたけど、どうしたんですか?」

 

 禅十郎のその問いに、真由美は目を見開いて硬直した。

 

「あれ……? えーっと……先輩?」

 

 みるみる顔が赤くなり、明らかに様子がおかしいことに禅十郎は首を傾げる。

 

「ぜ……」

 

「ぜ?」

 

「禅君の……禅君のバカーっ!!!!」

 

 唐突に叫ぶ真由美に禅十郎は呆気にとられ、真由美は彼から逃げるように全速力で立ち去っていった。

 

「……俺、何かしたか?」

 

 先程まで真由美が過剰に反応したワードを組み合わせても、特に思いつく出来事は無かった。

 

「『抱き着く』のは小さい時は良くしてたけど、ここ数年なかったと思うが? うーん……まぁ、良いか」

 

 だが、それから後夜祭が始まるまで真由美は碌に禅十郎と顔を合わせようとせず、避けられていることに若干傷つくことになる。

 なお、モノリス・コード決勝戦は第一高校の勝利に終わり、九校戦は第一高校の優勝で幕を閉じた。




如何でしたか?

次回は後夜祭に入ります。

ようやくここまで来れました。

この作品の九校戦始めたの何時だろうと確認してみると、一年以上前ですね(笑)。

何してんだ、昔の俺。

と言う訳で、九校戦もあと数話で終われば良いかなと思っています。

その後は少々幕間とオリジナルを挟んでから、横浜騒乱編に入ろうと思っています。

では今回はこれにて。

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