漸く閉会式に入りますが、数話程やる予定です。
それではお楽しみください。
2020/10/21:文章を修正しました。
九校戦の閉会式は何事も無く終了し、後夜祭合同パーティが開かれた。
懇親会とは違い、今では和やかな雰囲気に包まれ、他校の生徒達が交流を深める良い機会の場となっていた。他校の生徒同士が互いの奮闘を讃え合ったり、談笑したり、少し勇気を出している人がそこら中にいる。
そんな光景を目にしつつ、禅十郎は雫と話をしていた。
「九校戦もこれで終わりかぁ。案外あっという間だったな。で、実際に出てみてどうだった?」
「すごく楽しかった。試合をやるのも見るのも両方やれて充実した」
「そいつは良かったな。俺も世界の広さをまた実感したし、公式戦ってのは案外いいもんだな」
禅十郎はこれまで公式で競技に参加したことは一度もなかった。それ故に体術から離れて別の競技で競うことへの面白さを改めて実感した。それを感じる余韻は無かった時もあったが、それでも十分だった。
「一条選手との試合はどうだった?」
この質問に対して、禅十郎はかなり渋い顔をしていた。
「あー、正直言うとあいつの全力を味わえなかった気がするから勝った気になれねぇな」
「出た、禅の戦闘欲求不満症候群」
変な病気の持ち主のような扱いに禅十郎は軽快に笑った。
「実戦だったら俺とあいつの相性最悪なのは事実だしな。その上、奇をてらった策に対する判断が覚束ない様子だった。そこを補えばあの勝負の流れは大きく変わっただろうな」
禅十郎の分析に雫は一理あるかもしれないと思った。将輝の戦術は禅十郎と異なり物量で相手を圧倒していた。
雫から見ても魔法師としての才能なら禅十郎は将輝には及ばないが、戦闘技術は禅十郎の方が数段上手だった。そう考えればあの試合の結果は納得がいくものだった。
「でも、あれだけ攻撃を受けて平然としてる方がおかしい。一条選手の反応が普通だね」
しかし、それを差し引いても彼の非常識さは一切薄まることは無かった。
「禅はもう少し一般的な高校生男子の思考を持つべきだと思う」
「俺は一般的じゃないってか」
「うん」
即答する雫に禅十郎は苦笑を浮かべ、この話題はこれっきりにした。
「ああそうだ、ちょっくら他校の奴と話でもしてくるけど、雫ちゃんも行くか?」
「三高にも行く?」
「ああ。ちょっと話したい奴もいるし」
「じゃあ行く」
それから二人は先輩も含め数人と一緒に行ったり別れたりしながら、他校との談話を楽しんだ。
その最中、禅十郎は雫より他校から話しかけられる割合が少なかった。試合であれほど前代未聞とも呼べる行動をし続ければ仕方のない事かもしれない。
学生から話し掛けられることは少なかったが、基地の関係者は積極的に話しかてきた為、合計人数は雫とほぼ同じくらいだった。中には道場の門下生もおり、師範代になった禅十郎にお祝いの挨拶をする者もいた。現役の魔法師から頭を下げられる光景に周りの生徒達はかなり驚いていた。
それから御偉い方が退出すると、管弦の生演奏が流れ始め、交流を深めた男女が真ん中で踊り始めた。
「それにしても雫ちゃんもそうだが深雪ちゃんも本当に人気者だよな」
移動していると、深雪が他校の人達に囲まれている所を目にした。
その中には一条も入っており、後で冷やかしに行こうと禅十郎はいやらしい笑みを浮かべた。
「でも、あの様子だと誰もダンスに誘えてなさそう」
「さっきまで大会主催者とかこの基地の高官に囲まれてたからな。仕方ないと言えば仕方ないさ」
「ふーん。そういう禅は踊らないの? この日の為に為にお母さんとお姉さん達に扱かれたんでしょ」
「……毎回思うんだが、何で俺の家庭事情を把握してんのさ」
「前泊まりに行った時にお母さんが『身体能力は高い癖にダンスになるとヘタレになって困ったものよね』って愚痴にしてるのを聞いたから」
自分の母の口の軽さに禅十郎は忌々しそうな顔をする。
「あんにゃろう……」
「それで踊るの?」
少々食い付いてくることに禅十郎は心の中で首を傾げたが、直ぐに考えることを止めた。
「どうせやらなかったらやらなかったで後で五月蠅いからな。誰か誘おうかとは思ってる」
「ヘタレなのに出来るの?」
「下手な誘いをしなければ……多分な」
普段は自信満々のくせに今回はやや自身がなさそうである。
「……そう。じゃあ……」
「北山さん」
私と、そんな様子の禅十郎に雫は助け船を出す前にタイミング悪く邪魔者が入ってきた。
雫は少々ムッとなったが、表情の変化が乏しい彼女の気持ちを話しかけた十七夜栞は察することが出来なかった。
二人の元にやってきたのは栞だけでなく一色愛梨や四十九院沓子など三高のメンバーが数名ほど一緒に居た。沓子は何か勘付いているようで少々バツの悪い顔を浮かべており、栞の後ろから雫に向けて両手を合わせて詫びていた。
「よう、お三方。先日はどうも」
予想以上に親しげに話す禅十郎に雫は少しだけ驚いた。
「なんのなんの、困った時はお互い様じゃよ」
「私は特に何もしていませんわ。沓子を手伝っただけですし、感謝されるほどではありません」
「愛梨よ、感謝の言葉は素直に受け止めるべきじゃろう。ま、愛梨はツンデレじゃからのう」
「誰がツンデレですかっ!?」
「あー、確かに一色さん、ツンデレ属性があると思ってたんだよ」
「おー、流石は禅じゃ。愛梨の性格を読むとはやりおるな。正直、儂も愛梨はもう少し素直になればよいと思っておっるんじゃがのう。中々どうして堅物でのう」
禅十郎の意見に沓子はうんうんと頷き、それを見た愛梨はやや顔を赤くする。
「あー、分かるわー。こう言う子って周りに甘えたくてもやり方が分からないことが多いんだよなぁ」
「愛梨はそう言う経験が少ないからのう」
「あ、あなた達ねぇ……」
禅十郎と沓子に揶揄われる愛梨はわなわなと肩を震わせる。声を荒げたりしなかったのは流石お嬢様と言うべきだろう。
愛梨が沓子以外で揶揄われている姿を見て三高のメンバーは揃って驚愕していた。その中で先輩らしき女子生徒は何処か興味深げに彼女を見て、にやりと笑みを浮かべている。
その一方、雫と栞は徐々に蚊帳の外に立たされつつあった。
栞が話しかけたのに会話の真ん中に立つことは無かったが、二人だけで話をするので十分だった。
「四十九院さん、禅と随分打ち解けてるね」
「沓子は新人戦の選手の中で最も彼に興味を抱いていたようですから。大会中、何度か話したこともあったそうですよ」
「ふーん」
どこか不服そうな声色だが、残念ながら表情に変化がない為、栞は彼女の態度の変化に気付けなった。
「そう言えば、禅がさっき言ってたのってどういう事なんですか?」
「先日の事なのですが……」
隠すことでも無い為、栞は雫に禅十郎と何があったのかを語り始めた。
新人戦のモノリス・コードで事故があった日。
競技がすべて終了して殆どの生徒達がホテルに戻っていた。
「新人戦は明日で終わりなんじゃなぁ。あっという間じゃったが楽しかったのう」
今後について話し合いが終わった愛梨達三人は部屋に戻ろうとしていた。
「ええ。でも、まだ終わってないわ」
「栞の言う通りよ。まだ本戦が残っているわ。いくら試合が終わったとしても緩んだ気持ちは周りにも影響を及ぼすわよ」
「愛梨は大袈裟じゃのう。せめて競技が終わった後くらいは大目に見ても罰は当たらんじゃろ。それに新人戦は三高の優勝間違い無しじゃしな」
第一高校の選手が不慮の事故により出場が出来なくなってしまったことには衝撃を受けた。不謹慎だが、最大の障壁が無くなった三高にとってモノリス・コードの優勝と新人戦の優勝は確実のものとなった。それ故に彼女の言い分にも一理あると、愛梨は諦めることにした。
「でも、今にしてみれば今年の九校戦は少し変ね」
「変って何が?」
「一高が事故に遭う頻度が多すぎるんじゃろ」
栞も今日までの事を思い出してみると、確かに妙だと言わざるを得ないことが一高に起こっていた。
移動中に交通事故に遭い、メンバーが大怪我になりそうだった。本戦で七高のミスによる事故によって摩利が出場できなくなった。その上、今日のモノリス・コードでの選手全員が怪我を負う事故が起こった。
「ほとんど三高が勝利するかで戦況が変わるタイミングばかりじゃ。正直、ここまで来ると運ではない気がしてならんのじゃよ」
これがただの偶然だったら良かったのだが、あの沓子がこの一連の事故に関して胸騒ぎがすると口にしている。そんな彼女の言葉を愛梨は無視することが出来なかった。
「だとしたら、アレは誰かが一高を妨害しているってことなるけど……」
「ええ。もしそうだとしたら許せないわ。それでは実力で勝ったことにはならないもの」
愛梨が悔しそうに拳を握りしめる。確証はないが、今年の九校戦はそんな意図があるような気がしてならなかったのだ。自分達の勝利を貶されて、愛梨は黙っていられる性格ではない事を知っている二人は愛梨がどれだけ悔しい思いをしているのか理解出来た。
「じゃがのう、確かに嫌な予感はするんじゃが、本当かどうかも探れんしのう」
「それは……そうだけど」
それを家の力で今から調べることができるかと言えば、いくら師補十八家とはいえ一朝一夕で何処まで調べられるのか分からない。それに確証がないのに調べてもらっても大丈夫なのだろうかと、愛梨は躊躇ってしまった。
「まぁ、愛梨の気持ちも分からなくはないぞ。儂も禅の試合を見てみたかったのじゃ……」
「ちくしょう、あっちも駄目か! いい加減に諦めろや、あいつ等!」
「がっ!?」
「なっ!?」
「えっ……」
丁度、曲がり角の所で包帯だらけの第一高校の男子生徒が突然現れて三人は驚いた。
「ん? ってうおっ!?」
それは当の本人も同じらしく、急いでフルブレーキを掛ける。だが、それでも確実に当たると思ったのか、彼は体を全力で回転させ、魔法を使わずに急カーブして三人にぶつかるルートから外れ、そのまま壁に顔面から激突した。
「ぐべ……」
突然出てきた男はゆっくりと背中から廊下に倒れ込んだ。
「な、何なの、いきなり」
「あれ……。この人、確か……」
いきなり現れた不審者に対して愛梨は目を丸くする。一方、栞はその人物に心当たりがあり、何故こんな所にいるのか分からず、首を傾げた。
「三人共、ケガ、してな……って沓子ちゃんじゃねぇか、よっ」
「う、うむ?」
流石の沓子も目の前で起こっていることに理解が追いついていなかった。
愛梨も目の前に現れた人物が誰なのか理解し、有り得ないものを見たように驚愕した。
「か、篝……禅十郎?」
三人の前には大怪我を負っているはずの禅十郎が廊下で倒れていた。
「へー、エクレールに名を覚えられてるとは光栄……」
「くそっ! どこに行ったあいつ」
「禅の奴、そろそろこっちに来てる筈なんだけどね」
「大将が行くとしたら北山のお嬢さんか七草のお嬢さんの所だと思ったんすけどねぇ。どっちもまだ行ってる気配は無さそうっすね」
何処からか声が聞こえてくると、禅十郎は焦った顔を浮かべ、即座に立ち上がる。
「悪い、出来れば俺がこっち来たの黙っててくれ。じゃっ!」
「これ、待たんか」
「ぐげぇっ!?」
嵐のように立ち去ろうとしていたが、沓子に襟を掴まれて禅十郎は後ろに盛大にこけた。
そのまま沓子は禅十郎の顔を覗き込むようにしゃがみ込む。
「禅、お主、誰かから逃げておるのだろう。しばらく儂の部屋で匿っておいてやるぞ?」
「見て分からないか? 面倒な事に首を突っ込むことになるぞ」
手を貸してくれることに対して警戒している禅十郎に沓子は屈託ない笑みを浮かべる。
「気にせずともよい。何度も儂の話に付き合ってくれた礼じゃ。それに儂の直感じゃが、一緒にいた方がお主にとっても良いことが起こると思うぞ?」
「沓子、あなた……」
「大丈夫じゃよ。部屋はすぐそこじゃし、匿うのも数分程度じゃ。それに他校とはいえ友人を部屋に入れてはならぬと言われておらんしの」
愛梨が制止しようとしたが、沓子の言葉に黙ってしまった。
沓子が愛梨達を説得するのを見て、禅十郎は警戒を緩める。
「そこまで言われたら断れねぇか」
端末を見て例の話し合いが始まっていないのを確認すると、禅十郎は沓子の提案を受け入れることにした。
普通に移動しているはずなのに、何故か奇跡的に大神達だけでなく他の生徒に見つかることなく沓子の部屋に辿り着いた。
彼女が泊っている部屋に上がると愛梨も栞も一緒に部屋に入っていた。
「部屋が一緒の愛梨は兎も角、栞まで付き合うこともなかろうに」
「ここまで来て無視するなんて出来ないから」
「気にせずとも、儂等の容姿がいくら良いとはいえ禅が襲い掛かるようなことなどせんよ」
(顔が良いって自分で言うのかよ。というか何でそんなに信頼されてんだ、俺?)
ここは愛梨の部屋でもあったのかと思いつつ、余計な口にすることはせずに自分の心の中に留めることにした。
「対戦相手にあれ程の敬意を払うお主じゃ。そんな男が女性の部屋に上がった程度で性欲にまみれた獣になることは無いと思っただけじゃよ」
人の心読むなと禅十郎は苦笑いを浮かべた。
「と言っても、お主のような男になら襲われても儂は悪い気はせんがのう」
「沓子っ!?」
突然の爆弾発言に愛梨と栞は目を見開いて驚いていた。
二人の予想通りの反応に沓子はカッカッカッと笑った。
「心配せずとも冗談じゃよ、冗談」
「全然笑えない冗談よ、それ」
「そうね」
「そう言うなら御二人さん、若干俺から距離開けるの止めてくれませんかね?」
徐々に自分から離れていく二人に禅十郎は溜息をついた。
「それで禅よ、今更言うのもなんじゃが、破城槌を受けて大怪我をしたと聞いておったのに良く動けるのう。お主、不死身か?」
その言葉を聞いて、二人は今になって彼の異常さを認識した。
体中のあちこちに包帯が巻かれているのにここまで怪我をしていない人と何一つ変わらない動きをしている禅十郎がこのホテルに来ているのはおかしい事なのだ。
「あー……それはな……」
禅十郎もバツの悪い顔をしており、あんまり話したがらない様子だ。
「その様子じゃと病院から勝手に抜け出したと言う訳じゃな」
「勘が良過ぎんぞ、沓子ちゃんよ」
「それ位なら誰でも分かるじゃろ。それで、お主は何故ここにおるのじゃ? 折角、匿ったのじゃから少しくらい教えてくれても良いじゃろう」
「黙秘権を行使しま……」
「お主が儂等の部屋に押し入って来たと大声で叫んでやるぞ」
にっこりとえげつないことを口にする沓子に禅十郎は諦めたと言わんばかりに溜息をついた。
「明日のモノリス・コードで特例として代役を立てることになった。その件でちょいと気掛かりな所があったから抜け出してきた」
「代役を立てる。いくらなんでもそれは……」
前例のないことに愛梨は驚きを隠せなかった。そんな彼女の反応は当然だと禅十郎は頷いた。
「難しいだろうな。ま、リーダーが決断したならやるしかないさ。あの人にとって今年は最後の九校戦で、三人には悪いが三連覇も掛かってるんだ。いくら事故が起きても試合を続けろって主催者側が言うなら従うしかねぇ。あの人も相当悩んだろうが、こういう事に対して決断出来るほど胆が座ってんだよ」
何故か嬉しそうな顔をする禅十郎に沓子は納得したように頷き、他の二人は意味が分からず首を傾げた。
「それでお主が懸念しているのは何なのじゃ?」
「それがさぁ、代役に選ばれた奴がかーなーり面倒な奴なんだよ。頼んだとしてもほぼ確実に出場したくねぇって言う」
「その者を説得しに行くのか?」
「そう言う事。頭の回転の速さがとんでもない上に口達者な奴なんでな。うちの生徒会長でも説き伏せられないと思うから、逃げられる前に無理矢理代役にさせる」
「そこまでするなら始めからその者の意思を尊重すべきじゃろうに」
沓子の言う事には一理あると思ってはいるが、今の禅十郎は首を縦に振らなかった。
「そもそも俺達は九校戦の代表として選ばれた。だから何があっても勝利する努力を怠っちゃいけない……はずなんだが、あいつは能力はあるがそう言ったことには疎くてなぁ。そこらへんをガツンと言ってやらなきゃ分からねぇんだわ、これが」
端末を見てみるとそろそろ例の会合が始まる時間である為、禅十郎はそろそろここからお暇しようと思った。
「さて……俺はここらで。ありがとうな、この借りはいずれどこかで」
「うむ、今ならば問題は無かろう。じゃあの」
「最後に質問していいかしら」
禅十郎が扉を開ける直前、愛梨は彼を呼び止めた。
「ああ」
「それほどの怪我を負っていて、あなたが動く必要があるのですか? 説得であれば先輩方に任せる方がよろしいかと思うのですが。そちらの三年生には七草家だけでなく十文字家の次期当主もいるのですから」
確かに愛梨の言う通りであり、怪我が治っていない状態ですることではないだろう。
愛梨は真由美とは直接面識はないものの、高校生とは思えないほど雄弁であることは耳にしている。加えて克人は十師族としての責務を全うしており、人を纏め上げる能力は同年代でもかなり高いのは間違いない。そんな人物が揃っていながら一年生を説得できないとは愛梨は思えなかった。
「まぁ、確かに。でもよ、これでも俺って新人戦メンバーの統括役を任されてんだよ。だからこの件に関しては俺の仕事だ。その責任を投げ出すわけにはいかねぇんだよ。最後の最後で先輩方に全部任せっきりなんて俺が納得できねぇ」
「面倒な性格じゃのう、お主」
「まぁな。自分のすべき事はしておかないと気が済まねぇんだよ、昔からな。結果はどうあれ、俺は自分がやりたいことをしたい。そうしねぇと納得できないんだよ」
「納得……ですか」
「ああ。こればっかりは譲れねぇもんがあるのなら、俺はその気持ちに素直でいたいんだよ。例え上手くいかないのは分かっていても何もしないよりかはずっと良い」
禅十郎の言葉に愛梨は彼と言う人間を始めて分かった気がした。
正直、愛梨は直接禅十郎と話すまで、彼の人間像が全く掴めなかった。
人伝で聞いた話では彼は幼い頃から類稀なる体術の才能であり、強さを求め続け、同世代で勝てる者無しと言われた人の技巧における天才であった。だが、それ故に同年代で競うことが出来ない孤独を彼は味わっていると聞いた。
彼を初めて目にした時は唐突に奇行に走ったことに自分の目を疑った。しかし、それは九島烈の魔法に掛かっていた周囲の者達を魔法を使わずに解いてみせる演出だった。彼は自分の知らない知識と即座に対応する判断力がある優れた魔法師だった。
これまでの試合を見てみれば、自分と同じかそれ以上に相手を圧倒し続け、絶対的な強者の風格を多くに見せつけた。己の力を見せびらかす驕った男なのかと思えば、純粋にスポーツマンシップにのっとって戦うことを強く望み、自分が不利になる可能性すら承知の上で戦う好戦的な一面があることを友から知った。
そして、禅十郎と直接話したことで彼は自分に正直な人間なのだと知った。一度やると決めた事は最後まで全力でやり遂げようとし、失敗することすら恐れない強い心を持った人なのだと愛梨は感じた。
そうと思えばこれまでの彼の行いに一貫性がある。
誰よりも強くあろうとした結果孤独となっただけだった。
魔法の知識を欲したが故に誰もが思いつかなかった手法が使えただけだった。
相手と全力で戦いたい為に王道から外れた戦術を使っただけだった。
そんな彼だからこそ、新人戦で統括役に任されたとすれば納得がいく。
九校戦で愛梨がライバル視している深雪の方が魔法師としての実力は間違いなく彼より格上だ。しかし人をまとめ上げ、導くのであれば、この男の方がふさわしい。そう感じさせるほどの器がこの男から今なら感じることが出来た。
「成程……。引き留めてしまって申し訳ありませんでした。道中、お気を付けて」
「ああ。ありがとうな」
「うむ、今度こそまたの!」
今度こそ部屋を出ていこうとドアノブを握りしめると、禅十郎は何かを思い出したように再び後ろを振り向いた。
「ああ、そうだ。一色さん、最後に俺からも一つ」
「はい?」
自分に一体何の用があるのだろうかと愛梨は首を傾げた。
「例え何があっても試合中に自分の意志を曲げるようなことはするんじゃねぇぞ。余計なことに気を取られて自分で勝負を台無しにするようなことだけはするなよ」
「それはどういう……」
「じゃ、本戦での活躍楽しみにしてんぞ。後、時間があったら俺と試合してくれや」
「そんじゃ、さよなら」と愛梨の言葉を聞かずに禅十郎は部屋を出て行ってしまった。
残された三人はしばらく禅十郎が通った扉を眺めていた。
「ククク、なかなか食えない奴じゃったのう。やはり禅は面白い男じゃ」
しばらく続いた静寂は沓子によって破られた。
「……そう? 私には変な人ってイメージがより強くなっただけだけど」
「まぁ話をしたことが無い栞は仕方ないじゃろうな。にしても今回は嘘と真を交えつて話しておったわ。本当にあの男と関わると退屈せんのう」
ニシシと楽しそうに笑う沓子に栞は首を傾げる。
「嘘と真?」
彼女にはそれが何なのか分からなかった。
「儂等の前に飛び出してきた時からあやつは嘘をついておったんじゃよ。よーく思い出してみよ。あれ程、切羽詰まって飛び出してきた割に足音が聞こえなかったではないか」
思い返してみれば、確かに禅十郎が現れた時、走ってくる足音を聞いた記憶が無かった。
「追われているのは事実じゃったのだろうが、実際はあそこで儂等が通っているのを見かけたから、その場で待ち伏せていたのじゃろうな。おまけに違和感のないように少々額に汗を流してな」
「でも、足音を消して走る可能性だってあるんじゃ……」
「それを否定するのが、先程愛梨に向けて言った言葉じゃよ。あそこにいた時に偶々聞いておったんじゃろ、儂等の話をのう」
「ええ、そうじゃないかって思ったわ」
「恐らくアレは愛梨へのエールじゃろうな。何度か話しておったが、禅の奴、お主に興味を持っておったようじゃしな」
「ええっ!?」
動揺する愛梨の反応に沓子はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「異性としてかは知らぬが、一人の選手として愛梨に好感を抱いておるそうじゃ。勝利への熱意が誰よりも強く感じたとあやつは言っておった。愛梨の試合を見ていると心が躍るそうでの、いつか試合をしてみたいとそれはもう嬉しそうに口にしておった」
「そ、そう」
恥ずかしそうに顔を赤くする愛梨に、沓子と栞は揃って可愛いと思った。
「それで最後に言ってたことってどういうことなの?」
「アレは忠告じゃろうな。余計な事に気を取られず、勝負に集中しろと言ったところかの。大方、一高の事故が意図的なものではないかと話しておったことも聞いておったんじゃろうな。そんなことに気を取られて、全力を出せなかった愛梨の試合を見てもあの男は満足しないじゃろうからの」
「随分自分勝手な理由ね」
栞が容赦なく言うが、これは間違ってはいない。自分が楽しめる試合を見る為に余計なお世話をしてきたのだからそう思われても仕方がなかった。
しかし、沓子は首を横に振ってその考えを否定した。
「そうかもしれんが、禅はただ努力する者を応援したいんだけなんじゃよ。驕らず、過信せず、己を実力を十分に理解した上で更に高みを目指そうとしておる者が好きなんじゃ」
それは確かに愛梨のような人だと栞は納得する。
「じゃからの、愛梨、お主は勝利にのみ目を向けてればよい。禅も儂もそれを望んでおる」
「沓子……。ええ、そうね、あなたの言う通りだわ」
禅十郎の言う通り、とは言わない。むしろライバル校の新人戦メンバーのリーダーに塩を送られてしまった己を恥じた。ついこの間も先輩の為にもミラージ・バッドで圧倒的な勝利を掴むと決めたというのに。だから、彼のお陰だと決して思ってはいけなかった。
例え明日がどうなろうとも、ミラージ・バッドで司波深雪に勝つことに今は意識を向けるべきだと愛梨は己を鼓舞した。
(篝禅十郎、礼は言いませんわよ……)
礼はミラージ・バッドで彼の度肝を抜くほどの勝利を掴むことで返させてもらうと愛梨は強く誓った。
「……と、このようなことがありまして」
「禅……」
雫がジト目で事の中心人物を見つめて軽く溜息をついた。その反応が禅十郎の行動に対して呆れていると分かり易く表現していた。
「我が校の問題児がご迷惑をおかけしました」
「いえ、首を突っ込んだのはこちらの方ですし」
「おい雫ちゃんよ、お前は何時から俺の保護者になった」
「そうじゃぞ、栞も反対しなかったではないか」
二人が話している会話を聞いていたのか、禅十郎と沓子が揃って抗議する。
「禅が三人を巻き込んだのは事実だから」
「沓子、私は反対はしていないけど、賛同もしていないわよ」
「儂が自分から巻き込まれに行ったのじゃ、禅に非はあるまい」
「うーん、止めなかった時点で十七夜さんも同罪じゃね?」
本当に会って一週間しか経っていないのか、と言いたくなるほど禅十郎と沓子の息はピッタリだった。雫も栞もこの二人の波長は合いやすいと出会った当初から感じてはいたが、ここまでとなると驚きを通り越して呆れてしまう。
この二人は出会うべきじゃなかったと言葉を交えることなく雫と栞は同じことを思うのだった。
いかがでしたか?
かなり長くなりましたが、ここを省いたらいけないと思い、書かせていただきました。
次回も閉会式での話になります。
それでは今回はこれにて。