魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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ご無沙汰しております。

半年以上も活動を休止していましたが、どうにか再び投稿することが出来ました。

ではお楽しみください。

2020/10/21:文章を修正しました。


閉会式 その2

 愛梨達と談笑をしていると一人の三高の生徒が禅十郎に近づいてきた。

 

「少しいいかな?」

 

「ほう……。音に聞きし『カーディナル・ジョージ』に声を掛けてもらえるとは光栄だね」

 

 わざとらしく言う禅十郎に対し、話し掛けた吉城寺は苦笑を浮かべた。

 実はこの時、偶然にも一高と三高の一年のリーダー格とブレーンが互いに顔を合わせている状況になっていた。といってもこの事に気が付いているのは当人達を取り囲む生徒達だけであったが、当の本人達は全く気にしていなかった。

 

「それを言うなら一高の新人戦メンバーのリーダーである君を無視する方がどうかと思いますよ」

 

 何故そのことが他校に漏れているのだと禅十郎は内心溜息をついた。

 

「俺は先輩方に面倒な役割を押し付けられた哀れな人柱さ」

 

 心底嫌そうな顔をする禅十郎だが、吉祥寺はそうは思わなかった。

 九校戦はそれぞれの学校の威信を掛けた大会であり、いくらなんでもそのような単純な理由で重要なポジションを任される筈が無い。表面上はともかく第一高校のトップは禅十郎の実力も人格も認めているからこそ、彼にその役割を任せているのだと吉祥寺は理解していた。

 

「で、三高のブレーンが俺に一体何の用だ?」

 

「僕らのエースを打ち倒した人と話をしてみたいからじゃ可笑しいかな?」

 

「そっちよりも『よくも俺達のエースを倒してくれたな、この野郎っ!!』って睨まれてると思ってたんだがな。思っていた以上に普通に話しかけられて驚いてるところだ」

 

 あながち禅十郎の考え方も間違っていないと吉祥寺や周りで聴き耳を立てている生徒達は思った。だが、吉祥寺は首を横に振って否定する。

 

「君達の実力を見誤っていたのが敗因だ。悔しいと感じても負かされた相手を恨むのは筋違いだろう」

 

「当然だな。彼を知り己を知れば百戦殆からずだ」

 

「孫子の言葉か……。まったくもって耳が痛い」

 

 吉祥寺は相手を過小評価していたと当時を振り返って己の驕りを悔いた。実際に達也の戦闘スタイルを見て、彼があまり高いレベルの魔法を使えないと思ってしまったのもあるし、禅十郎の対策も十分だと思い込んでいた。だが結果はもっと相手を調べていればこうはならなかったはずだとつくづく実感させられる試合だった。

 

「ま、なかなか良い作戦だったぜ。ドレッドノート対策はアレが正解だ」

 

「一般公開されているものでは……ですけどね。まさか全くの別物に改良されているとは思わなかったよ」

 

「魔法は日々進化している。今まで役立たずだった魔法を改良する事だってあるもんさ。烈……九島閣下も言ってただろ、要は使い方だ」

 

(ま、オリジナルは絶対に出回らないと思うがな)

 

 そんなことを心の中で呟いていると、九島烈を名前で呼ぼうとしていることを聞き逃さず驚いた顔を浮かべている吉祥寺を目にして、その顔があまりにも愉快であり、禅十郎は思わず吹いてしまった。

 禅十郎の反応に自分が何かへまをしたと察した吉祥寺は直ぐに顔を元に戻した。

 

「つ、つまり強い魔法師と強力な魔法が使える魔法師はイコールではない。魔法をどう使いこなすかを念頭に置いているということか」

 

「ま、そうでもしねぇと俺の道場の訓練で生き残れねぇしな」

 

「あまり良い噂は聞きませんね、君の道場は。実戦を積んだ魔法師でも逃げ出すほどにハードな訓練をしているそうで」

 

 「逃げ出した奴は根性が足りねぇんだよ」と禅十郎は苦笑いを浮かべつつ、道場を抜けた彼等を擁護しなかった。

 そんな会話をしていると、少々会場の中央から少々どよめき始めていた。場所は会場の真ん中であり、将輝と深雪が躍っていた。

 

「ほう、これはこれは……。なかなか様になってるじゃねぇか」

 

 見てくれだけはな、と最後まで言わなかった。

 傍から見れば美男美女のお似合いのカップルであるが、深雪は間違いなく礼節に則って受けているだけで特別な感情はなさそうである。

 彼女は一般的な家庭の生まれとなっているが実際は四葉家のお嬢様で、舞踏会でのマナーを教わっているはずであり、余程の事が無ければ断るようなことはしない。そのはずなのに、躍るのに時間が経っているのは、彼女を誘う度胸が無かった人が殆どだったからだろう。将輝も達也に促されて踊っているのではないだろうかと禅十郎は考えていた。

 そんな将輝の顔を注視すると、禅十郎は人の悪い笑みを浮かべる。

 

「なぁ、吉祥寺よ。御宅の大将はうちのエースの惚れたか?」

 

「そう言う事を聞くのは無粋と思わないのかい?」

 

「いやぁ、あの浮かれた面を見れば誰でも分かる」

 

 実際には将輝は深雪とのダンスを楽しんでいるようにしか見えていないのだが、そこは禅十郎の観察眼によるものだ。表情や仕草だけで彼が美雪と踊れることを心の底から喜んでいるのがよく分かった。

 

「余計なお世話かもしれねぇが、アレを落とすのは難しいぞ」

 

「そこは将輝の技量次第だね」

 

(いやぁ、そう簡単な事でもねぇけど……。難攻不落のシスコンと完全無欠のブラコンだぞ)

 

 将輝の旗色は既に最悪に近いのだが、そこまで口にする義理は禅十郎には無かった。

 

「流石に負けたのに告ることはしねぇだろうが、メアドの交換ぐらいは出来ねぇと遠距離恋愛は難しいぜ」

 

「いえ、問題ありません。次は僕らが勝ちますから」

 

 吉祥寺の自信に満ちた発言に禅十郎は笑みを浮かべる。

 

「随分と早い宣戦布告だな」

 

「早くに越したことはありませんよ。君達の連覇は来年で僕らが阻止します」

 

 例外を除けば、三高と一高の実力差はそこまで変わらない。戦術と相性にもよるし、新人戦に関しては達也の規格外に周りが対処できなかっただけなのだ。だからこそ、吉祥寺は勝利できると確信している。

 そして、このバトルマニアは挑戦者を多く欲している。それが遠くない先に現れると言うのなら本望だと、この男は満面の笑みを浮かべた。

 

「やってみな。今度はそっちのエースの全力を俺の全力で倒してやる」

 

 その笑みを見て吉祥寺は理解した。この男の実力にはまだ先があることを。だが、彼に臆することはしなかった。将輝も同じように九校戦のルールでは全力は出し切れていない。だからこそ、今度は十分に試合に臨めるようサポートし、この男の全力を越えてみせると強く思った。

 

「ええ、臨むところです」

 

 来年の九校戦で決着をつける約束をして二人は別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 吉祥寺と話が終わった後、禅十郎は雫の元へと向かった。

 話をしている内にスバルや英美等のチームメイトと合流していたようで、今は他校との交流を深めているところだった。

 

「おーい、雫ちゃん」

 

「なに?」

 

 声を掛けられた雫は首を傾げる。

 禅十郎はわざとらしく咳払いをしてゆっくりと雫に手を差し伸べた。

 

「俺と一曲躍っていただけませんか?」

 

 禅十郎の一言で周りが一瞬だけ静かになった。

 

「わお、禅ったら大胆!」

 

 その静寂を破ったのは英美だ。

 ややぎこちない誘い方だが、雫は嫌そうな顔はしなかった。というより表情はあまり変わっていないように見えて、どこか嬉しそうな様子である。

 

「良いけど、何で私?」

 

 それには何故踊りたいのかとそれに自分が選ばれた理由を同時に尋ねていた。

 すると禅十郎はバツの悪い顔をする。

 

「あー、その、何だ。察してくれ、俺まだ死にたくない。あと誘える人が全然いない」

 

 その言葉に雫以外は怪訝な顔をする一方で、雫は仕方がないと言いたげな溜息をついた。

 

「禅のお母さんってそんなに怖い?」

 

「怖いんじゃなくって容赦がねぇのが問題なんだよ。姉ちゃん以上に手加減を知らねぇんだ」

 

「禅も大概だと思うけど?」

 

 禅十郎が少々必至なのは母親との約束を守るためであった。一度交わした約束を反故にすることに対して彼の母親の制裁は冗談抜きで命に関わるのだ。それは何としても避けなければならない事なのである。

 

「それにアレだ。練習の合間に話してただろ。会場の中央でダンスを踊ってみたいって」

 

「……言った」

 

 そんな話をしていたなと雫は思い出す。ふとやってみたいなぁと思った程度の事であり、まさか覚えているとは思わなかった。

 

「スピード・シューティングで優勝したわけだし、その願いを叶えてやろうかなぁって。まぁ、俺なんかと踊るのは嫌かもしれんが……」

 

 説教の回避の為でもあるのだが、流石の禅十郎も躊躇いはあったらしいく、左手の指で頬を掻いていた。

 それを見た雫は仕方がないと思いつつ、少しだけ笑みを浮かべる。

 

「いやじゃないよ」

 

「助かる。……あー、でも待てよ、身長的に……」

 

「は?」

 

 一瞬で雫は不機嫌になり背後からドス黒いオーラが放たれた気がした。それには周りの生徒達が揃って戦慄する。

 禅十郎もそれを感じ、首を横に振った。

 

「いや、何でもない」

 

 そう言うと、雫から放たれていた圧は霧散し、ほのか達は少々ほっとした様子であった。

 

「じゃあ禅、もう一回お願い」

 

 それが何を意味しているのか禅十郎は察し、再びゆっくりと手を差し伸べた。

 

「俺と一曲躍ってくれませんか?」

 

「はい、喜んで」

 

 それから二人は何事も無く中央へと向かってダンスを踊った。

 後から聞いた話だが、雫からの評価は達也よりずっと人間らしいダンスだったと良し悪しの分からない微妙な評価をいただいた。

 しかし雫は彼のダンスの上手さなど本当は気にしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 閉会式が始まって多くの生徒達が学校の垣根を越えて談笑している中、禅十郎は物凄く疲れた顔をしていた。

 というのも雫と踊った後、更にダンスを踊る羽目になったからだ。

 あの後、沓子からダンスをしようと強請られ、その時は断る理由も無く、先日の借りもあった為、深く考えずに受けた。

 受けてしまったのだ。

 この九校戦と閉会式で禅十郎は他校から近寄りがたい存在と認識されていた。だが、彼の近くで話をしているのを見て、彼が気さくな性格であり、思っていたより親しみやすい人物だった。

 その上、よく見れば切れ目でワイルドな顔立ちと体格の良さから将輝とは正反対の良さがあった。それが好みの女性からしてみれば、お近づきになりたいと思う人も少なくはなく、会場の空気と沓子のお陰で彼に話しかける後押しとなった。

 様々な要因が重なり、他の女子からアプローチをされ、禅十郎は断るわけにもいかず何度も踊ることとなったのである。その中に愛梨がいたのは流石に驚いた。

 助け船に雫を使おうと思っていたが、いつの間にかほのか達の元へと行ってしまい、逃げる口実を完全に失った禅十郎はこの九校戦で初めて絶望した。そして躍った人数が五人を超えても待っている人が減ることは無く、「面倒だ、全員纏めて相手してやらぁ!!」と心の中で叫び、ほぼ自棄になって踊った。なお一番疲れたのは摩利と踊った時である。

 この時の収穫といえば、愛梨と踊っているときの将輝の驚愕した表情を見られたくらいだろう。あの顔はこの九校戦でもっとも愉快な物として記憶に残るのは間違いない。

 

「随分と疲れた様子だな」

 

 禅十郎は後ろから声を掛けられ、振り向くとそこには克人がいた。

 今、禅十郎は克人に誘われて会場の外に出ていた。

 

「そりゃあ、ダンスに慣れてませんから」

 

 禅十郎は苦笑いしてそう言った。普段使わない所はないつもりだったが、やはり演武とダンスは勝手が違うと改めて理解させられた。

 

「試合と勝手が違うか」

 

「俺は手を取り合う事より拳を交える事の方が性に合ってますよ」

 

「まったくもってその通りだな」

 

 互いに笑みを浮かべているが、二人はこんな話をしに来たわけではない。

 

「それで要件は? まさか、十師族からの怒りの伝言でも聞かせに来たってわけじゃ……」

 

「そうだ、と言ったらどうする?」

 

 真顔で答える克人に禅十郎は軽快に笑った。

 

「アレは一条の息子が悪いですよ。文句があれば再戦しても構いませんとお伝えください」

 

 想定はしていたが、案の定、一条家を挑発するような事を口にする禅十郎に克人は呆れた。

 

「あまり軽くとらえて欲しくはないがな。十師族に連なる者が公式戦で負けたと言うのは十師族の力に疑いを残す」

 

「その為のあの三文芝居って訳ですか。あんなことをしなくても勝てたのに何やってるんだろうって思いましたが……」

 

 禅十郎はモノリス・コードの決勝戦を振り返り、克人の戦い方に抱いていた違和感について理解した。

 

「わざわざ『ファランクス』をあんな形で使ってくるとは……。どうやら随分と当主の方々を不快にさせたようで。というかあの三連続タックルは俺への当てつけですか?」

 

 ファランクスを張った状態でのショルダータックルで三高の選手を全員戦闘不能にした。その光景はかなり派手なもので、相手のやられ方だけであれば、禅十郎の合法格闘よりも派手な演出であり、観客への衝撃が大きかった。

 

「流石にお前のような近接格闘は出来ないのでな。お前が十師族になれば、このようなことをする必要も無いのだが……」

 

「無理ですよ。俺は親父の後を継ぐことになってるんですから。というか、一体どこの婿養子になれと?」

 

「七草はどうだ? お前も好意を抱いている上に七草もお前の事を気に掛けているようだしな」

 

 本当に答えるとは思わなかったため、禅十郎は呆気にとられた。克人ならばそんなことは滅多に言わない為に驚きを隠せなかった。

 

「というか誰ですか、そんなことを口にしたのは」

 

「本校のお前の上司からだが」

 

「あの人は……」

 

 人の悪い笑みを浮かべている一高のタカラヅカ先輩が頭に浮かびあがり禅十郎は悪態をついた。

 

「親父の後を継いで七草家に嫁いだら、十師族のパワーバランスが崩れますよ」

 

 四葉のことを考えればパワーバランスは既に崩れかけているようなものだが、あえてそれを口にすることはしなかった。

 

「分かっている。冗談だ」

 

「なら言わんでくださいよ」

 

「少しくらいからかわれても構わんだろう」

 

「……それ、姉貴の入れ知恵ですか?」

 

「ふっ……さあな」

 

 禅十郎の質問に克人は不敵な笑みを浮かべるだけで、それ以上のことは口にしない。

 

「それより今回のように派手に動くのはそちらにとってもまずいのではないか?」

 

「親父には派手にやれと言われました」

 

「成程、エサはそれなりに目立っておけと言う訳か」

 

「案の定、奴の関係者から接触がありました。ま、当初の目的は果たせたんで、向こうもそこそこ評価はしてくれました」

 

「報告にあった第三高校の生徒とその他の魔法師のことか」

 

 先日あったことは今日隆禅からの伝手で当主達に伝わっている。三鏡の件は篝家が取り扱うことになっているが、注意を促すと言う名目で彼らに情報を開示することにしているのだ。

 

「あそこにいたのが数字落ちであるのは間違いないですね。こちらで調べてみた限り該当する研究所出身の魔法師が数名行方を眩ませています。思った以上に奴のシンパがいるみたいですし、当分は数字落ちになった家を調べることになりますね」

 

「あまり彼らを疑うようなことはしたくないが……」

 

 数字落ちの中には確かに現状を良しとしない者達がいるのは克人も理解していた。だが、だからと言って全員を警戒する必要はあるのだろうかと疑念を抱いてしまう。謂れのない疑いを掛けられれば、魔法師社会に余計な軋轢が生まれる可能性を克人は危惧していた。

 

「四月の件を考えれば有り得ない事でもないですよ」

 

「分かっている。……それで例の三高の学生についてはどうした?」

 

「表向きは九校戦に現れた不審者に暴行を受けたことにしておきました」

 

 丁度いいことに観客に手を出そうとした不届き者が一人いた為、三高の生徒に手を出して捕まったとでっち上げた。坂田が禅十郎を襲った同じ日に九校戦で観客に手を出そうとしていた者達がいた為に、その嘘に違和感を抱く学生は三高にはいなかった。

 

「今更言うのもなんだが、あまり無理はするな。いくら結社の一員とはいえ、お前は第一高校の生徒だ。周りを不安にさせるような行動は慎め」

 

「善処しますが、あいつをどうにかしないと俺の人生に平穏は訪れませんよ。いい加減に成仏して欲しいですからね、あの亡霊には」

 

 三鏡の存在を許してはならない。彼らの存在は今後の魔法師社会において確実に不要な存在となる。その為ならば禅十郎は何でもするだろうとこの場で克人は理解していた。

 

「四月の件で七草もかなり心配していた。今回の件でも相当堪えていたぞ」

 

 それは禅十郎にとって回避することは不可能なジャブだった。

 

「……それ持ち出さないでくれます? 俺でもやりすぎたとは思ってるんですから」

 

 なら派手にやりすぎるなと言いたいが、この男はそれでも動いてしまうだろう。今後も目的の為ならば無茶をしでかすのは間違いない。それほどまでにこの件は禅十郎にとって無視できないモノなのだ。

 

「篝、最後に一つ聞きたい」

 

「何ですか?」

 

「三鏡を見つけた後、お前は奴をどうする気だ?」

 

「処分しますよ。厄災を引き起こすような奴はくたばってくれた方が世の為です」

 

 一切の躊躇いもなく、禅十郎は命を奪うと口にする。

 

「……そうか」

 

 そう口にした後、克人は禅十郎に背を向けた。

 

「もう行くんですか?」

 

「ああ、まだ話をする者がいるのでな」

 

 そう言って克人は去っていった。

 それから一人残った禅十郎は空を見上げる。

 三鏡を見つけたら殺すと言った時、克人は一瞬だけ表情が強張ったのを禅十郎は見ていた。

 簡単に命を奪うことを口にするべきではないのは理解している。だが、彼の存在はやがて多くの魔法師にとって脅威となるのならば誰かが止めるしかない。そして禅十郎は他の誰でもなく自分がそれをするべきだと考えていた。

 

「仕方ねぇだろ。奴が消えてくれなきゃ、()()に自由はねぇんだからよ」

 

 その脅威を振り払うためなら、命を奪うことなど些細な事だと禅十郎は割り切っていた。

 

「さて、さっさと行かないと」

 

 実は別の約束があるため、そちらに向かわなければならないのだ。既に約束の時間を過ぎている為、大急ぎで向かわなければと思っていると芝生を踏む音が背後から聞こえてきた。

 

「禅十郎」

 

「はっ? あぶっ!!」

 

 背後から声を掛けられ、後ろを見た禅十郎は顔面に迫ってくる拳に気付き、即座に首を横にずらして避けた。迫って来た拳の風圧が頬をかすり、禅十郎は冷や汗をかいた。

 

「いきなりだな、兄貴」

 

 そこにはスーツ姿の宗士郎がいた。

 

「予定の時間を過ぎていながら来ないお前が悪い」

 

「そいつは悪かったな。予定外の事が起こったんで」

 

「言い訳無用」

 

 宗士郎は右拳を禅十郎に叩きこもうとする。

 容赦のない一撃に、禅十郎は神経を集中させ、彼の動きを捉えた。

 

「だろうな!」

 

 禅十郎もすぐさま目の前の敵を倒すことに意識を切り替えて左手で殴りかかる。

 互いの拳が交差する。宗士郎の拳は禅十郎の頬を掠り、禅十郎の拳は宗士郎の片手で受け止められていた。

 

「その程度で師範代を名乗らせるのは道場の恥だな。目的序でに鍛えてやる」

 

「余計なお世話だ!!」

 

 右拳によるアッパーで宗士郎の顎を殴りかかる。だが、宗士郎は重心を後ろにずらして躱してみせた。そのまま体を反時計回りして禅十郎の脇腹に左足の回し蹴りを叩き込む。

 

「い゛っ……」

 

 蹴とばされた勢いを使い後ろに下がる。だが、思っていた以上に軽い一撃に拍子抜けする。

 態勢を立て直している間も宗士郎の動きを注視するが、彼は追い打ちをかけることはしなかった。

 

「動きは悪くない。並の相手なら避けられることはないだろう」

 

 内容的には禅十郎の攻撃を褒めているのだろうが、言い方が完全に上から目線であることに禅十郎は舌打ちする。

 

「ったく、この反射神経の化物が……。どんだけ速くなれば気が済むんだよ」

 

「現状に満足する奴の末路は衰える日々だけだ。常に己を最弱と思い精進しなければ、己を超えることなど出来るものか」

 

「言われんでも、分かってるっつうの」

 

「ならば、実力を持って証明してみせろ」

 

「ああ、やってやるけどな……」

 

 ゆっくりと構える禅十郎は拳を強く握りしめる。左手を引き、右拳を前に突き出して構える。

 宗士郎は無形の構えで相対する。

 

「いきなり鍛え直すだの、道場の恥だの……」

 

 力いっぱい踏み込み、宗士郎に詰め寄り殴りかかる。

 

「テメェは少しくらい場と空気を読む努力しろや、ボケェェェェッ!!!!」

 

「弱い貴様が悪い!!」

 

「そもそも目的が違うだろうが、アホがぁぁぁぁっ!!」

 

 こうして舞踏会の外では兄弟喧嘩が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 禅十郎と宗士郎の兄弟喧嘩が始まったほぼ同時刻、真由美と摩利は窓から二人の様子を眺めていた。

 

「何をやっているんだ、あの二人は……」

 

 摩利は呆れた顔を浮かべていた。

 

「宗士郎さんが来るとしたら禅君を鍛え直すぐらいかしら? 昔から自分にも他人にも厳しい人なのよ。特に禅君のことになると殊更酷いので有名だし」

 

「それは偶に耳にするが、あの人、禅に何をしてきたんだ」

 

 摩利は長男である宗士郎について詳しく知らない。禅十郎より近接戦闘は上であり、道場の次期師範筆頭候補と呼ばれているくらいの実力者であるくらいだ。それと千葉家とのちょっとした因縁ぐらいだ。

 

「夏に崖から禅君を突き落として強制的に十日間サバイバル生活」

 

「は……?」

 

 真由美は何を言っているんだと摩利の顔には書かれていた。

 

「坂の上から大量の岩を魔法で禅君目掛けて投げ続けて、五時間ひたすら避けるか壊すかを繰り返したり、門下生百人を相手に十二時間耐久ケイ泥(魔法使用可)をやったり、魔法なしで熊と相撲を取らせたり、警察犬相手に全力で逃げ回ったり、それから真冬の長時間寒中水泳でしょ、他には……」

 

「待った真由美、もうそれ以上言わんでいい。あの馬鹿の底知れない規格外さの原因はよく分かった」

 

 どんな幼少期を過ごしてきたんだと摩利は禅十郎の過去にドン引きした。

 

「それは家庭内暴力といっても差し支えないんじゃないか?」

 

「そう思うでしょ? でもねぇ、禅君がそれを遊びだと思って普通に楽しんでたのよ。もう完全に子供が外で遊ぶ感覚で」

 

「あの馬鹿、一度精神科にでも連れて行ったらどうだ?」

 

 何の疑問も抱かなかった禅十郎に摩利は頭が痛くなった。

 彼女の反応に真由美は当然だと思いつつ苦笑いする。

 

「それで根を上げることもしないから、宗士郎さんもどんどんエスカレートしちゃって今に至るらしいわ」

 

「あいつの兄弟にまともな人はいないのか」

 

 千景に散々な目にあわされた世代である摩利達はそれはもう他とは比べ物にならないくらい濃い一年を過ごしてきた。そんな彼女だけでも大変だったというのに、六人兄弟の内三人が異常者であることを知ってしまった摩利は禅十郎の家族にまともな人間がいないのではないかと思い始めていた。

 

「千鶴さんと千香ちゃんは普通よ。清史郎さんはあまり会ったことは無いけど、禅君と千景さんが言うには兄弟の中では一番まともじゃないらしいわ。篝の『狂人』なんて言われてるらしいし」

 

「男兄弟は碌な奴がいないと言う訳か。そうなると禅が比較的まともに見えてしまうが……」

 

「あはははは……」

 

 乾いた笑い声をあげて真由美は再び禅十郎達の様子を見る。

 未だに拳を交えている二人をどうしようかと悩んでいた。このままでは他校の生徒に気付かれるのも時間の問題である

 そんなことを考えていると、摩利が眉間に皺をよせ何かに疑問を抱いている様子だった。

 

「どうしたの?」

 

「いや、禅の兄の実力に違和感を覚えてな。聞いている話とは随分と掛け離れている気がするが……」

 

 摩利の目から見ても宗士郎は禅十郎が全く勝てない強者である実感が湧かなかった。精々、禅十郎の頭一つ上と言ったところであり、話に聞いた圧倒的な実力差があるようには見えなかった。

 

「なんというか、軽いウォーミングアップをしているように見えるぞ」

 

「何のための?」

 

「さぁ、そこまで分かったら私もお前も苦労しないだろう?」

 

 それもそうねと真由美が呟くと会場内で流れていた曲が変わった。時間帯からして最後の曲だと二人は察した。

 

「あーあ、もうすぐ九校戦も終わりね」

 

「今年は今まで以上に波乱だったからな。だが、最後としては良い思い出になったな」

 

 特にどこかの問題児にお陰かなと摩利は心の中で呟いた。

 ふと、外の様子を再び見てみるといつの間にか喧嘩は終わっており、禅十郎が大慌てで会場に戻る道を全力で走っていく姿が見えた。

 その光景を目にした摩利はふとあることを思い出し、「ああ、そういうことか」と納得したように頷いた。

 

「どうしたの?」

 

 摩利の様子を目にした真由美は首を傾げた。

 

「いや、何でもないさ。それより真由美ちょっと一緒に来てくれるか?」

 

「ええ、良いけど。最後に一曲躍るの?」

 

「まぁ、あながち間違っていないかな」

 

 クスリと笑う摩利に真由美は彼女の反応の意味が分からず、そのまま一緒に会場の中心付近までついていった。

 摩利の後をついていくと、そこには先程まで外にいたはずの禅十郎が待っていた。

 

「あら、禅君?」

 

 意外な人物がそこにいたことに真由美は驚いた。

 一方、摩利は特に驚くこともなく、禅十郎の肩を叩いて二人を残してその場から立ち去っていた。

 ここまで来て、友人の目的が何なのか分からないほど真由美は鈍くなかった。

 禅十郎は少々緊張した様子で真由美に歩み寄り、何度も練習したように優雅な動きで手を差し伸べる。

 

「どうか私と一曲、踊っていただけますか?」

 

 普段の彼とはかけ離れた様子に真由美は笑いそうになったが、流石に失礼だと自制を効かせて微笑んだ。

 

「ええ、喜んで」

 

 真由美は禅十郎の手を取り、最後のダンスを踊り始めた。

 

「てっきり誘ってくれないと思ってたわ」

 

「本当はもう少し前に誘うつもりでした。ただ予定が大幅に狂ってしまいまして」

 

「ふーん。それもそうよね、いろんな人と踊ってたんだもの」

 

 一高だけでなく他校の女子生徒達と躍っている姿を思い出し、やや不機嫌な顔を浮かべる真由美に禅十郎は申し訳なさそうな顔を浮かべた。

 

「彼女達に嫌な思い出を与えるのもいかがなものかと思ったので」

 

 正直に答える禅十郎に真由美は呆れた。

 

「変な所でお人好しよね」

 

「次回があるならその時はセーブしますよ」

 

 選手として選ばれた時は面倒だと口にしていた彼が来年も出て良いかもしれないと心境が変わっていた。それに気付いた真由美は今回の九校戦で色々あったが、彼にとって良い思い出となったことが嬉しかった。

 

「禅君のそう言う優しいところ私は好きよ」

 

 真由美の優しい微笑みを間近で目にし、禅十郎は思わず頬をうっすらと赤くする。

 

「でも他は酷いけどね」

 

 上げて下げる真由美に照れていた禅十郎の顔は苦笑へと変わった。

 

「文句を言われないよう善処しますよ」

 

 それから禅十郎は真由美の独特なステップにやや振り回されることになるのだが、それでも彼女と踊れる最初で最後の一時を彼は目いっぱい楽しんだ。




と言う訳で、次回らへんで九校戦編は終わりとなります。

次からは夏休み編+α的な話を書いて、横浜騒乱編へと持っていこうと思います。

それでは今回はこれにて。

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