魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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どうもです。

今回は予定通り、九校戦編最終回です。

結構長くなりましたが、ご容赦を。

では、お楽しみください。

2020/10/22:文章を修正しました。


九校戦、終了!

 閉会式が終わった次の日、一高のメンバーは帰りの支度に取り組んでいた。

 禅十郎は達也に頼まれて作業車に荷物を詰め込んでいるところだった。

 

「九校戦、終わっちまったなぁ」

 

「そうだな」

 

「随分と濃い十日間だったよなぁ。試合やって、事故があって、事件に巻き込まれて、主犯者達と一戦交えて……。学生の日常じゃねぇよ、これ」

 

 誰かに聞かれてたらどうするんだと達也は呆れたが、禅十郎は気にする素振りすら見せなかった。

 そもそも二人が揃って気配に気づけないとすれば、九重八雲か九島烈並みの魔法師になる。そんな人間がこんなところに現れる筈もないかと達也はわざわざ口で注意することはしなかった。

 作業に取り掛かっていると、禅十郎が興味の持ちそうな話題があったことを達也は思い出した。

 

「そう言えば、この九校戦で千葉の麒麟児が来ていたな」

 

「あー、忙しくて挨拶できなかったな。兄貴は会ってたみたいだけど」

 

「あの人か。『武術の申し子』と呼ばれたお前があそこまで手酷くやられるとはな。『千葉の麒麟児』に並ぶ実力者とは聞いていたが、それ以上じゃないか?」

 

「昔は拮抗してたみたいだぞ。一戦交えたんだけど、結果は良く知らねぇんだ。兄貴は『当時戦った相手の中で最も強敵だった。だが、興が覚めた所為で実質引き分けだった』ってさ」

 

「どういうことだ?」

 

 実質引き分けとは一体何が起こったと言うのだろうか。

 

「詳しくは俺も知らねぇけど、今やったらどうなんだろうなぁ。やっべ、若手白兵戦最強決定戦とかやってみてぇな。絶対面白いぞ」

 

 そんな催しがこのご時世で開かれるわけないだろうと達也は呆れた。

 

「お前の好戦的な性格も大概だが、あの人も色々と有名だと師匠から聞いた。道場破りを全国でやったのは流石に耳を疑ったぞ」

 

「まぁな。兄貴も若気の至りだって黒歴史認定してたわ。何でやったのかは知らんけど」

 

 禅十郎も宗士郎が嘗てやった道場破りのことに関してあまり知らない。本人から聞いてもただ純粋に強者との戦いを望んでやっただけらしいが、それだけというには少々怪しいのだ。

 

「ま、後で爺さん達にがっつり絞られて道場破りはしなくなったな」

 

「師匠の所には行かなかったのか?」

 

「出掛けてた所為で試合が出来なかったんだと……。大方、面倒な事には巻き込まれたくないからちょうどいいタイミングで躱したんじゃねぇの?」

 

 確かに八雲ならそれくらいやってのけるなと達也は思った。情報収集が十八番であるあの人であるならば、当然道場破りの話は耳にしているはずだ。禅十郎の言う通り、厄介ごとだと思って雲隠れしたのだろう。

 

「それにしても荷物が多い。これ全部、車に載せるのかぁ」

 

 整理は終了したが、これから九校戦で使用した機材を全て車両に積まなければならないことに禅十郎はげんなりした。

 

「ぼやいてないで、さっさと取り掛かれ、力自慢が取り柄だろ」

 

「はいはい、分かってますよ。ったく、お前は俺を何だと思ってるんだ?」

 

「日常破壊装置もしくは問題発生装置」

 

「人の事言えねぇだろ、このトラブルホイホイ! もう少し身辺整理ぐらいしとけっつうの」

 

 達也もかなり面倒な立ち位置にいる為、全ての問題の発生原因とは言えないが、全く関わりがないとは言い切れないのだ。

 

「今回も俺の所為じゃないんだが」

 

「『今回も』ってなんだよ、『今回も』って! 四月の件は少しお前も原因になってるだろうが! 少しは自重して行動しろよ」

 

 『お前が言えた事かぁぁぁっ!!』、とここに他の人がいれば、十人中十人が言うだろうが、達也はこれ以上エスカレートしないようにその言葉を飲み込んだ。

 

「まぁ、その事は良い。それより前に頼まれた件だが、アレだけで良かったのか?」

 

「ん? 主犯への襲撃とほぼ同じ時間に無頭竜関連のサーバーに例のメッセージを送ってくれたんだろ」

 

「それとお前の本音のメッセージもな」

 

「あー、結局、言いやがったのかー。ま、もうどうでも良いけどな」

 

 それは達也が無頭竜に報復する時に頼んでいたことだ。別段大したことは頼んでおらず、無頭竜の襲撃後に傘下の組織にあるメッセージを送るだけだった。

 

「ああ、俺もそう思う。詳しくは聞かないが、危ない橋は渡るなよ」

 

 あのメッセージにどんな意味があったのか達也は分からない。そもそも、あのメッセージを見た達也はその行為の意味が分からなかった。最も怖いのは『分からないこと』にある。未知の存在というのはそれだけで脅威であることを理解している達也は禅十郎の行動の意図が全く読めなかった。

 

「大丈夫だって、そこまで危険は無いから。達也と深雪ちゃんに迷惑をかけるようなことにはならないさ」

 

「だといいんだがな……」

 

 あまりにも信用されてない言い方に禅十郎は溜息をつく。

 

「おいこら、そこは信用しやがれ」

 

「お前がトラブル体質であることは信用している」

 

「そっちじゃねぇっ! というか、お前に言われてくねぇって言ってんだろうがっ!!」

 

 それから禅十郎達は荷物を片付け、帰る用意を手伝うために別の場所へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、雫はほのかと一緒に一階のロビーへ荷物を持ってきていた。

 

「あの人は……千鶴さんかな?」

 

 雫は入り口付近にいる二人の子供を連れた女性を見かけ、それが禅十郎の姉の千鶴だと気付いた。

 

「雫の知り合い?」

 

「禅の一番上のお姉さんだよ。ほら、宗仁君もいるし」

 

「あ、本当だ」

 

 ほのかが彼女の隣にいる男の子が宗仁であることに気付き納得した。

 挨拶をする為に二人は千鶴の元に向かった。

 

「千鶴さん」

 

「あら、雫ちゃん、こんにちわ」

 

「あ、おねーちゃんだ!」

 

 雫が呼ぶと千鶴が挨拶する一方で、宗仁は雫に向かっててくてくと走ってきた。

 その姿が愛らしく、ほのかは思わず微笑んだ。

 一方雫は少しかがんで両手を前に出して構えていた。

 

「雫、どうして構えてるの?」

 

「次の行動が予想通りなら、あの子、まっすぐ突っ込んでくるよ」

 

「えっ?」

 

 そんな馬鹿なと思いたかったが、宗仁が禅十郎の甥っ子であることを思い出した。

 

「にゃー!」

 

 雫の言う通り、やんちゃな宗仁はそのまま減速することなく突っ込んできた。

 まだ子供である宗仁の体格では雫を押し倒すほどの力はなく、そのまま彼女に止められて、頬をムニムニと掴まれ弄ばれた。

 

「人にぶつかりに行ったらダメでしょ」

 

「うにゃー……」

 

 猫の鳴き声の真似をしているのだろうかは定かではないが、彼の行動はどれも愛らしくほのかは和んでいた。

 一方で雫は少々不機嫌な顔で宗仁の頬を何度もムニムニする。

 

「やーめーろー」

 

「あんなことしたらお互いに怪我するんだよ」

 

 可愛らしくてもあの行動はいただけなかった。それを注意すると宗仁はむすっと頬を膨らませる。

 

「宗仁は悪い子なの?」

 

「ぼく、いいこだもん!」

 

「じゃあ、悪いことしたら言う事があるよね」

 

 雫は宗仁から手を離すと、彼は頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

 ちゃんと反省した宗仁を見て、雫は満足げな笑みを浮かべて彼の頭を撫でた。

 

「良く出来ました」

 

「あらあら流石は雫ちゃんね」

 

 それを見ていた千鶴は感心していた。

 

「私も弟がいますし、禅と比べれば宗仁君は可愛い方ですよ」

 

「そうねぇ、小さい頃の禅ちゃんより手が掛からなくて助かるわ。でも手の掛かる子ほどやっぱり愛おしいのよね」

 

 手の掛からない子であれば主婦として助かるが、手が掛かる子の方が愛でやすいという複雑な心境の持ち主ようである。それを知ったほのかは禅十郎の家族って何処か変な性格があるんだなと察した。

 

「禅に用事ですか?」

 

「うにゃー」

 

 子供特有のもちもちの頬の感触が癖になったのか、わだかまりが無くなった雫は宗仁の頬で遊んでいた。

 その光景を見ていたほのかは少しだけ羨ましいと思った。

 

「そうなの。この間の試合を見て総本山の人達が怒っちゃって、今日中に連れてきなさいって無茶を言われて探しに来たの。電話も出ないからここにいれば禅ちゃんが来ると思ってね」

 

「一条選手に勝てたのに厳しいですね」

 

 「本当に困った人達よねぇ」と言いながら右手を頬にあてて溜息をつく千鶴に雫は苦笑を浮かべるしかなかった。

 それから先程から蚊帳の外であったほのかに千鶴と末の娘である優姫を紹介した。

 しばらくすれば禅十郎が九校戦の機材を運びにやってくるのだが、千鶴達を残していくのも忍びなかった為、雫達は友人に禅十郎を見かけたら伝えるようメッセージを飛ばして一緒に待つことにした。

 

「ねーねー、まま」

 

 マイペースな宗仁は母親の服を引っ張り、雫を見つめた。

 

「どうしたの、宗くん?」

 

「おねーちゃんがおじちゃんのかのじょ?」

 

 その質問に雫とほのかは揃って硬直する。流石は子供と言うべきか、興味を持ったことをあっさりと聞いてくる。

 

「うーん。それはちょっと答えにくいわねー」

 

「だって、まえにいえにとまりにきてまほうのれんしゅうしてるのみたもん」

 

 宗仁の爆弾発言にほのかは雫に目を向け、笑みを浮かべた。

 

「雫、それってどういうことなのかな?」

 

 笑顔であるはずなのにどこか黒かった。秘密の特訓の事を禅十郎の家でやっていたことを全く知らなかったほのかは雫を問い詰める。

 

「……別に。禅の家で特訓してただけ」

 

「私、そんなこと聞いて無いけど」

 

「言う必要は無いと思ったし、禅も情報漏洩の為に教えない方が良いって言ったから」

 

 徐々にほのかの笑顔が怖くなり、雫は顔をそむけた。

 

「まいにちおじちゃんとおそくまでどうじょうにいたんだよー」

 

 雫の窮地に宗仁が無邪気に爆弾発言をかまして、ほのかは目を丸くする。

 

「雫、もしかしてっ!?」

 

「九校戦に向けて練習してただけ。特にやましいことはしてない。それに体力お化けの禅を相手にしたら大変だよ、きっと」

 

 その言葉の意味を理解し、やや暴走しかけていたほのかは冷静さを取り戻した。

 

「だ、だよね……」

 

 ただでさえ若い男女が同じ屋根の下で暮らしていても流石にそこまでは行っていなかったことにほのかは安堵する。

 

「あと、むかしはいっしょにおふ、むがむが……」

 

「宗くん、それ以上話しちゃダメよ」

 

「めー」

 

 何か言いかけた宗仁の口を手でふさいだ千鶴と、何となく宗仁が叱られていることを理解した妹の優姫が彼を窘めた。

 その光景を見たほのかと雫は揃って和んだ。幼い子供の行動はいつもその場を和ませる最強の癒しである。

 

「こんにちわ、千鶴さん」

 

 そんなやり取りをしていると、千鶴に気付いた真由美が挨拶にやってきた。

 

「あら、真由美ちゃん。九校戦三連覇おめでとう。試合もすごく良かったわよ」

 

「ありがとうございます。それと妹達がお世話になりました」

 

 九校戦期間中、千景だけでなく千鶴も妹の面倒を見てくれていたのである。千鶴も千景に負けず劣らずの才女なのだ。

 

「気にしなくて良いのよ。泉美ちゃんも香澄ちゃんもこの子達の面倒も見てくれて助かったわ」

 

 そんなことを話していると千鶴は何かを思い出したような顔を浮かべた。

 

「真由美ちゃんもいるから丁度良いわ」

 

 何が丁度良いのだろうかと三人は疑問に感じた。

 すると先程までと少し雰囲気が変わり、千鶴は神妙な顔つきになった。

 

「モノリス・コードで事件があった目の夜、弟が怒らなかったかしら? それもかなり荒っぽい口調で」

 

 その質問に三人は目を丸くした。彼女の言う通り、禅十郎はその日の夜に嘗てないほどに激怒したのだ。

 

「千鶴さん、どうしてそれを……」

 

 驚きすぎてどう言えば良いのか分からない雫とほのかに代わって真由美が尋ねた。

 

「電話した時の声色で何となくね」

 

 声色だけで彼が何をしたのか察知するとは流石は禅十郎の姉だと三人は感心した。

 

「差し支えない程度に教えてくれないかしら、あの子があの日何をしたのか」

 

「……分かりました」

 

 当時のことをすべて知っている真由美はその時のことを語り始めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 モノリス・コードで事故が起こった日の夜。

 怪我をした者を除いて、新人戦のメンバーと真由美と中条を除いた九校戦の幹部がミーティングルームに揃っていた。

 あの事故に対して動揺している生徒は少なくなかったが、男子は克人達、女子は達也のフォローもあって一度落ち着きを取り戻した。しかし、今回の招集はモノリス・コードに関するものだと言うことだと全員が理解しており、この先どうなるのかという不安が彼らにはあった。

 その為、一年生は気軽に会話をすることが出来ず、ずっと沈黙が続いた。

 

「なんだ、この辛気臭ぇ部屋は。ここは葬式の会場かなんかですかぁ? 誰も死んでねぇのに縁起でもねぇことしてんじゃねぇよ」

 

 扉が開くと同時に聞こえた男の声を耳にした多くの一年生が揃って扉の方へと目を向ける。そこにいるのは今も入院中だと思われていた禅十郎の姿があった。

 後ろには呆れた顔をしている真由美もいる。

 

「うそ……」

 

「なんで、お前が」

 

「本物なの」

 

居るはずのない人物が現れたことに対して驚愕する同期を見て禅十郎は溜息をついた。

 

「その反応はもう先輩達で充分だから。心配しなくても俺は幽霊じゃねぇし、変装した誰かさんでもねぇよ」

 

「篝、お前は少し周りを気遣うことを覚えろ」

 

それを見兼ねた服部が禅十郎を注意した。

いくら何でも無神経すぎる言い方である為に一部の幹部達が揃って頷く。

 

「そんなこと言われましてもねぇ。怪我して戻ってきて心配されるより、幽霊を見たって反応される方が傷つきますよ」

 

「しかしだな」

 

「やめとけ服部、篝の言うことも一理ある。俺もそんな反応されたら凹むぜ」

 

 服部が反論するところを桐原に止められた。

 普段は抑えていても服部が禅十郎を嫌っている事を知っている桐原はこのままだと話が長くなりそうな気がすると思った故の行動だった。

 

「リンちゃん、これで全員揃っているかしら?」

 

 真由美の問いに鈴音は頷いて答えた。

 それから禅十郎は入り口の近くで待機し、真由美は新人戦メンバーの前に立って今回の招集について話し始めた。

 まず話した内容は全員が周知である禅十郎を除くモノリス・コードの選手が大怪我をしたが、後遺症が残るほどの重症ではないことだった。

 夏休み中に完全に回復すると言われて多くの者が安堵した。やはりトップから実際に言われると現実味があり、それがより一層彼らを安心させるようだ。

 

「次にお話しすることは今後のモノリス・コードについてです。十文字君のおかげで代理選手による出場を認めてもらうことが出来ました」

 

 そのことに一年生、特に男子がざわついた。これまで例のない代理選手による競技の続行に対して何も思わないはずがない。

 

「七草先輩、選手は誰になるんでしょうか?」

 

 新人戦男子の一人が真由美に質問する。

 話は最後まで聞くべきだが、それでも真由美の手腕であれば、話を円滑にすることが出来る事を知っている上級生達は揃って黙っていた。

 

「選手は既に決まっています。一人目はそこにいる篝禅十郎君、二人目は司波達也君、三人目は一年E組の吉田幹比古君です」

 

 発表されたメンバーの名前を聞いた瞬間、ざわつきは更に大きくなった。

 

「お前達、静かにせんか」

 

 それも摩利の一声ですぐに収まった。

 

「既に大会委員会にはこのことを伝えてあります」

 

 真由美のその言葉はもう変更はできないと言うことを意味していた。そして、異論は認めないと言うことでもある。

 しかしながら、それでも納得できない者は必ずいる。

 

「七草先輩、何故その三人なのか理由を教えてください」

 

 先程質問した男子が再び真由美に質問する。

 

「司波君は自身の競技用のCADを明日までに用意できる技量があります。今から新たにモノリス・コード用のCADを用意するにしても、この中でモノリス・コードの候補者はいません。明日までに十分な用意するのは難しいと判断しました。篝君は試合に出て支障がないと病院から連絡が来ています。それに彼は司波君と組んでも問題ないと本人と戦術スタッフも認めています。最後に吉田君ですが、彼は司波君からの推薦です。彼の手の内を知っている為、チームを組みやすく、明日までにCADの用意が可能だから許可しました」

 

 真由美の隙の無い回答に男子生徒は口ごもる。ここまでしっかりとした理由があれば、それを覆す要因が思いつかなかった。

 それから彼は黙ってしまい、これ以上の質問はないと真由美達は思っていた。

 しかし、感情というのはやはり理屈ではないのである。

 

「では、何故僕達に相談してくれなかったのですか?」

 

 これで切り上げようとした直前、今度は別の男子生徒が真由美に尋ねた。

 彼は競技に一つしか出場していない。もし、代理として選ばれるのなら自分ではないかと初めに期待していたが、事前に通達がないまま選手が決まってしまった。

 その挙句、選ばれた選手の内二名が二科生であることに不満を抱き始めていた。

 

「何も言われずに一方的に決定したことを納得することは出来ません」

 

 モノリス・コードで活躍できると思っていた淡い夢を一気に砕かれ、その上、代理の選手がすべて二科生から出ていることが気に入らなかった。

 摩利や服部が彼を窘めようとしたが、真由美が手でそれを制した。

 

「確かに相談もせずにこちらで決めてしまったことを、はいそうですかと納得することは難しいでしょう。委員会から提示された締め切りまであまり時間も無い為、事後報告になってしまったのは申し訳ないと思っています。しかし私達も三連覇を果たす為に彼らを代理選手として選びました。決して勝負を投げたわけではありません」

 

「ですが……」

 

 まだ何かを言おうとしていたが、それは後ろからの壁を叩く音で遮られた。

 ここにいる全員がそこに目を向けると、拳を壁に叩きつけている禅十郎の姿がそこにはあった。

 

「ガタガタぬかすな」

 

 その声は大きくもなく小さくもなく、それでいて低くドスのきいたものだった。

 

「選ばれなかったからってリーダーが決めたことに文句をつけるな」

 

 真由美に食って掛かった男子生徒を禅十郎は睨んだ。

 怒ることは何度か見てきたが、今日の彼はここにいる誰もが全く見たことが無い憤怒に満ちた形相であった。それを目にした多くの者が戦慄した。

 

「この際はっきり言ってやる。お前等の中から選んでも明日のモノリス・コードで勝ち星を取る可能性はほぼゼロだ」

 

 あまりにもストレートなら言い方に新人戦男子メンバーは声も出なかった。

 一方、女子の反応は様々だった。深雪や雫のように静観する者、ほのかのように困惑する者、スバルのように興味深いと話に耳を傾ける者だ。

 

「まず第一に、他人の努力を認めていない奴に俺は背中を預ける気はない。この九校戦で達也が出した功績をお前等は賞賛するどころか嫉妬していた。それがおかしいとは思わなかったのか? あいつは俺達と同じ第一高校を代表する技術スタッフだ。それをなんだ、お前らの態度は?」

 

「禅君、ちょっと落ち着い……」

 

「先輩は少し黙っててください。ここは俺の役目です」

 

 魔法科高校に入学して初めて禅十郎が真由美に対して本気で逆らった光景を目にして、上級生は揃って目を丸くする。これまで彼女からの頼みごとは嫌々ながらもやってきた為に、本気で反抗する光景など想像できなかった。

一部の上級生達が禅十郎を止めようとしたが、克人と鈴音、摩利の三人が止める。

 

「他人の努力を素直に認められないで不貞腐れて、成績不振になった奴が今更まともな試合が出来ると思ってるのか。先輩達がフォローしたって言うのに持ち直せないまま、結局今回の新人戦の結果は殆ど女子と達也に頼りきり状態だ。お前等恥ずかしいと思わないのか」

 

「だから、その挽回を……」

 

「これまでの行動でその信用がガタ落ちだろうが」

 

 ぐうの音も出ない正論に男子一同は揃ってうつむいてしまう。加えて禅十郎は彼らの中で唯一優勝を勝ち取っており、結果を出している所為で反論する勇気すら彼らには無かった。

 

「それと七草先輩は甘すぎです」

 

(ええっ!? こっちに飛び火した!?)

 

 禅十郎が真由美を呼んだ時、彼女は唐突のことに驚きを隠せなかった。

 

「傷つけないように優しく振る舞う所は先輩の美徳ですよ。ですがね、そもそも傷つけないことは優しさになりません。間違いを厳しく正し、時と場合によっては鉄拳制裁をもって道を示すことも大切だと先々代の生徒会長も言ってましたよね?」

 

「え、ええ……」

 

(あ、これはダメかも……)

 

 真由美は今の禅十郎を止める術はないと確信した。今の状態は感情的ではなく理性的な怒りなのだ。

 鬱憤を晴らすように喚き散らすような怒り方であれば、別のことに意識を向けさせれば、簡単に彼を止めることが出来る。しかし、もうこれは手の出しようがないのだ。

 看過できない事への怒りを募らせ、我慢の限界を超えた禅十郎はそれを正さねば気が済まない。この状態の禅十郎を口で止めるのは真由美でも難しいのだ。あるとすれば、実力をもって黙らせることだが、それが簡単に出来る人物はここにはいない。

 もはや真由美も今は静観することしかできないのだ。

 真由美に対して言いたいことは無くなった禅十郎は再度チームメイト達に目を向ける。

 

「お前等が試合に出るとして、今から作戦を考えられるのか? 俺達は先輩達と時間を掛けて用意した上で試合に臨んだ。お前達は最低でも新人戦優勝を狙う作戦を今から一から作り上げる事になる。モノリス・コードで使用する魔法、チームでの役割、相手の出方による戦術。文句を言えるということは直ぐに思いつくんだよな?」

 

 ほぼ無理であると、彼等は心の中で呟いた。

 先程まで真由美に意見していた生徒も無駄な虚勢を張ることもしなかった。

 

「もしそれが出来たとしても、先輩達は徹夜確定だ。因みに達也に任せても結果は同じだからな。お前等の得意としている魔法を全く知らないから明日までに出来ることは限られる。そんな状況下で無茶をすれば、明後日以降の試合の勝率が下がるのは明白だ。だったら負担が少ない上に勝率の高い方を選ぶのは至極当然のことだろ」

 

 この時、ここにいる誰もが、目の前にいる禅十郎が別人に見えていた。破天荒な問題児としての認識が強かったこともあるが、真面目に話をする為に禅十郎への違和感がより際立っていた。

 禅十郎にさんざん言われたチームメイト達は揃って下を向いて黙っていた。反論したくても彼の言葉を覆せないために、何も口に出来ない。

 

「その上で聞くぞ。お前等、それでも自分達が出ればモノリス・コードに勝てるって断言できるのか? 新人戦優勝まで確実に持っていけるって言えるのか? 自信をもって言える奴がいれば立て!」

 

 出来るわけがない、と言いたげに誰一人として禅十郎に目を合わせる者はいなかった。

 

「今回の九校戦で魔法以外で自分の足りないものが何なのか理解しろ。それが分からなかった奴は、これから先、我武者羅に努力したところで直ぐに限界に達する。別にこれまでの自分の努力を否定しろとは言わん。第一高校に合格した以上、その努力は本物だ。だがな、俺達が目指すべき目標ってのはその程度のものだったか。それを知った上でこれからどう行動しなければいけないのか考えろ。そうしなければ掴みたいものも手にすることは出来ない」

 

 そう言うと禅十郎はゆっくりと扉に向かった。

 

「言いたい事は以上だ。七草先輩が言った通り、明日の試合は俺と達也と吉田の三人で出る。まだ何か言いたい奴は俺の所に来い」

 

 そう言い残して禅十郎は部屋から去っていった。

 言いたいことだけを言った彼を止める者はこの時、一人もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の出来事を聞き終えた千鶴は困ったと言わんばかりに溜息をついた。

 

「あらあら、禅ちゃんったらますます宗ちゃんと父に似てきたわね」

 

「あの時の禅君は本当に怒った隆禅さんにそっくりでした」

 

 真由美の言葉に雫は首を振って激しく同意した。

 二人は小さい頃に隆禅に叱られている禅十郎を見たことがあり、その光景は今でも鮮明に覚えていた。あの時、隆禅の言葉は禅十郎に言っているはずなのに何故か聞いている全員に言って聞かせているような感じがした。

その上、彼の並々ならぬ威圧感もあり、思わず泣きそうになったこともあった。

 一方、叱られている張本人は泣くよりも隆禅の言葉に関心してしまい、叱られている様子には全く見えず、隆禅に更に怒られるという悪循環を生み出していた。

 

「皆、本当にごめんなさいね。でも、あの子も悪気があって言ってるわけじゃないの」

 

「いえ、禅に言われた男子には良い薬になったと思いますから」

 

「私もちょっと怖いなって思っただけですから。その……普段とは違っていて驚きはしましたけど」

 

 ほのかの言葉に千鶴はくすくすと微笑んだ。

 

「普段はいい加減で加減知らずな所があるものね」

 

「「ええ、まったくです」」

 

 見事にハモった真由美と雫にほのかと千鶴は揃って笑みを浮かべた。

 

「でもその所為で男子は揃ってその日はずっと沈んでしまって、フォローするのが大変でした」

 

「そこは本人達の問題よ。自分で立ち直らなきゃ、前に進めないわ」

 

(あっ、そう言う厳しい所は篝君と同じなんだ)

 

 少しだけ禅十郎と似ているところを発見したほのかであった。

 

「ままー、ぱぱからめーるきたー」

 

 そうこうしていると、宗仁の言う通り千鶴のカバンの中からメールの着信音が鳴った。

 少しだけ申し訳なさそうに頭を下げ、端末を見る千鶴。

 

「主人が禅ちゃんを見つけたそうなので、私はこれでお暇させてもらうわ。これからも弟をよろしくおねがいします」

 

 別れの挨拶をすますと、千鶴達は三人の前から去っていった。

 彼女達が扉を出るのとほぼ同時に、慌てた様子の服部が外からやってくるのを三人は目にした。

 当の服部は、あたりをキョロキョロと見渡し、真由美の存在を確認すると駆け足で彼女達のもとへやって来た。

 

「会長、大変です!」

 

「どうしたの、はんぞーくん?」

 

 慌てた様子に真由美は首を傾げる。

 やや息が乱れているが、服部は息を整えずに真由美にこう言った。

 

「……が、誘拐されました」

 

「え……」

 

 キョトンとした顔をする真由美を見て、服部はもう一度言った。

 

「篝が……誘拐されました」

 

 一瞬の静寂があった。真由美だけでなく雫もほのかも唐突のことに言葉が出なかった。

 

「えっと、はんぞーくん。もう一度言ってくれるかしら?」

 

 聞き間違いだろうと、真由美はもう一度服部に言うように促した。

 

「ですから、篝が誘拐されたんです!!」

 

「え……」

 

 誰かは分からないが、声を漏らした。

 

「「「ええぇぇぇぇぇぇっ!!!?」」」

 

 そして、三人の驚きの声が響き渡った。

 魔法科高校の生徒達の夏休みは問題児の波乱によって幕を開けるのだった。




いかがでしたか?

こんな感じで九校戦編は終了し、夏休み編が始まります。

そこまで長くしないつもりですが、いろんなキャラに焦点を当てた話をする予定です。

では、今回はこれにて。

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