さてさて、今回から夏休み編が始まります。
原作だけでなく、オリジナルの話も追加していく予定です。
では、お楽しみください。
夏のとある一日
八月が終わるまでもう数える程しかない。
しかし、この俺、大神賢吾のすべきことは変わらない。
目覚ましと共に起床し、朝食をすまして出社する。
「大神さん、おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「昨日頼まれた資料、机の上に置いておきました」
「分かった。あとで目を通しておく。昼休み前にまた来てくれ」
「分かりました」
「葉知野、例の件は」
「もう終わってますよー。それにしてもこの青年社長、ヤクザとの関係が暴かれてからの落ちっぷり。もう、見る影もねぇや」
社員との挨拶と同僚の仕事の進捗もしっかり確認するのが、出社して最初に行うことだ。
「なにぃぃぃっ!
「俺、女優に興味ないか……ぎゃーっ! マキマキが結婚したぁぁぁぁっ!!」
まぁ、時折、仕事に関係あるようでない事をする輩がいるのは否めないが……。
腕は超一流だが、かなり癖のある奴がここには沢山いる。
たとえば……。
「ねぇ、誰か新しい治癒魔法の実験に付き合ってくれる奴はいないかい?」
部屋の扉を力強く開けてやってきたのは猪瀬麗華、結社専属の医者だ。
「嫌っすよ。どうせ前の実験の改良を試したいだけでしょ。アレ、盛大に失敗したじゃないっすか。珍しく社長にも怒られたもんの手伝いなんてしたくな、あばばばばばばばっ!!?」
壊れたロボットのような奇怪な声を上げる葉知野を見て、俺は呆れた。
余計なことを言わなければ、痛い目に遭わないというのに……。
「『ライト・スタン』か……。猪瀬、医者が患者を作ってどうするんだ。あと、社内の中だからって魔法をやすやすと使うな」
「そんなこと言われたってね、肝心の患者が来ないんじゃ、暇で暇で仕方ないんだよ。だったら実験するしかないじゃない」
「だからって直ぐに人で試すな。そういうことは実際に段階を踏んでから行え」
「一通りデータが取れたから、今度は人で試したいんだよ」
猪瀬は腕は確かだが、新しく開発した魔法を実験をしたがるのが悪い癖だ。
スタンガンより威力は弱いが、相手の体の自由を奪う放出系魔法『ライト・スタン』を使って実験動ぶ……もとい被験者を勝手に用意しようとするため、毎回止めるのが大変なのだ。
それでも従来の治療魔法より治りが早いものを作っているために、社内で最も信頼できる医者であるのは間違いない。
そして、その実験動ぶ……被検体にされそうなのが、情報収集を得意とする葉知野翔平だ。
『電子の魔女』ほどではないが、魔法を使ったハッキングを得意としており、ある事件を境に社長にヘッドハンティングされ、結社に所属することになった。
給料の殆どを趣味に使い、社内の机も奴の趣味で染まっているが、情報収集能力の高さは社内でもトップクラスなだけに誰も文句が言えないでいる。
今では文句を言えるのは俺ぐらいだ。
そして葉知野の隣で爆笑している奴は葉知野のサポートとその他諸々の雑用をしている
雑用とは言っても主に足で情報を調べることを得意としており、近所の奥さんから企業の社長までと幅広く顔が利くため、葉知野とは違った方向性の情報収集は彼が行っている。
因みにこいつの趣味は有名人のゴシップネタを探すことだ。
こいつが情報をリークしたことでいくつかの芸能人や企業の社長が落ちぶれたこともある。
その罰が当たったのか、先程からファンの女優が熱愛の噂が立っていることを知り発狂している。
まったくいい気味だ。
「それより、来月の護衛依頼についてお前らちゃんと用意はしてるんだろうな?」
「頭の片隅には入れてやすよー」
「依頼内容はちゃんと読んでるけど、アレで怪我人が出るとは思えないんだけど」
「護衛対象の人間関係調べて、派手にやらかそうとする人はこの間挙げた三人ぐらいですからねぇ。まぁ、恨みを持っている人はその何倍もいますけど、経済的に難しい奴らばっかですし」
最低限のことはやっているようだが、あまりやる気がないような態度に俺は頭を抱える。
「あー、そう言えば、つい一時間前にヨッシーが挙げたうちの一人が数百万を使った形跡が出てきたんで、刺客を送ってくる可能性がありそうっすよ」
明らかに障害となりうる情報であるのにやる気のない葉知野の態度に大神は口元を引くつかせる。
「馬鹿もん、それを先に言わんかっ!」
「だって
社長からの言葉なら仕方がないと、大神は怒りを抑えることにした。
「あの人か。……なら問題はないな」
何処か思い当たるような言い方をする大神に猪瀬はうんうんと頷いた。
「あのおっさん、能力は高いけど、野心家なのが玉に瑕よねぇ」
「なにせ、次期社長になれないことに一番腹を立ててる人っすよ。もともとエリートコースから外されたところを社長にスカウトされて今の地位に上り詰めた人っすから。若い世代に追い抜かされそうで苛立ってるんっすよ」
「ま、俺は給料さえくれればだれが社長でも構わないんですけど。まぁ、あの坊ちゃんが社長になった方が面白そうな気がしますけどね」
「で、その次期社長は何処で油を売ってるんだ」
忌々しく悪態をつく俺に、葉知野は軽快に笑った。
「大神さん、本当に大将のこと嫌ってるっすねぇ」
「嫌ってるんじゃない、俺はあいつに腹を立てているだけだ!! あの馬鹿はあそこまで仕事が出来ながらたるみ過ぎだ。アレを矯正しない限り、我が社に未来はないっ!」
そんな俺を見て、猪瀬は溜息をついた。
「そんなに文句があるなら、笠崎のおっさんの方につけば良かっただろうに」
「それとこれとは話が別なのだっ! そんなことはもういい。さっさと仕事にかかるぞ」
「はいはい……。ああ、そうそう。あの子から伝言だよ。書類と報告書は全部出しておいたってさ。それと今度の警護任務での必要物資の一覧表と研修で来る本家の門下生の名簿と履歴書を見ておけって。今後の仕事で使えそうな奴がいたらアンタの独断で好きに引き抜いていいって」
「……分かった」
本当にやるべきことはちゃんとこなしているくせに、当の本人は何処で油を売っているのだ。
そう思いながら俺は自分のデスクに座って、早速仕事にとりかかった。
「それで吉崎、あの馬鹿はどこに行ってるんだ?」
「あー、坊ちゃんなら今、何人か引き連れて一緒に優先順位の低い奴の裏を取りに行ってます。経済的に依頼できなくても、裏仕事をするグループのトップと関係を持ってるなら低価格で依頼できる可能性もあるんで。調べたら二人程ヒットしましたよ」
「おい……。俺は何も聞かされていないんだが?」
「まぁ、思い付きで動いてただけですし、ハズレの可能性もあるんで表立って動かなくて良いから俺らは通常運転でって坊ちゃんと社長が」
「……はぁ」
また勝手に動いているのかあいつは……。
まぁ、これ以上仕事が増えないなら別段困ったことは無い。
無いのだが、あいつが勝手に行動しているだけで妙な胸騒ぎがする。
ふとした事で行動する時に限ってあいつの勘はバカみたいに当たる為に、嫌な予感しかしない。
「そう言えば、あいつは誰を連れていったんだ?」
「えーっと、確か……荻さんと
葉知野が挙げた人物を聞いた俺は驚いて思わず、椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。
「結社きっての武闘派ぞろいじゃないかっ!!」
戦闘能力トップクラスの猛者達を何さらっと連れて行ってるんだあいつは!
「なんか色々調べてみたらブランシュの残党が匿われてる可能性があるとか言ってましたよ。じゃあ、ついでに調べますかって荻さんに相談したら、仙石のおやっさんが面白そうって話に乗ってきて、綾瀬さんが最近体を動かしてないから行きたいって駄々こねて、それを見兼ねた神崎の姐さんが綾瀬さんの保護者としてついていくってことになって。そんで社長に言ったら、ゴーサイン出ました」
「う……うーん」
吉崎の言葉に俺は頭が痛くなった。
「ピクニックでも行くノリなの、あいつら?」
猪瀬の言う通り、ノリが軽すぎる。
というより、何でそんなところにまで発展するんだ。
「明らかに過剰戦力っすよねぇ」
「当たり前だ! それだけいれば軍の一個中隊を相手に出来るだろうがっ!!」
「まぁまぁ、大神さん落ち着いて落ち着いて。むしろそんだけいれば間違いなく失敗しないんですから」
「でもねぇ、そんだけいると相手が可哀そうになってきたよ。殺しても死なないような奴らが一気に押しかけて来るんだから。下手すれば……」
猪瀬が話していると、部屋をノックする音が聞こえた。
俺が返事をすると、最近就任した社長の秘書官が入ってきた。
彼女が来た瞬間、俺の胸騒ぎは当たっていたのだと確信した。
「社長からの皆様に連絡です。現在、禅十郎様が調査している組織を護衛対象の障害と断定。現在の仕事をすべて中断し、サポートに回るようにとのことです」
その言葉を聞いて、ここにいる全員が苦笑を浮かべる。
「わーお、当たっちまったっすねぇ」
「じゃ、あたしも仕事に……ってよく考えたら、あいつらじゃ負傷しても掠り傷程度か……。大神、大怪我して戻ってきな」
「バカなことを言うな。お前の実験台になるのは御免だ。そもそも俺は前線に行くスタイルじゃない」
そう言って俺は即座に支度を整える。
と言っても持っていくのはCADと移動用の車くらいなのだが……。
「後のことは任せるぞ」
「大将によろしくっす」
「了解でーす」
「怪我人よろしくー」
三人からそう声を掛けられつつ、俺は現場に向かうのだった。
数時間後、篝隆禅は社長室で様々な書類に目を通していた。
「今日は御子息が随分と御活躍されましたね」
先程、大神達に伝達をしていた秘書官の女性がお茶を淹れて、隆禅の机の上に置く。
「いや、まだまだだな。他の者であれば、あと二割ほど被害を少なく出来る」
お茶をすすりながら、厳しい判定をする隆禅を見て、秘書官は困惑した。
「あの若さであれば充分な働きだと思いますが……。それにあれ程の才能を育て上げれば、次期社長も十分に務まるかと」
「それでも納得していない者がいるのは事実だ。現に私が禅十郎を次期社長にすると公言してから、笠崎を支持する者達が何度か私に交渉してきている」
現在結社では次期社長に関していくつかの派閥が出来上がっていることを社内の殆どの者が認知している。
その中で最も活動しているのは、古株の一人である笠崎
禅十郎が次期社長にふさわしくないと考え、笠崎を次期社長にするべきだと何度も面会を求めてきたが、隆禅は話は聞いても取り合おうとはしなかった。
「社長、軋轢が生じると分かっていて何故あのような事を、このようなことをせずとも……」
「今のままではいずれ我が社が崩壊すると思ったから、あのような事をしたのだ」
秘書官の言葉を隆禅はそう言って遮る。
「知っての通り、この結社は始めは吹けば飛ぶような組織だった。だが、私の思想に賛同してくれた者達が集ったことで十師族や百家からも信頼される組織にまで成り上がった」
「先代からその話は窺っております。当時、充分な才能が見出されない為に不当な扱いを受けていた魔法師も十分に活動できる職場を作る社長の理念のもとに設立したのがこの結社だと」
「その通りだ。だが、組織が大きくなったことで私は実感した。今の結社が理念ではなく、私という存在が柱となっていることにだ」
組織を設立した当初は、彼の理念に賛同して集う者が多かったが、組織をまとめ上げる才能がなければ、数年で解体されるのは想像に難くない。
それが十年以上続いたのは間違いなく篝隆禅のカリスマ性によるものが大きかった。
だからこそ、隆禅が抜けることの代償は大きい。
「私が抜けた後に組織を立て直してからでは遅い。今のこの国は政府と魔法協会、そして我が社によって、外敵から守っている。だからこそ、僅か一時でも綻びが生じてはならない」
「ではそれを対処する為にあのような事を?」
「その通りだ」
勿論、それだけではないのだが、隆禅はすべてを秘書官に話すつもりはなかった。
「では何故、彼を御子息の補佐に置いたのですか?」
「大神のことか?」
「はい、彼は御子息と何度も衝突していると聞いているのですが。今回の件でもいがみ合っていたと報告が上がっています」
「あの二人は現状で問題はない」
特に懸念事項は無いと言う隆禅を見て秘書官は首を傾げる。
そもそも彼女は七月末に先代の秘書官が突然体調を崩したことで引き抜かれた代理であった。
その為、関わってきた部署の違いもあり、禅十郎と大神の関係について噂程度しか知らない。
何度か一緒にいるところを見ていたが、どれも大神が禅十郎に食って掛かっている光景ばかりだ。
どう見ても二人が上手く仕事をしているとは思えなかった。
「気になるのであれば、二人の活動報告書を目にすると良い」
「はぁ」
「さて、今日の仕事はここまでとしておこう。君も今日はゆっくり休むと良い」
それだけ言うと隆禅は今日の仕事を切り上げて帰宅した。
結社に残っている社員もごく僅かとなった頃、秘書官は自身の疑問を解決するために資料室へと足を運んだ。
資料や書類はデータでも管理しているが、紙媒体のものも結社では作成している。
因みに彼女は紙媒体の資料や小説を好んでいる。
つまり、彼女にとってこの資料室は心安らぐ空間でもあった。
「確か、このあたりに……」
禅十郎が結社として活動し始めたのは今から二年前だが、それまで遡るには時間がかかる。
だから彼女は、最も身近なこの夏の報告書に手を出した。
書いたのは禅十郎であることを確認し、彼女は資料を開く。
「えーっと……『九校戦終わりに堂々と人を拉致るとか何を考えてるんだ、あのバカ兄貴は!!』……はい?」
開いた瞬間、書かれていた文章を見て彼女は首を傾げる。
そして、これが数か月後に代理から正式に秘書官に任命される
はい、今回はオリキャラ達がメインの話です。
次回から時間が戻って、九校戦終了直後の話となります。
それと、活動報告はしていないので知らない方が多いと思いますが、現在、入学編を大幅に書き直しています。
と言っても内容ががらりと変わることはありません。
『あっ、ここ書き忘れてたわ』程度です。
良ければ、そちらも見てみてください。
では、今回はここまで。