珍しくサクサク書けたので投稿しました。
新作アニメ、今期は良い作品が多そうな気がする。
「着いたぁぁぁぁっ!」
総会開始まで残り五分を切ったところで禅十郎は会場の入り口に辿り着いた。
「きゅー……」
そしてお姫様抱っこされて高速の世界に生身で足を踏み入れた明日香は目を回していた。
入り口で待機していた総会の受付嬢が明日香を見て目を丸くする。
「ぜ、禅十郎様、これは一体……?」
「ん? 遅刻しそうになったから全力ダッシュしてきた」
「は、はぁ……」
さも当然のように言う禅十郎の言葉に受付嬢はどう反応すればいいのか分からなかったため、曖昧な返事しかできなかった。
「あの、そちらの方は如何いたしましょうか?」
受付嬢は明日香を見て禅十郎に尋ねる。
顔色は悪くないので大丈夫だと思うが、先ほどのスピードを考えると心配になってしまう。
ちらりと明日香を見て、禅十郎は少し考える。
「ま、大丈夫だろ。もうすぐ立てるようになるだろうし、このまま連れてくわ」
そう言いながら、お姫様抱っこした状態から明日香を肩に担ぎ直す。
なんとも雑な扱いに面食らう受付嬢だが、禅十郎は気にせずに中へと進むのであった。
禅十郎が入り口に到着する数分前、総会の会場では禅十郎以外の師範と師範代達が揃っていた。
会場は広い和室となっており、四十人以上が既に待機している。
篝家が営んでいる道場は九州を本部として、他の日本の地方にそれぞれ一つ、合計七つの支部が存在している。
そこの代表および師範代が最低でも五人いる為、全員が揃うとそれほどの数になるのだ。
そして現在、道場の総括である源十郎が上座に座り、下座には本部を含め各支部の師範と師範代が並んでいる。
「源十郎さん、あの小僧がまだ来とらんぞ」
東北支部師範の男が呆れた顔で源十郎に言った。
「うーむ、婆さんももう出とると言っとったがのう……」
「そもそも禅十郎を師範代にさせるべきではなかったのではないですか? 隆禅殿の跡を継ぐというのですから免許皆伝だけして、後は自由にしておいた方が良かったかと。あれは道場の面汚しです」
禅十郎を非難したのは、師範中で最も若い四国支部師範の男だった。
「まぁまぁ、そう言わずに。後進を育てることも必要になると隆禅さんが仰っていたのですから。それに悪いことばかりではないでしょう? 自分達より若い、しかも学生が師範代にまで上り詰めたと聞いて、私の門下生は揃ってやる気を出していましたよ」
それを見兼ねた北海道支部師範の女性が窘める。
「やる気って……。どうせ、えげつない事したんだろうが、このドSババァ」
「何か言いましたか?」
「いえ、別に。ただやはりあいつには師範代は荷が重いと思いまして」
「そんなこと言ってる割にお前さん、坊主と試合して勝率四割以下じゃねぇか」
ガハハと豪快に笑いながら関東支部師範である中年の男が四国支部師範を揶揄った。
思い出したくもないことを言われた四国支部師範は苦い顔をする。
師範は実力だけでなれる役職ではないが、彼の実力は師範の中で最も弱い。
その上、禅十郎にも試合で負け越している為に反論も出来ず、後方にいる師範代達も揃って気まずそうな顔をする。
ふと、そんな他愛もない話をしていると。
「爺ぃぃぃぃぃっ!! 刺客を送りつけてくるな、ボケェェェェッ!!!」
という叫び声と共に、騒がしい音が鳴り響いた。
「ようやく来たか、あのバカタレめ」
「それにしても、もう少し静かにできないの? やっぱり兄弟と言っても宗士郎ちゃんとは違うわね」
北海道支部師範が宗士郎を見てクスリと笑うが、当の本人は特に反応せず、目を閉じて黙っていた。
「そう言えば、今回は誰を向かわせたのですか?」
おずおずと中部支部師範の女性が弦十郎に尋ねる。
「今回は近畿支部の門下生を送っておるはずじゃが……。さて、誰がいたかのう?」
「うちの三番手と今年上段に上がった者を九名、計十名を向かわせました」
「あらあら随分とやる気ね。流石に無事じゃすまないかもしれないわね。宗士郎ちゃんは心配じゃない?」
北海道支部師範の女性がそう尋ねるが、宗士郎は相変わらず沈黙したままだ。
我関せずと言いたげな態度であり、足止めされるならその程度の実力だったのだと言いたげだった。
「随分と冷たいわねぇ。もう少し心配してあげてもいいんじゃない? あなた、必要な事しか口にしないんだから、偶には余計な事も口にした方が良いわよ。そうしないと……」
「うおおおぉぉぉぉぉぉりゃああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「
だが、禅十郎の叫び声で彼女の言葉が遮られてしまった。
その中にうっすらと女性の声が混じっているようだが、ここにいる誰も気にしなかった。
その後も物を壊す音や何かが折れる音などが聞こえてきて、徐々にこちらに近づいてくる。
「何としてもここで止めるぞ!!」
「邪魔すんなぁぁぁぁっ!!!」
向かわせた門下生と禅十郎の戦闘音が扉越しに聞こえてくると、今まで目を閉じていた宗士郎がその瞼を開いた。
「三十秒か」
総会が始まるまで三十秒に入った瞬間、初めて宗士郎が口を開いた。
その口調は淡々としており、ここにいる誰もが言葉の続きに『遅い』と付け加えた。
そしてほぼ同時に、会場の引き戸が外れるほどの勢いで一人の道着服を着た男が投げ飛ばされてきた。
「よっしゃ、間に合ったぁぁぁぁっ!」
大声を上げて、禅十郎は会場に入ってきた。
「禅十郎様、本当に降ろしてください!」
彼の肩には明日香が担がれており、彼女は羞恥心で顔を真っ赤に染めていた。
「いやぁ、やっぱり重りありで片手だけだとしんどいわ。上段者相手に
笑みを浮かべながら禅十郎は自分の席に足を運ぶ。
一方、自分の門下生がやや痙攣しつつ倒れているのを見て近畿支部師範が溜息をついた。
「やはり師範代クラスではないと足止め程度にしかならなかったか」
「いやいや、なかなか強かったですよ。その人がいなかったら、明日香を降ろそうって思いませんでしたから」
「……お願いですから、もう降ろしてください」
未だに禅十郎の肩から降りれない明日香は顔を両手で覆いつつ掠れた声で懇願する。
禅十郎にお姫様抱っこされ、そのまま荷物のように肩に担がれてここまで来てしまい、それを師範や師範代達に見られてしまって明日香は予想以上の羞恥心で立ち直れる気がしなかった。
それを見ていた師範代達は揃って気の毒にと心の中で同情した。
「あー、そうだ。爺、俺の弟子は
だが、そんなことを気にもせずに禅十郎は唐突に明日香を自分の弟子にすると宣言した。
唐突の宣言に明日香は顔から手を放すと驚いた顔を見せた。
当の本人も聞かされていなかったようである。
そして、その宣言に対する反応は様々であった。
唐突の宣言に驚愕する者、相変らずだなと呆れている者、我関せずと沈黙する者、愉快だとゲラゲラと笑う者などなどだ。
しかし、その中で誰一人として反対の声は出ない。
それは誰一人問題無いと判断している事を示していた。
「禅十郎様、私は何も聞かされていないのですが!?」
「おう、今言ったからな。というか明日香の進学は俺の入学時に確定してたんだわ」
その言葉に明日香は絶句する。
全てが唐突過ぎて、何から反応すればいいのかも分からなくなっていた。
そもそも今回、禅十郎の弟子を決めるというのは師範代になった禅十郎への特別措置であった。
禅十郎は学生ではあるものの、既に免許皆伝し、師範代まで昇り詰めていた。
しかし、師範代以前に学生である為に、まともに門下生を教える機会が少ない。
どうにかして後進を育てる経験をさせる為に、禅十郎には比較的年の近い者を弟子におくことにしたのである。
明日香はそのことを聞かされていたが、まさか自分が選ばれるとは思いもしなかった。
肩に担がれたまま、禅十郎の弟子に指名され、挙句の果てに第一高校への進学を言い渡された明日香の思考は完全にフリーズした。
そんな彼女を禅十郎は肩から降ろして、その場に立たせる。
「まぁ、中段合格祝いみたいなもんだ。受け取っておけ」
それを聞いた明日香はようやく再起動して、どうすればいいのかとオロオロとする。
第一高校への進学が合格祝いになるのだろうかと普通は思うだろうが、彼女にとっては十分すぎるものなのだ。
そんな彼女の様子を見て、禅十郎はポンポンと肩を叩いた。
「心配すんなって。一般の成績は問題無いし、魔法理論と魔法工学だって十分に入学できるレベルだ。それにお前ほどの人材をこんな山奥に放置しておくなんて勿体ない。ここより外で色々学んでいいだろ。なぁ?」
禅十郎は師範達に目を向ける。
「坊主が言うならかまわんぞ」
「良いんじゃない?」
「問題は無かろう」
「君の眼は一応信用できますからね。ここだと教えることは限定的過ぎますから」
反対する者は誰一人としていなかった。
「じゃ、俺の弟子はこれにて決定。と言う訳で、明日香はしばらくは入学試験対策に集中するように。これで一つ目の議題は終了だな!」
総会の開始の挨拶もせずに、いつの間にか一つ目の議題が終了してしまった。
「勝手に話を進めおって、バカタレめ」
それには源十郎は溜息をついた。
禅十郎がいるだけでここまで騒がしくなるのかと呆れるだろうが、ここにいる者はその程度で目くじらを立てる程、器は小さくなかった。
「まぁ、いいじゃろう。禅十郎、お前さんも席に着け。明日香もすまんかったな。色々と面倒じゃろうが、もうしばらくこいつの面倒を見てやってくれ」
「いえ、あの……分かりました。……それと、機会を作っていただきありがとうございます!」
深々と頭を下げる明日香。
それを聞いた禅十郎は眉間にしわを寄せる。
「おい、面倒を見るのは俺だぞ」
それを聞いた源十郎は鼻で笑った。
「お前は明日香から少し常識を教わっておけ。まったく誰に似たんじゃか」
悪態をつく源十郎に、多くの師範が目を細めた。
「源十郎さんでは?」
「昔の源十郎殿でしょうな」
「間違いなく、あなただと思います」
「そもそもの元凶はあなたの教育方針にある」
「そうだそうだー、育てたのは爺だろうがー」
師範達と禅十郎が示し合わせたかのように声を上げる。
その中には宗士郎も入っており、彼らの言葉を聞いた源十郎は顔を真っ赤にさせる。
「喧しいわ、馬鹿者共っ!」
そうやって、道場の総会はゆるーく始まり、約三時間ほどで解散した。
その日の夜、そろそろ寝ようかと思っていた禅十郎は隆禅から電話を貰った。
「え、仕事だって?」
九州ではのんびり修行でもしようかと考えていたが、急遽仕事が回ってきたのである。
「ああ、少々九州で厄介な物が発見された。お前にはその確保に動いてほしい。明日の夜には大神が到着する予定だ。明後日以降二人で事に当たれ」
「大神以外は来ねぇのか?」
「他のメンバーも向かわせるが殆ど情報収集に動いてもらう。実質、行動するのは大神とだけだ」
「ふーん、りょうかーい。それで、その厄介な代物ってのは?」
「
「それはまたけったいな物を……。了解、じゃまたな」
そう言って禅十郎は電話を切ると、すぐさま仕事用の大型端末の電源を入れる。
送られた暗号メールを解除して、禅十郎はすぐさま資料に目を通した。
その内容を見て禅十郎は眼を細くした。
「へぇ、確かに厄介な代物だな」
依頼先は国防軍と書かれていた。
確保する代物が
だが、実際に国防軍が依頼してくること事態がまれである為、今回の依頼がただの聖遺物の回収ではないことを裏付けていた。
(回収する聖遺物は……瓊勾玉系統か)
依頼内容は、聖遺物を横流しして着服した者が軍内部にいたらしく、紛失してしまった聖遺物を可及的速やかに回収して欲しいというものだった。
その程度であれば、国防軍でもどうにかできると思っていたのだが、既に別の人物へと売られてしまっており、表立って手が出せなくなったとのこと。
回収するべき聖遺物がどのような魔法研究に使用されているのかは不明だが、国外へと渡すわけにはいかない重要な代物であると記載されている。
また、その聖遺物を買った人物は大手企業の重鎮であり、道楽としていくつか祭典を開いているらしい。
当然、それは表立って宣伝できるような楽しい催しではなかった。
その人物はその聖遺物を今度開く祭典の景品にしたらしく、その祭典に参加して回収せよと資料に書かれていた。
参加者には外国人も含まれており、彼らに渡らせるわけにはいかないのだ。
「で、その祭りってのは……何だこりゃ?」
その祭典を見て、禅十郎は怪訝な顔をする。
このご時世にこんな催しを開いているとは思わなかったからだ。
「地下闘技場だぁ?」
どうやら禅十郎は平穏な夏休みをあまり長く過ごせなさそうである。
如何でしたか?
各支部の師範の名前は決まってるんですけど、あんまりこの先出る予定がないので、なしにしました。
ひょっとしたら出る可能性があるかもしれませんが……。
では今回はこれにて。
※地下格闘技大会を地下闘技場に変更しました。