リアルが多忙で、三か月ぶりの更新です。
それと、九校戦編の内容を一部変更および書き足してますので、よろしければそちらもどうぞ。
禅十郎と別れた大神は特別枠用に用意されたフロアに来ていた。
(なるほど、その手の界隈で名の知れた奴らが揃っているな)
自分にあてられた席を探しつつ、このフロアにいるメンバーをさっと見て大神は今まで見たことのある資料と照らし合わせた。
数名ほど顔がばれても問題ないと自身の力を誇示している者達がいた。
大神の脳内データにある人物を挙げていくと、東北を牛耳っている指定暴力団のナンバースリーや三矢元に並ぶ名の通った兵器ブローカー、海外で活動しているマフィアのボスの右腕など厄介な連中ばかりだった。
中には一切素性が変わらない者もいるが、恐らく変装している者達だろう。
顔が分かっている者達以上に危険な人物が紛れ込んでいてもおかしくはないと大神は警戒心を上げる。
実際、軍の関係者が日本にやってきているとの情報も掴んでいるが、今のところ、大国の軍関係者の顔は認識できない。
今のところ分かるとすれば、ここにいる人の中で自分が最も若輩であるということぐらいだ。
変装をしているという仮定を省けば、ここにいる者達は若くても三十代後半であると見ていい。
そんな中に明らかに年がかけ離れた若造がやってくれば、いやでも目立ったしまう。
(これは少々人選を誤ったな……)
それに気づかされた大神は内心溜息をついた。
だが、今回の仕事は禅十郎と組むのに問題がない人物とすれば、今のところ自分と社長しかいない。
流石に社長をここに呼ぶわけにはいかない為に、このミスは目を瞑るしかないのだ。
気持ちを切り替えた大神は自身の席へと座る。
特別枠用のフロアは四つの方向にそれぞれ大型のモニターが配置され、それを囲むように座席が配置されている。
特別枠ということもあり、座席は高級ソファとなっており、一人につき三メートル四方のスペースが用意されていた。
加えて、ここにいる全員のために専用のタブレット端末を用意しており、起動してみると軽い食事や飲み物も好きなだけ注文できる仕様となっていた。
禅十郎が聞いたら、『何それっ!? 飯沢山食ってもいいのかよ!』とはしゃぐのが目に見えていた。
しかしここにいない男のことを考えても仕方がないので、大神はコーヒーと摘まむものを注文して背もたれに寄りかかる。
それから間もなくして、使用人らしき男が大神が注文したものをテーブルに置いていった。
試合が始まるまで大神はコーヒーを飲みながら一息つくことにした。
流石に金をかけているだけあって、なかなか上等な豆で淹れているようだ。
認めたくはないが、これまで飲んだコーヒーの中でもトップクラスの美味しさである。
その味を楽しんでいるように周りに演技して見せつつ、大神は可能な限り情報を集めることにした。
徐々に特別枠の席が埋まりつつあり、とある界隈では有名な人物達が続々と集まりつつあった。
試合が始まる前に軽い雑談をしている者達や飲み物や料理を楽しんでいる者達がいるため、こちらでも把握していない情報がたくさん集まり、大神は気付かれないようにメモを取り続けた。
そんなことをしていると、魔法師特有の整った顔立ちである大神を見てお近づきになろうと話しかける女性が少しずつ増えていった。
あまり情報収集の邪魔をしてほしくはなかったが、大神は会話によって、さらに多くの情報を手に入れる好機だと考え、知り合いに叩き込まれた女性からさりげなく情報を引き出す話術を駆使して彼女達から様々な情報を手に入れていった。
特別枠の席が埋まり、開始まであとわずかとなると、全員の端末に主催者からの通達が届いた。
それを見た観客の多くが驚いた。
(ルール変更か……)
出場選手が想定より多かったために、よりレベルの高い試合をするために連勝による勝ち抜き方式を新たに追加した。
三連勝したものが本戦に上り、真のチャンプを決めるとのことだ。
ふざけた言い分だが、恐らくここの主催者は本心で言っているのだろうと大神は推察した。
何せ、ここの主催者は悪い噂があまりない。
テロリストや人身売買などの犯罪行為に走っているわけでもない人物がこんな催しを開いている理由は純粋に戦いを見たいだけなのだろう。
嘘か本当か、ここの主催者はかつて格闘技のチャンピオンだったらしく、年をとってからは試合を見る為にこの地下闘技場を作ったのではないかと言われている。
恐らく、今回の情報もより強い実力者を集める口実に使っただけなのだろう。
実際にそれには成功したが、明らかに通常の三倍以上の数の選手がいれば、一日で捌き切れるはずもない為、急遽ルールを変更したのだろう。
(あのバカ、ちゃんと勝ち上がれるといいんだが……)
司会進行のオジゴットが地下闘技場の開幕を宣言を聞きながら、大神は再びコーヒーを口にした。
開幕の宣言後、禅十郎は暇を持て余していた。
自分が試合に出るのはこれから十試合後であり、出番が来るまでしばらくモニターに映る試合を見てどんな選手がいるのか眺めていることしか出来なかった。
(暇だなぁ)
正直に言って、最初の数試合はまったく楽しくなかった。
初戦に出てきた選手の実力はそこまで高くなく、まったく面白みのない試合運びであったのだ。
レベルで言うのであれば、不良の喧嘩の延長線上と言ったところ。
もっと血がたぎる試合でも見せてくれると思っていたのに出鼻を挫かれた。
それが三試合連続で続き、連勝する選手が出てこない。
早く自分の番になれと不貞腐れて次の試合の開始を急かしていると、ようやく禅十郎の望んだ変化が現れた。
その選手は五試合目に新たに入ってきたチャレンジャーだった。
観客だけでなく選手の選手の控室から歓声が上がる。
殺伐とした男だらけの闘技場に現れた数少ない女性選手だ。
選手名はレディ・ラン。
国籍は日本であり、年は二十代後半。
服装は動きやすい恰好ではあるが、服がぴっちりと体に張り付いているタイプである為にボディラインがはっきりと見える。
程よく鍛え抜かれた肉体でありながら、禅十郎から見ても彼女はかなりスタイルが良く、闘技場では不似合いな色気が出ていた。
オジゴットも彼女の登場に興奮して、お茶の間では到底聞かせられないワードを並べていた。
だが、それを無視できるほどに彼女に対して禅十郎は本能的に期待していた。
そして、勝手に抱いた期待を彼女は見事応えることとなる。
試合開始直後、対戦相手の男はレディを女だからと言って少々舐めている様子であり、嫌らしく舌なめずりする。
その瞬間だった。
舌を出した瞬間、彼女は一気に詰め寄って下から男の顎に向けて容赦のない鋭いアッパーを喰らわせる。
舌を出していたことが仇となり、強制的に舌を噛んだ男は悶絶するが、レディは容赦なく的確に急所に向けて拳を叩き込む。
しかも詰め寄ったときに、彼の足を強く踏んで簡単に動けないようにしている
逃げることが出来ずに一方的に殴られ、ひたすらサンドバックになった相手選手にとってせめてもの救いは一撃も股間に叩き込まれていないぐらいだ。
最後に顔面に一撃を叩き込み、試合終了の合図が鳴る。
観客も控室も彼女の勝利に歓声を上げる中、彼女の試合運びに禅十郎は軽く拍手を送っていた。
(余力を残しつつ的確な攻撃を一撃一撃正確に打ち込んでやがる。さっきまでの選手達とは明らかに違う。喧嘩慣れしてるレベルじゃあない)
本格的に体術を習ってきた上で異なる流派や体術を相手に実戦慣れしている。
ようやく骨のある選手が出てきたと禅十郎はマスクの下でニヤリと笑みを浮かべた。
そして、レディは禅十郎の予想通り、余裕で三試合連続勝利を掴み、見事勝ち上がってみせるのであった。
一方、ようやく禅十郎が楽しみ始めていた頃、大神は精神的に負いやられていた。
先程から周りの女性に声を掛けられ、その対処するのが面倒になっていたのである。
容姿が整っていることが多い魔法師でも大神の才能は平凡ではあるものの、十分にイケメンの部類である。
その為に、若くて良い男を囲いたい女性達が直接大神の所に足を運び、何度も誘いを受けては断るの繰り返しをしていた。
(もういい加減にしてくれ……)
疲れて眉間を指で押さえていると、また誰かが声を掛けてきた。
だが、珍しいことに今度は男であった。
「随分と大変そうだね。やはり色々経験してきた女性というのは良い男を見る目が秀でているようだ」
大神に話しかけてきたのは隣にいた和装を纏った初老の男であった。
「私の若い頃が君のようであったらもう少し良い家内が見つかったかもしれないな」
唐突に昔話をしてくる男に大神は「はぁ」としか言えなかった。
「おお、すまない。こんな老人の妬みを聞いても嬉しくはないか」
「ええ、そうですね」
大神や少々精神的に疲れている所為で、思わず本音を漏らしてしまった。
それに気付いて後悔したが、どうやら本音を語ったことが男に好印象を与えたらしく、男は軽快に笑った。
「最近の若い者はどうにも年長者を敬いすぎる。所詮はただの老骨、今を生き抜く若者には過去の偉人達を老害と罵るくらいの気力があってほしいものだね。そうは思わないかね、大神賢吾君?」
自身の名を持ち出された大神は顔を強張らせる。
別に素性を隠していたわけではないが、まさか自身のことを知っている人物が来るとは思わなかった。
「心配しなくても君のことを知っているのはここでも片手で数えるくらいの人間だろう。何せ、君の上司には昔色々あった者が多いのでね」
少々驚かされたが、大神は大げさに反応することはなかった。
どの道、自分が所属している結社は恨みも抱かれる仕事をしたこともあるし、実際に報復されたこともある。
今更、そのうちの一人が目の前にやってきたところでおかしくはないのだ。
結社は情報収集や隠蔽工作も得意ではあるが、情報操作に関しては四葉ほど強くはない。
十師族と比較して幅広い分野に精通しているというのが結社の強みであり、一部の社員の情報が洩れても仕方がない。
「それで私に何か?」
「今回の主催者が出す品に興味があってね。本来ならここで会うことは無い者も多いから、一体どんな物を賭けてきたのか気になったのだよ」
「あなたに教えるつもりはありません」
「いや、君達が動いただけでも十分な情報源だ。主催者が出した品には、どうやら世界が動くほどの価値があるだけでなく、国外に持ち出されては困る代物というだけでも私にとっては十分なくらいだ」
男がニヤリと笑みを浮かべている一方で、大神はポーカーフェイスでいることにした。
恐らくこの男はその品を手に入れて何かをしようとしているのであろう。
「八試合目で私の選手が出る。ここで何度も勝ち上がったことのある古強者だ。君の選手の初戦を飾る相手としてこれほどの男はいないだろう」
「……そうですか」
大神が短く答えると男はつまらなそうな顔をした。
「彼がどれほどの実力かは知らないが、先程の女性と同等かそれ以上に私の選手は強い。いい勝負が出来ることを祈っているよ」
そう言って男は去っていったが、その後、大神は彼を見ることはせずにモニターを眺めているだけだった。
そして、男の言う通り、彼の選手は二試合連続で勝利し、とうとう禅十郎の出番となった。
男が選んだ選手は禅十郎と身長差はそれほどなくても鍛え抜かれた筋肉によって二回り大きく見えた。
先程まで二試合連続で戦っていたにもかかわらず、息も上がっていない。
しかも、相手選手に対して余裕の表情で戦い、一方的な試合にはせず、観客を喜ばすパフォーマンスを魅せつけていた。
モニターで禅十郎の様子を見ると、自分よりも大柄な男を目の前にしてただ突っ立っているだけだった。
相手を挑発する行為もせず、ただ相手選手を見ているだけである。
それを目にした大神は、端末を使って係りの者を呼び出した。
「済まないが、担架を用意してやってくれ。それと腕利きの医者もだ」
それを聞いた男は隣で愉快そうに笑った。
「もう敗北宣言かね? 試合はまだ始まってもいないというのに」
「ええ、どうやら皆さんのご期待に沿える試合をさせることが出来ないようですので」
相手が格下だと確信したかのように強気になる男に対し、大神は変化のない表情で返した。
男はそれを強がりだと思い込み、より勝利を確信し笑みによって浮かんだ皺をより深くさせた。
「まぁ、君の選手が善戦することを祈るといい。心配はしなくても、私の選手はこの業界でのプロだ。少しくらい、花を持たせた試合をさせてやるはずだ」
「……そうですか」
淡白な返事をする大神に男は溜息をついた。
(結社の人間だからどれほど腕が立つかと思っていたが、所詮は素人に毛が生えたレベルという訳か)
すると、実況者から試合開始まであとわずかだと宣言し、男は大神を無視してモニターを眺めた。
モニターには自身が雇った選手と禅十郎が向き合っている。
その光景を見るだけで、自慢の選手がどれだけ優秀なのかが手に取るように分かった。
体格も禅十郎より一回り大きく、鍛え抜かれた屈強な肉体を備えた彼に負けはないと確信する。
(一方的な試合になろうとも最後まで足掻いてくれると良いがな)
なるべく楽しい戦いを見たいという欲求だけしか、男の頭にはなかった。
試合を始めようと二人の間に審判が割って入る。
試合開始の合図をかけるために審判は片手を高々と上げる。
「貴方の言う通り、奴は素人だ」
その直前、大神は男に向かって語り掛けた。
もはや勝負は決まったも同然だと思っていても男は大神の言葉を耳にすると、わずかに彼へと視線を向ける。
「勝負、はじめっ!!」
その所為で試合が開始した直後を彼は見逃すことになった。
「戦いを魅せることにおいて奴は『ど素人』だ」
試合開始の合図と共に発した大神の言葉に眉間に皺をよせ、その真意を探ろうとするが、それは直ぐに出来なくなってしまった。
「し、試合終了っ!!!」
(なんだと!?)
あまりにも早い試合終了の合図に男は思わず立ち上がり、目を丸くしてモニターを見る。
そこには自分が雇っている選手が床に倒れ、腹部に両手をあてて苦しんでいる姿があり、対戦相手である禅十郎はその場に立っている光景だけが映されていた。
「まさかまさかの試合直後の高速アッパーによるワンパンKOっ!! 歴戦の猛者が三連勝を目前にしてルーキーに敗れたぁぁぁぁぁっ!!!!」
試合の解説者が今起きたことを口にし、観客席から歓声が上がり、スピーカーを通して特別枠用の部屋に響き渡る。
「これまでの戦いの中でこれほど早く終わったことがあったでしょうか! 五試合目から連勝して勝ち残った選手と言い、新規出場のこの男と言い、今回の選手達は何かが違う!! これは大番狂わせが起こるぞぉぉぉぉぉっ!!!」
何度もこの闘技場で勝ち続けてきた実績と自信があった男は倒れるように椅子に座った。
「そんな、バカな……」
その驚きは表情を見るだけでも明らかであった。
直ぐに次の試合に進めるために倒された選手は担架によって運ばれていき、歴戦の猛者は敗者の山へと消えていった。
「貴様、奴は素人だと言ったではないか!」
先程の大神の言葉の中で『素人』という言葉を僅かに聞いていた男は彼を睨んだ。
「ええ、闘技場の選手に関しては素人です。ですが、戦闘のプロではあります」
大神は詳細を語らなかったことに悪びれもせず、淡々と口にする。
そもそも自分の駒の手口をべらべらと口にするのはナンセンスであり、大神にとってしてみれば正気の沙汰ではなかった。
「そもそも先程までのあの選手では奴にとって準備運動にもなりませんよ、ご老体」
「貴様っ……!」
まだ納得いかない様子に大神は内心呆れていた。
良い大人がこの程度のことに腹を立てるとは如何なものかと思う。
「すでにあなたが勝負に負けたことは事実です。大変勉強になりました。昔の偉業を語る人物は大したことがないと……。所詮は老害ですね」
「この……この小童がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
さんざん喚き散らした男はその後黒服の男達に無理矢理連行されていくのだった。
興味を失った大神は再びモニターを眺めると、そこにはマスクをしている為、顔には出ていないが、体の力を抜きまくった気だるげな禅十郎の姿が映っていた。
(どうやら、問題はなさそうだな)
大神はその後、もう一杯コーヒーを注文しつつ、禅十郎が勝ち上がるのを眺めるのだった。
その後、禅十郎は問題なく三連勝して勝ち抜くのだった。
如何でしたか?
なるべく月に一回は更新しようと思いますので、気長にお付き合いください。
それでは、今回はこれにて。