魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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お久しぶりです。

ややスランプ気味だったので別の作品を書いて、リフレッシュしてました。

二か月放置して本当にすみませんでしたっ!!


読み合い合戦

地下闘技場が開催されている建物の中には、特別枠用のフロアや闘技場とは異なり、モニターが部屋中に大量に組み込まれている部屋がある。

 

その部屋にはたった一人だけ椅子に座ってモニターをまじまじと眺めている少女がいた。

 

彼女の目に入っているモニターには闘技場の様子や特別枠用のフロアの様子が映っており、ちょうど禅十郎とラルフの試合が始まる直前である

 

「思った通り選手を選別しておいてよかったー。やっぱり勝ち上がった彼等の試合はどれも予選とは比べ物にならないほどに心が躍るねー」

 

とても嬉しそうに独り言をつぶやきながら、次の試合が始まるのかを今か今かと待ち望んでいた。

 

だが、彼女にとって試合の見ることだけが楽しみではない。

 

この地下闘技場でのもう一つの娯楽が、彼女が手に持っている端末に映し出されていた。

 

新たなチャレンジャーが出てきたことを知り、鼻歌交じりでその人物は端末を操作する。

 

彼女の端末にはこれまで行われた試合内容を当てるゲームの勝敗が載っていた。

 

その結果は百二十八戦中百二十五勝、一敗、二引き分けであり、勝率は九十七パーセントを超えて、現在の連勝記録は七十五連勝だ。

 

「さてさて、USNAもすでに二連敗はしてるけど結構惜しいねー。流石はプロだ。そんなプロを相手に、彼らは私を楽しませてくれるのかな?」

 

目の前にある二つのモニターのチャンネルが変わると、そこには真剣な顔をした大神とマスクをかぶって試合を待っている禅十郎の姿が映っていた。

 

「うんうん、やっぱり勝負するならこういうクールっぽそうに見えて実はハートが熱そうな人が良いよね。マスクの人は学生さんらしいけど、体格からしてもしかして最近噂の彼かな? もしそうならゼットって名前は適当過ぎるよねー。完全にイニシャルじゃん!」

 

軽快な笑い声を上げつつ、彼女は椅子を何度も回転させる。

 

オジゴットが選手の名前を読み上げるのを耳にすると、その人物は端末を操作した。

 

「開始直前はゼット君は受けに回るかなぁ? 三試合中二試合は一発KOだったし、二試合目の相手は十分に勝ち上がれるほどの実力者だった。とすれば、彼の試合運びの癖は……」

 

好奇心にあふれた声で、部屋の主はこの試合の流れを口にする。

 

「それにこの試合は単に試合の流れを読むだけじゃないからねー。途中で予想を変えてもいいけど、下手をすると予想と違う結果になりかねない。正答率も勝敗に含まれるから一発勝負を狙うか、はたまた状況判断するか。うーん、彼がどんな手を使ってくるのか楽しみだよ」

 

自分の目で見るだけでなく、試合運びを予想するのは難しいが、困難だからこそ面白いと思っている。

 

それに今回の選手は選りすぐりであり、これまでと質が違う。

 

だからこそ、予想外の何かが起こる。

 

それが楽しみで仕方がないのだ。

 

そして、闘技場にいるオジゴットが試合開始のゴングを鳴らし、新たな遊戯が始まった。

 

 

 

 

 

試合開始直後、真っ先に動いたのはラルフだった。

 

奇策を狙わず、ただ単純にまっすぐ禅十郎に接近して、右拳で殴り掛かる。

 

それを禅十郎は避けることもせず、即座に左手でラルフの右腕を叩いて軌道を外にずらす。

 

それとほぼ同時に、禅十郎の右手がラルフの顔面を襲う。

 

しかし、その拳はラルフの顔面の少し手前で彼の左手によって真正面から掴まれた。

 

その直後、二人の動きが止まった。

 

「何となく分かってたが、テメェ、相手が格下じゃねぇって思ったら初撃を譲るだろ? そんで確実に勝てると踏んだ相手には一撃必殺で仕留めやがる。随分と上から目線じゃねぇか、ああ?」

 

「……だったらどうした? 俺はこの国にある流派はそれなりに知ってるが、海外はそうはいかねぇ。その上、同格かそれ以上の相手の手の内を知る機会は多い方が俺の勝率も上がる。そもそも余裕ぶっこいて次にあたる選手に自分の手の内を流すわけにはいかねぇだろうが。大体、お前もここの流儀に倣っているだけで、本来のスタイルは別じゃねえのか? 大方、ナイフとかで戦うタイプだろ。ちょくちょくナイフ使い特有の手癖があったぜ」

 

それを聞いたラルフは気に入ったと言わんばかりに口角を上げて歯が見えるほどの獰猛な笑みを浮かべる。

 

「ヒャハハハ! やっぱりそうだ! 試合を見た時から思ったが、やっぱりテメェとの試合が一番楽しくなりそうだぜ!!」

 

「そうかい!」

 

ラルフは右足を振り上げ、禅十郎の股間を容赦なく襲う。

 

それを禅十郎は再び左手の掌によってラルフの右足の脛を抑えて防御する。

 

その直後、禅十郎の左手を捻って腕をラルフの足の下に持っていき、一気に左斜め上に上がるように払った。

 

ほぼ同時に禅十郎は右足でラルフの残った左足を払って、態勢を崩しにかかる。

 

これまでの相手であれば、この動きに対処できないのだが、ラルフは左足一本だけで禅十郎の右足の足払いを避ける高さまで跳んで見せた。

 

そのまま、禅十郎によって上に払った左足の勢いを使って禅十郎の首へと蹴りかかる。

 

それを禅十郎は足払いの勢いを活かして体を半時計に回転し、その勢いで左腕の肘でラルフの蹴りの軌道を変えて避ける。

 

互いに攻撃が当たらず、一度態勢を整える為に両者は距離を取った。

 

彼等の一連の動きは僅か数秒で起きたことだ。

 

観客席にいる客だけでなくモニターで見ている者でさえ、何が起こったのか完全に理解できていない。

 

ただ漠然と二人が目にも止まらぬ速さで攻撃して、互いにノーダメージで終わったということだけしか認識できなかった。

 

状況を把握した頃にはラルフが下卑た笑い声をあげ、禅十郎は左手を前にして構えていた。

 

だが、それだけでここにいる者達には十分だった。

 

その後も彼等は二人の一糸乱れぬ攻防を目の当たりにする。

 

目の前で常軌を逸した戦闘が行われており、それがまだ見られるのであれば、彼等はそれで満足だった。

 

かつてないほどの戦いを行う二人に賞賛を送らないものはいなかった。

 

観客達は揃ってその戦いに魅せられ、歓喜の声を上げる。

 

彼等にとって二人のどちらかが勝っても負けても構わない。

 

ただ純粋にこの戦いを見ていたい、魅せられていたいという願望だけが彼等の心を染め上げていた。

 

 

 

 

 

「いやー、まいったまいった! 想像以上にイカレてるよ。魔法に関わっている奴等ってのは生身でも出鱈目なのかい?」

 

試合を見ていた少女は腹を抱えて笑っていた。

 

確かに面白い試合になるとは思っていたが、こうも予想以上だと笑うほかなかった。

 

「色んな人を見てきたけど、やっぱり前線を退いた元軍人や魔法師よりもずっと洗練されてるよ」

 

彼女の言う通り、二人の戦いはこれまで行われた試合の中でもトップクラスに観客を熱狂させている。

 

動画サイトの観客数も嘗てないほどに多くなっており、どれほど彼等の戦いが刺激的なのかを数値的に表していた。

 

「まったく酔狂な奴等ばかりだ。このご時世に人間同士の殴り合いを見たいなんてさ」

 

それを見た少女は時代が変わっても人が楽しむモノにそれほど変化が生まれないのだなと感じる。

 

どれだけ文明が栄えようとも、どれほど月日が流れようとも人々は常に闘争を満たそうとする。

 

戦いを好む者もいれば、スポーツを観戦する者、とにかく人間は何かを競うことに惹かれている。

 

それはここも同じだが、ここで起こっていることに関して一つだけ疑問が出てくる。

 

何故、ここでくだらない取引を行うかだ。

 

少女が賭け事を開いたのはただ試合を盛り上げる為だけだ。

 

客と取引を行うことが目的ではなく、試合を盛り上げるための手段でしかない。

 

それをここに来る常連客は理解しているはずなのに、実際にここで多くの取引が行われている。

 

少女からしてみればどうでもいいことだが、生きた人間を取引していることも少なくない。

 

現代において世界中で魔法師が不足しており、小国ほど魔法師という資源を欲しがる。

 

それ故に人間の取引を行っているが、こちらは場所を提供している立場であり、実際に人間が取引されているところを見たわけではないので、警察に届け出る必要性を少女は感じていなかった。

 

そんな大事な取引をこんなところで態々行う必要はないし、日本で開かれるちっぽけな催しを隠れ蓑にするリスクは大きいはずなのに彼等はここで取引を行おうとする。

 

愚かしいと思うだろうが、彼等の目的に少女は少しだけ共感していた。

 

彼等がここを望んで来ていることを。

 

己の肉体だけを駆使して殴りあい、武器も道具もなかった時代からの人間の戦闘方法だけで頂に立つ者を決める。

 

「まぁ、そういう私も好きなんだけどね、『ステゴロ最強』ってヤツがさ」

 

愉快そうに彼女は笑う。

 

そして、もう一つの娯楽が彼女の道楽をさらに盛り上げていた。

 

「さてさて、今の大神君だが、流石だねぇ。USNAの人よりもずっと正答率が高い。しかも私と似たような答えを出してきてる。うーん、やっぱり派手に宣伝した効果はあったかな」

 

どうやら今回の客は随分と楽しませてくれる者が多いらしい。

 

戦闘内容を始めから決めて正答率を上げるという手法は何度か競ったことがあるが、彼の回答を見ていると自分と近いやり方で勝負しているようだ。

 

そんな人間などこれまで一人としていなかった。

 

「やっぱり世界は広くて奇天烈で面白いもので満ちてるね」

 

それを知った彼女は満足げな笑みを浮かべて、最高の娯楽を興じることにした。

 

 

 

 

 

ラルフと禅十郎は互いの攻撃を捌いてはカウンターを喰らわせようと何度も拳を交らせる。

 

「これほどの高速の攻防があったでしょうか!! ローガンの予測不能の攻撃に対してゼットの強固な守りは崩れない!! そして彼の高速カウンターに対してローガンは持ち前の反射神経で躱していくぅぅぅ!! つうか、こいつらのスタミナはバケモノか!? もう打ち合ってる回数なんて数えてらんねぇっての!」

 

オジゴットの驚きと興奮が入り混じった解説が会場に響き渡る。

 

それに連なって観客のテンションが上がり、二人の試合は今日一番の盛り上がりを見せていた。

 

だが、ラルフはこれまで試合のように観客を盛り上げるパフォーマンスをする余裕はなかった。

 

(マジで硬ぇなぁ。左腕だけでよく持ち堪えやがる。攻撃の右腕、防御の左腕。蹴りも少しはあるが、メインはほぼ腕だけの掴みも投げも無しで拳一つでやるスタイルなんざ正気を疑うよ)

 

互いの攻撃が一切決まらない中、ラルフは禅十郎の戦闘スタイルに気付き始めていた。

 

ラルフの分析通り、禅十郎はこれまですべての攻撃を右腕のみ、防御を左腕のみで行っていた。

 

しかもすべて打撃による攻撃のみで、掴みも投げも一切使ってこない。

 

蹴りも入っているが、それはあくまで相手の足を引っかける程度で、膝より上は一度も狙っていない。

 

非合理にもほどがある、本当に正気を疑うスタイルだ。

 

どれほどの鍛錬を行えばそこまで強固になるのか。

 

何故頑なにそのスタイルを解こうとしないのか。

 

だが、そんなことは本当にどうでもいい。

 

付き人には彼との試合は碌な結果にならないと忠告している。

 

ここで勝って、残りの試合で目的の物を手に入れればそれで満足なのだ。

 

(さぁ、もっと楽しもうじゃねぇかぁぁぁ!!!)

 

ここでラルフは禅十郎の左腕を叩き潰すことにシフトする。

 

ラルフは相手と対等の条件で戦おうとするような殊勝な心掛けはない。

 

純粋に戦いを楽しめればそれで満足なのだ。

 

禅十郎が非合理な戦術で戦ってきても、ラルフは相手の弱点を執拗に狙う。

 

勝利の為には手段を択ばないからこそ、防御の要である左手を壊しにかかる。

 

何度も攻防を続け、禅十郎が後退した瞬間、ラルフは一気に畳みかけた。

 

「おおっと、ローガンの猛攻だぁぁぁぁ!! これにはゼットも防戦一方に追い込まれ、得意のカウンターを打つことが出来ない!! これで決まってしまうのかぁぁぁぁっ!!!!」

 

更に白熱する会場の空気に鼓膜が破けるような痛みを感じたが、そんなことを知ったことかとラルフは執拗に左腕を攻撃する。

 

その猛攻に禅十郎はカウンターを仕掛けるが、ほぼ防御に徹している為に左腕が赤く腫れていく。

 

これで終わりだとラルフは渾身の左足による回し蹴りを禅十郎の左腕にくらわせようとする。

 

これで決まりだとラルフは思った。

 

だが、禅十郎の腕に当たる直前、ラルフは目を丸くして驚愕する。

 

ラルフの蹴りが防御のために縦に置いていた禅十郎の腕に当たる寸前、彼の腕がラルフの足とほぼ同じ速度で下がっていった。

 

(フォームの切り替えか!)

 

これまで左腕が防御一徹であったために、いつの間にか右からの攻撃にばかり注意を向けていた。

 

無意識のうちに左からの攻撃はないと思っていたのだ。

 

嵌められたとラルフは思った。

 

魔法を使えば、対応できなくもないが、生身ではこれを急に止めることは難しい。

 

これは避けられないとラルフは直感した。

 

しかし、その予想は大きく覆されることになる。

 

禅十郎は左腕を引くとそのまま体を回転させ、ラルフに背を向けた。

 

そのままだとラルフの蹴りが禅十郎の首を刈り取る状況になる。

 

これには狂犬と呼ばれたラルフでさえも行動の意図が分からなかった。

 

だが、彼の疑問は直ぐに解決される。

 

禅十郎は体を回転させつつ、膝を曲げて体を下げつつラルフに体を近づけるように動く。

 

それでもラルフの蹴りは禅十郎に当たる。

 

ちょうど彼の膝から上の部分が禅十郎の右肩にかかるところにだ。

 

その後の禅十郎の行動は一瞬だった。

 

蹴りが当たる直前、ラルフの膝から下を両手でつかみ、膝より上が禅十郎の肩に乗るような位置になった瞬間、禅十郎は下げた体を一気に上げて、ほぼ同時に掴んだ足を背負い投げをするように力強く引いた。

 

その瞬間、ラルフを支えていた右足が宙に浮き、そのまま持ち上げられて上からリングの地面へと体を強く叩きつけられる。

 

「がぁっ!」

 

「決まったぁぁぁぁぁっ!!! ゼットの投げ技にローガンは顔面を地面に叩きつけられるぅぅぅぅっ!!! こいつはかなりのダメージだぁぁぁぁつ!!!!」

 

観客の興奮を煽るようにオジゴットも叫ぶ。

 

だが、彼等は一切気付いていなかった。

 

禅十郎がこれまで守っていた攻撃と防御の構えを捨て、両手による投げ技を出したことを。

 

そして、それが何を意味することも彼等は理解していなかった。

 

 

 

 

 

「ここで投げ技スタイルに変更するとはね。てっきりフォームのスイッチだと思っていたが……」

 

ほぼ同時刻、禅十郎のスタイルが唐突に変わって彼女は怪訝な顔をする。

 

ここでラルフの予測と同様にフォームのスイッチが入ると踏んでいたが、まさか別の結果となるとは思わなかった。

 

だが、これまでの試合においても予想が少々違うことは数回は起きている為、それほど彼女は驚かなかった。

 

しかし、端末の情報を見ると彼女は興味深げな笑みを浮かべた。

 

「へぇ、大神君は当てているのか」

 

だが、声に出すほど驚くことではなかった。

 

それもそうだろう。

 

あの二人は結社でよくコンビを組んでいると調査ですぐに判明した。

 

付き合いの長さによって読みが相手の方が鋭いことはこれまで何度もあった。

 

そう、何もおかしいことは……。

 

「……待て」

 

自身の予想を修正しながら、彼女は何か引っかかりを覚えた。

 

相手の方が鋭い読みをすることは何度かあったが、それほど難しくない読みを外した者はこれまで誰一人としていなかった。

 

現にUSNAの男もかなり注意深く見ていれば、ミスすることが無い読みを当てているのに対して、大神は初手の方ではいくつか単純なミスを犯している。

 

だが、ここ数分でそのミスがなくなり、いつの間にかこちらより読みが鋭くなっている。

 

「まさか……」

 

その時、彼女はある一つの仮説を思いつく。

 

馬鹿な、ありえない、不可能だ。

 

そんな言葉が彼女の脳裏に何度も浮かび上がる。

 

だというのに、それ以外しか思い浮かぶものがない。

 

何故、自分の予想より彼の方がこの短時間で上がったのか。

 

それはもうそうとしか考えるほかない。

 

(ああ、くそっ! 私はまんまと嵌められたというのかっ!!)

 

ここで彼女は大神と禅十郎が考えていた作戦を理解していなかったことに気付く。

 

彼等は主催者が賭けている聖遺物さえ手に入れることを目的にここに来ており、その攻略方法を見つけることが最優先される。

 

その攻略方法を彼女は誤認していたのだ。

 

これまで彼女と戦ってきた者達は揃って自分の選手達が指定した通りの動きに持っていくことで正答率を上げて勝つ方法ばかりを使ってきた。

 

実力がある者であれば、相手をそれに誘導できる。

 

そして、禅十郎も数ある実力者の一人である為に、同じように来ると勝手に思い込んでいた。

 

しかし、大神は違った。

 

彼は試合開始からしばらくの間、禅十郎がどのような動きをするのかを予想するのに力を割いていなかったのだ。

 

彼が本格的に禅十郎の試合内容を考察し始めたのは彼女との予想がほぼ一致し始めたほんの少し前だ。

 

「それをやってのけたのか」

 

今、自分がどんな顔をしているのか彼女は分からなかった。

 

読み違えていたことへの怒りを露わにしているのか、それともこれまで誰もやってこなかった攻略方法で臨んできた大神達に対し、驚愕の顔を浮かべているのか。

 

それとも、それらとは無縁の顔をしているのか。

 

感情が複雑に絡み合っている中、彼女は再び端末を見て大神の予測を目にする。

 

「……はは」

 

混ざりあっていた感情が僅か一瞬で鎮静化した。

 

自分の予想が間違っていないと彼女は理解した故に、感情を落ち着かせることが出来た。

 

そして、彼女は理解する。

 

禅十郎が戦闘スタイルを変更する少し前に、彼はこの会場内で選手以外にもう一つ予測出来る対象の思考パターンの読み取っていたことを。

 

その為のデータはここにいる選手達よりもたくさんある。

 

百を超える回数があれば、その者がどのような選手をどのように見ているのかを予測するには十分な情報量だ。

 

「君は、私自身の思考パターンを予測したんだね」

 

彼女の才能は試合や会話、一挙一動を見るだけでその人物の戦闘スタイルを把握し、その後の動きを予測する、いわば研ぎ澄まされた人間観察能力だ。

 

その類稀なる才能によって彼女はこの娯楽を勝ち続けることが出来た。

 

だが、彼女は余興を楽しむためだけに力を注いでいた為に、その選手と言う人間像を完全に観察することが疎かになってしまっていた。

 

それ故に彼女は篝禅十郎という人間を完全に理解できていなかった。

 

人間観察能力において彼女の方が潜在能力的に優位であったにも拘らず、大神に後れを取ったのはその差に起因するだろう。

 

残念ながら、大神は人の思考パターンを短時間で理解することは出来ない。

 

その才能はあっても本物の天才と呼べる者には及ばない。

 

しかし、対策するのに十分なデータがあれば、質の差を補うことが出来る。

 

相手がどのように予想してくるのかを予測できれば、後出し形式で相手を上回る答えを出すことが出来る。

 

対戦相手が戦闘のプロであるならば、この先の展開を読むことはなおさら難しくない。

 

「……面白いね。やっぱりこの世界は興奮で満ちてるよ」

 

だが、彼女の目には諦めという文字が映っていなかった。

 

嘗てないほどの興奮冷めやらぬ目で彼女はモニターに映っている二人を眺めて、嘗てないほどの笑みを浮かべていたのであった。

 

 

 

 

 

主催者が大神達の作戦を理解し始めた頃、大神は片手でありながらキーボードの操作を緩めることはせず、そのままコーヒーを口にする。

 

(これまでの主催者の推測データを見ていたおかげでどうにか思考パターンをトレース出来たな)

 

この試合に臨む前から大神は様々な準備をしていた。

 

この賭けにおいて真っ向勝負であれば、間違いなく勝てることは無い。

 

恐らく魔法とは異なる才能を持って主催者は勝ち続けているのだとこれまでの勝負結果を一通り整理してそう断定した。

 

そして条件さえ揃えば大神に勝機はあると断言できた。

 

その勝利の法則の一筋をこの試合で掴んだ大神はその鋭いまなざしを禅十郎に向ける。

 

「後はお前次第だ。遊んでいないでさっさと勝ってこい」

 

そう呟き、大神は再び己が挑む勝負に意識を向けた。




如何でしたか?

この章も後数話で終わらせようと思っていますので、もう少しだけお付き合いください。

色々考えて夏休み編は番外編感覚で更新して、この話が終わったら横浜騒乱編に突入したいと思います。

作者の気分次第で内容が変更しますが、今後も楽しんでいただけたら幸いです。

それでは今回はこれにて。

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